城下町のAGITΩ   作:オエージ

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国王選挙まで後僅か、櫻田兄弟達と周囲の者達は何を思い選挙に向かっていくのか
また闇の力が言った期限が迫っていく中昴は・・・

嵐の前の静けさの55話です

それではどうぞ!


第55話 王冠は誰に輝き、人の未来を誰が奪い返すのか

次期国王選挙が今週末まで来たその日桜華高校の生徒会室では書類整理が行われていた。

 

「ごめんなさい。せっかくの昼休みなのに」

 

「いえ、会長・・・じゃなくて卯月先輩。できる限りのお手伝いをさせていただきます」

 

「ありがとうございます奏さん。それと・・・」

 

昼休みを返上して手伝いに来てくれた二人の後輩に礼を言おうとするが奏の隣にいる見慣れない白い髪の後輩の名前が浮かばず口ごもってしまう。

 

「白井咲子。別に覚えなくてもいい」

 

白井はそう言って黙々と作業を再開する。どうやら気まぐれで奏についてきたらしいのだがこれまでの事情を知らない卯月にとっては彼女のことはさっぱり謎なのである。

 

『えっと、奏さんのお友達・・・でいいんでしょうか?』

 

『・・・まあ、浅からぬ縁ではありますね』

 

書類整理も一段落つくと白井が奏に選挙のことについて尋ねてきた。

 

「ところで櫻田奏、選挙当日の演説内容は決まったのか」

 

「ええ、昨日原稿を上げたところよ」

 

「どんな内容か聞いてもいいですか?」

 

卯月がそう問いかけると奏は演説内容を語り出す。

 

「私の私の為の私による王国・・・」

 

「独裁国家!?」

 

「なんてことを考えていた時期もありました」

 

(考えてはいたのだな・・・)

 

奏の独裁国家宣言にはマイペースな白井も目を丸くしてたじろがせた。

しかし次の奏の言葉は独裁とは違うものであった。

 

「でもこの一年、選挙活動を通して皆が頑張ってる姿を見たりして色々変わりました。最後の演説では私から見た兄弟の良いところを話そうと思っています」

 

「いつも陰ながら皆を見守ってくれる葵姉さん。私達や国民の事をいつも考えてくれている修ちゃん。人見知りのくせに他人を思いやる茜。どうしようもないバカだけどある一つにおいては必死で頑張っている昴。困っている人を見かけると何かせずにはいられない岬。さり気なく皆のサポートをしてくれる遥。光はまぁ、別の事に頑張ってるんですが・・・輝は小さいけどやる気だけは一番です。そして、本当に心の優しい栞・・・」

 

「皆のことをちゃんと知った上で選んでもらいたいんです」

 

「奏さん・・・」

 

卯月は感激していた。一方で白井は何か物足りないという顔していた。

 

「それなら一つ忘れていることがあるぞ櫻田奏」

 

「え・・・?」

 

もう兄弟のことは全員言い終えたのではないかと思う奏を白井は指を指して足りないものを指摘した。

 

「ケチで見栄っ張りだが思いやりを持った人物・・・君自身のことだよ」

 

「え、私?でも自分で自分のことを褒めるのは何というか・・・」

 

「今までも演説で多少は自分をアピールしてきたのだろ?それならこれぐらい容易い事だろうに。それに自分がどういう人間なのかも知ってもらった上で兄弟のことを話した方が説得力があると私は思うぞ」

 

「それもそうね。ありがとう白井さん。大事なことを私に気付かせてくれて」

 

「単なる気まぐれだ、気にすることはない」

 

そう言って思わず恥ずかしそうに目を逸らす白井。彼女なりに奏を考えての発言であったのだろう。

 

「ふふ、じゃあその気まぐれに感謝するわ」

 

「・・・好きにしたまえ」

 

素直になれない白井に奏は微笑み、卯月は二人の関係を微笑ましく思ったのであった。

 

 

 

 

 

 

放課後になり日が沈んでいく中一人で帰路についていた弥生はふと通りかかった公園に目を向けると下を向いてブランコに座り込んでいる岬を見た。

 

「どうかされたのですか?」

 

「ああ、弥生さん・・・」

 

寄ってみると岬が座るブランコの隣に片目のダルマが置かれているに弥生は気づく。

 

「ご友人から貰ったのですか?」

 

「はい。選挙で勝てるよう皆が作ってくれました」

 

「それは良いことではないですか。それなのに何故俯かれているのです?」

 

「それは・・・」

 

今のままではダルマに目を入れられないからだと岬は語る。

 

「気づいてしまったんです。選挙が最終的に年長組五人の争いになるってことを。そこに私の入る余地はないってことを。皆の期待に応えられないって辛いなって思ってたんです・・・」

