長い。
戦闘挟んでるとはいえ、さすが原作主人公の初ダンジョン。
そう言えば、カイト君も何気にまともな戦闘シーンは少なかった。
見辛かったら申し訳ない。
英雄ベル・クラネルは、自らの冒険譚を振り返るとき、初めてダンジョンへと挑んだ日のことを決まってこう話した。
『私の中の子供じみた憧憬は、あの日に塵と消えた。しかしだからこそ、きっとあの日から、我が人生が始まったのだ』
『今も色褪せることのない、過激かつ黄金の日々は、まさしくあそこがスタート地点だった……』
ベル・クラネルは懐かしむように目を細め、酒の入ったグラスに手を──
『……ねえ、待って、そんなに注がないで、飲めないから! ダメでしょ! ちょ、お父さん!? お子さんが暴走してますよ! 止めて! お酒に生きた虫入れないで!!』
『お母さんも! 笑ってないで!………………お前はそっから一歩たりとも近付くなよクソ金髪ゲス野郎!!』
『え、あ、嘘、嘘です! 止めて! 人の娘を抱いてどこかへ行こうとしないで!』
英雄ベル・クラネルへ直接インタビューして綴られた本、『ベルと愉快な仲間たち』は、そんな出だしで始まっていた。
─────────────────────
ミノタウロス────中層において、単独ではレベル2でさえ不覚を取ることもある、重量級モンスターの代表格。
筋骨隆々とした巨躯に牛の頭。
狂暴かつ獰猛な気性。
なまじ人体に近いからこその多彩な攻撃手段を持ち、これを打倒できるかどうかがレベル2となった冒険者の最初の関門と言ってよかった。
「逃げましょう。お二人とも、装備以外は捨てて行きますよ」
通路の角から姿を現した二匹のミノタウロス。
距離は二十M程度。しかし楽観は出来ない。
少なくともリリルカの知る常識において、今、追い付かれれば死は避けられない。
「よし、二人は先に行け。俺は連中の味が牛と同じなのか確かめてみる」
「止めてください! お腹壊しますよ! こんなときくらい言うこと聞いてください!」
「……逃げに徹するなら、相手をある程度手負いにしておくことが望ましい。これは勘だけど、そうしないと多分追い付かれる…………リリ、ベルを連れて出口へ向かえ。俺も後から行く」
カイトは言いながらミノタウロス達へ一歩踏み出し、剣を抜いた。
「ベル、リリを頼んだ」
返事は聞かずに、駆ける。
「リリ、行こう」
ベルは既に荷物をまとめ終えていた。
食料の類いは放り出し、魔石を集めた袋と武器のみを持っている。
「でも!」
「カイトさんが僕達へ逃げろっていったのは、あいつらと戦うのに足手まといになるからだよ」
不思議と冷静なベルの言葉に、リリルカは何も言い返せない。それが事実であるからだ。
接敵したカイトが剣を振るい、前に出ていたミノタウロスの右脚を深く抉った。
構わずミノタウロスが放った拳は、バックステップにより宙を切る。
「急ごう。今はそれしか、僕達にできることはないよ」
ベルはリリルカを促し、走り出した。
リリルカもそれに追従する。
二人は共通して、悔しそうな表情でその場を後にしたのであった。
二人の足音が遠くなるのを聞きながら、カイトは改めて戦況を分析する。
(でかくて堅くて、近接極振りか……苦手なタイプだ)
こんなときには、豊富な間接攻撃手段を持つ相方が欲しい。例えば、セイルの様な。
「ベル、槍とか使ってくれるかな……いや、向かないよな」
というか、武器全般の適正が低い。
体格や素早さからナイフを使わせていたが、今後のためには戦う手段を増やさねばならないだろう。
(ともあれ、こいつらか……抉った感じ、首さえ狙えればどうにかできるな。二匹ってのが難点だが──)
思い起こされる、戦場での記憶。
(まあ、経験がない訳じゃないか)
そもカイトの戦闘経験は、自分より大きな相手とのものが大半だ。
