ちなみに悠斗は、四聖獣が離れた今でも四聖獣の武器を使用することは可能です。
「入るぞ、古城」
悠斗がそう言って、古城が横になっている研究の一室に入ると、そこには全裸で弁解している古城に、顔を真っ赤にし
「な……!?なんてもの見せるのよ、変態真祖っ!」
「お前がいきなり斬り掛かって来たせいだろうがっ!」
「うるさい、黙れ!灰になれっ!」
顔を紅潮させながら、紗矢華が剣を振り回す。それはもはや、構えや型もあったものじゃない。古城は、無差別に振られる長剣を避けながら夏音を庇いつつ後退する。
悠斗は溜息を吐いてから、古城と紗矢華の間に割って入り、
「――刀牙」
キンッ、と甲高い音が響き、紗矢華は目を丸くし飛び退く。
「お前ら夏音を巻き込むな。夏音に何かあったらどう責任を取るんだ?んっ?」
悠斗に気圧された古城と紗矢華は、
「「……す、すいませんでした」」
そう言って、紗矢華は長剣を下ろし古城は安堵の息を吐く。
「ゆ、悠斗先輩。わ、私は大丈夫でした」
夏音は、紗矢華と古城を弁護する。
悠斗は刀を消滅させ、
「……まあ夏音がいいなら、手を引くけど」
今一納得がいかない悠斗であった。
ともあれ、古城は夏音が用意してくれた着替えに袖を通す。
「予想するに、煌坂は姫柊のことで古城を襲ったんだろ?」
何で知ってるの?と目を丸くする紗矢華。
まあ確かに、神代悠斗はこの件に関しては、何も知らされてない
「な、なんで神代悠斗が雪菜のことを知ってんのよ。あんたは、この件に関しては部外者の筈でしょ?」
「いや、思いっきり関係者だわ。件の詳細は、あいつに聞いた」
開いたドアから入って来たのは、美しい
「し、師家様ッ!」
その場で片膝を床に突け、敬いの格好を取る紗矢華。
さすがに、この場に三聖筆頭の一人がいるなんて予想外すぎた。
「紗矢華、あんたはもっと平静さをつけることだね。平静さを取り乱すことは、任務の失敗に繋がるよ」
「は、はいっ!師家様っ!」
頭を下げる紗矢華。
やはりと言うべきか、さすがの貫録である。
「あんた……ニャンコ先生!?そうか、あんたがオレたちを見つけてくれたのか……」
「正確には、紅蓮の織天使の魔力を追っただけだよ。それよりも、身体の調子はどうだい?第四真祖の坊や?」
古城は、坊やって、と口籠るが、縁から見たら古城はまだ数十年しか生きていない少年だろう。
しかし古城が思うに、こんなに美人の女性が悠斗と死闘を繰り広げたなんて想像がつかない。
「おおよその事情は、雪菜から聞いてるよ。不肖の弟子たちが随分迷惑をかけてしまったね」
破壊されたベットや、紗矢華を呆れ顔で眺め、縁が頭を下げる。
思いがけず、殊勝な縁の振る舞いに、古城は肩透かしを食らったような気分で唇を歪めた。
「あ、いや……迷惑ってわけじゃないんだが……てゆうか、なんだ、この状況?ここは、いったい何処なんだ?」
「叶瀬賢生の研究所だってよ、古城。俺から姫柊に起きてることを説明してやる、叶瀬賢生、補足を頼んだぞ」
悠斗が言うように、叶瀬賢生は
そして、縁の背後から現れた叶瀬賢生は、ああ。と頷く。
「姫柊の身に起きていること……?」
古城は疑問符を浮かべる。
「古城。姫柊が発していた光、何かに似てなかったか?」
悠斗の言葉に古城は記憶を遡り、一つの可能性に行き着く。
――あれは、悠斗と凪沙が纏っている守護の光の酷似しているではないか。
「ま、まさか。天使化……か?」
古城は震える声で呟く。
人間の身で天使に近付く、それは世界の理に反する者になるのだ。
「そうだ。姫柊の中では、
「じゃ、じゃあ、儀式はどうなってるんだよっ?」と、古城が訊き返す。
確かに、模造天使を創り出す為には、人体を強制的に天使化させる為の高出力な霊的中枢が大量に必要でもあったのだ。
「人体が耐えうる限界まで強化された霊的中枢回路を七人分――それを一人の人間の体内に移植することで、ようやく完全な模造天使が生まれる」
賢生が悠斗の言葉を補足する。
夏音が、ビクッ、と体を震わせたが、賢生はそれを気にすることはなかった。
