ダンジョンで真人間を目指すやつもいる   作:てばさき

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シリアスとか重い話は書いててしんどい。
明るく楽しい脱力系こそが至高。


第8話 剣の毒

「ありがとう、ヘファイストス。拠点まで世話になってちゃって、ボクはもう、君に足を向けて寝られないよ!」

 

ヘスティアが、ヘファイストスの手を握りながら言った。

 

「いいのよ。さっきも言ったけど、これはお詫びよ。あなたとその眷属に、不快な思いをさせてしまったから」

 

ヘファイストスは、これから新興ファミリアで頑張っていく親友のために、自分の管理する物件の一つを提供することにした。

 

珍しくヘスティアを怒らせてしまったことに対する詫びとして。

 

もちろん、その眷属となるカイトに対しても謝罪をしたのだが、

 

「いえ、俺こそ、変な話になってしまい申し訳ありません。昔の話は、誰に話すときでもああなんです。神ヘファイストスの気になさることではありません」

 

と言い切られてしまった。

 

結局、生来の世話焼きからも手伝って、ヘスティア・ファミリアの門出にと、今は使われていない教会跡を提供する運びとなったのだった。

 

「神ヘスティア、俺は宿に荷物を取りに行かねばなりません。もう暗くなっていますし、明日、直接その教会跡へ伺います」

 

カイトにそう言われ、ヘスティアは名残惜しそうにするも、ヘファイストスからも同様に、

 

「念のため、うちの子に少し改めさせておくから。明日の午後まで待ってなさいな」

 

焦らなくても、この子は逃げないわよ、と嗜められて、諦めた。

 

 

 

カイトが見えなくなるまで手を振って見送ったヘスティアは、明日が待ちきれないといったように身体を震わせて、

 

「よし! 早く明日が来るように、ボクは寝るからね!」

 

言うなり自分に宛がわれた部屋へと向かい──

 

ガシッ、と、その肩を掴まれ阻まれた。

 

「あら、誰が反省は終わり、なんて言ったかしら?」

 

不思議よね? なんであなたはいきなり部屋に?

 

「ヘ、ヘヘヘヘ、ヘファイストス! 違うんだ、これは!」

 

「さ、私の部屋に戻りましょうね? ゆっくりとお話しましょう?」

 

「し、しょんな……」

 

ズルズルと連行されていくヘスティアの姿を、他の団員達は憐憫の情を込めて見送った。

敬愛する主神は、世話焼きだが怒ると怖いのだ。

 

 

それから月が天頂に昇るまで、二人は部屋から出てこなかったという。

 

 

「うぴー……」

 

既にグロッキー状態のヘスティアを置いて、ヘファイストスは部屋を出た。

向かうのは、階下にある武具屋店内だ。

 

ショーウインドウに飾られた、今ファミリアにある中では最高峰の一振り。

 

百華千光──それを手に取る。

 

「おや?」

 

そこへ、背後から声が聞こえた。

 

「どうされましたか? 手前の剣に何か?」

 

椿・コルブランド……ヘファイストス・ファミリアの団長を務める、オラリオ最高の鍛冶師。

浅黒の肌に艶のある黒髪をまとめた、ハーフドワーフの彼女は、風呂上がりだろう寝間着に羽織姿でそこに立っていた。

 

「椿……この剣、良い出来よね」

 

ヘファイストスは、室内に漏れ入る月明かりに、刀身をかざした。白刃が僅かに黄金の輝きを帯びる。

一部の曇りもない。

正真正銘の、最上級大業物である。

 

「ふむ……主神様にそのように誉められては、こそばゆいというもの」

 

照れ臭そうに頭をかくと、椿は笑う。

 

「それで、どうしてこんな時間に?」

 

椿は鍛冶師でありながらレベル5という、第一級冒険者だ。主神ともそれなりに長い付き合いである彼女は、別に真意があることを感じ取っていた。

 

「……今日、一人、これから冒険者になるだろう子と会ったわ。ヘスティアの眷属にね」

 

その言葉に、椿はほう、と洩らした。

 

「なるほど、ご親友様の眷属ですか」

 

