ストライク・ザ・ブラッド ~紅蓮の熾天使~   作:舞翼

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ご都合主義満載です。
卵の中では、じわじわと自我が削られてる感じで。まあ、悠斗君は守護の力から押しでどうにかしちゃってますが(笑)回復した古城君は、魔力を纏ってる感じで。


冥き神王の花嫁Ⅹ

 雪菜と悠斗が着地した場所は、四方を密林で囲まれた広大な遺跡の入り口だった。

 石柱が無数に建ち並び、その中央を石畳の道が走っている。

 遺跡の中央に建っているのは、半壊した石造りの神殿だ。

 建造させて、千年以上の時間が経過しているのだろう。 神殿の表面は風化が進み、苔むした柱は蔓に覆い尽くされている。 降り注ぐ陽射しは、絃神島より更に強烈だ。

 

「神殿? まさか都市国家シアーテの……」

 

 雪菜は戸惑いながら呟いた。

 雪菜たちは、セレスタが召喚した異界の(ゲート)を使って、ザザラマギウの“卵”に入ったつもりだった。 しかし、辿り着いた場所はこの遺跡だ。“卵”に取り込まれたはずのセレスタの姿はない。

 

「いや、此処は遺跡じゃないぞ。その証拠に、――飛焔(ひえん)!」

 

 悠斗が左手を突き出し、掌を神殿に向け紅い炎を放つと、一瞬だけ、神殿は蜃気楼のように揺らいで消えた。

 

飛焔(ひえん)で完全に浄化できないんだ。 おそらく、神殿を構築する魔力が絶え間なく補充されてるんだろうな」

 

「なるほど。 魔術的に再現された、仮想現実(イミテーション)……ですか」

 

 だろうな。と言い、悠斗は首肯した。

 空の色は、朝焼けに似た炎の色。 それは、ザザラマギウの神気の影響下にある事を示している。

 この遺跡は、邪神に創り出された世界。 遺跡自体が結界なのだ。

 ザザラマギウは、龍脈のエネルギーを制御する為、魔術装置によって生み出された神。 ザザラマギウが完全に実体化するには、魔術装置であるシアーテ神殿が不可欠だ。

 しかし、ザザラマギウは、神殿から遠く離れた絃神島で召喚された。 なので、ザザラマギウは、神殿そのものを再現しなければならなかった。 ザザラマギウは、自らを召喚する為、魔術装置を自分自身で構築しようとしてる。

 

「だったら、まだ間に合うはずです」

 

 遺跡はまだ完全ではない。 これだけの規模をゼロから生成するには、邪神の力を以ってしても不可能だったのだ。 だとすれば、邪神は不足した質量を、絃神島と融合する事で補おうとするだろう。 だが、それには相応の時間が必要になるはずだ。

 まだ、セレスタを救うチャンスは残されている。 また、守護を付与した悠斗は問題ないが、“卵”の中で、雪菜が自我を保っていられる時間は、おそらく長くないだろう。

 雪菜の心情を読み取ったように――、

 

「心配すんな。 その時は俺の守護でどうにかしてやる。 ま、外の事は古城に任せて、俺たちはできる事をしよう」

 

 雪菜は、楽観的ですよ。と思いながら頷くと、遺跡を覆う蔓草たちが動き始めた。

 邪神の意思が、結界内に紛れ込んだ異物として、雪菜たちを排除しようとしているのだ。

 

「先輩、この先は何があるか解りません。 できる所まで道を切り開きますので、先輩は力の温存を」

 

 確かに、“卵”の中は邪神の住処(テリトリー)といってもいい。

 もし、予想外な事態に陥ってしまった場合、悠斗の力が底を尽きかけていたら元も子もない。

 悠斗が頷いたのを確認すると、雪菜は微笑み雪霞狼を構えた。

 

「獅子の神子たる高神の剣巫が願い奉る―――!」

 

