ストライク・ザ・ブラッド ~紅蓮の熾天使~   作:舞翼

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えー、二か月も間が空いてしまいました……。
まじで、すいまそんm(__)m矛盾があったらゴメンなさい(^_^;)

今回の話で、この章は終了ですね。分けようとしたんですが、文字数が微妙になっちゃうんで(^_^;)
そして、ご都合主義満載です!

では、投稿です。
本編をどうぞ。


蒼き魔女の迷宮Ⅴ

仙都木優麻は、人工島(ギガフロート)の突端にある、錆びた橋の上に立っていた。

其処からの監獄結界までの距離は数百メートルほどだ。

聖堂がある小さな岩山は、簡易的な浮橋で絃神島と連結されている。 此処は蜃気楼のように揺らぐ不安定な道だ。

監獄結界は、まだ完全には実体化してなかったのだ。

海面にそそりたつ岩山目がけて、優麻にそっと手を伸ばすが、その直後、優麻の背後を揺らして甲冑を纏う騎士の幻想が出現する。 顔がない青い騎士だ。

優麻が“(ル・ブルー)”と名付けた悪魔の眷属であり、優麻の守護者でもある。

監獄結界は既に目の前にある。 あとは第四真祖の膨大な魔力をぶつけ、それをこちら側の世界に引きずり出すだけだ。 その封印を破れば、優麻の目的は達成される。

だが、それを守護者に命じる前に、背後から優麻を呼ぶ声がした。

 

「優麻!」

 

優麻が振り返ると、其処には自身の体に入っている古城。 その両脇には、銀色の槍を持った少女、漆黒の黒髪を揺らす少年が立っていた。

 

「もう、ボクに追いついたのか」

 

優麻は感心に呼びかけた。

今の古城はただの人間だ。 空間を跳び越えて移動した優麻に、追いつくことが出来ないはずなのだ。――そう。 古城一人の力だったら。

 

「いい友達に恵まれたんだな、古城」

 

「他人事みたいに言ってんじゃねぇよ。 お前だって、その中の一人だろうが」

 

古城は唇を歪めて答え、優麻は面食らったように目を瞬いた。

 

「嬉しいな。 まだボクのことを友達だと思ってくれるのかい?」

 

「言っとくけど、こっちは魔女なんか見慣れてるし、その程度じゃなんとも思わねーよ。 オレは自分以上に規格外な存在を知ってるしな」

 

悠斗は、目をパチクリさせ、古城を見た。

 

「それって、俺のことか!?」

 

悠斗は声を上げた。

雪菜も首を縦に振り首肯していた。 まあ確かに、悠斗も、自身の事を規格外な存在と認識してる。 誠に遺憾な事だが。

 

「――さて、お前の事情はあらかた予測出来た」

 

優麻は目を細めた。

 

「……教えてくれるかな?」

 

「言い方は悪いが。 お前は、仙都木阿夜のコピーみたいなもんだろ? アッシュダウンの悲劇と、お前が揃っての予測だが」

 

「……悠斗は、どれだけの情報を持っているんだい?」

 

「俺は小さな時から世界中を転々としていたからな。 各国の情報とか、その土地で起こった出来事とかが耳に入ったんだわ」

 

ついでに言うと、眷獣たち共情報を共有していたが。

 

「そうなんだ、それなら頷けるね」

 

「で、あれだろ。 古城が第四真祖と知って、LCOは計画を変更したと」

 

「……悠斗の言う通り、計画は少しばかり変更されたんだ。 ホントは、結界を破る為、絃神島の住民を十万人ばかり生け贄に使う予定だったんだ。 だけど、古城のお陰でその必要もなくなった……ありがとう、古城」

 

「いいや、住民を贄にする事は不可能だったぞ。 俺が全力で、お前たちを阻止してたはずだ」

 

不可能だと思われる事だが、悠斗が無理やり封印を解けば可能なのだ。

その代償として、戦闘後の反動が大きいが。

 

「雪霞狼!」

 

悠斗の言葉が終わったと同時に、雪菜が凄まじい速度で優麻に突撃するが、その前に優麻は、空間を歪めて数十メートル離れた場所へと移動した。 雪霞狼は、目標を失い空を斬った。

優麻の背後に浮かんでいた顔のない青騎士が、ギシギシと甲冑を軋ませて両手を掲げ、その隙間から生まれたのは、黄金の輝きだ。 轟音を伴う眩い雷光。

――第四真祖の眷獣、獅子の黄金(レグルス・アウルム)だ。

 

