ダンジョンで真人間を目指すやつもいる   作:てばさき

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書き始めたら一気だった件について。
自分の端末が未だにリリカワを一発変換できることに感謝しつつ。


第27話 夢から醒めた紅兎

果たして、アイズ達が現場を視界に収めた時、既にミノタウロスは両膝を断ち切られて尻餅を突いている状態だった。

 

「うわ」

 

ティオナが声を漏らす。

あり得ないことが起こっている。

 

カイトが先程五階層で二匹のミノタウロスを倒したという仲間の言葉を、信じきれていなかったことが今になってわかった。

 

だが、現実はどうか。

 

少なくとも、意識があるかもわからない少年や、その襟首を掴んだまま鼻をすすり上げているパルゥムの少女よりは。

 

血の滴る黒剣を携えたカイトがそれをやったと言われた方が、何十倍も説得力のある話であった。

 

「う……ぅ」

 

その時、意識が無いように思われた少年が呻き声を挙げた。

見れば血塗れではあるものの、外傷は無いに等しい。

ポーションを投与されていたのだろう。

 

うっすらと赤目が開き、目の前の光景を視野に収める。

 

「!?」

 

驚愕の吐息が裂くように響いた。

 

ミノタウロスは尻餅を突いたまま、荒い鼻息で周囲を見渡している。

脚を失いなお、中層の暴れ屋はその闘志を失ってはいなかった。

自分は動けない。

なら、せめて、手の届く範囲にいる生き物を叩き潰す。

 

そんな思惑が透けて見えるような動作だった。

 

カイトは恐らく狙って、ギリギリその範囲外で剣を構えていた。

今のミノタウロスが向きを変え、襲い掛かるためには両腕を使わなくてはならない。

その瞬間を狙っているのだ。

 

(怖くないのかな)

 

ティオナは考える。

 

もし、今のカイトと同じ場所に置かれたら、オラリオにいるレベル1の冒険者は九割九分が逃げ出すだろう。

悲鳴を挙げて、武器を放り出し、脇目も降らず、仲間など見捨て、走り出すのだ。

 

それは当たり前のことである。

 

自身より想定レベルの高いモンスターと対峙するということは、そのような弱者を平然と生み出す出来事なのだ。

 

(だって、下手すれば死んじゃうし)

 

神がいて、奇蹟の加護が存在し、英雄だっているようなオラリオにおいてさえ、不変で在らざるを得ない事実。

 

死者は生き返らない。

 

当たり前過ぎる常識は、決まって死の影が色濃く覆った者の所へ顔を出す。

 

(驚いたなぁ)

 

カイトの顔に、恐怖の色は無い。

ただ当たり前のように、命を奪う瞬間を待っている。

 

(あんなの、他にもいたんだなぁ)

 

感心のような、呆れのような、ただ一息『ほうっ』と漏れた溜め息を合図に、状況は動き出した。

 

………

……

 

(生きてる)

 

目覚めてすぐに、ベルが思ったのはそれだった。

目の前が真っ暗なのは、自分が目蓋を閉じているから。

 

そして、動物のような呼吸音が聞こえるのは……──

 

「!?」

 

外気に触れた瞳が映したのは、2M先で座り込む暴牛の姿。

 

慌てた心と裏腹に、身体の動きはすこぶる悪かった。

まず、痛い。

次に、痺れ。

 

何よりも、血を失ったことから来る寒さ。

 

全てが初体験の中、今日初めて冒険に来たベルに抵抗の手段は存在しなかった。

 

ただ、恐怖の象徴であるかのように鎮座するミノタウロスの斜め前、自分に横顔が覗く位置で剣を構える、見慣れた姿。

 

「ぁ……」

 

(カイトさん……)

 

口が動かない。

 

(カイトさん……ごめんなさい)

 

涙も出ない。

 

(僕はリリを任されたのに)

 

背後から、嗚咽が聞こえた。

 

(何も出来なかったんです)

 

苦痛にまみれた身体を余所に、思考だけで言葉を紡いだ。

 

(教えてもらったのに)

 

「リリ、よく頑張った」

 

(全然、言う通りに出来なくて)

 

「ベルを連れて、逃げろ」

 

(今だって、助けてもらってて……)

 

なんて、情けない。

 

こんな自分──消えてしまえばいいのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

誰かの────溜め息が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぉあぁっ!」

 

 

ベルが人生で一番自分を嫌いになった瞬間、手足に力が舞い戻る。

それは、ようやく効き目の全てを発揮し終えたポーションがもたらした結果であるが、ベルには関係無い。

 

みっともない自分の暴走を、身体も後押ししている。

 

そうとしか思えなかった。

 

「逃げてたまるか!」

 

立ち上がり、目の前の牛頭を睨み付ける。

 

「かかってこいよ、このやろうっ‼」

 

最早、刃など欠片も残ってはいないナイフを手に、ベルは自らミノタウロスの殺傷半径へと足を踏み出した。

 

