ストライク・ザ・ブラッド ~紅蓮の熾天使~   作:舞翼

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さて、新章が始まりました!
この章も頑張って書きます!

では、投稿です。
本編をどうぞ。


錬金術師の帰還
錬金術師の帰還Ⅰ


「悠君、朝だよ。ほら、起きて」

 

悠斗を起こしてくれた人物は、長い黒髪を結い上げショートカット風に纏め、快活そうな女の子、大きな瞳が印象的な――暁凪沙だ。

また、現在の時刻は六時三十分である。 凪沙が、こんなもの早く悠斗の部屋に居るのは理由がある。

凪沙は時々だが、悠斗の部屋に泊まりに来ているのだ。 古城にも、この事はしっかりと伝えてあるらしい。

ちなみに、凪沙が朝居ない時は、隣に住んでいる雪菜が古城を起こしに来てるらしい。

悠斗は、重そうに上体を起こし、朝の挨拶をする。

 

「おはよう、凪沙。 今日は早いな」

 

「うん。 悠君には、最初に見て欲しくて」

 

はて、何を見て欲しいのだろうか? てか、この時期にイベントでもあるのだろうか?と思いながら、悠斗は困惑するのだった。

 

「この時期に、イベントでもあったか?」

 

「あ、そう言えばそっか。 この時の悠君は、まだ狼さんだった頃だもんね」

 

悠斗は心を開かず、一匹狼だったのだ。

学園のイベント等に興味を持っていなかった為、知らなくて当然だった。

凪沙は、隣に置いてあったダッフルコートを羽織り、一回転した。 何故厚着?と悠斗は思ったが、この時期には、海学園中等部では宿泊研修が行われるのだ。

彩海学園中等部の宿泊研修とは、普段、外界から隔離させている魔族特区の学生たちに、一般社会の様子を見学させるという趣旨の旅行行事だ。 行き先は有名な観光地ではなく、官庁街や工場がメイン。

其れでも、クラスメイトたちと泊まりがけで旅行に出かける、というイベントは、中学生にとっては楽しみに決まっている。

 

「思い出した。 この時期のイベントは、中等部の宿泊研修か。 其れに、もう十一月だもんな。 本土は、もう冬か」

 

「そうそう。 で、どうかな?」

 

「そだな。 可愛いぞ、似合ってるぞ」

 

「ふふ、ありがとう。 お土産楽しみにしててね」

 

凪沙はそう言い、優しく微笑んでくれた。

だが、悠斗に一つだけ心配事が出来た。 凪沙が数日居なくなるという事は、朝起こしてくれる人が居なくなってしまうという事だ。

おそらく、自炊する事が面倒で、朝食と夕食、夜食も、コンビニの弁当になるのは間違えない。

 

「でもでも、悠君は凪沙が居なくなっても、朝起きられる? ご飯もちゃんと作って食べなきゃダメだからね。 コンビニのお弁当じゃ栄養が片寄っちゃうから。 それと、火の扱いも気をつけなきゃダメだよ。 あとあと、戸締りもしっかりしないとダメだからね」

 

悠斗は、考えてる事をズバリ言い当てられ、僅かに取り乱した。

 

「お、おう。 心配するな。 朝もちゃんと起きるし、飯も自炊するから大丈夫だ。 そ、それに、夜は古城と摂るから問題ないぞ。 うん、大丈夫だ」

 

凪沙は、僅かに目を細めた。

 

「本当?」

 

「ほ、本当だぞ……」

 

もう解っていた事だが、悠斗は、完全に凪沙の尻に敷かれていた。

紅蓮の熾天使も、この手の事では、ただの男の子である。

凪沙は笑みを浮かべ、

 

「そっか、なら大丈夫だね。 悠君、ご飯にしようか」

 

「そだな」

 

悠斗は、布団を剥いでからベットから降り立ち、洗面所へ向かうのだった。

この時悠斗は、凪沙との約束は絶対に守ると心に決めたのだった。

其れからいつも通り一緒に朝食を摂り、一緒にマンションを出、古城と雪菜と合流して、彩海学園に向かうのだった。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

調理室には、バターの香ばしい匂いが漂っていた。

程良く熱せられたフライパンの上で、かき混ぜられた刻み玉ねぎが音を立てている。

午前中の授業は、数班に分かれて調理実習である。

メニューは、シーザーサラダとオムライス、ビーフシチューという洋食三点セットである。 フライパンを操りながら調味料を流し込む古城の慣れた手つきに、また、隣でふわふわ生地の卵焼きを作っていた悠斗を見て、賛嘆の声を洩らしたのは基樹であった。