 雪菜が構えた雪霞狼が、眩い神格振動波の輝きを放つ。

 その輝きは強力な防護結界となって、雪菜たちに対する遺跡からの攻撃を阻害した。

 龍脈のエネルギーが生み出すザザラマギウの神気が、雪霞狼の神格振動波と、極めて近い属性を有しているからだ。

 相手の力を無効化する事ができない代わりに、敵として認識させる事はない。 環境に適応したウイルスに近い形で、遺跡の中を動き回れる事ができるのだ。

 

「雪霞の神狼、千剣破の響きをもて楯と成し、兇変災禍を祓い給え!」

 

 雪霞狼の一閃が、神殿入口を閉ざしていた扉を打ち破る。

 そして、雪菜たちは結界に守られ内部へ足を踏み入れた。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

 神殿内部は、異様な光景が広がっていた。

 上下感覚のない奇妙な空間であり、雪菜たちが床だと思って立っていた場所は壁であり、天井だと思っていた方向が床になっている。

 階段だと思われた場所は、別の階段の裏側に過ぎず、床に穿たれた落とし穴の底には美しい青空が広がっていた。 天井にある窓の外の景色は海の底だ。

 その空間の中央には黄金の祭壇が置かれ、蜂蜜色の髪を持つ少女が上下逆さになった状態で祭壇の上に浮かんでいた。

 

「……行くぞ、姫柊」

 

「わかりました」

 

 雪菜と悠斗は祭壇の方へと歩き出す。

 だが、その瞬間、上下の感覚を奪われて床へと転がった。

 重力の働きが明らかにおかしいが、それは遺跡の防御機能ではない。 この広間は、ザザラマギウの“花嫁”だけが入る事を許された空間なのだ。

 

「セレスタ、起きろ。 お前は死ぬには早すぎる」

 

 片膝を突けた悠斗の声が届いたのか、セレスタがゆっくり目を開ける。 この反応から察するに、セレスタは生きてる。 彼女の精神も人間のままだ。

 

「……悠……斗……」

 

 祭壇上でゆっくり回転しながら、セレスタが答えた。

 その声は、絶望の響きがある。 確かに、セレスタが置かれた立場を思えば、当然の感情だった。

 

「あんたら……なにやってんのよ……早く逃げなさいよ……見てよ、私はもう……」

 

「駄目だ。 俺が凪沙に嫌われるからな。 つか、このままだと、帰る家がなくなるんだよ」

 

 この時雪菜は、先輩、捻くれすぎです。と思っていたのは悠斗には秘密である。

 

「ゆ、悠斗……この場で惚気話とかありえない!」

 

「いや、惚気じゃないからな! 事実を言ったまでだ!……まあいいや、取り敢えず帰るぞ」

 

 セレスタは、理解できない。という風に首を振った。 セレスタは、悠斗たちとはまだ数日の付き合いだ。 古くからの友人でもないのに、何故、危険を冒してまで自分を救おうとしているのだろうか。

 

「……どう……して……?」

 

 セレスタは思わず呟いた。 邪神降臨を防ぐのが目的なら、今この場でセレスタを殺すべきだ。

 だが、雪菜たちはそれをしない。

 

「助けるのに理由は要らないし、孤独で死のうとする奴をほっとけない。って感じか」

 

 セレスタは、孤独。と呟いた。

 悠斗は、一族が滅ぼされ、旅の中で仲間に裏切られ、絃神島へ辿り着き、古城たちに出会うまでは孤独に包まれていた。

 なので悠斗は、同じ境遇にあるセレスタを放って於けないのだ。

 

「俺には今、友がいて伴侶もいる。 俺の偏見だったら悪いが、セレスタも生きて、自身の幸せを掴み取る資格があると思う」

 

 答えになってないような気がするが。と思いながら、悠斗は頭を掻いた。

 だが、蔓は無造作に雪菜たちに襲いかかる。 だが、左手を突き出し、蔓に向かって掌を向けた悠斗が――、

 

