ストライク・ザ・ブラッド ~紅蓮の熾天使~   作:舞翼

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連投ですね(^O^)
では、投稿です。
本編をどうぞ。


錬金術師の帰還Ⅴ

「雪菜ちゃん、どこ行くの?」

 

船内に戻ろうとした雪菜を、凪沙が不思議そうな表情で呼び止める。

彩海学園の生徒たちは、フェリー内のホールに移動中。 昼食の時間になるまで、其処で教材映画を見る予定だった。

 

「ちょっと、忘れ物。 先に行ってて」

 

雪菜は早口にそう言い残すと、凪沙の返事を聞かずに走り出す。

無人の船内に戻った雪菜は、鞄の底から細い包みを取り出した。 包みの中身は、刃渡り二十五cm程のナイフだ。

グリップ部分にパラシュートコードを巻きつけた無骨な実用品だ。 其れを二本制服の背中に仕舞い、目立たないように、上からコートを羽織る。 雪菜は船内を出て、船橋(ブリッジ)の方へ向かった。

酷い胸騒ぎがした。 剣巫としての勘がそう訴えているのだ。 まるでこの船が、強い悪意に包み込まれているように。

 

「――え!?」

 

階段を駆け上がった雪菜は、自身の前を歩く人影に愕然とする。

不安げに周囲を見渡しながら、立ち入り禁止の船橋に向かったのは、透き通った銀髪を揺らす夏音だったのだ。

 

「叶瀬さん?」

 

「あ……」

 

突然呼び止められた夏音が、怯えたような表情で振り返る。

 

「もしかして、あなたも?」

 

雪菜の質問は曖昧だったが、夏音はその言葉の意味を理解した。

頷いて、真っ直ぐ雪菜を見返した。

 

「この船を、何かよくないものが取り巻いてる見たい、だから――」

 

「大丈夫。 この先はわたしが行くから、笹崎先生に知らせてもらえる?」

 

雪菜が背から抜いたナイフを見て、夏音は驚いたように瞬する。

 

「あ、待って」

 

走り出そうとした雪菜を、夏音が制した。

立ち止まった雪菜を心配そうに見上げて、夏音が静かに言葉を続けた。

 

「わたしは、この感覚を知ってる気がしました。 たぶん、前にもどこかで」

 

「……叶瀬さん、もしかして錬金術師のことを知ってるの?」

 

雪菜が困惑したように聞き返し、夏音はゆっくり頷いた。

 

「いえ、あれはもっと恐いものでした。 大切な友達も沢山いなくなりました。 だから、二度と、あんなことは……雪菜さんも、どうか……」

 

夏音は、雪菜に居なくならないで欲しい。と言ったのだ。

雪菜は、大切な友達なのだから。

 

「ありがとう、叶瀬さん。――いえ、夏音ちゃんも気をつけて」

 

お互いに頷き、其々の方向へ駈け出した。

立ち入り禁止を示すロープを越えて、雪菜は船橋(せんきょう)の中へ入る。 本来いるはずの船員や警備員の姿はない。 ただ、肌を刺すような不快な感覚だけが強くなっていく。 辿り着いた操舵室の扉は、閉められたままだった。 雪菜は小さく息を吐き、その場で回転。 力任せの上段蹴りで、扉を吹き飛ばす。

 

「これは……」

 

操舵室に残されたのは、絶望と静寂だった。 金属製の彫像と化し床に横たわる船員たち。 火花を上げる船法装置。 これは、致命的な事態と言う事は明らかだった。

この状況に誰かに知らせなければ、と雪菜が踵を返した瞬間、ゾッとするような悪意が背を襲ってきた。 鞭のようにしなる液体金属の刃を、雪菜のナイフが打ち落とす。

 

「やあ。 あの時の女の子か。 君は、獅子王機関の剣巫だね」

 

エアコンのダクトから融けた上半身を露出させたのは、白いコートを着た錬金術師。

薄笑みを張りつけたまま、彼はヌルヌルと流動しつつ床に降りてくる。

 

「天塚汞……!? どうして……あなたは死んだはず……!?」

 

「そうだよ。 彼が殺したんだ。 でも、彼が言ってただろ」

 

雪菜は、すぐさま悠斗の言葉を思い出した。

あの時悠斗はこう言ったのだ。 『本体は何処にある?』と。

 

「まさか……分身?」

 

