ダンジョンで真人間を目指すやつもいる   作:てばさき

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結局のところ、類は友を呼ぶというお話。


第14話 邪悪なる支配者、酒場に降臨す 後編

ある意味喜劇だ。と思った。

 

「ぎゃはははは!」

 

エルフにさえ見劣りしないような美丈夫が、その口を歪めて大笑いしている。

野性味さえ感じさせる男は、さぞ色街では浮き名を馳せることだろう。

 

だが、

 

「くっくっく、ぶっひゃひゃひゃひゃ!」

 

だが、醜悪だ。

笑い様一つで、彼がマトモではないことがわかる。

こんな相手は初めてだと、リリルカは思った。

 

「ま、さ、か、カイトが女連れで酒場に来るなんてなぁ! は、腹がいてぇ!!」

 

笑っている理由は大したものでもない癖に、まるで悪巧みが成功したことを喜ぶ悪党にしか見えない。

 

そんな男が、リリルカの横に腰を下ろす。

 

「かーのじょ、何、コイツとはどこまで行ってるの?」

 

ゴトリ、と、持っていた槍をカウンターに立て掛けると、男はイキナリブッ込んできた。

 

「……冒険者様、私はただのサポーターです。今日はこちらの方のご厚意で、食事をご馳走になっているだけです」

 

務めて冷静に、リリルカは答えた。

悪い人間だというのはわかる。しかしその度合いがわからなかった。

慎重にならざるを得ない。

 

「おいおい、警戒すんなって。確かに俺は見ての通りの色男でワイルド、おまけにミステリアスで天才だが、ツレの女に手は出さねえさ」

 

ツレ、と言うのが、未だグラスをチビチビやりながら復帰を試みているカイトであると悟るのに、時間はかからなかった。

 

「カイト様の、お知り合いですか?」

 

このチンピラ レベル2が?

 

「そ。昔馴染みってやつ? 戦友と言っても良い」

 

終始嫌らしい笑みで話続ける男が?

 

 

──いざとなれば、癖は強いが仲間もいる。

 

 

カイトが昼間、言っていた仲間が?

 

(癖が強いって言うか、癖そのものじゃないですか! どういう交遊関係を持ってるんですかカイト様!?)

 

賭けても良い。

カイトに加えてこんなのとダンジョンに潜ったら、まず間違いなくリリルカは胃がネジ切れて死ぬ。

 

だというのに、男は締めの言葉にとんでもない爆弾を投下してきた。

 

「五日前からソーマ・ファミリアの団長(・・・・・・・・・・・・)やってる、セイル・アーティだ。よろしくな、リリルカ・アーデ(・・・・・・・・)

 

口端がつり上がる。白い歯と、真っ赤な舌が見えた。

 

「こそ泥稼業は順調かい? 我が団員よ」

 

リリルカの時間は、凍りついたように止まった。

知らぬうちに、肩が震えだす。

 

「おいおい、おいおいおーい、ビビんなって。俺がたかだか手癖が悪いくらいで、なんかする人間に見えんのか?」

 

見える。

殺されるだけならまだ平和的だと思えるようなことを、実際やったことがあるように見える。

カイトは言葉のチョイスが悪く、相手に誤解を与えるが、こいつは意図的にそれをやっている。

そう確信した。

 

「は、あはは……」

 

リリルカの口から笑いが漏れた。

 

道理で、今日は恵まれ過ぎていたはずだ。

楽しかったはずだ。

嬉しかったはずなのだ。

 

(こんな振り返しがあるなら、当然じゃないですか)

 

何を勘違いしていたのか。

自分はただの小悪党だ。

より大きな悪に、搾取されるだけの存在に過ぎないのだ。

 

あんなにも明るい道を、誰かと歩いてしまったから。

勘違いをしてしまったのだ。

 

(なんで、どうして、リリは……)

 

涙が溢れ出てくる。

 

「セイル」

 

俯こうとしたリリルカの耳に、カイトの声が届いた。

 

「──すぞ」

 

振り向くと、ウェイトレスから水のお代わりをもらっているカイトの姿があった。

 

グラスの中の水を一気に煽ると、椅子から立ち上がったカイトはキッとセイルを睨み付けた。

周囲の冒険者達が、何事かと注目する。

 

……何人かのウェイトレスは、ワクワクしたような視線を向けていた。

 