 

岬の声色から深く落ち込んでいることが弥生にも伝わってくる。弥生は不意に隣で立っていた遥の方を見た。視線に気づくと遥は黙ったまま一歩下がりちょうど岬のすぐ近くに弥生が立てるスペースが空いた。意図を察した弥生は会釈し岬の隣に立つ。するとすぐに敬礼の形をとりうるさいくらいの声を上げた。

 

「僭越ながらこの四葉弥生めが献言申し上げます!櫻田家第四王女岬様!!」

 

「え、弥生さん?なんで急に・・・」

 

突然畏まった口調に変わった弥生に岬は困惑する。しかし弥生はそんな岬の言葉を遮り意思表示するかのように話し続ける。

 

「例え国中の岬様の支持者が心変わりしようとも私はあなた様に票を入れる所存であります!」

 

「いやだから、その期待に応えられないかもしれないって・・・」

 

「そうおっしゃられるのはご自身にかかる期待に応えたいという思いがあることの証拠!そのお気持ちが私が岬様を支持する所以であります!!」

 

はっ、と岬は顔を上げた。

 

(弥生さんがここまで私のために言ってくれたんだ。私はこんなところで立ち止まっていられない!)

 

そう思ったらすぐに岬は飛び上がるように立ち上がった。

 

「ありがとうございます弥生さん。私、最後まで選挙頑張ります!」

 

そう言うとすぐに岬はダルマを抱きかかえ最終演説の原稿を書き終えるために家に走り出した。

 

「僕からも礼を言わせてください。本当は僕が言うべきことをあなたが代わりに言ってくれて」

 

「礼はいりません遥様。先ほどの言葉は嘘偽りのない私の本心ですから」

 

「岬は本当に良い友を持った。できればこれからも岬のことを頼んでもいいでしょうか?」

 

「お任せください!」

 

力強く答える弥生に遥は安堵するのであった。

 

 

 

 

 

一方、らいととしての活動中の光は車の中で何かを考え込んでいた。

運転している松岡とらいとの隣に座っている紗千子は選挙に思いを馳せているのだろうと思った。

 

「あの、らいと・・・いや光様。国王選挙が落ち着くまでの間らいととしての活動はお休みにするのは・・・」

 

「ダメ!!」

 

「「え?」」

 

「そんなことしたらアイドル総選挙で一位取れなくなっちゃう!」

 

「「そっちの選挙の心配ですかー!?」」

 

てっきり国王選挙のことだと思っていた松岡は驚きのあまり危うくハンドルを放しかけ慌てて持ち直した。

 

「当然!だってこれが私の生きがいなんだから・・・あっ、ちょっと車止めて」

 

窓に映る街並みで何かを見つけたらいとは車を一度止めさせCDショップへと入った。

 

そこにはさーち☆らいとの新作CDを試聴している斗真がいた。

 

「あ、これもうCD出てたんだ」

 

「・・・っ!らいと!?」

 

思いもよらぬところで遭遇したので斗真は思わず跳ね上がって仰天する。

らいとはさらに斗真の思いもよらぬことを問いかけてきた。

 

「ねえ、今の私ってアイドルやり始めた頃の私と比べてどう違うと思う?」

 

「え、藪から棒に何だよ?そうだな・・・技術とかは置いといて特に変わったところは無いと思うぜ」

 

「そう・・・変わってない、か」

 

少し俯き気味に呟くらいとに斗真はもしやと思いあることを尋ねた。

 

「もしかして気になるのか?アイドル総選挙のことが」

 

「うん・・・これからのアイドル活動について今のままで良いのかなって思っちゃてさ。何か変わらなきゃいけないような気がして・・・」

 

先程まで考え込んでいたのはそれのことだったのかと少し離れたところで会話を見ていた紗千子と松岡は車の中のことに合点をつけていた。

そうだな、と相槌を打って斗真は自分の考えを話した。

 

「無理に変える必要はないさ。無理に変えようとしたとしてもそれはもう桜庭らいとそのものじゃなくなってしまうからな」

 

「斗真君・・・」

 

「変わることも大切だけど変わらないことも同じくらい大切だと俺は思う。だからさ、ありのままで良いんだぜ」

 

「うん!ありがとう!おかげで胸のもやもやがすっきりしたよ!」

 

「そうか、それはよかった」

 

そう言いいつもの調子に戻った様子のらいとの端から見ていた二人はほっと胸を撫で下ろした。

 

「よぉ~し、すっきりした記念に思いっきり歌っちゃうよ!」

 

「「「それは自重して!」」」

 

