ゴールデンウィーク明けの放課後
「はぁ、疲れた・・・」
昴は机に伏していた。
「おい、ずいぶん萎んでるようだな。お前らしくもない」
「斗真か・・・」
いつもとちがう様子の親友の姿を見て斗真が話しかけてきた。
「いやほら、お前も見たよな、ダンなんたらを救えゲーム」
「ああ、あれか。お前急に居なくなったがどこに行ってたんだ?」
「えっと・・・ネコと戯れてた」
「なんでネコ?」
「まぁとにかく俺がビリなったから城のトイレ掃除やらされることになったわけだけどさぁ」
話はゴールデンウィークに遡る。
櫻田城トイレ
「なんでゴールデンウィークなのにトイレ掃除しなきゃなんねぇんだよ・・・」
ブツブツ言いながら昴は惰性でトイレを掃除していた。
女子トイレは茜と光、男子トイレは昴の担当になっていた。
しかしそれも限界に近づいていた。
元々場所が場所なのでトイレに目立った汚れは無く、不快感を感じないのだが逆に磨いてもあまり変わらないので達成感がなく非常に退屈なのだ。
そして昴はあることを企てる。
「・・・逃げよう」
昴はゴム手袋を放り投げトイレから出た。
しかし、ちょうど女子トイレの掃除を終わらせて別のフロアのトイレ掃除に向かう茜達と鉢合わせしてしまったのだ。
「あれ?昴トイレ掃除終わったの?」
「ま、まぁな」
まさかバカ正直に脱走しようとしてましたとは言えず茜達と共に次のフロアへ向かう。
「まだ終わりじゃないの?」
「私達が掃除したのはまだ一階のトイレだけでしょ。次は二階だよ」
「えぇ~、全部やるの?めんどくさい」
「仕方ないよ。私達は皆に負けたんだから」
それに、と茜は付け加える。
「昴はもっと大変だよ。私達は二人いるから分担してやってたけれど、昴はそれを一人でやっているんだよ」
「えっ、ちょ、おまっ」
「いや、すーちゃんもしんどいって思ってるよ」
「そんな訳ないよ、だよね昴」
「いや、あの」
「すーちゃんも本当はめんどくさいからサボりたいと思っているよね!」
「・・・・・」
昴は悩んだ。ここでイエスと答えれば光と一緒にサボることが出来る。
しかし、それは兄とどうなのか。彼女らの兄としてやるべきことは・・・
そして昴は答えを出した。
「ま、これぐらいどうってことないね!俺は天才だし~、これぐらい文字通りの朝飯前だぜ!なんならお前らの分もやってやろうか?俺様は秀才だからなっ!!アハハハハ!アハッ、ハハハ・・・」
「ってなわけで城の全トイレを一人で朝飯前に終わらせて筋肉痛がハンパない・・・」
事の顛末を聞いた斗真は苦虫を噛み潰した顔で、
「お前・・・バカだろ」
「バカ言うな、傷つく」
「見栄を張らずに素直にめんどくさいからサボりたいですって言えばよかったじゃねぇかよ」
「言えるかよっ!妹の前で情けない姿見せられるかよっ!」
「だからバカって言ったんだよ・・・」
「お前は兄弟いないからそう言えるんだよ」
「そうかもな、しかしお前が意地を張るのは勝手だがそれで体が壊れたら元も子もないだろ」
「ま、その点は大丈夫だぜ。俺は無敵だからなっ、筋肉痛ももう収まって来たし」
「それは良かったな・・・っとそろそろ部活の時間か」
そう言って斗真は昴に別れを告げ教室を出た。彼は水泳部のエースなのだ。
「俺もそろそろ出るか」
昴は教室から出ようとすると、クラスメイトと談笑していた茜が慌てて止める。
「ちょっと待って!お姉ちゃんが予定合わないから帰りは付き合ってって言ったじゃん!」
「俺にも俺の用事があるんだよ、帰りは姉貴に付き合ってもらえよ」
「かなちゃんは最近なんか厳しいし・・・って昴置いてかないでぇ!」
茜の声に耳も貸さず昴はそのまま猛ダッシュで教室を出た。
(悪いな茜、要件が要件だからな・・・)
少し罪悪感を感じながら昴は停めていたバイクのエンジンをかけた。
町はずれの古びた洋館の前に昴はバイクを停めた。
「相変らず人が住んでるとは思えねぇ所だな・・・」
その洋館は昴達の家より大きかったが庭には雑草が生えっぱなしで、洋館にも一部植物が浸食している有り様であった。昴は雑草の中に隠れる虫に注意しながら玄関に向かい扉を開ける。中はもっと凄惨な状態だった。
現家主が使う寝室への道はそこそこ整備されているが、それ以外の所にはカビや錆に溢れていた。自分が使う所以外は一切手を付けない、それがこの洋館の所有者のスタンスだ。
しかし、昴は前へ進む。ここに自分の協力者がいるからだ。
昴は寝室のドアの前に立ち、ノックをする。部屋の中の人物からの返事を聞き昴はドアを開ける。
「これは、これは、昴王子。こんな所への何の御用ですかな?」