「リィリぬにゃんはいらら、ろろすぞ」

 

キリッとした表情とは裏腹に、酷くもの悲しくなる光景だった。

 

「はぁん? 何ですかぁ?」

 

セイルの聞く人間の神経を、須らく逆撫でするような声。

 

「……みう」

 

通りかかった美しいエルフのウェイトレスに、空になったグラスを差し出すカイト。

 

「どうぞ」

 

直ぐ様並々と注がれたそれを、一息に飲み干して、再度口を開く。

 

「──こいつに触るな」

 

手を伸ばし、肩を抱き寄せる。

 

「今日からリリは、俺の家族だ」

 

観客達が、一斉に沸き上がった。

銀髪と獣人のウェイトレスが、きゃあきゃあ言いながら見ている。目がキラキラだ。

 

「ぅっ……!? ぉ?……ぴっ!?!?!?………………オソラキレイ」

 

なお、爆心地にいたリリルカは、静かに現実から飛び立とうとしていた。

 

 

─────────────────────

 

「よーし、落ち着いたかぁ、アーデ?」

 

一頻りの騒ぎが収まったあと、相変わらず居座ったままのセイルが口を開く。

 

「…………リリはもう、生きてゆかれません」

 

顔を抑えたまま、リリはカウンターに突っ伏していた。

 

「……むふん」

 

同じくカウンターに伏したカイトから、気持ち悪い呻きが漏れる。

こちらはリリルカと違い、完全に潰れていた。

 

なんのことはない。先程エルフのウェイトレスがグラスに注いだのは、偶々手に持っていたドワーフ謹製の蒸留酒だったのだ。

ショットグラス一杯で大の大人を酩酊させる高濃度のアルコールながら、スッキリとした飲み心地でファンも多い。

 

つまり、下戸に飲ませて良いものではない。

 

酒の勢いで一瞬舞い戻った凛々しさは、発言の五秒後には言った本人を夢の世界へと旅立たせた。

 

「まあ気にすんなよ。こいつにとって自分の側にいて欲しいヤツはみんな家族なのさ」

 

頼んだ麦酒を飲みながら、セイルは続ける。

 

「戦場にいた頃からそうさ。この街じゃ多分、主神の他はお前だけだろうしな」

 

それに、こいつは言葉選びが下手だから。

 

ぎゃはは、と笑う様子は、多少さっきよりはマシな人間に見えた。

 

「あ、それともホントに家族になっちゃう? 結婚式でカヌゥ達に裸踊りさせてやろう」

 

見えただけだった。

 

「……結構です、団長様。それより、リリに何のご用でしょうか?」

 

僅かに顔を上げ、陰鬱とした目でセイルを見た。

 

「リリは、ペナルティを受けるのでしょうか?」

 

それこそが、リリルカの最大の懸念。

もうカイトと、冒険に行くことはできないのだろうか、という。

 

「え、まさかぁ」

 

ニヤニヤとしながら、勝手にナッツを噛み砕きながら、セイルは言った。

 

「おめえがカイトのツレじゃなきゃ、今頃は身ぐるみ剥いで娼館行きだよ?」

 

でも、こいつに唾つけられてちゃなぁ、とため息。

 

「ケンカになったら、俺負けちゃうし」

 

その言い様を、信用するしかない。

いざとなったら、カイトに助けを求めてみよう。

先程の言葉が嘘でなければ、きっと守ってくれるはずだ。

 

目の前の男よりは、遥かに分のある賭けだった。

 

………

……

 

セイルは残った麦酒を飲み干して、通り掛かったウェイトレスにグラスを渡す。

先程と同じ、エルフのウェイトレスだった。

 

「ハイ、彼女。澄んだ瞳だね、何て名前なの?」

 

「ご注文をどうぞ、お客様」

 

冷淡な、そう表現して差し支えない抑揚でウェイトレスは返事を返した。会話する気はない、と言外に告げていた。

 

「じゃあ、美しい君の髪と同じ色の酒を」

 

「……かしこまりました」

 

去っていくウェイトレスの後ろ姿を見送りながら、セイルはリリルカに話し掛けた。

 

「彼女はリュー・リオンって言うんだ。あのナリで、レベル4の元冒険者なんだぜ?」

 

