ああ、リリ可愛いよリリ。
気苦労してるとことか最高。
なお、ベル氏は実害担当。
ベルがファミリアに入って一週間。
ついに念願のダンジョンへと挑戦する日がやってきた。
装備はカイトのお下がりであるチェインメイルの上から厚い生地で作られた冒険者用の服。
ファミリア入団初日にギルドから支給(後払い)された申し訳程度に急所を守る軽鎧。
そして、同じくカイトから譲られた大振りのナイフである。
「ベル君、絶対に無理しちゃダメだよ? くれぐれも、サポーター君の言うことを良く聞くんだ」
心配そうに声をかけるヘスティアに、ベルは不思議そうに聞き返す。
「リリルカさん、ですか?」
そこはカイトではないのか。
普段言い争っているのを知っているだけに、奇妙なお願いだと思った。
「……少なくとも、キミ達三人の中では彼女が一番のベテランさ。なあ、ベル君……くれぐれも、くれぐれも!」
力を込めて、ヘスティアは言った。
「カイト君を、一人で突っ走らせないでおくれ」
大事な家族である。
信頼しよう。
心から愛そう。
だが──
「カイト君はね、ほんの少しだけ特殊な環境で育ったんだ。決して、彼が悪いとか言うつもりはない。けどね……」
言わなければならない。
「彼とキミでは、命に対する価値観が違いすぎるんだ。自分自身はもちろん、他人に対しても。そもそも、命に価値が見出だせないのかもしれない」
大切なことだからこそ。
「それは不幸なことなんだ。同じようになんて出来っこないし、出来ちゃいけない」
業腹だが、リリルカにも前に、同じことを頼んだヘスティアである。
「彼自身、それに気付いていて、変えたいって頑張ってる。ボクもいつか、きっといつかは、変われるって信じてる。でも今はまだ──」
────ゆっくりと歩いてくれる人が、隣に必要なんだ。
「カイト君の生き方は、ベル君とは大きく違う。でもだからこそ……ベル君こそが、彼を救ってあげられるかもしれない」
真剣な瞳を向けてくる主神に、ベルは懸命に言葉を探していた。
「よくわからないことを言っていると思う。でも、カイト君は──」
「神様」
ベルは同じく真剣に、目の前の女神に向き合った。
「確かによくわかりません。でも、きっと大丈夫です」
同じファミリアに属して、まだ七日目だ。
初めて出会った時をいれたって、お世辞にも長い間とは言えない程度の付き合いである。
それでも、わかることはあった。
「カイトさんはズレてます」
「……うん」
「結構、エグいです」
「うん」
「でも、おっかなびっくりな感じですけども……優しい人だと思います」
「うん……そうだね」
「それに、こんなにも心配してくれる神様や……リリルカさんがついてます」
ベルは穏やかに、見るものを安心させるように笑った。
「僕だって、そんな人たちの一人で、家族です」
「うぅ……ベル君!!」
堪えきれないで、ヘスティアはベルに抱きついた。
「キミは、キミはなんて良い子なんだ!! 可愛いだけじゃなく良い子とかなんだ! ボクへのご褒美なのか!? 遠慮しないぞボクはぁ!!」
「わっ、わっ、か、神様!?」
「絶対に無理しちゃダメだからね!? キミだってボクの大事な大事な、家族なんだからね!?」
泣きわめく主神と兎のじゃれあいは、リリルカを伴ったカイトが戻るまで続いた。
………
……
…
「それでは、心の準備はよろしいですか? ベル様」
泣きながらいってらっしゃいと送り出すヘスティアの姿が見えなくなってから、リリルカはそう切り出した。
「リ、リリルカさん、様は止めてって……」
申し訳なさそうに言うベルだったが、リリルカには通じなかった。
「ダメです。サポーターが冒険者様と対等である姿など、他の方々に見られでもしたらどんなトラブルに遭うか、わかったものではありません。ベル様も、リリとお呼び捨てください。敬語も不要です」
