ストライク・ザ・ブラッド ~紅蓮の熾天使~   作:舞翼

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この章も中盤?まできましたね。
では、投稿です。
本編をどうぞ。



観測者たちの宴Ⅲ

悠斗は凪沙を抱きかかえ、隣の部屋に戻ると、テーブルの上には焼き立てのピザが、香ばしいチーズの匂いを漂わせていた。

このピザは、深森が殆んど主食にしてる冷凍ピザらしい。

悠斗は、空いているソファーの上に凪沙を優しく横たえ、近場にあったタオルケットを凪沙の上にかけた。

 

「……何やってんだ、古城。 この緊急時にピザか」

 

悠斗は、怪訝そうに古城を見た。

 

「い、いや、違ぇーんだよ。 優麻がオレの体を使ってる間、何も食ってなかったって知らなかったんだ! だ、だからこうして、ピザをなぁ……」

 

古城は、精一杯の言い訳を試みた。

優麻と肉体が入れ換わっていた半日ほど、優麻は、一切食事を摂っていなかったらしい。

その間、優麻は何度も大規模な魔術を行使し、雪菜と悠斗と激しい戦闘を繰り広げた。 その段階で、古城の体は相当の空腹だった。ということらしい。

補足として、雪菜と紗矢華から、空腹で倒れた事も耳に入れたのだった。

 

「状況は理解した。 だが、倒れるとはな」

 

「そ、それは、姫柊と煌坂にも謝罪したぞ、うん」

 

「まあ、眷獣を行使するにも体力は使うし、『腹が減っては戦が出来ない』っていう名言もあるしな」

 

「だ、だろ」

 

そう言いながら、古城は出来たてのピザを口に運んだ。

此れを見ていた悠斗は、小さく溜息を零し、雪菜に目を向ける。

 

「で、何で姫柊はナース姿なんだ?」

 

そう。 今、雪菜が着ているのは、看護師風のナース服だった。 ナースキャップもしっかり被っている。

 

「そ、それは、おばさま……いえ、深森さんが、研究室に入るならこれに着替えろと……」

 

恥ずかしそうに俯きながら、雪菜が小声で呟いた。

まあ確かに、雪菜が着ていた青いエプロンドレスは、度重なる戦闘でボロボロになっていた為、衛生面を考えて、着替えるのは妥当と言える。

 

「へ、変ですか、やっぱり?」

 

「いいんじゃね。 深森さんの、着せ替え人形用の衣装だと思うけど」

 

「そ、そうなんですか!?」

 

「ま、あの人の性格等を考えるとな」

 

深森は、『この子には、これが似合うわ』と思いながら選んだのだろう。

 

「それで、優麻の容態は?」

 

ピザを食べながら、古城が雪菜に聞く。

 

「傷の手当ては終わっています。 今すぐ命に関わるような事ではないはずです」

 

悠斗が、雪菜の言葉を引き継ぐ。

 

「だが、ここの設備では、命を取り留める事が限界らしいな。 完全に救うには、強力な魔女しかいない」

 

「那月ちゃん……か」

 

古城が重々しい口調でいう。

仙都木阿夜と同等な魔女。 また、優麻の治療に協力してくれる魔女は彼女しかいない。

 

「だけど、肝心の南宮那月が行方不明なんでしょ? それどころか、魔力を失って、脱獄囚たちに狙われてるのよね?」

 

あの場に居なかった紗矢華にも、大体の説明はしてある。

那月は今、魔力と記憶が無くなった状態にある。 優麻を救うには、那月を保護して回復させる必要がある。

 

「捜すかないだろ。 脱獄囚より、那月ちゃんを見つけ出さないと……」

 

「そうですね。 南宮先生の魔力が回復すれば、監獄結界の機能を復活させる事も出来るはずですし」

 

「いや、大体の居場所は解ってるぞ。 俺の眷獣の中に、魔力と気配を追える奴がいるからな」

 

古城たちは、悠斗の言葉に驚愕した。

また、こうも思っていた。『紅蓮の織天使の眷獣は、やっぱり規格外な奴らだな』とも。

 

「何で、今まで使わなかったんだ?」

 

「……あの状況で使えるわけないだろ」

 

あの時、悠斗は深手を負い、魔力も枯渇寸前だったのだ。

眷獣の使役は、無理があった。 また、コイツは、封印(・・)されていた眷獣なのだ。

 

