竜馬は早乙女博士に呼び出されていた。
娘の早乙女ミチルが事故死してからめっきり姿を見せなくなっていた早乙女博士の申し出を竜馬は断ることができなかった。
「チッ! 突然何なんだ?」
竜馬は誰も開発を進めなくなったゲッターロボGの量産化を目指して武蔵と弁慶それに数名の技術者と共に研究に明け暮れていた。
もうミチルのような犠牲者を出さないために。
事故の原因はポセイドン号の出力低下によるスピード不足だろうと決定された。
ミチルは隼人の次に正確な操縦をする人だった。
操作ミスだとは考えられない。
ならばゲットマシンの方に問題があったに違いない。
ゲットマシンの調整が竜馬の今の課題だった。
隼人と早乙女博士にもそれに協力するよう言ったが、断られた。
隼人はどこか上の空、早乙女博士はミチルの亡骸と共に研究所の地下へと閉じこもった。
早乙女博士はミチルの遺体を決してゲッターチームメンバーに見せようとはしなかった。
竜馬は一目、面会を頼んだが「ミチルを殺した上にさらに辱める気か?」と拒絶されたのだった。
暗雲が立ち込め、雨が降りだし、雷が轟いた。
「妙だな」
早乙女研究所はまるで無人のように人の気配がなかった。
「おい博士! 元気!」
何か、胸騒ぎがする。
竜馬は駆け出した。
しばらく廊下を走っていると、とんでもない音がした。
それは銃声だった。
礼拝堂を通り抜けた先にとんでもない物がそこにあった。
血に塗れた早乙女博士。
頭から血を流しており、死んでいるのは明らかだった。
「は、博士?」
竜馬は早乙女博士の側に駆け寄った。
「い、いったい誰が?」
その時、頭上からした殺気を竜馬は感じ、後ろに飛びのいた。
竜馬がつい今までそこにいた空間を刃が走っていた。
間一髪、竜馬の頬を赤い線が一筋。
ナイフを持った男が竜馬に襲いかかったのだった。
竜馬は追撃を躱し、男の顔を見た。
「は………隼人?」
その男は狂気に染まった目をした神隼人だった。
猿のような身のこなしで隼人はその場から離れていく。
「ま、待て!」
その場に置いてあった拳銃を拾い、竜馬は隼人を追いかけた。
「隼人! 隼人おおおおおおおおおおお!!」
竜馬は隼人に向かって発砲したが、隼人を止めることができなかった。
隼人が闇に消えたかと思うと、突然円盤状の発光体が空に浮かび上がった。
「な!? なんだと!?」
それは一つの線となってその場から飛び去って行った。
「UFO? ま、まさか?」
竜馬は背後から近づく存在にその時はじめて気がついた。
小さな影は早乙女元気のものだった。
元気は父の亡骸を怯えた瞳でみつめていた。
「げ、元気?」
元気は拳銃と竜馬の顔を見ると明らかに動揺していた。
その表情の変化に竜馬は自分が早乙女博士を殺害したかのよう思われていることを察した。
「違う! これは違う!!」
元気はその眼に大粒の涙をためていた。
「元気! これは違うんだ!!!」
「うわあああああああああああああああああ」
元気は叫び声を上げると竜馬から逃げだした。
「元気ぃぃぃぃぃぃぃぃ」
竜馬の悲痛な叫びを雷が消し去った。
何の為に早乙女博士と隼人の奴が竜馬を騙したのか。
そんなことはわからなかった。
ただわかっていたことは隼人がゲッターGの研究を、ミチルの遺した全てを台無しにしたこと、そして元気に消えない心の傷をつけたことだった。
1983年
2月8日 月面
最悪の目覚めだった。
ゲッター1改修の最終段階に入り、いつのまにかコックピッドで眠っていた竜馬が目を覚ました。
竜馬はまるで悪夢を振り払うかのごとく首を振った。
「殺す! 絶対殺す!」
竜馬は己に言い聞かせるように口に出した。
「寝起きから物騒な男じゃな」
御剣雷電が竜馬を覗きこんでいた。
「……ジジイ、何のようだ?」
「これより作戦行動に移る。お前にも関係のあることだ。ついてこい。」
竜馬と雷電はコックピッドを下りた。
「しかし、凶悪な面構えだな」
「うるせえよ。生まれつきだ。」
「このゲッターロボのことだ。」
雷電は見上げながら指を上に向けた。
そこには竜馬の改修した赤いゲッターロボが立っていた。
