ご都合主義が満載ですが、ご容赦を。
では、投稿です。
本編をどうぞ。
「なんだったんだ、さっきの魔獣は?」
氷原の中央に立ち尽くしたまま、志緒が牙城に質問する。
民間人に過ぎない牙城に、舞威媛が助言を求める、という時点で失態ではあるのだが、今はそんな建前を気にしている場合ではない。
「魔獣……か。 あれが、本当にただの魔獣ならいいんだがな……」
しかし牙城は、思い悩んだような表情で答えてくる。
「どういう意味?」
「当たりだったのかもしれねェってことだよ。 この地に埋まってるって“災厄”。 婆ァの話、噓じゃなかったのかもな」
「災厄って……まさかさっきの龍族のことか……?」
霧の中で一瞬だけ目にした漆黒の巨影を思い出し、志緒は声を低くする。
龍族は、攻魔師である志緒にとっても未知の存在だ。
“混沌界域”や暗黒大陸の奥地に少数だけ生き残っていると言われても、その実態は解らない。 人類以上の知性を持つという龍族は、魔族と魔獣の境界線上に位置する種族であり、旧き世代の吸血鬼をも凌ぐ、凄まじい戦闘力を持つ事で知られていた。 その龍族が神緒多地区に出現したら、獅子王機関や自衛隊による包囲網だけで防ぎきれるとは思えない。
牙城は、志緒の呟きに素っ気なく首を振る。
「いや、そいつは違うな」
「え?」
「龍ってのは、護る者だろ」
「護る……者……?」
牙城の曖昧な言葉に、志緒は困惑の視線を向けた。
牙城は志緒に向き直って、いつもの胡散臭い笑顔を見せてくる。
「とにかく、一度引き上げようぜ。 どのみち怪獣退治はオレたちの領分じゃねぇ。 つか、凪沙を紅蓮の小僧に引き渡しての言い訳しねぇと、オレの命がない」
それは、獅子王機関も例外じゃないんだぜ。と、牙城は笑いながら告げる。
志緒はぎこちなく頷き、
「そうだな……うん……」
志緒は牙城の提案を受け入れた。 牙城の説明を納得した訳ではないが、意識のない凪沙の体調が気がかりだったからだ。
冷気の霧に包まれた湖上の気温は零度を下回っていた。 このまま凪沙が無防備に眠り続けていたら、最悪、体温を奪われて凍死の危険性もある。
「霧が、晴れてきたか……」
近い湖岸に向かって志緒たちが歩き出したその直後、牙城が不機嫌そうに呟いた。
眠っている凪沙を背負ったまま足を止めて、ゆっくりと周囲を見回している。
牙城の言う通り、湖の周囲を覆っていた霧は薄れてきたように感じられた。 遠くの景色は未だに白く霞んでいたが、湖の対岸程度までは、うっすらと視認できるようになっている。
「急に静かになったな……嫌な雰囲気だぜ」
盛り上がった氷の丘陵を睨んで、牙城が呟く。
牙城が見つめていたのは、氷上に刻まれた不規則な染みだった。
無数の亀裂に覆われた斜面のあちこちに、複数の鋼色の汚れが残されている。 それが単なる汚れではなく、引き裂かれた魔獣の死骸だと気づいて、志緒は小さく息を吞んだ。
「こんな……いったい誰が……!?」
魔獣の死骸は一体や二体ではなかった。 四、五十体、あるいはそれ以上か──魔獣の群れが、一方的に虐殺されている。
霧に隠れていたせいで気づかなかったが、生き残っていた魔獣の殆んどが、この場所に集結していたのではないかと思われた。 そして何者かと戦い、全滅したのだ。
氷の斜面の中腹に、立ち尽くしている小さな影があった。 道着姿の白髪の女性だ。 彼女の手には抜き身の薙刀が握られている。
「緋沙乃様!?」
驚く志緒の声が聞こえたのか、緋沙乃がゆっくりと振り向いた。
