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オラリオに来て、10日が経った。
今日は雨だ。
「……さ、寝直すとするかな」
そして、カイトは今日も無職だった。
これまでの反動なのか。一度暇になると何処までも心が怠惰になっていくのを止められない。
もはや第二の自室となりつつある安宿の部屋で、カイトはアクビをしながらベッドに潜り込もうとし──
グウゥ
空腹には勝てず、外へと出ることにした。
素泊まり基本の安宿では、頼んだって食事など出ては来ないのだ。
「傘を買っておけば良かったな」
夏前の時期、まだ雨の日は肌寒さを感じる。
傘も差さずに濡れていれば、尚更だ。
二日前に露店で衝動買いした外套のお陰で、多少はマシであることに感謝しながら、カイトは食べ物を取り扱う露店が多い広場を目指した。
しかし、生憎の天気と言うこともあってか、広場にいつもの活気は見られない。
幾つかの露店は開いているようだが、甘い焼き菓子やパンなど、カイトの食指を動かすものは無さそうに見えた。
「いらっしゃーい! 揚げたてだよぅ!!」
そんな中、1つの屋台から元気な声が聞こえてくる。
カイトがそちらを見ると、売り子の少女が屋台の下で呼び込みを行っていた。
『ジャガ丸くん』
横に立つ濡れた幟にはそう書かれている。
確か、ジャガイモを使った揚げ物だったはずだ。
「……まあ、たまにはいいか」
見れば中々のボリュームだ。
カイトはジャガ丸くんの屋台へと向かう。
「お、いらっしゃい! 雨の中お疲れ様だね、たくさん食べていくと良いよ!!」
ツインテールに白のワンピース。
胸元から二の腕を回り、首もとで結ばれた紐はファッションなのだろうか、カイトに判別はつかなかった。
ただ、露店の売り子にしては、やたらと可愛い子だな、とは思った。
女癖の悪い元部下ならば、取り敢えず口説くところから始めたことだろう。
「……プレーンを一つ」
注文すると、少女は「毎度あり!」と言って屋台の向こうに入っていった。
揚げたてで湯気の立つジャガ丸くんを、紙に包んで差し出してくる。
「はい、熱いから気を付けてね!」
料金と引き換えにそれを受け取ると、売り子の少女がニコニコと言葉を続けてきた。
「君、傘も差さずにいたんじゃ濡れ鼠になってしまうよ。良かったらここの軒下で雨宿りしていくといい!」
あまりに当然のことのように言うものだから、カイトは呆気に取られて何も言えなかった。
「今日はお客さんも少ないだろうしね。良かったら雨が止むまで、ボクの話し相手にでもなっておくれよ!」
ニコニコと、何がそんなに楽しいのだろうか。
カイトにはわからなかった。
それは不思議な笑顔だった。これを壊してはいけない。そうカイトに思わせる程に。
「じゃあ、少しだけ」
「ふふふ、ごゆっくり! そう言えば、最近よくこの辺で見かけるね。新顔の冒険者かい?」
早速振られた話題だか、カイトには苦笑いしかできない。
「いやいや、あちこち回ったが断られてばかりさ。まだ冒険者どころかファミリアにさえ入れていないんだ」
すると何故だろう、少女の顔がパッと輝いた。
「ほほう! ファミリアに入りたい、とは思っているんだね!?」
「もちろんさ。目的があって、国から出て来たんだ。諦められる訳がない」
最近はちょっと、あれだ。
遅めの休暇……休息期間……頑張った自分へのごほうび的なあれなのだ。
「ふむふむ、うんうん! いいねぇ、ボクは目的のために頑張れる子は大好きさ!」
益々嬉しそうに笑う少女は、妙に歳上染みた言葉を使う。
その事を疑問に感じたカイトに、彼女はさらに質問を重ねてくる。
「ちなみに……どんな目的なんだい? もちろん、無理に言わなくても良いさ」
どんな、と問われると、誰かに語るのは少しばかり恥ずかしいモノだった。
カイトは一瞬断ろうとして──笑顔の中で、あまりに真剣にこちらを見つめる少女と目が合い、気が付けば口が動いていた。
「家族が欲しいんだ」
少女と目を合わせたままで──
「10年前、俺の人生は多分、一度全部が駄目になった。俺はマトモじゃなくなった」
「きっと今も、マトモじゃない人間のままなんだ」
「誰かにそばにいて欲しかった」
──そのためには、誰かの命を奪うしか無かった。
「お前は必要なんだと、言って欲しかった」
──そのためには、誰かの命を奪うしか無かった。
「俺はどうしようもない人殺しだ」
「それでも、もし、願うことを赦されるならば」
「俺は、家族が欲しい」
「血の臭いがする温もりは、もう嫌だ」
涙が零れていた。
思えばそれは、一体何年ぶりの涙だろうか。
指先で拭った水滴は、自分から出たものとは思えないくらいに暖かかった。
呆然として俯いたカイトの身体が、不意に正面から抱き締められる。
「辛いことを、思い出させてしまったようだね。ごめんよ」
いつの間にか屋台から出てきた少女が、自分を抱き締めている。
戦場以外で、ここまで誰かと近付くことなど無かったカイトは、どうしていいかわからなかった。
少女の頭が、カイトの肩に預けられる。
「君の名前は?」
「……カイト・アルバトス」
「歳は?」
「多分、十五歳」
問われるままに答えていく。
少女の身体から伝ってくる温もりと雨音だけが、やたらと鮮明だった。
「先に告げなかったことを詫びよう」
少女の声が、厳かに響いた。
「ボクの名はヘスティア──神だ」
カイトは驚くも、どこかで納得している自分に気付いた。
彼女の纏う不思議な雰囲気は、今思えばタケミカヅチのそれと酷似していたからだ。
「ボクに眷属はいない。友達の神に世話になってるぐうたらさ」
そこまで言うと、ヘスティアは少し身体を離してカイトを真正面から見た。
「ボクも君と一緒だ。家族が欲しい」
照れくさそうに笑う。
「カイト君、僕のファミリアに……家族にならないかい?」
心の中心に、響くような声だった。
「……神ヘスティア、でも俺は」
──そんな資格は無いんです。
自分でも、どこかで理解しているんです。
それを突きつけられるのが、怖くてたまらないんです。
お前は一生、死ぬまでそのままだと、わかってしまうのが恐いんです。
言葉が出ないまま、頭の中が声で満ちる。
「ボクは君を赦そう」
「え?」
「もちろん、君がそこまで思うに至った行いを、ボクは知らない。でも──」
ヘスティアはその小さな手を、そっとカイトの頬に当てた。
「君の願いを、ボクは肯定しよう」
いつの間にか、雨は止んでいた。
「家族が欲しいと、君が願うことを、ボクは赦そう」
頭の中の声が、消えていく。
「そして誓おう。いつか、君が自分自身を赦してあげられるその日まで」
換わりに、目の前の小さな神の想いで満ちていく。
「ボクが君を護るから」
いつの間にか、涙は止まっていた。
「ボクのところに来るといい」
「…………ありがとうございます、神ヘスティア」
カイトは、自分がついに巡り会えたことに気付いた。
「これから、よろしくお願いします。俺を──お願いします」
真に家族と、呼べるかもしれない存在と。
リリ→out
ヘスティア→in
ヘスティア様の包容力が無限大過ぎた。