ダンジョンで真人間を目指すやつもいる   作:てばさき

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過去編。

マルネシアはもう出ないと言ったな。

あれは嘘だ。

しかし辛い。
完全オリストでドシリアスでリリがいない。
主に三つ目の理由で辛すぎる。

ここを越えたら、ついに白兎さんが出せる!
つまり、原作編スタート!

悲報、い ま さ ら


第16話 命を乞う少年

ラグウェルの方が大国に近い。

それが全ての発端だった。

 

マルネシアは山一つ挟んだ隣国だが、そのせいで何年もの間、大国への輸出の際、関税をラグウェルに支払い続けていた。

 

このことは二国間の最大の課題として燻る火種だった。

 

ある日、マルネシアで林檎の品種改良に成功した。

林檎は両国の特産だが、関税のせいでマルネシア産の方が値が高い。

品質で差を付けることは、必須だった。

 

「この林檎を、両国の共有財産としよう」

 

一部関税の撤廃を条件に、ラグウェルはそう提案した。

 

撤廃される関税に、林檎は含まれていなかった。

 

拒否を表明したマルネシアの外交大臣は、帰国途中で賊に襲われ命を落とした。

ここまでは、事故であったと言われている。

 

自国内でのことに、ラグウェルは陳謝と共に見舞金を贈る。

 

マルネシアはこれに対し、関税に関する交渉継続のため再度、今度は王子を使者に立てて大規模な護衛と共にラグウェルへ派遣。

関所の役人は、彼らの荷を確認した際に林檎を発見する。

 

先の外交大臣が関税に対し否定的であったことを知る役人は、マルネシアに良い感情を持っていなかった。

また、大国との交易で利益を挙げるラグウェルは、隣国よりも格が高いという考えもあった。

 

「税を払え。例え王への貢ぎ物であっても、条約は守っていただく」

 

……少し考えればわかることだ。

何故ラグウェルが、マルネシアの品種改良した林檎に対し、関税撤廃まで掲げて共有の意思を見せたのか。

 

自分達が懇意にしている大国が、それを求めたからに他ならない。

だから、自国内でもそれが生産できるようにしなければならなかった。

 

何故、撤廃する関税の中に、林檎が含まれていなかったのか。

 

大国にとってラグウェルは、特段懇意でもなんでもない、ただの取引先に過ぎなかったからだ。

新しい林檎を提供出来なければ、彼らはすぐにでもマルネシアとの直輸入ルートを開拓するだろう。

そしてその際に発生する関税を、懇意にさせてもらっている(・・・・・・・・・)ラグウェルは徴収することが出来ない。

丸損だった。

 

わかりきっているから、林檎は関税撤廃リストから外された。

わかりきっているから、外交大臣は断った。

 

後は、お互いの持ち寄った条件をどう擦り合わせるかの問題だったのだ。

 

だが、関所の役人はわかっていなかった。

 

「使者ならば見逃して貰えると思っていたのか?」

 

致命的に。

自国内で、他国の重役が殺されることのマズささえ。

 

「まるで物乞いだな」

 

見下した笑みを浮かべたまま、役人の首は宙に舞った。

 

この後、十年にも及ぶ『林檎戦争』の始まりであった。

 

………

……

 

やたらと殺しの上手いガキがいる。

セイルがそのような噂を聞いたのは、十四歳の半ばを過ぎた頃だった。

 

国力で劣るマルネシアは、徴兵年齢の引き下げは元より、奴隷でさえも戦線へ投入していた。

それは開戦と同時に行われ、倫理観などかなぐり捨てた、なりふり構わない選択だった。

 

歴史的に見ても、マルネシアは常にラグウェルの属国として扱われてきた。

 

それが史上初めて、武力による反意を示した。

 

敗けた後にどうなるかなど、大抵の国民が理解していた。

 

セイルはそうした国風の中、志願兵として十二歳から戦場に立っていた。

一緒に志願した友達はもうほとんど残っていない。

それに思うところはない。みんな望んだ結果だ。

 

とは言え、率先して死にたいと言うわけでもない。

 

自分より年下で、かつ戦果を挙げている子供。

これから先を戦っていくために、何か得られるものがあるかもしれない。

そんな思い付きのもと、セイルは噂の人物に会いに来ていた。

 

「……なんだこれ」

 

国境際で起こった小規模な小競り合いは、二日で終了していた。

自身の所属する中隊を脱け出したセイルは、先程まで最前線だった場所に立っていた。

 

辺りには、両軍の死体が転がっている。

百は届かない程度。小競り合いだ、こんなものだろう、と思ったセイルは、違和感に気付く。

 

「ラグウェルの死体、多くないか?」

 

見渡す限り、七分三分で敵国側の被害が多かった。

 