獅子の黄金(レグルス・アウルム)……!?」

 

「第四真祖の眷獣!? そんな……!?」

 

「時空を歪めたのか、古城が過去に使った眷獣の一部を呼び出す為に」

 

だが、そんな事をしたら、術者への反動も相当なものだ。

その証拠に、両膝をついて蹲る優麻と、傷ついた青騎士の姿だけが残っていた。 鎧はひび割れ、砕け、青白い火花に包まれている。

 

「さすが第四真祖の眷獣……ボクの“(ル・ブルー)”でも制御しきれないか……だが、どうやら犠牲を払った甲斐はあったみたいだ」

 

優麻の弱々しい呟きの後に、蜃気楼に不安定だったはずの島が完全に実体化し、燃え上がり、崩れようとしている。

島へと続く浮き橋も実体化して、水飛沫に洗われた。

監獄結界の封印が解けて、通常空間に復帰したのだ。 封印を破ったのは、第四真祖の眷獣の攻撃だった。 あらゆる術式を圧倒する横暴な破壊力を使って、強引に島を覆う結界を破壊したのだ。

 

「監獄結界が、実体化した……のか?」

 

「やられたな。……あの時、俺の眷獣が次元を切断すれば」

 

次元切断(ディメンジョン・セェヴァル)。 悠斗の眷獣である白虎なら可能だが、無理やり空間魔術を切り離してこの状況は回避出来ても、優麻に起こる最悪は回避出来なかった。

これが、悠斗が攻撃出来なかった理由だ。

眷獣の雷撃の余韻が消え去ると同時に、空間を揺らぎも完全に消滅していた。

其処にあるのは、絃神島の一部。 古い岩石を模した人工島(ギガフロート)だった。

 

破壊された隙間から、聖堂の内部が見えていた。 其処にあるのは空洞だ。

聖堂の中は完全な空であり、がらんどうの空間が広がっていただけだ。 そう。 ただの空隙が――。

 

「たとえ結界を失っても、監獄が解放されたわけじゃない、ということか……。 だけど、やはりそこにいたね」

 

傷ついた青騎士の破片を撒き散らしながら、優麻が聖堂へと入っていく。

雪霞狼を構えたまま、雪菜は優麻の背を眺めていた。

悠斗は、優麻の背を見ながら聖堂の中へと入っていく。

 

聖堂の中には、一脚の椅子が置かれてる。 ベルベット張りの豪華な肘掛け椅子だ。 其処には、眠るように目を閉じたまま座っている一人の少女。

悠斗は、少女を見ながら、

 

「お目にかかれて光栄です。 監獄結界の鍵――。 空隙の魔女よ」

 

優麻は、那月に恭しく一礼する。

後方で、優麻と悠斗の姿を見ていた古城と雪菜は、ただ呆然と其れ眺めていた。

そして、古城と雪菜も聖堂の中に移動する。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

「那月ちゃんが……監獄結界の鍵」

 

どういうことだ。と古城が聞く。

破朧院フェスタの前日に失踪した那月が、どうしてこんな場所に一人きりでいるのか、古城には全く理解できない。 だが、悠斗は理解していた。

 

「……古城。 俺は昔、那月ちゃんと協力して、魔道犯罪者を監獄結界に入れたって言ったよな」

 

「……ああ、確かに」

 

「俺が、監獄結界に入れた理由がはっきりしたんだ。――那月ちゃんが、監獄結界の使い手だから、入ることが出来たんだ」

 

「じゃ、じゃあ、学園で教師をしてた那月ちゃんは!?」

 

悠斗は顔を伏せた。

 

「あれは、那月ちゃんが生み出した幻影だ。 だが、記憶は確かにここの那月ちゃんに入っているはずだ」

 

だが、優麻が微笑みながら、悠斗の問いに首を横に振った。

 

「悠斗は、理想家だね。 君たちが見てたのは、ただの夢だよ。 南宮那月のね。 幻影を幾ら壊しても意味がない。 だがら、これまでLCOは彼女に手を出せなかった。 監獄結界の封印が解けて、彼女の本体が此方側の世界に戻ってくるまでは」

 

優麻の背後に浮かび上がった青騎士が、巨大な拳を振り上げた。

その一撃が彼女に当たれば、彼女は間違えなく絶命するだろう。 だが――。

 

「俺の恩師をやらせると思うか、仙都木優麻」

 

