ストライク・ザ・ブラッド ~紅蓮の熾天使~   作:舞翼

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黒の剣巫のOVA見ました。
オープニングの、巫女装束の凪沙ちゃん可愛すぎです(^O^)
てか、あの章に入ったら、悠斗君暴走しそうですね……(-_-;)まあ、かなり先の事ですけどね。

では、投稿です。
本編をどうぞ。


黒の剣巫Ⅱ

 増設人工島(ブルーエリジアム)は、絃神島本島から約十八キロメートル程離れた海上に建設されていた。 切り分けたパイナップルの形似た、扇形の小さな島である。 専用の船が絃神島との間を往復しており、増設人工島(ブルーエリジアム)までの所要時間は二十分程だ。

 船内は綺麗で、デッキからの眺めも素晴らしく、ドリンク等も無料サービスで充実していたが、これらを堪能する余裕は古城にはなかった。

 

「おーい、古城。死にそうになってるけど大丈夫か?」

 

 焼き鳥を食べながら、悠斗が、雪菜が介抱している古城の背を見てそう呟く。

 俯く古城の顔面は、血の気を失って蒼白だ。

 古城の体調不良の原因は船酔い。 船の揺れに三半規管をやられて、胃の中のものを戻してしまったのだ。

 

「お、おう……。 しばらく休めば復活する……と思う」

 

「こんな姿じゃ、世界最強の吸血鬼(第四真祖)の名も形無しだな」

 

 悠斗は、最後に串に残った焼き鳥を口に運んだ。

 古城は、よく食えるな、悠斗の奴。と思いながら、体調の回復に専念した。

 幸いな事に、基樹との待ち合わせ時間には、十五分程の時間が残っていた。

 基樹には、宿泊施設へのチェックインなどの、面倒な手配を済ませておいてくれる事になっている。 そんな訳で古城たちは、港で基樹の到着を待っているのだ。

 

「何か意外だね。 知らなかったよ。 古城君って、乗り物酔いする人だっけ?」

 

 そう言って、隣に屈み込んだ凪沙が、古城の横顔を覗き込む。

 

「揺れるものは、ちょっと苦手でな」

 

 古城が朱雀の背に乗った時、一度だけ、かなりの速度で、旋回、飛翔した事があるのだ。 おそらく、それがトラウマになってるのだろう。 ちなみに、高所恐怖症にもなってしまった。

 凪沙は、なるほどね。と納得した。 凪沙は、悠斗の過去の記憶を見たことがあるのだ。と言う事は、その時の光景を思い浮かべるのは容易だ。

 

「とりあえず、何か飲む? 売店で飲み物買ってきたけど」

 

 そう言って、凪沙はペットボトルを詰め込んだ買い物袋を広げた。

 

「そうだな。 炭酸系の飲み物ってあるか?」

 

「あるよ。 どっちがいい? ジャーマンポテトソーダと、栄養ドリンクのコーラ味」

 

 古城は、ぶほっと噎せ。 悠斗は、ほう。と頷いた。

 かなり、冒険心が擽られる飲み物たちである。

 

「この最悪な体調で、そんな不味そうな物を飲まされたら死ぬわ! つか、栄養ドリンクのコーラ味ってなんだよ!? 最初から、栄養ドリンクを飲めばいいだろ!」

 

「じゃあ、俺が飲むわ」

 

 悠斗は、凪沙から栄養ドリンクのコーラ味の500mlのペットボトルを受け取り、

 

「んじゃ、逝ってくる(飲んでみる)

 

「は? お前、字が違ったよな!? それ、ダメなやつだよな!?」

 

 声を上げる古城を余所に、悠斗は栄養ドリンクコーラ味を一口。

 悠斗は顔を顰めた。 かなり不思議な味がする。 不味くもなければ、旨くもない。 栄養ドリンクであり、栄養ドリンクではない。と言う感想だ。

 だが――、

 

「人によっては、冒険に出ちゃう人がいるかもな。 俺は平気だったけど。 んじゃ、ジャーマンポテトソーダは、古城が飲めよ」

 

