ストライク・ザ・ブラッド ~紅蓮の熾天使~   作:舞翼

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さてさて、書きあげました。
この章も、後2話ほどで終了ですね。今回は、乗り込み回となりやす。
てか、悠斗君のチートが発揮されます。……書いてて思った。まじチートやで。

では、投稿です。
本編をどうぞ。


観測者たちの宴Ⅶ

「この世界が呪われている、というのはどういう意味ですか?」

 

鳥籠に囚われたまま、雪菜が阿夜に聞く。 島が崩壊する音を、心地好さげに聞いていた阿夜は、雪菜を見て愉快に微笑んだ。

 

「不思議か……剣巫?」

 

十二単を揺らして、阿夜がゆっくりと鳥籠の方へと振り向く。

 

「ならば問おう。 汝は、今この世界が正しいと思うのか? 人が平然と魔術を行使し、吸血鬼や獣人が闊歩するこの世界……が」

 

唐突な阿夜の質問に、雪菜は微かに違和感を覚えた。

其れは、阿夜の存在を否定するような質問だ。

 

「……この世界を支配する原理(ルーツ)には、多くの謎が残されていますが、実際に魔術と魔族が存在する現実を曲げる事はできません。 そもそも、その謎を研究する為に、この魔族特区が存在するのではありませんか?」

 

「優等生だな、剣巫」

 

阿夜の口調には、微かに嘲るような響きがあった。

 

「ならば、お前は魔術や魔族が、存在する理由は疑った事はなかったのか? たった一人、いや、二人の吸血鬼に、巨大な都市を壊滅させる力が与えられている。――こんなアンバランスな姿が、世界の正しい在り方だと言い切れるのか?」

 

「それは……」

 

雪菜は思わず言葉に詰まる。

真祖、紅蓮の熾天使の脅威を理解した上で、誰もが抱く疑問である。 何故彼らが、其れほどまでに強大な力を与えられているのかと?

 

「我はずっと考えていた。 魔術も魔族も、本来は人の想像の中にしか存在しないものではないかと。 それらが存在しない世界こそが、在るべき正しい姿ではないかと」

 

「ですが、現実に異能の力は存在します。 例えそれが間違っているとしても……」

 

雪菜が、阿夜を睨んで言った。

だが、阿夜は唇の端を吊り上げて笑う。

 

「そうだ。 だから、この世界は呪われていると言っている」

 

「たしかにそうなのかもしれません。 でも、その世界で人類は生きて来たんです。 何千年も」

 

雪菜の言葉を聞いた阿夜が、不意に首を傾げた。

 

「何千年も……か。 本当にそうかな?」

 

「どういう意味ですか?」

 

「世界五分前の仮説という考え方を、知っているか?」

 

阿夜に聞かれて、雪菜は首を振った。

阿夜は、淡々と口にする。

 

「この世界が今の姿になったのは、ほんの五分前の出来事で、それ以前は存在していなかったという仮説だ。 人間も記憶も歴史も、過去の記録や建造物も。 全て五分前に何者かによって生み出された、と」

 

「……ただの仮説……証明できない思案実験ですね」

 

雪菜は溜息混じりに指摘した。

しかし阿夜は、その反論を待ちわびていたかのように愉しげに微笑んだ。

 

「たしかに仮説だ。 だが、証明する方法はある。 実際に我が、世界を好きなように造り出して見せれば、それが可能である事に疑いの余地はなくなるだろう?」

 

阿夜の言葉を理解して、雪菜の頬から血の気が引く。

 

「まさか、あなたは……その為に闇誓書を!?」

 

「そう……だ。 世界を我の望みのままに書き換える。 これはその為の実験だ」

 

異能を消す事が、阿夜の目的だったのではない。

阿夜は、世界を書き換えようとしているのだ。 自身が信じる正しい姿へと。

 

「どうして、絃神島でそんな実験を?」

 

