思ったより長くなったので分けることにしました。
感想でアンチヘイト的なご意見をいただきました。
確かに、と納得してしまう反面、僕はこの原作が大好きです。
なので、どうかもう少し見ててもらえると嬉しいです。
ダンジョンを出ると、陽に朱色が混じり始めようという時間だった。
「さて、どうするかな」
そう呟くカイトのもとへ、魔石の換金を終えたリリルカが走り寄る。
「どう、ではないですよ! 早くベル様を探しにいかないと!」
先程ダンジョンでこぼした涙の跡はもうない。
いつものしっかりとした……若干鼻の頭が赤いリリルカである。
「落ち着けリリ。新米が怪我や、血を浴びてハイになるのはよくあるんだ」
「ハイになった後に心がバッキバキになってましたが!?」
可哀想に。
無茶して、怪我をして、みっともなく助けられた。
それが、どれだけ
ベルはまだ知らないのだ。
「落ち込んでますよきっと。ご自分だけ何の役にも立てなかった、とか、身勝手な行動でみんなに迷惑をかけてしまったとか」
「……そうなのか?」
「少なくともリリにも昔、似たような経験があります」
まだ、冒険者と言うものにさほど絶望しておらず、自分が頑張ることで何かが上手くいくという、根拠のない自信があった頃の話だが。
「リリの場合、その当時パーティーを組んでいた方々が……その、カイト様みたいに率先して助けようとかする事がなかったので、早々にその勘違いに気付きましたが」
「勘違い、と言うと?」
取り敢えずはと、街へ向けて歩き出すカイトの問いに、リリルカは何かを懐かしむように返す。
「どれだけ強い想いや、目的があったとしても」
声は平淡で、
「死ぬんです、人は」
瞳には揺らぎの一つもない。
「だから、
「……うん」
「それに気付いて生きているのなら、それは、この街では、とても幸運なことなんですよ」
でも、と、
「その心にある目指すべきモノの輝きは、それでもなお、価値を下げてはいけないのです……それは、きっととても、尊いものですから」
「リリにもあるのか? その、目指すべきモノって」
「ありません」
リリルカの返答は一言であった。
「リリは、それを持ち続けることが出来ませんでした……何もしてくれないモノなんて不要だって勘違いをして、捨ててしまったんですよ」
その顔に浮かんだ微笑みは、カイトが初めて見る哀しそうな色を漂わせていた。
「ベル様は今きっと、自分の目的も含めて絶望し、消えてしまいたくて堪らなくなっていると思います」
「……ああ」
「だから、見つけてあげなくては、いけないんです」
リリルカの言葉に、カイトはふと想いを馳せる。
そうなのだろうか。
自分には経験がない。
何かに打ちのめされたことも。
──あったはずなのに。
もう立ち上がりたくないと思ったことも。
──何度もあったはずなのに。
だって、自分はそのいずれの時において──
悔しくも、辛くもなかった。
あの当時の自分には、リリルカの言う尊い何かなんてものはなかったのだ。
──では、今は?
ある、と思いたいが、心当たりはまるでなかった。
「リリは……」
疑問のままに口を開く。
「消えてしまいたいと、思っているのか?」
大切な何かを捨ててしまった彼女は、今こうしているときでさえ、そのように思っているのだろうか。
「毎日思ってました」
余りも軽く、当然のように返ってきた返答は、少なからずカイトを驚かせた。
「朝起きても、歩いていても……そうですね、まるで風が草を撫でるような音が近付いてくるんです」
ざざざ、と、声で音を表現するリリルカ。
「一度聞こえてくると、もうダメです。心が潰れてしまいそうな毎日ですよ」
眉根にシワを作り、リリルカは続ける。
「夜眠る前なんて最悪です。周囲から音が迫ってきて、リリは世界に独りぼっちで、誰からも嫌われていて…………生きているのが嫌になるんです」
「……そうか」
「でも」
リリルカがカイトを見る。そこに浮かぶ笑みは、先程とはまるで違う、喜びに満ち溢れているような──
「不思議ですね。カイト様と、冒険に出掛けたあの日から」
柔らかな……そう表現して差し支えない微笑みで、
「あの音は、聞こえないんです」
締め括る。
カイトは何も言葉を発する事が出来なかった。
ああ、綺麗だな、と思う反面、怖かった。
今自分は感情を向けられている。
殺意でも、害意でもなく、同情や憐憫とも違う。
ごく僅かに経験していた優しさとも違う。
正体不明の感情を、リリルカはカイトに向けているのだ。
わからないことが怖いのではない。
ただ、その感情がもし、人間が持つ当たり前の何かなのだとしたら……それが理解出来ない自分は、果たして人と呼べるのだろうか。
そんな考えに至り、そこから先を考えることが怖くなった。
「さ、行きますよカイト様。あの格好です。きっと走り去るベル様を目撃した人は多いはずです。聞き込みですよ!」
歩き出すリリルカの後ろ姿……大きなバックパックで足元以外が隠れてしまった彼女に向けて、カイトは呟くように言った。
「俺は……リリに優しく出来ているのかな」
小さな声は、雑踏の中に消えていく。
「リリ、俺は変われているのかな」
どんどん歩いていく姿を追いかけながら、
「何も持ってない俺は…………いつか、消えてしまうのかな」
カイトの言葉は、ついにリリルカへ届くことはなかった。
………
……
…
ベル・クラネルは歩いていた。
正確には、勢いのままに走り出し、初の冒険で疲弊していた身体がそれを維持出来なかったため、もはや這々の体であった。
「……はあぁぁぁぁ」
深い溜め息が出る。
ざわ……
周囲の人混みからざわめきが立ち上がり、サッとベルの進む方向から人が消える。
それはそうだ。
自分のではないと言え、血塗れの少年が街中を歩いているのである。
冒険者で溢れるこのオラリオ市民にとっても、早々見慣れたものではなかった。
「カイトさん達に合わす顔がないよ……どうしよう」
先程の光景が脳裏に過る。
世界で一番みっともない人間がいるとすれば、あの瞬間、まさしく自分がそうだった。
ベルはそう思う。
なんであんな無謀なことをしたのか。
無茶をしても、助けてくれると期待していたのか?
