ダンジョンで真人間を目指すやつもいる   作:てばさき

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すっごい離れてしまった…またよければ


第29話 誰しもが笑い、そして不幸だ

ベルは血塗れになった服をエイナに剥ぎ取られると、ギルドの備品である毛布を頭から被り、蓑虫のような体でソファに座っていた。

ギルドの応接スペースであるそこは、遠目に忙しそうな窓口が見える。

 

「幸い、まだ日は出てるから、乾くのは早いんじゃないかな」

 

見る相手を落ち着かせるように笑いながら、向かいのソファに座るエイナは言った。

二人の間にはテーブルがあり、湯気をたてる紅茶が二人分、注がれていた。

 

「あ、ありがとうございます」

 

一方でベルは落ち着かない。

自分で思い返してみてもだいぶみっともないところを見つかり、理由も聞かずに優しくされた。

それも美人に。

 

しかもベルは彼女にそうされて、心底救われたと思ってしまった。気恥ずかしさはソファに腰掛けた瞬間、津波のように押し寄せてきた。

 

ついでに、毛布の下はパンツ1枚のみ。

 

ぐうの音すら出ない、男としての敗北である。

 

とはいえ、エイナのお陰で先程までの潰れてしまいそうな悲壮感は薄れている。

良くも悪くも、ベル・クラネルという少年は純朴だった。

 

「ベル・クラネルさん、だったよね? 先程までの格好からして、冒険者だと思うけど、あってる?」

 

エイナはゆっくりと、友好的な声色で目の前の少年に話し掛けた。

この、白髪で赤目の小柄な男の子は、少なくともエイナには放っておけないような有り様で街を彷徨っていた。

 

今も、ましにはなったものの、その顔からは陰が完全に消えてはいない。

 

そしてエイナは、そんな顔をする冒険者をよく知っていた。

希望を抱いてダンジョンに潜り、挫折や恐怖を味わった者が浮かべる顔なのである。

 

「いやー、ビックリしたよ。私、今日はお昼が食べられなくって。ようやく休憩がとれたから、せっかくだしっていつもとは違うお店に行ったんだ」

 

紅茶を飲みつつ、エイナは努めて明るい声色で話を始めた。

 

「ケーキが美味しいの。まあ、男の子のクラネルさんはあまり興味ないかもしれないけど」

 

「あ、いえ、その……」

 

おずおずと、そんな動作が妙に似合うというか、冒険者らしくない……言うなれば年相応な可愛らしさを持つ少年。

エイナのベルに対する第一印象はそんなところだった。

 

「うん?」

 

相手が話そうとしたら、決して遮らずに先を促す。

多くの冒険者と触れ合う仕事をしてきたエイナにとって、そうした会話力は一種の技能として身に付いていた。

 

「僕も、甘いものは好き、です」

 

恥ずかしそうに唇をすぼめ、こちらを窺うような上目遣いで。

ベルはぽしょぽしょと言葉を発した。

女子か。

 

「そっか。じゃあ今度行ってみるといいよ。あの辺りは、結構美味しい店が多いから」

 

さて、とエイナは声に出して区切りを入れた。

 

「それで、クラネルさんはどうしてあの様な格好で街中に?」

 

「…………僕は今日、初めてダンジョンに入ったんです」

 

ポツリポツリと、ベルは語り始めた。

 

初めてのダンジョン、ゴブリンを相手に、ファミリアの仲間に見守られて戦闘、勝利……この辺までは、エイナも笑顔で聞いていた。

 

「あ、でも五階層からはモンスターの強さもがらっとかわっちゃって──」

 

「ミノタウロスなんて、僕本でしか知らなくって、びっくりしちゃって──」

 

「勝てるわけなんて無いのに、でも悔しくって情けなくて──」

 

「クラネルさん」

 

最終的に、エイナの表情はただ笑っているだけであるというものに変わっていた。

 

「クラネルさん、あのね」

 

窓口にいる同僚が、怖いものを見たように目を逸らした。

 

