ダンジョンで真人間を目指すやつもいる   作:てばさき

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さ、ベル編の終わりが見えてきた。
どんどん書きたいことが増えるから、もういっそと思い全部書いてます。


第31話 安息への帰還

豊穣の女主人は、その日も大いに賑わっていた。

 

様々な種族が入り雑じり、酒を酌み交わし料理を平らげる。

ここは冒険者達の集う酒場だった。

 

そんな賑わいの中、恐ろしく静かなままカウンターに突っ伏す三人がいた。

カイト、リリルカ、ベルである。

 

運ばれてきた酒にも手をつけず、通夜のような空気が流れている。

 

「……疲れたね、リリ」

 

ベルが虚ろな瞳を横にやり、埃も動かないようなか細い声で言った。

 

「そうですねー……リリが何か悪いことでも…………しましたね、カイト様を甘やかしすぎました」

 

リリルカは幾分力のある声で、嘆きを漏らす。

 

「そう言えばさ、リリ知ってる?」

 

「何がでしょう」

 

「僕みたいな初心者が、初ダンジョンで五階層まで降りた時の生存率」

 

「いえ、存じません」

 

「ちゃんと記録がある訳じゃないけど、二割が良いとこなんだってさ。だからエイナさん、あんなに怒ったんだよね……笑ってたけど」

 

エイナ、という単語にリリルカの肩がビクリと震えた。

 

「怒っていましたねー、笑ってましたけど」

 

「なんでこんな厳しいんだろうって思ったけど、全部、僕にとって必要な知識だった」

 

「まあリリも、全てを知っていた訳ではありませんでしたね。勉強になったことは確かでした」

 

「ごめんね、リリ」

 

「何をおっしゃいますか、ベル様は何も悪くありませんよ」

 

「一緒にダンジョンに入った先輩が、大丈夫大丈夫チョロいよって言ってましたって話しちゃったから」

 

「ほら、悪いのはリリでもベル様でもないじゃないですか」

 

もはや疲労はかつてないほど大きくなっており、荒んだ心が少しだけリリルカを素直にしていた。

 

「それだけにさ」

 

「ええ、それだけに」

 

「「納得いかない(いきません)よね」」

 

ぐりっと首だけを回して、二人は未だ無言のままのカイトを見た。

二人の脳裏には、先程までの講習の様子がまざまざと呼び起こされていた。

 

………

……

 

「では、アルバトスさん、ゴブリンと戦うときの注意点はわかりますか?」

 

講習の最初、ベルの地獄の始まりにされた質問が、エイナからカイトへ投じられた。

 

「……注意点?」

 

訝しげなカイトに、エイナは続ける。

 

「そうです。どんなモンスターであろうとも、油断をすれば命が危険に晒されるんです。何も知らないということは、許されないんです」

 

特に、と一拍置く。

 

「あなたのように、団長として周りをリードしていかなければならない人は」

 

エイナの瞳は、真っ直ぐにカイトへ向けられている。

それは責めるように、願うようにカイトを捉えていた。

 

「簡単だろ」

 

ああ、これでカイトさんも書き取りかぁ、ベルに歪んだ仲間意識が芽生えようとしたとき、

 

「サイズと数、あとは、怪我をしないことだ」

 

予想外に根拠のありそうな発言が、その口から漏れた。

 

「……もう少し、具体的にお願いします」

 

探るようなエイナの返しに、

 

「面倒だな……大抵の人間より小さいだろ、あいつら。だから簡単に潰せる、と思い込みやすい」

 

カイトは言葉を探しながら話を続ける。

 

「だが、あいつらの振り回す爪はちょうど大人の腹や膝……怪我を負うにはリスクが高い場所に当たるんだ。だから、近付けないようにするか、すぐ距離がとれるように戦うのが一番安全だってことだ。欲を言えば短槍か手斧が欲しいところだが、無ければ只の剣でもいい」

 

「サイズは、わかりました。では、残りは?」

 

「数はそのままだ。対多数の戦闘では常に相手の位置を把握する必要がある。雑魚だからと突っ込んで行く素人は長生きできないだろう。可能なら一対一、数が多いなら奇襲が最適だ」

 