「いつからうちは、こんなに強くなったんだ?」

 

有り余る兵の数に質が追い付かないまま、早四年が過ぎようとしている。

 

非人道的、子殺し、救いなき軍、悪し様に言われる自国軍だが、一つだけ無縁の評価があった。

 

強い、ということだ。

 

「そんなに戦力差はなかったはずだけど……ん?」

 

少し離れた所で、何かが動いた。

 

残党か? と槍を構えたセイルが見ると、折り重なった死体の下から、子供が這い出て来た。

 

少年兵であるセイルよりもなお若い。いや、もはや幼いと言っていい外見だった。

真っ黒な髪に血色の悪そうな肌。

 

初めセイルは、新種のゴブリンでも出たのかと思った。

 

「君……迷い混んだのか?」

 

槍の穂先を上げながら、セイルはその少年に歩み寄る。

 

少年が一息に間合いを詰めて、赤茶色の剣を振るってきたのは直後だった。

 

「うおっ!」

 

慌ててその一撃を槍で受ける。

所詮は子供の一撃であり、然したる衝撃もない。

 

が、次の瞬間、剣は刃先を下に向けて降り下ろされた。

向かう先は、槍を握るセイルの左手、その指だ。

 

「お、おい!?」

 

槍を手放すか、突き放すか、迷う間もなくセイルは大きく後ろへ飛び退った。

 

直前までセイルの足があった場所に、短剣が突き刺さった。いつの間にか取り出されたそれは、少年の右手に握られていた。

 

小さな身体が地を這うほど低く伏せられている。

 

突き放そうとしたりしていれば、空振りしたあげく足を止められていた。

 

(こんな子供が? 随分と手慣れたハメ方じゃないか)

 

辺りを見渡すと幾人かの死体には共通点があった。

 

武器を持っていない。いや、持てなくなっている。

指の欠損、引き切られたような手首、膝に突き立ったナイフ……そして、ぐしゃぐしゃに泣きわめいた死に顔。

 

(そりゃ痛いし、恐いよなぁ。あんな錆びた(・・・)刃で切られたり、関節抉られたりするんだ。武器も持てなくなって、動けなくされて……)

 

少年が手にした武器は、赤茶色の錆が至るところに浮かんでいた。

ろくに研ぎもしていないのだろう。まるでノコギリのようだった。

 

(なるほどね……この少年が噂の殺し上手か)

 

合点がいったセイルは、その場に槍を捨てる。

 

「止めよう。()はマルネシアの兵士だ。君の友軍だよ」

 

笑って見せたセイルに、少年は訝しむような目を向けると、

 

「そうなの?」

 

それだけ聞いた。

 

「そうだよ。君に会いに来たんだ」

 

「ふぅん」

 

少年は剣を収める。

ギャリギャリと、耳障りな音が鞘から響いた。

 

「ああ、首を集めに来たんだね。もう少しだから、待ってて」

 

襟元から手作りと思しき笛を取り出すと、大きく息を吸い込んで吹いた。

不安定な、しかし大きな音が辺りに響き渡る。

 

「……でも、珍しいね。いつもなら、首持って本営まで来いって言うのにさ」

 

「……いや、君に会いに来たんだって」

 

「? だから、会って首を回収しに来たんだよね?」

 

すぐ来るよ、そう言って少年は辺りを見回している。

 

「君、名前は?」

 

「カイト」

 

「今の戦いで、何人殺した?」

 

「さあ……十人以上は数えてないよ」

 

大戦果だった。

 

「正規兵じゃないよな? どこの所属だい?」

 

「戦奴第七小隊」

 

──ああ、じゃあ君は、自由を勝ち取るために殺しているのか。

 

口から出かかった言葉を止める。

いくらなんでも、友軍の、それも子供に言う言葉ではない。

 

「戦争奴隷は確か、小隊長クラスで二つの首を獲れば、解放されるよね。それを目指しているのかい?」

 

つまり、常識的に言えば無理だと言うことだ。

 

「よくわかんない。首一つでパン一個。十で小隊みんな分のパンとスープになるから」

 

「……はあ?」

 

訳がわからなかった。

少なくとも、一つの戦場で十も殺せば、昇進から除隊まで選択肢には事欠かない。

それが、パン? スープ?