 

「おお、やるなあ。 古城、悠斗」

 

「ホント。 上手いわねえ」

 

続けて、倫が芸達者なペットを褒めるような口調で言う。

エプロン姿の浅葱は、サラダ用のクルトンをつまみ喰いしながら、

 

「人間、やっぱり一つくらいは取り柄がないとね。 にしても、悠斗も料理が上手いなんて、予想外だわ」

 

「うるせーよ、お前ら! 他人事みたいに眺めてないで、少しは手伝えよ。 なんで、オレたちが作らされてんだ!?」

 

休みなく調理を続けながら、古城がうんざりしたように怒鳴った。

真剣に問い質す古城の姿を、他の三人は不思議そうに見返す。 何故わかりきった事を聞くのか?という態度である。

 

「馬鹿だな、古城……築島はどうか知らんが、オレや浅葱が手伝ったりしたら、お前らの手間が増えるだけだぞ。 確かに、浅葱の言う通り、悠斗が料理をできるのは意外だったが」

 

悠斗も調理を続けながら、口を開く。

 

「まあな。 俺の経験上で、自然に作れるようになったんだよ」

 

この島に来るまでは、悠斗は自炊をしていたのだ。

なので、簡単な料理なら、作れても不思議はない。

また、基樹は大財閥の御曹司、倫や浅葱もいい所のお嬢様である。 三人に料理経験がないのは解るが、何かしら手伝ってもいいと思うのだが。

 

「で、さっきの話の続きは?」

 

「ふっ、心して聞くがいい。 浅葱が小五の時焼いたクッキーは、クラスの男子十四人を病院送りにした大量殺戮兵器だ。 幸い、オレはそれを予想して避難してたから無事だったが……」

 

「あ、あんたね、その話を今頃になって蒸し返す!?」

 

唐突に過去を暴露された浅葱が、顔を真っ赤にして基樹に抗議した。 彼女の口振りから察するに、基樹が語った悲劇は本当の出来事らしい。

悠斗は、浅葱に視線を向けた。

 

「……浅葱、料理の勉強をしよう。 女の子が料理を出来ないと、将来ちょいと大変になるぞ」

 

浅葱は咳払いをしてから、

 

「だ、大丈夫よ!? わたしだって、今は人並みに料理くらいできるわよ」

 

「へー」

 

「な、なによ。 その疑いの眼差しは!?」

 

まったく信用してないという表情の基樹に、浅葱は手元にあったトウガラシとニンニクを漬け込んだオイルを顔面にかけた。 此れを浴びた基樹は、顔面を押さえて悶絶する。 そんな幼馴染二人のじゃれ合いを見ながら、

 

「まあまあ、料理が得意な男の子は恰好いいと思うよ。 ね、浅葱?」

 

「え!? ま、まあ、そういう説もあるかもね……。 一般論として。 あくまで一般論として!」

 

この時悠斗は、誰にも気づかれないように溜息を吐いたのだった。

また、古城に好意を寄せる女性は、何故、皆素直じゃないんだろう?とも思っていた。

 

「そういえば、暁君家の妹さんの料理美味しかったね」

 

倫がクスクス笑いながら言う。

実際、凪沙の料理の腕は、中学生にしては中々のものだ。

悠斗と古城も自炊が出来るが、凪沙には遠く及ばない。

 

「料理関係は、あいつに任せっきりだからな。 家の母親は、冷凍ピザしか作れねーし。 まあ、最近は、悠斗も一緒に食卓を囲んでるけど」

 

悠斗はこの時、バカ古城。 俺に取って其れは地雷だ。思っていた。

その証拠に、ニヤニヤしながら、倫が悠斗を見ていた。

 

「でも、暁君。 妹さんの料理から離れないといけない時期が来るわよ」

 

だよな、と倫に同意したのは、オイル塗れの顔をタオルで拭いている基樹だった。

 

「凪沙ちゃんだって、そのうち嫁に行っちゃうんだろうしな」

 

「嫁……?」

 

思いもよらない基樹の指摘に、古城が声を裏返させた。

懸命に平静を装うとするが、完全には動揺を隠し切れてない。

 

「凪沙に限ってそんなバカな、あ、あいつに嫁のもらいてなんて。 で、でも、こないだ好きな奴がい……熱っ!」

 

