ダンジョンで真人間を目指すやつもいる   作:てばさき

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戦闘シーン程、疲れるものはない。
リリなら話は別だけど。

次は少し開きそうです。
その間に、感想返しをさせていただきます。

いつも読んでいただき、ありがとうございます。


第24話 はじめてのだんじょん Case Rabbit 後編

「お」

 

カイトがそう言って足を止めた。

リリルカは即座に背後へ気を配り、小さく「問題ありません」と言葉を送った。

 

ベルが何事かと、カイトの見る方へ目をやれば、そこにはゴブリンが三匹、何をするでもなく突っ立っていた。

 

「丁度いいかな」

 

カイトは呟き、

 

「そうですね」

 

リリルカも同意する。

 

どうやら、ベルのデビュー戦相手が決まったらしかった。

 

「ベル、まずは手本を見せるから、俺の後で五秒数えたらついてこい」

 

「は、はい」

 

僅かな緊張と共に返事をするベル。

先程までの高揚など嘘のように、戦いへの恐怖が頭をもたげてきた。

 

「大丈夫、チョロいもんだ」

 

安心させるように言い放つと、カイトは黒剣を引き抜きながら走り出した。

 

「ぜりゃあ!」

 

ブツッ、ビリビリビリィ!

 

剣で斬られた生物が、上げてはいけない音がダンジョンに響いた。

 

「ギギィッ!!」

 

あっという間に、仲間の内の一匹が物言わぬ──

 

「キィ、キイィ……」

 

……なんで生きているのか不思議な姿にされて、残る二匹のゴブリンは恐慌状態に陥った。

 

「せいっ」

 

内一匹の顔面に、カイトの蹴りが入る。

 

ブチュ

 

憐れなゴブリンの頭部は見事に四散した。

 

「よし、ベル、残りは任せた」

 

カイトが振り返ると、そこには一歩踏み出した姿勢のままで固まったように動かないベルの姿があった。

 

いや、一ヵ所だけ動いている。

顔……頬だ。

震えながらに動く表情筋は、ややあってある表情を作り出した。

 

苦笑いである。

 

「ギ…………ギギギィッ!!」

 

多分、こんちくしょうとか、やったるわー、といった具合の言葉だろう。

後にリリルカはそう語った。

 

ともあれ、五体満足な唯一のゴブリンは駆け出した。

この場でただ一人隙だらけの様相を晒すベルへと向かって。

 

「ベル様っ! 構えてください!」

 

慌てたリリルカの叫びに、微かに残留したベルの正気が反応した。

……リリルカの予想を大きく裏切る形で。

 

近づいてくるゴブリンに対して、ベルは態勢を低く、利き脚を前にしてスタンスを広くとった。

いつの間にかその顔は、思考を読ませない無表情なものへと変わっていた。

 

そのまま、三Mの距離までピタリと静止。

ゴブリンがその距離に侵入した瞬間、ベルが動く。

 

ゴブリンよりも低く頭を下げて、飛び込むように距離を詰めた。

その勢いに思わずといった具合で速度を緩めたゴブリンの真横を、すり抜けるように駆けていく。

一筋、赤い血線を曳きながら。

 

ゴブリンの左足、その膝が、半ばまで断ち切られていた。

 

 

距離が離れていたリリルカには、その後のベルの動きを一部始終、捉えることができた。

 

 

駆け抜け様に膝を切り裂いたベルは、身体を支えきれず左側に傾き始めたゴブリンの背後で、反転。

軸足を地面に打ち下ろし、残った方の足を大きく弧を描くようにしながら身体の向きを変えた。

 

そのまま、軸足で身体を前方へ弾き出すように加速する。

 

「ギビィッ!」

 

ゴブリンが崩れながら、ベルが駆け抜けた方へ顔を向けた。

 

もはやそこに、白兎の姿は残っていなかった。

 

ゴブリンの身体を中心に、往復するように戻ってきたベルは、左斜め下から無防備なその背骨を切断した。

 