「あ、はい、ごめんなさい。僕話してばかりで」

 

しかしベルは気付かない。

 

女性経験が無いに等しい彼にとっては、笑顔の美人はそれだけで素晴らしいのだ。

 

だから気付かない。

感情が伴わない笑顔の美人が、怖いのだと。

 

「君……ギルドの初心者講習って、受けた?」

 

そこからベルの地獄が始まる。

 

………

……

 

カイト達がギルドに入ると、そこは普段と変わらない慌ただしさで二人を迎えた。

 

「さて、ベルはどこかな」

 

呟き見渡すも、あの特徴的な白色の頭はどこにもない。

 

「ともかく、窓口に行きましょう。ベル様を連れていったのがギルド職員であれ、ただの通行人であれ、誰かしらの目には止まっているはずです」

 

リリルカの促しで、二人は窓口に向かった。

 

「ああ、すまない。ここにウチの者が連れ込まれたと聞いたんだが……案内してもらえないか?」

 

カイトは窓口に座る職員に、努めて真摯に語りかけた。

……ニコリともせず、剣の柄に手を掛けながら。

 

「あの……えっと、え?」

 

「どうした? 俺のツレをどこへやったのか聞いてるんだ」

 

「わ、あの、上の者に確認しますので──」

 

ガコンッ

 

窓口に身を乗り出して、置いた腕に強い力がこもる。

 

「難しい話ではない筈だ。知らなければそう言ってくれ。他を当たらせてもらうからな。ただ……俺はとても心配をしている。解決は早い方が、お互いのためになると思わないか?」

 

ミシミシミシミシ

 

「ひぃ」

 

そんなやり取りの横で、リリルカは深く、非常に深くため息を吐いた。

 

「カイト様」

 

「ん?」

 

振り向いたカイトの目に、リリルカの笑顔が飛び込んできた。

 

「あのですね」

 

「……ごめんなさい」

 

圧力を感じる笑みだった。

 

「どきましょうか、そこ」

 

「はい」

 

カイトは脇に退くと、所在なさげに腕を組んだ。

何となく、雨に濡れた大型犬を彷彿とさせる姿に、リリルカはちょっと和んだ。

そもそも精神に負荷を与えてきたのは、その大型犬なのだということに気付き、やはりため息を吐いた。

 

………

……

 

「講習室?」

 

「はい。ベル様を保護した職員が、先程連れていったと」

 

二人は歩きながら会話を交わす。

 

「何しに?」

 

「それは……講習では?」

 

「何の?」

 

「……ちなみにカイト様、ファミリア登録の際、初心者講習は受けられましたか?」

 

「え……なんで?」

 

まるで子供のように純真な瞳だった。

ああもう、この人はもう。

 

「初めてダンジョンに入るなら、基礎的な戦術や低階層での生き抜き方、アイテムの選択やパーティーを組む時の注意点など、必須と言える知識をですね…………はい、知らないのですね、大丈夫です、リリは存じております」

 

何にせよ、初見であの深さまで潜れるような人間に、講習が意味を成すかは微妙なところだった。

 

「そんな便利なものがあったのか……」

 

しみじみと、カイトは呟いた。

 

「ベルにも受けさせておけばよかったな」

 

「え、なんて?」

 

「え?」

 

「……数日前までただの子供だったベル様を、知識なしでダンジョンに連れていったと?」

 

そう言えばなんだか、周囲への気の配り方がやけに下手くそであったが……と、リリルカは思い出す。

なんというかあれは、この後何が起こるのか、起こり得るのかが、まるで予測できていないような感じだった。

 

「いや、誤解だリリ。ちゃんと教えたさ」

 

「ナイフの使い方以外に?」

 

「……リリは頼りになるから、安心しろって」

 

「知らない間にリリの責任がエライことになってるんですが!?」

 

わちゃわちゃと、何の危機感もなく二人は歩いていく。

いつものように。

その平穏の終わりまで、あとわずか。

 




かなり空いてしまったので、練習がてら。
また少しずつ書いていきます。

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