ダンジョンで真人間を目指すやつもいる   作:てばさき

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温かなご感想、誠にありがとうございます。
ついつい愚痴を書いてしまうのは、もう止めにします。

とはいえ、しばらくは低速運転です。
リハビリがてら、どうぞ。


第22話 穏やかなる昼下がりの一幕

奴隷であるだけで、人としての価値は数段落ちる。

中には高値がつく者もいるが、その売値が本人に利益として還元されることはない。

奴隷として売りに出される者達は年若い女子供が最上とされている。

知恵が足りず、反抗する力もない。

 

一人一人、売値の異なる札を掛けられて、商品として棚に並ぶ(・・・・)

 

 

戦奴は違う。

彼らは、特別な力や特技を持たない限り、その出自を問わず、量り売り(・・・・)が基本だ。

 

買い手は店に入ると、檻を購入する。

大小様々なサイズの檻に、入るだけ、それが戦奴の買い方だった。

 

カイトもそのように、一人頭に換算すれば百三十ヴァリス程度の捨て値で買われた。

これから需要が増えることを見越した商人の、ささやかな初回割引の結果だった。

 

身寄りの無い生まれた国さえ違う子供が、倫理から解放された戦地で辿るには、それでもまだ上等な末路と言えた。

 

カイトの人生は、未だその末路の延長線上にある。

 

同じ様な子供を何人も見てきたし、何度もその死を経験してきた。

 

そんな中でいつしか一番の古株となっていたカイトは、実のところ、意外と面倒見が良かったりする。

 

 

………

……

 

「ベル、ナイフを構えるなら持ち手を引いて半身になるんだ」

 

「はいっ!」

 

「ベル、片手持ちの武器で刺すな。足が止まる」

 

「はいっ!」

 

「ベル、足を止めるな。駆け抜け様に傷を与えるんだ」

 

「くっ……はいっ!」

 

そこはホームにある裏庭。

泥だらけで転げ回るベルと相対するカイトが訓練に勤しんでいた。

 

「ベル、腿を斬るときは膝に近いところをやるんだ。歩行に支障をきたし易い」

 

「は、はいっ!」

 

カイトからすれば、それは至極当然の知識を教えているにすぎない。

生き抜くために、必要なことを。

 

「ベル、コンビネーションは金的、膝、金的だ。お前の背丈じゃまだ頭は狙わなくていい」

 

「はいっ!」

 

そんな二人を眺める人影が、二つ。

もはや隠すことさえままならない、苦笑いを浮かべ訓練を見物している二人。

 

「ああ、ベル君が変わっていく」

 

ヘスティアと、

 

「いや、なんで人間相手が前提なんですか? 何をハントするおつもりなんですか?」

 

リリルカの二人だ。

 

「……時にサポーター君。ここはいつからキミのホームになったのかな? ボクの眷属にキミみたいな子はいなかったよねえ?」

 

ピシリ、と音が鳴りそうな笑みを口元にだけ張り付けて、ヘスティアは言った。

 

「ご機嫌よう、ヘスティア様。何やら不思議なことをおっしゃいますね? 鍵も塀もない場所を、歩いていたらここにたどり着いただけのリリに」

 

不思議ですね、不思議ですね、と、にこやかな笑みを返すリリルカ。

 

「ふがー!!」

 

煽り耐性の無いヘスティアの忍耐は、秒で決壊した。

 

「ここは、ボク達の、愛の巣だぞぅ!? カイト君から可愛がられてるからって、ボクまで懐柔しようなんて考えていないだろうね!?」

 

「懐柔とはどのような意味の言葉でしょう? リリは初めて聞きました。さすが、権謀術数渦巻く神界で永く(・・)を生きられた神様は、仰ることが違いますね。年の功というものですね」

 

「あっ! 嘘だ、嘘ついたね! 知ってる癖に! 知ってる癖にぃ!! それに、ボクは永遠の美少女神なんだぁ!」

 

「?」

 

「キョトン顔とはいい度胸だ!!」

 

 

