ストライク・ザ・ブラッド ~紅蓮の熾天使~   作:舞翼

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予定より長くなってしまいました(;^ω^)
ご都合主義が満載ですが、ご容赦を。

では、投稿です。
本編をどうぞ。


咎神の騎士Ⅲ

「なんだったんだ、さっきの魔獣は?」

 

 氷原の中央に立ち尽くしたまま、志緒が牙城に質問する。

 民間人に過ぎない牙城に、舞威媛が助言を求める、という時点で失態ではあるのだが、今はそんな建前を気にしている場合ではない。

 

「魔獣……か。 あれが、本当にただの魔獣ならいいんだがな……」

 

 しかし牙城は、思い悩んだような表情で答えてくる。

 

「どういう意味?」

 

「当たりだったのかもしれねェってことだよ。 この地に埋まってるって“災厄”。 婆ァの話、噓じゃなかったのかもな」

 

「災厄って……まさかさっきの龍族のことか……?」

 

 霧の中で一瞬だけ目にした漆黒の巨影を思い出し、志緒は声を低くする。

 龍族は、攻魔師である志緒にとっても未知の存在だ。

 “混沌界域”や暗黒大陸の奥地に少数だけ生き残っていると言われても、その実態は解らない。 人類以上の知性を持つという龍族は、魔族と魔獣の境界線上に位置する種族であり、旧き世代の吸血鬼をも凌ぐ、凄まじい戦闘力を持つ事で知られていた。 その龍族が神緒多地区に出現したら、獅子王機関や自衛隊による包囲網だけで防ぎきれるとは思えない。

 牙城は、志緒の呟きに素っ気なく首を振る。

 

「いや、そいつは違うな」

 

「え?」

 

「龍ってのは、護る者だろ」

 

「護る……者……?」

 

 牙城の曖昧な言葉に、志緒は困惑の視線を向けた。

 牙城は志緒に向き直って、いつもの胡散臭い笑顔を見せてくる。

 

「とにかく、一度引き上げようぜ。 どのみち怪獣退治はオレたちの領分じゃねぇ。 つか、凪沙を紅蓮の小僧に引き渡しての言い訳しねぇと、オレの命がない」

 

 それは、獅子王機関も例外じゃないんだぜ。と、牙城は笑いながら告げる。

 志緒はぎこちなく頷き、

 

「そうだな……うん……」

 

 志緒は牙城の提案を受け入れた。 牙城の説明を納得した訳ではないが、意識のない凪沙の体調が気がかりだったからだ。

 冷気の霧に包まれた湖上の気温は零度を下回っていた。 このまま凪沙が無防備に眠り続けていたら、最悪、体温を奪われて凍死の危険性もある。

 

「霧が、晴れてきたか……」

 

 近い湖岸に向かって志緒たちが歩き出したその直後、牙城が不機嫌そうに呟いた。

 眠っている凪沙を背負ったまま足を止めて、ゆっくりと周囲を見回している。

 牙城の言う通り、湖の周囲を覆っていた霧は薄れてきたように感じられた。 遠くの景色は未だに白く霞んでいたが、湖の対岸程度までは、うっすらと視認できるようになっている。

 

「急に静かになったな……嫌な雰囲気だぜ」

 

 盛り上がった氷の丘陵を睨んで、牙城が呟く。

 牙城が見つめていたのは、氷上に刻まれた不規則な染みだった。

 無数の亀裂に覆われた斜面のあちこちに、複数の鋼色の汚れが残されている。 それが単なる汚れではなく、引き裂かれた魔獣の死骸だと気づいて、志緒は小さく息を吞んだ。

 

「こんな……いったい誰が……!?」

 

 魔獣の死骸は一体や二体ではなかった。 四、五十体、あるいはそれ以上か──魔獣の群れが、一方的に虐殺されている。

 霧に隠れていたせいで気づかなかったが、生き残っていた魔獣の殆んどが、この場所に集結していたのではないかと思われた。 そして何者かと戦い、全滅したのだ。

 氷の斜面の中腹に、立ち尽くしている小さな影があった。 道着姿の白髪の女性だ。 彼女の手には抜き身の薙刀が握られている。

 