どうにかなるなんて、都合良くも思っていたのだろうか。
「……きっと、思ってたんだ」
だってあんなにも強くて、
「頼ってた」
戦い方を教えてくれた。
「僕はそれだけで、自分も強くなった気でいたんだ」
そんなわけ、あるはずもないのに。
「僕なんかが、英雄になれるのかな……おじいちゃん」
こんな夢を持ったがために、今、苦しい。
「あぁ……消えちゃいたいよ」
ベルの瞳に涙が浮かび、堪えることも出来ずにこぼれ落ちる。
「──っうぅっ」
声までは、あげてなるものか。
懸命に歯を食い縛り、肩を震わせる。
ざわざわと、音がした。
まるで風が草原を走るような。
音がした。
ざわざわと、音がした。
「そこの君っ!」
そんなベルに、声が掛かる。
涙に滲んだ視界を上げると、そこには──
「大丈夫? 見たところ怪我は無いようだけど、凄い格好だね」
困ったように笑いながら、目には心配そうな色を浮かべる女性が立っていた。
「冒険者さんかな? 名前は?」
尖った耳が、彼女が森の妖精と呼ばれる種族の血を引く者なのだと悟らせる。
(エルフ……?)
「ああ、私はね」
何も言わないベルに、
「エイナ・チュールと言います。こう見えて、ギルド職員なのよ?」
そう名乗り、今度は安心させるように、もう一度笑って見せた。
………
……
…
「結局、戻ってきてしまいましたね」
遠くに暮れ行く夕陽を背にギルドを見上げ、リリルカは些か疲れた表情で言った。
「大通りをほとんど往復したからな。全く、途中で妙なチンピラに絡まれなければ、もっと速かったものを」
カイトもその眉間に、疲弊染みたシワを作りボヤいた。
「……カイト様は初対面の人に何かを尋ねるなら、もう少し以上に言葉を勉強してください」
リリルカの言葉に、
「え?」
そんな心外な、という具合の反応がカイトから返される。
「ちょっと挑発された位で下段から崩しにいく人がありますか!? あとビンタ! 人間が音も無く崩れ落ちるレベルとかダメに決まってますよね!?」
「彼らは素直じゃなかったんだ」
「物理的に素直にすることはぁ、会話とは呼ばないんですよカイト様ぁ!」
リリルカは膝から崩れ落ちそうになるのを必死に耐えた。
この人に人混みで聞き込みやらせたらダメだ。
この一時間あまりでリリルカが悟った真実である。
まず一言目。
『おい』から始まる。
分岐は2つ。
攻撃的な反応ならば足首を蹴り払い、泣きが入るまで折檻。話が聞けそうならば終始威圧して尋問。
そもそもなんで、明らかにチンピラ然とした連中に絞って聞きに行くのか。
リリルカが親子連れや女性を中心に聞き回っている後ろで、定期的に響く打撃音。
話をしている親子の顔がどんどん青ざめていき、子供から笑顔が消える。
そして、懸命に聞こえないふりをするリリルカに、声がかかるのだ。
「リリ、こいつらは外れだった。そっちはどうだ?」
子供は泣き叫び、それを庇うように震えながら前に出る親。
「おいおい……まだ何もしてないのに、そんな怯えることないじゃないか」
なあ? と、リリルカの肩を叩く。
そんなことが二度続き、最終的に十人目のチンピラから、『ベルが美人エルフに手を引かれてギルドに向かった』という情報を得るまで、リリルカはひたすら空を見上げて過ごすこととなった。
「ああいう連中の方が、その、話し掛けやすいんだよ。扱いにも慣れてるし」
「色々と言いたいことはありますが、今はベル様が優先です。良いでしょう、ええ、良いですとも」
むしろ得物に手をかけなくなった分、成長はしているのだ。
そう思い込むことで、リリルカは何とか自分を沈静化した。
「行きましょうカイト様。リリは先達として伝えなければいけないことがあるのです」
「ああ、俺だって、頑張った後輩を励ますことくらいできるさ」
二人は頷くと、ギルドの扉に手を掛けた。
後にカイトは語る。
『ああ、あの扉はまさに、地獄へ続く門に違いなかった』
──と。
たくさんの感想ありがとうございます。
そろそろお返しをしていこうと思います。