「あ、あいつが他人の霊的中枢を奪ったことなんて、これまで一度もないはずだぞ!?」
古城の言う通り、雪菜は他人の霊的中枢を奪っていない。
だが、雪菜の槍はそれに似た効果を発するのだ。
「第四真祖。剣巫には
古城は賢生の言葉に「どういうことだ?」と、疑問符を浮かべる。
「
「それが、雪霞狼の副作用か――」
古城はそう言ってから、表情を怒りに歪めて縁を睨み付ける。
「なんだよそれは!?ふざけてんのか!?あの槍は、お前ら獅子王機関が姫柊に使わせていたんだろうが!?」
縁は古城に睨まれながらも、平静に話し出す。
「雪霞狼を使いこなせるのは、ごく限られた適合者だけでね。剣巫として未熟な雪菜が、お前さんの監視役に選ばれたのも、雪霞狼と極めて高い適性を持っていたからなのさ」
縁がそう言って目を閉じた。少しだけ辛そうに首を振る。
「だがそのせいで、雪菜の天使化は獅子王機関の予想より速く進行しちまった。今回の件は、あたしたちにとっても想定外だったんだよ」
「でも、雪霞狼を使用しない限り、姫柊の日常生活に支障はないらしいぞ」
悠斗が縁の言葉に付け加える。
「じゃ、じゃあ。姫柊がもう戦うことがなければ、天使化は防げるんだな!?」
「……そうだな」
悠斗が言葉に詰まった理由は、雪菜はこの事柄が解決しない限り、戦場に赴き戦おうとするだろう。それは、雪菜の性格を知っていれば予想は容易いことだ。それは縁も同じことを思っている。なので縁は、あの指輪に賭けるしかない。
「……そうか。戦わなければ姫柊は消滅しないんだな」
だが、雪菜は幼いころから過酷な訓練に明け暮れ、剣巫になる為だけに育てられたのだ。
そんな彼女が、剣巫としての力を奪われる。それがどんなに残酷なことか、古城には薄々想像はできた。
「今の話、姫柊には――」
古城はどうにかそれだけを口にする。
縁は、少し困ったように肩を竦めた。
「あの子が起きたら、あたしの口から伝えておくよ。そんなわけで第四真祖――今日の所はお引き取り願えるかい?雪菜も、落ち込んでいる姿をお前さんに見られたくはないだろうからね」
「姫柊をほっといて帰れっ、ってことか?」
「
苛立つ古城を冷たく睨み返して、縁がそう言った。そして縁は、話を聞き呆然とする紗矢華を眺めて、
「後任の監視役が決まるまで、あんたには紗矢華をつけておく。ま、仲良くやっておくれ」
え、私。と驚いたような顔をする紗矢華を、マジか。と古城は見下ろした。何しろ古城は、先程紗矢華に殺されかけたばかりである。
紗矢華と古城は顔を見合わせ、二人同時に溜息を洩らした。
勘弁してくれ、と落ち込む古城と紗矢華の横顔を、夏音は心配そうに見守っている。
♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦
~廊下~
縁と悠斗が部屋から退出し、廊下の一角である物を手渡していた。
それは縁と悠斗たちの話の中で話題に挙がった――白銀の指輪である。
「これであたしの役目は終わりだよ。――もし雪菜が無茶な決断をしたら、助けてやっておくれ」
「……俺に託すとか、敵だった奴を信用しすぎだと思うんだが」
「お前さんはあたしにとって好敵手だったからね。――だからこそだよ」
指輪を受け取り、溜息を吐く悠斗。
「わかったよ。姫柊は後輩であり凪沙の友達だからな」
縁は「素直じゃないね」と言って、ふっと笑う。
「
「ああ。あんたの弟子は、
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ギターケースの中に雪霞狼が入ってることを確認して、雪菜はファスナーを締めた。
叶瀬賢生に病室の代わりに用意された小さな実験室である。室内にいるのは雪菜一人だけ。気分が悪いと嘘をつき、賢生を追い払ったのだ。
患者着に雪菜の髪には、銀色の蝶が止まっている。雪菜が呪術で創り出した蝶の式神だ。その式神を使って、先程の縁たちの会話を聞いていたのだ。
「雪菜ちゃん」
一目を避けるように周囲を見回しながら、夏音が部屋に入って来る。彼女が胸に抱いているのは、綺麗に折り畳まれた彩海学園の制服だ。
