ダンジョンで真人間を目指すやつもいる   作:てばさき

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今話には残酷な表現が普段よりマシマシになっております。閲覧の際にはご注意を。






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「我々は悪しき者達に振るわれるべき鉄槌」
「我々は生きとし生ける清らかな命達の木陰」
「我々は秩序であり、戒律であり、故に自由を縛るだろう」

「代わりに正義を成そう」

「悪を縛り、縋る人々を守るため、鉄槌を振り降ろそう」

「我が前での一切の悪行を、断罪しよう」

マルネシア・ラグウェル国境線
ユースティティア・ファミリア主神
ユースティティアの宣言より


第17話 ヒトからの逸脱

「ユースティティア・ファミリア、連中はそう名乗った」

 

知ってる? セイルの視線に、リリルカは首を振った。

 

「そう。この街から来たらしいんだけどね」

 

湯気の立つシチューに手をつけながら、セイルは反対側を振り返った。

 

「君はどう?」

 

そこに立つリューは、話しかけるなというオーラを全開にしつつ、口を開いた。

 

「確か、三年前までオラリオの探索系、中級ファミリアに属していたはずです。主神のユースティティア様は、正義を重んじ不正を許さぬ、厳格な方であったかと」

 

戦争の悲劇を止めるため、ギルドの制止を振り切って戦地に向かった、そのようなファミリアだったと。

 

「そうそう。そんな感じだった」

 

あんがと、と言う感謝は甲斐なく無視される。

 

「そんなバカ(・・)に率いられたマヌケ共がな、三年前のある日突然、戦場のど真ん中に乗り込んできて、好き勝手宣言した後、敵国のラグウェルについた」

 

その言葉に、リリルカは軽い驚きを浮かべる。

中級ファミリアと言うことは、レベル4か3の冒険者を筆頭に、数十人規模の集団であったはずだ。

 

素直に、よくセイル達は無事だったな、というのが感想だった。

 

「締めの言葉は、『咎無き幼子を戦場に立たせ、イタズラに出血を強いる悪を、私は許さない』……だったかな? それを聞いたマルネシアの連中は皆思ったもんさ」

 

何をいまさら(・・・・・・)──と。

 

「そうして戦闘は始まった。俺達は慌てて戦場から逃げ出したよ」

 

酷いもんだった、と語るセイルの横顔は、その日の光景を思い出しているようだった。

 

………

……

 

「セイル! 皆をまとめて退却してくれ!!」

 

カイトの声には焦りがあった。

 

「アホか! あんなんに遅滞戦闘なんて無理に決まってんだろ! 命令なんざ無視してお前も逃げるんだよ!!」

 

一方でセイルも、小細工の弄しようがない平野での圧倒的不利な戦況に、早々に見切りをつけていた。

 

「だか、それじゃ後で──」

 

「その命令を出したヤツなら、さっきエルフの魔法で天幕ごと吹き飛ばされたよ! 急げ! こっちの軍は数だけは多いんだ、一歩先に逃げねえと、どっかで列が詰まって捕まるぞ!」

 

既に確保してあったぼろ馬車に、小隊員である子供達を乗せ込み、後はカイトだけという状況だった。

 

「……わかった」

 

カイトも分の悪さは理解していたのか、最後は素直に従った。

 

 

ガタゴトと揺れる馬車は、乗り心地こそ悪いがそこそこの速度で街道から外れた裏道を走行していた。

 

十二歳となったカイトは、逞しさを宿した腕で黒剣を抱え、考え込むようにうつ向いていた。

 

「……なあ、セイル」

 

「あぁ?」

 

「よくわからないな」

 

煙草に火を着けようとしていたセイルは、怪訝な顔で御者台から振り返った。

 

「何が?」

 

「あいつらの言ってたことさ」

 

取り出した銅製の火種入れから、煙草に火を着ける。

吐き出した煙は後ろへ流れた。荷台に座る子供達から迷惑そうな視線がセイルに向けられた。

 

「お、ワリイ」

 

言いながら、煙草を外に放る。

 

「で、何が?」

 

「……俺達は悪いことをしているのか?」

 

余りにも予想外だったその言葉に、セイルはマジマジとカイトを見た。

 