「――飛焔(ひえん)!」

 

 悠斗が掌から放った紅い焔が、全ての蔓を浄化させ消し去った。 だが、邪神の結界は無尽蔵の神気を持っている。 戦うまでもなく、セレスタには、多勢に無勢と見えていた。

 

「やめて! あんた一人の力じゃ神に勝てるはずがない! そんな事もわからないの!」

 

「いや、俺をあんまり見限るなよ。 俺はこれでも、神の一族(天剣一族)の生き残りでもあるんだから」

 

 この場で眷獣を召喚し攻撃を仕掛けてもいいが、不具合が置きセレスタが死ぬ可能性が否めない。

 だが、このまま悠斗が戦い続けていれば、その分だけ“卵”の神気は消耗する。 なので、その分邪神の実体化は遅れる事になるのだ。

 

「それに、お前を助けようしてる奴がもう一人いるぞ。 ま、そういう事だから、帰るぞ」

 

「悠……斗……」

 

 セレスタの唇が小さく震え、彼女の瞳に失われていたはずの意思が戻る。

 逆さになっていたセレスタの腕が微かに伸び祭壇の外へ。 だが、セレスタの指が祭壇の外に届いた瞬間、神殿全体が揺さぶられたように震え、広場の重力の捻じれが消滅し、神殿はあるべき姿へと戻る。

 床はただの床に。 壁はただの壁に。

 重力に引かれていたセレスタは落下し、祭壇の外へと転げ落ちた。

 

「痛った……」

 

「だ、大丈夫か?」

 

 悠斗と雪菜は、倒れているセレスタの元へと駆け寄る。 自力では立てない程消耗しているが、セレスタは無事だ。

 その時、神殿が大きく揺さぶられ、結界が震え出す。

 結界中枢である生贄を失った事で、邪神を実体化させる為の魔術装置が機能不全を起こし、辛うじて制御されていた莫大な神気が不規則に乱れ始めたのだ。

 このままでは、邪神として実体化する事ができないまま、溜め込んだエネルギーだけが解放される事になる。 結果として生じる現象は、神気の爆発だ。

 最低でも、半径数キロの甚大な被害になるだろう。 そうなれば――絃神島は確実に消滅する。

 

「お、おい。 何で戻るんだ、セレスタ」

 

 再び祭壇に登ろうとしたセレスタを見て、悠斗が声を上げた。

 解放されたばかりの結界の中心地に、セレスタは自ら戻ろうとしているのだ。

 

「大丈夫……心配しないで。 私が何とかしてみせる……」

 

 邪神の“卵”を召喚したのはセレスタだ。 彼女の絶望と同調(シンクロ)する事で、邪神の実体化は始まった。 逆を言えば、邪神の実体化を止められるのも、彼女だけだという事なのだ。

 しかし、上手くできる保証はない。 セレスタ自身も自信はないはずだ。

 だが、僅かに可能性が残されている以上、彼女を信じる。――雪菜と悠斗はそう思った。

 セレスタは悠斗の方を振り向き、

 

「もし、私が失敗したら――」

 

 だが、その言葉は最後まで紡がれる事はなかった。

 祭壇と続く階段が割れ、石を敷き詰めた神殿の床に、見えない斧を叩き付けたような巨大な亀裂が生じる。

 その亀裂に阻まれて、雪菜たちとセレスタとの距離が開いた。

 神殿の床を斬り裂き、祭壇を砕いたのは、圧倒的な破壊力を持つ不可視な斬撃は戦術魔具によるもの。

 

「よくやってくれた―――と言っておこうか。 貴様らのおかげで、生贄の間に入れた」

 

 聞こえてきたのは、機会に似た冷酷な声だ。

 神殿の入り口に立っていたのは、毛皮付きのコートを着た長身の女性。

 何時でも攻撃を繰り出せるように、左腕を振り上げた姿勢で、雪菜たちを冷ややかに睨んでいる。

 アメリカ連合国(CSA)陸軍特殊部隊少佐、アンジェリカ・ハミーダが、静かに一歩を踏み出した。

 

