ストライク・ザ・ブラッド ~紅蓮の熾天使~   作:舞翼

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今回は、結構長いかも……。

では、投稿です。
本編をどうぞ。


黒の剣巫Ⅲ

 競泳プール程の広大な水槽に、無数の魔獣たちが泳いでいた。

 水底で眠っているのは、マカラと呼ばれる南アジアの怪魚。 蛙のような胴体にトビウオのような翼を持っているのは、海棲のウォータ・リーパだろう。 それ以外も、タコやウナギに似た名の知れぬ魔獣たちが、数え切れないほど水槽内を回遊してる。

 ブルーエンジリアムの最大の観光名所――魔獣庭園の大水槽だ。

 

「うっわー……」

 

 通路の手摺から小柄な体を乗り出して、暁凪沙が目を輝かせる。 ショートカット風に短く結い上げた長い髪が、そのたびにポンポンと揺れた。

 

「ホントに大きいねぇ。 さすが、世界最大の魔獣水族館だね。……あれって馬? 馬の魚? うーんー……」

 

 そう言って、凪沙が指差したのは、馬の前半身と魚の不思議な生物だ。 鬣の代わりに伸びた銀色の鰭が、水に濡れてキラキラと輝いている。 神々しさすら感じさせる美しい魔獣だった。

 凪沙が思考を回し、魔獣の正体が記憶と一致した。

 

「あっ、思い出した! ヒッポカンポスだね。 北海帝国の海岸に住んでる海馬の一種だよ!」

 

 雪菜は心底驚いた。 絶滅希少種で、正確な解説まで言い当てたのだ。

 凪沙はまだ十代で、この手の知識を持ち合わせる訳がないのだ。

 

「……す、凄いね。 凪沙ちゃん。 その通りだよ。 ど、どこで知ったの」

 

 凪沙は、あ、まずかったかな。と静かに呟く。 凪沙は、悠斗と記憶共有をしたのだ。という事は、悠斗の莫大な情報を全て知った。という事にも繋がる。 その記憶の中には、獅子王機関の三聖のことや、焔光(えんこう)(うたげ)、真祖、聖殲に関わることも含まれるのだ。

 流石に、獅子王機関に露見したら、色々な意味で面倒くさいことになるかもしれない。

 

「え、えっとね。 学校の図書館で見た、絶滅希少種の本かな」

 

 凪沙は、雪菜に嘘をつくのは心苦しいが、この場は回避させてもらうしかなかった。

 雪菜も、なるほど。と納得したようだ。

 まあ、絶滅希少種が直接見れるという事で、凪沙も雪菜も興奮を隠せなかった。

 

「あの目が可愛いよね……。 わたしもエサを上げてみたいなあ」

 

 うっとりとした口調で呟く凪沙。

 水槽の縁では、ウェットスーツを着た飼育員が、ピッポカンポスに餌を上げていた。

 来年の正式開業に向けて、ピッポカンポスに芸を仕込んでいるのだ。

 噂では、この魔獣庭園が建設された目的は、魔獣の研究に必要な膨大な飼育費の一部を、来場者からの入場料収入で補う事だと言う。

 吸血鬼や獣人のように、人間と意思疎通できるだけの知性を持ち、聖域条約によって権利を保障された魔族と違って、魔獣の保護は遅れている。 世間では、多くの魔獣が、未だに危険な怪物だと思われており、密猟や虐殺事件が後を絶たないのだ。

 現実に魔獣の多くは高い戦闘力を持ち、人を襲う種族も少なくない。

 魔獣庭園のような施設が増えて、魔獣の生態の研究が進めば、人類と魔獣の共生も出来るようになるかも知れないが、決して平坦な道とは思えなかった。

 

「(……これを逆手に取って、危険な魔獣の飼い慣らし……とかはないよね)」

 

