出来合いフルの食卓を、真心込めたとは言わないのだと問いつめたい。
第4話 自活能力も含めての常識
空が青い。
もう何日も、快晴が続いている。
カイトは露店を素見しながら、途中で買った揚げ物を口に運ぶ。
「ふう……平和だなぁ」
争いなんて無い、真の寛ぎがそこにはあった。
詰まるところは暇だった。
ギルド前で仲間達と別れてから一週間。分けてもらった冊子のファミリアに行くも、どこも厳しい台所事情に加えて戦場帰りと言うカイトの経歴を怪しみ、採用には到らなかった。
と言うより、そもそも神の姿さえほとんど見ることが出来ていない。
最後に寄ったタケミカヅチ・ファミリアの主神、タケミカヅチが唯一、直接頭を下げて断りを入れてきたくらいだ。
聞けばまだまだ零細ファミリアで、とてもこれ以上の食い扶持は養えないのだそうな。
「真に憎むは貧しさか、それを恥じる心か……」
それっぽいことを言っているが、まんまタケミカヅチの受け売りである。
自分の食い扶持は自分で稼ぐのが当たり前の世界で生きてきたカイトにすれば、当然のように自分を家族として養えないことを恥じ入るタケミカヅチの態度は非常に好感が持てた。
「何となく、上官殿に似ていたな……」
できればそんな神のいるファミリアに入りたいと思った。
「どうしようかな…………はあ、良い天気だ」
宿に帰って寝よう、そしてまた明日から頑張ろう。そんな決意が脊椎反射で固まる。
「さ、そろそろ帰って──」
踵を返したカイトの耳に、路地裏の方から聞き慣れた音が飛び込んできた。
喧騒に紛れていたが、それは確かに聞こえた。
人が人を殴る音、か細い悲鳴──揉め事の気配だ。
「よし、横槍を入れて金品を強奪しよう」
無表情でそう呟き、慌てて口元を押さえる。
「違うな、セイル達にもこれじゃ駄目だと言われたのに」
まったく、『変わる』こととは難しい。と、苦笑が零れる。
「よし、助けに入って礼金をせびろう。加害者からは根こそぎにむしろう」
これでよし、とカイトは音のした路地裏へと足を進めていった。
何も変わっていないし、何も良くはないことには気付かない。
……戦う、倒す、奪うが基本的な生活だった自分からの脱却。
言うまでもなく、遥か遠い目標だった。
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路地裏でカイトが見たものは、分かりやすい風体の男が3人、1人の
フードを目深に被ったその小柄な人物は、男達に蹴られるでもしたのだろう、地面に伏していた。
傍には、少年のものと思われる大きなバックパックとその中身が転がっている。
「このクソガキが!! サポーターの分際で調子に乗りやがって!!」
男のうちの1人が、なおも執拗に少年の頭を踏みつける。
「ううっ」
少年は呻き声を挙げるが、身体はピクリとも動かない。
カイトはそれに疑問を抱いた。
(頭を踏まれた位で声が出るのに、身体が動かない? 何十発も殴られたようには見えないし……)
ダメージを負ったとき、先に出なくなるのは声だ。
人間に宿る生存本能は、例え瀕死の状況であっても必要とあらば身体の動作を可能とさせる。
拷問でもしているなら話は別だが、明らかにそんな様子はない。
(逃げる隙でも伺っているのかな? 逃げられたら礼金もらえないし……速攻で片付けるか)
カイトは常に腰本に佩いている黒剣に手を掛けながら、手前側に立つ2人の男達に隣接する。
「……は?」
そこでようやく、1人がカイトの接近に気付いた。
間抜けな声を挙げながら後退りをしかけたところを、隣にいた男とまとめて凪ぎ斬る。
1人は腹部、もう1人は胸部に、一文字の血線が描かれる。
さらに腹部を斬られた男に対し、剣を振りきりながら右足で、壁に押し付けるかのように蹴りつけた。
「げひゅっ」
無傷でくらっても気絶ものの蹴りを、傷の上から受けた男は、そのまま意識を失った。
「て、てめぇ!」
「何もんだぁ」
一方で、残るのは胸に傷を負った男と、無傷で未だ少年の頭を踏みつけている男だ。
戦場では、手負いから殺せ──カイトの持つ経験はそう結論した。
振り切った剣を、そのまま傷を負った男目掛けて振り下ろす。
「う、うおぉっ!」
男はナイフを抜いて、すんでのところで剣を受け止め──既に剣を手放していたカイトに頭を掴まれて、地面に後頭部から叩き付けられた。
一瞬で意識を失った2人の仲間を前に、残った男は狼狽えたように言った。
「なんだてめぇ……こ、こいつの仲間か!?」
カイトは答えることもなく、懐からナイフを取り出し一気に距離を詰めた。
男は背中に背負った長剣に手をかけるが、半分も抜く前にカイトのナイフが首元に押し付けられた。
その際、男が退かしてしまった足の代わりに、少年のフードの端っこを踏みつけておくのを忘れない。
「こ、こんなことをして、う、うちのファミリアが黙っちゃいねえぞ」
もはや身動きも許されないことを悟った男が、憎々しげにカイトへ言った。
「レベル3までの恩恵持ちなら」
カイトは構うことなく脅しの言葉を口にした。
「例え耐久特化であっても、アダマンタイト合金の刃を防ぎきることは出来ない」
「そ、それが──」
男の首に押し付けたナイフを、僅かに動かす。
「ひっ」
「わからないか? 許可なく口を開いたら殺すと言っているんだ」
そこで初めて、カイトの本気を察したのだろう、男は顔を青くして黙り込む。
「1つ目、武装を解除しろ。2つ目、金目のものを全て出せ。3つ目、この場でのことを全て忘れろ……どうだ? 一言も喋る必要なんか無いだろう?」
そうして、今まで踏んでいた少年のフードを解放し、爪先で軽くその頭を小突いた。
「おい、起きてるんだろう? 分け前やるから、倒れてる2人から金を抜いてこい」
そう言うと、少年はノロノロと身を起こしてカイトを見た後、倒れている男たちへと向かう。
「クソガキが……あっ!」
今度こそ、男の首に刃が食い込んだ。
鮮血が地面に伝い落ちる。
「年上の癖に飲み込みが悪いな。そんなに出来の悪さをアピールする必要無いから……ね?」
恐怖に震えだした男は、何度も失敗しながらも剣を取り外し、財布やウエストポーチを地面に落とした。
「良くできました。それじゃあ、これからの話をしようか」
カイトは少年が一通り物品を回収し終えたことを確認しつつ、話を続けた。
「お前は、他の二人同様に俺に気絶させられた。こんなやり取りは一切無かったし、勿論誰にも話してはいけない……もし、僅かでもお前が同意していないと見なしたら、この場で目と耳を潰し、舌を切り落とし、指を────気絶しやがった」
立ったまま、男は気絶していた。股間にはじわじわと染みが広がっている。
軽く肩を押すと、男は崩れ落ちるように倒れた。
「よし、少年、荷物纏めたら着いてこい。取り敢えずコイツらの金で何か食おう」
カイトは引き攣った顔でこちらを伺っていた少年に声をかけると、男が放り出した荷物を回収して再び露店の建ち並ぶ商店街へと戻っていった。
少年は散乱した荷物をバックパックにしまうと、何かを諦めたようなため息と共に、カイトの後へ続いた。
加減を知らないのも、常識が無いということ。
淡々と人に暴力が振るえる系主人公、爆誕。