悠斗が、その間に割って入った。

 

「無駄だよ、悠斗。 この空間では、幾ら君でも眷獣は召喚出来ないでしょう」

 

「忘れてもらったら困るな。 俺はこの状態でも、眷獣の技を使える」

 

「ボクの“(ル・ブルー)”に対抗出来るかな? 君の眷獣には敵わないけど、その状態なら、魔女の守護者の方が出力は上かもよ」

 

「かもな。――だがな、俺が易々と此処を退くと思うか?」

 

優麻は苦笑した。

 

「いや、君は簡単に退いてくれないね」

 

「だろ」

 

優麻と悠斗の会話を聞いていた古城の頭は、パンク寸前だ。

那月が、何故監獄結界の看守になったのか、それは魔女の契約なのか。 何故那月は学校の教師をしていたのか。 もし、監獄結界が破られたら、どうなってしまうのか。 このような事柄が頭の中をグルグルと回っているのだ。

古城たちが見てる前で、青騎士の拳が振り下ろされるが――。

 

「――牙刀」

 

悠斗が手に形作ったのは、一振りの刀だ。

だが、その重量は、刀一振りで受け止められる物ではない。

徐々に、悠斗の膝が折れていく。

その時、銀色の閃光が甲冑を易々と貫通し、その拳を破壊した。

 

「その槍、そうか……。 七式突撃降魔機槍(シュネー・ヴァルツァー)か……」

 

優麻が顔を強張らせた。

あらゆる魔術を無効化する破魔の槍。 魔力で実体化を保っている魔女の守護者にとっては、相性が最悪の武器である。

 

「獅子王機関より派遣された、第四真祖の監視役。――暁先輩の肉体を返してもらいます!」

 

「甘いな……」

 

優麻が失笑しながら、古城の方へと顔を向けた。

 

「その槍の力なら、ボクの本来の体を攻撃すれば簡単に勝負が決まるのに……それをしないのは、古城に感化されたのか。 やっぱり君も、古城にたぶらかされた口かな」

 

「ち、違います!」

 

雪菜が、ムキになって言い返す。

 

「げ、現状では、これが最善だと判断したまでです! 空間制御術式が破れた際に、第四真祖の魔力が暴走する可能性がある以上、優先してその体を回収する必要があるという、極めて合理的な分析の帰結です。――それに」

 

言い終える前に、床を蹴り雪菜が跳んだ。 彼女の槍が、正確に優麻の胸元へと突き込まれる。

 

「――どちらも難易度は大差ありませんし」

 

「“(ル・ブルー)”!」

 

優麻が守護者に防御を命じた。

しかし、青騎士の分厚い装甲を、雪霞狼が斬り裂いた。 青白い火花を撒き散らし、青騎士が苦悶の咆哮を放つ。

優麻は舌打ちして空間を歪めた。 空間転移で、雪菜の四角に回りこもうとしたのだ。

 

「無駄です!」

 

雪菜が、最初からそれを知っていたように反転し、優麻の着地地点に斬撃を放った。

剣巫の未来視だ。 霊視能力を持つ雪菜には、単純な奇襲攻撃は通用しない。

 

「その肉体を操っている限り、あなたの守護者は、魔力の大半を空間接続に使わなければなりません。 戦闘能力はほとんど残されてないはず」

 

「たしかに……今の状況で獅子王機関の剣巫を倒すのは難しいだろうね。――だけど、忘れてないかい。 ボクは、君と正面からやり合う必要なんてないことを」

 

そう言い残して、優麻が空間転移する。 転移先は、雪菜が追撃出来ない聖堂の上空だ。

 

「しまっ――!」

 

優麻の狙いに気づいて、雪菜が表情を凍らせた。

青騎士が攻撃魔術を起動する。 初歩的な火球魔術だが、それを放てば爆弾並みの威力になる。

優麻が攻撃対象として選んだのは、眠り続ける那月の頭上、聖堂の天井だ。

だが、雪菜は其処にいる人物を見て安堵の息を吐いた。

 

「悪いな、優麻。 俺は結界も張れるんだわ。――炎月(えんげつ)!」

 

四方形の結界が悠斗の周りに展開し、重力に引かれて落下する石塊を弾き返す。

 

「なッ!?」

 

「俺の眷獣は、守護の化身もいる。 規格外の存在だから、破壊の眷獣しかいないって決めつけるのはよくないぞ」

 

「なんだ……これは……!?」

 