 凪沙は、悠斗と同じく裏を読むようにもなっていた。 これも、紅蓮の織天使の血の従者だからだろうか。

 でもまあ、凪沙は今は楽しもうと思った。 ブルーエンジリアムで遊べるなんて、滅多にないことだ。

 雪菜は、歓声を上げてる凪沙の横顔を黙って見つめた。

 

「雪菜ちゃん、どうしたの?」

 

 怪訝そうな雪菜の視線に気づいたのか凪沙が、ん、と首を傾げて聞く。

 雪菜は、微笑んで首を振り、

 

「ううん。 何でもないよ」

 

「魔族恐怖症のこと?」

 

 雪菜は頷いた。

 凪沙は、第四真祖(古城)紅蓮の織天使(悠斗)とはずっと一緒だ。 魔族恐怖症を克服したと言っても、それがぶり返すことはないのかと心配になったのだ。

 

「それなら大丈夫。 それに今の凪沙は――」

 

 凪沙は、紅蓮の織天使の血の従者で吸血鬼なんだ。と言いそうになり口を閉ざした。 今は言う時期ではないと思ったからだ。

 雪菜は言葉の続きが気になったが、今は踏み込んではいけないと思い、言葉を飲み込んだ。

 凪沙は、雪菜の顔を興味深そうに覗き込んだ。

 

「ねぇねぇ。 雪菜ちゃんって、浅葱ちゃんのことどう思ってる」

 

「え……と。 恰好いい人だな、ど、度胸があって、優しくて」

 

 雪菜ちゃん、好き!と言われて、唐突に抱きつかれた雪菜は困惑した。

 凪沙は興奮した様子で、雪菜の両手を握りしめた。

 

「雪菜ちゃん、すごいね。 さすがだよ。 わかってるよ、そうなんだよ。 浅葱ちゃんは頭がよくて、優しくて、恰好いいんだよね。 みんな言ってもわかってくれないんだけど」

 

「……わかってくれない?」

 

「そうだよ、みんな浅葱ちゃんの見た目しか褒めないんだよ、特にうちのクラスの男子! 雰囲気がエロいとか、いろいろ手取り足取り教えて欲しいとか、援交やってそうとか……んもー、あいつら!」

 

 思い出してる内に腹が立ってきたのか、まるで自分のようのことにように怒り出す凪沙。

 次いで、凪沙の表情が慈愛に満ちた表情になる。

 

「……浅葱ちゃんはね、悠君が凪沙にしか心を開いてない時、古城君と一緒に話しかけてくれたんだ。 もしかしたら、その時の気分だったのかもしれけど、凪沙は嬉しかったんだ。 それからも気にかけてくれてね。――ほら、今ではあんなに仲がいいでしょ」

 

 雪菜は、悠斗の過去は知らないが、一時期かなり荒れてたと聞いた事があった。 そこに手を差し伸べたのが、凪沙であり、古城であり、浅葱だった。という事だ。

 

「藍羽先輩のこと、好きなんだね」

 

「うん。 浅葱ちゃんが、ホントのお義姉ちゃんになってくれたらいいよねぇ……古城君が相手じゃ勿体ないという問題は置いといて。――でも、雪菜ちゃんはかなりのリードがあるしねぇ」

 

 真剣な表情で凪沙呟いたので、そうだね。と、うっかり雪菜は同意してしまった。

 また雪菜は、唐突に話の矛先を向けられて、一瞬思考が停止。

 

「それは……。 その」

 

 さすがに、自分の気持ちを言うのに躊躇いがあるのか、雪菜のしどろもどろに答えるしか出来なかった。

 

「でも、雪菜ちゃんをお義姉ちゃんって言うのは抵抗あるよねぇ……ちょっと頼りないし……」

 

「た、頼りない……?」

 

 凪沙からの思わぬ低評価に、雪菜は衝撃を受けてしまった。

 まさか、凪沙が自身をそんな風に見てたとは、自分ではしっかりしているつもりだったので、ショックが大きい。

 雪菜は、反論材料を見つけたのか、口を開く。

 