「そのわざとらしい喋り方を直したら話してやるよ。白井」
目の前にいたのは、滅多に学校に顔を出さないクラスメイト
美人であることは確かなのだろうが目の下の墨で描いたような黒い隈、半月のような形の陰気な瞳、枯れた植物のような瑞々しさのない白い髪の少女を見て、友達になりたいと思う者はよっぽどの物好きであろう。
しかし、この白井咲子は機械関係に関しては専門家顔負けの知識と技術を兼ね備えているいわゆる天才少女というやつなのだ。
昴が変身する際は町の監視カメラにハッキングして一時的に機能停止にすることで昴の正体がバレないことに一役買っている。
「まぁ、いつものお礼とちょっと話を、だな」
「お礼は別にいい、趣味だからな。話とはなんだ?」
白井はこちらを見ず、パソコンの画面を凝視し、キーボードを叩きながら返事をしている。画面にはわけのわからない文字の羅列が写されていた。
「茜がお前を心配しててな、一回だけでもいいから学校に顔を出したらどうだ?」
「学校には興味は無い、あそこで学べることなどはすでに小学生の頃祖母に教えられたからな。だが、そこにいる人間に興味が無いわけではないから暇つぶし程度には行ってやってもいいぞ」
やれやれ天才ってヤツの考える事はわからんな・・・と昴は思った。行きたいなら素直に行きたいって言えばいいのに・・・
「まぁ、俺が言いたかったことはそれだけだ、じゃあな」
そうして帰るべくドアに手をかける昴を白井が呼び止める。
「待ちたまえ、私も君に話したいことがあるのだ」
「俺に話?」
「ちょっと疑問に思ったことさ」
白井は手を止め、パソコンから目を離しこちらを見た。
「何故君はそんな正体を隠したがるのだ?冴えない王子様の正体が町を守るスーパーヒーロー、選挙にはうってつけの宣伝材料ではないか」
「(誰がさえない王子様だよ)別に選挙にためにやってる事じゃないし、それに前に教えたよな?俺のおじいちゃんの代で起きた事件の事」
「・・・
それは父総一郎が生まれる前、総一郎の父で昴の祖父、櫻田薫の代に起きた出来事だ
古代に封印された戦闘種族グロンギが蘇り国の人間達を殺戮し始めたのだ。
この未曾有の危機に警察、当時の王家の能力者達、そして『4号』と呼称された未確認生命体らの尽力によってグロンギを殲滅することに成功した。
しかし、それで全てが元通りになったわけでは無かったのだ。
ゲーム感覚で人々を殺戮し続けたグロンギは生き残った人々の心に癒えない傷跡を残した。
その時、国中の人々から笑顔が消えてしまったのだ。
国を立て直すために当時の王家はある決断をすることにした。
未確認生命体に関する情報、記憶を全て抹消する。
未確認生命体のことを書かれた資料は全て回収され処分された。
当時王家にいた『記憶を操る』能力者によって人々から未確認生命体の記憶を全て消し去り、自分達も記憶を消すことによって未確認生命体がいた記録は完全に消滅した
ということになっていた。
未確認生命体のことを後世の教訓として残したかった先代の王は個人的に書き記していた手記を自分がこっそり城の中に造った隠し部屋の中にしまったのだ。
それから数十年後
幼い日の昴が城を探索していた時に偶然隠し部屋を発見し、その手記を手に取ったことで現在に至る。
「アンノウンの存在が世間に知られれば第二の未確認生命体事件になる、と言うことだな」
「ああ、そういうことだ」
「しかし、いつまでも隠し通せるわけにはいかないと思うぞ。監視カメラだっていつも都合よくハッキング出来るわけではない」
「いつかはばれるし、話さなきゃいけないというのも分かる、だがそれは王になった後にだ。その時全てを話して改めて国王として国民を守ろうと思う」
「隠し事を明かすために王を目指すか、贅沢な奴だね君は」
「かもな、でも今の国民をかつてのような思いをさせたくないんだ」
祖父が書いていた手記には未確認への恐怖を独白されていた。戦える力を持つ者ですら恐怖心を隠しきれないのなら普通の人たちの未確認に対する恐怖はそれ以上であろう。
だからこそ昴はアンノウンの存在とそれと深く関係するアギトの力を隠していたのだ。
「しかし国王をになって国民を守るといったが、具体的にはどういうことだ?戦車でも量産させるのか?」
「いや、ただ国王が堂々と、お前たちのことは俺が守る!って言えばすこしは不安を和らげることが出来るかなと思ってさ」
「それだけか・・・」
「そうだよ」
白井は思わず頭を抱える。
この男は妙なところで思慮深く、肝心なところで楽天的になるのが悪い癖だ。
「過去の未確認事件でも王族がそうしていた結果失敗したのではないのか」