「獅子王機関の剣巫、紅蓮の織天使。 セレスタ・シアーテを渡してもらおう。 私としては、成るべく穏便に済ませたいのでな……」

 

 左腕を頭上に掲げたまま、アンジェリカが告げる。

 神殿の外で起きている異変には、アンジェリカも気づいているはずだ。 しかし、アンジェリカの表情には変化はない。 彼女には、この異変を制御し乗り切る自信があるのだ。

 その時、悠斗が雪菜の隣に立ち、アンジェリカに話かける

 

「もし、セレスタを渡さなかったらどうすんだ? つーか、何でそんなに戦争をしたがるんだ?」

 

 悠斗は平静に対応し、雪菜は雪霞狼を構え精神を研ぎ澄ませる。 剣巫の霊感が、目の前の敵の危険さを伝えてくる。 気を抜くと、凄まじい重圧に押し潰れそうになる。

 如何なる魔族とも違う、人間の兵士。 雪菜がこれまで戦ってきた敵とは異質の存在だ。

 だが、アンジェリカを前にしても、多くの修羅場を乗り越えてきた悠斗は一歩も引かない。 これには、流石としか言いようがない。

 

「それは、我らの理念の為だ。――セレスタ・シアーテを回収し、“混沌界域”へと移送する。 貴様たちにとっても、望ましい条件のはずだが?」

 

 邪神の“花嫁”を連れ出す。

 だが、龍脈に縛れらている“花嫁”を絃神島から離そうとすれば、寄り代を失った神気は爆発し、絃神島に甚大な被害を齎す。 ヴァトラーは、セレスタを仮死状態にし、一時的に龍脈から離したみたいだが既に“卵”が出現してるのだ。 今の状況では、ヴァトラーが取った方法は使用できない。

 

「……でも、少佐様はできるんだろうなぁ」

 

「そうだ。 だから、私はここにいる」

 

 必要最低限の言葉で、アンジェリカが答える。 突き放すようなアンジェリカの声音が、言外に交渉の終了を宣言していた。

 

「五つ数える。 その間に、私の視界から消えろ。 さもなくば、貴様らは死ぬ。 それと、お前の結界の対策をしてると頭の片隅に置いとけ。――五……四……」

 

 悠斗は内心で焦っていた。

 

「(……マジか。 四方を結界で囲めば問題ないと思ったんだが……)」

 

 アンジェリカの表情は、余裕を持った表情だ。 つまり、アンジェリカが持つ魔具は、悠斗の結界を斬り裂く事が可能だという事。 悠斗個人なら、守護で何とかなると思うが、雪菜はアンジェリカの攻撃に対抗できるかが不明であり、神殿の床に穿たれた亀裂のせいで、セレスタの盾になる事はできない。

 ならば、先制攻撃(ファーストアタック)で決めるしか手段はない。

 

「……姫柊。 きっと思ってる事は同じだろうな」

 

「……はい。 チャンスは一度きりです」

 

「……アンジェリカの次のカウントで行くぞ」

 

「……りょうかいしました」

 

 アンジェリカが、三、と言った瞬間に、雪菜と悠斗は全力で床を蹴り、爆発的にアンジェリカの懐に飛び込む。

 雪菜の雪霞狼は空を切ったが、悠斗が左手に召喚した刀が、アンジェリカの不可思議な魔具を斬り裂いた。

 ――その時、神殿の外壁が凄まじい勢いで爆散し、撒き散らされた膨大な魔力と、視界を埋め尽くす銀色の霧の中に包まれて立っていたのは、血塗れのパーカーを着た古城だ。

 

「悪い……悠斗、姫柊、待たせたな……!」

 