「み、ミサンガと組紐どうしたの? 前は見かけなかったけど」

 

 苦し紛れの反論ではあるが、何とか話は誤魔化せるはずだ。

 凪沙は頷き、

 

「これね、ショッピンモールで偶々見つけたやつだよ」

 

「神代先輩も嵌めてたということは、お揃い?」

 

「うん、お揃いだよ。 悠君は利き腕に嵌めてるかな。 雪菜ちゃんも、古城君とお揃いしなよ」

 

「えっと……その」

 

 再びしどろもどろになってしまった雪菜。

 おそらくだが、雪菜は口では凪沙に勝てない事が分かった瞬間だった。

 その時、爆撃に似た暴力的な振動が、雪菜たちの足元から頭上に突き抜けて、増設人工島(サブフロート)を轟然と揺らした。

 足元が陥没するような錯覚を覚えて、雪菜たちは咄嗟に通路の手摺を掴む。

 

「これは……!?」

 

「なに……今の!?」

 

 周りを見渡すが、変化があったの雪菜と凪沙だけだ。

 増設人工島(サブフロート)の地面は揺れてない。 水面が波打ってる訳でもない。雪菜たち以外の来場者は笑顔のまま、魔獣園庭の見学を楽しんでいる。

 おそらく、強力な霊媒を持つ雪菜たちだからこそ不可思議な揺れを感知したのだろう。

 この正体は魔力の波動。 それも、ブルーエンジリアム全体を揺らす程の魔力だ。

 だが、この魔力の質は、第四真祖の者でも、紅蓮の織天使の者でもない。 それどころか、魔力の発生源は、ブルーエンジリアムの中ではない気がするのだ。

 これはもっと遠い場所から――増設人工島(サブフロート)から遠く離れた、深海底で発生したものだ。 逆に言えば、遠く離れてもいてもなお、雪菜たちには、真祖と同等の魔力を感じた事になる。 だとすれば、かなりの化け物ではないか。

 

「ゆ、雪菜ちゃん……魔獣が……!」

 

 雪菜が思考を巡らせていたら、凪沙の声によって現実へ引き戻された。

 魔獣庭園の魔獣たちが恐慌状態に陥り、水槽内で暴れ出したのだ。 巨大な魔獣たちは水槽の壁に激突し、強化硝子を軋ませる。

 魔獣たちは、霊力の反応には過敏だ。 この魔獣たちは、強烈な魔力を感知して、ここから逃げ出そうと思っているのだ。

 このままでは、いずれ水槽が崩壊し、ブルーエンジリアム内に甚大な被害を齎すことになる。 おそらく、パニックに陥っているのは、ここの魔獣たちだけではないはずだ。 庭園内の魔獣たちも恐慌状態になっているのであれば、一般来場客をこの場から避難させるのも危険である。 そう、八方塞がりだ。

 その時だった。 凪沙の頭の中に誰かの声が届いたのだ。

 

「(娘。 体を貸せば如何にかしてやろう。 まさか、悠斗の血の従者(血の伴侶)になってるとはな)」

 

 妖姫の蒼氷(アルレシャ・グラキエス)は、くくっと愉快に笑った。

 

「(……あなたは、妖姫の蒼氷(アルレシャ・グラキエス)? ううん、アヴローラさん?)」

 

「(アヴローラは我の器だ。 その辺は見たんだろ。 悠斗の記憶。――――焔光(えんこう)(うたげ)を)」

 

 凪沙は頷いた。

 そう。 妖姫の蒼氷(アルレシャ・グラキエス)は、アヴローラ・フロレスティーナが宿していた眷獣なのだ。

 

「(まあいい。 その辺の事情は、ゆっくりと悠斗に聞くがいい。 それより、どうするんだ?)」

 

「(う、うん。 わかった。 お願いね)」

 