「ここは魔族特区――魔術がなければ存在する事すらなかった人工の島。 いわば、狂った世界の象徴だ。 我の実験に、これ程相応しい舞台もあるまい?」

 

阿夜がつまらなそうに説明する。

何故当然の事を聞くのか、と言いたげな表情だ。

雪菜は怒りを覚えて、阿夜を睨みつけた。

 

「そんなことの為に、何十万もの人々を殺すんですか?」

 

「我ら魔女を忌まわしき存在として蔑み、好きに利用してきた……当然の報いだ」

 

阿夜が荒々しく叫んだ。

 

「汝もその目で見たのであろう、剣巫? 我が盟友()南宮那月に、奴らがどのような仕打ちを続けてきたかを――!」

 

「仙都木阿夜……あなたは……」

 

抑えきれない憎悪に呼吸を乱す阿夜。 其れを、雪菜は困惑の表情で見つめた。

監獄結界で戦闘した時、阿夜は那月を殺さなかった。 また、那月の記憶を奪いながらも、彼女を安全な場所へ逃がして、自身では追跡しようとはしなかった。 現在も、無力なサナの姿を捕らえて置きながら、復讐をすることなく放置している。

阿夜はもしかしたら、那月とは戦いたくなかったのかもしれない。 監獄結界に囚われた間も、たった一人で取り残された那月の身を案じていたのかもしれない。

阿夜にとって那月は、本当の友と呼べるべき存在だったのだ。

 

「闇誓書の起動には、魔族特区を流れる龍脈(レイライン)の霊力、星辰(せいしん)の力を借りる必要があった。 我が、五年もの間、監獄結界に雌伏(しふく)していたのは、星辰の配置を待つ為だ。 残り一晩――波朧院フェスタが終わる頃には、我の世界は消滅する」

 

呼吸を落ち着かせた阿夜が、平静な口調に戻って言った。

 

「もちろん、この島はその前に海に沈んでいるはずだ。 我の仮説の正しさを証明する為には、その程度の実験の成果は必要であろうよ」

 

くっ、と呻いて雪菜は雪霞狼を握り締めた。

しかし、鳥籠に囚われた雪菜に、阿夜を止める手段はない。

 

「その槍……七式突撃降魔機槍(シュネーヴァルッアー)は、魔力を無効化し、ありとあらゆる結界を斬り裂く破魔の槍――といわれていたな。 だが、それは真実なのか?」

 

槍を握り締める雪菜を見詰めて、阿夜が不意に口調を変えた。

雪菜は、阿夜の言葉の意味が解らず、刺々しい表情になる。

 

「……いったい、なんの話ですか?」

 

「魔力を無効化しているのではなく、本来あるべき世界の姿に戻しているのではないか? そうでなければ、真祖の能力すら無効化する威力に、説明がつかないと思ってな。――ならば、その槍を自在に操り、我の世界を拒んだ汝は何者であろうな。 お前は、本当にこの世界の人間か?」

 

「そんなくだらない憶測で、わたしを連れてきたんですか?――ですが、それに該当する人物は、わたし以外にもう一人います」

 

阿夜は、僅かに沈黙した。

 

「……――奴が闇誓書の力を無効化できるのには、汝とは違い、ちゃんとした理由がある」

 

雪菜は、阿夜の言葉に耳を傾けた。

もしかしたら、阿夜の言葉で、神代悠斗という人物が僅かに解ると思ったからだ。

 

「……紅蓮の熾天使は、眷獣の力による無効化だ。……剣巫。 汝は、天剣一族を知っているか?」

 

「知ってます。 それがなんなんですか?」

 

天剣一族。

神に仕え、伝説にして滅ぼされた一族。

其れが、神代悠斗となんの関係があるのか? 雪菜の疑問は深まるばかりだ。

 

「……天剣一族は純血の吸血鬼にして、神々の眷獣を宿すと言われている。 その眷獣も、真祖の眷獣に比べると、奇怪(イレギュラー)……ともな」

 

今までの情報を繋ぎ合わせた雪菜は、一つの結論に至った。

 