 古城が獰猛に牙を剥いて笑った。

 古城の背後では、彼の呼び出した眷獣たちが、遺跡に対して破壊の限りを尽くしている。 目的も手加減もない破壊だ。 それを目にした悠斗も獰猛に笑い、俺もちょっと暴れるかな。体力も温存してた事だし。と言って、悠斗は目を真紅に染め左手を突き出す。

 とはいえ、玄武の無効化はこの中では拙いので、玄武はお休みである。

 

「――降臨せよ、青龍、白虎、黄龍、麒麟」

 

 悠斗は、行け、お前ら。と指示を出し、召喚された眷獣たちは神殿から出て行く。

 雪菜は焦ったように、

 

「か、神代先輩。 何やってるんですか!?」

 

「ちょっと破壊の手伝いをな。 セレスタも無事に連れ出せるって解った事だし、結界の破壊をと思ってな。 ま、やりすぎには注意しろって言っておいたから心配するな」

 

「あ、ああ。 オレもだから心配するな」

 

「そ、そうじゃありません! 先輩、後で説教ですから! 神代先輩は、凪沙ちゃんに言い付けます!」

 

 瞬間、古城と悠斗の表情が凍りついた。

 古城は免疫があるから兎も角、悠斗は、凪沙の説教は世界で一番怖いと言っても過言ではないのだ。

 そんなやりとりをしてる間に、アンジェリカは立ち込める霧の隙間から、新たな魔具を取り左手を振り下ろす。

 そして、銀色の霧を斬り裂いて不可視の斬撃が放たれる。

 アンジェリカの新たな魔具が発動し、不可視の刃が形成され古城たちを狙う。

 古城が、悠斗と雪菜の前に立ち攻撃を受けたが、古城の正面に浮かび上がったのは宝石のような美しい煌めきの壁が、キンッと響き、直後、アンジェリカの鮮血が散った。

 

「な……んだと……」

 

 そう呟き、アンジェリカが床に転がった。

 古城は何もしていない。 アンジェリカの不可視な斬撃を撥ね返したのだ。

 アンジェリカは、体を両断された状態でも生きていたが、だがこの姿では戦闘の継続は不可能だろう。 最早、この結界の中に残っている理由もない。 セレスタを連れて脱出する。

 エネルギーを止めるには、紅蓮の織天使と第四真祖が揃えば問題ないだろう。

 

「まだだ……まだよ、貴様ら。 私の部隊を舐めるなよ、魔族如きが――」

 

 古城たちが振り返ると、目を逸らした隙に、アンジェリカの横には新たな人影が立っていた。

 機械化した目を持つ大柄な兵士だ。 ブイエと呼ばれていた、アンジェリカの部下である。

 

「少佐。 遅くなりました」

 

 彼の全身は傷を負い、両肩に埋め込まれた魔具も破壊されている。 神殿に辿り着く前に、凄まじい戦闘を繰り広げたと思われた。

 部下を見上げて、アンジェリカが聞く。

 

「貴様一人か、ブイエ」

 

「はい。 他の者は、トビアス・ジャガンに」

 

「……そうか。 ならば、貴様をもらうぞ、ブイエ」

 

「我が祖国に永遠を――」

 

 ブイエは満足そうに頷いて、アンジェリカの手を取った。

 そして、彼女の手の甲に口づけをする。 古城たちは、この小芝居にも見える光景を無言で眺める事しかできなかった。 瀕死のアンジェリカは、部下を右手で触れているだけだ。

 沈黙を破ったのは、神殿内に走り込んで来たトビアス・ジャガンだ。

 

「その女を止めろ! アンジェリカ・ハミーダの右腕は、“女王の抱擁”だ!」

 

 怒鳴りながら、ジャガンは眷獣を召喚した。 横たわるアンジェリカはと部下に目掛けて灼熱の猛禽を放つ。

 だが――、

 

「が……ッ!?」

 