「何、拾い食いでもしたの?」

 

「真面目な話だ」

 

「お前こそ、何様だよ」

 

薄ら笑いを浮かべたセイルは、遠慮なく教えてやることにした。

初めて会ったときに感じた恐怖はもうない。

この三年で、カイトと言う少年がいかにポンコツで、子供であるかを知った。

 

自分とて、もう少年兵ではない。

この子供だらけの部隊で、残酷であることに徹する必要性を、誰より理解していた。

 

「パンと人の命を交換してた奴が、今さら善悪論議か? 薄ら寒いんだよ。お前にゃそんなことで思い悩む権利なんてねえんだ」

 

「でも、あいつは神だって」

 

「ああ、あの女か? 中々見ない美人だったな。胸が良い。キツめの目付きがクールだった」

 

「神が、俺達を悪だって」

 

「娼館にいたら買うね。マジにいくならパスだわ。重そう」

 

「なら、俺が今まで殺してきたのは──」

 

「関係あるかよ」

 

遮って、セイルは続けた。

 

「戦場で殺すことに、善悪なんて関係あるか」

 

カイトは顔を挙げ、不安げな目でセイルを見た。

 

「お前のそれはな、ただの同情乞いだよ」

 

突き放すように、セイルは敢えて言葉を選んだ。

 

「今まで考えなしにぶっ殺しまくってきた僕は、可愛そうなんですって。善悪なんて考えたこともなくて、ただ必死なだけだったんですって、よ」

 

そして笑う。

心底相手をバカにしたように、この三年でだいぶ板についてきた笑みを浮かべてやる。

 

「だから、僕を責めないで(・・・・・・・)って」

 

「ち、が……」

 

「悪いことしたなんて欠片も感じてねえくせに、てめえは何様だっつってんだよ」

 

今度こそカイトは黙り込み、そのまま逃げ切った友軍と合流するまで、馬車の中で口を開くものは誰もいなかった。

 

………

……

 

「うわ」

 

リリルカの引いた声。

 

「子供に言う台詞じゃないですね」

 

「やはり外道」

 

酒を注ぎにきたリューと合わせて、ジト目をセイルに向けている。

 

「誤解だ」

 

空になったシチューの皿をリューに渡しながら、セイルは心外だ、と言わんばかりに首を降振る。

 

「こいつはな、あのとき無自覚に許してもらおうとしたのさ」

 

注いでもらったブドウ酒を煽り、さらに続ける。

 

「もしも俺が神父なら──」

 

「「嫌すぎる」」

 

「なにその連携……ともかく、俺が聖職者なら、それは間違った行為じゃなかった。精々励まして、優しく諭して、残りの人生を償いと懺悔にあてることを訥々と説いてやっただろうさ」

 

「「エグい」」

 

「仲良くない!?」

 

苦笑を漏らしつつ、

 

「お前は悪いことをしている。気付いたのなら、そう言われたのなら、もう止めろ。そう言って欲しかったんだよ」

 

続けられた言葉に、リリルカは疑問を感じる。

 

「何故、言ってあげなかったのですか?」

 

その言葉があれば、カイトは止まれたかも知れないのに。

セイルの言う、マトモになれたかもしれないのに。

 

「必要になったからだ。こいつが、戦況打開の為に」

 

二杯目のシチューをかき混ぜながら。

 

「連中が出張ってきた初戦で、こいつはレベル1を三人殺してる」

 

「っ!?」

 

「お陰で俺たち方面への追撃はほとんど無かった。単独で恩恵持ちを殺れる存在がいると知れたから、一般兵がビビったのさ」

 

だから、と。

 

「投入ドコさえ間違わなけりゃ、こいつは鬼札になり得た。必然的に、今、戦いから離す訳にはいかなかった」

 

「……にわかには信じ難い。戦い慣れているとはいえ、子供が冒険者を?」

 

何時の間にやら、リリルカの脇に立つようになったリューが漏らす。

 

「四、五人規模で、数の多い格下を中心に戦ってきた弊害だろうな。直線的に命を狙ってくるモンスターとは違う。高効率に痛みを与えてくる熟練者は、さぞやり辛かったんだろうよ」

 