「ま、まさか、神代先輩。――いえ、紅蓮の熾天使は、一族の生き残りだというんですか!?」

 

「……我もそこまではわからん。 詳細が知りたければ、本人に聞く事だな。 だが、我の予想では――」

 

話し続けていた阿夜の言葉が途切れた。

驚いたように外を見る。

 

「……この魔力」

 

凄まじく濃密した魔力の波動が、校内の大気を揺るがしている。

阿夜が支配する世界の大気を。

 

「馬鹿な」

 

吐き捨てるように言いながら、阿夜が校庭へと転移した。

雪菜たちを捕らえた鳥籠も一緒だ。 学園の周囲を取り巻いているのは、銀色の霧だ。

濃霧に遮られて、外の景色は何も見えない。 いや、街そのものが霧に変じているのだ。 だが、見えない障壁に遮られて、霧は学校の敷地内には入ってこない。

阿夜が張り巡らせた結界が、霧の侵入を防いでいるのだ。

しかし、次の瞬間に、その結界が跡形もなく消滅する。

 

「――無色(むしょく)!」

 

そう。 悠斗の新たな眷獣、玄武に巻きついた蛇が、阿夜の貼った結界を無に帰したのだ。

その蛇が、雪菜たちを閉じ込めていた鳥籠を無に帰す。

 

「先……輩……!」

 

玄武の能力は、ありとあらゆる物を無効化し、無に帰す能力。 その証拠に、玄武の周りだけの霧が晴れている。 だが、考え方を変えれば、最凶の眷獣と言っても過言ではない。

悠斗は玄武の背から下り、阿夜に向かって歩き出す。 また、仕事を終えた玄武は、徐々に姿を消していった。

 

「……よもや、結界を無に帰し、我の世界に中枢(コア)にまで入って来るとはな。 土足で、自分の部屋を踏み荒らされた気分……だ」

 

憎々しげに、阿夜が悠斗を睨む。

だが、悠斗は嘆息した。

 

「だってよ、古城」

 

「ここはオレらの学校だぞ。 普通に考えて、侵入者はあんたの方だろ。 仙都木阿夜」

 

「……ぬ」

 

古城の言葉に、阿夜は微かに動揺を見せた。

那月たちと言葉を交わしてから、既に五年が経過してるのだ。

 

「雪菜! 大丈夫? 変なことされなかった?」

 

膝立ちでサナを庇っていた雪菜は、紗矢華に名前を呼ばれて顔を上げた。

古城たちと一緒に校庭に入って来た紗矢華が、傷ついた優麻に肩をかしている。

だが、そんな紗矢華たちだが、衣服が乱れていた。 雪菜は此れを見て、大凡の事情は把握したのだった。

 

「紗矢華さん……シャツのボタン、掛け違ってます……」

 

「へ!?」

 

頬を赤らめながら、紗矢華が慌てて胸元を隠す。 そんな紗矢華に、雪菜はサナを預けて、彼女たちを庇うように身構えた。

闇誓書によって奪われた紗矢華の力は、まだ戻っていない。 優麻が負傷で動けない今、阿夜に対抗できるのは、雪菜と古城、悠斗だけである。

 

「優麻……か」

 

阿夜が忌々しげにその名を口にする。

 

「そうか。 我の複製品である人形の血を吸ったか。 そうやって魔族の力を取り戻したのだな、第四真祖」

 

「ああ、お陰であんたをぶっ飛ばせるぜ」

 

阿夜を冷たく眺めて、古城が言う。

古城が無造作に足を踏み出し、阿夜との距離を詰めていく。 古城の体を包むように放たれているのは、雷光と、そして暴風だ。

 

「いい加減、本気で頭にきてんだ。 あんたが優麻の母親だろうが、監獄結界からの脱獄囚だろうが関係ねェ。 あんたの目的も知ったことか! あんたは、オレの大事な友達(ダチ)を大勢傷つけた! ここから先は、第四真祖(オレ)戦争(ケンカ)だ!」