 瞬間、凪沙に憑依し、凪沙の結い上げていた組紐が解けて、長い黒髪が背まで流れ落ちた。

 凪沙の瞳には、凪いだ水面のような無感情な光を湛えた。

 

「――――静まれ」

 

 凍気を孕んだ静かな声が、凪沙の口から洩れた。

 同時に放たれたのは、体の芯まで凍えるような爆発的な魔力だ。

 その膨大な魔力に圧倒されて、暴れていた魔獣たちが一斉に沈黙する。 恐怖に囚われた魔獣の心を絶望されることで、逆に鎮静化したのだ。

 

「あなたは……。 凪沙ちゃんの――」

 

 壮絶な威圧感に耐えながら、雪菜が凪沙を見つめて聞く。

 しかし、そんな雪菜も前で、糸が切れた人形のように凪沙の全身から力が抜けた。 性急な憑依の幕切れだ。

 

「わっ……と!?」

 

 バランスを崩して倒れそうになった凪沙を、雪菜がぎりぎりの所で抱き止める。

 凪沙は、んもー、荒っぽいんだから。と思いながら、ちょっぴり怒りながら首を振った。

 

「雪菜ちゃん、魔獣たちは?」

 

 雪菜は、未だに困惑から抜け出せなかった。 流石に、魔力の塊である眷獣が意思を持ち、憑依するとは考えられなかったのだろう。

 雪菜の代わりに答えたのは、背後からの聞き覚えがない声だ。

 上品だが、どこか冷たく突き放したような、距離を感じさせる声だった。

 

「もう、落ち着いたみたいね」

 

 気配もなく聞こえてきた声に、雪菜は驚いて振り返る。

 声の主は若い女の声だった。 通路の休憩用のベンチに、彼女は座っていた。

 古風な長い黒髪が似合う綺麗な少女だ。 黒を基調とした制服は、絃神市内にある名門校のものだ。

 膝の上には、コンパクトな一眼レフカメラが抱かれている。 壁に立て掛けてた黒い筒は、三脚を持ち運ぶ為のケースだろう。

 

「――違って?」

 

 驚く雪菜を見返して、黒髪の少女が首を傾げる。 魔獣たちのパニックを間近で見ていたはずなのに、彼女は落ち着いていた。 不自然なほど穏やかだ。

 

「いえ……そうですね」

 

 戸惑いながらも、雪菜は頷く。

 掴み所はない印象はあるが、少女からは敵意を感じなかった。 彼女は、ただ雪菜たちを観察していただけなのだ。

 

「恐かったわね、さっきの」

 

 困惑する雪菜を面白そうに眺めて、少女が聞く。

 雪菜は、凪沙を抱き支えたまま頷いて、

 

「あの、あなたは」

 

「写真」

 

「……え?」

 

「写真、撮らせてもらえて?」

 

 黒髪の少女が、カメラのレンズを雪菜たちに向ける。 彼女の要求に雪菜は、掌で目線を遮りながら、

 

「いえ……あの、今はその、プライベートなので……」

 

「そう。 残念」

 

 雪菜の言い訳を聞いて、少女は小さく噴き出し笑いをした。 三脚のケースを担いだ彼女は立ち上がり、さよなら。という風に唇の端を吊り上げた。

 

「また会えるわ。 できれば、その時は仲良くしてもらえる嬉しいのだけれど」

 

 最後に言い残して、黒髪の少女は背中を向けた。

 どこか意味ありげの彼女の言葉に、雪菜は黙って唇を噛む。

 

「今の人……綺麗な人だね。 年上かなあ……」

 

 雪菜に支えられたまま、凪沙が少女を見た感想を呟く。

 緊張感のない凪沙の言葉の態度に、苦笑しかけた雪菜だが、次の凪沙の言葉を聞いて、息を飲む。

 

 

「――――でも、ちょっと雪菜ちゃんに似てたかも、雰囲気が剣巫ぽいっていえばいいのかな」

 