「緋沙乃様!?」

 

 驚く志緒の声が聞こえたのか、緋沙乃がゆっくりと振り向いた。

 志緒の背後にいる牙城を見ても、緋沙乃は驚かず溜息を吐くだけだ。

 

「斐川志緒……凪沙を助けてくれたのですね。 礼を言います」

 

「いえ、そんな。 私はなにも……」

 

 感謝の言葉を告げてくる緋沙乃に、志緒は慌てて首を振る。 事実、気絶した凪沙を保護した以外に、志緒は何もしていない。

 

「よう、婆ァ。 こいつらは全部あんたがやったのか?」

 

 牙城が緋沙乃に聞き、緋沙乃は冷ややかに牙城を見返して、

 

「そんなわけがありますか。 私も、つい先程これを見つけたところです」

 

「自衛隊の仕業、ってわけでもなさそうだな」

 

 そう言って牙城は、魔獣の死骸を靴の先で転がした。

 魔獣に残された傷跡は、刃物か、あるいは鋭利な爪などによるものだ。 銃器が主体の自衛隊の攻撃ではあり得ない。

 

「まるで、何かを護るために戦いを挑んだようにも見えますね……」

 

 志緒が無意識に感じた印象を口にする。

 全滅した魔獣の行動には明確な意思が感じられた。 女王蜂を守るのように一カ所に群がって、全滅するまで戦いをやめようとはしなかったのだ。

 志緒の言葉を無言で聞いていた緋沙乃が、何かに気づいたように顔を上げた。

 牙城は苦々しげな顔で頷き返すと、振り向きもせずに早口で志緒に聞いてくる。

 

「志緒ちゃん、筋肉強化系(フィジカルエンチャント)の術は使えるよな?」

 

「……できるけど、どうして?」

 

 志緒は、むっ。としながら聞き返した。

 しかし振り返る牙城の表情からは余裕が失われていた。 意識をなくしたままの凪沙の体を、志緒に押しつけてくる。

 

「凪沙を連れてここを離れてくれ。 なるべく遠くまでだ」

 

「え?」

 

 戸惑いを覚える志緒の頭上で、太陽が翳る気配がした。 銀黒色の巨大な影が、志緒たちの頭上へと旋回しながら降りてくる。

 その正体に気づいて、志緒は言葉を失った。

 十四、五メートルにも達する巨大な翼。

 鎧のような鱗と、分厚い刃のような蹴爪で武装した二本の後ろ脚。

 鞭のように伸びる太い尾と、肉食のトカゲに似た凶暴な顎。

 

「わ、飛龍(ワイバーン)……!?」

 

 空から舞い降りてくる巨大な魔獣を、志緒は呆然と見上げて呟く。

 嘗て、戦争の道具として使われた飛龍の戦闘力は、飛行系の魔獣の中では最強だ。 本物の龍には及ばぬまでも、他の魔獣とは格が違う。 太史局の六刃神官でも、単独で撃破することは不可能だろう。

 志緒をさらに動揺させていたのは、飛龍の背中に据え付けられた騎乗用の鞍だった。

 鞍上には、騎槍を構えた騎手の姿。 漆黒のマントを羽織った、黒銀の騎士だ。

 

「魔獣を皆殺しにしたのは、あいつか」

 

 “死都”から取り出した機関銃を構えて、牙城が言った。 大火力を誇る軍用重機関銃が、飛龍(ワイバーン)の巨体の前には頼りなく感じられる。

 

「正義の味方……というわけじゃなさそうだな」

 

 黒銀の騎士を睨んだまま、牙城が緋沙乃に問いかけた。 緋沙乃は厳めしい表情のまま頷いて、

 

「ええ。 今、姿を現したということは、あの者の目的はおそらく──」

 

「神縄湖の災厄そのもの、か……最悪の予想が的中しやがったぜ」

 

 牙城の悪態と同時に、黒銀の騎士が動いた。 飛龍(ワイバーン)を自らの手脚のように操って、志緒たちの頭上から一気に襲いかかってくる。

 

