ダンジョンで真人間を目指すやつもいる   作:てばさき

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第20話 白兎リブート

ざわ……

 

街を行き交う人々の視線が集まる。

 

「うぅ……」

 

その先にはベルがいた。

頬にキスマーク、白い癖ッ毛は方々へ飛び跳ね、何故かウサミミをつけ、目が死んでいる。

 

『やだっ、この子可愛いじゃない!? アタシとイイコトしましょ?』

 

と男に襲われかけ、

 

『兎さん、お耳がないわよ? 外したら尻尾も着けちゃうからね』

 

と女に無理矢理つけられた結果だった。

 

憐れみを誘うその姿に、しかし、歩み寄る人はいない。

ニヤニヤと、その先を歩く男、セイルがいたからだ。

 

「いやー、なかなかいいとこが見つかんねーなぁ」

 

誰か、誰かあの少年を助けてやってくれ。

 

そんな願いは珍しく、割とあっさり叶うことになった。

 

 

「団長様?」

 

大きなバックパックを担いだ、パルゥムの少女が、男に声を掛けたのだ。

 

口元は引き攣り、目付きも険しい。

 

「何やってんですか? え、何やってんですか?」

 

なんて勇敢な少女なのだろう。

人々は今、英雄を目撃していた。

 

「いや何、田舎から出てきたばかりの少年に、この街の手ほどきをな」

 

「遊び転がした様にしか見えませんが?」

 

「誤解だ。俺は──」

 

「今すぐその方を解放して、洗いざらい話さない場合」

 

「……場合?」

 

「リュー様に言い付けます」

 

その言葉に、セイルの顔が強張る。

 

「容赦なくシバいていただけるよう、リリは懇切丁寧に団長様の所業をご報告いたします」

 

少女……リリルカはにこやかな笑みを浮かべる。

 

セイルはカイト同様、レベル1では非常識なほど強いが、レベル4で元凄腕であるリューには一対一では敵わない。

 

以前、路地裏で似たような現場を見つかり、ゴミのように転がるセイルをホームまで運んだのは、リリルカとカイトだ。

 

……その癖、その日の夜に行った『豊穣の女主人』では何食わぬ顔で酒を注ぎ、注がれ言葉を交わすのだから、イマイチ理解できない関係ではあるが。

 

「どうせ今日だって、あの方とは遭遇しないように行動されていたんですよね?」

 

「落ち着くんだアーデ、冷静に──」

 

「そういう姑息なところがあると、カイト様がおっしゃっていました」

 

ねえ? と目線をセイルの後ろへやる。

 

「姑息というか、安全策をそれとなく取るのが巧かったな。それで何度も助けられた」

 

一応はフォローしようという感じの声が返ってきた。

 

「と……カイトじゃねえか。元気でやってる?」

 

振り向いたセイルは、そこに戦友の姿を見た。

黒髪に黒目、胸部は鉄製の軽鎧に覆われ、腰元には黒い剣。どこからどう見ても冒険者といった風体をした男だ。

 

「ぼちぼちだ。まだ慣れないことも多い」

 

「ま、取り敢えずは順調そうで何よりだよ」

 

安心した──そう呟いて、セイルはポケットに両手を突っ込んで歩き出した。

 

 

 

 

 

髪を揺らす風に、空を見上げる。

あまりに蒼い空。

浮かぶ雲さえもが、セイルには眩しかった。

自分がそんな心境になるなんて、と、自嘲気味に笑うと、一人帰路へと──

 

「行かせるわけないですよね? リリを小馬鹿にしてるんですか?」

 

死にます? 死んじゃいます?

そんな副音声が聞こえそうなほど、黒いオーラを立ち昇らせるリリルカに止められた。

 

「おま、今どう見てもエピローグ最終行な空気だったろうが」

 

引くわー、その無粋な突っ込みに引くわー、と、目が言っていた。

 

「セイル」

 

カイトの声が、厳かに響いた。

 

「兄弟、この不調法なレディに言ってやってくれ、俺は──」

 

「瀕死か半殺しかリリの言う通りにするか、選んでいいぞ」

 

「ア、ハイ」

 

かくして、ベル・クラネルはようやく悪魔の元より解放される運びとなった。

 

………

……

 

「災難だったな」

 

露店で買ってきた果実水を手渡しながら、カイトはベルの隣に腰を降ろした。

 

場所は街中より移り、傍にあった広場のベンチである。

 