「そうかもしれないけど、俺アギトだしさっ、皆を守り切ってみせるさ。その力も俺にある」
白井は呆れを込めた溜め息を吐く。
この馬鹿加減は死んでも治らないのだろう。死ぬビジョンも浮かばないが、
「まぁ、理由はこんな所かな?・・・おっとそろそろ時間か」
昴は今日、市民ホールで講演会の予定があるのだ。
「じゃあ俺、行くから。これからサポート頼むぜ」
そう言って家を出て、玄関に停めていたバイクに乗る昴の姿を寝室の窓から覗いていた白井は思考を巡らせた。
(櫻田昴、君は『強い』人間であることは認める。だが、それ故になんでも一人でやろうとする傲慢さがある。その傲りは君の精神を蝕んでいくぞ・・・)
白井は昴の姿がないことを確認し、携帯電話をかけた。
「私だ、例の件だが、君に任せることにしたよ。準備は出来ているから好きなときに取りにきたまえ」
電話を切った白井は机の引き出しからある書類を手にとる。
「英雄は一人では足りない・・・か」
その書類の表面にはこう書かれていた。
『対未確認生命体強化服の運用における装着・操作マニュアル』
昴は市民ホールに向かう途中、考えていた。
(今回の講演会はかなり重要だ、市民ホールの会場はかなりの人が集まるからそこで俺の支持者を増やせば今の状況を覆せるだろう)
現時点での昴の順位は最下位、割と本気で自分のことをイケてると思っていた昴は最初目を疑い、奏に演説がふざけすぎて誠意が感じられないとダメ出しされさらに落ち込んだが録画された自分の演説を見てさすがに酷過ぎたと痛感、葵の協力によって演説文も改善され、これからそれを大勢の前で読み上げることで自分のイメージを大きく変えようとしているのだ。
(結構時間が押してるな)
会場にはなるべく早く着いたほうがいいだろうと思い昴はバイクを加速させる。
その時・・・
アンノウンを察知した
(!?)
急な事態に昴は思わず急ブレーキでバイクを停めた。
(アンノウンがいるのは市民ホールとは逆の方向、そっちに行けば確実に遅れる・・・)
ここで講演会に遅刻したら今後の選挙に悪い影響を及ぼしてしまう。
「って何バカな事考えてんだ!選挙より命のほうが大事に決まってる!アンノウンを一撃で倒せば間に合うはずだっ!!」
そう自分に言い聞かせ、バイクをアンノウンを感知した方向へと走らせた。
「・・・早く出てきやがれ」
昴は苛立っていた。着いたはいいが肝心のアンノウンの姿がない。
まわりに注意をして辺りを警戒する昴の足に何かが当たった。
「何だ?」
気になって下を見るとそれはカバンだった。
「・・・まさか」
恐る恐る上を見た昴の目に映ったのは樹木の洞に埋め込まれた人の腕だった。
普通の人間では絶対に出来ない殺害方法、それがアンノウンの手口だ。
「遅かったか・・・!」
昴は死体の手に触れる。脈はないが僅かに温かい。さっき死んだばかりなのだろう。
(俺が悩んじまったせいで・・・!)
すぐに後ろから殺気を感じ、昴はその木から距離を取る。昴がいた場所には槍が挿しこめられていた。
そしてその槍の持ち主、黒豹の姿をしたジャガーロード パンテラス・トリスティスが姿を見せる。
「お前かぁ!お前がこの人を!」
昴が激昂すると同時にアギトに変身し、槍を抜こうとするトリスティスにパンチを繰り出す。
怯んだすきにパンチを浴びせ、怯んだところをまたパンチを打ち出す。
その姿は怒りの感情が具現化した様であった。人の命を簡単に奪うアンノウンへの、それを見過ごしてしまった自分への怒りを、
「でやぁぁぁぁぁ!!」
アギトは強く拳を握り締めトリスティスの顔面に向けて放とうする。
しかしそれは遠くから放たれた矢が腕に刺さり中断される。
「グッ!?」
腕を抑えアギトは後ろを見る。
そこには白豹の姿のアンノウン、ジャガーロード パンテラス アルビュスが弓を構えていた。
「仲間がいたのかっ!」
普段ならアルビュスの気配も察知出来た筈だった、それほどまでに彼の精神は怒りで不安定になっていたのだ。
「グゥ・・・」
アギトがアルビュスに気を取られている隙にトリスティスはアギトを突き飛ばし、アルビュスの元へと立つ。
そしてその瞬間二人は姿を消した。察知も出来ない。
「逃げられたのか」
逃げられたのだ、自分の都合で人を見殺しにし、その怒りでもう一人の敵の存在に気付かず、仇も取れずに逃げられてしまったのだ。
その場に残ったのはアギトとやり場のない怒りだけだ。
「ア゛アアアアアアアアアアア!!!!!!」
アギトは怒りのままに拳を木にぶつけへし折った。
その姿を見る青い装甲を纏った戦士の存在に気付かずに・・・・