「……嘘でしょう?」

 

ゴブリンが動かなくなった後、リリルカの呟きが落ちるように響いた。

 

ゴブリンはダンジョン最弱のモンスターだ。

多くの冒険者が最初に倒す相手であり、一対一でなら負けるなどあり得ないだろう存在。

 

だからリリルカも、例え初心者とはいえカイトの指導を受けたベルが負けるなどとは露ほども思わなかった。

 

問題なのは、勝ち方だった。

 

ベルの戦い方は、一言で言えばカイトの様であった。

悪辣に痛みを与え、一番隙の大きい急所を狙い打ち。

 

「ダンジョン初心者がゴブリンにする勝ち方じゃないですよ……」

 

驚くべきは、たった一週間でこれをベルに仕込んだカイトか。

実際にやってのけたベルか。

 

「……あ、勝てた」

 

呆けたように漏らしたベルが、その場にへたり込んだ。

その顔は、すっかり年相応のものになっている。

 

先程の僅かな戦闘時間に見せた、感情を削ぎ落としたものではない。

ただの少年のようだった。

 

(踏み出してから切り返しまで、まるで迷いが無かった……多分、ご自分の射程距離を完全に把握して、その中でできる動きを反復してきたのでしょうね)

 

ほぼ死に体だったゴブリンにトドメを刺したカイトが、こちらへ歩いてくるのが見えた。

 

「ベル……」

 

初戦闘を終えた後輩を労うのか、そうリリルカが思っていると、

 

ゴン

 

と、ベルの頭にカイトの拳が振り下ろされた。

 

「ぅあいてっ!」

 

「なっ……」

 

驚くリリルカを余所に、頭を押さえて蹲るベルの前へカイトがしゃがみこんだ。

 

「何故、膝頭を狙った?」

 

「うぅ……丁度、重心が乗っていたので、バランスを崩せると思いました」

 

「膝頭は強度の違う骨が組まれた場所で、刃が止まりやすいと教えたな?」

 

「あ……」

 

「ああいうときは、内腿の筋肉を斜めに抉れ。踏み込みは弱まるし、体重をかければ傷が開きやすい」

 

「それは……」

 

「結果論で話していいのは戦略家だけだ。俺達みたいな近接職(アタッカー)はな、どう殺すかを突き詰めていかなけりゃ、その内死ぬのさ」

 

カイトが最初に斬り裂いたゴブリンを指し示す。

 

「いつか、あんな具合に」

 

苦しみという言葉を体言したようなゴブリンの姿に、ベルは何も言えなくなってしまう。

 

表情を消して、頭を冷静に、繰り返した動作のイメージをなぞる最中で、初戦闘という緊張が攻撃の選択肢に影響を与えた。

 

カイトがくれたナイフだったから、膝を半ばまで断てた。支給品であれば、こうはいかなかった。

 

「ご、ごめんなさい……」

 

すっかりしょげてしまったベルの頭を、カイトはそっと撫でた。

不器用な、恐る恐るといった具合ではあったが。

 

「だが、背骨を狙ったのは良い判断だ。同じ展開なら、俺もあそこだった」

 

顔を上げるベルに、カイトは微笑んだ。

縦に割れる構造の背骨は、横一文字に斬るには手こずるが、斬り上げたなら話は別だ。

 

「切り返しからの斬り上げは、今までで一番の角度だった。あれなら例え背骨を断てなくても、深く背筋を抉ることが出来ただろう。そうなれば出血が止まらず、放っておいてもお前の勝ちだ」

 

「カイトさん……ぼ、僕、次はもっと上手くやって見せます!」

 

「ああ、大丈夫だ。お前ならできるよ」

 

心暖まる師弟の会話──当人達にとっては──であった。

 

 

「笑顔で交わす内容じゃないでしょうに。なんですかこのエグい会話は」

 