「牙城、飛龍(ワイバーン)の相手は任せます。 乗り手は、私が──」

 

「ただでさえ老い先短いってのに、無理すんじゃねーぞ!」

 

 緋沙乃と牙城が武器を構えて散開した。

 牙城の機関銃が轟然と火を噴き、飛来する飛龍を迎撃する。 機関銃に給弾されているのは、対魔族用の琥珀金弾。 だが、蜂蛇(ボウダ)たちの鱗を容易に貫通したその弾丸が、飛龍(ワイバーン)には通じない。

 一方、緋沙乃は黒銀の騎士に向かって、攻撃用の式神を放っていた。

 ハヤブサに似た銀色の猛禽が、弾丸並の速度で騎士を襲う。 だが、二十体を超える緋沙乃の式神は、黒銀の騎士に触れた瞬間、砕け散るように消滅した。

 防御されたわけでも、撃ち落とされたわけでもない。 式神としての機能を失って、完全に無効化(・・・・・・)されたのだ。

 

「なに……!? どうなってるの!?」

 

 志緒は牙城たちの苦戦する様子を、困惑しながら見つめていた。

 いくら強靭とはいえ、生物に過ぎない飛龍(ワイバーン)が、琥珀金弾の銃弾を無傷で撥ね返せるとは思えない。 ましてやただの人間が、魔術も使わずに緋沙乃の式神を無効化できるはずがない。

 騎士の強さの性質は異常で異質だった。 牙城と緋沙乃には、その異質さに対抗する手段がない──。

 おそらく牙城たちは、最初から気づいていたのだろう。 だから牙城は、志緒に離れろと言ったのだ。 自分たちが時間を稼いでいる間に、逃げてくれ、と。

 

「走れ、志緒ちゃん!」

 

 機関銃を投げ捨てて、牙城は新たに対物ライフルを構えた。 本来なら、地面に固定して使う巨大な銃を、強引に腰だめに構えて撃ち放つ。

 飛龍(ワイバーン)の眉間に撃ち込まれた弾丸は、凄まじい魔力を撒き散らしながら爆発した。 濃縮した魔力を撃ち出す弾丸、呪式弾だ。

 飛龍(ワイバーン)は大きく仰け反り動きを止めたが、それも一瞬の事だった。 殆んど無傷のまま首を振り、牙城を嘲笑うように咆吼する。

 

「呪式弾が……効いてない……!?」

 

 目の前の信じられない光景に、志緒は無意識に足を止めた。

 その直後、緋沙乃が振り下ろした薙刀が、甲高い音を立てて砕け散る。 黒銀の騎士が握った槍が、奇怪な波動を放ちながら緋沙乃を地面に叩きつけていた。 特殊攻魔部隊の教官を務める程の緋沙乃が、為す術もなく一方的にやられている。 彼女が弱いわけではない。 黒銀の騎士の装備が、緋沙乃の攻撃を封じているのだ。

 

「緋沙乃様!?」

 

 鮮血を吐く緋沙乃の姿に、志緒は悲鳴を上げた。 凪沙を凍った湖面に横たえて、志緒は銀色の洋弓を構える。

 

「──認証申請! 六式降魔弓・改(フライクーゲル・プラス)、解放!」

 

「よせ、志緒ッ!」

 

 血塗れの牙城が、志緒に怒鳴った。

 しかし志緒は、牙城の警告を黙殺した。 この状況で牙城や緋沙乃を救えるのは、志緒の、六式降魔弓・改(フライクーゲル・プラス)だけなのだ。 獅子王機関が誇る最新鋭の制圧兵器なら飛龍(ワイバーン)が相手でも、一撃で消滅させられるはず。

 

「獅子の舞女たる高神の真射姫が請い奉る! 白刃(ひかり)、あれ──!」

 

 残された呪力全てを注ぎ込んで、志緒は最大威力の攻撃を放つ。

 呪矢に取り付けられた鳴り鏑が、高密度の魔法陣を描き出し、吸血鬼の眷獣にも匹敵する巨大な魔力の砲弾を生成する。

 その灼熱の閃光を黒銀の騎士は自らのマントで受け、水面に零したインクのように騎士のマントが虚空を侵蝕し、厚みを持たない漆黒のオーロラとなって、呪術砲撃は闇の中に吞み込まれ消滅した。