声がした古城を見やると、額から鮮血が流れ、古城の肌のあちこちが裂け、そこから激しく流血していたのだ。

その可能性は一つしかない。 優麻の肉体そのものが限界を迎えているのだ。

第四真祖の魔力を引き出し、眷獣を一瞬とはいえ呼び出した。 守護者の使用と空間転移の連発――。

優麻の肉体が崩壊を始めてる。

 

「やめろ、優麻。 お前の肉体は、もう限界だ。 勝負はついてる」

 

「関係ない……! あと少しで、ボクの役目は終わる。……これで、ようやく自由に」

 

優麻の言葉を聞き、悠斗は舌打ちをした。

こうなってしまっては、一刻も早く勝負を決めるしかない。

 

「姫柊!」

 

「わかってます!――獅子の神子たる高神の剣巫が願い奉る」

 

雪菜が、祝詞を唱えながら宙を舞う。

 

「破魔の曙光、雪霞の神狼、鋼の神威をもちて、我に悪人百鬼を討たせ給え!」

 

閃光を放ちながら、雪霞狼の一撃は――古城の肉体の心臓を刺し貫く。

だが、そう思われた瞬間、雪菜の攻撃が止まった。 雪菜は、古城の心臓を貫くのに、一瞬だが躊躇してしまったのだ。

その隙を見逃さず、優麻が動いた。 青騎士の巨大の拳が、横殴りで雪菜を襲ったが、雪菜は辛うじて雪霞狼で受け止めた。

だが、衝撃までは受け止める事は不可能だった。 雪菜の体が床に叩きつけられた。

 

「姫柊!」

 

古城が叫ぶ。

 

「だ、大丈夫です……これくらい」

 

駆け寄ろうとした古城を制止して、雪菜は、雪霞狼を杖代わりによろよろと立ち上がる。

 

「優しい子だな、君は」

 

優麻が、ふらふらになって立ち上がった雪菜を見ながら呟く。

 

「あらゆる魔力を無効化する獅子王機関の秘奥兵器――。 いくら吸血鬼が不老不死でも、七式突撃降魔機槍(シュネー・ヴァルツァー)に貫かれて、本当に復活できるかどうかはわからない。 だから君は攻撃を止めた。 殺せなかったんだ、古城の体を――」

 

「……何のことか、わかりません。 今のは、少し油断しただけです」

 

その時、悠斗が息を吐いた。

 

「まあなんだ。 どうするかは古城の判断に任せるとして。 優麻、お前を地に落とす。 幸い古城の体だし、何とかなるだろ」

 

「お、おい!? オレの体に、凄まじいダメージが蓄積されるよな!?」

 

「ま、いいじゃんか。 不老不死の第四真祖だし」

 

「答えになってねぇ!?」

 

悠斗は、古城の言葉を背に、吸血鬼の力を解放し床を蹴った。

その高さは、優麻の背に回り込み頭上までだ。 悠斗は、左右の手の指を重ね一つの拳を作った。 拳を振り上げ、優麻の背に思い切り叩きこむ。 これを受けて、優麻は地に落ちた。

悠斗は着地し、

 

「うっわ、痛そう」

 

と、呟くのだった。

古城は、ふらつく雪菜を寄り添うそうに背後から支えた。

二人で雪霞狼に手をかけ、それを構える。

 

「古城……どうして……」

 

「悪いな、優麻。 お前をぶっ飛ばして、オレはオレの体に戻る。 今の体のままじゃ、いつもみたいに、姫柊の血を吸えないしな」

 

古城の言葉に、雪菜がムッと唇を曲げる。

てか、今の言葉、雪菜はオレの血の従者だ。って解釈できるが、気のせいだろうか?

 

「行くぜ、優麻。――ここから先は、暁古城(オレ)戦争(ケンカ)だ!」

 

雪菜の手から槍を奪い取り、古城は自身の体の前まで歩み寄った。

 

「古城ッ!」

 

優麻が苦悩な声で叫び、空間転移で姿を消そうとするが、それは叶わなかった。 先程の悠斗の一撃が体の芯まで響いているからだ。

古城は、倒れ伏している自身の心臓目掛けて雪霞狼を振り下ろした。

 

「“(ル・ブルー)”――っ!」

 

優麻が青騎士に防御を命じた。 分厚い甲冑を纏った青騎士が交差させた両腕で槍を拒んだ。 霊力を持たない古城の一撃は、雪霞狼本来の魔力無効化能力を発揮出来ない。

 

「駄目かっ!」

 

