城下町のAGITΩ   作:オエージ

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第42話 お姉ちゃんの誕生日

12月24日、クリスマスイブ。

一般的にはとある教祖の誕生の前日とされているが櫻田家にとってはもう一つの意味を持つ日付である。

それは・・・

 

「お前らーっ!今日は我らが葵姉ちゃんの記念すべき18歳の誕生日だ!例年の如くサプライズパーティーを・・・フギャ!?」

 

「それ昨日私が言ったし、二階にいるお姉ちゃんに聞こえたらどうするの!」

 

「はい、すいませんでした」

 

茜に思い切り叩かれた昴が言った通りこの日は櫻田家の長女櫻田葵の誕生日でもあるのだ。その為弟と妹達は姉の為にクリスマスパーティーに見せかけたサプライズ誕生日パーティーの準備をしているのである。・・・もっとも、葵本人はその事に気付いているのだが知らぬふりをしており、それ故に気付かれていないと思い込んでいる者達もいて昴と茜も葵を騙せてるつもり組に属している。

 

「何か手伝おうか?」

 

「大丈夫間に合ってるから!」

 

降りてきた葵はパーティーの準備に忙しそうな兄弟達に手を貸そうとするがそれを光が静止する。そんな中茜と岬はヒソヒソ声で作戦会議を行う。

 

『いい岬?最低でも16時までは葵お姉ちゃんを連れ回してね。プレゼントも忘れちゃダメだよ』

 

『任せて!』

 

『・・・あと分身ちゃん達を3人程置いてって・・・』

 

『人手が足りないんだね・・・』

 

茜の指示により岬は葵を家から離れさせるべく行動に出る。

 

「あーどうしよー!!そういえば皆で交換する用のプレゼントまだ買ってなかったー!でもこの寒空の下一人で街まで行くのはちょっとなー・・・」

 

嘆く岬の視線はチラチラと葵を見ている。意図を察した葵は岬の手に乗ることにする。

 

「一緒に行こうか?」

 

「ホント!?ありがとうお姉ちゃん!!」

 

わざとらしい挙動で葵の手を掴み家を出ていく岬の姿を見て双子の弟の遥は思った。

 

(絶望的演技力だなオイ!!)

 

岬をあのまま放っておけばその内自分からボロを出してしまうだろう。

遥は葵がサプライズパーティーの事に気付いていることを察しているが彼女が家族の為に気付かないふりをし続けるのなら自分も表面上だけでもサプライズパーティーの成功記録更新に付き合おうと思いクリスマスツリーの飾りつけに夢中な昴の肩を叩いた。

 

「あ?なんだ遥?サンタさんの服が何で赤いか知りたいのか?止めといたほうがいいぞ・・・夜中眠れなくなっても知らないぜ」

 

「一言もそんな事言ってない上に兄さんが思っているであろうそれ絶対に違うから、赤い服なのはある炭酸飲料の広告ポスターが由来ってのが有力らしいよ」

 

「えっ?農家の子供にプレゼント置いてこうとした時に泥棒と間違えられてありったけのトマト投げ付けられたからじゃないの?」

 

「初耳だよそんな噂!?てか何で洗濯しないの!?トマトの汁が染みついたサンタクロースなんて嫌だよ!」

 

「そりゃあお前その時の事根に持ってて洗わないらしいぞ。だからサンタさんは農家の子供を見ると袋からありったけのトマトをその子に・・・考えただけでも恐ろしいぜ・・・!」

 

「うん恐ろしいね。サンタクロースがそんな陰湿な人だなんて子供が知ったらトラウマものだね・・・ってその事じゃなくて!」

 

危うく昴のペースに乗せられる直前だった遥はサンタ談義を強制終了させ本題に入る。

 

「岬のあの大根芝居を野放しにしたらいろいろまずいでしょ」

 

「ああ、それは俺もさっき思っていたところだ」

 

「でしょ?まだ間に合うだろうから二人の後を追って岬をフォローして上げなよ」

 

「おう、任せとけっ!」

 

ポン、と胸を強く叩いた昴はドアを開けて岬と葵を追うべく走り出す所を見て遥はほっと胸を撫で下ろす。

 