「そう、分身さ。 船の中をうろつくには、こっちの体の方が便利だからね」

 

天塚の輪郭がグニャリと崩れた。 彼の胴体を突き破って現れた触手が、雪菜のナイフに絡みつく。 そのままナイフと融合して武器を奪おうとするだろう。

だが、表情を歪めたのは天塚の方だった。 触手は、ナイフを侵食する事ができず、逆に打ち落とされたのだ。

 

「そのナイフ……呪力付与(エンチャント)した隕鉄でできてるのか。 面倒な武器を持ってるな!」

 

悔しげに吐き捨てて、天塚は背後に倒れ込む。 其処にあったのは排水用のスリットだ。

全身を液体に変えた天塚が、その中に吸い込まれるように消えていく。

 

「悪いけど、あんたの相手はあとだ。 いくら分身でも、そう何度も壊されたくはないしね」

 

「天塚汞――!」

 

雪菜は、消えていく天塚を呆然と見送った。

今の雪菜の装備では、天塚を止める手段がない。 天塚に対抗するには、雪霞狼が必須になるのだ。

しかし、雪菜の手には雪霞狼はない。

 

「まさか……!」

 

雪菜の背部に悪寒が走る。

この船には、雪菜よりも強力な霊媒が乗っているのだ。――そう、叶瀬夏音だ。

こんな時、雪菜の隣に立つ少年たちはいないのだ。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

「集合場所が変わったんだってさ」

 

船内ホールの入口前で、委員長とシンディが凪沙を待っていた。 他の生徒たちも移動を始めてる所だ。

 

「そうなの、どうして?」

 

「知らないけど、ちょっと揉めてるみたい。 船員の人たちバタバタしてるし」

 

シンディが肩を竦めて言う。

ふーん、と凪沙は首を傾げる。

 

「なんだろ。 火事とか?」

 

「や、それはないでしょ。 サイレンも鳴ってないし」

 

「じゃあ、氷山にぶつかる?」

 

「ないない。 どこにあんのよ、氷山。 むしろ見てみたいよ」

 

凪沙としては真面目に答えたつもりだったのだが、シンディのツボに入ったようで肩を揺らしていた。

 

「でも、困ったね。 雪菜ちゃんにも知らせてあげないと」

 

「そうね。 珍しいわね。 あの子が忘れ物なんて」

 

委員長が冷静な声で言う。

凪沙は僅かに思案顔をした。

 

「二人は先に行って席取ってくれる? わたし、ここで待ってるよ」

 

「わかった。 またあとで」

 

委員長がシンディの手を引き歩き出す。 凪沙は彼女たちに手を振り、通路を見渡した。

本来なら、乗務員が常駐してるはずの売店や案内カウンターが無人なのだ。

 

『凪沙、気をつけろ。 何か来るぞ』

 

朱雀にそう言われ、凪沙は若干肩を震わせた。

そう。 朱雀の口調も、真剣そのものであったからだ。

 

『我たちは、いつもお前の傍にいる。 気をしっかり持て』

 

「(わ、わかった)」

 

――その時だった。 従業員扉が開き、誰かが入って来た。 凪沙は振り返って手を挙げたが、立っていたのは奇妙な風体の男と雪菜だった。 彼は凪沙と目が合うと、酷薄に微笑んで右腕を上げた。――魔族。 いや、化け物か?

彼の右腕が触手に変化し、凪沙に飛来した。 だが、そんな事を気にせず、凪沙は叫ぶ。

 

「雪菜ちゃんっ! 早くこっちに来てっ!」

 

雪菜は、今まで聞いた事がない凪沙の声に驚愕した。 雪菜は凪沙を信じ、飛び込むように凪沙の横を通りすぎて一回転し、凪沙は左手を突き出す。

 

「――おいで、朱君」

 

紅蓮の不死鳥が凪沙の前に召喚され、触手の右腕は、不死鳥の翼に当たり浄化された。

雪菜はかなり動揺していた。 何故、人間の凪沙が眷獣を召喚できるのか? 化け物を見て、何故こんなにも強くいられるのか? 凪沙は、魔族恐怖症ではなかったのか? 様々な事柄が雪菜の頭を回り、パンク寸前である。

 

「――飛焔(ひえん)!」

 

朱雀が清らかな焔を吐き、完全に天塚汞を消滅させた。 また、雪菜と凪沙を守るように、紅い結界も張られているのだ。

雪菜の安全、周囲の安全を確認してから、朱雀を異界に帰し、それと同時に結界も解けた。

ちなみに、朱雀のみ技なら、召喚せずとも使用可能だ。

 