 

「――いいえ、先輩。 わたしたちの反撃(ケンカ)です」

 

古城の隣に立ったのは、雪菜だった。

悠斗もその後を追いながら、口を開く。

 

「おいおい、古城たちで盛り上がるなよ。 俺も仙都木阿夜にはイラついてるんだ。――――大切な人との時間を潰されたんだぞ」

 

悠斗は陽気に言うが、その中には、怒りの声も入り混じっていた。

また、阿夜限定に、殺気も送っている。

阿夜は、悠斗の殺気から逃れるように、数メートル後退した。

雪菜が雪霞狼を構えながら、口を開く。

 

「自分たちが魔女だから、この世界の人々に蔑まれ、利用されてきたとあなたは言った。 だったら、あなたが優麻さんに対してした事はなんですか!?」

 

雪菜が哀しげに阿夜を睨んでいた。

 

「あなたが呪われているのは、あなたが魔女だからではありません。 自身が魔女である事を理由に、他人を傷つけても許されると言い訳する限り、誰もあなたを受け入れてはくれない。 今すぐ、闇誓書を解除して、降伏してください」

 

「……たかが数十年しか生きていない餓鬼どもが、知った風な口を利いてくれる」

 

阿夜が苦々しげに目を眇めた。

 

「だが、よもや忘れておるまいな。 ここはまだ我の世界ぞ!」

 

阿夜の指先が、虚空に文字を書き出した。

その輝きが、虚空から次々に人の形を呼び出していく。 其れは、監獄結界からの脱獄囚である。

龍殺しのブルード・ダンブルグラフ。 シュトラ・D。 ジリオラ・ギラルティとキリガ・キリカ。 赤と黒の二人組、メイヤー姉妹。

 

「記憶を元に、魔導犯罪者たちを新たに創り出した……!?」

 

雪菜が愕然と呟いた。

阿夜が創り出したのは、記憶の中にある魔導犯罪者たちの模倣品なのだろう。

望みのままに世界を書き換える闇誓書は、人間すら自在に創り出すのだ。 仙都木阿夜の人形として。

しかし彼らは、魂を持たない幻影に過ぎない。 例え本体と同じ能力を備えていたとしても、脅威度では格段に劣る。 また、幻影と解っていれば、手加減の必要はない。

悠斗は溜息を吐いた。

 

「仙都木阿夜。 俺を誰だと思ってる? 最災を超える吸血鬼だぞ。……手加減はしねぇからな」

 

悠斗は左手を突き出した。

 

「――降臨せよ、青龍!」

 

虚空から、凶悪な牙を持つ、天を統べる龍が降臨した。

また、悠斗の体からも、青白い稲妻が迸っている。

 

「――雷球(らいほう)!」

 

青龍が凶悪な口から、凄まじい質量の雷球を放った。

この雷球が、龍殺しの剣も、念動力の見えない斬撃も、旧き世代の眷獣炎精霊(イフリート)も蹴散らし消滅させていく。

だが、悠斗はこの時、違う意味で顔を強張らせていた。 この雷球が彩海学園に当たれば、塵も残らず綺麗に消滅してしまう。 魔術で復旧させるのも不可能である。

そう思われた瞬間、虚空に出現した光り輝く文字の羅列が、雷球を遮断した。

悠斗は、攻撃を止められた事に安堵していた。 また、彩海学園の賠償金とか、洒落にならん。とも思っていた。

この一瞬の隙に、雪菜が駆けた。

 

「――雪霞狼!」

 

阿夜を取り巻く文字の障壁目掛けて、雪霞狼が一閃。

此れにより、阿夜を守る魔法障壁は消滅するが、阿夜が新たな文字を描く。 その瞬間、雪菜の眼前に出現したのは、硝子のように透き通った透明な壁だった。

 

「水晶の壁!?」

 

雪霞狼の穂先を弾かれて、雪菜が呻いた。

魔術を無効化する彼女の槍も、単なる壁が相手では無力である。 この世界の創造主である阿夜は、自在に物質も召喚が可能なのだ。

 