狼狽える古城は、シスコンの鏡になっていた。

悠斗はこの事柄を見て、説得には骨が折れるな……。と心の中で溜息を零していた。

 

「暁君。 凪沙ちゃんの旦那様は、以外に近くにいるかもよ」

 

「ど、どこだ。 どこのどいつだ! 三枚に卸してやるぞ!」

 

……いや、かなり折れるの間違えだったかも知れない。

浅葱が、古城を冷たく眺め、

 

「うわっ……なにマジになってんのよキモッ……」

 

「う、うっせーな! お前らが、余計なこと言い出すからだろ!」

 

「中等部の三年生って、もうすぐ宿泊研修じゃなかった? その間、食事はどうするの?」

 

浮き立つ古城とは裏腹に、倫がマイペースで聞き返す。

 

「ああ、凪沙が居ない期間は、悠斗と二人だな」

 

「てか、自炊は、凪沙との約束だしな」

 

その時、倫が愉快そうに目を細め、頬杖をついて浅葱を見上げた。

 

「せっかくだから、浅葱、作りに行ってあげたら? 男子二人じゃ寂しいでしょ」

 

「は、はい!?」

 

今度は浅葱が声を裏返らせる番だった。

悠斗は、なるほど。と頷いた。

 

「そだな。 それがいい。 俺は自分の分を作ったら、帰るからさ。 浅葱、料理が上手くなったんだろ? なら、古城の為に作ってあげてもいいんじゃないか?」

 

「ゆ、悠斗。 な、なに言ってのよ……」

 

古城の様子を窺うように、浅葱がちらりと古城に視線を向ける。

しかし、古城は無反応。 ビーフシチューに浮いたアクを取るのに、全神経を集中していた。

 

「って、行かないわよ! ご飯が作れるんだから、二人で食べなさいよ」

 

「へいへい」

 

むくれたような浅葱の言葉を、古城は適当に受け流す。

倫、基樹、悠斗は顔を見合わせ、ダメだこいつら、と溜息を吐いていた。

 

「なあ、古城。 凪沙ちゃんもそうだけど、中等部の転校生ちゃんも宿泊旅行に参加するのか?」

 

少しして、気を取り直した基樹がそう聞いてきた。

基樹にしては、意外に真剣な表情だ。

悠斗が思うには、基樹は、第四真祖の本当の監視役だ。 第四真祖につけた鈴が居なくなるという事は、第四真祖が完全な自由を取り戻す。という意味でもあるのだ。

 

「姫柊はそう言ってたけど……それがどうかしたのか?」

 

「あー……いやぁ、ちょっと羨ましいと思ってな。 あの子の私服姿や、寝顔や、入浴シーンが鑑賞できる千載一隅のチャンスだろ」

 

古城と悠斗のメール着信音を鳴らしたのは、其れから間もなくの事だった。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

「はあ……美味しい」

 

夕方の明るい陽射しの中で、凪沙がとろけるような感嘆の声を出す。

商業地区のショッピングモール内のカフェテラス。 屋内のテーブルに座って彼女が舐めているのは、三段重ねのアイスクリームだ。

同じテーブルを囲んでいるのは、古城に雪菜。 凪沙に悠斗。そして、中等部の聖女と言われている――叶瀬夏音だ。

 

「やっぱり、るる家のアイスは最高だね。 この芳醇な味わいとサッパリした後味が」

 

幼い子供のようにアイスにかぶりつきながら、凪沙が楽し気に解説する。

 

「ったく……大事なお願いっていうから何かと思えば、荷物持ちかよ。 お前は、目上の人間を何だと思ってるんだ……。 てか、凪沙の事なんだから、悠斗にだけに頼めばよかったんじゃないか?」

 

「そりゃもちろん、悠君には手伝ってもらう予定だったよ。 でもね、こんなに大きな荷物を、悠君だけに頼むわけにもいかなかったから」

 

そう言って凪沙は、古城と悠斗の足元を交互に指差した。

二人の足元に置かれているのは、宿泊研修に持っていくバックが三人分。 引っ越しかと間違われそうな大荷物である。

 

「そのお礼にアイスを奢ってあげてるでしょ。 可愛い妹の頼みなんだから、お買い物くらい付き合ってよ。 こんなに大きな荷物持ってたら、ゆっくりお店を回れないでしょ」

 