「栄養ドリンクコーラ味は、凪沙と悠君で飲むから、古城君はそっちをお願いね」

 

「はあ!? オレに死ねと!」

 

 悠斗と凪沙にそう言われ、古城は絶叫した。 絶対に口にしたくない想いが、ひしひしと伝わってくる。

 悠斗は、雪菜に視線を向け、

 

「古城が飲まなかったら、姫柊に飲んでもらうけど。 この手の飲み物は、犠牲がつきものだしな」

 

「……え!?」

 

 いきなり会話に巻き込まれた雪菜が、凪沙が握る不気味なペットボトルを見て、表情を凍りつかせる。

 ベーコン風の固形物が浮かぶ乳白色の飲料。 ジャーマンポテトソーダが斬新なのは認めるが、一般受けする飲み物ではない。 ちなみに、栄養ドリンクのコーラ味の飲料の色は、そのままの黄色だった。

 

「って、犠牲って言ってるよな! オレを殺そうとしてるよな!? つか、飲まんぞ。 オレは絶対に!」

 

 そんな古城を見ながら、雪菜が上目遣いで、

 

「せ、先輩。 て、手伝ってください」

 

 古城は雪菜を見て、グッと唸った。 どうやら、雪菜の攻撃は効果抜群らしい。

 それから古城は、悠斗に恨みがましい視線を送るが、悠斗は知らんふりで受け流す。

 

「わ、わかったよ! 飲めばいいんだろ! 飲めば!」

 

 古城は、自暴自棄になってそう叫ぶ。

 ジャーマンポテトソーダは未知の味だ。 古城の体調が悪化しなければいいが。

 とまあ、そんなこんながあり、時刻は午前九時を過ぎた所だ。

 遊園地やプールなどの営業時間はまだ先だが、ブルーエリジアムには、続々と招待客が押し寄せている。 さすがは、噂の最新リゾート言ったところだ。

 ジャーマンポテトソーダを飲み終えた古城は、重い足取りで近場のベンチに腰を下ろす。 やはりと言うべきか、症状が悪化した感じだ。 そんな時、古城の首筋に、突然ひんやりとした何かが押し当てられた。

 うお、と驚いて振り返る古城を見て、私服姿の浅葱がニヤニヤと笑っている。 浅葱が、古城の首筋に当てた正体は、熱冷まし用の白い冷却シートだ。

 

「はい、古城。 これ貼っとくと、ちょっとは楽になるわよ」

 

「……浅葱か。 体調が悪いんだから、ビビらせんなよ」

 

「船酔いくらいで、なっさけないわね」

 

 口ではきついことを言いながらも、浅葱は古城の首の後ろに、丁寧にシートを張り付けてくれる。

 

「……船酔いだけじゃないんだけどな」

 

「だけじゃないって、何なのよ?」

 

「あ、ああ。 未知の領域に挑戦してきた」

 

 浅葱は、何のことか解らない。と言う風に、首を傾げるだけだ。

 心地良い冷たさが、体の芯にまで伝わってきて、耐え難かった吐き気が和らいでるように思えた。

 

「おお、何か効きそうな気がする」

 

「でしょう」

 

 古城の素直な反応を見て、浅葱が得意げに顎を逸らした。

 浅葱はそのまま、ぷぷっ、と小さく噴き出す。

 

「……何だよ」

 

「だって、第四真祖のクセに船酔いで冷えぺたとか、いくらなんでも、ダサすぎじゃない。 そんなんで、世界最強の吸血鬼とか言われても、未だに信じられないわ」

 

 古城の額に、二枚目のシートを張りながら、浅葱は愉快に笑った。 彼女は、つい先日、古城が吸血鬼になった事を知ったばかりなのだ。

 普通なら、動揺したり怯えたりするのだが、古城に対する浅葱の態度は、露見する前と何ら変わらなかったのだ。 寧ろ、面白がってるような印象すら受ける。 古城としても、浅葱の態度には感謝してるのだが。

 

