ストライク・ザ・ブラッド ~紅蓮の熾天使~   作:舞翼

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新章の黒の剣巫が始まりますね。
頑張って、この章も書きます!

では、投稿です。
本編をどうぞ。


黒の剣巫
黒の剣巫Ⅰ


 水に濡れたコンクリートが、陽光を反射して輝いていた。

 彩海学園の校舎裏、午後の陽射しが照りつける放課後の屋外プール。 水を抜いたプール底に、デッキブラシを片手に立ち尽くしているのは、暁古城。 面倒くさそうに、デッキブラシでプール底を擦っているのは、神代悠斗だ。 古城は体操服、悠斗は黒一色のラフな恰好だ。

 強い陽射しに当てられ、古城は深い溜息を吐いた。

 

「……暑いな」

 

 古城の呟きは、揺らめく大気に溶け込んだ。

 冬休み直前。 半年に一度のプールの定期掃除である。 水垢で滑るプールサイド。 妬けたタイルに、絶え間なく降り注ぐ紫外線が、古城の体力をジワジワと奪っていく。

 

「絃神島は、平年よりも気温が高いそうです。 今年は暖冬だそうですから」

 

 真面目な口調でそう言ったのは、中等部の制服を着た、プールサイドに立っていた雪菜だ。

 雪菜は、いつものギターケースの代わりに、青いゴムホースを持ってプールサイドに水を撒いていた。 水飛沫に包まれた彼女の姿は涼しげで、額に汗が滲み出ている古城と悠斗とは対照的だ。

 そんな雪菜を、古城は羨望の眼差しで眺めつつ、虚ろな表情をした。

 

「気温が三十度越えてるのに、ただの暖冬で片づけるのは、幾らなんでも無理があるだろ……。 いや待て、そもそも今は冬なのか? 仮に今が夏だとすれば、冬休みも当分こないわけだから、プール掃除も必要ないよな?」

 

「本土は冬だ。 もう、十二月半ばだぞ」

 

 そう言って、悠斗は古城の妄言を否定する。

 絃神島は、東京の南方海上三百三十キロ付近に造られた人工島。 太平洋の真ん中に浮かぶ、常夏の魔族特区なのだ。

 

「絃神島の経度ですと、日照量も多いですし、海流や風の影響もあるから暑いだけで。 今日は特に天気がいいですね」

 

 雪菜がそう言い、古城は空を見上げた。

 

「そんな天気のいい日に、どうしてオレたちは、プール掃除なんてしてるんですかねぇ?」

 

 デッキブラシの柄にグッタリと凭れて、古城が誰にともなく問いかける。

 悠斗は、そんな古城を見て呆れ顔だ。

 

「……俺らは、遅刻や欠席のせいだろうが。 つか、手を動かせ。 物理的に焦がすぞ」

 

 悠斗は、デッキブラシを止めそう言った。

 それを聞いた古城は焦ったように、

 

「そ、それは勘弁だぜ」

 

 古城は、せっせとデッキブラシを擦り、プールの底の水垢を落としていく。

 古城たちの無断欠席の原因の殆んどは、魔族絡みの大きな事件だ。 だからこそ那月は、出席不足をプール掃除程度で補ってくれてるのだが。

 

「でも、炎天下にプール掃除とか、吸血鬼に対するイジメだろ……」

 

「なら、古城は大量のテストとプリントが良かったのか? 休日は一日中、教室に缶詰だぞ」

 

「……あー、いや、プール掃除の方がいいです……」

 

 古城は、大量のテストとプリントを消化する自身の姿を想像し、暗い声でこう答えた。

 だがまあ、二十五メートルのプールだが、二人で掃除となると恐ろしく広い。

 古城は、何かを思いついたように、

 

「そ、そうだ。 悠斗の眷獣、朱雀の飛焔(ひえん)で綺麗にしちまえばいいじゃんか」

 

 悠斗は溜息を吐く。

 