志緒の背後にいる牙城を見ても、緋沙乃は驚かず溜息を吐くだけだ。
「斐川志緒……凪沙を助けてくれたのですね。 礼を言います」
「いえ、そんな。 私はなにも……」
感謝の言葉を告げてくる緋沙乃に、志緒は慌てて首を振る。 事実、気絶した凪沙を保護した以外に、志緒は何もしていない。
「よう、婆ァ。 こいつらは全部あんたがやったのか?」
牙城が緋沙乃に聞き、緋沙乃は冷ややかに牙城を見返して、
「そんなわけがありますか。 私も、つい先程これを見つけたところです」
「自衛隊の仕業、ってわけでもなさそうだな」
そう言って牙城は、魔獣の死骸を靴の先で転がした。
魔獣に残された傷跡は、刃物か、あるいは鋭利な爪などによるものだ。 銃器が主体の自衛隊の攻撃ではあり得ない。
「まるで、何かを護るために戦いを挑んだようにも見えますね……」
志緒が無意識に感じた印象を口にする。
全滅した魔獣の行動には明確な意思が感じられた。 女王蜂を守るのように一カ所に群がって、全滅するまで戦いをやめようとはしなかったのだ。
志緒の言葉を無言で聞いていた緋沙乃が、何かに気づいたように顔を上げた。
牙城は苦々しげな顔で頷き返すと、振り向きもせずに早口で志緒に聞いてくる。
「志緒ちゃん、
「……できるけど、どうして?」
志緒は、むっ。としながら聞き返した。
しかし振り返る牙城の表情からは余裕が失われていた。 意識をなくしたままの凪沙の体を、志緒に押しつけてくる。
「凪沙を連れてここを離れてくれ。 なるべく遠くまでだ」
「え?」
戸惑いを覚える志緒の頭上で、太陽が翳る気配がした。 銀黒色の巨大な影が、志緒たちの頭上へと旋回しながら降りてくる。
その正体に気づいて、志緒は言葉を失った。
十四、五メートルにも達する巨大な翼。
鎧のような鱗と、分厚い刃のような蹴爪で武装した二本の後ろ脚。
鞭のように伸びる太い尾と、肉食のトカゲに似た凶暴な顎。
「わ、
空から舞い降りてくる巨大な魔獣を、志緒は呆然と見上げて呟く。
嘗て、戦争の道具として使われた飛龍の戦闘力は、飛行系の魔獣の中では最強だ。 本物の龍には及ばぬまでも、他の魔獣とは格が違う。 太史局の六刃神官でも、単独で撃破することは不可能だろう。
志緒をさらに動揺させていたのは、飛龍の背中に据え付けられた騎乗用の鞍だった。
鞍上には、騎槍を構えた騎手の姿。 漆黒のマントを羽織った、黒銀の騎士だ。
「魔獣を皆殺しにしたのは、あいつか」
“死都”から取り出した機関銃を構えて、牙城が言った。 大火力を誇る軍用重機関銃が、
「正義の味方……というわけじゃなさそうだな」
黒銀の騎士を睨んだまま、牙城が緋沙乃に問いかけた。 緋沙乃は厳めしい表情のまま頷いて、
「ええ。 今、姿を現したということは、あの者の目的はおそらく──」
「神縄湖の災厄そのもの、か……最悪の予想が的中しやがったぜ」
牙城の悪態と同時に、黒銀の騎士が動いた。
「牙城、
「ただでさえ老い先短いってのに、無理すんじゃねーぞ!」
緋沙乃と牙城が武器を構えて散開した。
牙城の機関銃が轟然と火を噴き、飛来する飛龍を迎撃する。 機関銃に給弾されているのは、対魔族用の琥珀金弾。 だが、
一方、緋沙乃は黒銀の騎士に向かって、攻撃用の式神を放っていた。
ハヤブサに似た銀色の猛禽が、弾丸並の速度で騎士を襲う。 だが、二十体を超える緋沙乃の式神は、黒銀の騎士に触れた瞬間、砕け散るように消滅した。
防御されたわけでも、撃ち落とされたわけでもない。 式神としての機能を失って、