 

 それは、雪菜自身、無意識に自覚していた事だったからだ。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

 灼熱の太陽が照りつける、広大なプールサイドの片隅。

 そこに点在する屋台のレジで、浅葱が満面の笑みを浮かべていた。 やけくそ気味の営業スマイルである。

 下ろしたての華やかな水着の上に着てるのは、先程チーフと呼ばれた彼女から受け取った屋台のサイロゴが入ったTシャツ。 売店、“ラダマン亭ズ”のスタッフTシャツである。

 

「焼きそば三つとウーロン茶、コーラとメロンソーダで、二千二百五十円になります! 古城! 悠斗!」

 

「焼きそば三つ入りました! ほい、古城!」

 

「ウーロン茶とコーラ、メロンソーダ。 了解()ッス!」

 

 息の合ったリズムで、浅葱の注文を受ける、古城と悠斗。 古城たちが立っているのは、屋台の厨房。 かなりの熱気を醸し出す黒い鉄板と、各種のドリンクが並んだ、ドリンクバーの機器に似た器材の前だ。 各ドリンクなので、古城に限っては、かなりの動作が用いられている。

 

「だーっ、OKを出したが、こんなに動くとは聞いてねェぞっ! 死ぬっ! 焦げるっ! 灰になるっ!」

 

「うるせぇ! 蒸し熱い鉄板の前に立ってみろ! 額から浮き出る汗が蒸発すんだぞっ!」

 

「黙って作業しなさいっ! 熱いのはあんたらだけじゃないのよっ!」

 

 出来たての焼きそばパックを悠斗から、Mサイズコップに飲料を注いでから、カップで蓋をした飲料を古城から受け取りながら、浅葱が一喝する。

 その言葉を裏付けるように、浅葱も結い上げた髪の隙間から汗が滲み出てる。

 客が会計をして去ったのを確認してから、古城たちは水分補給の為、スポーツドリンクが入ったペットボトルを煽る。

 

「……今日の夕方まで作業とか。 死ぬぞ、オレ」

 

「いや、死にはしないと思うが、かなり体力は奪われるな……」

 

 がっくりと肩を落とす、古城と悠斗。

 世界最強の吸血鬼と紅蓮の織天使の面影は一切なかった。 最早、バイトで疲れ切った学生だ。

 浅葱は、そんな悠斗と古城を見ながら、

 

「……あんたらって、ホントに最強の吸血鬼なの。 一切そんなの見受けられないんだけど」

 

 そんなこんなで、昼食の混み合う時間帯も無難に客をさばいてみせた古城たち。 古城たちはかなり打ち解け合ってるので、厨房に立つやりとりもスムーズだった。

 素人である古城たちが、如何にか屋台を回せたのだ。 傍から見ても、上々の部類に入るだろう。

 それを裏付けるように、チーフと呼ばれた女性が上機嫌で古城たちに声をかけた。

 

「お疲れさま。 凄いね、君たち。 ここまで使えるとか、正直思ってなかったわ。 これは基樹()っ君に感謝かな」

 

 基樹の似合わない可愛らしい渾名に、古城たちは噴き出し笑いをしそうになる。何でも、チーフと呼ばれた彼女は、瀬兄の友人らしいので、基樹も、彼女とはそれなりに親しい間柄なのだろう。だからこその、基樹()っ君呼びだ。 この時悠斗は、この話題で弄ってやろうと決めたのだった。 どうやら、古城と浅葱も追及するらしい。

 そんな古城たちの思いを知ってか知らずか、チーフと呼ばれた彼女は微笑んだ。

 

「慣れない仕事で疲れたでしょ。 休憩に入っていいわよ」

 

「はい、ありがとうございます。――あんたら、先いいわよ。 わたしは、倍休ませてもらうから」

 

「ああ、悪いな」

 

「助かる、浅葱」

 