「雪菜ちゃんに制服、洗っておきました。あと、これ。私ので、よかったら」
そう言って、夏音が手渡してきたのは、新しい下着と靴下だった。多少気恥ずかしくはあるが、今の雪菜には有り難い心遣いだ。昨日からの海風と雨、戦闘によって雪菜の制服はくたくたな状態だったのだ。
「ごめんね、いろいろ迷惑をかけて」
渡された制服に着替えながら、雪菜は夏音に礼を言う。
渋る夏音に強引に頼み込み、雪霞狼と制服をこっそり運んでもらったのは雪菜なのだ。自分の我儘で夏音を苦しめるのは承知だったが、夏音が脱走を手伝ってくれると、雪菜は最初から確信していた。もしも夏音が雪菜の立場なら、きっと夏音も同じことをする。――雪菜はそれがわかっていたからだ。
自分の存在が
「私のほうこそ、ごめんなさい、でした。私が
胸の前で両手を握り合わせて、夏音は泣き出しそうな表情を浮かべている。
「夏音ちゃんが謝るようなことは、何もないよ。それにあの時、夏音ちゃんを助けたのは暁先輩と神代先輩だから。ううん、あの時じゃなくて、いつも――」
雪菜は首を振って優しく苦笑した。
そう。雪菜が古城の監視を始めた時、古城はいつも誰かを助けようとし、悠斗も気だるそうにしながらも古城に助力していた。
古城たちが吸血鬼の力を使うのも、誰かを助けようとする時だけなのだ。
だからこそ、絃神冥駕と対峙する古城と悠斗――今では、暁凪沙もいる。自分は彼ら、彼女の為なら身を捧げても構わないと思っている。
「ひとつだけお願いを聞いてください」
着替えを終え、ギターケースを背負う雪菜を見つめて夏音が言う。
「え?」
雪菜は驚き、夏音を見返した。こんな時に願い事を言い出すのは、夏音らしからぬ行動に思えたからだ。夏音はそんな雪菜の手を握って、囁くように告げる。
「戻ってきて、雪菜ちゃん」
涙に揺れる夏音の瞳を、雪菜は無言で見返した。夏音に嘘はつけない。約束はできない。だから雪菜は、精一杯の思いを込めて、一言だけ伝える。
「ありがとう」
と、夏音と視線を合わせて。
その時不意にドアが開き入ってそこに立っていたのは、雪菜と同じ制服に袖を通し、肩まで流れる髪をポニーテールに纏めている女の子――暁凪沙である。
凪沙は「……そっか」と言って、両眉を下げる。
「行くんだね、雪菜ちゃん」
「ごめんね、凪沙ちゃん。どうしてもこれだけは譲れないの」
凪沙を見る雪菜の瞳には強い眼差しが宿っている。
「……うん、わかってる。わたしも同じ状況に陥れば、雪菜ちゃんと同じ決断をしてるもん」
凪沙は「……悠君。ごめんなさい」と呟く。
「――雪菜ちゃん。わたしも同行するね。戦力は多い方がいいでしょ」
凪沙の提案に目を丸くする雪菜。
きっとこの言葉の裏には「共犯者がいた方がお説教は緩和されるよ」という意味も込められている。
「いいの?たぶんだけど、神代先輩たちには私のことを止めるように言われてたんだよね」
「……うん。でも、わたしが雪菜ちゃんをお手伝いしようと今決めたから」
「ありがとう、凪沙ちゃん」
そんな雪菜たちを見ながら、夏音は微笑する。
「――雪菜ちゃん、凪沙ちゃん。行ってらっしゃい」
「「――行ってきます」」
そう言って、ギターケースを背負った雪菜と凪沙は夏音に微笑してから病室のドアを潜り、古城たちの元まで走る。
こうして、絃神冥駕との戦いは刻々と迫っていく――。
凪沙ちゃんの神々に纏わる裏話?
なぜ凪沙ちゃんが眷獣の権利(融合)が可能かというと、四聖獣の元の宿主が悠斗ではないからなんですよね。
青龍は神代龍夜(父)、白虎は神代優白(母)、朱雀は神代朱音(姉)、玄武は一族に祀られていた眷獣(一族の呼びかけがあれば召喚可能)。それに凪沙ちゃんは両親の魂と出会い権利条件を満たしてますし。
特に朱雀との相性(融合)は、悠斗より適性があります。まあ朱音の魂を宿しているという要素もありますが、それを抜きにしても悠斗より適性は高いです。
逆に言えば、
追記。
縁は三聖という立場もあり、冥駕との戦いには介入できない立場の設定です。