「なに……!? どうなってるの!?」
志緒は牙城たちの苦戦する様子を、困惑しながら見つめていた。
いくら強靭とはいえ、生物に過ぎない
騎士の強さの性質は異常で異質だった。 牙城と緋沙乃には、その異質さに対抗する手段がない──。
おそらく牙城たちは、最初から気づいていたのだろう。 だから牙城は、志緒に離れろと言ったのだ。 自分たちが時間を稼いでいる間に、逃げてくれ、と。
「走れ、志緒ちゃん!」
機関銃を投げ捨てて、牙城は新たに対物ライフルを構えた。 本来なら、地面に固定して使う巨大な銃を、強引に腰だめに構えて撃ち放つ。
「呪式弾が……効いてない……!?」
目の前の信じられない光景に、志緒は無意識に足を止めた。
その直後、緋沙乃が振り下ろした薙刀が、甲高い音を立てて砕け散る。 黒銀の騎士が握った槍が、奇怪な波動を放ちながら緋沙乃を地面に叩きつけていた。 特殊攻魔部隊の教官を務める程の緋沙乃が、為す術もなく一方的にやられている。 彼女が弱いわけではない。 黒銀の騎士の装備が、緋沙乃の攻撃を封じているのだ。
「緋沙乃様!?」
鮮血を吐く緋沙乃の姿に、志緒は悲鳴を上げた。 凪沙を凍った湖面に横たえて、志緒は銀色の洋弓を構える。
「──認証申請!
「よせ、志緒ッ!」
血塗れの牙城が、志緒に怒鳴った。
しかし志緒は、牙城の警告を黙殺した。 この状況で牙城や緋沙乃を救えるのは、志緒の、
「獅子の舞女たる高神の真射姫が請い奉る!
残された呪力全てを注ぎ込んで、志緒は最大威力の攻撃を放つ。
呪矢に取り付けられた鳴り鏑が、高密度の魔法陣を描き出し、吸血鬼の眷獣にも匹敵する巨大な魔力の砲弾を生成する。
その灼熱の閃光を黒銀の騎士は自らのマントで受け、水面に零したインクのように騎士のマントが虚空を侵蝕し、厚みを持たない漆黒のオーロラとなって、呪術砲撃は闇の中に吞み込まれ消滅した。
――そう、まるで最初から存在しなかったかのように。
「う……噓……」
矢を放ち終えた姿勢のまま、志緒は全身を竦ませる。
黒銀の騎士が、ゆっくりと振り返って志緒を見た。 そして、音もなく飛翔した
騎士の槍の切っ先は、志緒の心臓へと向けられていた。 それでも志緒は動けない。 限界以上の呪力を放出したせいだ。 呪力の枯渇で全身の力が抜けていく。
自分の胸元へと迫る槍の輝きが、志緒の瞳にスローモーションで映っている。
ゴッ、と鈍い衝撃があり、志緒は背中から氷原に叩きつけられて、頰に温かな鮮血が降り注いだ。
志緒が流した血ではない。 彼女の盾となって、代わりに槍に貫かれた者がいたからだ。
志緒の正面を向いている牙城が、両膝を氷の地面に突ける。
「……逃げろ……志緒……」
牙城は目を閉じたまま動かない。 牙城の背中からは、凄い勢いで血液が流れ出している。
志緒を庇って、黒銀の騎士の攻撃を受けたのだ。
「違う……違うんだ……私……こんなはずじゃ……」
志緒が弱々しく首を振る。
志緒にも解っていた。 この状況を招いたのは自分自身だ。 牙城の警告を無視して黒銀の騎士を攻撃し、そのせいで牙城は重傷を負ったのだ。
自分の勝手な行動が、牙城たちを窮地に追い込んだ。
――――絶対絶命のその時だった。
悠斗が、朱雀の背に乗って姿を現したのだ。
飛翔する朱雀の背で立ち上がり、
「……降臨せよ、黄龍」
悠斗は、自身の隣に黄金の龍を召喚した。
「――
黄龍が放った稲妻の槍が、騎士の槍を弾き返す。
牽制攻撃とはいえ、黄龍の攻撃に耐えたという事は、騎士が携える槍は何かしらが付与されている。 そう考えるのが妥当だ。