「……まったく、悠斗もなんか言ってやれよ」

 

古城は、凪沙の隣でアイスを食べてる悠斗に、そう声をかける。

悠斗は手を止めてから、

 

「いや、別に。 凪沙の荷物持ちなら問題ない。 姫柊と夏音が居たのは予想外だったけどな」

 

古城は肩を落とした。

 

「……悠斗。 お前は、凪沙に弱すぎだ」

 

「そうか? まあ、凪沙の頼みなら、ほぼ何でも聞いちゃうけどな」

 

平然とそう言う悠斗を見て、古城はやれやれと呟くのあった。

 

「どうしたんだ、叶瀬。 ぼーっとして」

 

会話に参加せず、ぼんやりと遠くを見ている夏音に気付いて、古城が聞いた。

透明感のある銀髪を揺らして、夏音は少し照れたように振り返る。

 

「すいません。 アイスが美味しかったので幸せでした」

 

アルディギア前国王の庶民として生まれ、何の知識もなく、王族が持つ霊力だけを受け継いだ。 両親の記憶を持たず、幼いことから孤児として修道院で育てられた。 だが、その修道院すら事故によって失われ、養父には模造天使(エンジェル・フォウ)と呼ばれる化け物に改造されそうになった。――夏音の過去は、耐えきれないほどの苦難の連続だったはずだ。

にもかかわらず、彼女は幸せそうに笑う。 聖女という呼び名が相応しいと思われるほど穏やかな表情で。

 

「よかったら、これも食うか?」

 

顔を赤らめながら目を逸らし、古城は残っていたアイスのカップを差し出した。

夏音は嬉しそうに目を輝かせ、

 

「じゃあ、一口だけ……実は、イチゴ味も気になっていた、でした」

 

「それはよかった」

 

子犬のように喜んでいる夏音を見て、古城は、ホッと胸を撫で下ろす。

 

「あ、お兄さん。 アイス、ついてます」

 

「え?」

 

そう言って、夏音は突然ナプキンで古城の唇を拭ってくれる。

驚きのあまり硬直して、夏音になすがままにされていた古城は、不意に突き刺さる視線を間近に感じて困惑した。

振り向くと、雪菜がもの凄い表情で睨んでいた。

 

「え……と、姫柊もイチゴアイス食いたかったのか?」

 

「違います」

 

悠斗と凪沙は、まったく、素直じゃないんだから。と思い、この光景眺めていたのだった。

凪沙は、残りのアイスを食べ終わると、ある店を指差した。

 

「そうだ、そこ入ろ!そこのお店!」

 

「「「え!?」」」

 

凪沙が差した店を見て、古城と雪菜、悠斗が声を洩らす。

ピンクを基調にした可愛らしい店構え。 ショーウィンドウに飾られているのは、ゴージャスなランジェリー姿のマネキンだ。 何処からどう見ても下着屋である。

古城と悠斗は、これは長くなるな、と思っていたのだった。

 

「ほらほら、タイムセールやってるみたいだし。 やっぱり、旅行の時は下着にも気を遣わないとねー。 あれなんか雪菜ちゃんに似合いそう。 夏音ちゃんも任せて。 ばっちりコーディネートしてあげるから。 あ、古城君は外で待っててよ。 悠君なら、凪沙のを選ぶのに入ってもいいけどね」

 

「頼まれても中には入らねーよ」

 

「いや、凪沙さんや。 中に入ったら、何かを失う気がするんでNGの方向でお願いします」

 

古城はぶっきら棒に答え、悠斗は敬称、敬語を使ってしまう始末であった。

 

「ちぇー、残念。 雪菜ちゃん、夏音ちゃん。 行こうか」

 

躊躇う雪菜と夏音の手を引いて、凪沙が下着屋に入って行く。

彼女たちの背中を見送って、古城と悠斗は溜息を吐いた。

古城は、しみじみと呟く。

 

「……悠斗、お前って意外に大変なのな」

 

古城が言ってる事は、凪沙にいつも振り回されて大変なんだな。と言っているのだろう。

しかし、悠斗は、

 

「いや、もう慣れたさ。 俺は、あの子の笑顔を見るだけで幸せな気持ちになるしな」

 

悠斗は立ち上がってから振り向き、三人を見ていた視線の先の人物を睨みつけた。

純白のマントコートに、赤白チェックのネクタイと帽子。 左手には銀色のステッキを握っている。 見た目の年齢は二十歳後半だが、其れよりもずっと老いているようにも、幼くも見える。

