1983年1月10日 東ドイツ
「シュバルツェスマーケン」政治将校グレーテル中尉はアイリスディーナが連れてきた20代後半の男―神隼人に向き直る。
「ハヤト・ジン軍曹 旧ポーランド共和国出身 日系ポーランド人。戦術機の整備兵として大戦に参加。その後ポーランド崩壊後国連の戦術機部隊に保護されるがその部隊が先の戦闘で壊滅。
同志大尉によって救助され今ここにいる。間違いないか?」
「ハッ! しかし、国連は保護と名ばかりで私を強制労働させていました」
隼人が敬礼をしながら、グレーテルに応える。
「確かアメリカの部隊だったな…保護対象に強制労働させるとはさすが鬼畜だな。
貴官は我が東ドイツに亡命を希望しているようだが……」
「ハッ! 盟友である東ドイツに亡命し、共にBETAと戦いたいと私は思っています。」
グレーテルが眉をひそめた。
「だそうだ。同志中尉。」
アイリスディーナが割って入る。
「同志大尉。こんな身元の特定しようもない人間を我が中隊に取り込むつもり?」
「そうだ。オットー技術中尉も整備が足らんと言っている。」
グレーテルが頭を抱える。
「壊滅した部隊出身で保護された国連部隊も壊滅。調査しようがないわ。シュタージにスパイとして簡単に疑われるわよ」
「そこは同志中尉の腕の見せ所ではないか?」
アイリスディーナがグレーテルを見つめる。
「西側の衛士まで今は保護しているのよ? それに加えて今は作戦司令部も例の「白モグラ」のせいで混乱しきっているわ」
「ああ………西の少尉も中隊に組み入れるように手配してくれると助かる」
「………………」
グレーテルが絶句する。
「はあ……西側の衛士が目覚めてから亡命手続きをするわ。一度にした方がよけいな詮索を招かないでしょう。まあ西のあの子が亡命希望をしたらだけど……」
グレーテルが仕方ないという表情で渋々と承諾する。
「それまでこの男は客人―保護対象としての扱いになるわ」
隼人は与えられた私室でイスに腰を下ろす。
そしてそれまであった会話を思い出していた。
数時間前
アイリスディーナは「ゲッター2」を遠隔操作ができるかを尋ねた。
まったく話がつかめないテオドールが口を開く。
「おい! アンタ一体こいつをどうするつもりだ? まさかこいつまで軍に入れる気じゃないだろうな?」
アイリスディーナはテオドールへと向き直る。
「そのとおりだ。同志少尉。」
「アンタわかっているのか? こんな兵器を持った奴を連れて行ってみろ。シュタージにコイツは拘束されて、機体は押収されるのが目に見えるだろ! こいつまで出世の道具にする気かよ」
テオドールはアイリスディーナに突っかかる。
「私がした問いをもう一度考えてみろ」
アイリスディーナがテオドールを諭すように言う。
「まさか…」
「そのまさかだ。この男は未確認機動兵器のパイロットとしてではなく、ただの亡命希望者として我が隊が保護をする」
アイリスディーナのバラライカへと搭乗する隼人。
「いいのか? 我等には貴様を招くメリットがあるが、貴様にはないぞ?」
「あるさ。元の世界に戻るメドがまるで立ってないから身を寄せる場所がいる。それに…………」
「それに?」
「あの手の化け物は虫唾が走る。」
隼人は心底嫌そうに言葉を発した。
(この世界の情報を集めるには集団に属していた方がいい)
隼人には東と西の冷戦に加えて、異種との戦争に東ドイツの国がひどい状況になっていることは予想できていた。
「なにか武器は持っていないか? 一応預かっておく。」
隼人は、身をまさぐる。
あるはずのないものがそこにあった。
それは竜馬に渡したはずの拳銃だった。
(なぜここにこれが?)
隼人は無言でそれをアイリスディーナに渡す。
「うん?」
アイリスディーナが不思議そうにその拳銃を見る。
「どうかしたか?」
「いや。あんなとんでもない兵器に乗っていた男が普通の拳銃を出してきたから驚いただけだ。」
アイリスディーナが少し笑う。
「しかし、こんな小さな機械であのデカブツを操れるのか?」
隼人は掌に収まるような時計型の小さな機械でゲッター2を操作し、地下へと潜らせていた。
「ああ……戦闘は無理だが動かすだけならな」
かつて、武蔵や弁慶が一時駐留していた基地の地下にゲッター2を隠すために使った機械であった。
「それでどう口裏を合わせる?」
隼人がアイリスディーナに聞く。
「貴様はポーランドの部隊に所属していた整備兵でポーランド壊滅の折に国連の西側に保護され、その後労働を強要されていたことにする」
「それで騙せるのか?」
「実際に壊滅した部隊の名前を調べておく。加えてあの国の政府は機能してないも同然。
何も問題はないだろう」
バラライカがスピードを上げる。
「ジン。貴様Gは何ともないのか?」
「ああ……別に問題ない」
アイリスディーナは目を見開く。
(強化装備無しでこのGが何ともないだと……未来人は体の構造が違うのか? あの機体から飛び降りたときには何かを使って衝撃を和らげたと思っていたが……)
アイリスディーナはこれからのことについて隼人に説明を始めた。
一方、もう1機のバラライカに西側の衛士を乗せているテオドールの心境は穏やかではなかった。
(一体なにがどうなっている?)
あの女―中隊長はシュタージの犬のはずだ。実の兄を売り渡した最低のクズだ。
ではなぜ? あの機体と搭乗者の素性を隠す?
あれをシュタージに持っていけばさらなる地位につけるはずだ。
(まさか……シュタージの犬じゃないのか?)
「同志少尉。」
アイリスディーナがテオドールへと通信を送る。
「なんだ……?」
「この男とその少女の中隊編入及びこれから起こりうる件に協力をしてもらいたい」
「どうして俺が………」
「貴様は既に私の共犯者だ。」
「俺がお前とそこの奴のことを党に報告したらどうするんだ?」
「そんなことはしないさ。なぜなら、お前が西側の衛士と接触を持った方が問題だからな。」
アイリスディーナは薄ら笑う。
「それにこの男が超兵器を持っていると言って誰が信じる? 精神病院に連れて行かれるだけだ。貴様の選択肢は私の共犯者となるかそれとも病院送りの2択だ。」
テオドールは承諾するしかなかった。
隼人は冷静にそのやり取りを見ていた。
(この女……ただの胸が大きい女じゃないな。異形の群れに飛び込んでいく部隊の指揮官だけあって度胸もある。)
やがて、2機のバラライカが基地に到着した。
基地の下にゲッター2が潜んでいることを3人以外は知る由もなかった。
隼人はこの基地に連れてこられた経緯を思い出した後に溜息をついた。
東ドイツ軍はとんでもない状況にあるらしい。
外部からはBETAに侵略され、内部からシュタージという秘密警察に縛られている。
そのせいで諸外国、特に西側からの支援を受けられないというのがわかった。
まさしく前門の虎、後門の狼といった具合であろう。
この問題を解決するには………
「狼の方を先に倒すしかないだろうな」
隼人は独り言をぼやく。
だが、「俺には関係ない」
この時はまだそう思っていた。
隼人編 2話 終わり