「なあ遥」

 

「なんだい兄さん?」

 

昴に入れ替わる様に修が遥の隣に立つ。彼もまた葵が察していることに気付いている組だが遥と同じく空気を呼んでサプライズパーティーの準備に取り掛かっているのである。

 

「岬のフォローに誰かを行かせる案は悪くないとは思うが何でアホの昴をチョイスしたんだ?」

 

「計算したからだよ」

 

「何をだ?」

 

「誰を行かせるべきかという計算をね。そしたら昴兄さんが一番適役だってことがわかったのさ」

 

「そうか」

 

特に言及することなく修は茜に呼ばれて脚立を支えるのを任され遥もまた別の準備に取り掛かった。

 

 

 

 

 

バス停前

 

合流した昴は葵達と共にバスを待っていたのだが岬はやや不機嫌顔だ。

 

『もう、すー兄がこなくても私一人で大丈夫なのに・・・クシュン!』

 

『いやお前あの演技力でよくそんなことが言えるな・・・ハクション!!』

 

((寒い・・・))

 

思っていたより外は寒く、二人はもう少し厚着してくるべきだと後悔してると葵が首に巻いていたマフラーを外して差し出してきた。

 

「三人で交代交代で使う?」

 

「このくらいの寒さなんて平気だよ!」

 

「そうそう、俺達の方が若いんだし」

 

「そんなに歳の差ないでしょ!」

 

その後昴と岬は頑なにマフラーを拒み続けた。

 

 

 

ショッピングモール 洋服店

 

「お姉ちゃんお姉ちゃん!これなんてどうかな!」

 

岬は選んできた誕生日プレゼント用の服を葵に見せる。しかし葵は交換用のプレゼント選んでいるものだと思っていたので、

 

「こういうのだと栞とかに当たった場合・・・」

 

「そ、そうだね・・・何で私プレゼント交換なのにこんなの選んだんだろう・・・アハハ・・・」

 

(ああ、私へのプレゼントを買いたかったのね・・・)

 

葵がそう気付くも岬は他を当たってみるといって葵とは別行動を取った。一方、葵もあるものを買う為に歩を進めていた。

 

 

「岬、姉ちゃんへのプレゼント決まったか?」

 

プレゼントの事で悩んでいる岬に先程まで別行動していた昴が話しかけてきた。

 

「全然。すー兄は?」

 

「俺はもう買ってきたぜ。姉ちゃんが喜ぶこと間違い無しな最高のプレゼントをな!」

 

「本当!?どんなのか見せて!」

 

「ああ、いいぜ」

 

勿体ぶった動作で昴は懐からそれを出し岬の目の色は好奇心から呆れの色に変わった。

昴が取り出したそれは丸い形の大人気グッズだった。

 

 

 

 

「ジャジャ~ン!俺の姉ちゃんへのプレゼントはズバリ、たまごっ○だ!」

 

「あ~なるほど!キャラクターは可愛いし持ち運びも楽だしプレゼントに最適だね・・・ってバカー!!」

 

これ見よがしに見せびらかす卵に似た形のゲーム機を岬が迷わずノリツッコミ風に叩き落した。

 

「あー!クリスマスシーズン限定のスペシャルカラーがー!?なんてことしてくれんだよ岬っち!」

 

「それはこっちのセリフだよこのバカっち!なんでよりによってこれを選んだの!?お姉ちゃんはもう18だよ!」

 

「だからこそだよ。葵姉ちゃんも世間体を気にしてファンシーグッズを手に取るのに抵抗を感じる年頃だ。だからこうやって誰かからのプレゼントじゃなきゃ姉ちゃんはたまご○○を手にすることができないんだ・・・!」

 

「いや何でお姉ちゃんがたま○○○欲しいと思ってるの前提で物事考えてるの!?世間体を気にしてるからじゃなくて単純に年を取って欲しいと思わなくなっただけなの!自然の流れなの!」

 

「そうか?姉貴の奴は夜な夜なこっそりボルシチをもふもふしてにやけてるの見たことあるぜ」

 

