広場でヘスティア・ファミリアへの加入を決めた日の夕方。
カイトの姿はヘファイストス・ファミリアの本拠地である武器屋の前にあった。
この時間に、ここへ来るようにとヘスティアから言われたためだ。
「でかい武器屋だな……うん?」
待っている間に店のショーウインドウを見ていたカイトは、ある武器のところで歩みを止めた。
そこには白刃煌めく見事な造りの大剣が飾られている。
「凄いな……何でも斬れそうだ」
そばの立札には、これを打ったであろう鍛冶師の名前と、作品名が金糸で書き込まれている。
『椿・コルブランド
例えばこんな剣があったなら、そしてそれを振るうための圧倒的な使い手がいたならば、戦争はきっと、その誰ともわからない『英雄』の独壇場となるだろう。
これは、『英雄』のための剣だ。
夕陽が更に傾くまで、カイトはその剣の前に立っていた。
「その剣、気に入った?」
不意にかけられた声に顔を挙げると、そこには赤毛の美女が立っていた。
未だ空に残る夕陽よりも艶やかな、焔のような髪だった。黒い眼帯をしていても、明らかに美しい部類に入る顔の造詣に、一瞬、息を呑んだ。
「随分見ていたから、気になって降りてきたのよ。私の子ども達の作品は、あなたの目にはどう映っていたのかしら?」
私の子ども達……そのフレーズに、ようやくカイトは目の前の女性もまた、ヘスティア同様神の一柱であることを悟った。
「大変素晴らしい剣だと思いました。普通に造られた鎧や楯などでは、ひとたまりもないでしょう」
カイトのその言葉に、赤毛の神はくすくすと笑う。
「可笑しなことを言うのね」
「は……その」
特に思い当たる事もなく、カイトが言葉に詰まる。
「ごめんなさい、いいの、忘れてちょうだい……私はこのヘファイストス・ファミリアの主神、ヘファイストスよ」
あなたは? と、視線が聞いていた。
「カイト・アルバトスです。ヘスティア・ファミリアに入ることになりました」
「そう……よろしくね、カイト。あの子は中にいるわ。いらっしゃい」
そう言って、店内へと歩き出した。
「待たせてごめんなさいね。うちの居候がついに眷属を見つけたなんて言うものだから、色々話を聞いていたのよ」
店に入り、そのまま奥の通路へと入っていく。
「いえ、大丈夫です……俺は、あなたのお眼鏡に叶いましたか?」
あとに続くカイトの問いに、ヘファイストスはまたも笑った。
「ええ、取り敢えず、第一印象はね」
階段を登り、奥にある部屋の扉を開いた。
「入ってちょうだい。あの子も首を長くして待ってるわ」
室内には仕事用の机に、様々な本が置かれた本棚。
所々に剣や槍などが飾られている。
そのどれもが一点ものであることを示すかのように、無二の輝きを放っていた。
カイトは一瞬、それらを見て目を細めると、改めて部屋の主であるヘファイストスへと向いた。
「カイト君!! 来てくれたんだね! ボクは嬉しいよ!!」
そして相変わらず元気な主神の声。
「……え?」
声は足元からだった。
視線を下ろす。
なんかいる。
具体的には正座した状態でニコニコと笑う主神ヘスティアが。
首に『私は悪い子です』と書かれた札を掛けられて。
「………………うん?」
ちょっと理解が追い付かなかった。
「ああ、それ? 人が紹介したバイトを三日で辞めてきたって言うから、お仕置き中なの」
ヘファイストスはどこか疲れた風に言った。
「理由はあなたという眷属が見つかったからだっていうのは聞いたけど、それなら先ずは私に一言あるべきよね?」
あなたもそう思うでしょ? と、視線が言っていた。
「あー……神ヘスティア、その、義理は通すべきモノかと」
他に言いようもない。
「ううぅ、ちょっと浮かれすぎて忘れてたんだよぅ」
口を尖らせながら言う主神の姿は、まるで見た目通りの少女のようだった。
「まったく……で、よ。こんなだけど、この子は大事な友達なの。その最初の眷属になるあなたには、私も会いたいと思って、こうして同席させてもらっているのね」
この子、ここにあなたを呼んでいきなり恩恵を授けるつもりだったから。
最後にそう結びながら、ヘファイストスは腕を組んでカイトを見た。隻眼が、何かを見透かそうとするようだ。
厳しいながらも、何だかんだと世話焼きな性格のようだった。
大事な友達と言うのも、本心からの言葉なのだろう。
「いくつか質問、良いかしら?」
「無理に答えなくても良いからね!?」
慌てたように入ってくるヘスティアに、
「言われなくても、答えにくいようなら無理強いしないわよ。あんたは座ってなさい」
そう言って、ヘファイストスはカイトに向けて微笑んだ。
「そう言うことだから、良い?」
「構いません」
どうやら、自分が試されようとしている事をカイトは理解した。
とは言え、取り繕うことに意味は無い。
神に嘘は通じない。
そのことは、このオラリオに来る前からわかっていたことだ。
「ありがとう……かと言って、何も問い詰めようという気もないし、そうね…………この街の生まれ?」
神の質問が始まる。
「生まれはここより南部の、ラグウェルという国です」
「っていうと、確か戦争中の国家よね?」
「はい。しかし、二ヶ月ほど前に事実上の終戦を迎えています。正式な宣言は、事後の整理がある程度着いてからになるでしょう」