「まあいいや。 那月ちゃんは、浅葱と行動を共にしてる。 一人になってる危険はないが、脱獄囚より早く浅葱を見つけ出さないと。――それに、俺の恩師は殺させやしない」

 

最後の言葉に、古城たちは気圧された。

悠斗にとって那月は、恩人と言ってもいい人なのだ。 なので、危険が伴おうとも、護り抜くと決めている。

 

「そ、そうか。 それで、何処にいるんだ?」

 

「クアドラビル付近だ。 那月ちゃんと浅葱は其処にいる」

 

――その時。 テレビ画面にパレードの見物客に混じって、華やかな髪形の女子高生が映った。 彼女の腕に抱かれているのは、四、五歳ほどの幼女だ。

 

「あ、浅葱?」

 

古城が声を上げた。

 

「……古城、これを脱獄囚たちが見てたらヤバイぞ」

 

那月を追っている脱獄囚がこの映像を見たら、すぐさまこの場所へ急行することだろう。――那月を殺しに。

最悪だ、と古城は頭を抱え携帯電話に手を伸ばし、悠斗は隣の部屋に行き、ある奴に連絡を取る。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

悠斗がスマホで、その人物に連絡を取り、三コール目で通話が繋がった。

また、極秘回線なので、浅葱に知られる事はない。

 

「もしもし、モグワイ(・・・・)か?」

 

『お、紅蓮の坊ちゃんか? この回線を使うって事は、何かあんのか? ケケッ』

 

「そうだ。 お前は知ってると思うが、監獄結界が開かれたんだ。 それで今、浅葱と少女(那月ちゃん)がテレビに映った。 お前なら、もう解るよな」

 

『譲ちゃんが狙われるって事か?』

 

「その可能性が高い。 今すぐ安全な場所へ逃げるんだ。 俺たちもすぐに向かう」

 

『なるほどなぁ。――おっと、見つかったぜ』

 

「絶対に逃がすんだ。 いいな!?」

 

『任せな。 ケケッ』

 

悠斗は、部屋から飛び出し扉に向かった。

 

「古城、悪い。 俺は先に行く! 後で合流だ!」

 

悠斗は、古城の返答を聞かず扉を乱暴に開き、外に向かって左手を突き出す。

 

「――降臨せよ、朱雀!」

 

通路の外に、紅蓮の不死鳥が召喚された。 悠斗は其処から跳び、朱雀の背に着地した。

今はパレードの最中だ。 朱雀は波朧院フェスタ出し物と思われるはずなので、人目についても問題ないはずだ。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

悠斗が空から地上を見渡すと、特区警備隊(アイランド・ガード)がアスタルテの人型眷獣を攻撃していた。

――ジリオラ・グラルティ。 クァルタスの悲劇。 ジリオラの眷獣の能力は、他人の肉体と直結して精神を支配する。

その為、味方である特区警備隊(アイランド・ガード)を操り、アスタルテを銃弾、またはロケット弾で攻撃し、動きが止めている。

ジリオラは、相手の数が多い程強さは増すのだ。

 

「ふふ、……残念、ね。 旧き世代の吸血鬼なら、複数の眷獣を従えていても不思議と思わない?」

 

そう言って、ジリオラ左手を掲げた。

左手から噴き出した鮮血が、やがて新たな眷獣を召喚する。 それは、真紅の蜂の群れだ。

体長五、六センチにも達する巨大な蜂が十数匹、群れとなって浅葱に襲いかかる。

 

「行きなさい、毒針たち(アグイホン)!」

 

ジリオラは華やかに笑い続けている。

 

「ごめん、サナちゃん……」

 

浅葱に出来るのは、自身の体で那月を護る事だけだった。

――だが、

 

「させっかよ。――飛焔(ひえん)!」

 

朱雀は飛翔しながら、特区警備隊(アイランド・ガード)、毒蜂に向けて清らかな焔を吐いた。

此れにより、特区警備隊(アイランド・ガード)は意識を失い、毒蜂は一時的に動きを止めた。 悠斗は、浅葱の前に着地し、左手を突き出した。

 

「――降臨せよ、白虎!」

 

悠斗の隣に、純白の虎が降臨する。

 

「行け、白虎」

 