悠斗は、朱雀の背から飛び降り、回りを見渡し溜息を吐く。
悠斗の後方で横たえられている凪沙。 負傷してる牙城に緋沙乃。 牙城が庇い、呪力が枯渇した志緒だ。
獅子王機関、自衛隊は壊滅状態であり、神縄湖は知っての通り、
「……んだよこの状況は、俺は何処に怒りをぶつければいいだよ……」
悠斗は、もう我慢の限界だ。と呟き、目を向けたのは、
「……お前でいいや」
悠斗の内から黒い何かが眷獣たち包み、闇に沈む。
悠斗は言葉を紡ぎ朱雀と融合するが、付与された翼は紅蓮でなく
召喚した黄龍と、融合した悠斗の魔力の波動を当てられ、漆黒の騎士は冷汗を額に一筋流した。
その時――、
「──
静かな、威厳に満ちた美しい声が聞こえてくる。
金色の霧から金髪碧眼が姿を現し、異界からの眷獣を召喚し、悠斗に攻撃を仕掛けたのだ。
「……
だが悠斗は、背に付与された漆黒の翼で体を包み込み、
「……ふーん。……これが噂の、
――煉獄の力。
それは、神の力が負に傾くと現れる力。 今の悠斗は、負の感情が渦巻いてる状況なのだ。
「キラ、トビアス──あれは任せる。 せっかくの手がかりだ。 丁重にもてなしてあげてくれ。 僕は、天使と遊ぶよ。 いや、今は
貴族青年は、黒銀の騎士を睨んで部下に呼びかけ、彼は、氷上に横たえられた凪沙の方へと近づいていく。
だが、この時、悠斗の背の翼のから、鋭い棘のような物が放たれる。
「――“
ヴァトラーが召喚したのは、鋼の刃で覆われた蛇だ。
無数の剣の鱗を持つ蛇は、漆黒の棘と衝突し、それを弾き飛ばす。
「……暁凪沙を視認できてないのか」
ヴァトラーは、悠斗と凪沙、回りを見渡してから、
「……成程。 暁凪沙を傷つけられて、かなり頭にきてたんだネ」
戦闘になるが、ヴァトラーは凪沙たちを護るように戦っていた。
ヴァトラーは、『昔の借りを返すよ、暁凪沙たちを護るって事でネ』こう内心で思っていた。
――閑話休題。
ヴァトラーができるのは、悠斗の攻撃から凪沙たちを護る事だけだ。
“今後の戦闘と混乱を楽しもうとする。” もし、ヴァトラーが現状で他の眷獣たちを召喚すると、この場から約二キロは吹き飛ばしてしまう。
なので、ヴァトラーは――、
「(暁の巫女よ。 どうか悠斗を止めておくれ)」
と、思った。
そして、黄金の龍と蛇が衝突し、ヴァトラーは戦闘を続けるのだった。
♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦
暁凪沙は、不思議な空間の中にいた。 四方形の空間の中で、自身は浮いているといえばいいのか。 そんな感じだ。
ちなみ衣服は、巫女装束のままだ。
「……此処はどこだろう?」
漂いながら、凪沙は呟く。
そして、後方から声が聞こえてきた。 懐かしいような、聞き覚えがある声だ。
凪沙は其方に振り向き、目を丸くした。
凪沙の目に映ったのは、――――悠斗の家族だったからだ。 何かしらの力によって現世に魂を留めていたのだろう。 おそらく、眷獣が留めていた。が妥当だ。 魔力の塊である眷獣なら可能と考えられる。 そう凪沙は結論付けた。
『初めましてかな。 オレの名前は、
『私の名前は、
『私は、
残留思念だけどね。と朱音が言い、神代一家は笑った。
凪沙は、こういうのは最初が肝心なのにー。と内心で呟きながら、
「あ、暁凪沙です。 よろしくお願いします」
ペコリと頭を下げる凪沙。