奇術師めいた印象の男性だ。

また、彼の目は、鮮血のようにおぞましい赤――。

 

「テメェ、何で彼女たちを凝視してた?」

 

男は愉快そうに目を細めた。

 

「今の銀髪の彼女、綺麗な子だね」

 

「テメェ、何者だ? 血の臭いがするぞ」

 

悠斗がそう言うと、其れに気づいた古城も警戒心を高めた。

 

「僕か、僕は、心理の探究者だよ」

 

「……そうか、そういうことか。 お前、錬金術師だな」

 

「ふぅん。 僕の言動だけで正体を見破るなんてね。 凄い洞察力だね、君」

 

その直後、男の右腕から、のたうつ何かが放たれた。 金属質の輝きを帯びた、粘性の強い黒銀色の液体だ。

其れは、悠斗の腕に巻きついて、そのまま悠斗の肉体を侵食しようとするが、徐々にその姿を消していく。

そう、悠斗の体は、朱雀の焔で守られている。 これを貫かない限り、悠斗に傷をつけることは不可能である。

 

「こんなちんけな物で、俺を傷つける事は不可能だぞ。 錬金術師」

 

「あれを防ぐのか。 君、人間じゃないね。 未登録魔族……吸血鬼か。 アルディギア王家が寄越した護衛ってわけでもなさそうだけど、まあいいや。 できれば目立たないように殺したかったんだけどな――」

 

男が再び右腕を上げた。

その指先から、再び黒銀の液体が迸る。 其れは、細く鋭い刃物として、凄まじい速度で古城たちを襲った。 古城と悠斗は、持ち前の反応速度で攻撃を避けたが、背部にあった街灯の支柱が綺麗に切断されていた。

此れは、水銀並みの比重を持つ液体金属に、高圧をかけて刃を形成し、自重と遠心力を利用して攻撃を生み出しているのだ。

 

「お前の目的はなんだ? 錬金術師」

 

「叶瀬に目を向けていたって事は、彼女を誘拐する気か!?」

 

古城たちがそう答えると、男はあからさまに笑った。

 

「目的が誘拐だって、どこかに連れて行くってことかい? あの子は、もうどこにも行けない。 ただの供物になって貰おうと思っただけだよ」

 

「……供物?」

 

この時悠斗は、一つの結論に至った。

夏音が暮らしていた修道院では、ある事件が起こり修道院が焼け落ちたのだ。 夏音は、その生き残りでもあった。

おそらく、この事が男の言う供物に関連しているのだろう。

 

「お前は、あの修道院の関係者か?」

 

「ほう。 君は、本当に頭が回る。 その通りだよ。 でも君たちは、事の真実を知る前に死ぬ!」

 

黒銀の一閃が、古城たちの身を隠していた壁を斬り裂いた。

ここで悠斗が、何かしらに眷獣を召喚すれば、この男を退かせる事は出来るが、このショッピングモールを戦場と化してしまう恐れがある。 なので、無闇に眷獣を召喚する事は出来ない。

なら――

 

「――牙刀(がとう)

 

悠斗は、一振りの刀を実体化させ、男に向き直った。

黒銀の刃が、古城の頭上に振り下ろされるが、其れを、悠斗の刀と銀色に輝く長槍が受け止めた。

黒銀を雪霞狼が一閃し、呆気なく斬り裂いた。

 

「姫柊――!」

 

「すまん、助かった。 俺の刀じゃ、物理攻撃を受け止める事しかできないからな」

 

二人の無事を確認し、雪菜が安堵の息を吐いた。

第四真祖の監視者である彼女が、古城たちが何かに巻き込まれてるのに気づいて、店を抜け出して救援に来てくれたのだ。

 

「ご無事ですか、先輩方?」

 

「ああ、サンキュ。 助かった」

 

古城が脱力して頼りなく息を吐く。

男は、乱入してきた雪菜を無言で睨みつけていた。

 

「先輩……あちらの方は?」

 

「ああ、あいつは錬金術師だ」

 

そう悠斗が答えると、雪菜が無言で頷いた。

 

七式降魔突撃槍(シュネーヴァルッアー)……そういえば、獅子王機関の剣巫が、第四真祖の監視役に派遣されてきたっていう噂があったけ。 でもそれだと、第四真祖の隣に立っている君は何者だい?」

 