「那月ちゃんに頼まれたのは、俺らが掃除することだ。 てか、学校で眷獣を召喚してみろ。 那月ちゃんにバレたら死刑ものだぞ」

 

「だ、だよなぁ……」

 

 古城は、がっくりと肩を落とす。

 そんな古城を見た雪菜は、呆れたように小さな息を吐く。

 

「先輩。 落ち込んでないで、早く終わらせましょう。 わたしもお手伝いしますから」

 

「あ、ああ……悪いな、姫柊」

 

「どういたしまして」

 

 上履きと靴下を脱いで裸足になった雪菜が、ホースを持ってプールの中に降りてくる。

 古城も、デッキブラシを握り直して、再びせっせと水垢を落としていく。

 

「でも、今日は本当に暑いですね。 せっかくプールに来たのに、泳げないのが残念です」

 

 足元の小さな水溜りを見つめて、雪菜が可愛らしく肩を竦める。

 そんな雪菜に、古城は一瞬目を奪われながら、

 

「そういや、何となくだけど。 姫柊は得意そうだよな、水泳」

 

「そうですか? 高神の杜では、水中戦の訓練もありましたから、それなりには泳げるつもりですけど」

 

「俺昔あったわ、水中戦闘。 あれ、意外にきついんだよなぁ。 召喚できる眷獣も限定されるし」

 

 悠斗は、水中戦闘を思い出しながら空を見上げた。 だが古城は、オレが知る水泳とは違うと思うだが、と困惑した。

 

「で、古城はどうなんだ? 泳げるんだろ?」

 

「いや、オレは……ほら、吸血鬼だからな。水はちょっと体質に合わないというか……」

 

 悠斗に聞かれた古城は、言葉を濁した。 ぎこちない仕草で目を逸らす古城を見て、雪菜は不思議そうに古城を見つめた。

 

「神代先輩は吸血鬼で、水中戦闘ができるんですよ?」

 

「い、いや、でもほら、魔族によっては個人差ってやつのがあるだろ?」

 

 懸命に取り繕うと試みる古城を、雪菜が半眼になって眺めた。

 

「あの……先輩……もしかして……」

 

 悠斗も、雪菜の言葉に便乗するように、

 

「……なるほど。カナズチか」

 

「ち、違う。 別に泳げないわけじゃないからな! ただ、少し得意じゃないだけで!」

 

「……古城。 泳げないって言ってるのと同義だぞ、それ。 てか、世界最強の吸血鬼(第四真祖)が泳げないのかよ。 イメージとギャップがあるな」

 

「だ、だから、泳げないとは言ってないだろ――!」

 

 古城は必死に反論した。

 そんな古城の追い詰められた姿に、雪菜はクスッと笑った。 おそらく、泳げない事実を無理やり隠そうとしている、古城の態度がおかしかったのだろう。

 

「そういうことにしといてやるか、姫柊」

 

「そうですね。 そういうことにしておきましょう」

 

「ぐ……ぐぬ」

 

 頷いている悠斗と雪菜を見て、唇を曲げて古城が呻く。

 そんな古城を見て、雪菜は俯き肩を揺らした後、ふと思い出したように口を開いた。

 

「そういえば、最近プールの宣伝をよく見かけますね。 たしか、専用の人工島が完成したって」

 

「ああ、ブルエリか。 昨日ワイドショーで特集してたな」

 

 ブルエリ――ブルーエリジアムは、絃神島の沖合に建造された新型の増設人工島(サブフロート)だ。 半径六百メートルにも満たない小さな島だが、特筆すべきは、増設人工島(サブフロート)が巨大なテーマパークとして設計されている所だ。 リゾートホテル、レジャープール、ジェットコースターなどのアトラクション施設。 魔獣庭園と呼ばれる特殊な水族館が整備され、絃神島の新たな象徴(シンボル)としての役割を期待されている。

 

「てか、姫柊も見てたんじゃないのか?」

 

「いえ、その時間帯は、入浴と洗い物をしてたので。 それと、先輩は食べ過ぎです。太りますよ」

 

