では、投稿です。
本編をどうぞ。
悠斗は、頬を撫でる冷気で、二人掛けのソファーの上で目を覚ました。 もちろん、隣では凪沙が寝息を吐いていた。
昨晩、花火が終わった後、罰ゲームつきのポーカーがかなりの盛り上がりを見せた。 カードの引きが強い雪菜と、記憶計算と記憶力にものを言わせる浅葱。 基樹は所々で勝負強さを見せつけ、悠斗は洞察力と観察眼で仕草や癖などを見抜き、凪沙も悠斗譲りの洞察力が功を奏す。
なので、途中で睡魔に襲われ脱落した結瞳を除くと、古城がずっと最下位。と言う怒涛の展開が繰り返されていた。
そして
左側に備え付けられているソファーでは、雪菜と浅葱が肩を寄せ合い眠っていた。
時刻は七時少し前。 最後に時計を見たのは、深夜一時過ぎだ。
「……悠君。 ずっと一緒だよ」
声の主は、悠斗の隣で眠っている凪沙からだ。
そう、悠斗を想いやる寝言だった。
「そうだな、ずっと一緒だ。 凪沙」
そう言って、凪沙の頬を人差し指で突く悠斗。 凪沙は、んん。と言いながら、気持ち良さそうに眠っている。
悠斗は、窓際の床で目を覚ました古城に声をかける。
「古城も起きたのか?」
「あ、ああ。 床で寝てたから、体のあちこちが痛ェな」
そう言いながら古城は、固まった関節を軋ませながら伸びをしていた。
「……やっぱ、姫柊と浅葱も寝オチしてたか。……凪沙もな」
悠斗は若干黒い笑みを浮かべ、古城を見た。
「……なんで、凪沙がオマケみたくなってるのかな? 暁古城くん」
古城は慌てながら、
「い、言い方が悪かったな。 な、凪沙のことは、悠斗に任せたんだ。 だから、後付けになったと言うか……」
悠斗はいつもの表情に戻ってから、
「……そうか」
「ああ」
そう言って古城は立ち上がり、エアコンのリモコンを操作し部屋の設定温度を上げてから、雪菜と浅葱にブランケットをかけて上げていた。
ちなみに、凪沙は眠ってからすぐに、悠斗がブランケットをかけて上げていた。 悠斗は、それから数分後、ソファーの上で寝オチ。と言う事である。
そんな時、リビングの扉前に、基樹が立っていた。 水を飲む為に、男子部屋から下りてきたのだろう。
だが、いつもと様子がおかしかった。 彼は何も言わずに佇んでいるだけだ。 代わりに、ぎこちなく唇を震わせている。
「……いな……さん」
「え?」
基樹が洩らした呟きに、基樹の前に立っていた古城は眉を寄せた。
そんな古城に向かって、基樹は一歩踏み出し、そのまま両手を大きく広げると、
「緋稲さんああああああん!」
「どわあああああっ!」
絶叫しながら抱き付いてきた基樹に、古城は度肝を抜かれて硬直する。
そんな古城の背後に回り込み、力強く抱きしめる。
悠斗は、緋稲と呼ばれた人物に心当たりがあった。 一度しか見たことはなかったが、あれは忘れもしない、獅子王機関の三聖、
そして、緋稲は基樹と付き合っている。
「(やっぱ、その緋稲経由で、俺たちをブルエリに呼び出したのか。 まあ、予想はしてたけど)」
悠斗は無用な争いは避けたいので、手を出すことはないだろう。 だが、大切な人や友人に手をかけようなら、雪菜たちを除き、獅子王機関を潰しにかかると思うが。
「(ま、大史局も例外じゃないけどな)」
そんな事を考えながら、悠斗は、古城と基樹のやり取りを傍観しようと決めたのだった。
また、悠斗の予想が正しければ、雪菜と浅葱もその対象になってるだろう。
「ははっ、相変わらずつれないねぇ……だけど、今日のオレは諦めない!」
「寝ぼけんな、この馬鹿! 起きろ!ってか、離れろ!」
全身に鳥肌を立てながら、古城は力任せに基樹を振りほどいた。
基樹の体は勢い余って派手に吹き飛び、ゴン、と鈍い音を立てて壁に激突する。 そのまま、ずるずると倒れ込む。
「だ、大丈夫か、矢瀬? だけど、今のはお前も悪いだろ」
古城は、基樹の隣に屈み込み心配そうに見るが、しかし基樹は、古城の存在を気づかずに唇を歪めながら独り言のように呟く。
「やられたぜ、畜生……精神、支配か……」
驚く古城の目の前で、基樹は壁に体重を預けて意識を失う。 力尽きたように眠るその顔には、苦悶の表情が浮かんでいる。
どうなってるんだ、と古城は困惑する。
古城が立ち上がると、背後から声がかけられる。――雪菜の声だ。
「――先輩」