 

「それ、誰が決めてんの?」

 

「……飼い主。名前は知らない」

 

「へえ」

 

セイルは初めて、友軍に殺意を覚えた。

こんな子供を戦場に立たせて、ろくな武器も与えないで、大の大人でも挙げられないような戦果に対して、まるで足りていない報奨。

 

確かにマルネシアは今、汚い戦争をしている。

人の命を湯水のように焼けた鉄にぶちまけて、戦線を維持している。

 

だが、だからこそ……

 

(守られるべきものはあるはずた。軍として最低限の規律はせめて)

 

小さな足音が幾つも聞こえてくる。

周囲には、子供の群れが集まっていた。

 

それこそカイトより幼い少女や、セイル位の少年もいる。

皆、死んだ目で、手には切り取ったと思しき生首を携えて。

 

「カイトくん、集めてきた」

 

そう言って首を差し出してくる。その手は傷だらけで、濁り固まった血に塗れていた。

 

「カイト、全部で十六個ある」

 

「カイトさん、こっちにはなかったよ」

 

ああ、その言葉を止めてくれ。

まるで悪夢だ。

 

例え圧倒的戦力差による虐殺が起こった戦場でも、こんな地獄は拝めない。

 

子供が、食べるために死体を漁っている。

首を切り落とし、運んでいる。

 

「こんなのって、ないだろ」

 

「ねえ」

 

カイトの呼び掛けに、セイルの肩が震えた。

 

「これでいい? 出来れば食べ物貰いに、陣地へ帰りたいんだけど」

 

「……わかった、一緒に来てくれ」

 

もはや取り繕うことも出来ず、セイルは目の前の子供たちに怯えていた。

興味本意でこんなところへ来てしまった自分を殺してやりたいとさえ思った。

 

「すまん」

 

セイルの口から、押し出されたような言葉が漏れた。

 

何が?(・・・)

 

それ以上の言葉など、用意できるはずもないのに。

ましてや聞き返されても、何も言うことなど出来はしないのに。

 

「……すまん」

 

まるで自分の中にあったマトモな部分を吐き出すかのように、セイルは繰り返した。

 

─────────────────────

 

「ちょっと」

 

酒で赤らんだ頬の上にジト目を浮かべて、リリルカが言った。

 

「盛りました?」

 

「え? まさか、真実百パーセントでお送りしております。このお話はノンフィクションです。ヤラセなどは一切ございません」

 

セイルはグラスに残った酒を飲み干して、二本目の煙草に火を着けた。

 

「団長様が『僕』とか? ハッ」

 

鼻で笑っちゃいますね、と言わんばかりの反応だった。

 

「そう思われませんか?」

 

お代わりのブドウ酒を持ってきたリューに尋ねる。

 

「虫酸が走りますね。誰も誉めてくれないからと、美化はよろしくない。聞いていて寒気を堪えきれませんでした」

 

さらっと毒を吐きながら、リューは離れていった。

 

「おいおい、()にだって、純粋な時代があったんだよ? 明日を信じ、希望に燃える少年時代がさ」

 

「うわっ、今、リリの身体に悪寒が走りました! 温かい飲み物下さい!」

 

「どうぞ…………お客様、当店ではそのような悪質で猥褻的な会話はお控えください」

 

「こらこらこら、人の青春時代を捕まえて猥褻とはなんだね」

 

「気色悪いです」

 

「え? キスして?」

 

「死ね」

 

短い言葉を残し、リューは去っていった。

 

「……まあ、それで色々あってな。あいつの飼い主を俺がぶっ殺したせいで、俺まで戦争奴隷落ちよ」

 

どうにもそうした人物が、目の前にいる男と同一とは思えず、リリルカは熱い茶を啜りながら考える。

 

「……ん? じゃあそれから六年間、最前線に?」

 

「おう。何せ満足に武器も無いとこだったからな。作戦も悪辣過ぎるって程煮詰めてよ。こいつが殺して、俺がケツ拭き。その連続だった」

 

懐かしむように、セイルは煙を吐き出した。

 

「ああ、その六年間で歪んだんですね」

 

「歪んだんじゃねえ。あの戦争で必要とされる考えを身に付けたのさ」

 

「……その事については、リリには何も言えません。リリは、戦争を経験してはいませんから」

 

「まあまあ、結構上手く回ってたんだぜ? 何せ、戦果だけは挙げてたからな。待遇だって、そこらの正規兵よか上にしてやった」

 

でもなぁ、と、灰皿に灰を落としながら言う。

 

「どんどんガキが増えるから、こいつ最後まで奴隷身分を捨てなかったんだよ。面倒見なきゃってよ」

 

赤ら顔で眠り続けるカイトを見ながら、

 

「多分まだ、こいつは普通に戻れた。殺しを止めて、戦場から離れて、羊飼いでもやってりゃな」

 

何かを悔いるように、セイルは続ける。

 

連中(・・)さえ来なけりゃ、そうなってた」

 

「連中?」

 

「ここじゃお馴染みだろうが」

 

ジリジリと、煙草が燃え進む音がする。

 

「神とそのファミリアが、来やがったのさ」

 

 




長い!

リリがちょっとしか出ない!

過去編は次で終わり!

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