気怠げな口調でそう言いながら、男はその場に屈み込んだ。

彼の足元には、切断された街灯の支柱が転がっている。 長さ、三、四メートルあまりの鉄柱だ。

男の右腕が触れた瞬間、その鉄柱が飴のように溶け、融解した鉄柱の表面が、濁った鮮血のような黒銀色に変わっていく。

 

「剣巫と第四真祖に、謎の吸血鬼が相手じゃ、流石に分が悪いな。 叶瀬夏音の始末は諦めるが正しい判断か」

 

そう言って男は、古城たちに背を向ける。

 

「待て、てめェ! 赤白チェック――!」

 

「行くな、古城。 夏音の安全が最優先だ――」

 

「暁先輩、この場は退いてください。 無闇に追走するのは危険です」

 

クソッ、と呟く古城の前に、金属の塊が倒れてくる。

金属塊の正体は樹木だった。 道路沿いに植わっていた巨大な街路樹を、男が鋼鉄へと変化させていたのだ。

無数の枝は鋭い棘となり、生い茂る葉は刃へと姿を変えていた。 ぶつかれば当然、無傷では済まない。 雪菜と悠斗の助言が、的を得ていたのだ。

 

「なんだったんだ……あいつ……!」

 

古城は、行く手を阻む樹木に幹を蹴飛ばした。

 

「――今の錬金術師、叶瀬さんを狙っていたのですか?」

 

構えた雪霞狼を下ろしながら、雪菜がそう聞いた。

 

「ああ、そうだ。 夏音が昔住んでいた修道院、其処が手掛かりになるのは間違いないな」

 

「修道院……」

 

「取り敢えず、それは後で調べるとして……ありがとう、姫柊。 さっきは助かった」

 

近くの壁にぐったりともつれて、古城が雪菜に向き直る。

悠斗は、ある事柄に気づいたが、スルーする方向にしたのだった。

 

「当然のことをしただけです。 わたしは、先輩の監視役ですから」

 

「ああ、だけど、サンキュ」

 

「いえ……」

 

古城が重ねて言うと、雪菜は黙り込んで照れたように顔を伏せた。

その時古城は、不意に全身から汗が噴き出した。 途轍もなくマズイ状況だ。

 

「そ、そういえば、姫柊、凪沙たちは……?」

 

「大丈夫です。 二人は試着室に入っているので、急いで戻れば気づかれないと思います」

 

「試着って……じゃあ、姫柊もそれで……」

 

「いえ、わたしは店員さんにサイズを測ってもらっていただけで、まだ……」

 

そう言いかけた所で、雪菜はハッと自身の胸元を見下ろした。

彼女の制服のシャツのボタンは、すべて外れたままだった。 全開になっていたシャツの合わせ目から、白い肌と、清楚な下着の一部が見えている。

 

「ひゃう……」

 

声にならない悲鳴を上げて、雪菜がその場に蹲った。

胸元をしっかり引き寄せて、恨みがましい目つきで、古城と悠斗を睨んだ。

 

「せ、先輩方……いつから気づいていたんですか!?」

 

「あー、俺はかなり前からだな。 でも、気にするな。 姫柊は分かってるはずだからな」

 

悠斗は興味なさげに呟くが、

 

「な、なんのことだろう……」

 

古城は機械のような棒読みだった。

 

「もしかして、さっきの“ありがとう”というのは……」

 

「ち、違う! 別にいいものを見せてもらったとか、そういう意味じゃねぇ――!」

 

「大丈夫です。 わかってますから。 先輩がそういういやらしい吸血鬼(ヒト)だってことは」

 

「わかってねぇ! 全然わかってねぇだろ――!」

 

古城は必死に身の潔白を訴えるが、雪菜は頬を膨らませたまま、目を合わせようとはしなかった。

狼狽える古城を背中に感じながら、小さく口の中でけで呟く。

 

「そんなことだから、目を離すのが不安なんですよ……もう……」

 

まあ、悠斗にはしっかり聞こえていたが、此れが、古城と悠斗の荷物持ちの一幕であった。

 




うーむ。悠斗君と凪沙ちゃん、最早、夫婦域ですな。いや、前からわかっていたことですが。
そして、古城君。シスコンが全開になりましたね(笑)
最近書いていて、何故か古城君の影が薄く感じてくるのは気のせいだろうか?げ、原作の主人公なのに……。
どこかで活躍させなければ(使命感)

ではでは、感想、評価、よろしくお願いします!!

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