凪沙がこの空間に入れたのは、意識が切り離された状況であり、アヴローラ・フロレスティーナの魂が共鳴したからだ。 それを神代一家から聞いた凪沙は、なるほど。と頷いた。 ちなみに、この空間での十分は、外界での一秒らしい。
という事なので、神代一家と凪沙は約一時間程、悠斗と自身の絃神島生活について談笑した。
『成程な。 悠斗と凪沙ちゃんは、絆を深めて婚約者になったのか』
『辛い事も一杯あったと思うけど、私たちの子は立派に育ってくれたのね』
『うんうん、悠斗の姉として鼻が高いよ』
龍夜、優白、朱音と呟く。
「い、いやー。 それ程でも」
恥ずかしくなった凪沙は、右を掻き、顔も桜色に染まっていた。
それにしても、外は戦闘の真っ最中だというのに、凪沙たちはかなり和んでいた。
談笑が終わり、張り詰めた空気に変わった所で、龍夜が本題に入る。
『今の悠斗は暴走状態に近い。 そして被害を最小限に留め、悠斗を止められるのは、凪沙ちゃんだけだ』
『私たちが、悠斗の眷獣の支配権を一時的に奪い、凪沙ちゃんに託すからね』
『私たちが使役してた眷獣だから、可能な芸当なんだけどね』
確かに、優白と朱音の言う事は可能だ。
元を辿れば、朱雀、青龍、白虎は、両親たちが宿していた眷獣なのだ。 玄武に関しては、一族で位が高かった龍夜が呼びかければ機能が停止するだろう。
『残るは、黄龍と麒麟か……オレたちは見た事ないし、奴らとは面識がないからな……』
黄龍と麒麟は、悠斗が宿した眷獣だ。 なので、本人から機能を奪う事は不可能である。
龍夜の言葉に、凪沙が龍夜を正面から見る。
「そこは任せて。 私とアヴローラで呼びかける。 私たちでなら可能だよ」
今の凪沙は人間だ。 悠斗の“血の伴侶”としての繋がりが切れている為、上手く干渉できるとは限らないが、凪沙たちは確実に成功すると思っていた。
きっと、自身と悠斗の絆は、切っても切れないもの。と、凪沙は強く思ってるから、今の発言をしたのだろう。
確かに、これまで凪沙と悠斗が築き上げた
凪沙の目の前に現れたのは、光の加減で色を変える淡い金髪。 だが、場合によっては、燃え上がるような虹色の髪を持つ、妖精のような少女だ。――十二番目の“
この空間でならば魂だけだとしても、元の体を再現する事が可能なのだ。
「アヴローラ。 さっきの話に付きあってくれる?」
「我の魂は、暁の巫女と共に――」
「そっか。 じゃあ、お願いね」
「汝の願い、訊き届けた――」
アヴローラの魂は、凪沙の体の中に入っていった。
『それじゃあ、オレたちもだな』
『凪沙ちゃん。 朱雀の所有権を奪ったら、すぐに融合して。 そしたら、多少の無理は可能だと思うから』
『魔力は心配しなくても大丈夫。 私たちで何とかするわ』
「わかった」
凪沙が頷くと、神代一家の魂は、凪沙の中に入った。
凪沙は深呼吸をしてから、現実世界に帰還する。
♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦
「暁の巫女よ。 お目覚めかな」
「ヴァトラーさん。 後は任せて下さい」
凪沙が置き上がり、ヴァトラーにそう言うと、ヴァトラーは静かに微笑んだ。
「後は貴女に任せます。 悠斗が目を覚ましたら、こう言って下さい。『蛇遣いは、借りを返した』と」
「わかりました」
「では、そのように。 僕は王子の元へ向かいます」
凪沙がヴァトラーの顔を向けた方を見ると、そこには、イブリスベール・アズィーズ──第二真祖“
どうやら、イブリスベール・アズィーズは、今の