どの口が、と思わなくもないリリルカだが、それを言ったらカイトはその対多数戦闘の熟練者と言ってもいいのだ。

 

「自分より弱い相手と戦う時の注意は、無駄な傷を負わないようする事が一番だ。傷を負えばその分弱る。勝てる相手に勝てなくなる。そうなったら死ぬだけだ」

 

エイナを見返したカイトは、どうだろうか、と最後に問うた。

 

「……概ね正解です」

 

少し驚きを顔に出したエイナは、一瞬考えた後にそう漏らした。ベルなどは『嘘やん、え、嘘やん』といった瞳でカイトを見つめている。

 

「講習は受けた記録がありませんでしたが……独学ですか?」

 

「まあ、そんなところだ」

 

「その割に、ベル君はその事を知らなかったようですが?」

 

「教えたさ」

 

エイナはそれを聞いてベルを見た。

本当に? あれ、ベル君あれ? 瞳が言っていた。

違うんです、僕は無実なんです、信じてください。涙目で子犬のように震えたベル。

 

「心当たりがないようですけど……」

 

「いや、闘い方で教えた。今のベルは、自分が怪我をしないで、相手に出血と痛みを強いることができる。無意識にな」

 

「え」

 

「戦闘中は容赦とか、思いやりとか、そういう余計なもんは一切生じない、優秀な戦士さ」

 

「えちょ」

 

ベルはがく然として、リリルカへ顔を向ける。

ちょっと、あんなこと言ってますよあの人。怒っちゃっていいんだよリリ。

 

「え、お気付きではなかったんですか? ベル様。その年頃の人間がしちゃいけない闘い方でしたよ?」

 

味方はいないようだった。

 

「なるほど……ですが、知識としてあるかどうかは別です。当然モンスターの生態によって、そうした闘い方も変化が必要になるでしょう」

 

「………………一理ある」

 

「さ、座りましょうか」

 

「どうしてもか?」

 

「ええ、もちろん」

 

エイナはにこりと笑い、カイト達三人が驚愕する事実を口にした。

 

「セイルさんから、無茶ばかりする大事な友達をよろしく、と頼まれていますからね」

 

「「は?」」

 

「セイルが?」

 

「機会があれば、ダンジョンで生き抜く術を教えてやって欲しいって……ダメですよ、あんなに良いお友達(・・・・・・・・・)を心配させたら」

 

まるでかのド外道が、まっとうな人間だとでも思っているような口振りだった。

ベルは震えた。

エイナとセイル。この組み合わせは駄目だ、犯罪臭がする。主に被害者と加害者的な意味で。

いや、今の話振りを見るに、既に手遅れでさえあるのかもしれない。こんなに憤りを感じたことは、ベルの人生で今までなかった。

 

一方でリリルカも思った。

あのロクデナシ、本当に余計なことしかしませんね。天罰が下ればいいのに、と。

 

「あいつは……仕方ない、とっとと終わらせるぞベル、リリ」

 

カイトは既にその現実を飲み込んだのか、早々と席に着いた。

 

三十分後。

字の汚さ、うろ覚え故の誤字、そもそも字が大きくて紙を無駄に消費すると三拍子揃ったポンコツ具合を発揮したカイトは、早々に書き取りへと移行。

後日補習が確定し、ベルとリリルカもそれに付き合うことがか決まった。

拒否権は、当然のように与えられなかった。

 

………

……

 

「闘いに関しては、本当にすごいよねカイトさん。まあ、補習には思うこともあるけど」

 

「そうですね、そこに関しては、リリも全面的に賛成いたします。ただ、カイト様だって苦手なものはたくさんあるんです。補習は許容範囲ですよ」

 

さっき甘やかし過ぎたって言ってたじゃないか。

 

「あと、セイルさんはあの、あれ、なんなの?」

 

「紛れもないゴミです。リュー様に言い付けましょう。ギルド窓口のエルフをだまくらかしていると。可愛そうですが、しばらくはお肉も食べられないような体になっていただく他ありません」

 

「本当に可愛そうって思ってる?」

 

「まさか」

 

二人揃って、暗い笑みがこぼれるのであった。

 

「ベル」

 

カウンターに伏したままのカイトが、唐突に呼び掛ける。

 