………

……

 

「ンのザコが!」

 

ベートが飛び出すために身を屈め、自分も同じく前へと駆け出す。

 

(間に合わないっ)

 

ティオナは瞬時にそれを理解した。

ベートも同様に、顔を歪める。

 

距離があり、少年は誰の目にも明らかな前のめり、逃げる気がない。そして何よりも、ミノタウロスは既に腕を振り上げていた。

 

「崩して!」

 

叫びを置き去りに、ティオナのすぐ横を恐ろしく綺麗な奔流が駆け抜けて行った。

 

その金色の奔流は、オラリオ最高の女剣士。

 

剣姫・アイズ・ヴァレンシュタイン。

 

僅か一足で、ミノタウロスへの距離を半分潰す。

 

まだ足りない。

降り下ろされ始めた巨腕を、その持ち主ごと細切れにするためには。

 

時間こそが、最も足りていなかった。

 

そしてそれを、誰よりもアイズ本人が理解していた。

 

だから叫んだ。

 

それで十分、通じると確信して。

 

 

「ふっ!」

 

 

当たり前のように、カイトは動いた。

 

剣を捨て、1Mの距離まで踏み込み、跳ぶ。

凡そ戦場で使ったことなど一度もない、助走をつけた跳び蹴りが、ミノタウロスの脇腹へと突き刺さる。

 

「ブゥオォウ!?」

 

バランスが崩れたことで、ミノタウロスの身体が揺れる。脚がない巨躯は、それを立て直すことが出来ない。

 

千金に値する時間が生まれる。

 

 

奔流は風を纏い、金糸を曳いて閃光となった。

 

 

まるで絵の具をぶちまけたような、それが、オラリオ史上初めて二階層まで進出したミノタウロスの最期だった。

 

 

………

……

 

場違い。

 

今、ベルが感じている感情がそれだ。

全身はミノタウロスの血でどす黒く染まり、惚けたようにへたりこんでいる。

 

凄かった。

煌めきを放つ、冗談のような美女に助けられた。

カイトとの連携も見事だった。

 

それこそなんで、

 

(僕は……なんで)

 

ベル・クラネルはここにいるのか。

 

何の必要もないのに。

 

「君……大丈夫?」

 

綺麗な人の声がする。

 

「ベル、良い気合だったが少し無茶だ。怪我は大丈夫か?」

 

頼もしい先輩が、自分を気遣う。

 

「ベル様ぁ……ご無事で良かったです……ヒック」

 

涙でグシャグシャな顔で、心配された。

 

何も出来なかった自分を。

 

 

先程までの自棄的な感情は薄れている。

まるで傷から生まれた熱が、悪意をもって身体を突き動かしたような気分だった。

 

外傷はポーションのお陰で殆ど残っていない。

傷とはすなわち、心にとってのモノだった。

 

敵わないなんてわかりきっていたのに、勝手に期待した。

 

もしかしたら、自分の力は通用するんじゃないかと。

 

結果は散々で、ともすればリリルカさえも巻き込んで、挽き肉になるところだった。

 

惨めだった。

 

ベルは息さえ殺して、込み上げてきた涙を堪えた。

 

怖かった。

 

死ぬかと思った。

 

カイトから頼まれたリリルカのことは、間抜けにも助けが来てから思い出す始末だった。

 

勘違いをしたのだ。

 

カイトがそうしたように、自分にだってミノタウロスを食い止める力くらいある。

英雄になるのだ。

それくらい出来なくて、どうするんだ。

 

さあ、行けベル・クラネル。

お前は冒険者なんだ。

 

そんな都合の良い励ましを、他ならぬ自分自身にかけ続け、ナイフを引き抜いたのだ。

 

勘違いだったのに。

 

怖くない、大丈夫、きっと大丈夫。

英雄になるんだろ?

 

目的が、自分の力になるなんて、都合の良い夢を見て。

足を踏み出したのだ。

 

結局それは、勘違い等ではなく、ただ──

 

怖くない、英雄になる、だから大丈夫。

 

粋がった間抜けの、妄想に過ぎなかったのだ。

 

挙げ句の果てに、この様だ。

心配をかけ、気遣われ、言葉も発せない。

 

最後に見た、カイトと女剣士の戦い様は、正しく自分がなりたい英雄そのもので。

キラキラと輝いていた。

 

ゴッコ遊び(・・・・・)などではない、果てしなく上の存在。

 

「おいおい、なんだぁこのトマト野郎は。かました挙げ句これとか、ちっと惨め過ぎんぜ」

 

自分を笑う声がする。

 

「う……」

 

「怪我は平気? 怖かったね」

 

その、綺麗な女剣士の言葉が切っ掛けで、

 

「うわああああぁっ‼‼」

 

何もかもから目を背け、ベルはその場を逃げ出した。





この章はあと二話くらいで終わります。

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