「かな姉そんなことしてたんだ・・・」

 

「あ、このことは姉貴には言わないでくれ。間違いなく殺されちまう、俺が」

 

「うん、()()()()()言わないでおくよ・・・ってそうじゃなくて!」

 

遥と同じく岬も危うく昴のバカワールドに引き込まれる直前で我に返り彼に物申す。

 

「とにかくた○○○○は却下!アレの世話めんどくさいし、時間も無いし結局お母さんが面倒みることになるやつだから!犬みたいに!」

 

「そうか・・・○○○○○はダメか・・・」

 

「ちょっとまって今なんて言ったの!?」

 

岬の問いに答えずポケットから出したチラシを開いて吟味し始めた。

 

「ちょっと財布に痛いがやっぱりここは最初に考えていた通りシルバニア○ァミリー櫻田城セットを・・・」

 

「まずおもちゃから離れろぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

「あー!今朝新聞から取り出したばかりだったのにー!」

 

荒々しいツッコミと共に手刀を繰り出して昴の持っていたチラシを破き昴は軽く涙目になった。

 

 

 

 

 

「「うあー!もう決まらないどーしよう~!!」」

 

葵と合流し雑貨コーナーで誕生日プレゼントを探している岬と昴だったがなかなか決められず仲良く叫んでいた。

それに気を使った葵は二人の耳に届くように独り言を口にする。

 

「あ、この抱き枕ボルシチみたいでかわいいなー。こういうのあったら落ち着いて寝られるかもー」

 

岬は真っ先に反応して飛び付こうとするところを昴は岬を引っ張って耳打ちをする。

 

『まぁそう早まるな岬っち。今は聞こえてないふりをして後でこっそり買いに行くんだ』

 

『いい案だね。ありがとうバカっち』

 

『・・・何で俺は昴っちじゃなくてバカっちなんだ?』

 

『すー兄=バカだからだよ』

 

『おい、そんなこと本人の前で言っていいのか。泣くぞ、本気で泣くぞ』

 

流石に泣くことはなく、葵へのプレゼントは一旦は手袋にすることにした二人であった。

 

 

 

手袋を購入し用は済んだので帰宅しようとしていた時岬は大声を上げた。

 

「あー!いっけなーい!買い忘れがあったー!!というわけですぐ戻るから二人は先に下行ってて!!」

 

(・・・もうちょっとマシな演技できないのかよ・・・)

 

岬が買い忘れの為上の階に言ったので昴と葵は二人きりになった。

 

「ま、まあ岬もすぐ戻るって言ってたから一階へ行っとこうか?」

 

「そうね、だけど私にも忘れていたことが・・・」

 

「?」

 

葵は昴の顔を見つめる。小学生ぐらいまでは首を上げることで見ていた姉の顔が今では彼女がこちらを見上げる形となっていてなにか少し恥ずかしい気分になる昴。

 

「昴、岬が戻ってくるまで少し私と歩かない?」

 

葵の誘いを無下にできないので昴は葵と共にショッピングモールの中を歩いている。その二人の目にはクリスマスパーティーに向けて楽しく買い物をしている人々が写っていた。

 

「ところで昴。前から聞きたかったことがあるだけど」

 

「何、姉ちゃん?」

 

「皆にアギトであることを明かしたあの日、今まで自分が隠していた事を曝け出すことに抵抗は無かったの?」

 

昴は少しの間だけ黙り込んで答えを出した。

 

「無かったわけじゃないかな。皆がどんな反応するか怖かったし。でもそこから一歩踏み込んだ結果が今ってわけ。隠す必要が無いってのは心が晴れ晴れとなって気分が良いよ。たまに光がアギトのあの姿を桜庭らいとのイメージキャラクターにしようと迫ってきたり、姉貴が人より頑丈だと知って俺に容赦無く引っ叩いてきたりは勘弁して欲しいけどな」

 

「そう・・・」

 

葵は昴の答えを聞いくと俯いた。

 

「姉ちゃん・・・どうしたの?悪いこと言っちゃなら謝るよ」

 

「ううん、違うの。謝らなきゃいけないのは私の方なの」

 

意味が分からずキョトンとしている昴に葵は真っ直ぐ彼の目を見て話した。

 

「実は私、気付いていたの」

 

「気付いていたって何を・・・っ!?」

 

独自解釈した昴は思わず葵から目線を逸らす。

 

(まさか・・・サプライズパーティーのこと気付かれてたのか!?)