「……凄腕じゃないですか。って言うか、知ってるなら名前なんて聞かなければ良いじゃないですか」

 

「バカか」

 

わかってないね、という言い方。

 

(うざい)

 

リリルカは反射的にそう思った。

 

「情報として知っていることと、直接あの小さな唇から零れ出る音として聞くのじゃ、価値は雲泥の差じゃねえか。女の名前は特に」

 

「お待たせしました」

 

ウェイトレス……リューが酒を持ってやって来た。

 

「良い色だ。君には及ばないが、良いブドウ酒だ」

 

「酒と比べられて、喜ぶ女はおりません」

 

そこでリューは、瞳を細め、睨むようにセイルを見た。

 

「どこかで、お会いしましたか?」

 

ヒヤリと、リリルカの背中に走るものがあった。僅かな殺気、それが目の前のウェイトレスから発されている。

 

「まさか! 君との出逢い(そんな奇蹟)があったなら、俺は空だって駆け上がってみせるさ」

 

「……私の名前と、経歴をどこで?」

 

「隠れたモノを探すのは得意なのさ。それが美女絡みなら尚更にね」

 

セイルに話す気が無いことを察したのか、リューは向けていた殺気を静かに収めた。

 

「もしも──」

 

「俺が君の過去を吹聴して、傷付けると? そんなことするくらいなら、君に逢いに何度でもここに来るさ。よっぽど健全で、前向きだ」

 

「軽薄ですね。最低だ」

 

リューは断じた。

これで話は終わりだと、立ち去ろうとする。

 

「その軽さが癖になる」

 

背中に向けて、セイルは言った。

 

「また来るよ。その時の最初の一杯は、これと同じブドウ酒で」

 

グラスを掲げるが、リューは止まることなく厨房へ入ってしまう。

 

「……見たか?」

 

殺気から解放され、安堵の息を吐いたリリルカは、心底呆れたようにファミリアの団長を睨む。

 

「何がですか?」

 

「俺のことを、気になって仕方ないって風だった。ありゃ、次はいの一番に俺のとこに来るね」

 

「全く相手にされていないようでしたが?」

 

「冷たく突き放して、ろくに相手をしなくても、自分になびいてくる相手にゃ情を持っちまうのがリュー・リオンって女さ」

 

ブドウ酒で口を濡らして、セイルは笑った。

 

「だから無愛想でも、ここじゃ人気がある。友達も美人揃いときてる」

 

やたら詳しい分析に、リリルカはうすら寒いモノを覚えた。

 

「暇潰しには、最高だぜ」

 

だってこの男はゲスだから。

カヌゥ達とは比べ物にならない程上位に位置する、邪悪な存在だから。

人を不幸にすることに、躊躇いを覚えない人間だから。

 

 

夕陽は完全に落ち、月が壇上に上がる。

 

「団長様は、どうやってその地位に?」

 

未だ目覚めぬカイトを待ちがてら、リリルカは質問を口にした。

 

「話すと短くなるが、まあいい。酒の肴になる程度には、愉快にしてやろう」

 

セイルは次の酒を頼みながら、取り出した紙巻き煙草に火を着ける。

立ち上る紫煙は、ホールの客を見下ろすように登っていき、解けるように消えていった。

 

 

──────────────────第一章 了




一方その頃

カヌゥはカツアゲ未遂の罰ゲームとして、セイルからノリと力づくで発せられた『ゴブリン一万匹倒すまで帰れまてぇん』に明け暮れていた。

逃げた場合、男色の上位冒険者達で彼の身体が競りにかけられることになっているため、必至だった。


3か月後、後に『ゴブリンおじさん』の二つ名を戴くレベル2の冒険者が誕生する。

超レアスキル、≪ゴブリンと一緒(マイ・フェア・ゴブリン)≫を発現し、ゴブリン以外からは経験値を取得できなくなった彼は、駆け出し冒険者たちの教導役として、その生涯を終える。

さすがの団長も、ドン引きだったという。



─────────────────────
カイト編、ちょっとお休み!
この話、オリキャラ複数いるんで、それぞれにスポット当てながら進みます。

20160127追記

気にされてる方がいらっしゃいましたが、セイルは分類的にはギャグ世界寄りのキャラです。

カイトはギャグシリアスが半々です。

なので、変にヘイトを集めるようなことはしないつもりです。

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