「再びお目にかかれて光栄ですよ、第四真祖。本当はもっと早く会えることを期待していたのですが……まあいいでしょう。おかげで、私の傷も癒えた」
古城たちとの間合いを詰めながら、冥駕がそう言う。
「古城、姫柊。お前らは俺と凪沙の後ろまで下がれ。雪霞狼と古城の眷獣は、冥駕の
万物には陰と陽、始まりと終わりがあるように、霊力と魔力の拮抗は生命の揺らぎその物だ。人間であれ、魔族であれ、霊力と魔力の双方から切り離された状態では命を維持できない。だが、絃神冥駕には、この法則は当てはまらないのだ。
それは、負を司る真祖の眷獣も例外ではない。
「ふふ、そうですね。紅蓮の織天使が指摘したように、私の
冥駕は楽しそうに笑う。
そう。冥駕の言う通り神々の眷獣は例外なのだ。悠斗たちの内に眠る眷獣は、その法則さえも無効にすることが可能なのである。
「お前がここに居るってことは、浅葱は第零層に幽閉されてるんだろ」
悠斗が冥駕に問いかける。
だが冥駕は、やれやれ。と言った風に、
「カインの巫女はこの場には居ませんよ、紅蓮の織天使」
「居ないだと?」
「はい。カインの巫女は、この場では無い場所に幽閉されているとのことです。私も、詳細までは解りませんが」
すると古城が、
「オレらが、脱獄囚の言うことを、ホイホイ信用できるわけねーだろう」
そう言って、古城は怒鳴り返す。
魔導犯罪者が現れた場所が、ただの場所だとは考えにくい。浅葱の居場所が解らず、帰ることなど出来ない。
冥駕は、ふむ。と心外そうに呟く。
「確かに私は犯罪者ですが、君たちも私たち側だと思うのですが?」
「うっせーよ!」
古城は今までの事件を思い出し言葉に詰まるが、今はそれ所じゃない。
古城は殺意の籠った視線で、冥駕を睨み付ける。
「浅葱はどこだ、絃神冥駕。力ずくでも答えてもらうぞ」
冥駕は、ふっ、と失笑する。
「第四真祖、あなたは勘違いをされている」
古城は眉を寄せる。
「勘違い?」
冥駕は微笑んで、古城を見る。
「私は第四真祖、あなたには脅威を感じていない。興味も抱いてない。とういことで、君たちならばここから特別に見逃してあげましょう」
「そいつは親切にどうも」
古城が溜息混じりに溜息を吐いた。
冥駕は、面白そうに悠斗と凪沙を見つめ、
「だが、この場に君たちがやってくるのは予想外でした。貴方たちは、先程始めた宴には必要な存在です。私から真実を告げましょう」
悠斗が眉を寄せる。
「真実?」
悠斗は、絃神冥駕の言う真実が、何のことか想像もつかない。
冥駕は、真実です。と言って、
「なぜ天剣一族と呼ばれる一族が、神々の眷獣を宿すか、ということですよ」
冥駕の発言は、悠斗も知らない
なぜ奴が知っているのか解らないが、この場で、真実。とやらを話す気なのだろう。
「君たち天剣一族は、完全なる第四真祖と同じく、“天部”の連中が咎神カインに対抗する為に創造した者ですからね」
「……聖殲か」
もしかしたら、悠斗が
なので、異境を切り裂くことができる一族の宝剣が
「はい。だからこそ異能狩りたちは、脅威と成り得る天剣一族を滅ぼした」
「……奴らは
冥駕の言っていることは真実なのだろう。
これならば、異能狩りが天剣一族を襲った理由の辻褄が合うのだ。
「はい。君たち一族は、正確には聖戦の末裔なのですよ。だからこそ、異境の力に対抗できる力を備えることができる」
それは、
「だからこそ、この場で死ねと」
「そうしてくれるのが一番有難いのですが、君たち相手では一筋縄ではいかないでしょう。――
――
それを指すのは彼女――暁凪沙のことだろう。
その場で冥駕は、
その影は、厚みを持たない闇色の刃。世界そのものを侵食する闇の
「第四真祖。貴方に横槍を入れられるのは、今以上に分が悪くなるので、大人しくしていて下さい」
「くそっ……。この感覚!