コックピッドをガードするために口元にはまるで猿轡のように鋼が覆われ、首元にはスカーフのようなゲッターマントの切れ端が巻き付いていた。
「何だ? 何か文句があるのか?」
「別に文句などない。」
雷電は話しを打ち切り、廊下を歩く。
「……ただまるで貴様をそのまま投影させたかのようだ」
艦の前には御剣雷電の部下達が勢ぞろいしていた。
「さて! 準備が整った。これより我が隊は2組に分かれる。1組目は儂と共に国連軍の本部へと2組目は竜馬とそして」
そこで雷電はゲッターロボに目を向けた。
「ゲッターロボと共にソビエトの研究所へと行ってもらう。2組目の指揮は月詠。貴様に任せる。」
月詠は頷いた。
「なお、略式だが月詠は現時点を持って少佐と昇官する。ソビエトの連中も国連の佐官を存外には扱わんと鑑みる。以上だ。各員持ち場につけ!」
雷電の号令を聞き、隊員達は足早に行動を始めた。
雷電自室に戻り窓から、間もなく離れる月の大地を見た。
「また来る。」
そう優し気に独り言をつぶやいた。
同時刻
ソビエト連邦 ウラジオストク
戦術機 試作機実験場
ユーラシア大陸最も東の都市の一つであるウラジオストクでは新型戦術機の実験場があり、日夜アメリカの新戦術機に太刀打ちできるように研究がなされていた。
戦術機の実験は元より衛士の実験もここで行われていた。
実験所の最終目的は「たった1機で戦局を変える衛士と戦術機」を作り上げることだった。
20代後半にさしかかろうといった金髪の女性が強化装備に身を包み、いつものように最新鋭機 複座型のアリゲートルを見上げていた。
白衣を着た男が傍らに少女を連れて強化装備の女性に声をかけた。
「零号。今日、お前と共に乗る素体だ。」
「零号」と呼ばれた女性は興味なさそうにその銀髪の女の子を見た。
「……ずいぶんと幼いな。」
「喜べ「零号」。ハバロフスクからロールアウトしてきたばかりの「第4世代」だ。お前との「精神同調」も今度こそ上手くいくだろう。」
銀髪の小さな女の子は何の反応もなく、そこで佇んでいた。
「まるで人形だな」
その言葉に白衣の男は歓び、興奮したように叫んだ。
「そうだ! 我々が作り上げた。今度こそ成功するだろう!」
自身の興奮の余り周囲の見えていない男を放って、女性は銀髪の少女を憂うような瞳で見下ろしていた。
だが、少女の瞳は何も映していなかった。
月面基地
雷電率いる第一部隊は既に地球へと降下し、残りは第2組のみとなっていた。
月詠少佐の隊は月面基地にある使えそうな機材をありったけ積み込んでいた。
中には全く用途のわからない物もあったが、ここに戻ってくるのがいつになるのかわからない為、使用する可能性のある物はほとんど艦に入れた。
「月詠、聞きたいことがある。」
「なんだ? 流?」
竜馬は月詠に聞きたいことがあったのだ。
「昔ここで何があった?」
月詠の顔が強張った。竜馬は雷電のBETAに対する執念に気づいていた。
「あのジジイにとってBETAは何だ?」
月詠は悲しげな顔をしながら声を絞り出した。
「仇だ。中将のご子息がここで亡くなられた。」
月詠は10年前の月面戦争について語り始めた。雷電がBETAとの戦闘によって部下と息子を失ったこと、そしてその介錯を雷電自らが行ったこと。
竜馬は何も言わずその話を聞いていた。
「貴様のような強大な力があれば、結果は変わったかもしれない。」
竜馬は沈黙を破った。
「……違う。」
竜馬の脳裏にある記憶が浮かび上がった。
インベーダーに寄生され、助けを求める兵士の声を聞きながら、その兵士達ごとインベーダーを焼き尽くしたことを。
その人達を殺したのはまぎれもなく竜馬だった。
「ジジイは今、何を考えてBETAに立ち向かおうとしている?」
雷電からは怒りや怨みなどの負の感情を感じなかった竜馬は思わず、口に出していた。
「中将の眼は過去ではなく未来へと向いている。今できることを為すことが一番の手向けとなると信じているのだろう。」
「それがジジイの出した答えか」
月詠とわかれ、竜馬はゲッターロボのコックピッドに搭乗した。
復讐を為した後の虚しさ、未来に繋がらない過去への清算。
(俺は一体何をしている?)