そいつらの死に様も、これまでのやつらと同じだった。

 

セイルの言葉にリューは戦慄を禁じ得なかった。

 

今見ても少年と言っていい男が、更に幼い頃、レベル1とは言え冒険者を殺害するなど。

異常と言っても過言ではない。

 

一方でリリルカは、どこか納得していた。

路地裏でもそうだった。

後ろから襲い掛かっておきながら、その剣は一人の急所ではなく、二人を同時に斬れる軌道で振られていた。

殺すつもりが無かったにせよ、相当の深手を与えていたのだ。

 

慣れていたからだ。

一撃で倒せないことを前提にした戦い方だったのだ。

彼は痛みの与え方を知っていた、この街に来る、はるか前から。

 

「こいつは殺し続けた。マトは恩恵持ち。低レベルなら、俺含め戦闘担当四人で掛かれば、倍の数までは何とかなった」

 

「なんと非常識な……」

 

「そう言うなよ。いつもギリギリの戦いだったんだぜ?」

 

ブドウ酒のグラスが空く。

リューが何も言わずに次を注いだ。

 

「ありがと」

 

「いえ、別に」

 

「ちょっとは信用してくれた?」

 

「あり得ません」

 

「照れちゃって」

 

「……ちっ」

 

「え? 揉んで?」

 

「殺すぞ」

 

怖っ。リリルカは素直にそう思った。

 

「で、だ。そんな状況なもんで、こいつはいつまで経っても殺しから離れられない。神の語ったガキみたいな善悪論に縋りたくなるくらいだ」

 

くつくつと笑いながら、セイルの回想は続いた。

 

「決壊すんのに、時間は掛からなかった──」

 

………

……

 

「カイト!? カイトでしょ!?」

 

冒険者で組まれた偵察隊を撹乱、分断し奇襲をかける。

恩恵持ちと対峙するために、セイルの編み出した戦術を、その日もいつものようにこなしていた。

 

セイル、リロイ、キリカ、カイトが前衛。

後衛、支援は無し。

いつも通りだ。

 

「どうしてこんなところに……! でも、無事で良かった」

 

誤算というべきか、奇跡というべきか。

襲った中に、カイトの同郷がいた。

 

「私よ、覚えてる!? 隣に住んでいたじゃない!」

 

しかも向こうは、カイトのことを覚えていた。

奇跡的な光景だった。

相手の女は、泣き笑いを浮かべながらカイトへと歩み寄る。

 

「村が焼かれた日、オラリオの親戚の所へ行っていたの……でも、皆のことを忘れた時はなかったわ!」

 

真に迫る、感情で溢れた声。

きっと、女の語る話は真実なのだろう、と思わせた。

 

「え?」

 

呆けたようなカイトの声。

 

しかし、振り降ろされる剣の勢いは普段と何も変わらなかった。

 

「あ」

 

女は涙で濡れた表情を僅かも変えることなく、頭頂部から腹部までを両断された。

 

静寂が辺りを包む。

たった今まで、この場には奇跡に対する感動と驚嘆、僅かな緊張があった。

 

戦場にもこんな物語があるのだという、奇妙な高揚。

 

それが、一気に消え去った。

 

「あ、あ、あ、あ……間違えた」

 

だからそう呟いたカイトが剣を構え直して、次の相手に向かっていくことを、誰もが見送ってしまった。

 

「どうしよう」

 

二人目の脳漿が、地面にブチまけられた。

 

「間違えた」

 

三人目、我に帰って武器を構えるも、その武器を持つ手を瞬く間に破壊され、蹲った所で首を跳ねられる。

 

「間違えた、間違えた、間違えた、間違えた」

 

抑揚の無い声は途切れることがない。

四人目は構えた盾が壊れるまで剣で叩かれた後、心臓を突き殺される。

 

「……リロイ、俺と右をやれ。キリカはカイトの援護。切り替えは俺が指示する。皆殺しにするまで足を止めるな」

 

残る冒険者は五人。

 

ようやくその全員が臨戦態勢を整える中、セイルの指示の下、戦奴達が動き始めた。

 

 

 

「間違えたんだ、セイル」

 

戦闘後、カイトは言い訳するように言った。

 

