ギルスは河原を舞台にアントロードと激闘している。戦っている内に元いた場所から引き離されたからだ。
『『ギギィー!』』
飛び掛かってくるアントロードを回し蹴りの要領で踵の爪を使い引き裂くと爆風からアントロードの赤い上位個体、フォルミカ・エクエスがギルスに向けて鎌を振るう。
両腕で鎌を受け止めるもののエクエスの力は強く肩に着実に押し込まれていく。
しかしギルスも負けじとエクシードギルスと化し鎌を押し返してエクエスにドロップキックを叩き込んだ。
「ウォォォォォォッ!」
エクシードギルスが追撃にギルススティンガーを伸ばして突きを放つ。
だがエクシードギルスの高い戦闘能力に警戒したエクエスは配下を盾にして逃走した。
エクエスには逃げられたが周囲のアントロードを倒した斗真は小型通信機から樹が栞を連れて逃げたという情報を聞き取り一度Gトレーラーに戻るのであった。
山頂にて一連の戦闘を眺める者がいた。
それはアギトらに大量のアントロードを差し向けた者と同一の存在であった。
「コォォォォ・・・」
金色の怪人は横に控えるアントロードの長にて最強クラスのアンノウン、クイーンアントロード フォルミカ・レギアに命令する。内容は単純、アギトを襲えというもだ。
クイーンアントロードは命令を受理し背後にいる自らの僕に行動に移させる。
そう・・・
何百体のアントロードを。
昴はGトレーラーのモニターで兄弟と連絡を取っていた。
「ということであいつには逃げられた。本当にすまない」
「そんな・・・でも、どうして栞が」
「きっと洗脳よ!あいつが栞に催眠術をかけたのに違いないわ!ぐぬぬ、おのれ樹ぃぃぃぃ!」
とりあえず荒ぶる奏を修が落ち着かせ話は続行されていく。
「でも姉さんの言ってたことに近いことが起きてたかもしれないね。逃げたら他の奴を襲うぞって脅迫されたとか」
「いや、違うと思う。栞にそういう素振りは無かった」
あの時の栞の瞳には抑圧された様子はない。それに最後に読唇術で伝えた言葉が彼女の確固たる意志を持っていることの証明である。
「栞はあいつに伝えなきゃならない言葉があるって言っていた。誰のかは分からないけど」
しかし昴に心当たりがないわけじゃない。樹が持っていたあの写真の青年時代の樹と共に写っていたあの少年、樹が血相を変えて取り返そうとしたのを見るに彼の重大な秘密を秘めているものなのかもしれない。とはいえいきなり飛び掛かってきた樹に驚いた拍子であの写真を投げてしまったので謎を探ることはできない。
「とにかくまだ樹は近くにいるはずだ。見つけ出して今度こそあいつから栞を助け出してみせる」
「頼んだわよ、今頼れるのはあなた達しかいないのだから」
通話を終え再度樹を探そうと試みる昴であったがアンノウンを察知し思わず頭を抱える。
「よりによってこんな時に!すまん斗真、アンノウンの方は任せた」
しかし斗真が返事するよりも先に更なるアンノウンの出現が感知される。
「同時にアンノウンが!?」
「しかも、両方全く別々の場所だぜ・・・」
現在G3-Xは補給中で動けない。現在戦えるのは斗真と昴の二人だけだ。
「どうする?」
「どうするつったって見過ごすわけにもいかないだろ」
斗真の問い掛けに昴はアンノウンを野放しにすることもできないので歯ぎしりをしながらもまずはアンノウンを先に倒すという決断をし両者は二手に分かれてマシンを走らせた。
樹次郎は栞を連れ石切場から離れていた。
危機を脱することができたのだが今彼の頭はある一つの疑問が渦巻いている。
「どういうことですか?」
尋ねたのは樹、向けられたのは栞だ。
「何の狙いがあって私を庇ったのですか?」
樹はあの時の栞の行動が解せなかった。自分は彼女を攫ったのだ。被害者が誘拐犯を庇ったりはしない。だが目の前の少女はそれをしたのだ。それも自身を助けようと剣を振るうものから前に出て樹を守ったのである。あまりにも自分に都合が良すぎる展開に樹は困惑していた。何故助けたかと問い掛けるも栞の答えは答えになっているようでなっていないものである。
「私にはまだ託されたことがあるから」
「またそれですか、全く理解に苦しますね・・・」