・・・前言撤回。いつも通り過ぎるらいとに周りは胸をハラハラさせていた。

 

 

 

 

 

また別の場所では茜が買い物帰りの六野の荷物の一部を受け持って歩いていた。

 

「いやぁ悪いね。荷物持たせちゃって」

 

「いえ、ここで会ったのも何かの縁ですから」

 

そう言う茜を本当に親切な人だと思う一方六野は初対面の時の彼女を思い浮かべた。

人見知りの性分故かあの時は全く目を合わせてくれなかったが今はこうして親切にしてくれている彼女を見て六野は人の成長というものを強く実感した。

 

(僕もこの一年で何か変われたのかな・・・)

 

そう考えていると後ろから茜を呼ぶ声が聞こえる。

 

「あっ、花さん!」

 

「お久しぶりです茜さん。そちらの方は?」

 

「知り合いの六野さんです」

 

「そうですか。初めまして六野さん、修君の選挙活動のお手伝いをさせていただいている佐藤花という者です。よろしくお願いします」

 

「こ、こちらこそよろしくお願いします」

 

礼儀正しくお辞儀をされ慌てて六野も頭を下げる。

前までは選挙に興味を持たず順位も低かった修であったが花という恋人ができて以降選挙に意味を見出し彼女との二人三脚で日に日に順位を上げてきていた。その修がふと隣の花に声をかける。

 

「しっかし、お前も変わったな花。手伝い始めた頃は茜みたいにあがっていたのに」

 

「うん、堂々と胸を張っていないきゃ修君に悪いって思ったの。だって私が修君を支えるんだから」

 

「おおっ、嬉しい事言ってくれるじゃないか。でも俺だって支えらているままじゃない。頼ってくれていいんだぜ」

 

「修君・・・」

 

良い雰囲気で見つめ合う二人だが突如突き刺さるような視線を受け意識を現実に戻した。

 

(修ちゃん、最近私に素っ気ないって思ってたらそういうことだったんだ・・・)

 

(いいなぁ、あんな可愛い彼女が居て。どうせ僕なんて・・・)

 

「さ、さぁ、次の演説場所に行こうか」

 

「う、うん!」

 

気持ちは違えど奇妙な視線に当てられた二人は逃げるように次の演説場所まで向かっていった。

 

修達に出会った以外は特筆すべきこともなく無事六野のアパートまでたどり着いた。

 

「ありがとうね茜ちゃん。お礼といっては何だけど家まで送ってあげようか?」

 

「いえ、大丈夫です。少し寄り道したいところがあるので」

 

「寄り道?」

 

「はい。昴の所に」

 

場所は何となくわかると茜はそのままその場所まで歩いて行った。

 

 

 

 

 

人気のない雑木林の中にポツンと木に寄り添って建てられた木でできた簡易的な十字架があった。そこにはある男の魂が眠っている。葵と栞は時折花を添えたり十字架の手入れに来ている。その日二人は純粋にお墓参りに来ていた。

 

「ねぇお姉さま」

 

「なあに栞?」

 

祈り終えると栞が葵にあることを尋ねてきた。

 

「あの人はちゃんと友達に会えているのかな」

 

「そうねえ、一緒にお茶でも飲みながら私達のことを見ているのかもしれないし、ひょっとしたら今の自分では顔向けできないと言って会うの避けているかもしれないわね。でもね、多分樹先生が私達に声をかけるとしたらこう言うでしょうね。『死人の私を考えるよりも今自分がするべきことを考えるべきですよ』って」

 

そこで葵は自分が置かれている状況に思案する。

自分は未だに一位に立ち続けている。それはきっと選挙当日まで変わらないのだろう。今までそれを放置してきたのは期待してくれる国民に悪いからと思っていた。

でもそれは誤りで本当は心の奥底に国王になることを捨てきれない自分がいたからだとあの言葉で気付かされた。

 

(自分の道を決めるのは他人ではなくて自分自身。私の甘さのためになったしまった事態なら私自身で決着をつけなければならない・・・!)