白虎は一鳴きし、動きを止めた蜂を粉々に斬り刻み消滅させた。

これを確認した悠斗は、後方に居る浅葱を見た。 浅葱は、幼女になった那月を庇ったままだ。

 

「……紅蓮の熾天使か……よくも邪魔を……」

 

「悪いな。 この子を殺させやしないさ」

 

この声を聞いた浅葱は振り返った。

 

「……悠……斗……」

 

「悪い、助けるのが遅くなった」

 

だが、悠斗が吸血鬼であるとバレてしまい。 また、紅蓮の熾天使の名を浅葱が検索すれば、悠斗が真祖以上の力を持つ吸血鬼だという事も露見してしまうだろう。

 

「……悠斗、あんた吸血鬼なの?」

 

浅葱は、悠斗が召喚した眷獣を見ながら呟く。

 

「まあそうだ。 この事は、古城も知ってる。 だが、他は黙っててくれ」

 

浅葱が頷いたとほぼ同時だった。

歓喜に満ちた笑い声が、悠斗の後方から響き渡ったのだ。

 

「惨劇の歌姫と、勇敢な乙女。――そして、僕の天使。 宴の夜に相応しい演出じゃないか。 ぜひ、僕も仲間に入れてもらいたいものだな。 ジリオラ・ギラルティ」

 

後方から出て来たのは、純白のコートを身に纏った金髪の青年。

 

「……ディミトリエ・ヴァトラー……」

 

ジリオラ・グラルティが、忌々しそうに呟く。

悠斗の隣にヴァトラーが立ち、

 

「――僕が歌姫と戦っていいかい。 悠斗?」

 

悠斗は、溜息を吐いた。

 

「わかったよ。……やりすぎるなよ」

 

「フフ、それは相手の出かた次第かナ」

 

ヴァトラー見て、ジリオラ・グラルティは真紅の鞭を握りしめたまま、戸惑いの色が浮かべていた。

 

「――ディミトリエ・ヴァトラー……戦王領域の貴族がどうして!?」

 

ヴァトラーは前に出て、困惑するジリオラ・グラルティに優雅に一礼して微笑んだ。

 

「お目にかかれて光栄だよ。 ジリオラ・グラルティ。 混沌の皇女(ケイオスブライド)の血に連なる氏族の姫よ」

 

この言葉に、ジリオラは唇を忌々しげに歪める。

 

忘却の戦王(ロストウォーロード)の血族であるアナタが、ワタシの邪魔をするというの?」

 

ジリオラの問いかけに、ヴァトラーは笑った。

 

「ここは我らが真祖の威光が及ばぬ魔族特区だよ。 聖域条約に定められた外交使徒としてこの地にいる僕が、人道的見地から、犯罪者である君の凶行を阻止する――なかなか良く出来た筋書きとは思わないかい?」

 

「ワタシたち監獄結界の脱獄囚を狩るのが、アナタの狙いだったということかしら?」

 

ヴァトラーの目的を察して、ジリオラが刺々しく目を眇める。

ヴァトラーが、欧州の魔族たちに畏怖される戦闘マニアだという噂は有名だ。 彼にとって戦闘とは、退屈凌ぎでしかないのだから。

ジリオラはうっすら汗を浮かべつつ、鞭を荒々しく鳴らした。

 

「とんだ喰わせ者ね。 蛇遣い……だけど、あなたにワタシを斃せて?」

 

その瞬間、意識を失っていた特区警備隊(アイランド・ガード)の隊員たちが立ち上がり、銃口を一斉にヴァトラーへと向けた。

だが、ヴァトラーは表情一つ変えない。 右手を掲げて、指を鳴らしただけだ。

 

「――姿枷羅(シャカラ)!」

 

海蛇に似た姿を持つ眷獣が、ヴァトラーを取り巻くようにして実体化する。

屹立するその姿は、現実離れした威圧感があった。

 

「ッチ、ヴァトラーのバカ野郎。――空砲(くうほう)炎月(えんげつ)!」

 

悠斗は舌打ちし、空気の砲弾で武器を撃ち落とし、特区警備隊(アイランド・ガード)の隊員を結界内に包んだ。

その結界は弾力性を持ち、地に落ちても内部の人には傷一つ付かないのだ。

――その直後だった。

巨大な海蛇が、自らの肉体を超高圧の水流へと変えて、特区警備隊(アイランド・ガード)の隊員を襲った。

だが、吹き飛ばされた隊員は、結界のお陰で無傷である。

 