「オレだって、好きこのんでこんな体質になったんじゃねーよ!」

 

 そう言って、古城は唇を曲げた。

 それから、浅葱の視線が、凪沙と話してる悠斗に向けられる。

 浅葱は真面目な口調で、

 

「悠斗って、古城よりも強いんでしょ」

 

「ああ。 悠斗は、知識、戦闘もオレ以上だ。 勝てる要素が見当たらない」

 

「わたしさ、もっと詳しく知る為に管理公社のデータベースで調べたんだけどさ。 悠斗って、世界に混沌を齎すことができる、紅蓮の織天使。――『異能狩り』から逃れた、天剣一族の末裔。 神々の恩恵を受けた吸血鬼。なのよね」

 

 流石、電子の女帝の二つ名を持つ浅葱だ。

 過去の文献や事件を調べるのは、彼女の専売特許である。

 

「あ、ああ。 そうらしいな」

 

 古城はぎこちなく頷いた。 まさか、的確に言い当てるとは思っていなかったからだ。

 そんな時、悠斗が古城たちの元へ歩み寄る。 どうやら、先程の話を途中から聞いてたらしい。

 

「そういうことだ。 ま、戦闘記録まで調べるのは無理だけどな。 てか、かなり殺り合ってるし」

 

 悠斗が、絃神島に辿り着くまでに行った戦闘は、三桁には昇るだろう。

 それほどまで、命を狙われ続けたのだ。

 

「この話は終わりだ。 せっかく、ブルエリ来たんだ」

 

 楽しむ為にブルーエリジアムに来たのだ。 裏社会の話は、今は保留だ。

 まあでも、第四真祖と紅蓮の織天使。 世界を変える事ができる存在が居るのだから仕方がないと思うが。

 

「浅葱も、基樹の誘いでブルエリに?」

 

 浅葱は頷いた。

 

「そうそう。 わたしも昨日夜遅くに、基樹から誘いがあったのよ。 かなり怪しいような気もしたけどね」

 

 どうやら浅葱も、欠員補充の為、基樹から呼び出しがあったらしい。

 浅葱も勘ぐっていたが、最終的には、この話に乗ったのだ。 古城争奪戦で、泊まりがけは、ある意味チャンスとも言える。

 だが悠斗は、浅葱、すまん。と心の中で謝罪した。 古城は雪菜と同棲しているので、この手の事には慣れているのだ。

 もし、浅葱にこの事が露見したら、古城は死ぬんじゃないか。と思い、悠斗は心配になった。

 

「あれぇ……矢瀬っち」

 

「悪ィ、悪ィ、待たせたな」

 

 凪沙がそう言うと、古城たちは振り返る。

 噂をすれば――とういやつである。 古城たちがいる船着き場の前に、小型電動カートの運転席に乗車し、密閉型ヘッドフォンを首にかけた基樹が現れたのだ。

 

「え、矢瀬っち、運転できたの!? 免許は?」

 

 電動カートに駆け寄った凪沙が、驚きながら運転席に座る基樹に聞く。 基樹は堂々と道の真ん中にカートを止めた。

 

「ブルエリの中は私有地だから、免許は必要ないんだ。 それに、こいつは無人運転だしな」

 

 そう言って基樹が指差したダッシュボードには、ブルーエリジアム内の簡昜マップと、行き先を指定するタッチパネルが埋め込まれていた。 タッチパネルの横には、コインを投入するスロットがある。 どうやら、この電動カートは、百円玉を投入して動かす仕組みらしい。 使用するのは係員なのに、コインを投入とはよく解らないシステムだ。

 

「えー、それでは、これより本日の宿泊地に案内致します。 皆様、カートにお乗りください」

 

 唐突に、旅行業務員と化した基樹が、古城たちに指示を出す。

 ぞろぞろとカートに乗り込む古城たちだが、

 

「あの、このカートって四人乗りなのでは?」

 