 古城と雪菜が同棲を始めて、約二ヵ月経過しようとしていた。 最初は緊張してぎこちなかった二人だが、最近は、それを感じさせないようになってきた。

 

「さ、最近は腹が減ってな。 そ、そう。 姫柊が作る料理が旨いせいだ」

 

 雪菜は赤面した。 おそらく、古城の言葉が相当に嬉しかったのだ。

 

「わ、わかりました。 今度から多めにご飯を作りますね」

 

 悠斗は、完全に蚊帳の外だ。 完全に二人の空間ができていた。

 古城争奪戦では、雪菜が今の所、ダントツで一位だろう。 やはり同棲は、かなりの効果があるらしい。

 悠斗は口を挟むか迷ったが、この空間を如何にかしなければ、プール掃除が終わらず帰る事ができない。

 

「……おーい、お二人さん。 イチャつくのはいいが、俺の事を忘れてない」

 

「い、イチャついてません!」

 

「い、イチャついてねぇよ!」

 

 古城と雪菜は誤魔化すように言ったが、説得力が皆無である。 誰がどう見ても、イチャついてるようにしかみえなかった。

 

「……いや、十分イチャついてたように見えたんだが。 てか、一諸に住んでるんだから、名前呼びの方が良くないか?」

 

「「え? 名前で?」」

 

 悠斗の言葉が地雷だったのか、古城と雪菜は顔を赤く染めてしまった。

 

「……えっと……こ、古城先輩」

 

「……お、おう。……ゆ、雪菜」

 

 古城と雪菜は恋愛経験がないからか、かなり初々しく見える。

 話し合った結果。 名前呼びは、マンションの中だけで。と言う事になった。 まあ確かに、外で言ったら女性陣に勘ぐられるだろう。

 

「んじゃ、早く終わらせるか。 プール掃除」

 

「おう」

 

「はい」

 

 ともあれ、古城たちはデッキブラシやホースを使用し、プール掃除に励むのだった。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

 下校時刻の前に作業を終わらせ、古城たちは家路に着いた。

 また、今日は七〇四号室(暁家)で、四人で夕食となっているのだ。 今頃は、凪沙が食事の支度をして古城たちの帰りを待ちわびているはずだ。

 古城たちは、疲れた体を引きずるようにしながら、マンションへと辿り着く。

 陽が暮れて凶悪な陽射しからは解放されたが、蒸し暑さが和らぐ気配はない。 部屋に入れば、エアコンの効いた快適な空間が待ってるはずだ。

 だが――、

 

「「……う!?」

 

 玄関を開けた直後に流れてきたのは、屋外と同じ、蒸し暑く澱んだ空気だった。 キッチンや家電製品からの排熱が籠ってるぶん、寧ろ外より暑いかもしれない。

 

「な、なんだ。 この熱気?」

 

「……外より暑いんじゃないか、この部屋」

 

 古城と悠斗の声を聞きつけて、キッチンにいた凪沙が、ひょいと顔を覗かせた。

 

「古城君、雪菜ちゃん。 おじゃましてます! 悠君もおかえりー! ご飯できてるよ」

 

「な……凪沙」

 

「……な、凪沙。 それはやばいって」

 

 パタパタとスリッパを鳴らして、古城たちを玄関まで出迎える凪沙。

 凪沙を呆然と見つめた古城は、担いでた通学用のバックを落とし、雪菜は目を見開き、悠斗は吸血衝動を押さえ込むのに一杯一杯だった。

 そう。 凪沙が身に着けていたのは、アヒル柄のワンポイントが入った白いエプロンだけ。 それ以外は、何一つ身に着けていないようにも見えた。 ほっそりした肩や白い太股が剥き出しだ。

 

「お……お前、何やってんだ!? 何だよ、その格好は!?」

 

「なにって……ただの水着エプロンだよ。 ほら」

 