冥駕の
「古城君っ!――
凪沙が古城に左手を向けると、その掌からは浄化の焔が古城を包み込む。そして、古城を取り巻く異境の刃を消滅させると、古城は、げほっげほっと、膝を突く。
冥駕はふっと笑い、
「暁凪沙、それは朱雀の焔ですね。さすがにあの程度の異境は浄化させてしまいますか」
やはりそうか。と悠斗は内心で頷く。――本来の飛焔の使用方法は、異境の一部を浄化させる焔だったのだ。
飛焔の能力が割れているということは、ほぼ全ての四聖獣の能力は割れているだろう。悠斗が思うに、絃神冥駕は聖戦の血の記憶を保有している。
「――降臨せよ、
悠斗が召喚したのは、第四真祖の眷獣だ。
上半身は人間の女性。そして美しい魚の姿を持つ下肢。背中には翼。猛禽の如き鋭い鉤爪。
氷の人魚。あるいは
「――
「……ほう。紅蓮の織天使が第四真祖の眷獣を召喚しますか、ますます興味深いですね」
氷を割った冥駕に肉体から零れ出るのは、腐敗した血液のようなどす黒い液体だ。
冥駕はそれを気にすることなく、古城たちの方へ歩き出す。
「……なるほど。
だからこそ、絃神冥駕は
「さすがの知識量ですね、紅蓮の織天使」
「まあな。昔の趣味が情報集めだったんでな」
このままでは埒が明かない。
それにこの場で眷獣の力を全力で振るえば、キーストーンゲートは破壊され、絃神島を破壊してしまうのは免れないだろう。
なので、この場での戦闘を長びかせるのは得策ではない。それに、周囲に人が居るのか悠斗はずっと感知を続けていたが、この場には古城たちと冥駕しか居ない。冥駕の言う通り、この場に浅葱はおらず、違う場所へ幽閉されているのだろう。そうなれば、もう一度リディアーヌに協力を求めた方が得策だ。
この場で冥駕を殺すことは可能だが、冥駕が起動した聖戦を止めるとなれば、この場で冥駕を殺すべきではない。捕まえるにしても、仮死状態は失敗済みだ。
「ふっ、まずは邪魔になろう第四真祖を片付けましょう。君たちには、この子たちの相手をして貰います」
冥駕が
正体は
「――玄武、を召喚して無に還すのもいいですが、それは事前に対策済みです。どういうものかは教えられませんが」
「親切に教えてくれてどーも。お前が聖戦の血の記憶を保有してる限り、攻撃手段が限られているくらい解ってるわ。……玄武の欠点、反射、だろ」
守護を纏えば自身に“無”の効果を受けることは無いが、それ以外の者を対象にされ、それが直撃したらその者が“無”に還ってしまう。――今までは弱点が露見していなかった為、周りに気を配るだけで済んだが、今回ばかりはそうはいかないだろう。――謂わば玄武は、諸刃の剣でもあったのだ。
「やはり、眷獣の欠点くらい解っていますか。――行きなさい、
おそらく、生身で一撃を受けたら強制的に
「っち。――凪沙」
「――りょうかいっ!」
悠斗と凪沙は、ある呪文を詠唱する。
「――紅蓮を纏いし不死鳥よ。我の
「――氷結を司る妖姫よ。我を導き、守護と化せ。――来い、
凪沙と朱雀は融合し、背部からは二対四枚の紅蓮の翼が出現し、瞳も朱が入り混じる。そして悠斗も、召喚した
「――我を導く
悠斗が両手で柄を持ち握る剣は、天然の神格振動波を生み出している。
鏡花水月は雪霞狼の上位互換見たいなものだろう。もしかしたら、雪霞狼は鏡花水月を元に創られた槍、なのかも知れない。
「――天を統べる青き龍よ。我の矛になる為、我に力を与えたまえ。汝、我を導き槍となれ。――
凪沙が両手で握るのは、青龍そのものが武器となった槍。