 

密かに決意を固めた葵は栞の手を握った。

 

「さぁ栞、皆の元に帰ろうか」

 

「うん」

 

家に帰ってみるとほとんどの兄弟達はリビングに集合していてその中の輝は五月に最終演説の原稿を見てもらっていた。概ね好評のようだが輝が書いたにしては少々難しい言葉も使われいたので葵はこっそり栞に聞いた。

 

「輝の手伝いをしたの?」

 

「うん。ちょっとだけ」

 

微笑む栞を葵は優しく撫でた。

一方輝は選挙公約も言うべきかと五月に問い掛ける。

 

「いいのよそんなに力まなくて。輝はまだ小学生なんだから」

 

「でも、僕は王様になって国の皆のことを・・・」

 

「国民の人達が最後に聞きたいのは皆の本当の気持ちだとお母さん思うの。だから皆には自分の思ったことを正直に話して欲しいのよ」

 

「はい・・・!」

 

(正直に・・・か)

 

夕飯の後両親に相談しようと葵が考えていると岬が修に話しかけた。

 

「そう言えばそろそろ夕飯の時間なのに茜姉とすー兄いないね」

 

「ああ、あいつらちょっと遅れるらしいぞ」

 

「何かの用事かな」

 

「少なくとも昴はそうらしい。茜はよく分からないが多分昴絡みだろうな」

 

 

 

 

その頃昴はというと隣町の土亥孤児院に足を踏み入れていた。

青年のいう聖地を探すために思い当たるところを駆け回り続けていた未だに見つからず一先ずここで休憩を取っていたのである。外では楽しそうに遊ぶ子供達がいる。その中にはこの場所を見つけるきっかけとなった一樹少年もいた。

あの時の暗い様相が消えていることに喜びを感じながら昴は青年の言っていたことを考え込んでいる。

 

(終末の時まで後僅か・・・)

 

終末のことはまだ斗真達にしか話していない。

兄弟達にとって一年間の集大成となる国王選挙、他のことに気を病むことなく週末に集中して欲しいと思ったからだ。

国王選挙までに決着を着けなければならない。

気持ちは焦ってもどこかそれ一点に気を留められないでいる自分がいた。王になることへの疑念が晴れたわけではないからだ。

 

「何やら深く悩んでいるみたいですね」

 

と不意に例の老人が隣に座った。

が、それだけで特に話してくることはなかった。

 

「・・・聞かないのか?」

 

「はい。今あなたが悩んでいることは誰かに諭されるのではなく自分で見つけ出すべきだと思いましてね」

 

「そう・・・か」

 

「ですがこれだけは言わせてください。雨は止み青空になります。そして青空には・・・」

 

老人の言葉を聞き取ろうとしたその時、何やら外の子供達が騒がしくなる。何事かと思って首を出してみるとそこにで茜が子ども達に囲まれていた。

人見知りの茜にはきついだろうと思い昴はフォローしようと近づく。しかしそれは杞憂だった。

 

「久しぶり皆!元気にしてた?」

 

「うん!あかねさまも選挙頑張ってね~」

 

「ありがとう!今週末の選挙で最後の演説をするから皆もしっかり聞いてね」

 

『『は~い!』』

 

いつものようにオロオロしてしまうのかと思ったらそんな素振りを見せずちゃんと子供達とコミュニケーションを取っている茜の姿に昴は目を丸くして驚いていた。

 

「あ、やっぱりここにいたんだ。そろそろ夕飯だし帰ろうよ」

 

「あぁ・・・」

 

子供達と老人に別れをいい昴はバイクに茜を乗せて家に向かう。その道中信号で停まり昴は後ろにいる茜に問いかけた。

 

「さっきは大丈夫だったか?ジャミンググラスもなかったけど」

 

「うん平気。小さい子達の前では上がらないようになったんだ。あとジャミンググラスのことだけどあれはカナちゃんに返したよ」

 

「返した!?もう人見知りは直ったのか!?」

 

ジャミンググラスを最近見てないと思えば既に茜が自らの手で放したことに昴は先ほどよりも仰天した。

 

「いや全然。でも前に父さんの代わりに被災地に行った時こんなことがあったんだ」

 

「あの時も私はジャミンググラスの力を借りて村の人達のためにできることを精一杯やっていた。でも気付かない内にジャミンググラスを落としちゃっていたの」

 

「でもね、その時皆がスカーレットブルームじゃない私にお礼を言ってくれたことで気付いたんだ。私は櫻田茜、私が私であることに何も恥じる必要なんかないってことに。だからもうジャミンググラスは要らない。スカーレットブルームともお別れ」

 

「そうか。ついこないだまで演説で噛みまくってたお前にとって凄い進歩じゃないかそれ」

 

「昴のおかげでもあるんだよ」

 

「え、俺?」

 

「あの夜昴が言ってくれたことで私は自分自身を見直そうって思えたの。だから私を変えるきっかけを作ってくれたのは昴だよ。今更だけど言わせ貰うよ。私を見ていてくれてありがとう」

 

「いや、別にそんなんじゃ・・・」

 

照れる表情を隠そうと昴は顔を横に向くと思わずあっ、声を漏らした。

そこには夕日で照らされる城下町が二人の瞳に映っていた。

 

「綺麗・・・」

 