「と、トラブルって…………もう、わかったよ、リリ」
「結構です。それで、覚悟はお決まりですか?」
にこりと笑い、リリルカは再度問う。
「うん……いや、少し怖い、かな。でも、それ以上にドキドキしてるよ」
楽しみで──言わなくても伝わってくるような、嬉しさと緊張の入り交じった顔だった。
「……お気持ちはわかります。誰もが初めはそういうものです」
苦笑を返しながら、リリルカはさらに続ける。
「振り返ってみてください、ベル様」
「え?」
言われるままに振り返ると、まだ閑散とした街並みが目に入る。
「上です」
そこには、遥かに広がる蒼穹の光景。
「忘れないでください」
リリルカの声が、ベルへと。
「ダンジョンでは決して見られないこの空を、決して忘れないでください。目を閉じれば思い出せるように」
「……忘れられっこないよ、こんな綺麗な空を」
「現実逃避に必要となります」
「ん?」
「世を儚きたくなったり、精神的に『あ、これダメなやつだ』とか思ったり、今ベル様が抱えている期待や希望が粉微塵に砕け散ったりしたときに、目を閉じてこの空を思い出してください。辛い現実が忘れられます。三秒くらい」
思わず視線を戻すと……そこには、初めて見る死んだ目のリリルカがいた。
「え、なにそれ怖い」
「大丈夫ですよ、慣れているリリも三秒が限界値です。追い付かれますから、現実に」
「なにそれも怖い」
「おい、どうしたんだ?」
立ち止まった二人に対し、カイトが声をかける。
リリルカは渇いた笑みを返した。
「いえいえ、別に。ちょっとした心構えのお話です。今日これからダンジョンに挑まれるベル様の」
そしてベルは、何となく理解する。
──……ああ、つまり、この人が
と。
………
……
…
三人はダンジョンへと続く入り口で、同じように冒険へと挑む冒険者達の列に並んでいた。
「取り敢えず、今日はまず一階層でベル様のデビュー戦といきましょう。行っても二階層までです」
いいですね、と、リリルカはカイトに対して告げた。
「わかった」
「いいですか、まずは一階層ですよ。そこで三戦以上してから、二階層です。それ以上には進みません。いいですか」
わかりましたね、と、リリルカはカイトに対して強く繰り返した。
「わかったとも、大丈夫だ」
「ベル様は今日が初めてなんです。二階層だって、まだ早い位なんです。戦いに慣れない者にとって、ダンジョンとは本当に危険な場所なんです。くれぐれも──」
「リリ、そんなに念を押さなくとも大丈夫だ。俺だって、無茶はさせないさ」
カイトはうっすらと笑いながら返す。
「──二十分の三回、カイト様がリリのこうした予定をお守りいただけた数です」
え、と、ベルの驚愕が漏れる。
マジですか、勘弁してくださいよカイトさん。
そんなニュアンスだ。
「カイト様、本当に、本当にお願いします。いつもみたいに、『ちょっと興奮してよくわからなくなった』とかくれぐれも無しでお願いします」
「僕からもお願いします、カイトさん」
もはや、ベルは半泣きであった。
だって、リリルカの顔がマジだったから。
同時に、『まあ、どうせ望み薄ですけど。仕方のない人ですね、もう』という変な理解が入り交じった声だったのだ。
そんな惚気は外でやって欲しい。
実害は全てベルに来る惚気とか絶対におかしい。
ベルはそっと目を閉じた。
先ほど見た空が、ありありと思い出せる。
ベル、記念すべき一回目の現実逃避であった。
「ベルなら大丈夫さ」
──1秒ジャストで、現実が肩を叩いた。
「もう、カイト様ってば……」
こんなの絶対おかしいよ、ベルは心の中で叫んだ。
自分がオリキャラを何人か入れているのは、様々なキャラクターの書き分けや視点の変更を練習するためでもあったりします。
そういう意味で、次章は少し毛色が違うものになる予定です。
もう少し先のお話ですが。。。