「まさか」

 

「同じ村の人がいるなんて思わなかった」

 

「間違えたんだよ」

 

「俺は、殺すつもりなんてなかった」

 

「だってそうじゃないか」

 

「今まで俺に戦場で、あんな風に近付いてくる人なんていなかった」

 

「どうして良いかわからなかったんだ!」

 

「間違えたんだ。剣は、使わなくてもよかったんだ」

 

「そんなの、知らなかった」

 

顔面を返り血で真っ赤にして、カイトは泣いていた。

涙の通り道だけ、肌の色が露出する。

 

「俺は、悪いことをしたのか!?」

 

「それさえわからないんだ!!」

 

「うるせえ」

 

セイルは取り出した煙草に火を着けた。

腹立たしいことに、風も無いのにその火は震えていた。

 

本質的なところで何一つ変われていない自分を殺したかった。

 

「ああ、そうだよ」

 

「お前は悪いことをしたんだ」

 

「今までだってそうだ」

 

「殺されたコイツらからすりゃあ、お前は紛れもない悪魔そのものだろうよ」

 

だからなんだ(・・・・・・)

 

「言っただろうが」

 

「何様のつもりだ」

 

「てめえこの前、同情で引いた野郎をぶっ殺したろうが」

 

「その時と今の、何が違えってんだ!」

 

「少しばかり高尚な教えを聞いたくらいで、わかったような後悔並べやがって」

 

「間違えただぁ? なら教えてやる」

 

「大正解だよ」

 

「お前は何一つ間違っちゃいねえ」

 

「戦場で、武器も構えずマヌケ晒してるカスの顔を、二目と見れねえザマにしてやるのがお前の仕事だ」

 

「そうやってお前は、今まで生きてきたんだろうが」

 

半分まで灰になっていた煙草を一息に吸いきり、思い切り空へ向かって吐き出す。

 

「だからあのガキ共は、今まで生きて来れたんだろうがよ」

 

「投げ出すんじゃねえ」

 

「それが、戦場(ここ)で生きてるヤツの、責任だ」

 

しばらく、セイルとカイトは見つめ合った。

 

「……そうか、俺は、悪いヤツなのか」

 

「そうだよ」

 

「マトモじゃ無いんだな」

 

「今さら抜かすな」

 

「これからもそうなのかな」

 

「……全部終わって、お互い生きてたら、その辺は俺がどうにかしてやる」

 

「どうやって?」

 

「知るか」

 

あまりな言い草だったが、カイトは何かに納得するように頷いた。

 

「そうか」

 

大半が赤く塗り潰された顔で、やけに澄んだ目で──

 

「じゃあ、頑張ろう」

 

そう言った。

 

痛々しいまでの、純粋な言葉だった。

 

唐突に、セイルは神という存在がわからなくなった。

救いを口に、したことは戦場を引っ掻き回して多くの人死にを出しただけ。

 

地上に降りてきて、その神威の殆どを封じられてなお、不変の影響力を持つ神。

それに従う人間達。

 

そんな連中が関わったせいで、今、自分は大切な戦友が残していた最後の人間性を摘み取らなければいけなくなった。

 

戦いを止めたいという、善性を。

 

わからなかった。

 

何しに来たんだ、あいつらは。

 

戦争を終わらせたい。

そんな、戦場にいる人間なら当たり前に持っている感情を、これ見よがしに振りかざし。

 

今、戦友はこのザマだ。

 

しばらく考えた後セイルに残ったのは、半ば八つ当たりに等しい、神への怒りだった。

 

………

……

 

「それからな、こいつは俺が口出しする必要もないくらいエゲつなくなった」

 

三枚目のシチュー皿を空にし終えると、セイルはリリルカ達を見た。

 

「続ける?」

 

リリルカの顔色は悪かった。

どうやら、戦場での光景を想像してしまったらしい。

 

リューは戸惑うように二人を見る。

こんな時に限って、忙しさの素になる冒険者の客は控えめだ。

しばらくは手が足りなくなるようなこともない。

 

やたら飲み食いするセイルは、初来店で既に上客扱いだ。店主であるミアからも、そいつらに着いてろ、というアイコンタクトが飛んできている。

 