「あ、ありがとうございます」

 

憔悴しきった風なベルは、それを一息に飲み干すと大きなため息を吐いた。

 

「まあ、なんだ。運が悪かったと思って諦めてくれ。つまずいて転んだら落ちてたゴミに顔から突っ込み、それを好きな女に見られたあげくその子は別の男とデート中だった、くらいの」

 

「自殺するほど……」

 

「ちなみに元部下の実話だ」

 

「凄惨過ぎる!」

 

思わず涙が零れそうになる。

そうか、自分などまだまだだ。

ベルはあまり褒められない類の立ち直り方を果たした。

 

「セイルから聞いたが、冒険者になりにこの街へ?」

 

カイトは励ますことに成功した、と思っているベルの相談に乗ってやることにした。

困っている人がいれば、出来る限りでいいから助ける。

リリルカと話した、優しい人への第一歩計画のために。

 

「……僕、ずっとお祖父ちゃんと二人で暮らしてて、子供の頃から色々な英雄譚を聞いて育ったんです」

 

それから始まるベルの昔話に、カイトはしばし耳を傾けた。

 

 

 

……なお、リリルカは少し離れた場所にいた。

正座したセイルに対し、日頃の鬱憤を晴らすかのように説教を続けていた。

 

それを見た人々を皮切りに噂が広まり、彼女はある二つ名を非公式に戴くこととなる。

 

『邪滅姫』──神の意思が一切介在しないがゆえ、ただ人々の目に映ったままの、リリルカ・アーデを示す称号を。

 

 

知ったリリルカが引きこもりになるのは、ほんの一週間ばかり未来の話だ。

 

………

……

 

「つまり、英雄になって色々な女にモテたいと」

 

「う……その、ごめんなさい」

 

萎縮して謝るベルに、

 

「良いじゃないか」

 

と、カイトは言った。

励ますため、と言うより、素でそう思ったからだ。

 

「さっき言った元部下な、彼も君と同じような目的で冒険者になったんだ。可愛い恋人が欲しいって」

 

「え?」

 

「ゴミが犬の糞に代わったバージョンに遭遇したが、ステイタスのお陰で無事に躱せたと喜んでたよ」

 

「メンタルが強過ぎる」

 

「でも、諦めてない」

 

カイトは真っ直ぐにベルを見つめた。

 

「目指せば良いじゃないか。ここはそういう街だろ?」

 

その言葉に、ベルの瞳に精気が戻ってきた。

 

「い、いいんですか?」

 

「誰かに許可を求めるなよ。お前はたった一人でここを目指し、冒険者になるって決めたんだろう? 一人で決めて、行動したんだ。そんな風に自分を育ててくれた、今までの全てを無駄にする気か?」

 

「っ! 嫌です!!」

 

「なら、進むだけだ」

 

カイトはにこりと笑ってやった。

 

「もし、どうしても行くあてが見つからなければ……そうだな、あそこ」

 

指を指す。

ベルが目をやると、そこには『じゃが丸くん』と書かれた旗がたなびいている屋台があった。

 

「あの屋台で昼前から売り子をしている女の子に、身の上話をすると良い」

 

「身の上話、ですか?」

 

不思議そうに聞き返すベルに、カイトは続けた。

 

「大丈夫。優しい神だって、ちゃんといる」

 

立ち上がり、いい加減言葉が尽きてきて疲れ気味のリリルカへと向かうカイト。

カイトが一声かけると、リリルカは何事も無かったかのように駆け寄っていった。

 

説教から解放されたセイルは、疲れた様子で立ち上がると、

 

「──っ!?」

 

ひどく男臭い笑みをベルに向けた後、背中を向けて去って行く。

 

トラウマが残ったかビクリとしたベルに、カイトは手を振り、リリルカはペコリと頭を下げて歩いていった。

 

残ったベルは、一度大きく伸びをすると、やる気に満ちた顔で呟く。

 

「よしっ、頑張ろう!」

 

………

……

 

ヘスティア・ファミリアに新しい眷属が増えるのは、この三日後であった。




主人公、ちょっとだけ柔らかくなってます。

うーんしかし、終電逃してホテル泊まりな生活はしんどい。
セイルさんはお話書く上ではすごい便利キャラなんですけど、使いすぎでしたね。

しばらくお休みです。

感想だけは、ご返答します。
恐らく一週間くらいは更新出来ないです。

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