古城が振り返えると、そこには、気配もなく立っている雪菜の姿ある。
「姫柊、起きてたのか……!」
「はい。 先輩、わたし――」
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そんな二人を見ながら、悠斗は感嘆な声を上げていた。 真祖たちを除くと、他の生物たちは支配が可能なのかもしれない。
そんな時、凪沙が目を摩りながら目を開けた。 やはり、真祖と同格の凪沙を支配する事はできなかったらしい。
「悠君。 おはよう」
「ああ、おはよう」
凪沙は、悠斗の視線の先を見て、可愛く首を傾げた。
「あれ、古城君と雪菜ちゃんは、なにをやってるのかな。 なんか、日曜劇場みたい」
「……日曜劇場とか、ドラマの見過ぎだ」
悠斗が凪沙の額を小突き、あうっ、と声を上げる。
まあでも、凪沙の意見も一理あった。 古城と雪菜の一幕は、ドラマのワンシーン見たいだ。
凪沙は、普段見ない雪菜に目をやりながら、
「……精神支配?」
「お、流石だな。 その通りだ、凪沙」
凪沙も雪菜の本音が聞きたいのか、傍観することに決めたのだった。 大事に至る前に止めれば問題はないだろう。
悠斗と凪沙が悪役に見えるのは気のせいか?
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「――先輩の傍にいるのはわたしなんですよ! マンションの中では、名前で呼んでくれる約束をしましたよね!」
古城たちは、マンションの中での名前呼び。と言う約束をしたのだが、やはり名字に戻っているらしい。
「そ、そうだけど……。 い、今はそれどころじゃないだろ! 矢瀬の様子が変だったんだ!」
「誤魔化さないでください!」
「え、ええ!?」
雪菜に真顔で叱りつけられ、オレが悪かったのか、と一瞬本気で悩んでしまう。
そんな古城に、雪菜はぴったりと体を密着させた。
「先輩の監視役で、いつも近くにいるのはわたしなんですよ。 それなのに、先輩は紗矢華さんや結瞳ちゃんのことばかり気にしてて、昼間は藍羽先輩とイチャイチャして……」
「ちょ、待ってて姫柊! 昼間は、悠斗も一緒だったろ!?」
「わたしにはそう見えるから、それでいいんです! それに、神代先輩には凪沙ちゃんがいますから!」
古城は、何がなんだか解らん。と頭を痛めるだけだ。
寝起きの雪菜から漂ってくるのは、微かな甘い香りだった。 薄いシャツ越しに伝わってくる彼女の柔らかな弾力に、古城は思わず唾を飲む。
「……やっぱり、わたしではダメなんですか……? 満足できませんか……?」
「いや、別に満足がどうとか、そういう問題じゃなくて……」
なけなしの自制心をかき集め、古城は雪菜の体を引き離す。
その瞬間、雪菜は大きな瞳に絶望の色を浮かべた。
「不満ですか……そうですか。 それなら、監視役として先輩を殺してからわたしも死ぬしか……」
「は……!?」
雪菜がすっと右手を伸ばした。
その先に立て掛けられていたのは、雪菜が持ってきた黒いケース。 海辺のリゾートで見かけても違和感のない、ボディボード用の収納ケースだ。
しかしケースの中身は、獅子王機関の秘奥兵器、
「ば、バカ! こんなところで、雪霞狼なんか持ち出したら……!」
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そんな二人を傍観していた悠斗と凪沙は、助けに入るか否を決めかねていた。
そう、雪菜が雪霞狼に触れれば、精神支配が解除されるからだ。
「どうしよう、悠君?」
「姫柊も正気を取り戻すだろうし、心配はないと思うけど。 てか、姫柊。 心の奥底ではこんなことを考えてんのかよ。……何と言うか、愛が重い。でいいのか」
悠斗にしては、上手い表現である。
「そ、そうかも。 でも、雪菜ちゃんが、こんなにも古城君のこと好きだったなんてね、ちょっと意外かも」
凪沙と悠斗がこう話している間も、日曜劇場が加速する。
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「――何してるの、古城?」
雪菜に、雪霞狼を突き付けられそうになって、後ずさる古城の背中を突然誰かが抱き留める。 振り向いた古城が目にしたのは、藍羽浅葱だ。