「ヴァトラー、戦うのはいいが、周りを確認しろ! 俺の結界がなかったら、特区警備隊(アイランド・ガード)の隊員が死んでたかもしれないんだぞ!」

 

「フフ、悠斗が護ってくれると信じていたのサ」

 

ヴァトラーは笑みを零すだけだ。

 

「テメェ、わざとだろ!」

 

悠斗は、怒りを含んだ声で叫ぶ。

ジリオラは、怒りに声を震わせながら呟いた。

 

「……あなたは、噂通りの吸血鬼ね。 アルデアル公」

 

再び実体化した海蛇が、威嚇するように空中を旋回して、彼女を狙っている。

 

「もう終わりかい? 第三真祖の氏族の実力がこの程度だとしたら、期待はずれだヨ」

 

「……ええ、大丈夫よ。 安心なさって――あなたに落胆する余裕はあげないわ!」

 

菫色の髪を取り乱して、ジリオラが吼えた。

彼女の右手が陽炎のように霞んで、真紅の鞭を稲妻のように撃ち放つ。 鞭の眷獣――ジリオラの意思を持つ武器(インテリジェント・ウエポン)が狙っていたのは、頭上に浮かぶ眷獣だった。

空中で無数に枝分かれした茨の鞭が、巨大な海蛇の体に絡みつく。

 

「なるほど……君が操れるのは、人間だけじゃないというわけか……」

 

眷獣の制御を奪われた事に気づいて、ヴァトラーが微笑んだ。 彼が見せた満足げな微笑。

また、獰猛で危険な笑みだ。

 

「思い知れ、蛇遣い――毒針たち(アグイホン)よ!」

 

笑みを浮かべていたのは、ヴァトラーだけではなくジリオラもだ。 彼女の頭上には、真紅の蜂の群れが出現し、その数は五百、千。――空一面が真紅に染まる膨大な群れだ。

 

「はははは、いいね。 実にいい。 それでこそ、悲劇の歌姫だ!」

 

ヴァトラーが晴れやかに哄笑する。

眷獣の制御が奪われ、敵の猛攻に晒されてるが、この状況を喜んでいるのだ。

そんなヴァトラーの元へ、真紅の蜂たちが押し寄せるが、それは巨大な炎が焼き尽くそうとしているようにも見えた。

その時、ヴァトラーの頭上には、漆黒の渦のようなものが音もなく出現していた。

悠斗はこの眷獣を知っている。 これを止められる(倒せる)のは、天使化した悠斗、眷獣の青龍、長たちしかいない。

だが、青龍の一撃は二次被害が出る可能性があり、長たちは封印状態にある。 また、現在の悠斗は、天使化に時間を要するのだ。

 

「――毒針たち(アグイホン)!?」

 

ジリオラが驚愕に顔を歪めた。

蜂の群れたちが、ヴァトラーに辿り着く前に次々姿を消していくのだ。――ヴァトラーの頭上に浮かぶ漆黒の渦が、蜂たちを飲み込んでいるのだ。

 

「眷獣……まさか!?」

 

この漆黒の渦の正体が、絡み合いもつれ合う何千もの蛇の集合体だと、果たしてジリオラは気づいただろうか? その何千もの蛇たちが、次々に首を伸ばして、押し寄せてくる真紅の蜂に喰らいつき、それを丸呑みにしていく。

数百の群れを食らい尽くす為に、ヴァトラーは、それを上回る数の蛇を召喚したのだ。

 

「この僕に、こいつを召喚させるほどの敵に久々に逢えたよ。 ジリオラ・グラルティ」

 

ヴァトラーが満足そうに呟いた。 ヴァトラーの碧眼は真紅に染まり、唇からは長牙が覗いた。

 

「ワタシの眷獣が……オマエ……なにを!?」

 

追い詰められたジリオラは、ヴァトラー本人目掛けて真紅の鞭を放ったが、その鞭も空中でヴァトラーの眷獣に捕食される。

鞭だけではなく、それを握るジリオラの腕まで喰らおうとするが――。

 

「――降臨せよ、妖姫の蒼氷(アルレシャ・グラキエス)!」

 