 額の汗を拭い、休憩に入ろうと事務所に戻ろうとした古城と悠斗だが、歩き出そうとした時、チーフに呼び止められ振り返った。

 

「事務所に戻るついでに、配達お願いできるかな。 これ、監視員の詰め所まで」

 

 渡されたのは、Lサイズのドリンクが二十人分。 古城と悠斗で、十人分ずつだ。

 OKを出したのだが、それが失敗だった。

 

「監視員の詰め所って……これか。 ライフガードセンター」

 

 古城がそう呟く。 配達先の建物は、ラダマン亭ズから見てプールを挟んだ反対側。 道則にして、約一キロ離れた場所だ。 此処には、監視員の詰め所や救護室、迷子案内所などが集まってるビルだ。

 

「……案内板、よく見とくんだったわ」

 

 そう言って、溜息を吐く悠斗。

 でもまあ、受けてしまったので、途中で放り出す事はできない。 放り出したのが凪沙に露見したら、悠斗は死刑ものだ。

 ともあれ、とぼとぼと、ライフガードセンターに足を向けた古城たちであった。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

「ちわーっす……ラダマン亭ズです! 飲み物のお届に上がりましたー!」

 

 古城は大きな声で、ライフガードセンターの中に呼びかける。

 だが、悠斗は嫌な予感がしたので、古城に飲み物を渡しこの場から回避。 古城は、見事な筋肉したライフガード氏に勧誘を受けていた。 古城は顔を引き攣らせるだけだ。 やはり、悠斗の嫌な予感は当たる。

 古城と悠斗がライフガードセンターを出た時には、既に休憩時間が終了しようとしていた。 休めた気が一切しないのは、気のせいだろうか?

 

「はあ、休憩になってねぇぞ」

 

「まあ仕方ねぇんじゃないか」

 

 古城、悠斗と呟き、ライフガードセンターを後にする。 休憩時間も残されていないと言う事で、古城たちはラダマン亭ズに戻ったのだった。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

「遅い!」

 

 ラダマン亭ズに戻った古城たちに待っていたのは、浅葱の恨みまがしい視線だった。 古城たちに配達に行った時、かなりの団体客が押し寄せて来たらしく、厨房の周りは、嵐のような惨状だ。 その忙しさの反動で、浅葱はかなりのご立腹だ。 だが、それをさばける浅葱は、かなりきっちりしてるとも言える。

 

「悪かったよ! 配達先が遠かったんだよ! 仕方ねぇだろ!」

 

 古城は浅葱にそう弁解するが、どうやら機嫌は直らないらしい。

 ならば、ここは悠斗が収めるしかない。

 

「古城が一回だけ言う事を聞いてくれるらしいから、機嫌を直せって」

 

 古城が、おい!聞いてないぞ!抗議の声を上げるが、悠斗はそれを無視。 浅葱の機嫌を直すのには、これが一番手っとり早いのだ。

 

「一回言う事をねぇ。 んじゃ、ナンパのことは、スルーの方向で考えてあげるわ」

 

 すると、浅葱の視線が古城の背後に向けられる。

 

「ナンパ……?」

 

 なんのことだ、と困惑しながら、古城は浅葱の視線を追って振り返る。 当然、気配感知ができる悠斗は気づいていたが。 だが、悠斗一人では如何しようもないので、ここまで連れて来た。と言う事である。

 古城の背後には、小学生と思われる女の子で、ナイロン製のバーカーに明るい猫っ毛の髪と、気難しい猫を連想させる大きな瞳が印象的な少女だ。

 

「お前、さっきライフガードセンターで見かけた迷子か?」

 

 古城たちが帰る時に、連れが見つかったと言う事で背後を着いて来たのだ。

 古城がそう聞くと、少女は怖ず怖ずと会釈した。 彼女の瞳には、警戒心と期待が入り混じっている。

 

「江口です。 江口結瞳」

 

「……結瞳?」

 

