ストライク・ザ・ブラッド ~紅蓮の熾天使~   作:舞翼

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この章も、終りが近づいてきましたね(^O^)
矛盾があったらごめんなさい。

では、投稿です。
本編をどうぞ。


冥き神王の花嫁Ⅸ

 空の色が、変貌を遂げていた。

 澄み切った青空が、朝焼けのような赤紫色へと。 雷雲が竜巻のように渦を巻き、無数の稲妻が空を埋め尽くす。 突然吹き始めた風が、洋上の墓場(オシアナス・グレイブ)Ⅱの船体を揺らしている。

 

「ヴァトラー様……古城……悠斗……」

 

 絶望に染まった表情で、セレスタが呟いた。

 心の支えであったヴァトラーは殺され、古城も瀕死の重傷を、悠斗も吹き飛ばされ額から一筋の血が流れている。 その光景が、壊れかけていたセレスタの精神を破壊した。

 不老不死の呪いを受けた古城が、守護の加護を受けている悠斗ならば、この程度では死ぬはずかない。

 だが、そんな理屈は、セレスタには何の説得力も持たなかった。

 

「あ……あああ……」

 

 セレスタの頭上に浮かんでいたのは、虚空に穿たれた穴のような、直径一メートルにも満たない奇怪な球体だ。 球体の表面にはおぞましい斑模様が描かれ、それは生物の内臓のように不気味に動いている。

 だがそれは、空間を食い破って成長を続けているように感じられる。

 セレスタが投影のように生成した球体は、表現するならば“卵”に似ていた。 異界より生じた、異形の“卵”のようだ。

 

「脆いな、吸血鬼共。 やはり、我らとお前たちでは格の差がありすぎる」

 

「貴様!」

 

 憤怒の表情で動いたのはジャガンだった。 神獣たちを睨んで、灼熱の猛禽を実体化させる。

 だが――、

 

「やめろ、ジャガン。 あんな攻撃で、俺たちも蛇野郎も死ぬわけないだろうが」

 

 立ち上がりながら、寸前の所で悠斗がジャガンを止めた。

 もう一人の神獣が、セレスタの前に移動していたからだ。

 奇妙な球体を召喚したとはいえ、今のセレスタは無防備だ。 神獣の一撃を受ければ命を落とすだろう。

 それに、悠斗が思うに、ヴァトラーは死んでいない。 何かを使い、死を偽造したのだろう。

 

「動くなよ……死にぞこないの吸血鬼共。 この状態で“花嫁”が死ねば、娘に憑いてる邪神がどうなるか解らんぞ。 この島ごと吹き飛びたくなければ、オレたちには手を出さない事だな」

 

 何処か清々しい口調で、神獣が言う。

 彼らの脇腹には、深々と貫かれた傷跡が残っていた。 雷神槍(らいじんそう)を受けた傷跡だ。

 古城たちのマンションを襲撃してきたのは、彼らだったのだ。

 

「何故だ……お前たち……」

 

 神官の一人が震えた声で言う。 仲間の裏切りが理解できない。という反応だ。

 

「悪く思うな。 邪神憑きの小娘の世話をする為に、密林の奥地に一生縛り付ける暮らしなんて、もううんざりなんだよ。 あの女(・・・)は、上位種たるオレたちに、相応の待遇を与えてくれる。 この小娘さえ奴らに引き渡せばな――」

 

「愚か者共が――」

 

 最年長の神官が、裏切り者たちを哀れむように呟いた。

 ――アンジェリカ・ハミーダが、ザザラマギウの神殿の位置を正確に知り、絃神島に来て間もない彼女たちが、簡単にセレスタを見つけた事。

 それは、神官の中に裏切り者(内通者)が居たからだ。

 彼らは、セレスタの臭いを知っている。 それを辿って、マンションを襲撃する事も、埠頭までセレスタを追跡する事もできた。 彼らは金に目を眩ませて、神官たちを売ったのだ。

 

「老いぼれども……何を……」

 

 驚愕したのは、裏切り者の方だった。

 セレスタを人質にした彼らの前で、最年長の神官が自身の心臓を自ら抉り出したからだ。 それは、一瞬の出来事であり、止められる者は居なかった。

 

「全ては、ディミトリエ・ヴァトラーの思い通りか……。 口惜しいが、我ら一族の役目は終わりだ。“冥き神王”の出現は止められぬ……」

 

 神官たちが、抉り出した心臓を、セレスタの頭上へ投げ入れる。

 ――虚空に浮かぶ、邪神の“卵”へと。

 