意識せず茜の口から感嘆を言葉が出てくる。口にしなかったが昴も同じ気持ちであった。

 

「この町中にいる人達の中にも昴が助けてきた命もいっぱいいるんだよね」

 

「そうかもな。そしてそれはこれからも変わらない・・・絶対に」

 

美しい城下町の風景に昴は誓った。

例えあの青年がどのような手段を用いて世界を滅ぼさせようとしても自分が絶対に守って見せると。何が起きようともこの美しい世界を、そこで強く今日を生きる人々の命の流れを消させてはならない。

 

 

 

 

 

 

 

そして運命の日が来る・・・

誰もが待ちに待った次期国王選挙当日、櫻田兄弟は城の控え室にて各々恰好を改め最終演説に備えていた。その中に昴も当然いる。

結局、聖地を見つけることはできなかった。だが昴に焦燥の相は見当たらない。

神なる力を迎え撃ってみせる。そう心の中で覚悟を決めたからだ。

 

「皆、大事な話をしようか・・・」

 

不意に修が立ち上がる。

普段はマイペースな櫻田兄弟もこの日に限っては皆神妙な様子で・・・

 

「演説の順番どうする?」

「くじでいいじゃない?」

「え~私やだよ!」

「じゃ年齢順かな」

「じゃあ栞からね」

「下から!?」

 

いや、この日においても櫻田兄弟は平常運転である。

報告にきた楠が口をポカンと開けて呆けている中、葵が喋り出す。

 

「私、最初に話したいことがあるの。お父さんの了承は取ってあるからいいかな?」

 

(もしかして・・・)

 

心当たりのある昴を除いて他の兄弟は何を話すのだろうかと思い葵の提案を受け入れた。

 

国王櫻田総一郎と王妃五月が見守る中、葵の演説が始まった。

 

「国民の皆様、長女の葵です。本日は大勢の方にお集まりいただきありがとうございます。また、一年間に渡る選挙活動大変お騒がせ致しました」

 

「いきなりですが私櫻田葵は国王選挙を・・・」

 

 

「辞退させていただきたいと思います」

 

『『!?』』

 

突然の葵の辞退宣言に両親を除いた全ての者達を震撼させた。

 

「私の本当の能力は絶対順守というものです」

 

「この能力は命令した相手を服従させるという力です」

 

既に葵の能力を知っている昴、薄々勘付いていた奏や遥も葵の大胆な告白に心の中で驚いていた。

 

(姉ちゃん・・・覚悟を決めたんだね)

 

「あああ兄上!聞きましたか姉上の能力を!」

 

「まさか葵ちゃんがそんなやばい能力を持ってたなんて・・・てか何でそんなに平静でいるの!?」

 

「輝、光。今葵姉ちゃんは人生で一番大事な場面に立っている。しっかり聞こうぜ」

 

「「はい・・・」」

 

動揺で慌ただしい様子の輝と光を落ち着かせ昴は葵の告白を一字一句聞き逃さないよう神経を尖らせる。

 

「私が王様になると多くの人に指示や命令を与えることになります。それらが必ずしも適切だとは限りません。例えそうじゃないとしても相手が理解する前に力で従わせるのは櫻田王国国王にあってはならないことです。だから私は王様にはなれません」

 

それに、とここまでは暗い声色で語っていた葵だが少しづつ明るいものへと変わっていく。

 

「皆さんとの暮らしの中で大切なものに気付きました。友人や家族と分かち合う時間です。これからも公務は務めるつもりですがそれ以外は普通の人として自分の人生を歩んでいきたいと思います」

 

葵の決意に自然と国民は拍手で称える。自らの決断を言い切った葵は温かい拍手に目を潤わせるがまだ彼女には言うべき思いが残されている。

それを言うために葵はもう一度皆に告白する。

 

「最後にもう一つ、個人的なものですが言わなければならないことがあります。」

 

「私が今日この日に告白をできたのにはある二人の人間が強く関係しているのです」

 

「一人は私の弟。もう一人は・・・名前は言えませんがここにはもういないとある医者です。能力を知ってもなお私への想いを変えなかった弟の勇気が、最後の最後で後悔しない選択を取れたある人の遺言が、臆病な私の背中を押してくれました」

 

「だからこの場で改めて言わせください。ありがとうございます、先生。ありがとう・・・昴」

 

その言葉に国民は拍手の他に喝采を加え歓迎した。

一方櫻田ファミリーはというと、

 

『『えぇぇぇぇぇぇ~!?』』

 

長女の口から出た意外な人物に思わず大声を上げて仰天していた。流石に人の目のつくところに座っている両親は声に出さなかったものの一瞬椅子から転げ落ちそうになっていた。

