ダンジョンで真人間を目指すやつもいる   作:てばさき

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入院しました。
出てきたら仕事が僕を待っていました。

はい、すみません。
ぶっちゃけ書くことが出来る余裕がありませんでした。

少しずつですが進めて行きます。
感想も勿論返していきます。


第26話 呼び声の聴こえる方へ

「ベル様! こちらです!」

 

リリルカの先導する声が、ダンジョンの二階層に響く。

 

「っと」

 

後に続くように走っていたベルは、慌てて方向転換を行い、その小さなサポーターに追随する。

 

 

カイトと別れてからすぐ、少なくとも表面上、リリルカは落ち着きを取り戻していた。

自分達がカイトの助けになれないことを飲み下し、助けを呼ぼうという目的が出来たからだ。

 

しかし、頭の中は沸き上がる焦燥でいっぱいだった。

 

負けるなんて想像もしたくない。

だが、どうしても、ダンジョンの怖さをパーティーの誰よりも知るリリルカには、無事で済むという考えを許容出来なかったのだ。

 

「早く、早く行かなくては」

 

心を許せる存在を、求め続けていた。

こんな自分を、暗闇からさらっていってくれた人なのだ。

それを、一人っきりになんて、そんなの、

 

「ダメに決まってるじゃないですか!」

 

早く助けに戻り、また明日から、いつものように──

 

「──リリ!!!」

 

「え?」

 

大声で呼ばれ、振り返る最中、違和感に気付く。

 

暗い。

 

リリルカが知るダンジョンは、もう少し視界が明るかった。

 

暗い。

 

その割に、視界の端に映るベルの姿はハッキリと見える。

 

暗いのは、リリルカのすぐ横に、影を落とす何か(・・)がいるからで──

 

「あっ」

 

この階層のモンスターで、こんな大きな脚は知らない。

 

「ああ」

 

太い胴も、大きな肩も。

 

「そんな……」

 

牛の頭、感情の読めない瞳が自分を捉えていた。

 

巨木のような腕が、振り上げられて──

 

「リリ! ごめん!!」

 

脇腹に追突するような勢いで、ベルがリリルカを突き飛ばす。

二人が地面に転がる直前に、地響きのような音が、ミノタウロスの叩きつけた腕によって発生した。

 

「こんなの」

 

もし受けていれば、リリルカなど粉々になってしまうだろう。

 

「リリ、怪我はない!?」

 

ベルは身を起こしながらナイフを抜く。

もはや逃げを取れるだけの距離的優位は存在していなかった。

 

頭の中が、火を点けたように熱い。

地面に立つ己の足から感覚が消えていく。

ナイフを持つのが右手か、左手か、わからなくなる。

 

「落ち着け、落ち着けよ、僕!」

 

震えているのは声、手足、心──

 

「ベル様、無理です!」

 

知っている、そんなことは。

やるしかないんだ、今は。

絶対に(・・・)、負けられない!

 

 

今にも思考を止めてしまいそうな頭の中を、カイトに教わったことが早送りに流れていった。

 

「リリ、急いで上から、誰か呼んできて」

 

──デカイ相手なら、常に体勢を低く。

 

「それまでは、僕がこいつを止めてみせる!」

 

──初撃をかわしてやれば、どいつもこいつも前のめりに突っ込んでくる。

 

「やれる……やってやる!」

 

──ただし、自分が前のめりになっちゃいけない。

 

「うああああっ!!」

 

──小兵が一撃に賭ける姿ってのは、驚くくらいに惨めで、隙だらけなもんだ。

 

いくらでも、思い出せるのに。

ベルの身体はまったくその通りに動くことはなかった。

 

大きな踏み込みと共に、叩き付けるように振るわれるナイフ。

カイトの剣に良く似た黒色の、歪なシルエットをした刀身は、

 

「あ……れ?」

 

音もなく、姿を消した。

折れた、ミノタウロスの突き出した腕とぶつかって。

 

ああ、そうか。

だからか。

 

ベルの思考だけが、緩やかにそれを認識していた。

 

自分に向かって、蹄に覆われた拳が、今にも──

 

 

 

グチッ

 

 

 

「ベル様!!」

 

その、たった一度の交錯で、ベル・クラネルは新人冒険者から死体未満のボロ雑巾へと変貌した。

 

「やあああっ!」

 

リリルカが懐から引き抜いた魔剣を破れかぶれに振るうと、赤色の刀身から迸る火炎が、ミノタウロスの顔面を捉えた。

 

「ブモゥ!」

 

煩わしそうにそれを払いながら、巨躯が後ずさる。

 

「ベル様、しっかりしてください! ベル様っ!」

 

直ぐ様駆け出したリリルカは、走りながら取り出したポーションをありったけベルの身体にぶちまけた。

回復を待たず、襟首を掴んでその場を離れる。

 

「ううっ」

 

じわじわと身体を癒すポーションの効果か、ベルが僅かな呻き声を挙げた。

 

「こ、こんなところで、死なないでください! リリだって、死にたくありません!」

 

足が震える。

喉が緊張で焼き付く。

こんなにも『死』が間近にあったことは、リリルカの人生でも数えるほどしかない。

 

それも──

 

ズシッ

 

振り返ることすら──

 

ズシッ、ドス! ドス! ドスッ!

