真ゲッターロボ BETA最後の日   作:公園と針

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第一部 第6章 「裏切り者に死を」
隼人編 第13話 「崩壊の始まり」


1983年 3月2日

 

旧ポーランド グダンスク

揚陸艦ペーネミュンデ

 

 

 

任務を終えた「第666戦術機中隊」は、東ドイツへ向けて出港した。

 

中隊員やその他大勢が甲板に立ち、手を振る。

 

「ベンケイさーん! また会いましょうね!……う!」

 

リィズが船酔いにもかかわらず弁慶に向かって飛び上がって手を振っていた。

 

弁慶が返してくれたのだろうか、リィズは口に手をやりつつ喜ぶ。

 

「おっとーリィズさん。おじ様好きですか?」

 

からかうアネットをリィズは少し冷たい目で見つめたが、笑顔で返した。

 

「残念ですが、私はお兄ちゃん一筋ですよ。アネットさん、ライバルは減りません!……う!」

 

「だ、誰が。あんな暗い奴好きになるんだよ!」

 

イングヒルトが静かにアネットを指差した。

 

「イングヒルトォォォ!」

 

甲板では、皆が昨日の祝勝会の影響で舞い上がっていた。

 

見送る西側陣営。

 

その中にひと際目を引く黄色の腕をした機がいた。

 

「ゲッター3」

 

だが隼人は、それを見ずに船内にいた。

 

この船に残るという選択について、後悔はなかった。

 

「いいのか?」

 

隼人が振り向くと、美しい長い金髪、整った顔立ち、女性なら誰もが羨む外見の持ち主がそこにいた。

 

アイリスディーナだった。

 

「ああ十分だ。」

 

「私はてっきりお前が彼らと行くのではないかと思っていた。」

 

「……まだその時ではない。しばらくはここにいる。」

 

「礼を言うべきだろうな。」

 

彼女は隼人に近づき、手を伸ばして彼の頭に巻かれた包帯に触れた。

 

血の滲んだ包帯だが、アイリスディーナは臆さない。

 

「この血は、我らのために流したものだ。我らの血に他ならない。」

 

二人の距離は今までになく接近していた。

 

「……ハヤト、ありがとう」

 

「ベルンハルト中隊長」

 

アイリスディーナは初めて隼人を名で呼んだ。

 

「アイリスだ。私の仲間は皆私をそう呼ぶ。」

 

初めてアイリスディーナがほほ笑むのを隼人は見た。

 

「アイリス、君は笑っていた方がずっといいな。」

 

思わず言ったその一言を聞き、彼女は少し赤くなった。

 

「ツッ……さあ見納めだ。最後にもう一度見ておけ。」

 

隼人の名前を呼び、自身の愛称を呼ばれた照れ隠しに隼人を促し、アイリスディーナは甲板に上がる。

 

隼人もそれに続いた。

 

「なかなかいい景色だろ。」

 

東と西の人営が手を振り合ってるのを見てアイリスディーナがそう言った。

 

(もう一度くらい俺を殴った男を見てみるか。)

 

そんなことを思い、弁慶達の方を見た。

 

その瞬間。隼人は目をこれでもなく見開いていた。

 

「ハヤト?」

 

隼人の様子は豹変した。

 

隼人はとてつもない速さで双眼鏡を持っていた兵士からそれを奪い取り、弁慶達の方を覗いた。

 

隼人の汗や動悸は先程までの冷静な人物とは思えないほどだった。

 

「気のせいか。突然悪かった。」

 

隼人は双眼鏡を返すと、気分悪そうに甲板を離れた。

 

それを心配そうに、アイリスディーナは見ていた。

 

いつも冷静だった男の変わり様にアイリスディーナは複雑な表情を浮かべていた。

 

それはきっと彼女たち、いや彼女には決して取らない態度を取ったからだった。

 

アイリスディーナの自身ですら気付いていない表情に気づいたのはテオドールだった。

 

なぜなら、他でもないテオドールがアイリスディーナをそう見ていたから。

 

そしてもう一人。

 

リィズはアイリスディーナを甲板に出てからずっと鋭い目で追っていたのだ。

 