 古城が、そう聞き返す。

 

「はい。 子供っぽい変な名前だと思うかもしれませんけど……」

 

「そうか? 普通にいい名前だと思うぞ。 可愛いだろ?」

 

 古城は思ったことをそのまま口にする。 変わった名前の持ち主は、今どき幾らでもいるし、それを言うなら、“古城”だって十分に変だ。

 しかし、古城の返答は、少女にとって意外なものだったらしい。 大きな瞳をパチパチと瞬いたあと、頬を赤らめながら目を伏せて、

 

「そ、そうですか。 お世辞でも嬉しいです」

 

「アホ古城。 小学生まで落とす気かよ。 お前は、本当に女たらしだな」

 

「オレが女たらし? いつそんなことをしたんだ?」

 

 悠斗がそう言うが、古城は、なんのことだ。と思いながら首を傾げるだけだ。

 ザ・鈍感は健在である。 雪菜がかなりリードしてると思ったが、そんな事はないのかもしれない。

 ともあれ、事情を聞かなければ話が進まない。

 

「結瞳でいいのか、俺たちになんか用でもあるのか?」

 

 悠斗がそう聞くと、結瞳は、はい。と頷いた。

 

「あ、あの……。 暁古城さんと、神代悠斗さん。 ですよね?」

 

 結瞳はそう言って、古城と悠斗を見上げる。 彼女の手の中に握られているのは、古城と悠斗の写真だ。

 

「そうだけど。 俺が神代悠斗で、こっちが暁古城」

 

 悠斗は、自身と古城を指差した。 だが、古城も悠斗も結瞳とは初対面なはずだ。 何故、名前を知っているのだろうか?

 情報が欲しいので、悠斗が質問する。

 

「なんで、俺らの名前を知ってるんだ。 てか、どこで聞いた?」

 

「えっと、暁古城さんの恋人さんから聞きました。 困ったことがあったら、この人たちに頼りなさいって」

 

「こ、恋人……!?」

 

 声を裏返らせて叫んだのは浅葱だ。 もの凄い勢いで睨まれた古城は、慌てて首を振り、

 

「いや、知らん知らん! 全然心当たりないぞ!」

 

「あの、余計なお世話ですけど、浮気はいけないと思います。 二股なんて……」

 

 結瞳は、浅葱と紗矢華が、古城に好意を寄せているのにすぐ気づいたらしい。

 まあ、古城とやり取りする、浅葱と紗矢華を見ると一目瞭然なんだが。

 とまあ、悠斗はいつものように便乗するのだった。

 

「お、結瞳も気づいたか。 古城は鈍感でな、二人の、いや、三人の好意に気づかないんだ」

 

 結瞳は、大きく目を見開き、

 

「……も、もしかして、三股なんですか。 さすがにそれは……」

 

 軽蔑にも似た視線を向けられた古城は、だーっ、と頭を抱えた。

 

「だから違うって! 誰だよ! お前に適当なデマを吹き込んだのは!? てか、悠斗も便乗して話を大きくすんなよ!」

 

 悠斗は、悪い悪い、ついな。と言って右手を振るだけだ。

 

「背が高くて綺麗なお姉さんです」

 

 結瞳の解説によれば、背が高く、胸が大きく、髪型はポニーテールで、弓にも変形する長剣のような物を持っていた。

 この特徴に該当する人物が、古城と悠斗の知り合いにはいる。 獅子王機関の舞威姫、煌坂紗矢華だ。

 

「これって、煌坂のことだよな」

 

「だろうな。 特徴が一致するし。ということは、煌坂もブルエリに来てるってことか? なら、当人はどこに行った?」

 

 結瞳は、表情を暗くして弱々しく答える。

 

「あの人は……閉じ込められていたわたしのことを助けてくれたんです」

 