「え!?あ、浅葱!?」
古城が驚いたのは、浅葱が浮かべていた今にも泣き出しそうな表情だ。
「わたしに黙って、二人でなにしてたの?」
途切れ途切れの掠れた声で浅葱が聞く。 涙で盛り上がった瞳から、涙が流れ落ちる。 そんな浅葱を見た古城は、全身を硬直させ、頼りなく首を振るだけだ。
「いや、これは……なんというか、その」
「また、わたしに内緒で姫柊さんとイチャつくの? やっぱり、その子の方がいいんだ……」
「……え!?」
「わたしだって、頑張ったんだけどな……恥ずかしいことも、いっぱいしたし」
そう言って、古城の背中にしがみついてくる浅葱。 その全身が嗚咽するように震えている。
またこれかよ、と思い古城は天井を振り仰ぐ。
「お前までおかしくなってるのかよ!?」
「おかしくってなによ、バカ古城! わたしだって不安なんだよ……あんたが、何も言わずにわたしを置いてどっか遠い所に行っちゃうんじゃないかって。 わたしは、あんたが第四真祖とか、わけのわからないものになるずっと前から……」
「あ、浅葱……」
浅葱が弱々しく古城の背中を叩いている。 不器用なのには変わりはないが、暴走した浅葱は気弱で幼い印象がある。
これが彼女の本音ではない、と頭で理解しながらも、むげに突き放すことができずに古城は硬直。 そんな古城の耳元に、浅葱が何かを囁こうと――、
「――そこまでです、藍羽先輩」
そういう大切な告白は正気の時にどうぞ、と言わんばかりのタイミングで、浅葱の首筋へと雪霞狼を押し当てた。
薄皮一枚切れるかどうかの斬撃。 だが、その瞬間、浅葱の全身は青白い火花に包まれて引き攣った。 そのままグッタリと倒れ込む浅葱を、雪菜が横から抱き留める。
「ひ、姫柊……!?」
「藍羽先輩の精神支配を解除しました。 これで、正気に戻ると思います」
真面目な口調で雪菜が言う。 いつも通りの冷静な彼女の雰囲気に、古城は安心感を覚えた。
「やっぱり、誰かに操られてたのか。 姫柊の様子もおかしかったのもそのせいか?」
「も、もちろんです。 雪霞狼のおかげで解放されましたけど」
雪菜は不自然に顔を強張らせながら、強く主張する。 雪霞狼を握る手に力が入りすぎて、三つ又に分かれた刃の先端が小刻みに震える。
「ですから、さっきの言葉は決してわたしの本心ではないですから。 違いますから」
「お、おう」
脅迫めいた表情で詰め寄られ、古城は慌てて頷いた。 それ以外に、どう答えてらいいか解らない。 取り敢えず、雪菜に手を貸して、浅葱をそっとソファーの上に横たえる。
そんな時、雪菜と古城の視線が、事の成行きを傍観していた悠斗と凪沙を見る。
「古城。 さっきは凄かったな」
古城はポカンとしながら悠斗を見て、なんで助けてくれなかったんだ。と肩を落としていた。
凪沙は、雪菜を耳元に顔を寄せ、
「(雪菜ちゃんの本音、しかと聞きました。 まさか、あそこまで古城君のことを想ってるなんてねぇ。 でも、浅葱ちゃんも凄かった。 いやー、この先どうなっちゃうんだろ?)」
雪菜は、顔を真っ赤に染めた。
「(あ、あれは。 わ、わたしの本心じゃないよ)」
と言われても、あの後の反論は説得力が皆無に等しかった。
ともあれ、古城たちの混乱が解けた所で、悠斗はソファーから立ち上がり、二階へ続く階段を見上げた。
「さて、結瞳。 そろそろ出てきてもいいんじゃないか?」
楽しげな笑いが降り注いだのは、それから数秒経過した時だった。
吹き抜けの階段の手摺から、幼い少女が顔を出している。
肩の辺りで切り揃えた、柔らかそうなクセっ毛と大きな瞳は、古城たちが知っている結瞳のものだが、しかし彼女からは黒い尻尾が生えていて、浮かべる笑みも普段とはずいぶんと印象が違う。
「バレちゃたかー、つまんないのー」
舌足らずな声でそう言って、結瞳が不満そうに肩を竦めた。
拗ねたように唇尖らせながら、古城たちを見回した。
「そこのお姉さんが元に戻ったのは、その変な槍の力みたいですけど、わたしの支配が効かなかった、お兄さんたちとお姉さんは何者です? わたしなら、レヴィアたんだって支配できるって、キリハは言ってたのにな」
悠斗は、結瞳を見ながら訂正をしていた。
「(レヴィアたん。 じゃなくて、レヴィアタンな)」