樹は思った通りのことそのまま口にする。打算が多い彼には珍しいことだ。
それでも栞は顔を上げて樹の顔を見据えている。
思わず樹が栞に背を向けると同時に昴と同様にアンノウンの存在を察知した。
さらにそれだけではなく背後に忍ぶ敵の気配も読み取る。
敵の正体はエクエス。エクエスは手始めに栞に向けて鎌を振り下ろす。
だがそれは樹が彼女の前に立ちはだかって防御する。
「先程の借りを返却だと思ってください」
蹴りを入れて距離を取らせると樹は早速アンクポイントを発現させる。
「変身・・・」
アナザーアギトとなりエクエスの鎌を蹴り飛ばす。
得物を失ってもエクエスは腕を振るってアナザーアギトに攻撃する。
並のアンノウンを凌ぐ動きで襲い掛かるが相手が悪かった。
「むんっ!」
矢継ぎ早に放たれるパンチは全ていなされ逆にアナザーアギトのカウンターを使いエクエスは追い詰められていく。エクエスがたまらず距離を取ろうとバックステップを取るのを見計らいアナザーアギトも前へと跳躍し強烈なボディブローをアンノウンに目掛けて叩き尽きた。
「ハァァァァ・・・グッ!?」
とどめを刺すべく必殺の構えを取ろうとしたアナザーアギトであるが短期間で二回も変身したことがアンクポントに響き激痛に苦しみ始める。エクエスはその隙を逃さず鎌を回収しアナザーアギトを切り裂かんと振り回す。
応戦するもリーチの長い鎌で攻撃を仕掛けてくるので先程のようなカウンター戦法が使えずアナザーアギトは防戦一方を強いられる。その時アナザーアギトは思わず斬られた腕を抑えた。
「シャァァァァッ!」
防御が手薄になったことを歓喜したエクエスは大振りに鎌を振り下ろしアナザーアギトの肩に突き刺さった。
「グッ・・・」
内と外の痛みを受けたことで逆にアナザーアギトの闘争心を刺激した。
「頭に乗るなよ・・・アンノウンがぁっ!!」
突然の咆哮にたじろいたエクエスの頭を鷲掴みにし膝蹴りを何度も腹に放つアナザーアギト。そのまま流れるような動作で投げに移行する。錐揉み状に投げ飛ばされたエクエスは受け身を取れずそのまま地面に激突しのたうち回る。
そして今度こそ足元に紋章を出しアサルトキックの準備を完了させる。
「むぅぅぅぅん!!」
飛び上がったアナザーアギトはそのまま踏み潰すように急降下しエクエスは断末魔の叫びを上げて爆散した。
(こんな相手にまで苦戦するとは、私の力はそれ程までに消耗しているというのか・・・)
戦いが終わり鎌で斬られた肩を抑えながら樹は爆破によって炎上した地面を見ながら考え込んでいた。そこに栞が近づいていく。
「大丈夫?肩に血が・・・」
彼女は心配そうに手を伸ばすがその手を樹は拒む。
「何なのですかあなたは何故そこまで私に気遣うのですか」
「だって、あなたが泣いている・・・」
「私が泣いているからだと・・・」
樹の漏らした声に栞は頷く。その時樹は心に汗を流していた。その気になればいつでも命を奪うことができるちっぽけな少女が自身の心に踏み入ろうとしてい。誰も知らず、誰も知ろうともしなかった樹の深淵に。
「おかしいことを仰いますね。私の目をよく見てください。この目のどこが泣いているというのです?」
そう言い樹が見開かせた目で栞を睨むように見下ろす。しかし怯む様子はなく水のように透き通った目で見つめ返してくる。
「いいえ、あなたはずっとは泣いている。その涙を止めたくてあなたは叫んでいる。その叫びがあなたに酷い事をさせている・・・」
「黙れ!適当な事を言うんじゃない!!」
思わず感情的になった樹は叫んだことにより傷口が開き思わず地に伏す。
「今気づきましたよ・・・あなたは人質として不都合な部分が多すぎるということをね」
そう言って樹は立ち上がり早歩きで栞から離れていく。
「もういいです。あなたを開放します。すぐにでも家族の元へ帰り二度と私の前に現れないでください・・・」
憮然に言い放ち樹は栞を置いてどこかへと去っていった。
その頃、アギトは採石場にてアントロードの軍団とフレイムフォームと化して戦っていた。
「ハァァァァァァッ!」