 

「あんた、知ってたの!?」

 

「まあね」

 

「いつ頃から?」

 

「去年のクリスマスからだけど」

 

驚愕の事実に呆気を取られていると事態は急展開を迎える。

喝采に包まれる中突然誰かが叫びを上げた。

 

「飛行船がこっちに近付いてきてるぞ!?」

 

突然城の上空を飛んでいた飛行船が急に降下し始め城へとぶつかろうとしている。

周囲がパニックに陥る中修が中の様子を探るために瞬間移動を発動する。

戻ってきた修の腕に抱えられていたのは失神している飛行船のパイロットだった。

修は飛行船を止めるために物体と会話できる栞を連れてもう一度瞬間移動を使用する。茜も外側から墜落を防ごうと飛び立った。

 

(何でパイロットは気絶しているんだ?このタイミングで・・・まさか!)

 

昴の脳裏に青年は言っていた終末という言葉が過った。超常的な力を持つ彼ならばこれぐらい造作もないことなのかもしれない。

一方飛行船では栞が飛行船から聞き出した操縦法を修に伝え再度浮上させることに成功した。城への激突は避けられたものの飛行船は城の一部に接触して大きく損傷してしまう。

茜も重力操作で支えているが飛行と同時進行では思うようにはいかなかった。

 

「遥、そっちの様子は?」

 

「すごいパニック状態だよ。むしろこっちの方が危険かも・・・」

 

このままではパニックによって二次災害が引き起こされる危険性がある。

この状況を手っ取り早く収める手段を葵は持っている。絶対順守だ。

 

(今はこれしか手が・・・)

 

大切な人達を守るためにも葵は前に出る。既に発動を意味する青色のオーラが葵の体を覆い後は一言、『落ち着いてください』と『指示』すれば全てが解決する。

 

 

「使っちゃ駄目だ!!」

 

その前に誰かが葵の肩を掴み制止する。振り返ればそこには昴がいた。

 

「あの日言ったじゃないか、使わないことが正しい使い方だって!だから姉ちゃんにはそれを貫いて欲しいんだ!!」

 

「昴・・・」

 

続いて兄弟達も昴に便乗していく。

 

「ここは私達に任せて!、ね」

「そうそう!」

「任せてください姉上!!」

「私だってやるときはやるんだから!」

「そういうこと。だから一人で背負う必要なんてないんだぜ姉ちゃん!」

 

「皆・・・」

 

葵は感動した。今まで自分が支えなければならないと思っていた弟や妹達がこんなにまで強く頼もしい存在だったことを。彼らと同じ血を分けていることがこんなにまで誇らしい気持ちにさせていることを。

一方飛行船で悪戦苦闘中の修は遥に安全に着陸できる場所を探させると同時に現在交わしている通信を皆にも聞こえるようにしてくれと頼んだ。

 

そして修は今、自分ができることを、やるべきことをするために通信を通して多くの国民に声を伝える。

 

『国民の皆さん。櫻田家長男修です。今から言うことを落ち着いて聞いてください』

 

『私達兄弟が皆さんを絶対にお守りします』

 

その一言で慌ただしく右往左往していた者達の大部分が立ち止って修の言葉に耳を傾けた。

 

『私には好きな人がいます』

 

「修君!?」

 

唐突なカミングアウトにその場に居合わせていた花は顔を真っ赤にする。

 

『その人が毎日笑って暮らせるようにして上げたい。国民の皆さんにもそのような人々がいると思います』

 

『自分の大切な人が幸せに暮らせるようにする。その為に王家を利用してください」

 

「私達兄弟はこの先もずっと皆さんをお守りし笑顔が絶えない国にしていくことをここに誓います』

 

この言葉は多くの者を強く動かした。茜は最大限の力を振り絞って飛行船を支え、岬は分身達を総動員して避難誘導に、光もまた桜庭らいとの姿となって岬を手伝った。遥は確立予知と自分の頭をフル回転させ不時着に一番適した場所を導き出した。

 

「では僕達は行きますので城のことを頼みます!」

 

「おう!頑張れよ輝!全てはお前にかかってるんだからな!!」

 

「任せてください兄上!!」

 

遥の作戦は飛行船を土手まで誘導して奏の力で生成したネットと輝の怪力をもって着陸させるというものだ。成功確率は50%だが今はそれにかけるしかない。

土手へと向かう輝達をサムズアップで見送り昴は今にも落ちそうな空の飛行船を見据える。いや、正確にはそこで踏ん張っている修をだ。

 

彼の凄さはたった一度の演説で国民と兄弟の心をまとめ上げただけではない。

自分のことだけでなく多くの人の大切な人達の幸せを守りたいというのは単純であるがとても素晴らしいことであり、そう言う人間にこそ国王がふさわしいのではないだろうか。

 

