ダンジョンで真人間を目指すやつもいる   作:てばさき

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思ったより長くなったので分けることにしました。

感想でアンチヘイト的なご意見をいただきました。
確かに、と納得してしまう反面、僕はこの原作が大好きです。

なので、どうかもう少し見ててもらえると嬉しいです。


第28話 風よりも速く

ダンジョンを出ると、陽に朱色が混じり始めようという時間だった。

 

「さて、どうするかな」

 

そう呟くカイトのもとへ、魔石の換金を終えたリリルカが走り寄る。

 

「どう、ではないですよ! 早くベル様を探しにいかないと!」

 

先程ダンジョンでこぼした涙の跡はもうない。

いつものしっかりとした……若干鼻の頭が赤いリリルカである。

 

「落ち着けリリ。新米が怪我や、血を浴びてハイになるのはよくあるんだ」

 

「ハイになった後に心がバッキバキになってましたが!?」

 

可哀想に。

無茶して、怪我をして、みっともなく助けられた。

 

それが、どれだけ幸運なこと(・・・・・)か。

 

ベルはまだ知らないのだ。

 

「落ち込んでますよきっと。ご自分だけ何の役にも立てなかった、とか、身勝手な行動でみんなに迷惑をかけてしまったとか」

 

「……そうなのか?」

 

「少なくともリリにも昔、似たような経験があります」

 

まだ、冒険者と言うものにさほど絶望しておらず、自分が頑張ることで何かが上手くいくという、根拠のない自信があった頃の話だが。

 

「リリの場合、その当時パーティーを組んでいた方々が……その、カイト様みたいに率先して助けようとかする事がなかったので、早々にその勘違いに気付きましたが」

 

「勘違い、と言うと?」

 

取り敢えずはと、街へ向けて歩き出すカイトの問いに、リリルカは何かを懐かしむように返す。

 

「どれだけ強い想いや、目的があったとしても」

 

声は平淡で、

 

「死ぬんです、人は」

 

瞳には揺らぎの一つもない。

 

「だから、それを(・・・)頼りにしてはいけないんです。信じていれば何かが起こるなんて、嘘です」

 

「……うん」

 

「それに気付いて生きているのなら、それは、この街では、とても幸運なことなんですよ」

 

でも、と、

 

「その心にある目指すべきモノの輝きは、それでもなお、価値を下げてはいけないのです……それは、きっととても、尊いものですから」

 

「リリにもあるのか? その、目指すべきモノって」

 

「ありません」

 

リリルカの返答は一言であった。

 

「リリは、それを持ち続けることが出来ませんでした……何もしてくれないモノなんて不要だって勘違いをして、捨ててしまったんですよ」

 

その顔に浮かんだ微笑みは、カイトが初めて見る哀しそうな色を漂わせていた。

 

「ベル様は今きっと、自分の目的も含めて絶望し、消えてしまいたくて堪らなくなっていると思います」

 

「……ああ」

 

「だから、見つけてあげなくては、いけないんです」

 

リリルカの言葉に、カイトはふと想いを馳せる。

 

そうなのだろうか。

自分には経験がない。

 

何かに打ちのめされたことも。

 

──あったはずなのに。

 

もう立ち上がりたくないと思ったことも。

 

──何度もあったはずなのに。

 

だって、自分はそのいずれの時において──

 

何も感じてはいなかったから。(・・・・・・・・・・・・)

 

悔しくも、辛くもなかった。

あの当時の自分には、リリルカの言う尊い何かなんてものはなかったのだ。

 

──では、今は?

