明るく楽しい脱力系こそが至高。
「ありがとう、ヘファイストス。拠点まで世話になってちゃって、ボクはもう、君に足を向けて寝られないよ!」
ヘスティアが、ヘファイストスの手を握りながら言った。
「いいのよ。さっきも言ったけど、これはお詫びよ。あなたとその眷属に、不快な思いをさせてしまったから」
ヘファイストスは、これから新興ファミリアで頑張っていく親友のために、自分の管理する物件の一つを提供することにした。
珍しくヘスティアを怒らせてしまったことに対する詫びとして。
もちろん、その眷属となるカイトに対しても謝罪をしたのだが、
「いえ、俺こそ、変な話になってしまい申し訳ありません。昔の話は、誰に話すときでもああなんです。神ヘファイストスの気になさることではありません」
と言い切られてしまった。
結局、生来の世話焼きからも手伝って、ヘスティア・ファミリアの門出にと、今は使われていない教会跡を提供する運びとなったのだった。
「神ヘスティア、俺は宿に荷物を取りに行かねばなりません。もう暗くなっていますし、明日、直接その教会跡へ伺います」
カイトにそう言われ、ヘスティアは名残惜しそうにするも、ヘファイストスからも同様に、
「念のため、うちの子に少し改めさせておくから。明日の午後まで待ってなさいな」
焦らなくても、この子は逃げないわよ、と嗜められて、諦めた。
カイトが見えなくなるまで手を振って見送ったヘスティアは、明日が待ちきれないといったように身体を震わせて、
「よし! 早く明日が来るように、ボクは寝るからね!」
言うなり自分に宛がわれた部屋へと向かい──
ガシッ、と、その肩を掴まれ阻まれた。
「あら、誰が反省は終わり、なんて言ったかしら?」
不思議よね? なんであなたはいきなり部屋に?
「ヘ、ヘヘヘヘ、ヘファイストス! 違うんだ、これは!」
「さ、私の部屋に戻りましょうね? ゆっくりとお話しましょう?」
「し、しょんな……」
ズルズルと連行されていくヘスティアの姿を、他の団員達は憐憫の情を込めて見送った。
敬愛する主神は、世話焼きだが怒ると怖いのだ。
それから月が天頂に昇るまで、二人は部屋から出てこなかったという。
「うぴー……」
既にグロッキー状態のヘスティアを置いて、ヘファイストスは部屋を出た。
向かうのは、階下にある武具屋店内だ。
ショーウインドウに飾られた、今ファミリアにある中では最高峰の一振り。
百華千光──それを手に取る。
「おや?」
そこへ、背後から声が聞こえた。
「どうされましたか? 手前の剣に何か?」
椿・コルブランド……ヘファイストス・ファミリアの団長を務める、オラリオ最高の鍛冶師。
浅黒の肌に艶のある黒髪をまとめた、ハーフドワーフの彼女は、風呂上がりだろう寝間着に羽織姿でそこに立っていた。
「椿……この剣、良い出来よね」
ヘファイストスは、室内に漏れ入る月明かりに、刀身をかざした。白刃が僅かに黄金の輝きを帯びる。
一部の曇りもない。
正真正銘の、最上級大業物である。
「ふむ……主神様にそのように誉められては、こそばゆいというもの」
照れ臭そうに頭をかくと、椿は笑う。
「それで、どうしてこんな時間に?」
椿は鍛冶師でありながらレベル5という、第一級冒険者だ。主神ともそれなりに長い付き合いである彼女は、別に真意があることを感じ取っていた。
「……今日、一人、これから冒険者になるだろう子と会ったわ。ヘスティアの眷属にね」
その言葉に、椿はほう、と洩らした。
「なるほど、ご親友様の眷属ですか」
「ええ……彼はね、この剣を見て、普通の鎧や楯なら問題なく斬れる、そう言ったの」
可笑しいでしょ? と笑う。
「その感想がね、まるであなたがこの剣に込めた想いと違うから、私、笑ってしまったわ」
椿は黙って聞いている。
「でもね、話を聞いてみたら……多分、こと争い事というものにおいては、そこらの冒険者よりも遥かに異質の価値観を持っていた」
「異質の……価値観、ですか」
その言葉を計りかねたのか、椿が反芻するように呟く。
「武器は戦うための道具。それは当たり前。だからこそ、なんのために振るうのか、なんのために造るのか……それが重要になってくる」
そして、そんなこととは関係無しに、武器は砕ける。
冒険者は死ぬ。
腕の良い鍛冶師ほどそれを知っているし、抗おうとしている。
「どんなに高潔な想いを込めた武具に身を包んでいても、どんなに戦う理由が尊いものであっても」
人は殺せる──
その事実を体験をもって知ることが、どれだけ人にとって無惨であるのか、ヘファイストスは理解していた。
恐らくは、ヘスティアも。
「多分彼は、
「武具の良し悪しすら、その者に無価値だと?」
「等価値なのよ。一級品だろうが、錆びた剣だろうが、関係ないと思っているんだわ」
だって、どっちにせよ相手が殺せればいいんだもの、と、事も無げに言い切る主神に、椿は僅かな寒気を感じた。
「己の武器に拘らない冒険者は二流以下。でも、その人間が拘ることなく同じ結果を得られることを知っていたら? そんな冒険者と関わる鍛冶師は、きっと不幸になる」
ヘファイストスは持っていた剣を、再び台へと戻した。
「ヘスティア・ファミリアとは、今後、可能な限り敵対しないようにするわ。もっとも、あの子ならそんな心配いらないだろうけどね」
あのカイトという少年が恩恵を得た上で、その戦闘に対する価値観が変わらなかったとしたら……
「戦いになればきっと、子ども達の半分は
「ふむ、それはそれは……鬼子というやつですな」
「武具に関しても注意して。無いとは思うけれど、もし、専属の鍛冶師を求めるようなことがあれば」
「下の者には預けるな、と?」
「どんな武器でも戦えてしまう冒険者なんて、鍛冶師の腕を腐らせるだけじゃ済まないもの。そんなもの、もはや毒だわ、鍛冶師にとってのね」
極論してしまえば、あの少年は、鍛冶師が精魂込めて造った剣と、台所にある包丁の、どちらであっても同じ結果を出すことが出来るということだ。
もし駆け出しの頃の自分がそんな冒険者と出会っていたら、と、椿は考える。
「束の間の歓喜、しかる後に槌を捨て、炉の火を落とすでしょうな」
自分の全てを込めた武具、しかしその想いは使い手に伝わることがない。
くたびれ果てるまで使われて、また次、だ。
そんな一方通行のやり取りに、前途ある鍛冶師は耐えられない。
「まったく、ようやく眷属を見付けたと思ったら、とんだ厄ダネだったわ。本当に、手のかかる子なんだから」
困ったように笑う主神に、
「しかしまあ、そう言いつつも面倒見てしまうのが、我らが主神様の良いところと存じております。手前どもも、最大限ご協力いたします故」
椿は快活な笑みを見せて言った。
「苦労をかけるわ」
「なんの」
二人が店内から出て行く。
先程までヘファイストスが手にしていた百華千光は、何も言うこと無く、静かに月の光をその身に映していた。
鍛冶師にとっての疫病神染みた扱いを受ける系主人公、見参。
うちのヘファイストス様は行間で語っていくスタイル。