今回の話で、悠斗君と那月ちゃんの過去?を少しだけ書きました。
では、投稿です。
本編をどうぞ。
島が軋む。 鋼鉄同士が擦れあう不快な音が、遠い雷鳴のように絶え間なく響いて、不規則な振動で波打つように大地が震える。
無数のビル群と何層にも及ぶ地下街が、島のあちこちに点在してる。 其れを支えているのは、全層で造られた
不安定な絃神島を支えているのは、魔術だ。 ビルの建造物、使われている鋼鉄も、セメントも、プラスチックも全て魔術建材。
これらの魔術が一斉に消滅したら、想像するのは安易であろう。
「痛ェな……」
起き上がりかけて、腹部から伝わってくる凄まじい激痛に古城は息を呑む。
「暁古城! 目が覚めたの!?」
苦悶する古城に気づいて、紗矢華が叫ぶ。
仰向けの古城に跨って、平手で頬を叩き続けたのは紗矢華だった。
彼女の瞳からは、大粒の雫が零れ落ちていた。
「……煌……坂……ここは……?」
掠れた声で古城が聞いた。
この時、壁に体重を預け、両腕を組んでいた悠斗が答える。
「フェアリーターミナルの医療室だ。 流石、元第四真祖だな。 生命力がハンパない」
フェアリーの乗り場は、ヴァトラーの船が停泊していた大浅橋の鼻先だ。
「俺だけで乗り込んでもいいが、其れだと、古城の気が収まらないよな」
この時、紗矢華が顔を上げる。
「そ、そう。 何であなたは魔力が行使できるの?」
仙都木阿夜の闇誓書によって、魔族特区内の異能は全て失われた。
その結果、古城は吸血鬼としての力を奪われたが、悠斗は奪われていなかった。
なので、紗矢華の質問は尤もだった。
「そうだな。 俺の眷獣の中に、全ての異能を打ち消す奴がいる。とでも言っておこうか」
おそらく、あの事件の詳細を知っているのは、悠斗だけだろう。 関わった人々の記憶は、最初からなかったように消失してしまったのだから。
「……あんたって、ホントにチート吸血鬼ね」
その時、紗矢華が何かを思い出したように、古城に向かって怒鳴る。
「――血! 吸いなさいよ、ほら! あなた、前にも死にかけた時、雪菜と王女にそうやって助けてもらったんでしょう!?」
制服のリボンと、シャツの第一ボタンを外して、紗矢華が言った。
これを見た悠斗は、嘆息しながら医務室の扉を開け外に出た。
医務室の中からは、恥ずかしく、怒ったような声が聞こえてくる。
だが、今の古城は死にかけてるので、吸血衝動を起こすのは可能か?と思いながら、悠斗は空を見上げていた。
その間も、絃神島の崩壊は止まる気配はない。
悠斗が前を見ていたら、ほっそりとした白衣の人影が見えてきた。
端整な顔だちに、引き締まった体つき、髪型は毛先の跳ねたショートボブ。 全身のあちこちに包帯を巻いて辛そうだ。 だが、快発そうな雰囲気健在だった。
そう、MARで治療を受けていたはずの優麻だった。
おそらく、古城を救う為にこの場に現れたのだろう。
「……なるほどな。 仙都木阿夜の魔力が消失してないという事は、分身である優麻の魔力も健在って事か。 でもなあ、お前、無理しすぎだぞ」
優麻は力なく笑う。
「今は一刻を争うんだよ。 これ位当然だよ」
患者服の腹部が徐々に赤くなり、出血してるのが目に見えて解った。
額からは、薄く汗が浮かんでいる。
「まったく、俺からは何も言わん。 早く古城に血を吸わせてこい」
「ふふ、わかったよ」
優麻は、重い体で医務室の扉を開け放った。
その時、紗矢華の羞恥に似た悲鳴が聞こえてきたが、悠斗は聞かない振りをしてから嘆息したのだった。
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夕陽に照らされた建物中を、雪菜は歩いていた。
見慣れた海彩学園の校舎、雪菜が身に纏っているのは中等部の制服だ。 校舎の中には人影は見当たらないが、だだ一ヵ所――黄昏に染まった教室床に、三人分の影が落ちている。
誰も居ない教室で睨み合っていたのは、小柄な制服姿の女子生徒、見覚えがある少年、モノクロームの十二単を着た若い女性だった。
「――我と来い、
阿夜が、那月に告げる。
彼女の眼球は、まだ燃えるような真紅に染まっていない。 其の所為か、今の彼女からは、仙都木優麻を共通した、快活で人懐こい雰囲気が感じられた。
「
「その為の闇誓書か」
制服姿の那月が聞き返す。――仙都木阿夜の申し出を拒絶するような光が、彼女の瞳に浮かんでいた。
「なぜ、ためらう? この島の者たちに情でも沸いたのか?」