彼女は一介の整備兵に気にしすぎている中隊長に違和感を感じていた。

 

「リィズさん?」

 

カティアがリィズの冷たい表情にたまらず声をかけた。

 

「なんでもない。う!船酔いが酷いから戻ってるね。」

 

リィズは、誤魔化し船内へと足早に戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自室に戻った隼人はベッドに横になった。

 

思わず顔を手で覆った。

 

どうやら俺は思いの外センチになってしまっているらしい。

 

だってそうだろ。

 

武蔵の横に彼女が立ってるのが見えたなんて。

 

そんな馬鹿げたことあるはずないのに。

 

遠目に見えた人影が「ミチルさん」に見えたなど。

 

 

 

そんなことあるはずがないのに。

 

 

 

 

 

 

1983年3月4日

東ドイツ ロストック県

 

 

揚陸艦が東ドイツに帰った途端に揚陸艦に武装警察軍(シュタージ)が乗り込んできた。

 

海王星作戦で大活躍した中隊の牽制が目的であった。

 

モスクワ派のベアトリクスとベルリン派のアクスマンが同時に来たのだった。

 

人民軍の台頭に武装警察軍が結束しなければならないという事態に東ドイツ国内はなっていたのだった。

 

そのさなか、中隊員にテオドールとリィズがかつて亡命に失敗し、武装警察軍の手に落ちたということが知れ渡ってしまう。

 

同じ部隊に親族がいるという異常さ、兄妹がシュタージにマークされていたという事実。

 

必然的に中隊にはリィズへの不信感が募った。

 

祝勝ムードだった中隊にシュタージの存在を知らしめることに成功した。

 

だが悪いことばかりではなかった。

 

ヴィスマール基地には、真新しいMig-23チェボラシカが10機並んでいた。

 

「これを俺たちに使えと?」

 

テオドールの目が輝いた。

 

「ホルツァーハンニバル少佐からだそうだ。」

 

整備班長オットー技術中尉がうなづく。

 

「チェボラシカ。俺に扱えるだろうか。」

 

テオドールは新たな力に震えた。

 

テオドールは、「ゲッター2」隼人の存在、与えられたチェボラシカの存在を思い、これならシュタージにも勝てると思えた。

 

だが、中隊員はもうリィズを仲間だとは思っていない。

 

特にカティアの怯えようはひどかった。

 

テオドールは、頼りになるのは自分と隼人だけだと思っていた。

 

隼人は、というとさっそくチェボラシカの隊長機に細工を施していた。

 

「ハヤト。これがチェボラシカのコックピットか。」

 

アイリスディーナがコックピッドの様子を見に来ていた。

 

「できるだけはやく慣熟訓練を行いたい。」

 

「……アイリス、いいんだな?」

 

隼人の声のトーンは至極低く、そして真剣だった。

 

アイリスディーナはすぐ何をさしているのか理解した。

 

「ああ、黒だった時は、頼む。」

 

他ならぬリィズのことだった。

 

リィズがシュタージのスパイであったなら、手を下すのは隼人の役目だった。

 

「テオドールには私のせいにしてもらって構わない。」

 

アイリスディーナは自身の命令であることを強調する。

 

「いや、俺が勝手にすることだ。中隊員でもまして余所者することだ。そうすれば、テオドールは、中隊の仲間でいられるはずだ。」

 

たとえ、テオドールの信頼を裏切ることになっても隼人は仲間を守るために行動する。

 

それが、かつて仲間を守れなかった隼人の責だとそう思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

かくいうリィズは、テオドールによって基地に到着早々に医療区画に入れられていた。

 

リィズと中隊員の余計な衝突を避けるためだった。

 

ふと電話の呼び出し音が鳴り、それにリィズは迷わず出た。

 

「目が覚めたかしら同士中尉?」

 

電話の声の主は、妖艶な女性の声だった。

 

「ブレーメ少佐。」

 

電話の主は先ほど接触したベアトリクスだった。

 

「これまでの成果を教えてなさい。」

 

「兄の信用は先のグダンスクでの戦いで勝ち得ました。命を落とすところでしたが、それが功をなしたようです。」

 

自身の存在がいずれ隊の結束を乱すことを知っていた。

 