一対一など稀であったし、一撃もらえばお仕舞いなのはそれこそ今更だ。
元より、手負いにする程度で済ませるつもりなど毛頭になかった。
「ようし」
一息、そして突貫する。
狙うは無傷のミノタウロス。
丁度鼻息も荒く、カイトへ向かってきている。
もう一匹も前に出ようとしたが、抉られた脚の痛みか苦鳴を挙げて膝をついた。
カイトの黒剣は、カミソリのような切れ味で外皮を切り裂き、ノコギリのように傷口をズタズタにしていた。
もはや、あのミノタウロスがベル達を追うことは無いだろう。
「おおっ!」
ミノタウロスが凪ぎ払うようにして振るった腕を、体勢を屈めてやり過ごす。
どうやら頭は良くないようで、目の前でしゃがみこんだカイトへ蹴りが続くことはなかった。
ミノタウロスが振るったのは左腕だった。
だから、カイトのいる位置からは良く見えていた。
腕が振りきられた後、がら空きとなった左脇腹が。
そこへ、カイトは思いきり剣を突き立てて、身体の外側へ向けて振り抜いた。
剣幅分、胴体を抉られたミノタウロスは、悲鳴の様な声を挙げてカイトへと脚を突き出す。
技術も何もない、ただ脚を下から前方へ蹴り出すだけのそれを、カイトは左斜め前に踏み出しながら躱す。
同時に、振り上げていた剣の柄頭を思いきりミノタウロスの膝に叩き込んだ。
パキャッという、湿った破裂音が肉の内側から響く。
「ブモァアアアアッ!!」
狂ったような悲鳴を挙げながら、ミノタウロスは振りきっていた左腕をカイトに向けて叩きつけようとした。
怒りに燃えるその瞳には、憎い人間の姿しか写されていなかった。
その人間は、自分の膝に剣の柄を打ち込んでいた。
──
その刃は、ミノタウロスへと凶悪な切れ味を向けていた。
ミノタウロスは腕を止めなかった。
そこまでの判断は出来なかったし、何より痛みと怒りは只でさえ低かったその知能を完全に奪い去っていたのだ。
結果として、ミノタウロスは自分から剣の刃に腕を叩き付けることとなった。
分厚い筋肉に覆われた腕の半ばにまで、刃は食い込んで──……
「……マジか」
カイトはそう漏らしながらも、地面を蹴ってバックステップを開始していた。
理由は単純である。
姿勢を崩しかけながらミノタウロスが放った一撃は、刃の迎撃を受けてなお、その圧力が減ることが無かったからだ。
飛び退ろうとするよりも速く、その圧力はカイトの身体を五Mは離れたダンジョンの壁へと吹き飛ばした。
「っ痛ぅ…………なるほどな」
壁への衝突で、一瞬息が詰まりそうになったカイトは、剣を下ろして握りを緩める。
「一発の交換じゃ、分が悪過ぎるのか……リリが逃げろと言うわけだ」
幸い、そこまでの痛手は受けていない。
カイトが大枚叩いて手に入れた軽鎧は、さる中堅どころの鍛冶系ファミリアで特注した逸品だった。
……金さえ払えば例え駆け出し相手であっても、不相応な装備を提供することでも、有名なところだ。
セイルの紹介である。
背中から固いダンジョンの壁に衝突したカイトの胴体を、軽鎧は中層以下で採取される素材で作られた装甲でもって、見事に護りきっていた。
「まあ、でもそれだけだ」
剣の握りは緩めたままで、前傾姿勢になる。
「行くぞ牛頭。俺相手に手足に傷を負って、生き延びたやつはいないんだ」
戦いの途中で、気分が高揚することはカイトにとって珍しかった。
「肋切り落として、あいつらへの土産にしてやる」
不思議と悪い気分にならないのは、相手が人間ではないからか。それとも、戦う理由そのものが変わったからか。
疑問は尽きぬまま、カイトは再び、ミノタウロス達へと走り出した。
一方で、二匹のミノタウロス達は生意気な人間を潰し殺してやろうと戦意をみなぎらせていた。
先に脚を抉られた方はなんとか立ち上がり、もう一匹はその場に膝立ちとなったままでカイトを睨み付ける。
「そんなに睨むなよな……」