 

ある、と思いたいが、心当たりはまるでなかった。

 

「リリは……」

 

疑問のままに口を開く。

 

「消えてしまいたいと、思っているのか?」

 

大切な何かを捨ててしまった彼女は、今こうしているときでさえ、そのように思っているのだろうか。

 

「毎日思ってました」

 

余りも軽く、当然のように返ってきた返答は、少なからずカイトを驚かせた。

 

「朝起きても、歩いていても……そうですね、まるで風が草を撫でるような音が近付いてくるんです」

 

ざざざ、と、声で音を表現するリリルカ。

 

「一度聞こえてくると、もうダメです。心が潰れてしまいそうな毎日ですよ」

 

眉根にシワを作り、リリルカは続ける。

 

「夜眠る前なんて最悪です。周囲から音が迫ってきて、リリは世界に独りぼっちで、誰からも嫌われていて…………生きているのが嫌になるんです」

 

「……そうか」

 

「でも」

 

リリルカがカイトを見る。そこに浮かぶ笑みは、先程とはまるで違う、喜びに満ち溢れているような──

 

「不思議ですね。カイト様と、冒険に出掛けたあの日から」

 

柔らかな……そう表現して差し支えない微笑みで、

 

「あの音は、聞こえないんです」

 

締め括る。

 

カイトは何も言葉を発する事が出来なかった。

ああ、綺麗だな、と思う反面、怖かった。

 

今自分は感情を向けられている。

殺意でも、害意でもなく、同情や憐憫とも違う。

 

ごく僅かに経験していた優しさとも違う。

 

正体不明の感情を、リリルカはカイトに向けているのだ。

 

わからないことが怖いのではない。

 

ただ、その感情がもし、人間が持つ当たり前の何かなのだとしたら……それが理解出来ない自分は、果たして人と呼べるのだろうか。

 

そんな考えに至り、そこから先を考えることが怖くなった。

 

「さ、行きますよカイト様。あの格好です。きっと走り去るベル様を目撃した人は多いはずです。聞き込みですよ!」

 

歩き出すリリルカの後ろ姿……大きなバックパックで足元以外が隠れてしまった彼女に向けて、カイトは呟くように言った。

 

「俺は……リリに優しく出来ているのかな」

 

小さな声は、雑踏の中に消えていく。

 

「リリ、俺は変われているのかな」

 

どんどん歩いていく姿を追いかけながら、

 

「何も持ってない俺は…………いつか、消えてしまうのかな」

 

カイトの言葉は、ついにリリルカへ届くことはなかった。

 

………

……

 

ベル・クラネルは歩いていた。

正確には、勢いのままに走り出し、初の冒険で疲弊していた身体がそれを維持出来なかったため、もはや這々の体であった。

 

「……はあぁぁぁぁ」

 

深い溜め息が出る。

 

ざわ……

 

周囲の人混みからざわめきが立ち上がり、サッとベルの進む方向から人が消える。

 

それはそうだ。

自分のではないと言え、血塗れの少年が街中を歩いているのである。

冒険者で溢れるこのオラリオ市民にとっても、早々見慣れたものではなかった。

 

「カイトさん達に合わす顔がないよ……どうしよう」

 

先程の光景が脳裏に過る。

 

世界で一番みっともない人間がいるとすれば、あの瞬間、まさしく自分がそうだった。

 

ベルはそう思う。

 

なんであんな無謀なことをしたのか。

無茶をしても、助けてくれると期待していたのか?

どうにかなるなんて、都合良くも思っていたのだろうか。

 

「……きっと、思ってたんだ」

 

だってあんなにも強くて、

 

「頼ってた」

 

戦い方を教えてくれた。

 

「僕はそれだけで、自分も強くなった気でいたんだ」

 

そんなわけ、あるはずもないのに。

 

「僕なんかが、英雄になれるのかな……おじいちゃん」

 

こんな夢を持ったがために、今、苦しい。

 

「あぁ……消えちゃいたいよ」

 

ベルの瞳に涙が浮かび、堪えることも出来ずにこぼれ落ちる。

 

「──っうぅっ」

 

声までは、あげてなるものか。

懸命に歯を食い縛り、肩を震わせる。

 

ざわざわと、音がした。

 