 座席が足らない事に気づいて、雪菜が途中で立ち停まる。

 基樹を含めた一行の人数は五人。 しかし、電動カートの座席は四つ。 それも、肘掛けつきの一人用にシートなので、無理やり詰めて座ることができない。

 

「ああ、大丈夫。ほら、荷台があるだろ」

 

 そう言って、基樹はリニアシートの裏側を指差した。 確かに、そこには荷物を載せる為の荷台スペースがあるが、本来はゴルフバック置き場だ。 座ることができない位に狭く、ゴルフクラブが取り出しやすくする為に、斜めに傾いている。

 

「荷台って、……こんな処に……誰が乗るんだ……?」

 

 あからさまに不安定な荷台を眺めて、呟きを洩らす古城。 その瞬間、その場にいた全員の視線が一斉に集まる。

 

「オレかよ!? ちょっと待て、まだオレは、船酔いの後遺症が……。 そ、そんなことより、悠斗はどうするんだよ!?」

 

 悠斗は、なんで解りきったことを聞いたんだ。と思いながら、きょとんと古城を見返した。

 

「いや、俺は凪沙と乗るけど。 んじゃ、乗りますか。 凪沙譲」

 

「OKー。 悠君、お願いね」

 

 そう言いながら、悠斗は座席に座り、膝の上に凪沙が乗った。 それから、悠斗が凪沙の腰に手を回し、落ちないように僅かに力を入れた。

 何とも、仲睦まじい光景だ。

 どうやら基樹は、これを見越していたのかもしれない。

 

「だそうだ、古城。 ま、車酔いする程のスピードは出ないから安心しろ。 じゃあ、出すぜ。 ポチっとな」

 

「ちょ……待てって言ってるだろ!」

 

 いきなり置き去りにされそうになった古城が、慌てて荷台によじ登る。 その瞬間、古城たちを乗せたカートは、突然弾かれたように加速した。

 確かに、スピードはそれ程速くないが、

 

「どわっ、揺れる揺れる揺れる、落ちる落ちる落ちる。 停めろっ矢瀬、せめてスピードを落とせって!」

 

 カートの荷台は、路面のオウトツを拾ってかなり揺れている。

 元々、人が乗車できるようには造られてはいないので、振動も直に伝わる構造なのだ。

 

「頑張れー。 古城」

 

「古城君。 ガンバだよ」

 

「せ、先輩」

 

「ったく、男を見せなさいよ」

 

 振り返った、悠斗、凪沙、雪菜、浅葱にそう言われ、古城は唇を歪めながら反論する。

 

「お、お前ら! 他人事だと思いやがって!――やばいやばいやばい、マジで落ちるから!」

 

 最後に、基樹から古城を絶望される言葉が発せられる。

 

「あ、古城。 こいつ、一度動き出すと目的地に着くまで止まらないんだわ」

 

「は?」

 

 お手上げだ、という風に肩を竦める基樹。 無人運転中のカートは、その間にもぐいぐい加速する。

 

「止めろおおおおおおおぉぉぉぉおおおおおおっ――――!」

 

 古城の悲痛な絶叫が、リゾート内に響き渡る。

 ブルーエリジアム滞在初日の朝は、そんな風にして始まった。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

 船着き場を出発したカートは、扇形のブルーエリジアムの外周を反時計回りに進んで行った。

 最初に見えてきたのは、魔獣庭園と名付けられた水族館及び動物園。 絶滅危惧種を含む世界各地の魔獣たち、三百種二千二百匹を飼育、研究する施設だ。 その多くは、一般の見学者にも公開されており、特に海棲(かんせい)魔獣の飼育数では、世界一を誇ると言われている。

 その次は、ブルーエリジアム最大の売りである、海岸沿いの広大なプールエリアだ。 国際大会も開催可能な室内競泳プールから、全長二百メートルを超えるウォータースライダーまで、趣向を凝らした多数のプールが用意され、水着のままで一日中遊べるようになっている。