「駄目じゃないぞ、古城。 その一撃は、胸元に届くぞ」

 

悠斗がそう言うと、古城の視界を雪菜が横切った。

笑みを浮かべながら、空中で旋回し、強烈な後ろ蹴りを叩きこむ。 槍の石突きへと。

 

「――先輩。 わたしたちの勝ちですよ」

 

雪霞狼が眩い光を放ち、それが青騎士の両腕を貫いた。 蹴りつけらた足の先から、霊力を流し込んだのだ。 それは、――暁古城の胸元を深々と抉った。

 

「馬鹿な……どうして、古城……」

 

放心したような優麻の呟きは、硝子が砕ける甲高い衝撃破にかき消される。

空間魔術が無効化され、その反動が大気を揺らしたのだ。

 

「痛ェ……」

 

うつ伏せになりながら、いつもの第四真祖が弱々しく呻いた。

そんな第四真祖の顔を覗き込んで、雪菜は安堵の息を吐いた。

 

「おかえりなさい、先輩」

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

古城は寝返りを打った。

だが、それは雪菜の膝枕の上でである。

 

「起き上がれ、バぁ野郎」

 

そう言って、悠斗は古城の体を優しく蹴った。

慌てて起き上がったが、全身を貫く痛みに、苦悶の表情を浮かべる。

 

「体中が死ぬほど痛ェ……。 背中とか、パンパないぞ」

 

それはお分かりの通り、悠斗が殴った場所である。

 

「あれで動きが止まったんだ。 万事OKという事で」

 

「まあそうだけど。 でも、何か腑に落ちねぇ」

 

「それよりも、確認することがあるだろ? 古城」

 

悠斗の言葉に、古城はハッとした。

 

「そ、そうだ……優麻は!?」

 

「無事です。 空間接続が断絶された時の衝撃は、先輩ほどではありませんから」

 

雪菜が、古城に隣に横たわる優麻に視線を向ける。

彼女の生命活動に問題はないし、苦悶な表情も見受けられない。

 

「失敗……したのか、ボクは……」

 

瞳を開けた優麻が、平坦な口調で呟く。

 

「ま、失敗だわな。――いいじゃねぇか。 優麻は、監獄結界をどうこうするっていう命令が消えたんだろ。 なら、これからは自由じゃんか。 ま、事情聴取うんぬんはあるかもしれないけど」

 

優麻は上体を起こし、笑みを零しながら頷いた。

誰もが見惚れる笑みだが、悠斗にそれは通じない。

 

「あれ、ボクの笑みを見てもなにも思わないの?」

 

「……お前、知ってて聞いてるだろ」

 

優麻は苦笑した。

 

「そうだね。 紹介される前から気づいてたよ。 隠す気ある?って感じだったから」

 

悠斗と凪沙の関係は、女子から見るとこのように映るらしい。

てか、気づいてないのは古城だけ。という可能性もあるんだが。

 

「……あるにはあるんだが、何と言うか、無意識に表に出ちゃうだよな」

 

「あれだけのオーラを出してるもんね」

 

「あれで、大抵の人にはバレるんだけどな」

 

その時、背後から懐かしい声が聞こえてきた。

 

「……まったく、あれだけの騒ぎを起こしておいて平和なものだな。 お前たちは」

 

振り返ると、其処には眠り続けていたはずの、南宮那月が立っていた。

魔術の分身ではなく、監獄結界に封印されていた本物である。 まあ、分身でも本物でも、那月は那月だ。

 

「南宮先生、やっぱり起きてたんですね」

 

雪菜が、安堵したように言う。

監獄結界の鍵である彼女が目覚めれば、封印を再度張り直す事や、新たなシステムを組み込むなど、手の打ちようはいくらでもある。

 

「まさか……寝たふりをしてたのか……汚ェ」

 

古城が不満たらたらな目つきで、那月を見上げる。

 

「力を温存してたのは事実だがな。 第四真祖の眷獣の力をまともに食らったんだ。 いくら私でも、無傷で済むわけがないだろう……紅蓮の熾天使と言う、例外もいるがな。 まったく、恩師に手を上げるとはいい度胸だな、暁古城。 どれ、褒美をくれてやろう」

 

そう言って那月は、古城の眉間にデコピンを食らわせた。

 

「痛ってェェェ! それのどこが褒美だ。 ていうか、あれはオレがやったんじゃねぇ」

 