悠斗の中では、ひらがなとカタカナの間違えは結構大きいらしい。
まあでも、彼女は結瞳であり、結瞳じゃない。 まるで別人のようになったようだ。 おそらく、古城たちの名前を忘れてしまっただろう。
「で、お前は誰だ? 江口結瞳じゃないんだろ?」
結瞳は、あらー、と愉快に笑いながら、
「お兄さん。 意外にドライなんですね」
「……そんな風に言った覚えはないんだが。 てか、話を進めたいんだ。 お前は誰だ?」
「わたしも結瞳ですよ。 結瞳は、わたしのこと
古城と雪菜は小さく息を飲んだ。
――
だが、莉流と名乗る少女は、結瞳の体を借りて笑っている。
「まさか……解離性同一性障害……?」
雪菜が、莉流と名乗った少女を見上げて呟いた。 結瞳の突然の変貌に、思い当たる節があったらしい。
しかし莉流は、ふふ、と愉快に笑い、
「多重人格ってやつですかぁ? つらい体験をした結瞳が、自分の精神を守る為に生み出した、もうひとつの人格ってやつですかぁ。 そうですねぇ、当たらずともいえども遠からず、ですかねぇ」
他人事のようにそう言って、莉流が嘲笑する。
「つらい体験って、学校とかでのいじめとか?」
凪沙がそう言うと、莉流は正解と言うように腹を抱えて笑った。
「結瞳はずっといじめられてたんです。 同じ学校の生徒にも、実の両親にも、クスキエリゼは孤立していた結瞳を引き取ってくれた恩人なんですけどぉ?」
悠斗は嘆息しながら、
「そうか。 やっぱり、結瞳は
――夢魔。 或いはサキュバス。
サキュバスは滅多にいない魔族であり、精神支配を得意にする種族だ。
「お兄さんの正解。 結瞳は夢魔なんですよぉ。 他人の心に入り込んで好き勝手操ったり、欲望を刺激したり。 そんなエッチな小学生なんて、恥ずかしいですよねぇ。 それはみんなに嫌われちゃいますよー……なんて他人事みたいに言っちゃってますけどぉ」
莉流が自嘲するように唇の端を吊り上げる。
そして、夢魔であることを否定したい結瞳が、夢魔の能力や欲望を切り離して作ったのが、莉流だ。
「ずるいですよねぇ。 嫌なところだけ他人に押しつけて、一人で清純ぶっちゃって。 もー、結瞳のむっつりさん! こんな立派なモノを生やしちゃってるくせにぃ」
彼女が着ているサマードレスの裾から、黒く細い尻尾がゆらゆらと揺れている。――魔力によって実体化した獣の尻尾。
悠斗の予想通り、結瞳は未登録魔族であり、夢魔と言う希少種。 だからこそ、クスキエリゼ監禁していたことにも説明がつく。
「というかぁ。 あれだけで言い当てちゃうなんてぇ、お兄さん、本当に何者なんですかぁ?」
「俺か。 俺はただの吸血鬼だ。 つか、俺の予想が当たっただけだ、おチビ」
莉流は、頬を膨らませムッとした。
「……もしかして、おチビってわたしのことですかぁ? お兄さん」
「お前以外にはいないだろうが、おチビ。 おチビちゃんの方がいいか?」
「……お兄さん、わたしのことバカにしてますよねぇ」
悠斗は、悪戯な笑みを浮かべながら、
「いやぁ、そんなことはないぞ」
「……お兄さんの人でなし」
「それ酷くね」
それからも、悠斗と莉流の口論は続いた。
そこで仲裁に入ったのは、凪沙だった。
「まあまあ、悠君も莉流ちゃんも落ち着いて」
凪沙にそう言われ、口論を止める悠斗と莉流。
だが、一つ解ったことは、
「ま、お前の目的は時間稼ぎだったんだろ、莉流?」
莉流は楽しそうに笑った。
「そのとおりですよぉ。 ホント、お兄さんって何者ですかぁ?」
「言ったろ、ただの吸血鬼だって」
「教えてくれないんですかぁ、残念」
凶悪そうに眉を吊り上げて、莉流が階段の手摺を乗り越える。 サマードレスの背中を破って、彼女の背から生えたのは翼だった。 魔力によって創られた半実体の翼だ。
その翼をはためかせ、莉流は、古城たちの背後に着地する。 硝子窓を開け放ち、彼女はコテージの外へと飛び出して行った――。
凪沙ちゃんは原作と違い、精神支配にかかりませんでしたね。
てか、傍観する悠斗君と凪沙ちゃん(笑)
さて、悠斗君は莉流の心を知ってどうするのだろうか?
まあ、一応考えてはいるんですけどね。
つか、自身より強力な術者以外の精神支配を受けず、異能も無効化できちゃう悠斗君チートすぎ(笑)
ではでは、感想、評価、よろしくお願いします!!