 そう言って凪沙は、エプロンの裾を摘まみ上げた。 申し訳程度にフリルのついた白い水着が、ちらりと古城たちの視界に入る。

 水着エプロンと言う事で、悠斗の吸血衝動も若干和らいだが、油断はできない状態だ。

 

「めくらなくていいっ! なんでそんな恰好をしてるのかって話だよ!」

 

「だって、ほら、暑いから。 この時間帯は、西陽の余韻がねー」

 

「エアコンは!? 何でこんなにクソ暑いのに冷房が入ってないんだよ!?」

 

 古城が、リビングを指差しながら喚く。 風通しの悪い気温は、人間の体温を超えている。 冷房なしでは危険な温度域だ。

 しかし凪沙は、不服げに唇を尖らせた。

 

「だって停電中だもん。 下の張り紙、見なかった。 マンションの変圧器を交換するんだって。 エレベーターやオートロックは、家庭用のやつとは配線が違ってるから動くみたいだけど」

 

「て、停電……?」

 

 意外な情報に狼狽する古城。 確かに、電気供給が途絶えているのでは、エアコンが稼働してないわけだ。 照明が点かず、部屋の中も薄暗いのも納得だ。

 

「変圧器の交換って……何でこんな時期に?」

 

「故障だって。 こないだ、北地区で凄い雷があったでしょ。 うちのマンションは設計が古いから、その時にだいぶ傷んだらしいよ」

 

「「あー……」」

 

 古城と悠斗は、複雑な表情を浮かべる。 北地区での凄い雷は、獅子の黄金(レグルス・アウルム)と麒麟の雷が原因なのだ。 つまり、この停電には、古城と悠斗が関わっている事になる。

 と言う事は、隣室の悠斗と凪沙の部屋も、電化製品は使用不可能と言う事になる。

 

「め、飯にしようぜ。 てか、凪沙。 着替えてきてくれ。 俺が色々とやばいから……」

 

 悠斗が、力を振り絞ってそう言う。

 凪沙は、数秒思案顔をしてから、

 

「しょうがないなぁ。 じゃ、着替えてくるね」

 

 キッチンに戻って行く凪沙を見て、悠斗は盛大に安堵の息を吐く。

 そんな悠斗を見て、古城は声をかける。

 

「ゆ、悠斗。 大丈夫か?」

 

「あ、ああ。 何とかな。 結構危なかったけど……」

 

 悠斗は、他の女性のなら問題はないのだが、凪沙だけは特別であり、例外なのだ。

 ともあれ、古城たちは薄嫌い廊下を抜けて、リビングへ向かう。

 凪沙の言っていた通り、夕食の準備は済んでいた。 ダイニングテーブルには、照明代わりになる非常用のロウソクと一緒に、大量の料理の皿が並んでいる。 古城たちは、手を洗ってから席に着いた。

 凪沙の格好は、部屋に残した短パンにTシャツだ。 ちなみに、今の凪沙の部屋は、雪菜の部屋になっている。

 

「雪菜ちゃんゴメンね。 腐るといけないと思ったから、悠君のお家の食材と合わせてお料理を作っちゃった」

 

 テーブルの上には、野菜と肉、魚にうどん、カレーとハンバーグと。 不思議な組み合わせの料理が置いてある。 三日分はありそうな量だ。

 

「いえ、大丈夫です。 わたしも、こうしてましたし」

 

「さすが雪菜ちゃん」

 

 それにしても、この大量の料理たちは保存ができないらしく、頑張って全部食べなければならないという事らしい。

 蒸し暑さのせいで食欲が湧かないが、そうも言ってられない。 古城と悠斗は箸を手に取った。

 暁家の玄関のドアが乱暴に打ち鳴らされたのは、その直後だった。

 どうやら、停電でインターフォンが使えないらしく、ドアを荒っぽくノックしてるだけらしい。

 

「はあ、俺が行くわ」

 

 凪沙に、悠君。お願い。という言葉を貰って、悠斗は立ち上がり玄関へ向かう。

 その間も、荒っぽいノックは続いていた。

 