「待ってくれ那月ちゃん。 俺が規格外なのは、今に始まった事じゃないけどさ。 それ、酷くね」

 

那月は、悠斗の眉間にもデコピンを炸裂させた。

 

「……痛てぇよ、那月ちゃん。 俺、那月ちゃんのこと助けたんだぜ。 見逃してくれてもよかったんじゃ……」

 

「ふん。 教師をちゃんづけで呼ぶからだ、神代悠斗」

 

悠斗は眉間を摩りながら、

 

「すいませんでした。 那月先生」

 

「始めからそう言えば、私もこんな事はしないぞ」

 

不意に真面目になった那月が、優麻へと向き直った。

 

「……仙都木阿夜の娘。 どうする、まだ続けるか?」

 

悠斗が那月の隣に立った。

 

「ま、続けない事をお勧めするけどな」

 

「そうだね、やめておくよ。 悠斗を敵にするとか、賢い選択じゃないしね。 ボクにはもう、監獄結界をどうこうする理由はなくなったみたいだ……。 “(ル・ブルー)”もこの有様だしね」

 

「そうか」

 

優麻が実体化させた守護者を眺めて、那月は頷いた。

青騎士は、古城たちとの戦いで満身創痍の姿を晒していた。 たとえ回復するにしても、優麻が魔女としての能力を完全に取り戻すには、長い年月が必要になるはずだ。 そして優麻自身、それを望んでいるとは思えない。

彼女は、ようやく母親の呪いから解放されたのだ。 だが、異変が起きたのは、その一瞬のことだった。

 

「……“(ル・ブルー)”?」

 

守護者の実体化を解こうとした優麻が、不安げに声を震わせた。

顔のない青騎士が、全身の甲冑を震わせる。

金属と金属がぶつかり合うような奇怪な騒音。 傷だらけの青騎士が、骸骨を思わせる空虚な仮面の下で笑ってる――。

 

「やめろ、“(ル・ブルー)”!」

 

優麻が命令するが、守護者の動きは止まらない。

腰に掲げていた剣の柄に手をかけ、それを抜き放った。 悠斗は、那月を庇うように前に立つ。

しかし青騎士の行動は、予想を裏切るものだった。

振りかざした巨剣を、青騎士は優麻の胸へと剣を突き立てたのだ。 守護するべき対象の優麻に。

 

「……優……麻」

 

古城の、途切れ途切れの声が届く。

優麻の口から、鮮血が零れ出す。

 

「……お母様……あなたは、そこまで……」

 

彼女の胸には剣が突き刺さっていたが、優麻の体を貫通していたはずの剣の刀身が、背後に現れる事はなかった。

優麻の肉体の門と使って、残りの刀身を何処かに転移させたのだ。

 

「待チワビタゾ……コノ瞬間ヲ。 抜ケ目ナク狡猾ナ貴様ガ、ホンノ一瞬だけ、気ヲ抜クノヲ。 ソシテ、隙ヲ見セナカッテタ紅蓮の熾天使。 貴様ノ鎧ヲモ貫ク剣だ」

 

顔のない青騎士が、錆びた声を紡ぐ。

それは女性の声だった。 邪悪な魔女の声音だ。

 

「ブービートラップ……か。 まさか、自分の娘を囮にするとはな……外道め」

 

「ったく、……仙都木阿夜とは、接点がなかった……ような気がするんだけどな」

 

長い巨剣の刀身が、那月と悠斗の胸元を背後から突き刺していた。

那月と悠斗の口から、鮮血が零れる。

 

「悠斗!」

 

「南宮先生!」

 

その光景に、古城と雪菜はただ立ち尽くすことしか出来ない。

古城は青騎士を憤怒な表情で睨みつけたが、青騎士はその姿を徐々に消していき、悠斗と那月は膝から徐々に崩れていった。

古城と雪菜は、悠斗と那月を抱き止めるしか出来なかった。




悠斗君なら、那月ちゃんが監獄結界の門番だとすぐに気付くはず……。ですが、ここは、ご都合主義発動です!まあ、その時の悠斗君が幼かったと理解してくだせェ。

そして、チートの悠斗君が、一瞬の隙を見せた瞬間に刺されてしまいましたΣ(゚Д゚)
朱雀の焔の鎧も貫いちゃいました。ここまで考えた犯行だったんでしょう。
また、悠斗君が、隙を見せるような出来事だったんですね(>_<)

ではでは、感想、評価、よろしくです!!

次章の、観測者たちの宴も頑張って書きます!!


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