「すまん、本来なら不用意にお前を危険な目に合わせてしまったことを、何よりも謝りたかったんだが…………こんなに追い込まれたのはあの戦場以来なんだ。もはや屁も出ない」

 

「それは……」

 

「お前は俺とは違う。いや、そうじゃないな……同じであっちゃ駄目なんだ。ああ、そんなことあの戦場で嫌って程に思い知ったはずなのに、今日エイナに教わるまで忘れていた」

 

カイトはしんどそうに身体を起こす。

釣られてリリとベルも、ようやく顔を上げて向き合った。

 

「あんなにも学ぶことが多かったことを、俺は知らなかった。お前が必死にその知識を飲み込もうとしているのを見て、ここではまず、それこそが必要なんだと思い知った。お前や俺は武器を握る前に、やれることがある」

 

不器用な笑みを浮かべ、

 

「だから、一旦仕切り直しだ。思えば、勉強なんざ生まれて初めてするようなもんだしな。これも経験さ。補習付き合わせるのはすまんが」

 

どこか頼りなく、でも見ていて安心するような、そんな雰囲気を発したカイトは、二人の目にはまるでただの青年のように見えた。

 

「それが、終わったら、二人でモンスターの安全な殺し方を考えような。八つ裂き三昧だ」

 

見えただけだった。

 

「ベル様、リリも伝えたいことがあります」

 

唇を湿らすように酒を飲み、リリルカもまた、真剣な面持ちでベルと向き合った。

 

「ベル様は今日、大変な経験をされました」

 

思い返すまでもなく、初めてのダンジョンでこれ程までの経験をした冒険者はそういないだろう。

良いか悪いかは別にして。

 

「後悔されていますか?」

 

「してる」

 

迷いなくベルは答えた。

そして、二人に向かって頭を下げる。

 

「今日は、迷惑かけてばかりですみませんでした。僕は自分の仕事なんて何一つこなせてなかった。なのに調子に乗って、リリも危険な目に合わせて、一人で逃げてしまいました」

 

リリルカが何かを言う前に、カイトが口を開いた。

 

「ベル、リリから聞いた。二階層で、身を呈して庇ってくれたとな」

 

「そんなことは──」

 

「ありがとう。お前がいてくれて良かった」

 

その言葉に、ベルは目の奥がじんわりと熱くなってきたのを感じた。

それは、自分を諦めようとしていたベルが、一番欲しかった言葉であったからだ。

 

「ベル様。その後悔は正しいものです」

 

リリルカは微笑を浮かべつつ、ベルが膝の上で握り締めている手に触れた。

 

「でも、乗り越えられるんです。カイト様やリリが、そのお手伝いをいたします」

 

零れる。

熱い水が自分の目から落ちていくのを、ベルは拭うこともせずにリリルカを見た。

 

「リリ達は、何があってもベル様を一人にはしません。苦楽を共に、誰しもがそうして一流の冒険者となっていくのです………………だから、言わせてください、ベル様」

 

心の底から、そう感じさせる声だった。

 

「ご生還、おめでとうございます。今日のベル様は、確かに格好悪くて無茶ばかり、でも、間違いなく冒険者でした。リリを助けてくれて、ありがとうございました」

 

「リリ……カイトさん!」

 

うつむいたベルの瞳から、次々と涙が落ちる。

 

「あ、あ、あり、がとう、ございますっ!」

 

ようやく、ダンジョンから日常に帰ってきたという実感が湧いた。

もうどうしようもないと思っていた状況は、なんとかここに落ち着こうとしていた。

 

安堵の息を漏らすリリルカは、ふと思い出す。

 

 

 

そういえば前もこの店で──

 

 

 

『ご予約の団体様でーす!』

 

 

 

なんだかとても──

 

 

 

『あのエンブレム……巨人殺しのロキ・ファミリアか』

 

 

 

とてつもなく、不安な何かに襲われたような。

 

 

 

その予感は、すぐに当たることとなった。

 

 





感想ありがとうございます。
全然返せてなくて申し訳ないです。

エイナさん。あんまり可愛く書けないのが目下の悩み。
面倒見良いお姉さんにしたいんだけども。

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