「まさか貴様ら……邪神召喚の儀式を……」

 

 神獣の一人が怯えたように呟く。

 神官たちの血を吸った“卵”が、脈打つように震えたのはその直後だった。

 

「“花嫁”の絶望と、我ら神官たちの血――召喚の儀式は整った」

 

 最年長の神官が、満足そうに微笑んだ。

 彼の肉体は、鮮血を撒き散らしながら“卵”に食われた。

 斑に蠢く球体の表面から触手が伸び、一瞬で最年長の神官を取り込んだ。 食われたのは最年長の神官だけではない。 他の神官も触手に攫われ、球体に取り込まれていく。

 

「や……やめろ……やめろおおぉぉおおっ!」

 

「た……助け……う、ああァァああっ!」

 

 触手が攫っていったのは神官だけではなく、神獣化した神官にも巻き付き取り込んでいく。

 神官たちを取り込んだ触手は、植物のような蔓である。“卵”は彼らを取り込むにつれ、大きさを増していた。

 既に、“卵”の直径は七メートルを超え、洋上の墓場(オシアナス・グレイブ)Ⅱのデッキを覆い尽くす程まで成長しており、それは怪物の種子のようでもあり、異界へと通じる(ゲート)のようでもあった。

 己の意思をなくしたセレスタが、ゆっくり両腕を真横に広げ“卵”まで歩み寄る。

 そんな彼女の全身に、無数の蔓草が絡み付く。

 

「待……て……セレスタ……!」

 

 彼女がやろうとしてる事に気づいて、古城が咄嗟に手を伸ばした。

 しかし、彼女に触れる前に、伸びてきた複数の蔓草が鞭のようにしなって古城を打ち据えた。 そして蔓草は、苦痛に呻く古城に巻き付き手足を引き千切ろうとする。

 

「――牙刀(がとう)!」

 

 悠斗は刀を左手に召喚させ、走りながら一閃してから跳び、古城の隣に着地する。

 背中から叩き付けられた古城は、激しく咳き込んだ。

 

「無事か、古城?」

 

「……まあ、何とかな……」

 

 そう言ってから、古城は無理やり上体起こす。

 セレスタは内部に取り込まれ姿を消していた。

 

「……厄介だな、あの蔓……」

 

 ――蔓は、魔力を吸収する能力があったのだ。

 “卵”の元は邪神だ。 それは、神の力も例外ではない。 その証拠に、神通力を纏わせた刀から、力だけを吸収されている。 そう、通常の刀に戻っているのだ。 蔓に巻き付かれた古城は、魔力の大半は吸われたと、悠斗は予想する。

 

「(……おそらく、常時展開の守護もだよな……。 なら――)」

 

 悠斗は左手を突き出し、守護の眷獣、朱雀を傍らに召喚させる。

 悠斗が考え付いたのは、眷属(朱雀)と融合し、蔓を上回る(守護)を自身に付与させる事だ。――所謂、力押しだ。

 

「――紅蓮を纏いし不死鳥よ。 我の翼となる為、我と心を一つにせよ――来い、朱雀!」

 

 悠斗と朱雀は融合し、悠斗の背部からは、二対四枚の紅蓮の翼が出現し、黒髪も僅かに赤く染められ、黒色の瞳も朱が入り混じる。

 

「助けに行きますか」

 

 悠斗の隣に並び立った雪菜が、

 

「神代先輩、私も行きます」

 

「……いや、雪霞狼だけじゃ危険すぎる……」

 

 そう、棒きれ一本で、ダムの放水を止めるようなものなのだ。

 

「それでも行きます」

 

 雪菜の意思は固い。 こうなった雪菜は、一歩も引かないのだ。

 悠斗は嘆息し、

 

「……わかったよ。 危険だと感じたら、俺を盾にしろよ。 これが条件だ」

 

「わかりました」

 

 雪菜は、古城の所まで歩み寄り、自らの右手首に雪霞狼の穂先を押し当て、浅く斬り裂かれた雪菜の白い肌から鮮血の滴が溢れ出す。

 

「――すいません、暁先輩。 今は、これだけで」

 

 傷口から血を吸い出した雪菜が、血を含んだまま、唖然とする古城に唇を重ねた。 口移しに流し込まれた彼女の血が、古城の中に広がっていく。

 

「――暁先輩、外での事はお任せします!」

 

「お、お前ら!? 何を!?」

 