「どうやら・・・国王はあんたで決まりのようだな」

 

呟いているとすぐに急報が届いた。

 

「飛行船の不時着無事成功しました!!」

 

「おお!やってくれたか輝!!」

 

その朗報に昴は両親と手を叩き合って歓喜する。

彼らだけではなく事件を見合わせた者、中継を通して見守った者全てが声を上げて喜びを分かち合い物語はハッピーエンドで幕引きとなる

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

はずだった・・・

 

 

惨事の始まりはいつだって小さな変化から始まる。

 

「うぅ・・・」

 

今まで気絶していた飛行船のパイロットが目を覚ました。

 

「ここは・・・飛行船は!?」

 

「落ち着いてください。飛行船は無事私の子供達が着陸させましたよ」

 

「何ですって!?」

 

状況が読めない様子のパイロットを落ち着かせようと総一郎が優しく声をかける。

だがパイロットは逆に青ざめている。

 

「すぐに彼らを避難させてください!そうでないと皆奴らに・・・」

 

「・・・どういうことですか?」

 

パイロットの尋常じゃない顔が事件がまだ続いているということを物語っていた。

 

 

 

 

 

「ふぅ・・・一件落着かな」

 

「ホント、一時はどうなるかと思ったよ」

 

コックピットにいた修は緊張から解き放たれ一息ついていた。着陸前に船内に入った茜も同様である。

 

「今更だけど、飛行船を修ちゃんの瞬間移動で安全な場所まで送るのはダメだったの?」

 

「あ・・・」

 

「今、あ、って言わなかった?」

 

「よ、よく言うだろ終わり良ければ総て良しってな。アハハハ・・・」

 

そんな感じで雑談を始める二人であったが栞は違った。

 

「誰なの?」

 

「ん?どうしたんだ栞?」

 

「お兄様、お姉様、後ろの方に誰か居る・・・」

 

栞の言う通り座席の背後に目を通す修。

そこで修が見た大量の黒い『何か』は彼を震えさせすぐさま茜と栞を掴んで瞬間移動を行いその場から緊急離脱する。

土手の方に移動した修はすぐさま近くにいる兄弟達に異常を知らせようと声をかける。

 

「皆逃げろ!飛行船がやばいことになってた!おい聞いてるの、か・・・っ!?」

 

誰もが口を開けて空を向いている状況に不審に感じた修は上を向くとその理由が分かった。はっきり言って今さっき見た異変よりもよっぽど異常なことがこの空全体で起こっていた。

 

 

 

「夜になっているだと・・・」

 

そう、先程まで青く澄んだ晴天が黒く濁った闇夜と変わり満月と無数の星が夜空に彩を加えていたのだ。

その異変は修達の周りだけではなく王国全体・・・いや、

アメリカで、

ユーラシアで、

アフリカで、

オーストラリアで、

南極で、

 

全ての大陸、全ての国、全ての都市、全ての町、全ての村、全ての生物の目にその異変は映っていた。当然、櫻田城でも多くの人々が空を見上げていた。綺麗な星空だと思っている者も少なくなかった。

だが昴は違った。目を凝らして見ると空に見えるそれが夜空ではないことに気付いたからだ。

 

(そう言うことかよ・・・聖地って!)

 

青年が言っていた聖地とは本来王族である櫻田家がいるべき場所、しかし国民と共に生きる今の櫻田家にとっては『最も近く遠い場所』、櫻田城だったのだ。

 

人の中にも夜空の正体に気付いた者も現れ彼らは目を見開き震え上がった声で周りに真実を伝える。

 

「あれは夜空なんかじゃない・・・」

 

 

 

 

 

 

 

「全部化け物の体と牙だ!!」

 

そう、夜空に見えていたのは数えきれない程のローカストロードが地球全体を包み込み太陽を遮っていたからだ。彼らのギラギラした目や牙が星のように光り今か今かと人間達を見据えていた。

 

そして月に見えたそれは宙に浮いた黒服の青年の体から放出された光が模ったものであった。

青年の存在に気付いた昴はすぐさま万が一のために櫻田城付近にいた斗真と弥生達に連絡を取り城からこっそり出て行った。

 

『人よ、私の声が聞こえますか?』

 

再びパニックに陥りそうになる人々の脳内に青年は直接語り掛けた。その声を聞いて人々は自然と動きを止める。

 

『私はこの世界を創りし者。あなた方は私の子なのです』

 

