オリ主は扱いが難しい。
カイトは戦争奴隷だった。
本来使い捨てにされる筈だった彼は、他の兵士のような物資の供給も満足に受けることはできない。
武器は戦場で拾ったものを使う。
食料はその日殺した敵の首と交換。
そんな中でカイトは、慢性的に武器の扱いに頭を悩ませていた。
正しい剣の振り方など知らない。
手入れの仕方もまた然り。
当然、その手に握る武器は瞬く間に磨耗し、砕けた。
ある時、制圧した村に鍛冶場があるのを見付ける。
鍛冶屋の息子だったという隊員に、カイトは自分が使っていた武器の整備を頼んだ。
鉄が足りない、という隊員に対し、カイトは自分が予備として取っておいた、殺した相手の武器を全て渡す。
出来上がったのは、原材料として使ったどの剣も似つかない、漆黒の剣だった。
元より、見よう見まねの技術で打たれた剣は、斬れ味も鈍く、振るわれた時の音は棍棒のようだった。
しかし、妙にしっくりくる何かがカイトにはあった。
以来、殺した相手の武器は融かして黒剣へ混ぜ混むことが習慣になった。
何度も繰り返されるうち、剣は長く、重くなっていく。
欠けたり、砕けたりすることもあったが、徐々に斬れ味鋭く、頑丈になっていった。
ある時、カイトが戦場で戦った相手は、まだ少年であるカイトに涙し、剣を収めた。
なんと酷い、それが彼の最期の台詞だった。
後ろから首を撥ねたカイトは、相手が持っていた剣を回収し、何時ものように炉で融かしてもらった。
「変だな」
隊員がそう言う。
見てみると、回収してきた剣を融かした鉄が、同じく赤くなるまで熱せられた黒剣の上で砕けている。
どんな鉄も呑み込んで来た黒剣は、しかし、今回の剣とは相容れないとでも言うように、混ざり合うことを拒んだ。
結局それがどう言うことか、判明する前にその隊員は戦死。村も戦闘の際に火災に見舞われ、鍛冶場は失われた。
それが十一歳頃の話。
それからずっと、黒剣はカイトの手で多くの死体を作り続けてきた。
戦いの場が、戦場からダンジョンに移った今も、それは変わらない。
相変わらず、振るときの音は汚く、斬れたり斬れなかったりする、やたらと頑丈なまま。
その剣はカイトの手に握られている。
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十階層──
度重なるリリルカの制止を振り切って、カイトはそこにいた。
「ふっ!」
ブォン!
剣が振られ、胴体を切断されたオークが仰向けに倒れる。
「カイト様っ! 右!」
リリルカの呼び声に視線を向けると、数えるのも馬鹿らしい数のインプ達が群れをなして向かってきている。
そのさらに向こうにはオークらしき影。
「リリ! 隠れてろ!!」
言うやいなや、右手に黒剣、左手にナイフを引き抜いてモンスターの群れへと向かっていく。
カイトは空を飛ぶインプに対して、有効な攻撃手段を持たない。
「っつぅ!」
装備を貫通してくる痛みを堪え、そこにナイフを突き立てていく。
繰り返す内、インプの数が減ってくる。
だが、全滅よりもオークが近づいてくる方が速かった。
醜悪な豚面のモンスターは、その手に棍棒のような武器を持っている。
「豚の分際で……!!」
速度が足りなかった。
インプを処理する。
ポーションを服用する。
そして体勢を調える。
そのための速度が。
(なるほど、これがダンジョン……冒険か!)
焦れても事態は変わらない。
変えたければ、自分で動くしかない。ずっとそうやって来た。
「カイト様!」
リリルカの声、直後に飛びかかってきたインプの数匹が地面に落ちる。
見ると小さな矢が身体に突き刺さっていた。
リリルカの袖口に仕込まれたバリスタだ。
「リリ! 退いてるんだ!」
僅かな隙に、カイトは自分の身体に取り付いたインプを全て仕留めた。
残り、インプ凡そ十、オーク三。
生き残りのインプ達が、仲間を撃ち落としたリリルカへと殺到する。
ヤバい。
そう考えたとき、カイトの身体から一切の重さが消えた。
停止した状態からの急加速。
圧倒的な速度でインプ達を追い越し、リリルカの前へと移動する。
「ギキッ!?」
「一丁前にぃ……」
飛ぶ。
自分自身を砲弾のように、空中へと飛び上がらせて。
「ビビってんじゃねえ!!」
剣を振る。
真後ろで見ていたリリルカは、飛び上がった後のカイトの動きを理解出来なかった。
「……は?」
身体が回転した。
何回転かはわからない。
しかし、回転のたびに刃の向きが変わり、着地したときにはインプ達は細切れにされて地面に落ち始めていた。
「どういう反射神経してるんですか」
もはや、唖然とするしかない。
懐に忍ばせた魔剣を使うつもりだったリリルカは、その動作の途中で引き攣った笑いを浮かべることしかできなかった。
「あとは豚だけだ!」
カイトはポーチから取り出したポーションを煽りながら叫ぶと、こちらへ突進してくるオーク達へ走り出す。
その勢いを殺さずに、一閃。
三方向から迫るオークに対して、カイトは身体を半回転させながら黒剣を振り抜いた。
肉の塊が弾けるような音とともに、オーク達の腹部が
(……もう間違いない。カイト様は何らかのスキルを持っている。それも、
リリルカは確信した。
でなければ、初めて遭遇するモンスター相手にあの一方的な戦い方は不可能だ。
「……リリ、怪我はないか?」
こちらを向くカイトは、なんでもなかったかのように聞いてくる。
ポーションで癒しきれなかった傷から血が滴っているが、無事のようだ。
「はい、リリは大丈夫です。それよりカイト様は?」
「問題ない……とはいえ、疲れた。戻りも考えると、今日はここまでかな?」
「そうですね。一先ず魔石を回収したら、上へと戻りましょう。カイト様は周囲の警戒を」
「任せろ」
また、守られてしまった。
たまにピンチになったかと思えば、直後に先程の様な動きを見せる。
(あれ……もしかしたら、カイト様って、リリが知る中でも──)
上位に入るほど、強い。
そんな考えが浮かぶ。
魔石を回収する手を動かしながら、リリルカは想像することが止まらない。
──
(いやいやいや、流石に勝てませんって。何を考えているんでしょうね、私は)
馬鹿な妄想を、頭を振って忘れる。
「……疲れすぎです。全く今日は散々です」
呟きながら、最後の魔石を回収し終える。
「カイト様、終わりました!」
「よし、それじゃあ、帰りは流して帰るか」
「また立ち止まって派手にやらかされるようでしたら、リリはカイト様をお見捨てすることも考えなければなりません」
嫌味のつもりだった言葉はしかし、予想以上に相手には届かなかった。
「さっきは素晴らしいアシストだった。だが、もしまた同じ状況になったなら俺のことは見捨てて逃げろ」
剣を納め、何度か確かめるように腕を回しながら。
「リリが怪我するのは、凄く嫌だ」
歩き始めるカイトの背中は、まるで疲れなど残っていない様に見えた。
「……考えておきます」
リリルカはフードを深く被り直してその後に続いた。
目の前の背中が、振り向かないことを祈って。
きっと今、自分の顔は赤くなっているだろうから。
実は、ダンジョン編は三部構成だったのさ!
というのは嘘。
さすがにバトルカットはねえなと思い直し、剣エピ入れて追加。
しかしまあ、最後は結局リリっていうね。
可愛い、っていうね。