 

180度間違った解釈した昴。

 

(いつバレたんだ。岬の大根芝居のせいか、それとも去年茜が思わず口を滑らせかけたからか!)

 

「あの・・・聞いてる?」

 

「い、何時頃だ?何時頃気付いたんだ?」

 

「多分、最初のころからだと思う」

 

「最初から!?姉ちゃんどんだけ察しが良いんだよ!?(確かサプライズパーティー始めたのって光が生まれる辺りの頃からだよな・・・)」

 

「だって、家族の事だし怪しい点があればすぐに気付くよ」

 

「(マジかよ姉ちゃんハンパねぇな!?あの時あんたまだ小学校低学年だったよな!)それで、何で黙ってたの?」

 

「昴が必死に隠そうとしていたから聞きづらくて・・・」

 

「・・・何で俺限定?(皆も隠していることなのに・・・)」

 

「だってあなたの秘密だったのでしょ?アギトの事」

 

「へ?いや、確かにアギトの事は家族内では茜にしか話さなかったけど・・・はい!?」

 

ここにきてようやく昴は自分の勘違いに気付き大声を出すの必死で抑えた。

 

「姉ちゃん気付いてたの?俺がアギトに変身できるってこと」

 

「あくまで何か隠しているってことだけだけど・・・昴は何と勘違いしてたの?」

 

「い、いや・・・ナンデモナイヨ」

 

(多分、サプライズパーティーの事だと思っていたんだろうな・・・)

 

誤解が解けたので葵は話を続けようとしたその時である。

 

 

バンッ!と突然銃声が鳴り響きそれに遅れて様々な所から悲鳴が聞こえてきた。

 

「お前全員動くな!!出口は押さえた、妙な真似はしない方が身の為だぞ!」

 

((強盗・・!?))

 

銃器を抱え顔をマスクで隠した集団を強盗以外の何と呼びようがあろうか。

昴と葵は強盗達に気付かれる前に彼らの死角に入って様子をみる。

 

「こんな日に強盗だなんて、さてはあいつら彼女いないな。俺が天国に送って天使と出会わせてやろうか・・・いや、あいつらの場合地獄か」

 

強盗が葵の誕生日であり人々にとって特別な日でもあるこの日に押しかけてきたことに昴は青筋を浮かべてポキポキと指を鳴らし過激な発言をしている。

そんな昴の肩を葵は掴んで彼を止めようとする。

 

「心配無いよ姉ちゃん。変身しなくても部分的にアギトの力を使うことは出来る。あいつらを全治一生にすることぐらいわけないって」

 

「そうじゃなくて、周りの人を人質にされたら大変な事になるでしょ」

 

「そ、そうだな。ごめん姉ちゃん、俺頭に血が上ってたよ・・・」

 

何とか頭を冷やすことが出来た昴だが強盗達の言葉にまたもや平静を失いかける。

リーダーと思わしき男が部下達に命令していた。

 

「お前らは上の階を制圧しろ」

 

「「っ!?((上には岬が・・・!!))」」

 

昴は今度こそ飛び出そうとするが葵が彼の前に出てそれを拒む。

 

「気持ちは分かるわ。でもここは私に任せて」

 

「え?でも姉ちゃんの能力は・・・」

 

昴が知っている葵の能力は完全学習である。便利な能力であるがこの場においては何の意味も持たないはずである。心配する昴だが葵は落ち着いた表情で見返す。

 

「実は完全学習は能力じゃないの」

 

「どういうこと!?じゃあ姉ちゃんの能力は一体?」

 

「・・・それを今から見せるわ。念のために耳を塞いでおいて」

 

そういい葵は立ち上がり強盗らに向けて声をかけた。

 

「待ってください!」

 

「あ、葵様!?」

 