根拠などなかった。脳と心では理解出来なかった。だが人はそれよりも深く体に刻まれた本能で理解した。

今語り掛けている青年は人知を超えた力を持つ者、いや、力そのものだということに。深い闇の権化だということに。自分達人間が束になっても彼に敵わないということに。

羊が狼に勝てないように、虫が鳥を捕食することができないように、今語り掛けている青年が自分達の『上』に君臨している存在だということに本能で悟ったのだ。

 

『私はずっとあなた方を見てきました。始まりの時から今この瞬間まで見守ってきました』

 

『ですが私は落胆しています。望まぬ方向へと進化していくあなた方に。もう私は人間を愛することが出来ません』

 

『ですから私は決めました。今ある世界を『修正』することに。その為にあなた方には滅びてもらいましょう』

 

そう言い『闇の力』は夜空を形成しているローカストロードの一部を櫻田城に降下させる。

 

『手始めにこの国から『修正』していきましょうか。恐れることはありません。痛みは刹那、苦しみは一瞬に過ぎません。それを越えればあなた方は『修正』され、再生した世界で私の愛を受けるべき存在へと生まれ変わることができるのです。さぁ、受け入れるのです・・・!』

 

迫りくる蝗の異形の群れに人々は膝を落とし呆然とした。その中で誰かが呟いた。

 

「終末だ・・・」

 

空を覆う蟲の大群が迫り来るのを見て人は今自分達は神話の出来事に直面しているのだと悟った。どうすればいいのだろうか、いや、そもそもそう考えること自体がおこがましいことではないのか?

様々な錯綜が飛び交い人々は自分の無力さに絶望し、闇の中へと飲み込まれようとしていた。

 

 

 

 

 

 

その時、一筋の光が暗闇を照らし出した。

 

振り向くと城の方から誰かが近づいてくる。彼の腰から放たれた光は彼が進むと同時に広がり冷たい闇を打ち消していくのと同時に人々に暖かい光を齎してく。

彼は何者なのだろうか?

その場に居合わせた全ての者が感じた疑問を光を放つ者は聞き覚えのある声で答えた。

 

「国民の皆さん。櫻田家次男の昴です」

 

そう、それはこの国の第二王子の声だった。

 

「この度は皆さんに謝らなければならないことがあります。俺は皆さんにあることを隠していたのです」

 

「一つは今空を覆う奴らの正体について。奴らの名はアンノウン。詳しい説明は省きますが人の進歩を快く思わず自らの手で支配しようとする連中です」

 

「力は強く。生身の人間では奴らに勝つことはできないでしょう・・・」

 

ですが!とここで昴は大きく声を上げて国民に宣言する。

 

「アンノウンに対抗できる力を持った人間もいます。その一人が俺です」

 

「だから絶望しないでください。悲観しないでください。今から俺と俺の仲間達が奴らと戦います。そして勝って見せます。誰も犠牲者を出さずに!」

 

その強い言葉に自然と人々は立ち上がり昴を見据える。

彼がこの状況の希望になり得るのではないかとという気運が国民の間で漂い始めていた。

それを打ち砕こうと青年も再び言葉を送ってくる。

 

『人よ、諦めるのです。あなた方の未来は私の手の中にあります。それを今壊して見せましょう』

 

「黙れ!人の未来がお前の手の中にあるのなら・・・俺が奪い返す!!・・・変身!!!」

 

暗雲をかき消すように昴は叫び大勢の国民が見ている前でアギトへと変身する。

その姿に人々は絶句した。恐怖心もあったが彼なら本当に何とかしてくれるのではないかという期待もまた心に芽生えていた。

 

戦いの前に昴は仲間達と最後の打ち合わせを取る。

 

「斗真、弥生、白井、六野さん。準備はできてるか?」

 

『当然だ。お前こそ大丈夫なんだろうな?』

 

『既にGトレーラーにてG3-Xを装着した。いつでもいけるぞ』

 

『G3システム全装備を解禁、これでG3-Xは最高のコンディションになっている。こっちの心配はいらない』

 

『僕が何かできることがあるというわけではないけど信じているよ。皆の勝利を』

 

「そうか、じゃあ行こうぜ!」

 

 

天の闇は全て敵。こちらの戦える者は三人。

その上エルロードも控えているという絶望的な状況だが絶対に諦めない。

大切な人達と生きるために、自分が自分であるために、己の生き方を貫くために三人の仮面ライダーはローカストロードの群れへと飛び込んだ。

 

 

 

今、最終決戦の火ぶたが切って落とされた。




次回、いよいよ最終回です。
タイトルもズバリ!『城下町のAGITΩ』!!

私も命を燃やして描き切りますので皆さんも最後までお付き合い願います!!

それではまた次回お会いしましょう!!

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