 ――そう、まるで最初から存在しなかったかのように。

 

「う……噓……」

 

 矢を放ち終えた姿勢のまま、志緒は全身を竦ませる。

 黒銀の騎士が、ゆっくりと振り返って志緒を見た。 そして、音もなく飛翔した飛龍(ワイバーン)が、志緒の方へと突撃する。

 騎士の槍の切っ先は、志緒の心臓へと向けられていた。 それでも志緒は動けない。 限界以上の呪力を放出したせいだ。 呪力の枯渇で全身の力が抜けていく。

 自分の胸元へと迫る槍の輝きが、志緒の瞳にスローモーションで映っている。

 ゴッ、と鈍い衝撃があり、志緒は背中から氷原に叩きつけられて、頰に温かな鮮血が降り注いだ。

 志緒が流した血ではない。 彼女の盾となって、代わりに槍に貫かれた者がいたからだ。

 志緒の正面を向いている牙城が、両膝を氷の地面に突ける。

 

「……逃げろ……志緒……」

 

 牙城は目を閉じたまま動かない。 牙城の背中からは、凄い勢いで血液が流れ出している。

 志緒を庇って、黒銀の騎士の攻撃を受けたのだ。

 

「違う……違うんだ……私……こんなはずじゃ……」

 

 志緒が弱々しく首を振る。

 志緒にも解っていた。 この状況を招いたのは自分自身だ。 牙城の警告を無視して黒銀の騎士を攻撃し、そのせいで牙城は重傷を負ったのだ。

 自分の勝手な行動が、牙城たちを窮地に追い込んだ。

 ――――絶対絶命のその時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 悠斗が、朱雀の背に乗って姿を現したのだ。

 飛翔する朱雀の背で立ち上がり、

 

「……降臨せよ、黄龍」

 

 悠斗は、自身の隣に黄金の龍を召喚した。

 

「――雷神槍(らいじんそう)

 

 黄龍が放った稲妻の槍が、騎士の槍を弾き返す。

 牽制攻撃とはいえ、黄龍の攻撃に耐えたという事は、騎士が携える槍は何かしらが付与されている。 そう考えるのが妥当だ。

 悠斗は、朱雀の背から飛び降り、回りを見渡し溜息を吐く。

 悠斗の後方で横たえられている凪沙。 負傷してる牙城に緋沙乃。 牙城が庇い、呪力が枯渇した志緒だ。

 獅子王機関、自衛隊は壊滅状態であり、神縄湖は知っての通り、妖姫の蒼氷(アルレシャ・グラキエス)の魔力の波動により氷の結晶と化している。

 

「……んだよこの状況は、俺は何処に怒りをぶつければいいだよ……」

 

 悠斗は、もう我慢の限界だ。と呟き、目を向けたのは、飛龍(ワイバーン)に乗り、槍を構え、漆黒のマントを羽織った騎士だ。

 

「……お前でいいや」

 

 悠斗の内から黒い何かが眷獣たち包み、闇に沈む。

 悠斗は言葉を紡ぎ朱雀と融合するが、付与された翼は紅蓮でなく漆黒(・・)だ。

 召喚した黄龍と、融合した悠斗の魔力の波動を当てられ、漆黒の騎士は冷汗を額に一筋流した。

 その時――、

 

「──“娑伽羅(シャカラ)”!」

 

 静かな、威厳に満ちた美しい声が聞こえてくる。

 金色の霧から金髪碧眼が姿を現し、異界からの眷獣を召喚し、悠斗に攻撃を仕掛けたのだ。

 

「……闇夜の翼(ヘル・ウィング)

 

 だが悠斗は、背に付与された漆黒の翼で体を包み込み、“娑伽羅(シャカラ)”の攻撃を防いだ。

 

「……ふーん。……これが噂の、煉獄(・・)の力ってところかナ……」

 