強盗だけでなくその場にいた全員が目を見開いた。

しかし葵が姿を現しただけでは強盗達は引き下がらなかった。それどころから目が血走り今にも銃口を向けてきそうな状態である。

 

「あなたもこんな日についていないな・・・抵抗しなければ危害は加えない。しばらく大人しくしてもらえるか」

 

「お断りします」

 

「我々は本気だ・・・!葵様といえど・・・」

 

強盗のリーダー格の男の目は動揺で揺れながらも確かに葵を睨みつけていた。このままでは葵の身が危うい。そう思い昴はオルタリングを発現させいつでも変身できるようにするがそれは葵の意表を突く発言によって発動する機会を失った。

 

「少し黙ってもらえますか。それともう一つ、武装を解除して」

 

(流石にそれは・・・え?)

 

昴は目を疑った。

とても言う事を聞くような様子じゃない強盗達が葵が武装を解除してという『要求』をした途端、一斉に抱えていた武器を地面に落としたからだ。

昴は思わず葵の方を見る。葵の体は青色の光に包まれていた。あれは櫻田家の能力者が自身の能力を使用した際に起きる現象だ。

 

「警察に連絡を」

 

「は、はい!」

 

近くに隠れていた店員に指示を出した後再び強盗達と向き合う葵。

 

「あなた方、他に仲間はいますか?」

 

「いいえ、ここにいるので全員です」

 

先程までが嘘のように強盗は葵の質問に答えていく。

 

「では今日の計画の事は全て忘れ直ちに帰宅してください。今後も犯罪を企ててはいけませんよ」

 

『『はい、葵様』』

 

強盗達はあっさりと踵を返し、何事だと周りはざわめきだした。

 

「皆さん聞いてください」

 

葵が話した瞬間、ギャラリーの声が突然静まった。

 

(何が起こってるんだ?)

 

昴はこの状況を理解できていない。いや、理解するのを拒んでいた。自分の脳裏に浮かぶ葵が隠していた能力についての考察から目を背けていた。だが現実は甘くない。

 

「今日は折角のクリスマスイブです。今見たことは忘れてお買い物の続きを楽しみましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『『はい、葵様』』

 

赤の他人同士であるはずの人達が一秒の狂いも無く同じことを言う光景に昴の体は悪寒に襲われる。

 

「姉ちゃん・・・今のは・・・!?」

 

「そう、これが私の・・・」

 

その時遠くからサイレンの音が聞こえてくる。思ったより早く警察が到着したようだ。

 

「事情聴取とかちょっと面倒な事になりそうだから場所を変えましょ。それにこのことは出来れば人気の無いところで話したいし」

 

そう言う姉の顔はいつもの暖かさを感じる優しい笑顔ではなく、孤独感に溢れ昴が心に抱く感情を和らげようと無理をした笑顔になっていた。

 

 

 

 

 

一波乱あったショッピングモールから離れ昴と葵は人気の無い立体駐車場の地下一階に立っていた。

 

「さっきのが姉ちゃんの本当の能力ってこと?」

 

恐る恐る葵に質問する昴。その質問に彼女は答えた。

 

「うん、あれが私の本当の能力、絶対遵守(アブソリュートオーダー)よ」

 

さらに能力について詳しく説明を受けた昴はそれが自分の力以上に恐ろしい能力であると知った。

 

「そうなんだ。じゃあ姉ちゃんが王になりたがらない理由ってのも・・・」

 

「そういうことよ。私の能力を知っているのはお父さんとお母さん、後は本当に一握りの人たちだけでよ。今まで隠してきてごめんなさい」

 

「し、仕方ないよ、能力が能力なんだし・・・」

 

「でも、本当はあなた達兄弟だけにでも言うべきだった。でもそれを私はできなかった、いえ、しようとしなかった・・・」

 

「姉ちゃん・・・?」

 

葵は急に暗い表情になり昴はあたふたしている。

 

「本当の私はあなたが思っているような人間じゃない。本当の私は臆病で事勿れ主義で・・・でも長女だからしっかりしないと、という気持ちでなんとか今まで生きてきた弱い人間なのよ私は・・・」

 

「・・・」

 