阿夜が悲嘆するように声を荒げる。
「忘れるな、公社が
「……心配してくれるのか。 優しいな、仙都木阿夜」
阿夜の視線が、少年に向けられる。
「……話に聞いてはいたが、こんな少年が、紅蓮の熾天使だとは……な。 何故
「とある事情で、この島の外に出た事があるんだよ、阿夜。 その時知り合ったのさ」
また、悠斗に繊細な魔力の扱い方を教授したのは、那月だったのだ。
そして、悠斗の視線が那月に向けられた。
「
「心配するな。 もし、私が眠りについても、いつでも会える」
不安そうな悠斗を見て、那月は微笑むだけだ。
その時、阿夜が十二単の袖口から本を取り出す。
犯罪組織LCOの
「わたしの記憶を奪うか、阿夜?」
闇誓書と呼ばれる魔導書は、既に失われている。 那月が数日前に焼き捨てたのだ。
その結果、仙都木阿夜が引き起こした、闇導書事件は収拾を迎え、彼女の実験は失敗した。
だが、闇誓書の知識は、那月の脳内に残されている。 その知識があれば、闇誓書を復活させる事が可能だ。 例え、那月が協力を拒んでも、彼女の記憶を奪えばいいだけだ。
「
「ふん……それもいいかもな」
那月が寂しげに微笑んだ。
空隙の魔女、南宮那月が、仙都木阿夜を敵対したのは、彩海学園の同級生を護る為だった。 人工島管理公社に雇われた攻魔師としてでも、魔女としてでもなく、友情という不確かな物のの為に、彼女は、犯罪者組織の長を敵に回したのだ。
「いっそ、この学園の教師になって新しい生徒の成長でも見守るか……」
那月の視線が、悠斗に向けられる。
「
「あ、ああ」
この時那月は、思案顔をした。
「悠斗、気が向いたらこの島に来るがいい。 お前に学生生活を送らせてやる」
那月はこう言っているのだ。
私は、この学園の教師になって生徒の成長を見守る事に決めた。 また、教師の権限を使用し、悠斗を生徒として転入させてやると。
何処か清々しげな那月の表情を、阿夜は憤怒の眼差しで睨みつけた。
「愚かな」
阿夜の眼球が火の色に染まる。 彼女の背後に、漆黒の騎士が出現する。
那月の背後にも、金色に輝く騎士が浮かび上がる。
那月の隣に立つ悠斗も、この場で最適とされる眷獣を召喚する。 この戦闘の結末は、見るまでもなく解っていた。
この戦闘に那月と悠斗が勝利し、それから5年間、仙都木阿夜を監獄結界に収監したのだ。
また、この事件が、悠斗と那月の最後の共闘になったのだ。
「これは、サナちゃんの……南宮先生の夢、ですか?」
三人の戦闘に割り込んで、教室に足を踏み入れた雪菜が聞く。
その瞬間、睨み合っていた三人が幻のように消滅した。 後は、夕暮れの教室だけ。
「いいや。
嘲るように告げる、仙都木阿夜の声が聞こえたのは、雪菜の気のせいか。
たった一人の教室の中央に立って、雪菜は溜息を吐く。
完璧に再現されてるせいで信じがたいが、この校舎は、仙都木阿夜が創った空間であるのだ。
しかもこの世界では、夢と現実の境界が曖昧になっているのだ。
脱出したくても、雪菜の手の中に雪霞狼はない。
「姫柊!」
立ち尽くしていた雪菜の耳に、懐かしい声が聞こえてくる。
振り返ると、制服の上にパーカーを羽織った男子生徒が、慌てて教室に駆け込んで来るところだった。
「無事なの、雪菜?」
遅れて入った少女が、雪菜にもの凄い勢いで抱きつく。
「先輩? 紗矢華さんも? 怪我は平気だったんですか?」
「ああ、もう大丈夫だ。 見るか?」
いきなり制服の上着を捲り上げようとする古城。
それを見た紗矢華が、古城の後頭部をどついた。
「痛ェな! 軽い冗談だろううが!」
「あんたがそう言うと、冗談に聞こえないのよ、変態! 私の雪菜が汚れるから近づかないで!」
紗矢華は、雪菜に強く抱きしめる。
また、この空間に居ると、仙都木阿夜の存在も、闇誓書事件も、如何でもいいと思えるようになる。
「こんなバカのことは放っておいて、部活行こ、雪菜」
「部活、ですか……。 いや、私は、先輩の監視が……」
紗矢華に腕を引かれながら、雪菜は困惑して首を振った。
古城は、不思議そうに首を傾げる。
「監視ってなんだ? 練習でも見に来てくれるのか?」
「え?」
古城が担いでるスポーツバックに気づいて、雪菜は眉を寄せる。
「先輩……バスケをまた始めたんですか?」
「またってなんだ? 弱小だけど、彩海のバスケ部、潰れてないぜ」
「でも、魔族の力は?」
「マゾ……」
なんだそれ、と顔を顰める古城。
紗矢華は、ここぞとばかり微笑んだ。
「あなたって、そういう性癖だったの? さすが変態」