 

怖くて出来ない程の死は。

 

「うわあああっ!!」

 

片手にベルの襟首を。

もう片方の手に魔剣を握り、リリルカはろくに狙いもつけず背後へ振り切った。

 

恐怖に瞑りそうになった瞳に映ったのは、

 

「ブゥウゥオオオ!」

 

迫りくる炎を分厚い胸板で弾きながら突進してくる、ミノタウロスの姿だった。

 

「いいぃいやああああ!」

 

涙が溢れ出てくる。

歯がしっかりと噛み合わず、生まれてこのかた出したことの無い悲鳴を上げた。

 

「カイト様ーっ! 助けてくださいぃぃぃ!!」

 

そんな、気がつけば叫んでいた助けを呼ぶ声と、願いは、

 

 

「任せろ」

 

 

狙い済ましたかのようなタイミングで、成就する運びとなった。

 

………

……

 

「……結構、着いてくるね」

 

ティオナの呟きに、アイズは僅かに後ろへ目をやった。

そこには、先程出会ったばかりの同い年くらいの少年が後を着いてきていた。

 

「すぐハグレるかと思った。さすが、ミノタウロスを撃破しちゃうだけのことはあるってこと?」

 

ベートを含め三人は、カイトの頼みを結局は了承することにした。

 

『好きにしな。まあ、次の曲がり角まで着いてこれりゃあ、お慰みってヤツだ』

 

ベートの言葉が三人の心情を物語る。

それほどまでに、レベル1と自分達には大きな差があるのだ。

 

しかし、そう(・・)とはならなかった。

既に三階層。

黒髪の、イマイチ雰囲気が掴みづらい彼は、彼女達を追い抜けず、然りとて離されないようにしっかりと着いてきていた。

 

「ねえねえ、スカウトしたらウチのファミリアに来てくれるかな?」

 

ティオナは大きな瞳を好奇心に輝かせながら言った。

 

「くだらねえこと言ってんな、バカゾネス」

 

不機嫌そうなベートの口調に、あらやだ、と、褐色の少女は口元を笑みに象った。

 

「やだー、こわいねーアイズー、何だか機嫌も悪そうだしー……しばらく近付かないでおこうねー?」

 

隣を走るアイズの腕に……走りながら絡み付く、無駄に高性能な身体能力を発揮しながらも、速度は落ちない。

 

「テメエ! マジで噛み殺すぞ!!」

 

「こわーい、アイズゥ、助けてぇん?」

 

「……えっと、ベートさん、仲間にそういうの、良くないです」

 

「がああああ!」

 

「あー、負け犬の遠吠えが心地いいわー!」

 

「あと、ティオナも、走り辛いから」

 

なんだこいつら。

 

とてもじゃないが追い付いて、じゃれあいに混じるような真似は出来そうにないカイトは、どことなく元部下達を思わせるような会話に僅かな頭痛を感じていた。

 

そんなやり取りは、二階層へと続く階段の直前まで続いた。

いや、何も起こらなければ、もっと長くなっていただろう。

 

──急転は、突然だった。

 

 

「──うわあああっ!」

 

 

悲鳴だ。

少女のものだ。

 

眉を潜めるアイズ。

驚きを素直に表情に出すティオナ。

舌打ちを漏らすベート。

 

そんな三人の間を、風、と言うにはあまりに乱暴で肉厚な物体が駆け抜けていった。

 

カイトだった。

 

悲鳴の主を知っていた。

初めて聞く、恐怖に染まった声色だった。

自分の手が届かない所で、彼女がその様な悲鳴を挙げていた。

 

 

「えっ!?」

 

後ろで誰かの驚く声が挙がった。

 

関係ない。

 

「リリ……!」

 

その心に湧く焦燥の真因を、カイトはまだ知らない。

 

………

……

 

身体が軽い。

駆けながら、カイトは焦る頭の片隅で思考する。

 

オラリオに、ダンジョンに潜るようになってから、度々経験する不可思議な身体能力の上昇。

リリルカからはスキルの存在を説明されていたが、ヘスティアはそんなもの無いと言う。

 

……自分の主神は何かを誤魔化すとき、決して相手の目を見ようとはしないため、真実は明白ではあったが。

 

なんにせよ、カイトの力や速度に大幅な補正が発生するとき、大抵リリルカが側にいたことは確かであった。

 

それくらいは、カイトにだって理解できている。

 

つまりは、こんな──

 

「いいぃいやああああ!」

 

こんな、自分が──

 

「カイト様ーっ!」

 

手にするなんて余りにも──

 

「助けてくださいぃぃぃ!!」

 

「ああ────任せろ」

 

幸せに過ぎる、力じゃないか。




続きます。
週末には次をあげたい。

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