 ――煉獄の力。

 それは、神の力が負に傾くと現れる力。 今の悠斗は、負の感情が渦巻いてる状況なのだ。

 

「キラ、トビアス──あれは任せる。 せっかくの手がかりだ。 丁重にもてなしてあげてくれ。 僕は、天使と遊ぶよ。 いや、今は悪魔(・・)かな」

 

 貴族青年は、黒銀の騎士を睨んで部下に呼びかけ、彼は、氷上に横たえられた凪沙の方へと近づいていく。

 だが、この時、悠斗の背の翼のから、鋭い棘のような物が放たれる。

 

「――“跋難陀(バツナンダ)”!」

 

 ヴァトラーが召喚したのは、鋼の刃で覆われた蛇だ。

 無数の剣の鱗を持つ蛇は、漆黒の棘と衝突し、それを弾き飛ばす。

 

「……暁凪沙を視認できてないのか」

 

 ヴァトラーは、悠斗と凪沙、回りを見渡してから、

 

「……成程。 暁凪沙を傷つけられて、かなり頭にきてたんだネ」

 

 戦闘になるが、ヴァトラーは凪沙たちを護るように戦っていた。

 ヴァトラーは、『昔の借りを返すよ、暁凪沙たちを護るって事でネ』こう内心で思っていた。

 

 ――閑話休題。

 

 ヴァトラーができるのは、悠斗の攻撃から凪沙たちを護る事だけだ。

 “今後の戦闘と混乱を楽しもうとする。” もし、ヴァトラーが現状で他の眷獣たちを召喚すると、この場から約二キロは吹き飛ばしてしまう。

 なので、ヴァトラーは――、

 

「(暁の巫女よ。 どうか悠斗を止めておくれ)」

 

 と、思った。

 そして、黄金の龍と蛇が衝突し、ヴァトラーは戦闘を続けるのだった。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

 暁凪沙は、不思議な空間の中にいた。 四方形の空間の中で、自身は浮いているといえばいいのか。 そんな感じだ。

 ちなみ衣服は、巫女装束のままだ。

 

「……此処はどこだろう?」

 

 漂いながら、凪沙は呟く。

 そして、後方から声が聞こえてきた。 懐かしいような、聞き覚えがある声だ。

 凪沙は其方に振り向き、目を丸くした。

 凪沙の目に映ったのは、――――悠斗の家族だったからだ。 何かしらの力によって現世に魂を留めていたのだろう。 おそらく、眷獣が留めていた。が妥当だ。 魔力の塊である眷獣なら可能と考えられる。 そう凪沙は結論付けた。

 

『初めましてかな。 オレの名前は、神代龍夜(かみしろ りゅうや)。 神代悠斗の父親だ』

 

『私の名前は、神代優白(かみしろ ましろ)、悠斗の母親よ。 あの子がお世話になってます』

 

『私は、神代朱音(かみしろ あかね)、悠斗の姉よ。 よろしくね、凪沙ちゃん』

 

 残留思念だけどね。と朱音が言い、神代一家は笑った。

 凪沙は、こういうのは最初が肝心なのにー。と内心で呟きながら、

 

「あ、暁凪沙です。 よろしくお願いします」

 

 ペコリと頭を下げる凪沙。

 凪沙がこの空間に入れたのは、意識が切り離された状況であり、アヴローラ・フロレスティーナの魂が共鳴したからだ。 それを神代一家から聞いた凪沙は、なるほど。と頷いた。 ちなみに、この空間での十分は、外界での一秒らしい。

 という事なので、神代一家と凪沙は約一時間程、悠斗と自身の絃神島生活について談笑した。

 

『成程な。 悠斗と凪沙ちゃんは、絆を深めて婚約者になったのか』

 

『辛い事も一杯あったと思うけど、私たちの子は立派に育ってくれたのね』

 

『うんうん、悠斗の姉として鼻が高いよ』

 

 龍夜、優白、朱音と呟く。

 

「い、いやー。 それ程でも」

 

 恥ずかしくなった凪沙は、右を掻き、顔も桜色に染まっていた。

 それにしても、外は戦闘の真っ最中だというのに、凪沙たちはかなり和んでいた。

 談笑が終わり、張り詰めた空気に変わった所で、龍夜が本題に入る。

 