 プールの隣にはアミューズメントパーク。 観覧車やジェットコースターなどの定番のアトラクション。 更には、とんでもない絶叫マシンが用意されている。

 レストランやショッピングモールを抜けた先が、古城たちが今夜から滞在する予定の宿泊エリアだ。 ブルーエリジアムの象徴ともいえる、ホテル・エリュシオンを中心に、多数のリゾートマンションの貸別荘が、運河沿いに配置されている。

 無人運転の電動カートが停止したのは、その中の一軒。 二階建ての白いコテージの前だった。

 

「いやぁ、全員、無事に着いてなによりだな」

 

 運転席に座っていた基樹が、カートを降りて背伸びする。

 

「これが……どうやったら無事に見えるんだ……?」

 

 恨みがましい口調で答えたのは、荷台にしがみついたままの古城だ。 船置き場からコテージまでの運転所要時間は約十五分。 そして、古城の体調は最悪だった。 ただでさえ、船酔いで弱っていた胃袋が、悲鳴を上げたのだ。

 しかし基樹は、悪気がない口調で、

 

「古城のお陰で、電動カートの安全面に、改善の余地があるってことがハッキリしたな。 運営会社にレポートを上げとかないと」

 

「……てめぇ」

 

 古城は、体力が回復したらコイツは殴って於こうと決意した

 凪沙は悠斗の膝の上から下り、地中海風コテージの中に移動する。

 

「ね、矢瀬っち。 今日から泊まるとこってホントにここ? いいの!?」

 

「なかなか、立派なものだろ」

 

 歓声を上げる凪沙を眺めて、基樹は自慢げに笑って見せる。

 まあ確かに、凪沙がはしゃぐだけあって、真新しいコテージの内部は想像以上に豪華なものだ。 広大な室内。 充実した設備。 冷蔵庫の中にも、飲み物が勢揃いだ。

 

「ベットは余ってるはずだから、適当に部屋割りをしといてくれ」

 

「はーい! わっ、二階も広い! お洒落! エアコンも効いてるし、キッチンも豪華だし、ソファもふかふかだし、お風呂にサウナまでついてるよ!」

 

 子犬のように、屋内を忙しなく走り続ける凪沙。 そんな凪沙を見て、カートから降りた悠斗は柔らかな笑みを浮かべ、来て良かったな。としみじみ思った。

 だが、それはそれ。 これはこれだ。

 

「――基樹。 本題に入ろうか」

 

 眼光が鋭くなった悠斗を見て、基樹の額に冷汗が浮かぶ。

 

「入場料と宿泊費は無料。――おそらくだが、予約欠員を補う交換条件で無料ってことだよな。 さて、欠員の内容は何かな? 俺は裏が知りたいなぁ。 矢瀬基樹くん」

 

 悠斗の言葉を聞き、基樹は冷汗がダラダラだ。

 その時、基樹を助けるように、宿泊エリアのゲートを潜って、新たな電動カートが近づいてきた。

 運転席に座っているのは、タイトスカートを穿いた女性だ。

 年齢は二十代後半くらいであり、清楚感のメイクや髪型を察するに、フェミレスやファーストフード店辺りの、有能女店長の雰囲気といったところだ。

 

「おーい、ごめんね。 待たせちゃったわねー」

 

 おっとりとした口調で、女が基樹に呼びかける。

 基樹は姿勢を正し、礼儀正しく頭を下げた。 また、基樹は女に感謝した。 悠斗の尋問から逃げることができたからだ。

 

「ち、チーフ。 お疲れっす」

 

「……チーフ? 誰だ?」

 

 いったいどういう関係だ、と基樹と女を見比べる古城。

 カートを降りてきた女は、古城たちの全身ざっと眺めた。

 

「助っ人来てくれたのは、この子たち? うんうん、見た目もまあまあだし、助かるわねー。 この週末は、ぎりぎりのシフトで回してたからね。 さっそく、今日の午後からお願いね」

 