「それはよかったわね。勝ったのかしら?」
「……ラグウェルは、敗戦しました。来年の地図からも、名前は消えているでしょう」
故国が戦争に敗れた、という言葉に、ヘスティアが息を呑む気配が伝わってくる。
「そう、申し訳ないことを聞いてしまったわね。ごめんなさい」
「いえ」
「あなたも、その戦争に参加を?」
「はい」
「まだ年若いようだけど、幾つから?」
それは、純粋な興味から出た質問だった。
ヘスティアからは十五歳の少年と聞いていたが、実際会って話をした彼は、とてもそのようには思えなかったからだ。
(何より、危うすぎる)
目の前にいる少年の正体不明の不安定さを、ヘファイストスは感じ取っていた。
(まるで積み重なった鉄屑が、偶然ヒトの形をしているような……何処にも芯がなく、それでいて重く、なのに今にも崩れそう)
怖い、と素直に思った。
同時に、彼がその芯を得て重心が定まった時、果たしてどのように変わるのか。
それが無性に見たくなる。
多くの眷属を持つヘファイストスでさえ、稀有と断言できる性質。
打ち方次第で、魔剣にも聖剣にも成りうる、不定形の素質。
いずれにせよ、何らかの形で頭角を現して来るであろうことは間違いないと感じていた。
「最初の戦場に立ったのは、五歳の時だったと思います」
一瞬、自身の思考に意識を向けていたヘファイストスは、その言葉を聞き違いと思った。
「え?」
「五歳です。最前線に配置されました」
嘘は、言っていない。神であるヘファイストスにはそれがわかった。
「それは……どういう…………」
だからこそ起こる混乱に、初めて彼女は言い淀む。
そしてカイトは、その反応を予測していた。
ここにいる神達のように、優しければ、多かれ少なかれそういった態度になることを、カイトはよく知っていたのだ。
「これは、正式に神ヘスティアの眷属になる前に、言うつもりだったことです。その結果、俺を拒絶されても構わないと思っています」
「そんなこと──っ!」
「俺は戦争奴隷でした」
二人の神は、目を見開いてカイトに向けた。
「村を強襲した部隊に捕虜として捕らわれて、敵国のマルネシアへ行った後、ラグウェルが捕虜交換を拒否したため奴隷になりました」
「戦争奴隷として最初の仕事は、最前線で立ち尽くし、敵兵の戦意を落とすことでした。その時は確か、似たような境遇の子ども百人ばかりで戦場に立ったんです」
「怖くて、泣き叫んでいました」
「隣にいた子が、馬蹄に踏み潰されました」
「泣いても誰も、助けてはくれませんでした」
「その時生き残れたのは、本当に只の奇跡でした」
「報酬はパン一つだけで、それを僅かな生き残りで分けて食べました」
「戦場で戦わない者に、糧を得る権利はない」
「それが飼い主の言葉でした」
「だから殺した」
「ラグウェルの兵士を殺した」
「子どもだからと、同情して剣を引いてくれた相手に、後ろから襲い掛かり、動かなくなるまでナイフを刺し続けた」
「初めて殺した相手は、女だった」
「可哀想にと、泣きながら、死ぬまで抵抗しなかった」
「その日はパンに、スープが付いた」
「次の日も、その次の日も」
「十年間」
「俺は──」
「やめろっ!!」
飛び込んできたヘスティアに、視界を遮られる。
いつの間にか俯いてしまっていたカイトが顔を挙げると、そこには小さな神の小さな背中があった。
「もういいだろ、ヘファイストス!! これ以上は、もう……!」
足が震えているのは、今の今まで正座をしていたせいだろう。
勢いよく立ち上がったからか、首から掛けていた札が背中に回ってしまっている。
『私は悪い子です』
それが、カイトの目の前でぷらぷらと、揺れている
「あ、その、ごめんなさい……こんなつもりじゃなかったのよ」
「彼はボクの家族だ!! 泣かせるようなことをしたら、いくら君だって許さないぞ!!」
ぷらぷらと。
「ごめんなさいヘスティア、本当にごめんなさい。確かにこれは、私がイタズラに聞き出して良い話ではなかったわ」
「彼のことは、ボクが絶対に護ると約束したんだ。これまでにどんなことがあったかなんて、関係ない。大事な大事な、ボクの家族なんだよ、だから……」
揺れている。
「ボクを信じて、ヘファイストス」
「……ええ、わかったわ。あなたの意思を尊重する。でもね、別に、気にくわなかったら反対するってつもりじゃなかったのよ?」
『私は悪い子です』が。
「知っているさ! 初めて眷属を持つボクを心配してくれたんだろ? ありがとう、ヘファイストス」
「──ぷはっ」
堪えきれずに、吹き出した。
いくらなんでも、この状況はシュール過ぎた。
「カ、カイト君!? 大丈夫かい?」
慌ててこちらを向くヘスティア。
すると今度は、その背中を見たヘファイストスが、
「──あふっ」
決壊する。
「うえっ!? 君もかい、ヘファイストス! 一体、どうしたっていうんだよう!」
二人の笑いは、夕陽が完全に沈む少しの間だけ続いた。
え、なんか投稿しようとしたら半端無いくらいUAと感想と評価が増えて、るんですけど。
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