「ええ……彼はね、この剣を見て、普通の鎧や楯なら問題なく斬れる、そう言ったの」

 

可笑しいでしょ? と笑う。

 

「その感想がね、まるであなたがこの剣に込めた想いと違うから、私、笑ってしまったわ」

 

椿は黙って聞いている。

 

「でもね、話を聞いてみたら……多分、こと争い事というものにおいては、そこらの冒険者よりも遥かに異質の価値観を持っていた」

 

「異質の……価値観、ですか」

 

その言葉を計りかねたのか、椿が反芻するように呟く。

 

「武器は戦うための道具。それは当たり前。だからこそ、なんのために振るうのか、なんのために造るのか……それが重要になってくる」

 

そして、そんなこととは関係無しに、武器は砕ける。

冒険者は死ぬ。

 

腕の良い鍛冶師ほどそれを知っているし、抗おうとしている。

 

「どんなに高潔な想いを込めた武具に身を包んでいても、どんなに戦う理由が尊いものであっても」

 

人は殺せる──

 

その事実を体験をもって知ることが、どれだけ人にとって無惨であるのか、ヘファイストスは理解していた。

恐らくは、ヘスティアも。

 

「多分彼は、そういったもの(・・・・・・・)に一切触れることなく殺人に慣れてしまった。最初は強制的に。その後は自分から、その世界に身を置いてきてしまった。敵対すれば殺す。それは彼の戦いにとって当然起こり得ることであり、だからこそ、戦う理由無く武器を振るえる」

 

「武具の良し悪しすら、その者に無価値だと?」

 

「等価値なのよ。一級品だろうが、錆びた剣だろうが、関係ないと思っているんだわ」

 

だって、どっちにせよ相手が殺せればいいんだもの、と、事も無げに言い切る主神に、椿は僅かな寒気を感じた。

 

「己の武器に拘らない冒険者は二流以下。でも、その人間が拘ることなく同じ結果を得られることを知っていたら? そんな冒険者と関わる鍛冶師は、きっと不幸になる」

 

ヘファイストスは持っていた剣を、再び台へと戻した。

 

「ヘスティア・ファミリアとは、今後、可能な限り敵対しないようにするわ。もっとも、あの子ならそんな心配いらないだろうけどね」

 

あのカイトという少年が恩恵を得た上で、その戦闘に対する価値観が変わらなかったとしたら……

 

「戦いになればきっと、子ども達の半分は殺られて(・・・・)しまう」

 

「ふむ、それはそれは……鬼子というやつですな」

 

「武具に関しても注意して。無いとは思うけれど、もし、専属の鍛冶師を求めるようなことがあれば」

 

「下の者には預けるな、と?」

 

「どんな武器でも戦えてしまう冒険者なんて、鍛冶師の腕を腐らせるだけじゃ済まないもの。そんなもの、もはや毒だわ、鍛冶師にとってのね」

 

極論してしまえば、あの少年は、鍛冶師が精魂込めて造った剣と、台所にある包丁の、どちらであっても同じ結果を出すことが出来るということだ。

 

もし駆け出しの頃の自分がそんな冒険者と出会っていたら、と、椿は考える。

 

「束の間の歓喜、しかる後に槌を捨て、炉の火を落とすでしょうな」

 

自分の全てを込めた武具、しかしその想いは使い手に伝わることがない。

くたびれ果てるまで使われて、また次、だ。

そんな一方通行のやり取りに、前途ある鍛冶師は耐えられない。

 

「まったく、ようやく眷属を見付けたと思ったら、とんだ厄ダネだったわ。本当に、手のかかる子なんだから」

 

困ったように笑う主神に、

 

「しかしまあ、そう言いつつも面倒見てしまうのが、我らが主神様の良いところと存じております。手前どもも、最大限ご協力いたします故」

 

椿は快活な笑みを見せて言った。

 

「苦労をかけるわ」

 

「なんの」

 

二人が店内から出て行く。

先程までヘファイストスが手にしていた百華千光は、何も言うこと無く、静かに月の光をその身に映していた。

 




鍛冶師にとっての疫病神染みた扱いを受ける系主人公、見参。

うちのヘファイストス様は行間で語っていくスタイル。


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