炎を纏ったフレイムセイバーが目前のアントロードを一刀両断する。しかし横から飛び出たアントロードが体当たりを仕掛けてくる。アギトは受け身を取り後ろから襲おうとしたアントロードを裏拳で殴り飛ばしもう一度体当たりを放つ者に対してフレイムセイバーを突き出しその刃で切り裂く。
順調にアギトが勝っているように見えて実際に分があるのはアントロードの方だ。
(なんだこいつら?今まで動きが全然違うぞ・・・)
かつての者達は各々が好き勝手に動いていたので一人ずつ対応すればすぐに片付けることができた。だが今回のアントロードは違う。他の個体との連携、時間差攻撃、時には味方が倒されているのも攻撃の機会と迫っていく。集団であることを最大限に生かした戦法である。
突然のアントロードの変化に戸惑いながらもアギトは一網打尽にすべくマシントルネイダーをスライダーモードにし群れへと突っ込む。そしてフレイムセイバーを構えたまま飛び出した。
「でやぁぁぁぁぁぁぁ!!」
『セイバーブレイク』を持って一気にアントロード達を切り裂き勝負は決した。
かに思えたがすぐにいつの間にか出現した蟻の怪人らがアギトを包囲する。
「またか・・・いつまで続くんだよこれ!」
昴は何度目かの叫びを上げる。
斗真の援護が欲しいが通信機の連絡によると彼の方も同じ状況にあるようだ。
(栞のこともあるのに・・・!)
でもこれだけのアンノウンが街に出ればそれは多大な被害を出すことになる。ジレンマの中がアギトは自棄を含んだ叫びを上げながらまたアントロードの群れに突撃する。
それがクイーンアントロードの策略であるとも知らずに。
栞と分かれた樹次郎は山のふもとにある小屋の中でよりかかっていた。手当てを施していない肩の傷は悪化しさらに変身の反動によるダメージも合わさって息は絶え絶えの状態である。
「すまない・・・本当にすまない・・・こんなはずではなかったのだ。本来なら今頃なら復讐を完遂できていたんだ・・・面目ない・・・」
樹はいつもの如く写真に懺悔するために懐に手を当てるがそこに写真がないことに気付く。
「しまった・・・あの時回収できなかったんだ・・・!」
取り戻さねば、あれは私の道しるべとなるべきものだ。と樹は痛む体に鞭を打って扉を開ける。
扉の先には先程置いてったはずの櫻田栞が立っており、樹はげんなりとする。
「・・・今度は何の用ですか?二度と私の前に立たないでくださいと言いましたよ」
「・・・これを。さっき渡しそびれちゃって」
そう栞は差し出してきたのは例の写真であった。
「っ!?」
樹はそれを見て反射的に掴み取り素早く懐へ隠す。
「・・・見たのですか?」
「・・・うん。それに写真さんの声も聞いた」
ということは樹の過去に少しだけ見たということになる。
「全くあなたはつくずく私を苛立たせ、その上で私に借りを作ろうとする・・・いいでしょう。私は借りはその日の内に返さなければ気が済まないたちでしてね・・・」
そう言い樹は小屋の中にあったボロボロの布を床に敷き自分はその隣に座り込む。意図を察した栞は布の上に座る。
「お話ししましょう。私がアギトの力を得、人間を支配しようとした経緯を・・・あれは十年前の出来事です」
そして樹は誰にも言ったことのない自分の過去を話し始めた。
―10年前
アフリカの某所にて青年医樹次郎は困り果てていた。
未知の病原菌の調査の為にアフリカまで行ったはいいが今日まで道案内を頼んでいたガイドが実は詐欺師で隙を見せた瞬間にパスポートや財布を奪われジャングルの中へと置き去りにされてしまったのだ。それから彼は持てる知識を活用し辛うじて生きながらえていたがそれもまた限界に近付いてきた。
「・・・・・」
もはや樹は口を開く体力すらなくただ密林の中で倒れこんでいる。耳から聞こえてくる足音の正体は獰猛な肉食動物だろうか、なんにせよ今の彼にはどうすることもできない。
(人という生き物とはこんなに貧弱なものなのだな。たかだか数日間碌なものを食わないだけでこの有様だ・・・)
樹は死を覚悟し瞼を閉じようとしていた。だが突然目の先から眩い光が刺さり、閉じずにそれを凝視した。
(なんだあれは!?)