「退がれ、姫柊――!」

 

猛々しく牙を剥いて、古城が叫ぶ。

 

疾く在れ(きやがれ)双角の深緋(アルナスル・ミニウム)――!」

 

ただの壁なら、真祖の眷獣の敵ではない

強烈な振動が、水晶の壁を破壊する。

 

「物理攻撃は真祖が……魔法障壁は剣巫の槍が砕く……か。 世界に拒絶された異端どもの連係がこれ程厄介とはな。 ならば……」

 

阿夜が愉快に笑いながら、袖口に手を入れ、一冊の魔導書を取り出した。

 

「しまっ――!」

 

虚空から出現した黒い触手が、雪菜を搦め捕った。

 

「悪いが、汝の記憶、奪わせてもらうぞ、剣巫! (ル・オンブル)!」

 

阿夜が、自らの守護者を呼び出した。 漆黒の鎧を纏う顔のない騎士だ。

黒騎士が剣を引き抜いて、身動きがとれない雪菜へと振り下ろす。

 

「姫柊!」

 

古城が雪菜の方へ走り出す。 強力すぎる古城の眷獣では、雪菜を傷つけず救う事が出来ない。

明らかに、古城の足より、黒騎士の剣の方が早い。

だが、二本の何かが、黒騎士の剣を弾き、黒い触手を斬り裂いた。 古城は其れを見たことがあった。 そう、阿夜の左側に立っていた悠斗が、刀を投げたのだ。

自由になった雪菜は、バックステップで後退した。

 

「那月ちゃん。 上手くいったぞ」

 

「教師をちゃんづけで呼ぶな。 今は昔の呼び方で構わん」

 

舌足らずな可愛らしい声が、阿夜の背後から聞こえてくる。 其れは、黄金の騎士を従えて立っている豪華なドレスを纏った那月だ。

悠斗は頬を掻きながら、

 

「悪かったって、那月」

 

那月は、楽しそうに微笑んだ。

 

「さて、那月。 共闘の続きと行きましょうか」

 

「ふん。 足を引っ張るなよ」

 

「了解っと」

 

場違いだと承知してるが、古城、紗矢華は口をポカンと開けていた。

まあ、雪菜は事前にこの事を知っていたので、特に変わった様子はないが。

 

「那月!? 汝、記憶が――」

 

「そうだとも。 ようやく、その本を持ち出してくれたな。 待ちわびたぞ、阿夜。――返してもらうぞ、私の時間を」

 

那月が無造作に指を鳴らす。 虚空から打ち出された無数の鎖が、阿夜の腕に巻き付いて魔導書を奪い取った。

 

「……那月ちゃん、魔力が戻ってたのか?」

 

那月を眺めて、古城が聞く。

 

「一瞬だけ魔術が使える程度の、僅かなストックだがな。 どこぞの真祖が、風呂場で鼻血をだだ洩らしてくれたおかげだ。 藍羽に感謝しなければな」

 

「幼児化した間の記憶も残ってんのかよ!?」

 

古城は頭を抱えた。

また、復活した那月と、那月の隣に立った悠斗を見て、阿夜は茫然と立ち尽くしたまま見つめていた。

那月は記憶を復旧させ、記憶を取り戻していた。

だが、今の那月の魔力では、阿夜に対抗する事など叶わない。 なので、那月は無力な幼児の振りをして、阿夜を欺き続けていた。

阿夜を油断させ、奪われた時間を取り戻すチャンスを待っていたのだ。

 

「あくまでも我の敵に回るか、那月!?」

 

怨嗟(えんさ)に満ちた声で、阿夜が吼えた。 撒き散らされる殺気と共に、虚空に無数の文字が描かれる。 出現したのは魔導犯罪者たちの幻影だ。 そして、煮え滾る熔岩。 巨大な氷塊。 地面より突き出す無数の針。 それら全てが那月目掛けて襲ってくる。

