苛烈極まるインベーダーとの戦争。
その戦争の渦中に投げ出された弁慶はからくも初出撃をこなし、ゲッターチームの一員として申し分ない働きをした。
その初出撃後の夜、弁慶はブリーフィング室に呼び出されていた。
(なにかヘマをやってしまったのか)
そう思いながら、弁慶はブリーフィング室のドアを開いた。
部屋では竜馬、隼人、武蔵がいて酒を用意していた。
「主賓の到着だ! 弁慶! ここに座れ!」
武蔵が顔を赤らめながら、弁慶を手招きする。
「勝手に一人で飲み始めたくせに何言ってやがる!」
竜馬と隼人はグラスに手を付けずに待っていてくれたようだった。
新人の歓迎会というにはあまりに粗末な物だったが、彼らなりに新たな仲間を歓迎していた。
「武蔵の代わりが見つかってくれたことを祝して乾杯!」
「おい! それどういう意味だ!」
竜馬の茶化した音頭に武蔵がすかさず突っ込みを入れる。
「フ……これでいつでも死ねるな」
今度は隼人が武蔵をからかった。
「俺の味方がいねえ!」
武蔵が心外だと言わんばかりに騒ぎ出す。
「やかましい! テメエみたいな突撃馬鹿と組んでいたらいつか死ぬんだよ!」
「……お前も同じレベルだがな」
ゲラゲラと笑い合いながら、酒を飲み干す。
三人が三人ともにお互いを信頼していた。
「弁慶! 俺たちの事は呼び捨てでいい。」
隼人もそれに頷いた。
「いいんですか?」
「ゲッターの操縦はチームワークが全てだ! 余計な気遣いなんていらねえ」
3機の高速のゲットマシンが合体、分離を繰り返すゲッターロボ。
コンマ一つのズレが命に係わることになってしまうのだ。
竜馬は弁慶が新入りだということでいらぬ気遣いを与えないように自分の名前を呼び捨てるように提案したのだった。
「竜馬、隼人、先輩……よろしく頼む」
弁慶は深々と頭を下げた。
彼らの心配りに感謝した。
「せいぜい足を引っ張ってくれるなよ!」
武蔵が笑いながら弁慶の背中を叩く。
「「お前が言うな」」
竜馬と隼人が全く同じタイミングで武蔵に突っ込んだ。
その時、部屋の外から声がしてきた。
「貴様ら何をしているのだああああああ!!」
猛烈な勢いでドアが開き、早乙女博士がやってきたのだった。
「うるせえ! ジジイ! 俺達がどこで飲もうがテメエに関係あるか!」
竜馬が早乙女博士に突っかかる。
だが、早乙女博士の反応は意外なものだった。
「儂も交ぜんか!!」
空いていた席に座り、博士も酒の席へと加わった。
弁慶の歓迎会は夜通しで行われ、全員そこで酔いつぶれた。
翌朝、博士を含め全員が早乙女ミチルに説教を食らったのは言うまでもない。
1983年 2月8日
旧フィンランド領 難民都市イヴァロ
弁慶は目を擦りながら、今朝みた夢を思い返す。
間違いなく一番苦しい時だった、インベーダーとの生存競争。
だが後のことを考えれば、戦争下のあの時期がゲッターチームとしては最も平穏だったかもしれない。
弁慶は皮肉なものだと呟き立ち上がった。
BETAの襲撃がない日は小さないざこざはあれど、平和なこの都市が今日は慌ただしかった。
戦術機ハンガーに衛士達が集まっていた。
「なんだって突然、日本帝国のロイヤルガードがウチに来るってんだ?」
サンディ大隊隊長のカルロス・ユーソラ大尉がミカ・テスレフ少尉に尋ねる。
「知りませんよ。救援物資と警護の戦術機3機の都市への入場の許可を求めていますが、どうするんですかね?」
「断るかけにもいかんだろ。しかし、たった戦術機3機とは舐めているな」
どうやら弁慶の知らないところで何かが起こっているらしい。
「ゲッター3を回収に来たんじゃないでしょうか?」
テスレフが訝しむような発言をし、ユーソラ大尉は顔を渋めた。
「そいつは困るな、アレは俺達の生命線だぞ。」
ゲッター3の要塞級すら投げ飛ばす桁違いの力によってこの都市はかろうじて守られていたのだった。
「しかし、そうなると懸念が残ります。」
「ああ」
ゲッター3は並の戦術機がそれこそ連隊程度集まっても捕獲が可能になるような物ではない。
それを確保するのに戦術機3機だけとはあまりに力不足もはなはだしい。
「狙いがわからんな。」
弁慶が近づくと、テスレフ少尉とユーソラ大尉は敬礼して迎えた。
「ベンケイ少佐。実はお耳に入れたいことが……」
テスレフ少尉は弁慶に日本帝国斯衛軍の隊が近づきつつあることを話した。
「何か問題あるのか? 補給が来る、いいことじゃないか。」
弁慶の返答にテスレフ少尉は困惑の表情を浮かべた。
「少佐は問題ないのですか?」
「俺がか? 俺に問題なんてないぞ? むしろこっちの日本の奴らと話せるいい機会だ。」
弁慶にはテスレフ少尉がきょとんとした顔を浮かべた理由がわからなかった。
弁慶が特に問題ないと判断したことで彼らの戦術機がこのハンガーに到着する運びとなった。
3機の戦術機がハンガーへと入り込む。
黄色が1機、黒色が2機。
