ワシントンとモスクワが月の人工衛星破壊について湧いているころ。
ヨーロッパの東ドイツ
1983年の時点でBETAは破竹の勢いでマシュハド、ウラリスク、ヴェリスク、ミンスク、エキバトウズ、スルグート、ロヴァニエミと次々と7つのハイブを構築、中国から西進していたBETAは東西に分かれたドイツにまで到達しようとしていた。
東ドイツ軍はBETAの攻勢に対し、遅延させるのが精いっぱいだった。
いつもどおり、視界には救援要請のウインドゥがいくつも現れた。
東ドイツ国家人民軍 第666中隊「黒の宣告」(シュヴァルツェスマーケン)に所属しているテオドール・エーベルバッハ少尉は、自機バラライカ(MiG-21)の速度を上げる。
「シュヴァルツ01より中隊各機へ。傾注!」
テオドールの網膜に強化装備を着た金色の髪の女性が投影される。この中隊の中隊長のアイリスディーナ・ベルンハルト大尉だった。
「まもなくBETAの群れへと突入する。混戦になるが各自陣形を維持しろ」
「08了解」
他の衛士たちと共に応答をする。
たった8機でBETAの群れにこれから突っ込もうというのだ。
今回の任務もレーザーヤークト。航空戦力と砲弾を使用可能にするためにレーザー級を狩るのが俺たちの仕事だ。
そのために救援要請を無視するのももう慣れた。
東ドイツ最強の中隊と呼ばれている俺たちだったが味方を平気で見殺しにする任務を主としているおかげで軍では嫌われ者扱いを受けている。
他人を助けようとしても無駄だ。この世界には信じられるものなどないのだ。
BETAの数は約2万。
ブリーフィング時点ではこのBETA群は4万とされていた。
だが突入前の今のデータでさえ2万である。
おそらくこの三倍の数BETAがいるだろう。
いよいよ俺たちの年貢の納めどきが来たのかもしれない。
まずBETAの群れをレーザー級から引き離さないといけない。
「シュヴァルツ01より中隊各機へ。これより降下する。」
「いいか。突撃級は無視しろ。戦車級と要撃級の群れに風穴を開ける。」
BETAは突撃級を最前列にして攻めてくる。群れに横合いから突入する俺たちには突撃級はあまり関係がないがはぐれ突撃級は無視しろということだろう。
「「「「「「「了解」」」」」」」
急激に速度を落とし、8機のバラライカが雪原に着陸する。
目前に気味の悪い赤い蜘蛛のような戦車級が迫る。
「各機、射撃を開始しろ。目標、目前戦車級!」
WS-16C突撃砲が火を噴く。36㎜機関砲が戦車級を粉々に打ち砕いていく。
「喰らえ! 化け物共―――!!」
歩兵相手では絶対的な強さを誇る戦車級だが、一体一体は戦術機の敵ではない。
問題は数だ。白い雪原の景色を赤一色に染め上げられる程度の数がいる。
徐々に戦車級の群れに穴を開け、そこに飛び込んでいく。
BETAの群れに飛び込んで既に1キロ。
おかしい。なぜだ? 戦車級の数だけがこんなに多い?
考えが顔に出ていたのか中隊長が俺に声をかける。
「気づいたか? シュヴァルツ08?」
網膜に再び中隊長が写し出される。
「いくらなんでも戦車級が多すぎる・・・もしやBETAが極端に属種ごと群れをなしているのかもしれん。各機警戒を怠るな」
「「「「「「「了解」」」」」」」
もしそうだとしたら要塞級だけの群れや突撃級だけの群れに遭遇したときは死を覚悟しなければならない。
先行していたヴァルターの機が止まる。
「中隊長! 突撃級です!」
戦車級の一団を越えたところで突撃級が前の戦車級と同じように極端に集まっていた。
なぜ突撃級がこんなBETAの群れの真ん中に?
「ッ! 全機!陽動攻撃を打ち切り、低高度飛行を。 一気にレーザー級まで行くぞ!」
「同志大尉。 十分に陽動できているとは思えませんが?」
網膜に黒髪にメガネをかけたグレーテル・イエッケルン中尉が投射される。
この中尉はこの部隊の政治将校である。東ドイツは大きく分けて二大勢力が存在している。
国家人民軍(NVA)と国家保安省(シュタージ)である。
人民軍はBETAによる侵略に反抗する組織であり、当然この戦術機中隊も人民軍所属である。
国家保安省は治安維持という大義名分の名のもと他国のスパイや西側へと亡命しようとする者や体制への反逆者を粛清するのが仕事である。
どちらもドイツ社会主義党の組織であり、政治将校とはその党から送られた部隊の戦意や思想を見張る人物である。
階級としてはアイリスディーナより下だがやろうと思えば中隊全ての機のコントロールを奪うこともできる人物である。
中隊長と政治将校との間に沈黙が生じる。その沈黙を破るように8機の中の一機が突撃級の群れへと突進していく。
「06!? 一体何を!?」
「ここで私が単機で陽動をかけます。中隊長たちは今のうちにレーザー級を」
6番機アネット・ホーゼンショルト少尉が単独で陽動をしようとしているらしい。
「馬鹿者! 単機で一体何ができるというのか!」
グレーテルが吠える。
6番機アネットは冷静な思考能力に最近の戦闘で仲間を失ったことにより問題があった。
典型的な戦争神経症の兆候である。
「私が06を援護します。」
7番機イングヒルト・ブロニコクフスキー少尉が6番機に続く。
ただでさえ8機しかいない中隊が2機と6機に分かれるのだ。戦力の分散は死に直結する。
まったく死に急ぐなら独りで逝ってくれ。俺や中隊を巻き込むのは止めてくれ。
そう心で毒づいた後、テオドールはソレに気づいた。
慣れ親しんだBETAとの戦闘では一切聞いたことのない「音」に。
「中隊長! 何か異質な音が辺りにしています!」
アイリスディーナがハッとした顔になり何かに気づく。
「08! 今はそれどころじゃ・・・」
グレーテルが呻く。
「中隊各機! 何か地中から出てくるぞ! 気をつけろ」
アイリスディーナが中隊に注意を促す。
「「隊長!?」」
アネット機とイングヒルト機がその命令に機を急停止させる。
その瞬間。地中からソレが現れた。
突撃級の群れの前に巨大なドリルが突然現れる。
それは明らかに人工のモノでありながら既存のどの兵器にも類似したものはないものだった。
白い頭部、黄色いボディに足は赤。右腕には巨大なドリルがついており左腕にはレンチのような物がついている。
謎の白い機動兵器はBETAの突撃級の群れに猛スピードで飛び込んでいく。
信じられないことにその巨大なドリルで突撃級の硬い外殻に風穴をあけながらまるで障害物などないように突き進んでいった。
そしてそのまま地平線の彼方へと消え去った。
BETAの群れに風穴ができた。それを見逃すアイリスディーナではなかった。
「中隊各機! アンノウンの通った後を通り抜ける。」
しかし、俺を含めた中隊全機が目の前で起きたことに衝撃を受けてとっさに体が動かなかった。
いや動けなかった。
「どうした! 全機この一帯を離脱その後レーザー級掃討に移るぞ!」
アイリスディーナの喝に全員が我に返る。
「「「「「「「「「了解!!」」」」」」」」」
中隊全機は健在のまま突撃級の群れを突破していく。
これが俺たち第666戦術機中隊と東ドイツ中を騒がせることになる「白モグラ」の初接触だった。
序章2 終わり