カイトは、膝立ちになったミノタウロスへと向かう。
動線を工夫し、もう一匹と一直線になるよう調整。
接敵に時間差を作り出す。
「怖くなるだろうが」
膝立ちのミノタウロスが振るう右腕を掻い潜り、カイトの剣はこれまでにない速度で牛頭の突き出た鼻を斬り上げた。
下顎から眉間近くまでを両断されたミノタウロスは、右手で傷を押さえて音にならない鳴き声を漏らす。
カイトは構わず身体を屈め、右へと跳躍。
背後から迫ってきていたもう一匹のミノタウロスは、仲間の身体が妨げとなり、一瞬カイトの姿を見失った。
「少しは笑って見せろ!」
そのミノタウロスの、さらに背後から回り込んだカイトは、両腿を通るように剣を振り切り、すぐさま斬り返した。
下腿筋の切断により重心をコントロール出来なくなったミノタウロスは、その場に尻餅を突きながら、背後を見やる。
最後に写ったのは、自分の首へと迫る黒い刃だった。
「まずは一匹、と」
首を切断したミノタウロスを一瞥すると、カイトは残る一匹へて目を向ける。
左半身をボロボロにされ、顔面の三分の一を真っ二つにされたミノタウロスは、戦意はあれど既に死に体だった。
荒い息が止まらず、立ち上がることさえ出来ない。
「チョロいもんだ」
カイトはミノタウロスの左手から回り込んだ。
それでもまだ、両腕を滅茶苦茶に振り回しながら飛び掛かれば、極僅かな勝機はあった。
──が、
突如、金色の光が走ったかと思うと、カイトがまさに斬り掛かろうとしていたミノタウロスは、五体をバラバラにされて散らばった。
「あぁ?」
「……ごめん、なさい。勢いが止まらなくて……」
金色の正体は女だった。
薄暗いダンジョンにおいてなお、『光輝く』という言葉が似合うほど美しい金髪。
カイトをしてほとんど察知できなかった接近、剣閃の煌めき……確信に時間は掛からなかった。
(レベル4……いや、5以上はあるか)
カイトの人生史上、出会った中でも間違いなく最強の存在だった。
「別にいいさ……それで、何か用か? 無ければ、仲間の後を追いたいんだが」
敵対すれば勝ち目はない。
一分の隙もなく、紙一重の逆転目もない。
奇跡は起こり得ず、万に一つの救いもない。
(凄いなぁ……本当に化け物ってのはいるんだなぁ)
腰にある剣は、紛れもない一級品だろう。
それと先程の剣閃だけで、彼女が近接職としてどれだけの高みにいるか、想像に固くない。
(自分の得意分野で、ここまで上をいかれたのは初めてだ)
きっと戦場で、自分に殺された連中は同じような気持ちだったのだろう。
どうにもし難い絶望感。
(敵として会わないで良かった)
そこに尽きる。
「用は、とくに。ただ、私達が取り逃がしたから……迷惑をかけたかと」
女はどこか感情の薄い声で話した。
「そうか……あ、カイト・アルバトスという。冒険者になって二ヶ月の、駆け出しだ。ぜひ今後とも、敵にならないことを願う」
剣を納め、自分が斬り落としたミノタウロスの頭を持ち上げる。ついでと言わんばかりの自己紹介に、女は首をかしげる。
その瞳は驚きに見開かれていた。
「二ヶ月……? じゃあ、レベル1?」
「ああ、そうだ」
「強いんだ、ね……あ、アイズ・ヴァレンシュタインです」
アイズ、と名乗った女は、たどたどしい感じに話を続ける。
初対面の人間と話慣れていないのだろう。
どことなく親近感を覚える不器用さだった。
「どうやって……そんなに強くなったの?」
「強い? あんたに言われると、嫌味にさえ思えないな」
腕を組み、憮然といった表情で吐き落とすカイト。
「レベル1で、ミノタウロスは普通、倒せない。それも、二匹は絶対無理」
だが、目の前の男はそれをやった。
自分は最後の最後で、余計な手出しをしただけだ。
あのままであっても、この男の勝ちは揺るがなかっただろう。
それは、同時期のアイズには出来なかったことだ。