ダルそうに教室に入って来た悠斗が、紗矢華の言葉に便乗する。
「煌坂、変態古城だぞ。 またドジ踏んで、女子更衣室に入りやがれ。 骨は拾ってやるから」
「違うわ!……まあ、事故で女子更衣室に入っちゃった事もあるけどさ。 で、でも、あの時悠斗が止めてれば、入る事はなかったんだぞ」
「まあ、古城が殺れる所が見たくてな」
「って、おい! 確信犯かよ!」
悠斗は、明後日の方向を見るだけだ。
「ほら、こんな変態と話していたら、マゾが伝染るわ。 早く弓道場に行こ」
「伝染るか!」
彩海学園の制服を着た、古城と紗矢華、悠斗が仲良くいがみ合っている。
なるほど、と雪菜は息を吐く。
「姫柊?」
表情を消した雪菜を、古城が心配そうに見つめてくる。
しかし、雪菜の瞳は、彼を映していなかった。
「そういうことですか。 これが私の夢、なんですね……。 有り得たかもしれない、もう一つの世界……」
でも、と哀しげに微笑んで、雪菜は右手を握った。
存在しないはずの槍の感触が、指先に伝わってくる。 獅子王機関の秘奥兵器、
「――雪霞狼!」
雪菜が槍の名を呼び、その声に応じるように穂先が眩い輝きを放った。
破魔の槍が幻影を斬り裂き、薄闇に包まれた深夜の教室が現れる。 古城と紗矢華、悠斗は消えていた。
雪菜が着ていたのは、制服ではなくナース服。 また、雪菜とサナは、鳥籠のような形の檻に囚われている。
どうやらサナは眠ってるらしい。 絃神島から魔力が消失したことで、彼女を動かしていた仮想人格が消滅したのだ。
「お前が望むなら、今の夢を現実に変えることも出来たんだぞ」
雪菜の背後から聞こえてきたのは、仙都木阿夜の声だった。
「それが、闇誓書の能力なんですね。 自分が望むように、自由に世界を創り変える。 あなたはその力で、絃神島から自身以外の全ての異能の力を消した。――例外も居たようですが」
「そう……だ」
阿夜が、迷いなく首肯した。
「何のために、そんなこと?」
「呪われているのは我ら魔女ではなく、この世界の方だと証明する、――その為に」
「証明?」
雪菜は困惑しながら聞き返す。 仙都木阿夜の真意が理解出来なかった。 異能の力を消失させ、絃神島を崩壊させる。 其れが、何を証明するということだろう。
「これは実験……なのだ。 お前と紅蓮の熾天使は実験の立会人だ。 紅蓮の熾天使も間もなく到着するだろう。――観測者なのだよ、お前たちは」
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医務室の騒動が終わり、古城が扉を開け、悠斗の隣にまで歩み寄った。
また、優麻は限界が来て、その場で倒れてしまったらしい。 それを今、紗矢華が応急処置してる、ということだ。
「で、古城。 封印は解けたのか?」
古城は強く頷いてから、
「優麻と煌坂のお陰でな」
「そうか。――反撃開始だな」
「ああ。――
古城が重々しく声を上げた。
その呼びかけに応じるように、古城を包む霧が濃度を増していく。 傷を負った古城の肉体が、霧へと姿を変えているのだ。
「
やがて、霧は建物を覆い尽くし、人の体も建物も、大気も全てが銀色の混沌に塗りつぶされていく。
銀色の濃霧の中に浮かび上がったのは、巨大な眷獣の影だった。
眷獣の全身を包む灰色の甲殻。 禍々しくも分厚いその甲殻は、動く要塞と呼ぶに相応しい。
しかし、その甲殻の隙間から覗くのは、銀色の濃密な霧だけだった。 亡霊のような、霧の肉体を持つ甲殻獣。
悠斗は、さて、と言ってから左手を突き出した。
「我を守りし四神よ。 汝の力を解き放つ。 全てを無に変えせし神獣よ。 降臨せよ――玄武!」
悠斗の隣に降臨したのは、亀の姿をした神々の眷獣だ。
その亀の甲羅には、蛇が巻きついている。――また、周囲の消失していた魔力が力を取り戻していた。 全ての異能を打ち消す、玄武の力の一端である。
古城は霧に、悠斗は玄武の背に乗り、決戦の場である彩海学園を目指した――。
那月ちゃんと悠斗君は、幼いころに会ってたんですね。
魔術の繊細なコントロールは、那月ちゃん譲りなんです(`・ω・´)
また、この時の記憶は、まだ悠斗君は思い出してません。
ご都合主義発動です。
さて、四神全員の封印が解けましたね。まだ、長たちは解けてませんが。
てか、悠斗君。異能が全て無効化出来るとか……。それに、第四真祖の眷獣も使役出来ちゃうんですよねΣΣ(゚Д゚;)
ではでは、感想、評価、よろしくです!!