 立ち上がろうとした古城の腹を、雪菜が乱暴に蹴り飛ばした。

 展望デッキから突き落されて、古城はそのまま下の階へと落下する。

 最後に古城が目にしたのは、飛来する蔓草の鞭を斬り裂きながら、球体に飛び込む雪菜と悠斗の後ろ姿だ。

 炎に染まった空に暴風が逆巻き、押し寄せる高波が絃神島全体を揺らしている。

 そんな中、虚空に浮かぶ邪神の“卵は”力強い脈動を刻み始めていた。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

「都市国家“シアーテ”を滅ぼした“冥き神王”の復活か……壮観っすね」

 

 空に浮かぶ球体を眺めて、首にヘッドフォンを掛けた少年が――矢瀬基樹が言う。

 彼が座っているのは、絃神島中央空港ターミナルビル屋上。 二日前、南宮那月が、アンジェリカ・ハミーダと遭遇した場所だった。

 古城たちがいる巨大桟橋までは、直接距離でも二千メートルは離れている。 しかし、虚空に穿たれた“卵”は、肉眼でもハッキリ見えるまでに膨張していた。

 

「ずいぶん余裕だな、矢瀬。 奴の存在は、公社(お前たち)にとっても想定外(イレギュラー)だろうに」

 

 基樹の隣に立った南宮那月が、日傘を差したまま聞いてくる。

 人形のような担任教師を見上げて、基樹は肩を竦めた。

 

「まあ、だからこそ、情報価値が高いって思ってる奴らもいるんですわ」

 

「ふん、難儀だな」

 

「そういう立場なもんでね。 しゃーないッス」

 

 基樹は自嘲するように頭を掻く。

 暁古城の親友、神代悠斗の友人。というポジションの裏側で二人の監視役という面倒な役目を担っている。 そんな基樹にとって、今回のセレスタ・シアーテの一件は完全な不意打ちだった。

 神獣化能力を持つ上位種の獣人(神官)たち、“戦王領域”の貴族、ディミトリエ・ヴァトラー。 そして、アンジェリカ・ハミーダ。

 人工島管理局が保有する戦力では、何れも手に余る化け物揃いだ。

 なので、セレスタ・シアーテの正体に気づいた時には、既に基樹には手に負えない状況になっていた。 苦悩する古城たちの姿を眺めながら、手助けをできない自分自身に嫌悪感を覚えなかった。といえば嘘になる。

 だが、その一方で、この事件が貴重な“予行演習(リハーサル)”に成り得る事も事実なのだ。

 

「それで、公社の人工知能は、あの丸い奴をどう分析してる」

 

「あー、ザザラマギウとかいう奴を降臨させる為に形成された、保護フィールドって感じっすね。 いうならば、“卵”っす。 おそらくあの中に、 邪神の“(コア)”があると見てます。 んで、今はレーザー攻撃の準備中って事で」

 

 残り、九十分と少し、と基樹は腕時計の表示を確認する。

 人工衛星搭載型の対地レーザー砲は、人工管理局が隠し持つ切り札の一つだが、未完成なシステムだ。 発電能力と軌道高度の関係で、絃神島へ精密射撃が行えるのは、約三時間に一発だけ。 ザザラマギウの実体化まで間に合うか微妙な所だ。

 また、レーザー砲で、あの“卵”を完全に破壊できるかどうかは別問題だ。

 

「邪神の実体化を止める方法は?」

 

「今んとこ、不明。 他の“魔族特区”でも調べてもらってますけど、何せ、古い記録しかないもんで。 姫柊ちゃんたちに期待するしかないっすね」

 

「――獅子王機関の七式突撃降魔機槍(シュネーヴァルツァー)に、紅蓮の織天使か……。 確かに、時間稼ぎにはもってこいの人選だな」

 

「二人の事だから、時間を稼げば古城が如何にかしてくれるって信じての事でしょう。 実際、そのお陰でこっちにも対処する余裕もができた訳だし。 ホント、頼れる後輩と友人ですよ」

 

「そうだな」

 

 那月は、内心で微笑んでいた。

 人を拒絶していた悠斗が、今では人を信じているのだ。 那月は、出会った時の悠斗を知っているからこそ、不謹慎だが今の状況が嬉しかったのだ。――那月は、悠斗の義母(・・)といっても過言ではないのだ。

 

「あいつが実体化した場合、絃神島にどの程度まで影響が出る?」

 

「“卵”だけなら、大した影響はないっすよ。 仮に、あれが現在のペースで膨張を続けたとしても、人工島(ギガフロート)の機能に影響が出るまで九十六時間以上かかる計算っス。 呪術迷彩を使ってる限り、市民の大半はあれが存在する事も気づかないんじゃないかと」

 