 鮮血を撒き散らして倒れたのは、胴体を深々と斬り裂かれたジャガンの方だった。

 ジャガンの眷獣が攻撃を仕掛ける前に、アンジェリカの攻撃が届いたのだ。 ダメージに耐え切れず、ジャガンが片膝を突く。

 巨大な斧の傷跡に似た不可視な攻撃。 重傷を負ったはずのアンジェリカの技だった。

 

「“斬首の左手”だ。……トビアス・ジャガン」

 

 ジャガンが召喚していた眷獣が消滅した。

 燃え上がる炎の向こうに側に立っていたのは、歪な程高い奇怪な人影だ。

 人影の頭部は美しい女性。 しかし、彼女の両腕には、もう一対の腕と男性の体がある。 切断させたアンジェリカの下半身の代わりに、彼女の部下の肉体が融合しているのだ。

 

「……成程な。 仲間を食ったのか」

 

 悠斗が忌々しそうに呟く。

 アンジェリカの右腕に埋め込まれていた魔具は、抱き寄せた肉体を、自身に取り込むという効果を持っていたのだ。 悠斗が言うように、アンジェリカは部下を食って自らの一部に変えたのだ。

 

「我が右手は、私が望んだもの全てを私の肉体の一部へと変える。 ゼンフォースとは、私の為だけに編成された部隊。 隊員たちの肉体は、全て、私の予備部品(スペアパーツ)に過ぎぬ。 敵も味方も、一様に殺す。 故に私は、“血塗れ”のアンジェリカなのだよ」

 

 感情のない声で、アンジェリカが言う。

 アンジェリカの中では、忠実な部下の肉体を奪った事すら、任務遂行に必要な要因に過ぎないのだろう。

 アンジェリカの体内に埋め込まれた機械が蠢いて、部下の体内の人工臓器に接続し、回路を繋ぎ換えていく。 単なる融合魔具の効果だけではない。 全身、機械化した魔義化歩兵(ソーサラスソルジャー)同士だからこそ可能なのだ。

 これを見ていた古城は牙を剥いた。 拳を握り締め、アンジェリカに殴り掛かる。

 そんな古城の行動を最初から狙っていたように、アンジェリカが左手を振りかぶった。 その瞬間、古城はアンジェリカの狙いに気づく。 攻撃に気を取られていた今の古城には、先程の反射は使えない。

 アンジェリカの左手に埋め込まれた魔具が発動し、不可視な刃を形成した。

 しかし、刃が振り下ろされる前に、古城とアンジェリカの間に割り込んだのは、雪菜だ。 だが、雪菜の雪霞狼だけでは魔具を破壊できるか解らない。 だが、徐々にアンジェリカの左腕が凍っていく。

 悠斗が目視する物を凍らせる冷気だ。 それは空気中に漂い、アンジェリカの左腕に絡み付くように凍らせているのだ。 これこそが悠斗の狙い、冷気で完全に左腕を凍らせ、雪菜の雪霞狼で左腕を貫き破壊する。

 それを見たアンジェリカは、満足そうに微笑んだ。

 

「お前たちがそう動く事は視えていたよ」

 

 左腕が砕けるのも構わず、アンジェリカは強引に雪霞狼を引き抜いた。 悠斗も、繊細な技の後なので、上手く反応する事ができない。 アンジェリカの目的は、雪菜たちからセレスタから意識を逸らせる事。

 部下から奪った足を使って、アンジェリカは凄まじい加速で跳ぶ。

 その先には、恐怖で立ち竦むセレスタだ。 アンジェリカは、恐怖で竦むセレスタを抱き寄せ、右腕を輝かせる。

 アンジェリカは、セレスタと融合するつもりなのだ。

 

「“抱擁の右手”――アメリカ連合国(CSA)が誇る魔具の真の力だ」

 

 その輝きは、セレスタを飲み込んでいく――。




この章も、あと、二、三話で終わりですね。

ではでは、感想、評価よろしくお願いします!!

追記。
悠斗君は、妖姫の蒼氷(アルレシャ・グラキエス)の冷気を通常でも使える感じです。出力は、召喚時より弱いですが。

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