竜馬は激情に任せ、壁に拳を打ち付けた。
この復讐はどこに向かうのか。
その答えを竜馬は知っていた。
だが、理解などしたくなかった。
「出発だ! 流! 貴様はそのゲッターロボのまま、大気圏を突破することになる。本当に大丈夫なんだろうな?」
「ゲッターを舐めるんじゃねえ月詠。大気圏突破の熱ぐらいどってことねえ。表面が焦げる位で済むはずだ。」
降下の進路はかつての宇宙開拓時代に作られた人工衛星群を突破する進路をとった。
そこは既に機能を終えているもの、既に地上にその国自体が無いものも多く、デブリ帯となっていた。
ゲッターロボと艦は大気圏突破の準備に入った。
が、竜馬のゲッターロボが何かが高速で迫ってくるのを察知した。
「こ、こいつは!?」
熱源はある一点からいくつも生じており、その一点は廃棄衛星だった。
「レーダーに感! 少佐、熱源多数!」
「落ち着いて、熱源の正体を探れ。」
月詠が艦のクルーに指示をしていく。
竜馬にはその正体がわかった。
「ミサイルだ! 衛星の一つからミサイルが俺等に向かって発射されている!!」
「ミサイルだと!?」
大気圏突破の準備に入り、大きく進路を変えることができない状態からのミサイル攻撃。
「どこの国だ! こんなバカな真似をしたのは!」
月詠少佐の叫びが艦内に響いた。
月詠の脳内にはゲッターロボをソ連に持ち込むことによって不利益を生むことになるある国が浮かんだ。
月詠達に残された選択はここで迎撃するか、このまま地球圏へと逃げることだった。
「おい月詠。」
竜馬は月詠少佐に通信を送った。
「何だ?」
「俺を置いて、ソ連に向かえ」
竜馬は自分とゲッターを置いて、月詠達は先に行くように促した。
「竜馬! 何を言っている? 我々は貴様とゲッターを失うわけにはいかないのだ。貴様だけでも先に……」
「ゲッターを舐めるんじゃねえって言っただろ!! 全部撃ち落としたらすぐ追いつく。」
「しかし、流。」
「行け!」
竜馬の決意に月詠は頷いた。
「進路をソ連のハバロフスク、オルタネイティヴ研究所へとれ。」
艦は進路を地球に取り、竜馬のゲッターロボは反転し近づきつつある熱源群へと向かい合った。
「俺の眼の前でまたミサイルを落とさせるかよ!」
ゲッターロボの腕からガトリングガンが現れた。
「遠慮はしねえ! 全弾撃ち落とす!」
ガトリングガンが周り、火を噴いた。
同時に腹部から光が生じた。
「ゲッタァァァァァビィィィィィム!!!!」
光線がミサイルへと向かっていき、ミサイルを打ち抜く。
腕から現れた銃とマントで反射させたゲッタービームがミサイルを次々と打ち抜き爆散させていく。
竜馬はゲッターロボでミサイルを迎撃しながら、廃棄衛星に迫っていった。
(妙だな)
竜馬は違和感を感じていた。そのミサイルが全て核弾頭ではなく通常弾頭であったことだ。
ゲッターロボを確実に破壊したいのであれば、核ミサイルで攻撃しているはずである。
廃棄衛星の側までついにゲッターロボはたどり着いた。
ところが突然、攻撃の波が止んだ。
(なぜ、ここで攻撃を止めた?)
竜馬は疑問を感じたあとすぐにゲッターロボを反転させ、地球に向けて高速で向かった。
少しでもこの地点から離れるために。
その瞬間、廃棄衛星が核爆発を起こした。
竜馬はゲッターロボごと核の炎に包まれた。
ソビエト連邦 ウラジオストク
戦術機 試作機実験場
複座型のアリゲートルが倒れていた。凄まじい速度でターゲットを射止めていき、実験は成功すると思われていたが、突然制御を失い地面に不時着した。
零号と呼ばれた女性は既に管制ユニットから出て、救助が来るのを待っていた。
もう一人の方は出てこなかった。
しばらくすると、救助が来て管制ユニットの方にも救護班が向かっていた。
数時間前、上機嫌だった白衣の男が顔を紅潮させながら女性に問いかける。
「あの「第4世代」は無事なんだろうな? アイツを1体造るのにいくらかかっていると思っている!?」
「無事さ。体の方はな。」
「……まさか」
白衣の男が助け出された少女に駆け寄った。
少女は生きていたが、瞳は完全に光を失っていた。
溶けあった意識から少女は自分を取り戻すことができなかった。
「また失敗か」
白衣の男は膝をついて、その実験が失敗したことのみに落胆した。
少女はおそらく二度と意識が戻らずに、処分されるであろう。
零号とよばれた女性は自分の遺伝子を使って生み出された少女が物のように運びだされる様子を眺め、ふと空を仰いだ。
巨大な流星が空を駆けていた。
女性は叶わないと知りながら、「誰かここから連れ出してくれ」と祈った。
ソビエト連邦 ハバロフスク
オルタネイティヴ研究所付近
既にオルタネイティヴ研究所に着いていた月詠少佐以下御剣隊は大気圏突入し落下したゲッターロボの元へと集結しつつあった。
「これは!?」
月詠少佐たちの眼の前にあったのは、彼らの知っているゲッターロボではなかった。
表面が焦げ付き、黒く変色したゲッターロボ。
手足が大きく損傷し、状態は最悪だった。
月詠は最悪の結果を想像した。
その時、黒いゲッターロボから男が飛び出してきた。
「チ! 駆動系がいかれやがった!!」
流竜馬は無事だった。
核爆発に巻き込まれる瞬間にゲッターマントで機体を全て覆い手足でコックピッドだけを守ったのだった。
「どこのどいつだ! いったい!?」
「流! 無事か!」
月詠が竜馬に駆け寄り、竜馬の無事を案じた。
「俺は無事だが、ゲッターが……」
竜馬はゲッターロボの方を向きなおった。
黒く変色し、手足のひどく損傷したゲッターロボは当分戦線復帰できそうになかった。
竜馬編 7話 終
ストックがなくなりましたのでゆっくり更新します。
次の更新から新作になります。