「(ふぅ、意外に体力を消耗するんだね)」

 

『そうだな。 ()の凪沙は、我だけの召喚が限界だからな。 攻撃系統を使役できない欠点がある』

 

「(なるほど。 あ、雪菜ちゃんに何て説明しよう……)」

 

雪菜に問い詰められるのは目に見えているのだ。

 

『黙秘権を行使します。でいいのではないか?』

 

「(おお、ナイスアイディアだよ、朱君。 それで行こう)」

 

雪菜は立ち上がり、おずおずと凪沙に話しかける。

 

「あ、あの、凪沙ちゃん。 今のは……眷獣、ですか?」

 

雪菜が、何度も目にした眷獣と瓜二つなのだ。

そう、神代悠斗が使役してる眷獣に。

 

「雪菜ちゃん。黙秘権を行使しますっ」

 

凪沙は視線でこうも言った。 雪菜ちゃんも、わたしに隠してる事ある、よね?と言う意味も込めてだ。

視線の内容は、ほぼ勘であったりもするんだが……。

雪菜は僅かに沈黙してしまったが、小さく頷いた。

 

「わかりました。 この事は、みんなに秘密にしましょうか」

 

「雪菜ちゃん、ありがとう」

 

そう言い、凪沙は優しく微笑んだ。 雪菜も微笑み返してくれたのだった。

その時、妙にテンションが高い声が聞こえてきた。 赤髪にお団子ヘアと三つ編み、チャイナ服の若い女性だ。

凪沙たちのクラス担任。――笹崎岬だ。

当然、凪沙たちのクラス担任なので、引率教師として宿泊研修に参加してるのだ。 そしてもう一つ、彼女は国家攻魔官の肩書きも持っているのだ。

 

「まさか、暁妹が眷獣を使役できるとはね」

 

「あ、あの、先生……」

 

「心配しなさんな。 生徒のプライバシーは守るさ」

 

これを聞き、凪沙はホッと胸を撫で下ろす。

その時、岬の背部から穏やかな声がした。

 

「あの人の目的は、わたしでした」

 

「夏音ちゃん、避難してなかったの?」

 

凪沙がこう聞き、夏音は困ったように首を縦に振るだけだ。

 

「あの人が、修道院のみんなを襲った時のことを思い出しました。 彼は、供物となる強い霊能力者が必要だと言いました。 あの修道院は、たくさんの霊能力者が保護されてましたから」

 

「供物!?」

 

雪菜の全身から血の気が引いた。 天塚は練金術師。 錬金術師にとっての供物の意味は一つしかない。

 

「彼は、練金術の材料にするつもりで夏音ちゃんを――」

 

「はい。 なので、わたしさえ近くにいなければ、みんなはきっと大丈夫です」

 

夏音は、覚悟を決めた者に特有の優しげな表情でそう言った。

彼女は、雪菜たちに背を向け、避難した生徒たちとは逆方向に走り出す。

 

「雪菜ちゃんっ!」

 

雪菜は目を丸くした。 凪沙は、自分も夏音の後を追うと言っているのだ。 雪菜は、一般人の凪沙に行かせる訳には行かないとも思うが、凪沙の力で優勢に立てるかもしれないのだ。

雪菜は、自身の逡巡で板挟みになるが、

 

「笹崎先生、生徒をお願いします。――行きましょうか、凪沙ちゃん」

 

凪沙は小さく頷いた。

 

「あ……!? 待て――姫柊! 暁妹!」

 

岬の制止を振り切って、雪菜と凪沙は船首方向に走り出した。

おそらく、夏音の判断は正しい。 天塚の狙いが夏音ならば、天塚は他の生徒に手を出す事はないのだ。

だが、狭い船内の中では逃げる事はできずに、いずれは追い詰められる事になる。 其れまでに、天塚を倒す方法を見つけなければならない。 どうすればいい――?




凪沙ちゃん、眷獣を召喚しましたね。
原作とも違い、凪沙ちゃんも戦闘に参戦です\(^o^)/
また、悠斗君の新たな眷獣も解放予定です。まあ、わかる人にはわかってしまうんですが……。
ネタばれはNGでお願いします(>_<)

ではでは、感想、評価、よろしくお願いします!!

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