「……話をお願いしたのはリリです。最後まで、聞きます」

 

酔いも覚めきった顔で、リリルカは真っ直ぐセイルを見た。

 

考えあぐねているうちに、リリルカが結論してしまう。

リューは、まんまと立ち去る機会を失ってしまった。

 

「まあ、こっからは細かく聞かせるような内容じゃねえし、いいけどな」

 

流石に満腹となったのか、セイルは追加注文をすることなく、再び話し始めた。

終わりは、近付いていた。

 

………

……

 

「拷問をやろう」

 

ある時、何度目かになるかわからない冒険者との戦闘の後、カイトはそう言った。

 

ユースティティア・ファミリアが戦場に現れて、一年が経とうとしていた。

その間、優に百は下らない冒険者を殺してきた。

 

だが、一向にその数は減らない。

むしろ増えている。

 

ユースティティアが、ラグウェルの民を眷属として迎え入れていることは明白だった。

 

「もう二度と、戦えないようになるまで痛めつけよう。最後は背中の恩恵だけ残して、皮を剥ぎ取ってから返してやるんだ」

 

出会ってからの四年で、大分背の延びたセイルを見上げるように、カイトは言った。

 

「戦意を挫く気か?」

 

「そうだ。ファミリアなんかに入らなければ、こう(・・)はならないってことを教えてやる。そうすれば、無駄な戦死者も減る」

 

あの日から、カイトは変わった。

元々の容赦の無さがより凶暴性を増し、残酷であることに躊躇いを覚えなくなった。

 

少なくとも以前のように、善悪を基準にしたがる傾向は全く見られない。

 

「こいつらの神は戦争を止めに来たんだ。ファミリアがその手伝いをするなら、きっと喜ぶよ」

 

セイルはカイトの言葉の真意が読めなくなっていた。

まるでヒトガタの何かと、言葉を交わしているような気分になる。

 

だが、目をそらすことは出来なかった。

そうしたのは、自分であることを知っていたから。

 

「……わかった。それは俺とキリカでやる。お前はリロイと、ガキ共んとこでメシでも喰ってろ」

 

「そう、じゃあ頼んだ。行こう、リロイ」

 

二人が夜営地に向かい去っていくのを見送ると、残ったセイルとキリカは彼女達(・・・)を見た。

 

「ひっ!」

 

「た、助けてください!」

 

カイトと同い年位の女と、それより幼い少女は、身を寄せ合って言った。

自分の身に何が起ころうとしているか、知ってしまったためだろう。

 

むしろ、自分達以外の死体となった仲間を、羨ましいとさえ思っているのかもしれない。

 

「ポーションは持ってる?」

 

そんな彼女達に、セイルは尋ねる。

 

「あ、あります、差し上げますから──」

 

「なら」

 

目の前にしゃがみこみ、視線を合わせる。

 

「最低限自分の足で歩けるようになってもらって」

 

ニコリと笑う。

 

それ以外全部(・・・・・・)、ここに置いていこうか?」

 

絶望を、その口から吐き出した。

 

 

そうして、戦奴第七小隊は地獄を作り始めた。

 

遭遇した冒険者は可能な限り生かされたまま無力化(・・・)され、ラグウェルへと帰還させる。

自らの足で、列を成し、国へと向かうその様は、『赤坊主の行進』と呼ばれ恐れられた。

 

初めはただ恐怖と、復讐心を煽るだけだったその行為は、一年もしないうちに別の変化をラグウェルの人々にもたらした。

 

──神などいるから、同胞がこんな目に……

 

上級冒険者であるファミリア中枢戦力は無傷で残っていた故に、その考えはより強く燃え上がった。

 

ユースティティア・ファミリアは救いに来たはずの国で、居場所を失いつつあった。

 

………

……

 

「あとは簡単。完全に求心力を失い、ろくに補給もままらなくなったところを、本隊の精鋭と協力して囲い込んで狩り殺した」

 

リリルカは顔を伏せ、懸命に最後まで、話を聞き遂げた。

 

「軽蔑は俺に向けろ。こいつをそうしたのは間違いなく俺だ」

 

だがな、と、

 

「出来ればこいつのこと、頼まれちゃくれねえかな」

 