『今の悠斗は暴走状態に近い。 そして被害を最小限に留め、悠斗を止められるのは、凪沙ちゃんだけだ』

 

『私たちが、悠斗の眷獣の支配権を一時的に奪い、凪沙ちゃんに託すからね』

 

『私たちが使役してた眷獣だから、可能な芸当なんだけどね』

 

 確かに、優白と朱音の言う事は可能だ。

 元を辿れば、朱雀、青龍、白虎は、両親たちが宿していた眷獣なのだ。 玄武に関しては、一族で位が高かった龍夜が呼びかければ機能が停止するだろう。

 

『残るは、黄龍と麒麟か……オレたちは見た事ないし、奴らとは面識がないからな……』

 

 黄龍と麒麟は、悠斗が宿した眷獣だ。 なので、本人から機能を奪う事は不可能である。

 龍夜の言葉に、凪沙が龍夜を正面から見る。

 

「そこは任せて。 私とアヴローラで呼びかける。 私たちでなら可能だよ」

 

 今の凪沙は人間だ。 悠斗の“血の伴侶”としての繋がりが切れている為、上手く干渉できるとは限らないが、凪沙たちは確実に成功すると思っていた。

 きっと、自身と悠斗の絆は、切っても切れないもの。と、凪沙は強く思ってるから、今の発言をしたのだろう。

 確かに、これまで凪沙と悠斗が築き上げた時間()は、誰が見ても強固なものだろう。

 凪沙の目の前に現れたのは、光の加減で色を変える淡い金髪。 だが、場合によっては、燃え上がるような虹色の髪を持つ、妖精のような少女だ。――十二番目の“焔光の夜伯(カレイドブラッド) ”アヴローラ・フロレスティーナだ。

 この空間でならば魂だけだとしても、元の体を再現する事が可能なのだ。

 

「アヴローラ。 さっきの話に付きあってくれる?」

 

「我の魂は、暁の巫女と共に――」

 

「そっか。 じゃあ、お願いね」

 

「汝の願い、訊き届けた――」

 

 アヴローラの魂は、凪沙の体の中に入っていった。

 

『それじゃあ、オレたちもだな』

 

『凪沙ちゃん。 朱雀の所有権を奪ったら、すぐに融合して。 そしたら、多少の無理は可能だと思うから』

 

『魔力は心配しなくても大丈夫。 私たちで何とかするわ』

 

「わかった」

 

 凪沙が頷くと、神代一家の魂は、凪沙の中に入った。

 凪沙は深呼吸をしてから、現実世界に帰還する。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

「暁の巫女よ。 お目覚めかな」

 

「ヴァトラーさん。 後は任せて下さい」

 

 凪沙が置き上がり、ヴァトラーにそう言うと、ヴァトラーは静かに微笑んだ。

 

「後は貴女に任せます。 悠斗が目を覚ましたら、こう言って下さい。『蛇遣いは、借りを返した』と」

 

「わかりました」

 

「では、そのように。 僕は王子の元へ向かいます」

 

 凪沙がヴァトラーの顔を向けた方を見ると、そこには、イブリスベール・アズィーズ──第二真祖“滅びの瞳(フォーゲイザー)”の直系にして、“滅びの王朝”北方八州を統べる王子がいた。

 どうやら、イブリスベール・アズィーズは、今の紅蓮の織天使(悠斗)には興味が無いらしい。

 確かに、今の悠斗は理性を失い、ただの獣だ。 こんな状態で勝負を挑んでも、ただの作業と変わらない。

 

「……悠君。 朱君たちの所有権を一時的にもらうね」

 

 凪沙が左手を突き出すと、悠斗の内から、魂のようなものが吸い上げられていく。――そして、悠斗の背の漆黒の翼は消え、朱雀、青龍、白虎の所有権を奪う事に成功する。

 玄武を奪う事はできなかったが、状況から察するに召喚の機能が停止している。 悠斗は、眷獣の所有権を奪われるとは思っていなかったのだろう。 かなりの動揺の色が窺えた。――そう、常時の守護も消えているのだ。 悠斗が平静だったならば、このような事態は上手く回避してた事だろう。