あと、最初の一匹が気の毒過ぎる。

リリルカの指摘は、届かぬままに反響して消えた。

 

………

……

 

それからも、ベルはカイトの指導のもと、小規模な戦闘を繰り返し行い経験を積んでいった。

ゴブリンを二十匹も倒す頃には、カイトからの指摘もほとんどなくなっていた。

ベルをダンジョンに慣らすという当初の目的は、ほぼほぼ達成されたと言って良かったのだ。

 

 

 

 

 

ここが、五階層(・・・)でなければ。

 

 

 

 

 

「オソラキレイ」

 

「あああぁ、ベル様っ!? しっかり! ちょっとカイト様!」

 

「ベルなら大丈夫だ!」

 

「アホですか! 見てくださいよ! 先程から虚ろな目で現実逃避しながら戦ってるんですよ!?」

 

「戦ってるなら大丈夫!」

 

「ぐおぅ……」

 

リリルカは頭を抱えてしまう。

いつもは十階層を越えるまで続くカイトの『あとちょっと』が、五階層で止まったのは奇蹟と言って良い。

 

「ハー、オソラキレイダヨゥ」

 

とはいえ、お陰でベルはこんなんだった。

 

ウォーシャドウは成り立てのレベル1が一人で相対するには危険だし、戦ってはいけない代表格のモンスターだ。

 

そして、そんなウォーシャドウを現実逃避しながら斬り刻むようにして惨殺できるレベル1などそうはいないし、いてはいけない。

 

そう、リリルカ最大の誤算は、ベルがこの階層に至ってなお、なんとか通用している(・・・・・・・・・・)ことであった。

 

(とにかくエグい! あぁ、ウォーシャドウの爪、もう一本も残っていませんね……あ、それでも今度は足回りに行くんですね…………動かなくなりました)

 

そうして、通路で遭遇したモンスターは全滅した。

その間、ベルには目立った外傷も無い。

 

「オッキナ クモガ ナガレテ イクョ」

 

(あかん)

 

リリルカは今、ベルが自分よりも高みへと至ったことを確信した。

 

すなわち、『現実逃避しながら殺し』の習得である。

 

的確に相手の戦力を削ぎ落とし、次いで機動力を奪い、動くだけで深くなるような傷を無数に与え続ける。

 

目は虚ろ。

ここではないどこかを幻視しながらも、手は止まらず。

 

成果で言えば、それこそ非常識極まりなく──

 

「ベル、グッジョブ!」

 

黙れ現実。今考え中だ。

 

戦い方ならば、間違いなくカイトのせいだ。

が、リリルカがもはや見慣れたそれよりも、ベルのやり方は遥かにエゲつなかった。

 

それは単純に、獲物の問題であろうか。

極めて殺傷性能の高い武器を持つカイトは、積み上げた経験と相成り、傷を負わせることと殺すことを平行して処理できる。

 

一方でベルの獲物は大振りなナイフのみ。

経験も浅い彼には、必然的にまず傷を与え、弱らせてから仕止める方法を選ばざるを得ないわけだ。

 

武器が一緒なら、恐らくカイトも似たような戦い方となるのだろう。

なるほど、理解した。

 

納得……

 

「できますか!」

 

「リリは間違ってないですよね!?」

 

「ベル様は恩恵を授かってまだ一週間ですよ!?」

 

「何ですかあれは! 普通にリリより強いんですけど!?」

 

「別に悔しくないですけども!!」

 

「なんか納得いきません!!」

 

「別に悔しくないですけどもー!!」

 

リリルカはひとしきりダンジョンの天井に向かって叫ぶと、息を荒げながら二人を見た。

 

二人も、リリルカを見ていた。

 

「リリ、どうしたんだ急に。腹でも減ったか?」

 

「オソラガ……はっ、ど、どうしたのリリ!?」

 

「……別にぃ、なんでもぉ、ありませぇん」

 

酷くヤサぐれたパルゥムの姿がそこにはあった。

 