その戦術機はハンガー内のゲッター3に驚いたのか、一瞬足を止めた。
そして強化装備を着た衛士が3人。
……降りてこなかった。
強化装備を着た衛士は二人。
黄色の強化装備が一人。黒色の強化装備が一人。
そしてもう一人はただのBDUにヘッドセットを付けた背が低く横に広い男だった。
イヴァロ基地内で、大きな動揺が走り、衛士達はざわつきはじめた。
戦術機を操縦する上で必需品である強化装備をその男はつけていなかったのだ。
だが、弁慶はそんなことよりもその男そのものに驚いた。
「なんで……先輩が?」
その男は弁慶の先輩であり、ゲッターチームの一人……巴武蔵だった。
弁慶は武蔵と別室にて話をしはじめた。
帝国斯衛の衛士は隣の部屋でユーソラ大尉とテスレフ少尉と話をしているようだ。
「武蔵先輩。あんた、この世界に来てたんすね。」
「おうよ。今じゃこっちの世界の日本の兵士……いや衛士か。」
弁慶はこの世界に慣れ親しんでいる武蔵にこれまで何かあったかを聞こうとした。
「先輩。どうしてこっちの世界の日本軍に?」
「俺の事を話す前に聞きたいことがある。」
武蔵は弁慶の質問を遮った。
「何ですか?」
「弁慶。元気は無事だろうな?」
親代わりとして早乙女元気の面倒を見ていた武蔵がその心配をするのは当然だった。
「それは大丈夫なはずだ。俺は元気と一緒に核シェルターに逃げ込んだからな」
武蔵は納得したように頷いたが、なにか気に障るようだった。
「おい弁慶。お前なんで元気と核シェルターに逃げた筈なのにゲッターと一緒にここにいる?」
「それが俺にもさっぱりで」
弁慶は答えることができなかった。
「わからねえならもういい。」
そして、武蔵はこれまでのことを話しはじめた。
武蔵がこの世界にやってきたのは弁慶がこの世界にやってくる2カ月も前のことだった。
1982年11月、傷ついた未確認巨大物体が日本帝国佐渡島に流れ着いた。
その未確認巨大物体(ゲッター3)から譫言を言いながら出てきて意識を失った武蔵を調査しにきた日本帝国斯衛軍試験分隊「ヴァンキッシュ」が保護した。
ゲッター3に興味を持った篁裕唯少尉は翌日、意識を取り戻した武蔵にゲッター3を操ってほしいと頼み、戦術機に同乗するように頼んだ。
その時、戦術機同乗のさいに強化装備を着るよう勧めるも武蔵は拒否。そのまま戦術機瑞鶴に乗った。
篁少尉は武蔵を海岸まで連れて行き降ろした。だが、そのゲッター3はゲッター炉心がなぜか本調子でなく、予備エンジンで動かすことしかできなかった。
篁裕唯は強化装備無しで戦術機に乗っても影響のない頑丈さを持つ武蔵を次世代戦術機開発計画のデータ収集に加えることを思いついた。
御剣中将、紅蓮中将の協力もあり軍属を国連軍、日本帝国軍、そして日本帝国斯衛軍と順に異動させることで体裁を整え、巴武蔵を日本帝国斯衛軍の少尉として引き入れた。
それから、約2ヶ月武蔵は巌谷榮ニの元で戦術機の操縦を学び、北欧にやってきたのだった。
話を聞き終えた弁慶が口を開いた。
「先輩のゲッターは動かなかったんすか?」
「ああ、なぜか炉心のエネルギーが上がらねえんだ。俺の直せる範囲で直したんだがな」
武蔵の乗ってきたゲッターロボはなんらかの原因から戦闘に参加できないようだった。
「あれは隼人の奴に見てもらわねえと多分無理だな」
武蔵は首を振る。
「俺がゲッターに乗って戦えていたらもっと奴らを殺せたはずだ。」
武蔵の眼光が鋭さを増した。その瞳は完全に月面戦争時のものだった。
「俺も一応、そのゲッターを見てみますよ」
弁慶がそう言うと武蔵はあのころの眼をしたまま微笑んだ。
「ああ、たのむ」
弁慶は既知の人物が現れたことに安堵した。
もしかしたら、竜馬や隼人もこの世界に来ているのかもしれないということを思った。
そのとき、隣の部屋から怒号が聞こえてきた。
驚いた弁慶と武蔵はたまらず部屋へ駆け込んだ。
そこには顔を真っ赤にしたユーソラ大尉が篁少尉、巌谷中尉を睨み付けていた。
弁慶と武蔵が部屋に入ってきたのを見て篁少尉は立ち上がり、弁慶に向かいあった。
「我々の使命は貴官とゲッターロボを我が軍に引き入れることだ。」
「ヴァンキッシュ試験分隊」の与えられた任務はフィンランドの基地で孤軍奮闘しているゲッターロボおよびそのパイロットを日本帝国に引き入れることだった。
ユーソラ大尉が怒り狂うのも無理はない。
この極限下の基地が今この世界に存在しているのはゲッター3と弁慶がこの基地の防衛に当っているからであった。
この基地から弁慶が居なくなれば、その結果は火を見るよりも明らかであった。
弁慶はしばし考えた後、口を開いた。
「いいだろう。日本帝国軍に入ってやってもいい。」
ユーソラ大尉、テスレフ少尉の顔が真っ青になった。
「ただし、条件がある」
弁慶は「安心しろ」とまるで言うように彼らに頷いた。
弁慶編 4話 終
作品的には4人目ですが、この世界的には一人目です。