「……ったく、誰だよ。 近所迷惑だろうが」

 

 悠斗がドアを開け視界に入ってきたのは、軽く茶色に染めた短髪を逆立てせ、首にヘッドフォンをぶら下げた少年だ。

 

「おーす。 古城。 どうなってんだ、このインターフォン?……って、オレ、家間違えたか?」

 

 基樹がそう言うのは尤もだった。 暁家のマンションなのに、悠斗が玄関から現れたのだから。

 

「いや、ここは暁家だぞ。 俺は飯を食いに来てるだけだ。 んで、基樹はどうしたんだ?」

 

「ああ、それなんだが。……って、うわ、暑ィな。 何だこれ?」

 

「停電で、エアコンが故障中だ」

 

「はー、なるほど。 悠斗はこの暑さを利用して――」

 

 基樹がしょうもないことを言おうとしたので、悠斗は無言でドアを閉めようとする。

 

「ちょ、待て。 冗談だ」

 

「……はあ、早く本題を言え」

 

「まあそうなんだが。 立ち話もなんだから、入れてくれないか?」

 

 いやまあ、ここのマンションの家主は悠斗ではないのだが――

 

「ダメだ。って言っても、勝手に入るんだろ。 お前」

 

 そう言って、溜息を吐く悠斗。

 

「おお、その通りだ。 んじゃ、お邪魔します」

 

 基樹は靴を脱ぎ、部屋の内部に踏み込んで行った。 その背中を見ながら、悠斗は嘆息した。

 

「あれー、矢瀬っち? どうしたの?」

 

「こんばんは、矢瀬先輩」

 

「はあ、何しに来たんだ。 矢瀬」

 

 凪沙、雪菜、古城と返答をする。

 

「よォ、凪沙ちゃんに、姫柊ちゃん、古城と。 全員集合か。 そいつはいいな。 手間が省けたぜ」

 

 古城は、若干だが警戒心を露わにした。 電話やメールでもいいのに直接伝えに来たからだ。 古城や悠斗だけではなく、凪沙や雪菜を巻き込む用件となると、あからさまに怪しすぎる。

 悠斗も、基樹の背中を追うように、リビングに踏み込む。

 

「……基樹。 何を企んでる?」

 

 悠斗も警戒しながら、目をスッと細めた。

 

「ちょ、悠斗のそれ怖いから……。 マジでやめてくれ」

 

 悠斗は表情を戻し、

 

「で、何だ。 早く要件を言ってくれ」

 

「なァ、古城、悠斗。 急な話でアレなんだが、お前ら、泊まりがけでリゾートに行きたくないか?」

 

「「……リゾート?」」

 

「おう、ブルーエリジアムってやつ」

 

 ブルーエリジアムとは、古城たちがプール掃除の時に話題に出したテーマパークの事だ。 何でも、入場料はかなりの価格になるらしい。

 そんな時、大声を出したのは凪沙だ。 基樹に詰め寄って、持ち前の早口で捲し立て聞き返す。

 

「ブ、ブルーエリジアムって、あのブルーエリジアム? 青の楽園? 遊園地とかホテルとか、魔獣公園とか九種類のプールとかがあるブルエリのこと?」

 

「そうそう。 そのブルエリのこと」

 

 凪沙に若干圧倒されながらも、微笑んで頷く基樹。

 

「正式オープンは来年からだけど、今月から完全招待制の仮営業をやってるのは知ってるだろ? スタッフの研修やマスコミへのお披露目を兼ねてのリハーサルみたいなやつ」

 

「……それに、俺たちを招待してくれるのか?」

 

 悠斗は怪訝そうに聞き返す。 魅力的な誘いよりも、不信感の方が大きい。 何しろ、完全招待制とされるブルーエリジアムの入場券は、その目新しさと希少性もあって、一枚数万円で取引されているプラチナチケットなのだ。

 それを、ここにいる人数を無料で招待となると、あからさまに怪しすぎる。

 しかし基樹は、古城たちの反応を見て愉しそうに、目を細めてニヤニヤした。

 