「だからもし周りが絶対遵守の事を知ったら離れていくかもしれないと恐怖で隠してきた。多分これからもそれが続いていくかもしれない。だから昴、このことは皆には・・・!?」

 

突然昴が葵を抱えて走りだす。急な出来事で頭が混乱しかけたが先程まで自分が居た位置を見て理解した。

 

そこにはセイウチに似た姿のアンノウン ウォールラスロード オドベヌス・アンプルスがその太い牙を地面に突き刺していた。

 

「グオォォォ・・・」

 

牙は白熱し瞬く間にコンクリートが液状化している様を見て思わず葵がぞっとする。あの牙が自分に振りかかっていたかもしれないのだ。

 

「姉ちゃんはここで待ってて」

 

葵を下ろして昴はこちらに目を向けてきたアンプルスを睨み返す。

 

「変身!」

 

昴はアギトへと変身しアンプルスに飛び掛かりパンチを繰り出す。アンプルスの巨体にはあまり効果はないようだったが敵の攻撃を縫うように交わし少しずつアンプルスを追い詰めていく。

アンプルスが怯んだ所にアギトはクロスホーンを展開しライダーキックを叩き込む。

 

「ハッ!」

 

胸に直撃し吹っ飛ぶがアンプルスは倒れる様子はまだない。

 

(だったら倒れるまで打ち込んでやる!)

 

もう一度腰を落としてライダーキックを放つ準備を取るアギトだったが。

 

「きゃあ!?」

 

悲鳴が聞こえ振り返るとそこには尻もちをついている葵ともう一体のアンノウン ウォールラスロード オドベヌス・ロングムがいた。ロングムは細長い牙を葵に向けて振り落とそうとする。

アギトはアンプルスを無視して駆け出しロングムの牙を掴んだ。しかしロングムも牙を白熱化しその上重心をかけてアギトに突き刺そうとする。それを抑えようとするアギトの足がコンクリートにめり込んでいく。

 

(負けるかぁぁぁぁぁぁ!!)

 

アギトはバーニングフォームへと変わりそのパワーを駆使してロングムの牙を強く握り出す。自慢の牙を捻じ曲げられロングムは絶叫を上げる。

 

「姉ちゃん、俺もあんたに謝らなきゃならないことがある」

 

「昴・・・?」

 

ロングムの牙を掴んだままアギトは葵に語り掛ける。

 

「絶対遵守の事を知った時、ほんの一瞬だけど怖いって思ってしまったんだ。そんな能力を姉ちゃんが隠し持っていただなんてってさ。だけどそれと同時にもう一つの思いが頭に浮かんだんだ。この能力を持ったのが姉ちゃんで良かったって」

 

「私で・・・良かった?」

 

「そうだよ。優しい姉ちゃんだからこそ絶対遵守の力が宿ったんだ!」

 

「でも私はそんな・・・」

 

「もっと自分に自信を持ってよ!あの時岬や他の人達を守る為に迷わず能力を使っただろ!姉ちゃんは弱い人間なんかじゃない!そんなこと、他の誰にも言わせない!!」

 

「どうして・・・どうしてそこまで私の事を・・・?」

 

「決まってるだろ。俺は姉ちゃんの事をすごいって思ってるからだ!!どんなに重い事実を背負っても優しい心を忘れたりしない・・・それが俺にとっての櫻田葵だ!!!」

 

告白と共にアギトはロングムの牙を握り潰した。ロングムは牙を折られた傷みに耐え切れず後ずさる隙を突いてオルタリングからシャイニングカリバーを召喚、そしてバーニングボンバーでロングムを切り裂き爆散させた。

 

「グモォォォォ!?」

 

同族の無残な散り様を見たアンプルスは恐怖の叫び声を上げて立体駐車場から逃げようとする。

 

「逃がすかよ!姉ちゃんを襲ったお前は俺がこの手で倒す!」

 

アギトはバーニングフォームからストームフォームに変身して逃げるアンプルスを追いかける。

丁度地下一階から地上の一階に辿り着いた地点で追い付きトリニティーフォームへと変わる。そしてフレイムセイバーとストームハルバードで切り上げてアンプルスを外へと弾き飛ばす。