悠斗が召喚したのは、第四真祖の眷獣だ。

上半身は人間の女性。 そして美しい魚の姿を持つ下肢。 背中には翼。 猛禽の如き鋭い鉤爪。

氷の人魚。 あるいは妖鳥(セイレーン)か。

 

「――氷菓乱舞(ダイヤモンドダスト)!」

 

妖姫の蒼氷(アルレシャ・グラキエス)は、絶対零度の凍気を吐き、漆黒の渦を凍らせた。

それと同時に、ジリオラの左腕に嵌められた手枷が輝き、手枷から無数の鎖が噴き出した。 其れは、ジリオラは縛り上げ、監獄結界内に引きずり込んでいった。 どうやら、体力、魔力の限界だったのだろう。

 

「(……まったく、すぐさま召喚とはな)」

 

悠斗は、妖姫の蒼氷(アルレシャ・グラキエス)に嘆息されていた。

 

「(す、すまん。 あれを止められるのは、現状では、お前しか居なくてだな)」

 

「(……なるほど、蛇遣いか。 それなら仕方がなかろう)」

 

「(悪いな。 だが、助かったよ。 ありがとう)」

 

「(我を人間のように見るとは、変わってるな、悠斗は。――我は、悠斗を護るとも決めているからな。 いつでも呼ぶがいい)」

 

妖姫の蒼氷(アルレシャ・グラキエス)は、徐々に姿を消していった。

おそらく、凪沙の元へ帰ったのだろう。

 

「フ、フフフ。 悠斗は、十二番目も使役できるのカ。 最高だよ、君は。 僕をどこまでも飽きさせなイ」

 

ヴァトラーは、好戦的な笑みを浮かべていた。

今にも、襲いかかりそうな雰囲気を醸し出している。

悠斗は、深い溜息を零した。

 

「本当は、お前の前では召喚したくなかったんだがな」

 

「何故、召喚したんだい?」

 

「お前が、ジリオラ・グラルティを虐殺しようとしたからだ。 もう、決着はついていた」

 

虐殺される所を、浅葱たちに見せる訳にもいかなかった。という理由もあるが。

 

「ふふ、敵にも優しいんだネ。 悠斗は」

 

悠斗は浅葱の元へ歩み寄り、浅葱は那月を抱きしめていた。

 

「すまない、怖い思いをさせて」

 

「だ、大丈夫よ。 わたしも、サナちゃんも無事だし」

 

サナとは、現在の那月の名前らしい。 悠斗は、そうか。と呟き、浅葱の手を取り、立ち上がるのを手伝って上げた。

その時聞こえたのは、身に覚えがある少年の声だった。

 

「悠斗、浅葱! 無事か!?」

 

降り注ぐ月光を照らしたのは、過酷な使用に耐えかねて、所々白煙を噴き上げた自転車と、暁古城だった。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

路面は抉れ、ビルの壁はひび割れ、付近の信号や街灯は軒並みに傾いている。

特区警備隊(アイランド・ガード)は壊滅状態である。 だが、悠斗の結界のお陰で、特区警備隊(アイランド・ガード)の隊員には怪我はない。

そして、那月を抱いている浅葱と、古城を見ている悠斗。 この惨状を見て笑っているヴァトラーだ。

 

「やあ、古城」

 

ヴァトラーが汗だくの古城を眺めて、場違いな笑みを浮かべる。

 

「お前ら、やりすぎだ!」

 

古城は、この惨状を見て声を上げた。

悠斗は、心外だと言い、

 

「これをやったのは、蛇野郎だ。 俺じゃないからな」

 

「そんなこと言って、悠斗も眷獣を召喚したじゃないカ」

 

「お前は、やりすぎなんだよ。 余計な体力を使う羽目になったじゃねぇか」

 

「彼女が強かったのが悪いんダヨ」

 

古城は、ヴァトラーと悠斗のやり取りに、若干だが頭を痛くしたのだった。

古城は、壁際に座り込んだアスタルテを見ながら、

 

「アスタルテは、無事なのか?」

 

アスタルテは、俯いていた顔を上げ、弱々しく呟く。

 

「肯定。 ただし、戦闘続行は不可能。 休息と再調整が必要です」

 

「そうか、わかった。 あとはこっちで引き受ける」

 

古城の強い言葉を聞き、アスタルテは安心したように瞳を閉じた。

安堵の息を吐く古城を横目で見ながら、浅葱が怒ったように睨みつけた。

 

