諸々が落ち着くのに今日までかかってしまいました。
また少しずつやっていきます。
ヘスティア・ファミリアのホームにて。
「カイト君、ちょっといいかな?」
自分の主神が遠慮がちに切り出して来たのは、その日の夕方のことだった。
その様子に、カイトは胸の内がザワつくのを抑えきれなかった。
「……なんでしょうか、神ヘスティア」
最近装備を新調し、人生最大の出費をしたばかりのカイトは、脳裏にリリルカから言われた言葉の数々がよぎっていた。
『やっちゃいましたね、カイト様』
『どこの駆け出し冒険者が、軽鎧に五十万ヴァリスも出すんですか?』
『しかもローンまで組んで……主神様に怒られても知りませんよ?』
『…………もう、仕方のない人ですね、もう』
──……今のところ、バレてはいない。が、もしかしたら正に今日、それがバレたのかもしれない。
ファミリアに納めるべき額は入れている。
だが、この心配性で優しい神に、借金したなどといえばどうなるか。
それはとても嫌な予感がした。
「誤解です、神ヘスティア」
とは言え、カイトはこれまで、誰かに対して弁解などほとんどしたことがない。大抵が力尽くでどうにかしてきたのだ。
当然の結果として、放っておいても自滅するのは確定と言えた。
「違うんです、これは先を見据えた、そう……攻めの出費なんです」
聞かれてもいない、言わなくても良いことばかりが口から零れ出る。
言葉を重ねるごとに、どうしようもないマズさが募っていくのを感じた。
「カイト君」
首を傾げながら、ヘスティアは困ったように笑う。
「なんのことだかわからないけど……話っていうのはね、その、新しい眷属を迎えようってことで」
──好機。
カイトは瞬時に、これまでの会話をなかったことにすることを決めた。
「ああ、神ヘスティア、素晴らしい話です。俺も頼りになる仲間が増えるのは嬉しい」
「そ、そうかい? じゃあ、連れてきてもいいかな? 実は今外で待ってもらってるんだ」
「もちろんですとも! 後輩ですか……楽しみです」
なんとか躱しきった。
カイトはそう確信した。
「そうだ、カイト君」
その新しい眷属を迎えるため、外へ駆け出しかけたヘスティアが足を止めた。
振り返ることなく、
「攻めの出費……永くを生きてきた僕も、寡聞にして聞いたことのない言葉だよ」
いつも通りの明るい、
「あ と で、詳しく聞かせてくれないかい?」
カイトが震えるような声だった。
静かに頭を抱えるカイトを置いて、ヘスティアがホームから出ていった。
(明日、リリに相談しよう)
今日、無事に生き延びられたらの話ではあったが。
まずはそのために、出来ることがあるはずだ。
カイトは逡巡の後、それを行動へと移すことにしたのであった。
………
……
…
その少年とヘスティアの出会いは、多少の作為はあったにせよ運命的と言えた。
少年……ベル・クラネルは必死になって街を駆け回り、多くのファミリアの門戸を叩いていた。
追い返されてもめげずに、突き放されても腐らずに。
そんなベルのことを、ヘスティアは何とはなしに目で追っていた。
いじらしくも健気な少年が、しかし、強い意思を感じさせる瞳で、決して俯くことなく挑み続ける姿を。
いてもたっても居られずに、次見掛けたら自分から声を掛けようと決意した日のこと。
件の少年が、客として職場の屋台を訪れたのである。
『やあ少年、最近よく見かける顔だね。なりたての冒険者かな?』
それは、きっと故意的に。
自身の初めての眷属と出会った時のような言葉で。
『混み始めるまで少しあるんだ。よければそれまで、ボクの話し相手になっておくれよ!』
ヘスティアは、ベル・クラネルとの邂逅を果たしたのである。
元々、目で追う程度でも伝わってくるほど一途で、素直そうで、歳上の女性からすれば可愛らしくさえ思える風貌だ。
少しの会話のあと、その印象が全くもって正しいことを知ったヘスティアは、ベルを自身のファミリアへと勧誘する運びとなったのである。
………
……
…
そして今、ベルは晴れて冒険者としての新しい人生を始めるため、誘われるままにヘスティア・ファミリアのホームへと訪れていた。
念願叶った今、ベルの心はこれまでにないほど高揚していた。
向かう先に見えた、廃墟気味な外観の教会でさえ、趣あるアンティークな風景と捉えてしまえるほどに。
無邪気な笑みがとても似合う少女の姿をした神が、自分に待つように言って、そのアンティークなサムシングにイントゥドアして「ただいまー!」という声が聞こえても、
(秘密基地、そう、まるで秘密基地みたいだ!)
と、V字高評価を出せるほどに。
その高揚はいつまでも続くかに思われた。
『僕は悪い子です』
そんな札を首から掛けて正座する、見覚えある人物とホームたる教会の居住スペースで再会するまでは。
「あ、ちょっとよくわからないです」
一瞬で素に戻ったベルは実に明快な言葉を口にした。
「彼はカイト・アルバトス君。キミの先輩で、ボクの初めての家族さ!」
にこやかに話すヘスティアはしかし、ベルの疑問を解くことはなかった。
「カイト君、この子はベル・クラネル君。今日からボクたちの新しい家族になるんだ。ケンカしちゃだめだよ?」
「わかりました、神ヘスティア……ベル、今日からよろしくな!」
キリ、そんな効果音がつきそうなキメ顔だった。
意味不明なポーズでなければ、さぞや頼りになる先輩として見えただろうに。
「……ベル・クラネルです、カイトさん、先日はお世話になりましたけど何事ですか?」
何か悪いことをしたのだろう。『僕は悪い子です』って書いてあるし。
わかるのはせいぜいそれくらい。
「なに……人は罪を犯さずして生きられない存在だからな。俺は今、その清算の時がやって来ているというだけさ」
「いやわかりませんよ」
「ベル君」
なおも食い下がるベルに、ヘスティアが慈愛に満ちた顔で語り始めた。
「罪は……償わなければいけないのさ。悲しいことだけどね」
二人揃ってふわっふわな説明だったが、取り敢えず何かしらの謝罪が必要な行為をカイトがしたらしい、と言うのだけは理解する。
「えっと、そのぅ、が、頑張って下さい」
励ましの言葉が、取り繕うように出てくる。
借金の存在が露呈し、説教モードに入ったヘスティアが意外と怖いということを、ベルはこの日知ることになる。
だが、このパッとしない日が、後に続いていく大いなる、
リハビリがてら、リリは少な目で。
ご存知ですか?
IT業界ってブラックなんですよ。
歳上の部下がね、言うんですよ。
『なんでミスしたかわかりません』
『私は一生懸命やってますよ』
『てばさきさんの態度は目上の人間に対してどうなんですか』
不思議ですね。
僕はミスした部下にヒヤリングしてモチベーション確認して対応経緯をまとめろって言っただけなんですけどね。
まあ、三日で五回もミスりあそばされた部下なんで、最後の方はちょっと敬語とか使ってなかったですけど。
一ヶ月で十日漫喫泊まりは新記録でした。