 

「――降臨せよ、玄武!」

 

悠斗は、那月を守るように玄武を召喚させた。

玄武は、阿夜が創り出した物全てを無にしていく。

阿夜は危険と感じ、文字障壁を展開するが、その障壁も最初から無かったように消滅した。

そして、阿夜の懐に飛び込んだのは、雪菜だ。

 

「――鳴雷!」

 

雪菜の左足が撥ね上がり、阿夜の顎先を捉えた。

ほんの一瞬だが、阿夜の意識が飛ぶ。 此れにより、従えてた守護者との接続が途切れる。 その瞬間を逃さず、那月が虚空より無数の鎖を放った。

 

「悲嘆の氷獄より出で、奈落の螺旋を守護せし無貌の騎士よ――」

 

黒騎士の全身を、銀色の鎖が締め上げる。

 

「我の名は空隙、永劫の炎を持もって背約の呪いを焼き払う者なり。 汝、黒き血の(くびき)を裂き、在るべき場所へ還れ。 御魂をめぐみたる蒼き処女(おとめ)に剣を捧げよ!」

 

鎖を介して彼女に魔力が流れ込み、黒騎士の全身を電撃のように襲った。 守護者の全身を覆う漆黒の鎧がひび割れて、その下に新たな鎧が現れる。

蒼き鎧が――。

守護者にかけられた呪いは解かれた。 那月にできるのはここまでだ。

後は、阿夜の支配を断ち切る意思だ。 優麻自身の生きる意志――。

 

「優麻!」

 

古城が吼える。

其れに応えるように――。

 

「――(ル・ブルー)!」

 

朦朧とした意識の中で、優麻が叫んだ。 引き千切られた霊力経路が復活し、優麻と守護者の接続が回復した。

優麻が魔女としての力を取り戻す。 即ち、阿夜が守護者を失う事を意味するのだ。

 

「我が生み出した人形が……我の支配に逆らうか……!」

 

血の混じる息を吐きながら、阿夜が自嘲めいた呟きを洩らす。

 

「潮時だ、阿夜。……監獄結界に戻れ。 お前が見た夢は、もう終わった」

 

片膝を突く阿夜を見下ろして、那月が静かに言う。

 

「だが、第四真祖よ。 島を支えるほどの眷獣を呼び出しながら、他の眷獣を操るのは苦しかろう。 あとどれだけ暴走させずに制御できる? それまで耐えれば我の勝ち。 結果は同じだ」

 

悠斗は鼻で笑った。

 

「お前、俺のこと舐め過ぎだろ」

 

「……紅蓮の熾天使、どうする気だ?」

 

阿夜は、苦々しげに言う。

 

「こうするんだよ。――無月(むげつ)!」

 

玄武が咆哮し、絃神島全体に其れが響く。

 

「ま、まさか!?」

 

「ああ、そうだ。 島にかかってた呪いを無にした(・・・・・・・・・・・・・・・)。 最初から無かったようにしたんだよ。 闇誓書の力をな」

 

玄武は、全てを無に帰す力を持った眷獣である。 島一つの異能を消し去る事など造作もない。

絃神島から闇誓書の力が消滅した時点で、阿夜の敗北が決定した。

だが阿夜は、火眼を細めて笑う。 此れまでの彼女にはない、何処か陰惨な表情だ。

阿夜の身に起きた異変に気づいて、那月が怯えたように小さく体を震わせた。

 

「よせ! やめろ! 阿夜!」

 

悲鳴のような声で、那月が叫ぶ。

その直後、阿夜の全身が炎に包まれた。 物理的な炎ではない。 まるで、地獄の底から噴き出しているような、不吉な闇色の業火だ。

阿夜の体は、完全に炎に包まれて外から見る事は出来ない。 だが、阿夜の瞳だけが闇の中で爛々と輝いている。

洩れ出す阿夜の魔力は強力で、真祖の眷獣に匹敵するほどだ。

 

「な、なんだ……これ!?」

 