「引き受ける――じゃないわよ! 何なの、これ!? あんたらは、何を知ってるの!? 悠斗は凄い吸血鬼だし、訳わかんないわよ!」

 

「ゆ、悠斗。 ば、バレたのか……」

 

古城が、悠斗に聞く。

 

「まあな。 浅葱の前で、眷獣も使ちったしな。 ま、浅葱は黙っててくれるはずだ。 だから問題ない」

 

悠斗は、他人事のように呟く。

 

「そ、そうか」

 

と、古城は呟く事しか出来なかった。

 

「サンキューな、浅葱。 那月ちゃんを護ってくれて」

 

浅葱は、悠斗の言葉を聞き、目をパチパチ瞬いた。

 

「那月ちゃん……? サナちゃんのこと?」

 

「そだな」

 

悠斗は、頬を掻きながら言う。

 

「南宮那月……なるほど、そうか。 脱獄囚たちの目的は、空隙の魔女の抹殺か」

 

悠斗と浅葱のやり取りを聞いていたヴァトラーが、納得したように呟く。

また、ヴァトラーの視線は、幼い那月に向けられている。

 

「さて、ヴァトラー。 那月ちゃんを殺そうとするなら、俺が全力で相手になってやる」

 

悠斗は、那月を庇うように前に出た。

だが、ヴァトラーは、突然噴き出した。

 

「はは……ははははは……ははははははははは!」

 

苦しげに両腕で腹を押さえ、体をクの字に折って笑いだしたのだ。

 

「まったく、なんて姿だ。 見る影もないな。 空隙の魔女――あははははははは!」

 

「で、どうする? 那月ちゃんを狙うなら、お前がいうダンスをしてやるぞ」

 

ヴァトラーが涙目で、片手を振ってきた。

 

「いやいや、悠斗と戦うのは、もう少しあとにするヨ。――そうだネ。 彼女は、僕の船で預かろう。 其れに見た所、古城は手負いじゃないか。 休息するにも、絶好の場所だと思うけド」

 

確かに、脱獄囚との戦闘を、市街地から遠ざける事が出来る。

それに、監獄結界の囚人たちは、那月を狙っているのだ。ということは、那月を手元に置いておけば、自然と其処に脱獄囚たちが現れる。

また、強者と戦いたいヴァトラーにとっても都合のいい話でもある。

 

「脱獄囚たちの狙いが彼女なら、連中はまた襲ってくる。 市街地にいれば、一般人を巻き込むかもしれないヨ」

 

「……古城」

 

悠斗がそう言うと、古城が頷いた。

この話に乗ってやる。ということだろう。

 

「……その話、乗ってやる。 だが、信用はしてやるが、信頼は一切してないからな」

 

「そんなこと、百も承知サ」

 

此れに異議を唱えたのは、浅葱だ。

 

「はあ!? あんたらなに勝手に決めてんの!? つか、古城と悠斗って、戦王領域の貴族と知り合いなわけ!?」

 

「いろいろ事情があったんだよ。 それはまた今度、ゆっくり説明するから」

 

古城はこう誤魔化そうとするが、浅葱は納得する様子がない。

 

「あんたらね……。 それでわたしが納得すると思うの?」

 

「やっぱり無理か……」

 

古城は肩を落とした。

だが、浅葱が人差し指を勢いよく上げた。

 

「いいわ。 条件付きで、サナちゃんのことあんたらに任せてあげる」

 

「「条件?」」

 

古城と悠斗は嫌な予感がした。

浅葱は、絶対に放さないと那月を強く抱きしめ、宣言した。

 

「古城たちと一緒に行くのが条件よ」

 

まじか……。と思いながら、古城と悠斗は空を仰ぎ、ヴァトラーは再び笑みを零した。

魔物と人との邂逅の祭典――波朧院フェスタは続くのだった――。




悠斗君。顔が広いっ。モグワイとも知り合いとは。
てか、召喚しましたね。妖姫の蒼氷。
ちなみに、悠斗君は病み上がりですよ。なので、天使化にも時間がかかっちゃうんです。

まあ、悠斗君が戦わなかったのは、浅葱と那月ちゃんの護衛の為ですが。
てか、ヴァトラーとの連携とか無理そうだし。
ともあれ、ご都合主義やでー。

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