二人が顔を合わすのは、これが三度目になる。

初対面では萎縮したリリルカにひたすら『カイト君はボクのもの』発言を繰り返すヘスティアの圧勝。

 

二回目は、『そもそもそんな恐がる必要ある? ただの嫉妬じゃん』という開き直りをしたリリルカが一矢報いる。

 

そして三回目。

リリルカはおおよそ、この女神がポンコツであることを見抜いていた。

それと同時に、何故カイトがこの女神を選んだのかも。

 

明け透けで、隠そうともしない好意。

信頼している、そんな感情の込められた瞳。

 

成る程、なんて居心地の良いファミリアだろう。

こんなにも子を愛し、裏表の無い神を、リリルカは知らなかった。

 

が、それはそれだ。

 

初対面時にカイトの腕にこれ見よがしにしがみつき、ふふん、という挑発をされたとき、萎縮しながらもリリルカは思ったものだ。

 

こいつは──敵だ、と。

 

 

それは当然、ヘスティアも同じ認識だったが。

 

自分の大切な初めての眷属が、『友達』だと連れてきたパルゥムの少女。

一目で理解できた。

 

──ああ、この子は、悪い虫だ。

 

初対面でこそ遠慮がちであったが、ヘスティアがカイトの腕に身体を密着させると、明らかに苛立ったような素振りを見せた。

 

その遠慮も、次の時には無くなり、今ではすっかりこの様だ。

 

カイトが彼女を信頼しているのはよくわかる。

それだけで、人格的には疑いようもない。

恋愛感情などとは無縁の人生を過ごしてきた彼を相手に、ささやかな好意を寄せる姿は意地らしくも応援したくなる。

 

だが悪い虫なのだ。

ヘスティアにはそれを理由に、実に子供じみた意地の張り合いを続ける準備があった。

 

奇しくも、リリルカとて同様ではあった。

 

 

「カ、カイトさん、止めなくて良いんですか?」

 

チクチクと繰り広げられる応酬に、怯えたようにカイトへ尋ねるベル。

 

「よし、逝くんだベル。土下座、マジ泣き、土下座のコンビネーションだ」

 

にっこりと笑みを浮かべ、カイトは決断した。

 

「僕が悪いみたいになってるんですがそれは。あと、カイトさんの教えてくれるコンビネーションは基本エグいです」

 

「ベル……」

 

「ワガママ言ってるみたいな感じ出さないで下さい!」

 

 

二人の、見ていて胃がヒリつく女の争いに、男達はあまりに無力だった。

止めに入ればそれを口実にまた言い争い、泣いたり(嘘泣き)、抱きつかれたり。

かと思えば、お互いに心底嫌い合ってるようでもない。少なくともカイトからは、有り体に言えば仲が良さそうにしか見えなかった。

 

一方で、タイプは違えど美少女達のピリピリとした言い争いは、ベルにとって大いに胃壁を削る光景だった。

 

しかも言い争う理由が理由だけに、ベル的にはどう転んでもとばっちりでしかない。

 

(ヘスティア様はカイトさんのお母さんみたいだし、リリルカさんはもうなんか……もう!)

 

カイトが鈍いのが悪い。

ベルは改めてそう思った。

 

余談だが、街中での邂逅以来、ベルとリリルカの間に自己紹介以上のやり取りはなかった。

 

ただ、

 

「少し鍛えたら、ベルも一緒にダンジョンへ行く」

 

そう言ったカイトのセリフに対し、ひどく慈愛と哀愁に満ちた目を向けられたのが印象的だった。

 

なんにせよ、ベルは一刻も早くダンジョンへ行き、冒険へと繰り出したい気持ちを日々募らせていた。

カイトとの訓練は今日で三日目になる。

少しずつではあるが、ステイタスも上がってきている。

 

だから──

 

「ベル、明日からダンジョン行ってみるか」

 

カイトのそんな問いかけに、

 

「──はいっ!!」

 

今日一番の大声で返事をしたものだった。

 

ああ、とりあえず二人の言い争いは棚上げするんだな、と、頭のどこかで思いつつも。

 

 




次回、はじめてのだんじょん Case Rabbit

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