確かに、今の悠斗は理性を失い、ただの獣だ。 こんな状態で勝負を挑んでも、ただの作業と変わらない。
「……悠君。 朱君たちの所有権を一時的にもらうね」
凪沙が左手を突き出すと、悠斗の内から、魂のようなものが吸い上げられていく。――そして、悠斗の背の漆黒の翼は消え、朱雀、青龍、白虎の所有権を奪う事に成功する。
玄武を奪う事はできなかったが、状況から察するに召喚の機能が停止している。 悠斗は、眷獣の所有権を奪われるとは思っていなかったのだろう。 かなりの動揺の色が窺えた。――そう、常時の守護も消えているのだ。 悠斗が平静だったならば、このような事態は上手く回避してた事だろう。
そして、悠斗に残された眷獣は、黄龍と麒麟のみだ。
凪沙は言葉を紡ぐ。
「――紅蓮を纏いし不死鳥よ。 我の翼となる為、我と心を一つにせよ――おいで、朱君!」
凪沙と朱雀は融合し、背部からは、二対四枚の紅蓮の翼が出現し、瞳も朱が入り混じる。
本来なら、凪沙が眷獣と融合するのは不可能だ。 だが、今の凪沙の中には、朱音の魂があるのだ。 この融合は、その賜物とも言えるだろう。
「――おいで、
黄龍は、
黄龍も、ヴァトラーとの戦闘で激しく消耗しており、今にも具現化が解けそうだ。
勝負は目に見えていた。 そして、
困惑する悠斗を余所に、凪沙な悠斗の前まで歩みより、正面から優しく抱きしめた。
「悠君、私の隣で笑ってて下さい。――――愛してます」
凪沙は、自身の想いを悠斗にぶつけた。
すると、悠斗に反応があった。
「…………凪沙……か」
「……うん、凪沙だよ」
凪沙は、悠斗の唇に自身の唇を合わせた。
悠斗と凪沙の間には、再び繋がりが構築され、この瞬間に凪沙は、悠斗の――――“血の伴侶”に戻り、周囲を囲むように光の渦が舞い上がった。
♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦
悠斗が目を覚ました場所は、暗闇に包まれた空間だ。
何度か訪れた事がある、眷獣たちの精神世界とも異なる。
「どこだ、ここ。……てか、俺。 暴走したんだっけか」
そこら辺が曖昧で思い出せねぇ。と呟く悠斗。
悠斗が腕を組み考え込んでいると、すると目の前から一人の少女が姿を現す。
顔立ちは凪沙だが、しかし髪の色が違っている。 髪は色を淡い金髪。 だが、見方を変えると、燃え上がるような虹色の髪の少女だ。
「再び、相見えることができたな」
悠斗は、震えた声で呟く。
「お、お前。 アヴローラなのか……」
「我の名は、アヴローラ・フロレスティーナ。 久しいな、悠斗」
悠斗が、『凪沙はどうしたんだ?』と問いかけると、アヴローラが、『優しき、暁の巫女の
詳しい理屈は解らないが、凪沙がアヴローラに体を貸し、アヴローラは表に出る事ができたらしい。 アヴローラの話によれば、此処の空間は、悠斗の心の中だという事だ。
「つっても、暗過ぎないか」
「それは悠斗。 汝が、闇に呑まれそうになってるから」
「……闇、か。 てことは、煉獄の力が発動したのか……。 あの力は、色々とマズイぞ……」
「案ずるではない。 汝と四神たちの動きは、暁の巫女の元に」
アヴローラの話によると、悠斗の両親の魂があったからこその芸当。と言っていたが。
悠斗はそれよりも、
「(……マジか。 凪沙が俺の両親と会ってたとはな)」
と、いう思いの方が強いのだ。
「汝の麒麟は、まだ不完全なのか?」
「一度だけ手を貸してくれたんだが、それ以降は技が制限されてな。 召喚に応じてくれるのも、奴の気まぐれが多い」