「二泊三日で入場料と宿泊費は無料(タダ)。 なかなか美味しい話だろ?」

 

「……胡散臭すぎるぞ。 そんな、魅力的な誘いがタダで舞い込むなんてな。 裏に何かあるだろ?」

 

「いやいやいや……実際の所、ブルエリの施設の幾つかは、矢瀬家(うち)が経営に絡んでるだよ。 ところが、予約ミスがあってな。 急に欠員が出ちまったわけ。 ありがちだろ」

 

「……まあそうだな」

 

 そう言って、悠斗は頷いた。 完全予約制を標榜しているのにも関わらず、ミスによって予約に欠員が発生。 確かに、ありがちなトラブルである。

 

「んで、施設の稼働率や、何かと問題があって、欠員のままにしとくのはマズイんだよな。 不安がる出資者も出てくるし、予約部門の責任問題にもなっちまう」

 

 基樹の実家は、魔族特区の運営に少なからず影響力を持つ名門の財閥だ。 彼らが、ブルーエリジアムの経営に関与してると言われても不思議はない。 そして、矢瀬家は実家の誰かに、予約欠員を埋めてくれと言われたのだろう。 欠員のまま放置するよりも、無料でも誰か泊めた方が、ブルーエリジアム的にも、面目が保てる。と言う事かもしれない。

 そのあたりの事情を知ってか知らずか、凪沙は力強く飛び跳ねながら、

 

「はいはい! 行きたい行きたい行きたい! ねぇ、古城君、悠君。 行こうよ。 話題のブルエリだよ。 普通に泊まったら、何万円もするんだよ」

 

 もしかしたら、基樹はこれを見越していたのかもしれない。

 悠斗は、凪沙の願いはできるだけ叶えてあげたい。 なので、必然的に泊まる。と言う事になるのだ。 基樹がこれが解っていたのなら、かなりの策士とも言える。

 

「胡散臭いが、その話に乗るよ」

 

「お、悠斗は話が解るな。 んで、古城はどうするんだ?」

 

 古城も、雪菜と話し合って答えを出したらしい。

 

「何か怪しい気もするが、無料(タダ)でブルエリだしな。 その誘いに乗るぞ」

 

「交渉成立だな。 じゃあ、ブルエリのパンフとチケット渡しとくから、後はよろしくな」

 

 そう言って基樹は、四人分のチケットとパンフレッドが入った封筒をテーブルの上に投げ出し、別れの挨拶と共に、忙しない足取りで部屋を出て行く。

 

「あ……おい。 矢瀬」

 

「古城、悪ィ。 まだ、ちょっと用事が残ってんだ。 じゃあな」

 

 慌ただしく帰って行く基樹を、古城はぽかんと見送るしかできなかった。 そんな古城を見ながら、悠斗は封筒の中からチケットを抜き出し、ロウソクの明りに照らし、予定の日付を確認する。

 

「えーと、……は? 今週の土曜?」

 

 悠斗がそう言うと、雪菜と凪沙、古城は沈黙し、部屋の中に静寂が流れた。 基樹がわざわざ自宅まで押し掛けてきて、息もつく間もなく帰って行った理由を理解したのだ。

 チケットに書かれた日付は今週の土曜日。 そして、今日の日付は金曜日だ。

 ということは、ブルーエンジリアムの招待日は――。

 

「って、明日かよ!?」

 

 停電中の薄暗い部屋に、動揺する古城の声が鳴り響く。

 明朝から、リゾートへの出発への準備に追われる、慌ただしい夜の始まりだった――。




補足としまして、凪沙ちゃんは、完全に紅蓮の織天使の血の従者ですよ。
まあ、主人の肉体の一部を分け与えられないといけないんですが、凪沙ちゃんは、悠斗君と経路ができて、悠斗君の魔力が循環してますからね。ちょいと例外なんス。
眷獣も使役できますしね。

ではでは、感想、評価、よろしくお願いします!!

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