それは人のシルエットをしていたが目は虫のような複眼で頭には角が生えていた。
彼が何者なのか、それを確かめるよりもさきに樹の意識が限界に達し目が閉じられる。薄れていく意識の中、樹は何かに背負われているような感覚を感じていた。
「ん・・・ここは?」
目を覚ますとそこにはどこかの村らしく外から騒がしい声が聞こえてくる。
『目が覚めたようですね』
突然、自分の母国語で話しかけられたことに樹は驚き思わず飛び跳ねた。
丁度自分が横になっていた場所の隣の位置にそれはいた。薄れゆく意識の中で見た角の生えた謎の人物。そして彼は一瞬の内に少年の姿へと変わった。
「お前は何者だ。何故俺の国の言語を知っている?」
『私はこの村の長ラフィキ。今私はあなたの頭の中に言葉を伝えています。そしてそれはあなたが最も理解できる言葉で表現されます』
つまり念話というものなのだろうか、しかし超能力なんてものがあるはずがない。そう樹は考え込んでいるとラフィキと名乗った少年は再び語り掛ける。
『超能力というものについて私は知りませんが恐らくそれに近いものを私は持っているのだと思います』
「っ!?(口にしてもいないのに・・・)」
何故心の中のことを彼は知っているのか、と思っているとまたもやキラフィはそれについて自分の言葉を相手の頭へ伝える際、相手の考えていることを知ることができるのだと回答した。
「理屈は分かった。心の中の読まれるのは不愉快だから止めてくれ。俺はこの国で使われている言語をほぼ全部網羅しているから問題はない」
「そうでしたか、それは申し訳ないことをしてしまいましてね。ごめんなさい」
「分かればいいんだ・・・って今度は何で普通に喋ってるんだ!?」
「さっき言いました通り念話の際にあなたの脳内の知識に触れて・・・」
「ああもう分かった!それ以上はいい!」
心どころか知識まで読まれた慌てて樹は部屋の端まで下がる。樹はラフィキという少年の力に少々恐れを抱いていた。だがそんな樹を彼はただ温厚な目で見つめている。
「それで、俺に何の用だ。言っとくが今の俺にお前達が喜びそうな物は持ち合わせていないぞ」
「?」
樹の問にラフィキは何故か首を傾げている。
「何だ、見返りが欲しくて俺を助けたのではないのか?」
「いけないのですか?」
「いや・・・じゃあ何故俺を?」
決まってるじゃないですか、と少年は依然笑顔で答えた。
「遠くであなたが苦しんでいるのを感じた。だから私は助けに来たのです」
その解答は樹にとって単純であるが複雑なものであった。
「・・・俺が人殺しだったらどうするつもりだったんだ?」
「えっ!?そうなんですか!?怖いなぁ~」
「例えの話だ!俺の本業は医者だよ!」
「あーよかった~、本当だったらどうしようかと思いましたよ。あなたが良い人みたいなのでうれしいです」
「それは結果の話だぁぁぁぁぁぁ!」
樹はあまりに能天気なラフィキに思わず大声を上げてツッコミを入れる。
どうも彼と接していると調子を狂わされる。樹は咳払いして気を取り直し自分が来た経緯を話した。
「まあそういうことで俺はこの村にしばらくの間居座らせてもらう。代わりと言っては難だが病の者がいるのなら俺が診よう。宿代代わりだと思ってくれ」
幸いにもこの周辺が例の病原菌が流行している地域と一致していたのでここを拠点に調査するということを樹は不愛想に説明する。
「そういうことでしたら私達はあなたを迎え入れましょう」
そう言ってラフィキは手を差し出した。握手を求めているのだろう。だが樹はその手に対し背を向けた。
「そういうのはあまり好きじゃない・・・」
それだけを言って樹は彼の前から去って行った。
この時彼は気づいていなかった。
その日出会った胡散臭い能天気な少年が自身の生き方を大きく左右する存在であるということを・・・