「邪神とやらが降臨したら?」

 

 那月は、眉を動かすさず聞く。

 

「試算不能っすね」

 

「規模がデカすぎて、公社の人工知能でも予想できないという事か?」

 

「いや、計上するまでもない、って意味っす。 今のままだとザザラマギウは、完全に実体化する前に自らの霊力を使い尽くして自己崩壊するって話で」

 

 もともと存在するべき神殿から切り離されて、まともな供物も儀式もない状態での召喚。 本来の力を発揮できる方が、異常なのだ。

 

「なるほど。 だが、気に入らんな。 ヴァトラーめ……最初からこの結果を予想してたのか? だとしたら、奴はなんの為に……」

 

 不機嫌そうに独りごちる那月の目つきが、突然険しさを増す。

 空中に浮かぶ“卵”の内部から、緑色の触手が吐き出され、桟橋を包囲していた特区警備隊(アイランド・ガード)の装甲車に絡み付いたのだ。 触手は、重さ十四トンの装甲車を抱え上げ、球体の中に引きずり込む。

 

特区警備隊(アイランド・ガード)を、食っただと!?」

 

 基樹が弾かれたように膝立ちになった。 那月は、煩わしげに唇を歪めている。

 

「なるほど……。 そう来るか、邪神め」

 

「那月ちゃん……今のは!?」

 

「あの球体、絃神島と融合するつもりだぞ」

 

「融合?」

 

 基樹は那月の言葉に困惑する。 ザザラマギウの正体は龍脈が生み出すエネルギーの塊だ。 シアーテの神殿に構築された巨大な魔術装置によって、それに実体を与えたものに過ぎない。

 絃神島との融合は、邪神本来の機能に含まれてないはずだが――、

 

「絃神島の住人全員を供物にして、本来の“冥き神王(ザザラマギウ)”ではなく、単なる怪物――真の邪神として出現する事になるが」

 

「供物って……まさか……」

 

「おそらく食われるな。――絃神島の全てが」

 

 那月が平然と言い、その言葉に基樹は息を呑んだ。 南宮那月はこんな時に冗談を言う人物ではない。――食われる。と彼女が口にしたのなら、絃神島は本当に食われるのだ。

 

「……対応が早いな。 流石に、公社も慌て始めたか」

 

 空港の滑走路の片隅から、無人ヘリの群れが離陸する。 特区警備隊(アイランド・ガード)の攻撃ヘリだ。 当然、目標(ターゲット)はザザラマギウの“卵”だろう。

 しかし、特区警備隊(アイランド・ガード)の対魔族装備全てを以っても、ザザラマギウの“卵”を破壊できるかは未知数だ。

 身じろぎもせず立っていた那月は、日傘を揺らして歩き出す。

 那月が見つめていたのは、球体に浸蝕され始めた港湾地区だ。 大破した特区警備隊(アイランド・ガード)の装甲車の上に、長身の女の姿がある。 大柄な男たちを従えた、毛皮付きコートの美女。――アンジェリカ・ハミーダだ。

 

「怪獣退治は趣味ではないのでな。 私は私の仕事をやらせてもらう。 私は、あいつらを信じているからな。――――特に、あの少年の事はな」

 

 そう言い残して、那月は姿を消した。

 彼女が立っていた場所は、ゆらゆらとした波紋だけが残されている。

 基樹は、『悠斗は、絶対的信頼(信用)を那月ちゃんにされてるんだなぁ』と、呟きながら、ゆっくり立ち上がりながら、ズボンのポケットに手を入れた。

 取り出したのは、見慣れない型のスマートフォンだ。

 

「さあて……厄介な事になっちまったな……モグワイ、浅葱の調子はどうだ?」

 

 基樹が液晶画面に呼び掛けると、液晶が浮かび上がり、不気味なマスコットキャラが姿を現す。

 

『遺憾だが、ご立腹だぜ。 激怒中だ、訳のわからなまま“C”に閉じ込められたんだから、無理もねぇがな。 ケケッ』

 

 声は奇妙に人間近い合成音声だ。

 

「やれやれ……ケーキでも買い占めて女帝様のご機嫌を取っとくか」

 

 憂鬱そうに呟いて、基樹は通話を終わらせた。

 画面に表示された日時と日付と、虚空に浮かぶ“卵”を見比べ、忌々しげに舌打ちする。

 

「頼むぜ、古城、悠斗。 今はまだ早ぇんだ……」

 

 基樹の微かな呟きは誰の耳にも届く事はない。

 そして、吹き荒れる風が強さを増していく――。




次回も頑張ります!
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