堕魂(ロスト)だわ……」

 

冷静に先の戦闘を傍観していた紗矢華が、真っ先に正体を看破して叫んだ。

 

「……なるほど。 此れが魔女の最終形態か。 自らの魂を悪魔に喰わせて、肉体を本物の悪魔と化す。っていう」

 

悠斗が、悪魔に堕ちそうな阿夜を見ながら呟く。

 

「……こうなったら誰にも止められない。 阿夜は、もう……」

 

那月が絶望に満ちた表情で唇を噛む。

同じ魔女であるだけに、堕魂(ロスト)の恐怖を誰よりも理解してるのだ。

だが、傷ついた優麻の為にも、阿夜を見捨てる事は出来ない。 ようやく会えた母親を、娘の前で破滅させる訳にはいかないのだ。

きっと古城たちも、悠斗と同じ事を考えているだろう。

 

「雪霞狼は、魔力を無効化するのではなく、世界を本来の在るべき姿に戻しているのだと、仙都木阿夜は言っていました。 だから――」

 

「わかった。 こっちもそろそろ限界だ」

 

「はい。 一気に行きます!」

 

雪菜が、雪霞狼を構えて走り出す。

阿夜だった存在が、炎に包まれた指先で文字を描いた。 其れが創り出したのは、得体の知れない不定形な怪物たちだ。

それらが、雪菜の行く手を阻むように殺到する。

 

疾く在れ(きやがれ)獅子の黄金(レグルス・アウルム)――!」

 

その不定形の怪物を蹴散らしたのは、雷光を纏った黄金の獅子だ。

凄まじい魔力を帯びた雷が、怪物たちを焼き尽くし、雪菜の進路を確保する。

 

「――獅子の神子たる高神の剣巫が願い奉る」

 

雪霞狼を掲げて雪菜が舞う。

また祝詞と共に、雪霞狼が白い輝きを包んだ。

 

「破魔の曙光、雪霞の神狼、鋼の神威ををもちて、我に悪神百鬼を討たせ給え!」

 

雪霞狼が一閃し、阿夜を包んでいた黒い炎を断ち切るが、再生したように黒い炎が阿夜を再び包み込もうとする。

雪霞狼に、阿夜の契約悪魔が対抗しているのだ。 此れを払える人物は、この場には一人しかいない。

悠斗は、愕然としてる那月の頭に優しく手を置き、左手を突き出す。

 

「那月。 俺が何とかしてやる」

 

悠斗は言葉を紡ぐ。

 

「――紅蓮を纏いし不死鳥よ。 我の翼と成る為、今此処に降臨せよ。――朱雀!」

 

召喚された朱雀は空を舞い、悠斗と融合した。

悠斗の背からは、四対八枚の紅蓮の翼が出現し、悠斗に朱が入り混じる。

 

「――飛焔(ひえん)!」

 

悠斗の左掌から放たれた浄化の焔が、阿夜を纏う黒い炎を完全に消滅させた。

気を失った阿夜が前のめりに倒れてくるが、虚空に放たれた鎖が阿夜に巻きつき、阿夜は地面に衝突する寸前で停止した。

また、銀色の霧が晴れていき、絃神島の全貌と、島を取り巻いていた青い海が見えてくる。

水平線から射し込む眩い光を浴びて、悠斗は目を細めた。

傷つき、疲労した彼らを照らしていたのは、朝の陽射しだ。

いつの間にか、夜が明けていたのだった。




悠斗君は、天剣一族の生き残りなのか!?
ええ、これは追々書けたらなと思います。全てを無に返す玄武、まじでチートだ。
てか、玄武の力があれば、絃神島が一瞬で消滅かも。

まだ悠斗君の封印は、3分の2しか解けてませんから。全封印が解けたらどうなるんだろ、世界の消滅的な(笑)
そして、まさかまさかの、雪霞狼が悪魔と拮抗した。うん、ご都合主義やね。

ではでは、感想、評価、よろしくお願いします!!

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