「それは上々だ。カティア・ヴァルトハイムについては?」

 

「あの子は無力です。戦術機の扱いは中の上といったところですがそれ以外には何も。」

 

兄の関心を得ていること以外にはなかった。それもまた腹立たしい。

 

「それよりも気になるのは……。」

 

「ああ例の機動兵器、グダンスクで現れたようだな。」

 

「はい。結果的にあの機が現れたことで我々はあの作戦の英雄になれました。」

 

ナイセ川防衛線での戦いから沈黙を守っていた「ゲッター2」それが突然また中隊の前に現れたのだ。

 

嫌でも関係を疑いたくなるものだ。

 

「他に何か気になることはないか?」

 

リィズは昨日見た隼人を気にするアイリスディーナに違和感を覚えたことを話そうと思ったが、それについては止めておいた。

 

情報が不確定すぎたからだ。

 

「なぜチェボラシカが中隊に配置されたのですか?」

 

これで、シュタージと中隊の機体の差は数以外なくなったといえる。

 

絶対に阻止せねばならない事項だったはずだ。

 

「それは、ソ連の意向だ。」

 

「ソ連?」

 

「中隊が生き残れば、また例の機動兵器が現れると踏んでいるらしい。あちらの方があれに関して情報を有しているのかもしれん。」

 

中隊にチェボラシカを与えたのはソ連の指示だとベアトリクスは言う。

 

リィズは面白くなかった。起動兵器が全て予定を覆している。

 

リィズは最後に、ベアトリクスの一派に落ちた条件を繰り返す。

 

「ブレーメ少佐。全てが終わった際には「兄」を本当に頂けるのですか?」

 

「ああ、貴様の兄がそれまで生きていたなら、後は夫にするなり、情夫にするなり、好きにするといい。」

 

「それを聞いて安心しました。それとベルリン派は掌握しつつあるのですか?」

 

「ああ、アクスマンの陣営も人民軍の台頭にこちら側に傾きつつある。そんなに気になるか。」

 

「はい、奴は私が必ず消しますので。」

 

「そうか、それでは今以上に貴様の兄の心を完全に掌握しろ。どんな手を使ってもいい。」

 

「どんな手を使っても」

 

リィズは命令を復唱し、自身の身体に手をなぞらせた。

 

すでに男の心を掴む技術は、躰に染み込んでいた。

 

「誰がオヤジ好きよ。」

 

酷く冷たく言葉を発した。

 

自身の心と体は汚れている。

 

不意になぜか、グダンスクでテオドールの信頼を得させてくれた男の顔が浮かんだ。

 

その笑顔が眩しすぎたからだろうか、だがリィズはその顔を脳裏から消し去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

チェボラシカの初期設定を終えた隼人は雪原でタバコを吸っていた。

 

そうしていると、小走りにテオドールがやってきた。

 

「ハヤト。頼みがある。」

 

「妹のことか。」

 

「そうだ。どいつもこいつも中隊に入ってきた時以上にリィズをシュタージのスパイだと思っている。あいつが命を懸けて俺たちを守ったのに」

 

テオドールは妹を守るために何でもするつもりだった。

 

「俺はもう二度と家族を失いたくはない。お前しかいないんだ。ハヤト。」

 

隼人はテオドールに向き直った。

 

「ああ、俺にまかせておけ。」

 

「頼んだぞ。」

 

テオドールが雪原から離れると、隼人はもう一度タバコに火を点けた。

 

「俺にまかせておけか……ずるいな」

 

隼人は自身に仕方ないと言い聞かせた。

 

「仲間を守ること」

 

過去の自身の贖罪への誓いが彼を苦しめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1983年 3月5日

東ドイツ ロストック県 ヴィスマール基地

 

その日、チェボラシカの機体整備中バーニアが突然噴出したことにより整備兵が1名亡くなった。

 

その者がシュタージの情報提供者だったことを知っているのは隼人だけだった。

 

未来からきた隼人にとって20世紀の通信など掌握することなどたやすかったのだ。

 

隼人はすでに次に狙いを向けていた。

 

彼に信頼を寄せる男の妹を。

 


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