 そして、悠斗に残された眷獣は、黄龍と麒麟のみだ。

 凪沙は言葉を紡ぐ。

 

「――紅蓮を纏いし不死鳥よ。 我の翼となる為、我と心を一つにせよ――おいで、朱君!」

 

 凪沙と朱雀は融合し、背部からは、二対四枚の紅蓮の翼が出現し、瞳も朱が入り混じる。

 本来なら、凪沙が眷獣と融合するのは不可能だ。 だが、今の凪沙の中には、朱音の魂があるのだ。 この融合は、その賜物とも言えるだろう。

 

「――おいで、妖姫の蒼氷(アルレシャ・グラキエス)

 

 黄龍は、妖姫の蒼氷(アルレシャ・グラキエス)によって抑えつけられた。

 黄龍も、ヴァトラーとの戦闘で激しく消耗しており、今にも具現化が解けそうだ。

 勝負は目に見えていた。 そして、妖姫の蒼氷(アルレシャ・グラキエス)の吹雪が、黄龍を氷漬けにしていく。

 困惑する悠斗を余所に、凪沙な悠斗の前まで歩みより、正面から優しく抱きしめた。

 

「悠君、私の隣で笑ってて下さい。――――愛してます」

 

 凪沙は、自身の想いを悠斗にぶつけた。

 すると、悠斗に反応があった。

 

「…………凪沙……か」

 

「……うん、凪沙だよ」

 

 凪沙は、悠斗の唇に自身の唇を合わせた。

 悠斗と凪沙の間には、再び繋がりが構築され、この瞬間に凪沙は、悠斗の――――“血の伴侶”に戻り、周囲を囲むように光の渦が舞い上がった。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

 悠斗が目を覚ました場所は、暗闇に包まれた空間だ。

 何度か訪れた事がある、眷獣たちの精神世界とも異なる。

 

「どこだ、ここ。……てか、俺。 暴走したんだっけか」

 

 そこら辺が曖昧で思い出せねぇ。と呟く悠斗。

 悠斗が腕を組み考え込んでいると、すると目の前から一人の少女が姿を現す。

 顔立ちは凪沙だが、しかし髪の色が違っている。 髪は色を淡い金髪。 だが、見方を変えると、燃え上がるような虹色の髪の少女だ。

 

「再び、相見えることができたな」

 

 悠斗は、震えた声で呟く。

 

「お、お前。 アヴローラなのか……」

 

「我の名は、アヴローラ・フロレスティーナ。 久しいな、悠斗」

 

 悠斗が、『凪沙はどうしたんだ?』と問いかけると、アヴローラが、『優しき、暁の巫女の御霊(みたま)は、我の中に』という事だ。

 詳しい理屈は解らないが、凪沙がアヴローラに体を貸し、アヴローラは表に出る事ができたらしい。 アヴローラの話によれば、此処の空間は、悠斗の心の中だという事だ。

 

「つっても、暗過ぎないか」

 

「それは悠斗。 汝が、闇に呑まれそうになってるから」

 

「……闇、か。 てことは、煉獄の力が発動したのか……。 あの力は、色々とマズイぞ……」

 

「案ずるではない。 汝と四神たちの動きは、暁の巫女の元に」

 

 アヴローラの話によると、悠斗の両親の魂があったからこその芸当。と言っていたが。

 悠斗はそれよりも、

 

「(……マジか。 凪沙が俺の両親と会ってたとはな)」

 

 と、いう思いの方が強いのだ。

 

「汝の麒麟は、まだ不完全なのか?」

 

「一度だけ手を貸してくれたんだが、それ以降は技が制限されてな。 召喚に応じてくれるのも、奴の気まぐれが多い」

 

 MARにあったアヴローラの亡骸を守る時に、自ら封印を解き手を貸してくれたが、以降は力が制限され、上手く召喚できるかも危うい。

 

「この暗闇から脱出するには、奴の力が不可欠」

 

「……黄龍に負担かけすぎた、って事か」

 