MARにあったアヴローラの亡骸を守る時に、自ら封印を解き手を貸してくれたが、以降は力が制限され、上手く召喚できるかも危うい。
「この暗闇から脱出するには、奴の力が不可欠」
「……黄龍に負担かけすぎた、って事か」
悠斗は暴走し、黄龍に無理をさせすぎた。 なので、現状で黄龍の力を頼るのは不可能だろう。 脱出の鍵である麒麟も、力が制限され、神の力を出し切れていない。
そして悠斗は、アヴローラの言葉の真意を読み取った。
アヴローラはこう言っているのだ。――――『我の血を吸血すれば、麒麟の支配下は、完全に悠斗のものになる』と。
現在、悠斗の血に住まう眷獣は、黄龍と麒麟なのだ。
「でもなぁ……」
「……悠斗。 我の血を吸血するの不服? 悠斗って、ヘタレ?」
こてんと、可愛く首を傾げるアヴローラ。
「おいこら、シリアス空気をぶち壊しだな。 つーか、その言葉どこで覚えたんだよ」
肩を落とす悠斗。
「以前、暁の巫女が言っていたのを思い出しただけ」
「そういう事。 まあ、魂が共存してるなら不思議ではないし」
「で、あろう」
「……急に片言になるなよ。 それにしても、一緒に遊んでた事を思い出すな」
アヴローラは微笑んだ。
「……“るる家”の凍てつく
「そうだな。 るる家のアイスは美味かった。 いや、アヴローラたちと食べたから美味く感じたのかもな」
暫しの沈黙が流れ、アヴローラが口を開く。
「……悠斗。 汝は、暁の巫女と共に歩むべき。 我は悠斗を、暁の巫女の元へ送り届けたい」
悠斗は覚悟を決めた。
「……わったよ。 お前の血を吸わせてもらうよ。……つっても、元は凪沙なんだけどな」
「いや、暁の巫女の
「……成程な。 覚醒した事で、アヴローラの魔力が循環し始めた。ってところか」
もし、悠斗が吸血をし、アヴローラの魔力が悠斗にも循環すれば、アヴローラの魂は、悠斗の中に留まる事も可能になるらしい。
まあでも、アヴローラの魂は、凪沙に任せるのが得策だろう。
「……俺、規格外さが増してくな」
「それは元から、心配いらない」
「おいこら、平然と同意するな」
アヴローラは悠斗の前まで歩み寄り、右手で衣服装束をずらすと、肩から、白い肌と細い鎖骨。 首筋が露わになる。
そして、悠斗の瞳は真紅に変わり、唇の隙間から牙が覗く。
悠斗はアヴローラをゆっくり抱き寄せ、悠斗の牙が凪沙の体にそっと埋まっていく。
「……んん」
アヴローラの口から、弱々しい吐息が洩れる。
やがて、抱き付いていたアヴローラの力が抜け、吸血が終わった悠斗は、そっと牙を抜いた。
そして、アヴローラから離れ、
「悪い、痛かったか」
「ん、問題ない」
巫女装束を直したアヴローラがそう呟く。
悠斗はというと、魔力が全快し、麒麟の封印は完全に解け、アヴローラの氷の魔力も使用できるようになっていた。
「さて、行くか」
「我も、暁の巫女と共に。我、暁の巫女の肉体を借りている」
悠斗は、そうだな。と頷いた。
左手を突き出し、言葉を紡ぐ。
「――降臨せよ、麒麟!」
悠斗の正面に召喚されたのは、一本の角に白い鬣、体の背部の衣は白色であり、その他は、黄金の衣を纏った神獣だ。
アヴローラと悠斗が麒麟に背に乗り、悠斗が合図をするとその場から跳び、黄金に輝く神獣は一筋の閃光へ変わる――。
神代一家の魂は、悠斗君がヤバくなったら出てくるような感じになってました。
まあ、作者の独自設定ですね。(無理矢理感が否めないが)
つか、ヴァトラーがいい人過ぎる(笑)
ではでは、次回もよろしくです!!