まるで風が草原を走るような。

 

音がした。

ざわざわと、音がした。

 

 

 

 

「そこの君っ!」

 

 

 

 

そんなベルに、声が掛かる。

 

涙に滲んだ視界を上げると、そこには──

 

「大丈夫? 見たところ怪我は無いようだけど、凄い格好だね」

 

困ったように笑いながら、目には心配そうな色を浮かべる女性が立っていた。

 

「冒険者さんかな? 名前は?」

 

尖った耳が、彼女が森の妖精と呼ばれる種族の血を引く者なのだと悟らせる。

 

(エルフ……?)

 

「ああ、私はね」

 

何も言わないベルに、

 

「エイナ・チュールと言います。こう見えて、ギルド職員なのよ?」

 

そう名乗り、今度は安心させるように、もう一度笑って見せた。

 

………

……

 

「結局、戻ってきてしまいましたね」

 

遠くに暮れ行く夕陽を背にギルドを見上げ、リリルカは些か疲れた表情で言った。

 

「大通りをほとんど往復したからな。全く、途中で妙なチンピラに絡まれなければ、もっと速かったものを」

 

カイトもその眉間に、疲弊染みたシワを作りボヤいた。

 

「……カイト様は初対面の人に何かを尋ねるなら、もう少し以上に言葉を勉強してください」

 

リリルカの言葉に、

 

「え?」

 

そんな心外な、という具合の反応がカイトから返される。

 

「ちょっと挑発された位で下段から崩しにいく人がありますか!? あとビンタ! 人間が音も無く崩れ落ちるレベルとかダメに決まってますよね!?」

 

「彼らは素直じゃなかったんだ」

 

「物理的に素直にすることはぁ、会話とは呼ばないんですよカイト様ぁ!」

 

リリルカは膝から崩れ落ちそうになるのを必死に耐えた。

 

この人に人混みで聞き込みやらせたらダメだ。

 

この一時間あまりでリリルカが悟った真実である。

 

まず一言目。

 

『おい』から始まる。

 

分岐は2つ。

 

攻撃的な反応ならば足首を蹴り払い、泣きが入るまで折檻。話が聞けそうならば終始威圧して尋問。

 

そもそもなんで、明らかにチンピラ然とした連中に絞って聞きに行くのか。

リリルカが親子連れや女性を中心に聞き回っている後ろで、定期的に響く打撃音。

話をしている親子の顔がどんどん青ざめていき、子供から笑顔が消える。

 

そして、懸命に聞こえないふりをするリリルカに、声がかかるのだ。

 

「リリ、こいつらは外れだった。そっちはどうだ?」

 

子供は泣き叫び、それを庇うように震えながら前に出る親。

 

「おいおい……まだ何もしてないのに、そんな怯えることないじゃないか」

 

なあ? と、リリルカの肩を叩く。

 

そんなことが二度続き、最終的に十人目のチンピラから、『ベルが美人エルフに手を引かれてギルドに向かった』という情報を得るまで、リリルカはひたすら空を見上げて過ごすこととなった。

 

 

 

「ああいう連中の方が、その、話し掛けやすいんだよ。扱いにも慣れてるし」

 

「色々と言いたいことはありますが、今はベル様が優先です。良いでしょう、ええ、良いですとも」

 

むしろ得物に手をかけなくなった分、成長はしているのだ。

そう思い込むことで、リリルカは何とか自分を沈静化した。

 

「行きましょうカイト様。リリは先達として伝えなければいけないことがあるのです」

 

「ああ、俺だって、頑張った後輩を励ますことくらいできるさ」

 

二人は頷くと、ギルドの扉に手を掛けた。

 

 

 

後にカイトは語る。

 

『ああ、あの扉はまさに、地獄へ続く門に違いなかった』

 

──と。

 





たくさんの感想ありがとうございます。

そろそろお返しをしていこうと思います。

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