 結瞳が口にした言葉に、古城と悠斗の目つきが険しくなる。

 誘拐、監禁、あるいは人身売買――あまり想像したくない不愉快な単語が、次々と古城たちの脳裏に上がる。 古城たちの例外を除けば、仮営業中のブルーエンジリアムを訪れてるのは、特別な招待者だけ――つまり、金持ちや大企業の経営者、社会に影響力を持つ人物の可能性もある。 そうであった場合、結瞳が誘拐の対象になっても不思議はないのだ。

 結瞳が誘拐に巻き込まれていたのなら、紗矢華が彼女を助けたことも納得だ。 紗矢華は、魔導犯罪対策を担当する舞威姫だ。 結瞳を監禁してた組織の調査中に襲撃され、結瞳を先に逃がした。と言うのも考えられるのだ。

 だが、獅子王機関が携わると言う事は、ただの事件ではなく、魔族絡みだと言う事。

 そして、紗矢華が助けたという江口結瞳も、ただの小学生ではない可能性が高い。 詳しい事情が聞きたいが、当の紗矢華は行方不明だ。

 

「(……江口結瞳が普通の人間じゃないとすれば、何かを操る人柱、生け贄ってところか? つっても、何の生け贄だよ。……江口結瞳を特定してたということは、あいつら(獅子王機関)は、これから何が起こるか知ってるのか?)」

 

 悠斗は、矢瀬基樹が本当の第四真祖の監視役だということを知っている。 ならば、何らかの繋がりがあっても不思議ではない。

 

「(……あー、なるほど。 基樹を仲介して、俺たちをアルバイトの欠員で呼び寄せたのも不思議じゃないわな。 俺たちは、保険ってところか?……他にも動いてそうな気がするしなぁ。 たぶんだけど。 つか、これが当たったら最悪だわ)」

 

 まあでも、悠斗の考えは全て予測なので、合っているかは解らないが。

 ここまで考えた所で、悠斗は意識を浮上させた。

 

「それで、結瞳を助けた煌坂はどこにいるんだ?」

 

「わかりません……。 逃げる途中で、追いかけてきた人に見つかって、結瞳に先に行けって、あとですぐに追いつくからって。 でも、いつまで待ってても来てくれなくて、それで――」

 

 古城の迂闊な質問に、結瞳の声が頼りなく震えた。

 その時だった。 突然、結瞳がしゃがみこんだ。 頭を抱えて、何かに怯えるよう、震えている。 古城と浅葱も、視線を合わせるよう結瞳の前にしゃがむ。 浅葱が、怖がる結瞳を安心させるよう背中をさすって、古城が肩に手を置いて、落ち着いた声で話しかける。

 

「おい、どうした?」

 

「い、いえ……よくわからないんですけど、何かすごく怖い感じがして……」

 

 魔力感知に長けている悠斗は気づいてしまった。 遠くの深海底から凄まじい魔力の波動を感知したのだ。

 おそらく、強力な霊媒を持つ雪菜や凪沙たちも、魔力の波動を感知しただろう。

 これだけの魔力を深海底から放てるのは、真祖を抜くと奴しか考えられない――、

 

「(……海の魔獣の類って言ったら、――嫉妬の蛇、レヴィアタンかよ。ったく誰だよ、あんな生物を叩き起こそうとしてるのは……。 あー、やっぱり関わっちゃうのかなぁ)」

 

 悠斗は、まじか。と思いながら盛大に溜息を吐いた。

 どうやら、かなり面倒な事件に巻き込まれてしまったようだった――。




凪沙ちゃんも強化されつつありますな。
てか、悠斗君の情報を持ってる時点で、チートかも……。

悠斗君も、頭の回転も早すぎですね(-_-;)
すでに、レヴィアタンを言い当てるなんて。ちなみに悠斗君は、魔獣の騒動を止めたのが、凪沙ちゃん(妖姫の蒼氷)ってのがすぐに解りました。

古城君は、真祖になったばかりなので、察知ができなかったんです。ご都合主義ですね(笑)

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