「あー……その、どういう答えを望んでいるか判らないし、さっき言った通り仲間を追い掛けなきゃならん。話はまた後でも良いか?」
しかしカイトにも事情がある。
「また今度、会ったときにでも。な?」
「……わかった。私、ロキ・ファミリア。あなたは?」
「ヘスティア・ファミリアだ」
アイズはその名前に聞き覚えが無かったが、主神であるロキならば心当たりがあるかもしれない。
これが最後の対面とはならないだろうと判断する。
「おーい、アイズー! 先に行き過ぎだよー!」
「ちっ、うるせえ女だ。黙って走れねえのかよ」
通路の向こうから、アイズを呼ぶ声が響いてきた。
どうやら、会話はこれまでのようだった。
………
……
…
「も~アイズってば、あんだけ戦った後なのに、元気有り過ぎ! 置いてかれたあたし達が悪いんだけどさ」
そう言ってアイズの首に抱きついたのは、とにかく元気そう、という印象のアマゾネスだった。
「ごめんなさい」
彼女……ティオナ・ヒリュテに対して頭を垂れるアイズは、
「そもそもテメエが道を間違えたりしなけりゃあ、問題なかっただろうがバカ女が」
ベートの悪態にティオナを見る。
「あ、あはは……もう、なんで言うの!? このバカ犬!!」
「誰が犬だ! バカゾネス!」
「カッコ付け犬!」
「ぶっ殺す!」
「シャー!」
「おい」
完全に置いてきぼりだったカイトは、嫌々ながら声を掛けることにした。
「あ……」
アイズもそれを聞いて申し訳なさそうに漏らした。
「うん? あなた見ない顔ね……あっ、もしかしてアイズに助けてもらった? いやー、危ないとこだったねえ」
コロコロと表情の変わるティオナに、カイトは引き気味だ。
苦手な……アマゾネスと言うだけでもその部類に入る彼女のテンションに、ついていける気がしなかった。
「違うよティオナ。私が来たときにはほとんど終わってた」
アイズの言葉に、ティオナは大きな瞳を見開いた。
「えーっ! この階層のこんな端っこにいるってことは、あなたレベル1とかじゃないの!?」
「まあ、そうだけと……」
「レベル1でミノタウロスに勝ったの!? 強いんだね!!」
「う、うん、ありがとう」
近い。距離が近い。
離れてください、お願いします。
「けっ、どっちにしろザコに用はねえ。こっちもまだやることがあるんでな」
「……そいつはすまない。だが、こちらとしても早いとこ仲間と合流しなきゃならん」
「なら、とっとといっちまえ」
吐き捨てるように、ベートは続けた。
「
その言葉に、背中を嫌な汗が伝う。
「まだ、いるのか?」
「あと一匹だっつったろ。すぐ片付く」
今カイト達がいるのは、五階層の本道から外れたエリアだ。
ぐんぐん先に進んでいくカイトを抑えるため、リリルカが誘導したからだ。
そして、ここには今まで二匹のミノタウロスがいた。
では、残る一匹は?
最短ルートで、さらに上へと向かった可能性が高かった。
「もし……今日初めてダンジョンに入った子供が、あの牛頭と遭遇したとして」
猛烈に、込み上げてくる予感。
「逃げ切れるか?」
「無理じゃない?」
「難しいと、思う」
「まあ、死ぬな」
先に、逃がすべきではなかった。
一緒にいてやれば。
そんな後悔がカイトを襲う。
「俺は、探索はいつもサポーター頼みだ」
だが生憎と、後悔で足を止めるような生き方を知らなかった。
「すまん、後輩がアレと出くわした可能性がある。すぐにでも追い付きたい」
「んなこたぁ、テメエが面倒見ろよ!」
ベートの言い分は正しかった。
「道がわからん」
「えぇ……」
「はぐれたら、置いていって構わない」
持っていたミノタウロスの頭を放り捨て、カイトは三人へ頭を下げた。
「俺も、同行させてくれ」
ベートのコレジャナイ感ががが
ロキ・ファミリアではティオナかママ・リヴェリアが好きです。