「ふんだ。いいんですよそうやって、リリを除け者にしてお二人でいつまでも楽しく、勝手に殺戮を続けていればいいんです」

 

ぷいっ

 

「別に、今日初めてダンジョンに潜るベル様にお姉さん面してやろうとか、面倒見の良いところを見せちゃおうとか、いつも二人で潜っているコンビの姿を印象付けて、ベル様経由で主神様を懐柔しようだなんて」

 

あ、懐柔知ってたんだ、とベルは思った。

 

「これっぽっちも思ってませんでしたし!!」

 

ぷいぷいぷいっ

 

「リ、リリ、落ち着いて……そうだ、目を閉じて空を思い出そう! 気が付くと色々終わってて便利なんだ!」

 

「そ、れ、は! こっち側の住人のスキルです! あっち側のベル様には勿体無いってもんです! 何勝手に昇華させてるんですか! 返してください!!」

 

「いや、返せって言われても……て言うか、あっち側って何?」

 

困ったように尋ねるベルに、リリルカはこれ以上無い程簡潔に答えた。

 

「カイト様は勿論のこと……団長──セイル様とも同じ側です!」

 

「………………ッゴハ」

 

その答えがベルに与えたダメージは計り知れなかった。

まるで魂が抜けたように、ベルは膝から崩れ落ちた。

 

「ぼ、僕が、せ、せ、せっ、セイルさんと、おおお、同じ?…………オソラキレイ」

 

ベルは再び、遥かな大空へと旅立った。

 

「何を言うかと思えば」

 

カイトは呆れたように続けた。

 

「俺がこうやって、まるで真っ当な人間みたいな生活できてるのは、神ヘスティアや……リリが居てくれるからじゃないか」

 

いや、特に真っ当ではないです。

虚ろな目をしたベルは思った。

 

「俺達だけで勝手に、とか、そんな寂しいこと言わないでくれよ」

 

そんなカイトの言葉に、頬を膨らませたリリルカは暫し置き、

 

「もう一回言ってください」

 

こしょこしょと呟いた。

 

「俺が──」

 

「そこはいいです」

 

「神ヘスティアやリリが──」

 

「前半は余計です」

 

「……リリが居てくれるから、俺はとても楽しい」

 

「………………えへ」

 

にへら、そんな音が聞こえてきそうな笑みだった。

 

もうなにこいつら、爆発しちゃえよ。

ベルは穏やかに思った。

 

「……少し休憩して、戻りましょうカイト様。これ以上は、ベル様も限界のようです」

 

落ち着きを取り戻したリリルカは、優秀なサポーターとして職務を全うしようと動き出す。

 

(僕を限界にしたのはリリだけどね……)

 

言葉にできない何かを抱えて、ベルはまた一つ大人になった。

 

………

……

 

三人は静かになった通路で軽食を摂りながら、それぞれに身体を休めていた。

警戒はしていたし、幸い近くの壁からモンスターが産まれることも無かった。

 

あとは既に産まれ落ちているモンスターの接近にだけ気を付ければ、問題は無い。

 

だから、

 

ガラッ

 

石の崩れる音に、三人は同時に顔を向けた。

 

 

最初にベルは、『あれ、現実逃避のし過ぎで幻が見えるようになっちゃったのかな?』と思った。

 

カイトは、『こんなところにも牧場があるのか』と感心した。

 

リリルカだけが、まずあり得ない緊急事態の起こりを認識できた。

 

三人が身体を休めているダンジョンの通路、その先にある曲がり角から──

 

 

 

 

 

二頭の牛(・・・・)が、頭を覗かせていた。

 

 

 

 

 

「ミ……ミノタウロス!?」

 

 

ベル・クラネル初めての冒険は、まだ終わらない。

 




速報、原作突入

リリが可愛すぎるため書いていて無理やり可愛くしすぎているんじゃないかってすごく心配だけど、そもそもリリが可愛いのはもう仕方ないことだから気にしないことにした。

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