 話の内容を理解した悠斗は、溜息を吐く。

 予約ミスの裏側に隠されていたのは、アルバイトの頭数という事だったのだ。

 ブルーエンジリアムは、年間数十万の来場を予定してる巨大施設。 予約ミスで客が一組減った程度では影響はない。 なので、古城たちを無料で招待する理由もない。 

 基樹が必要としていたのは客ではなく、施設で働くアルバイト店員だ。

 急な欠員ということで、普段のアルバイト募集をしてる暇はない。 それに、ブルーエリジアムは仮営業中で、非公開の情報も多い。 あまり信用できない人間に働かせるわけにはいかない。 そこで、基樹が目をつけたのが、古城たちだった。という事だ。 そう、基樹の口車に上手く乗せられてしまったのだ。

 

「(……はあ、もっと裏が読めるようにならないとなぁ)」

 

 悠斗は、もっと洞察力と観察眼を鍛えないとなぁ。と思いながら、嘆息する。

 いやまあ、あの時の悠斗には、拒否権はなかったのだが。

 それに、このブルーエリジアムでは、大きなものが動いていると悠斗の直感が告げている。 それが何なのかはハッキリとは解ってない。 まだ、予測を立てる為の情報が少なすぎる。

 古城と浅葱は、基樹に抗議をしていたが、悠斗は三人を見ながら口を挟む。

 

「浅葱、古城。もう手遅れだ。 シフトも組まれてるし、やるしかないぞ。 タダ働き」

 

 でもまあ、悠斗は基樹には感謝もしていた。 凪沙たちは、楽しみにしていた宿泊研修を、錬金術師、天塚汞に潰されてしまったのだ。 その代わりになるのであれば、悠斗はタダ働きも厭わないのだ。

 

「……仕方ないか」

 

 古城も悠斗と同じことを思ったのか、同意の声を上げる。

 一方、放置される形になってしまった雪菜は、所在なげな表情で基樹も見上げ、

 

「あの……わたしたちは、どうすれば……?」

 

「ああ、姫柊ちゃんたちは、コイツらのことは気にせずに遊んでくれ」

 

 そう言って基樹は、ブルーエリジアムの刻印が入ったICカードを何枚か取り出した。

 

「コテージの鍵とアトラクションの無料パスは渡しとく。 これがあれば、基本的にブルエリ内の施設はタダで利用できるから」

 

「で、でも……」

 

「気を遣わなくても大丈夫だって。 どのみち、中学生を働かせるのは禁止されているしな。 古城と悠斗のプレゼントだと思って、凪沙ちゃんとのんびり過ごしな」

 

 遠慮しようとする雪菜の手に、基樹がICカードを押しつける。 そんな風に言われてしまったら、雪菜も断る理由はない。

 

「姫柊たちは、楽しみにしてた行事をしょうもない奴らに潰されたんだ。 ここで羽根を伸ばしても、バチは当たんないだろ」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 雪菜の礼を聞いたところで、悠斗は基樹を再び見る。

 ちなみに、古城たちは同じ職場に配属されるらしい。

 

「わたしは――バイト代はしっかり請求するわ。 わかってるんでしょうね。 わたしは高いわよ」

 

「お……おう……わかってるぜ……」

 

 カートから降りた浅葱の視線に気圧されたように、脂汗を滲ませて頷く基樹。

 チーフと呼ばれた女性は、話が纏まったと判断し、古城と悠斗を呼び寄せて、カートから取り出した荷物を押しつける。

 

「これ、スタッフTシャツとタオルね。 下は水着で大丈夫。 時間がないから、早めに着替えてね」

 

 手渡された、三枚のTシャツとタオルを、古城と悠斗は無言で見つめた。

 ブルーエリジアムの空は快晴で、強い陽射しが濃い影を落としている。

 

「……って、オレはバイト代が請求できるのか」

 

「……いや、無理だろ」

 

 この呟きは、ブルーエリジアムの湿った風と共に流されていく――。




やっと物語が動き始めました。
てか、悠斗君の直感鋭すぎ。それに、あそこから洞察力も鍛えるとなると、チート性能に磨きがかかりますな(笑)
眷獣も、全ては解放されてませんからね(笑)

ではでは、感想、評価、よろしくお願いします!!

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