 

「はぁぁぁぁぁぁぁ・・・・!」

 

日の当たる外へ出たアギトはすかさずシャイニングフォームへとフォームチェンジし腰を捻ってシャイニングライダーキックの構えを取る。

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

空中にできた紋章を通り爆発的に加速したアギトの蹴撃が直撃し今度こそ大爆発を起こしてアンプルスは倒された。

 

 

 

 

 

「あ!二人共どこ行ってたのよ!下の方でなんか起こってたみたいだから心配したんだよ!」

 

立体駐車場を後にしショッピングモールに戻ると入り口で岬が待ち構えていた。

 

「ごめんね心配かけて。ところで岬は何を買いに戻ってたの?」

 

「あ、ああ、あれだよ!ちょっと遥に頼まれた物が・・・ね」

 

「ふ~ん・・・」

 

明後日の方向を見ながら話す岬の背中から先程のボルシチ似の抱き枕がはみ出てるが葵はニコニコしたまま気付かぬ振りをする。

 

「と、とりあえず今度こそ用は済んだ帰ろっか?」

 

「ごめん、ちょっと用事できちゃった。少し待ってくれるかな」

 

昴と岬が頷くと葵は店に戻り、すぐに戻ってきて三人は町に戻るバスに乗った。

 

 

 

「ところでさっきどこかへ行ってたみたいだけどすー兄お姉ちゃんに迷惑かけてないよね・・・クシュン!」

 

「別に、暇つぶしに街中を歩いていただけだよ・・・ハクション!」

 

((寒い・・・))

 

バスから降りて家に向かう途中、体を縮こめて歩く二人を見て葵はハッ、あることを思い出した。

 

「あっ、いけない忘れるところだった」

 

そう言い葵は岬には桃色の、昴には赤青黄のチェック柄のマフラーを首にかけた。

 

「お姉ちゃん、これは?」

 

「私から二人への特別プレゼント。皆には内緒ね」

 

「ありがとうお姉ちゃん!私これ家宝にするよ!」

 

「いや、そこまでしなくても・・・」

 

深い感謝の気持ちを述べる岬の隣に居る昴はマフラーにくっついていたあるものを見つける。それは小さい紙である。そこに葵の筆跡でこう書かれていた。

 

『ありがとう。あなたのおかげで少し心が晴れたわ』

 

思わず顔を上げるとそこには人差し指を唇に当てウィンクをする葵の顔があった。

事情を知らない岬はポカンとしている。

 

「え、何々?どうして見つめ合ってるの二人共?」

 

「いや、別に何でもないけど」

 

「そうね、何でもないわよ」

 

「いや絶対何かあったでしょ!?」

 

「本当に何でもないんだって。あ、姉ちゃん荷物持とうか?」

 

「フフ、お願いね昴」

 

「やっぱり何かあったよね!?気になって寝れなくなるから教えてよ!」

 

「「やだ」」

 

「教えてってば~!」

 

 

 

 

―欲張りかもしれませんがこんな幸せ者の私が今宵一つだけ望むことがあるとすれば・・・

 

「ちょっとここで待っててねお姉ちゃん」

 

「うん」

 

―高価な物や、地位や名誉なんてものよりも・・・

 

『『葵お姉ちゃんお誕生日おめでと~!』』

 

「・・・ありがとう」

 

―ずっとこうしていられたらなと思わずにはいられません




ウォールラスロード オドベヌス・アンプルス
殺害手段 白熱化する牙を対象に突き刺し焼死させる。
太い牙と巨躯が特徴のアンノウン。怪力に白熱化する牙、さらに生半可な攻撃を受け付けない頑丈な体などアンノウンでも強い方に部類する。

ウォールラスロード オドベヌス・ロングム
細長い牙とアンプルスと比較してやや細見のアンノウン。こちらはアンプルスを補佐する役目を担っておりアンプルスほど強くはない。

本編では伝わりにくですがそれなりに強い設定です。

それではまた次回お会いしましょう。次回も今回と同じアニメ化されなかったエピソード回です。

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