「俺や他の連中じゃ駄目なのさ」

 

「壊れそうなのを知ってて、戦わせた」

 

「壊れてるのを知ってて、戦わせた」

 

「人を殺させたんだよ」

 

「そんな連中をこいつは、家族と呼ぶんだ」

 

「他にそういう存在を知らねえから」

 

セイルは長身を折り曲げて、リリルカに頭を下げた。

 

「多分、お前やこいつの主神が初めてなんだ。血の臭いがしない、身内ってやつは」

 

リューの息を呑む気配が伝わってくる。

 

「リリルカ・アーデ、礼はしよう。無理の無い範囲で構わない。カイトを見てやっちゃ、くれねえか?」

 

頭を上げ、リリルカを見据えるセイルの目は、かつて自分を『僕』と呼んでいた頃の、青臭さの残る熱が込められていた。

 

「…………リリは」

 

そんなセイルに対し、青い顔のまま、リリルカは口を開く。

 

「リリは、家族がいません」

 

泣きたいのに泣けない、そんな表情のまま。

 

「誰も助けてくれませんでした。虐げられ、搾取されることが人生のほとんどでした」

 

記憶を反芻するように言葉を噤み、一度大きく息を吸う。

 

「カイト様は、そんなリリを助けてやるって言いました。守ってくれると。それは、本心からの言葉だったと思われますか?」

 

問い。セイルは速やかに答えを口にした。

 

「違うな。そうすることが、自分がマトモになるために必要だと思ったからだ。知り合いになれたお前の、気を引こうとしたんだろうな」

 

そうですか、と、リリルカはため息を吐いた。

 

「では、致し方ありませんね」

 

断言に、横にいたリューは思わずリリルカを見る。

 

「仕方ないので、お付き合いいたしましょう(・・・・・・・・・・・・)

 

「リリが面倒を見て差し上げます」

 

「例え偽善でも、救われる者はいます」

 

「リリがそうです」

 

「カイト様は今日一日で、不幸の中に埋もれてしまっていたリリを見つけ出し、初めて一緒に、陽だまりを歩いて下さいました」

 

「何度も守ってくれました」

 

「カッコ良かったんですよ?」

 

最後には、リリルカの顔に笑顔が戻っていた。

 

 

 

気を惹かれてしまった(・・・・・・・・・・)よしみです。カイト様のことは、リリにお任せ下さい」

 

 

 

呆気にとられる、そんな久方ぶりの体験に、セイルは吹き出る笑いを堪えきれなかった。

 

「くっはっはっはっ!!!! よぅし、任せた!!」

 

仲間達が見れば驚愕を隠せないほどに、セイルは心からの純粋な笑いを浮かべていた。

店内の客やウェイトレス達が、その笑い声に振り返っている。

 

「祝いの日だ! リュー、酒をくれ!」

 

「かしこまりました」

 

反射的に従ってしまい、ブドウ酒を注ぐリューは、自分に向けられる好奇の視線に気付いた。

 

「………………」

 

同僚であり親友の、銀髪のウェイトレスが瞳を輝かせてこちらを見ていた。

 

リューに春が来た、瞳はそう言っていた。

 

「リューに春が来た」

 

実際言いやがった。

 

「シル、言っておきますがこれは──」

 

「へい、そこの銀髪の彼女! こっちで一緒に楽しまない!?」

 

高まるテンションのままに騒ぐセイルの言葉が、ささくれ立ったリューの心を逆撫でする。

 

「死ねっ!!」

 

高速の肘鉄は、綺麗にセイルの顎を打ち抜いた。

 

「へぶちっ!」

 

空中二回転捻りを決めながら床に顔面着地したセイルを見て、リリルカも笑った。

 

ああ、早くこの人も、目を覚ませば良いのに。

 

そんなことを考えながら。




長かった……
前書きにまで侵食するシリアスなど糞くらえだ!

今回は表現とか展開を、一切加減せずに考えていたまま書いてみました。
もう、こんな無茶はしない!

細かい箇所などは、その内直すかもしれません。
何分長いので、どっかで不整合出てないか不安で 


最後に一言。

来いよ、エルフ連合! 武器なんて捨ててかかってこい!!

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