 悠斗は暴走し、黄龍に無理をさせすぎた。 なので、現状で黄龍の力を頼るのは不可能だろう。 脱出の鍵である麒麟も、力が制限され、神の力を出し切れていない。

 そして悠斗は、アヴローラの言葉の真意を読み取った。

 アヴローラはこう言っているのだ。――――『我の血を吸血すれば、麒麟の支配下は、完全に悠斗のものになる』と。

 現在、悠斗の血に住まう眷獣は、黄龍と麒麟なのだ。

 

「でもなぁ……」

 

「……悠斗。 我の血を吸血するの不服? 悠斗って、ヘタレ?」

 

 こてんと、可愛く首を傾げるアヴローラ。

 

「おいこら、シリアス空気をぶち壊しだな。 つーか、その言葉どこで覚えたんだよ」

 

 肩を落とす悠斗。

 

「以前、暁の巫女が言っていたのを思い出しただけ」

 

「そういう事。 まあ、魂が共存してるなら不思議ではないし」

 

「で、あろう」

 

「……急に片言になるなよ。 それにしても、一緒に遊んでた事を思い出すな」

 

 アヴローラは微笑んだ。

 

「……“るる家”の凍てつく醍醐(だいご)の滴を食した」

 

「そうだな。 るる家のアイスは美味かった。 いや、アヴローラたちと食べたから美味く感じたのかもな」

 

 暫しの沈黙が流れ、アヴローラが口を開く。

 

「……悠斗。 汝は、暁の巫女と共に歩むべき。 我は悠斗を、暁の巫女の元へ送り届けたい」

 

 悠斗は覚悟を決めた。

 

「……わったよ。 お前の血を吸わせてもらうよ。……つっても、元は凪沙なんだけどな」

 

「いや、暁の巫女の魔力(霊力)と共に、我の魔力も混合している」

 

「……成程な。 覚醒した事で、アヴローラの魔力が循環し始めた。ってところか」

 

 もし、悠斗が吸血をし、アヴローラの魔力が悠斗にも循環すれば、アヴローラの魂は、悠斗の中に留まる事も可能になるらしい。

 まあでも、アヴローラの魂は、凪沙に任せるのが得策だろう。

 

「……俺、規格外さが増してくな」

 

「それは元から、心配いらない」

 

「おいこら、平然と同意するな」

 

 アヴローラは悠斗の前まで歩み寄り、右手で衣服装束をずらすと、肩から、白い肌と細い鎖骨。 首筋が露わになる。

 そして、悠斗の瞳は真紅に変わり、唇の隙間から牙が覗く。

 悠斗はアヴローラをゆっくり抱き寄せ、悠斗の牙が凪沙の体にそっと埋まっていく。

 

「……んん」

 

 アヴローラの口から、弱々しい吐息が洩れる。

 やがて、抱き付いていたアヴローラの力が抜け、吸血が終わった悠斗は、そっと牙を抜いた。

 そして、アヴローラから離れ、

 

「悪い、痛かったか」

 

「ん、問題ない」

 

 巫女装束を直したアヴローラがそう呟く。

 悠斗はというと、魔力が全快し、麒麟の封印は完全に解け、アヴローラの氷の魔力も使用できるようになっていた。

 

「さて、行くか」

 

「我も、暁の巫女と共に。我、暁の巫女の肉体を借りている」

 

 悠斗は、そうだな。と頷いた。

 左手を突き出し、言葉を紡ぐ。

 

「――降臨せよ、麒麟!」

 

 悠斗の正面に召喚されたのは、一本の角に白い鬣、体の背部の衣は白色であり、その他は、黄金の衣を纏った神獣だ。

 アヴローラと悠斗が麒麟に背に乗り、悠斗が合図をするとその場から跳び、黄金に輝く神獣は一筋の閃光へ変わる――。




神代一家の魂は、悠斗君がヤバくなったら出てくるような感じになってました。
まあ、作者の独自設定ですね。(無理矢理感が否めないが)
つか、ヴァトラーがいい人過ぎる(笑)

ではでは、次回もよろしくです!!

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