この稲妻の槍は、眷獣そのものと言っていい。そしてこの槍は、数万ボルトの稲妻により形成されているので、宿主以外の者が触れると身を焦がす。そして凪沙は、青龍の稲妻で、擬似的な神格振動波を生み出している。
悠斗と凪沙は頷き、飛来する死神と対峙する。
悠斗と凪沙は、ある死神は斜めから斬り付け消滅させ、ある死神は絶対零度と浄化の焔で留めを刺す。
「ッ!数が多いな」
「悠君っ。
悠斗も解っているが、容易に近づくことは間々ならない。
最悪、死神に取り付かれて、守護を剥ぎ取られ、強制的に
♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦
冥駕が、背中から倒れ込む雪菜を見下ろす。
「第四真祖の前に、あなたからです」
雪菜は先程まで、冥駕の
「かつて冬佳が救ったあなたを、私が殺す。――これも私に相応しい運命の皮肉か」
ぼそり、と冥駕が静かに呟く。
「冬佳……様?あの人の名前を、あなたが、どうして……?」
「さようなら……神狼の巫女よ――冥餓狼!」
冥駕が
「姫柊、逃げろ!」
古城の背後からのタックルが、冥駕を吹き飛ばす。
攻撃を中断された冥駕は、傷付いた古城を鬱陶しげに睨む。だが古城は、先程の冥駕の
それでも、古城は雪菜を庇うように前へ出る。
そんな古城を、冥駕は冷ややかに見据えて、ゆるりと槍を構えた。それは、獅子王機関の攻魔師だけしか知らない構え。
「駄目です、先輩!逃げて!」
「――冥餓狼!」
冥駕が古城の懐に飛び込み、音も無く槍を振るう。
この行動には、雪菜も古城も反応することが叶わなかった。そしてそれは、古城の心臓を刺し抜き、背中まで深々と突き刺さる。
激しく飛び散った鮮血は、雪菜の頬を赤く濡らした。
「先……輩……」
雪菜の喉が引き攣るように動き、声を絞り出した。
古城の体が床に転がると、鮮血が止めどなく流れ出す。一般の吸血鬼なら、絶命している出血量だ。
「う……あ……ああああああああああああああぁぁ――っ!」
雪菜は雪霞狼の柄を握り絶叫し、闇に包まれていた空間に眩い純白の閃光が染める。
そして、雪菜の背から溢れ出した輝きが、巨大な紋様を空中に掻き出す。――その翼は、悠斗と凪沙に付与された、守護の翼と酷似している。僅かに異なる点と言えば、翼の枚数だろうか。
「馬鹿な……まさか、この力……!?」
冥駕の唇が驚愕に歪む。
不死身の筈の冥駕の肉体が白煙を噴き上げて焼け焦げ、
冥駕は閃光の中で目を細めながら
「やってくれたな、獅子王機関っ!これがお前らの本当の目的か……!」
傷付いた体を引きずるようにして、冥駕は雪菜に近付いて行く。
雪菜は既に意識を無くしている。今なら冥駕は、雪菜を殺すことができるのだ。――否、殺さなければならないのだ。
だが、
「
心臓を貫かれた筈の古城が、獰猛に笑った。
雪菜の放った閃光が、古城から失われていた力を復活させたのだ。
「疾き在れ、五番目の眷獣、獅子の黄金――!」
古城が召喚した黄金の獅子が、第零層と呼ばれていた空間を凄まじい閃光と衝撃波で薙ぎ払う。人工島の大地を揺るがす圧倒的な魔力。その黄金の輝きが、第零層の空間を飲み込んでいく。
♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦
死神を全て消滅させ、
何故、このような力が発生しているのか解らないが、悠斗が危惧していた、第零層が崩壊するだろう。最悪、絃神島を破壊し得る力だ。
「ッ!?第四真祖の眷獣もかよ!――凪沙!」
「わ、わかってるっ!」
悠斗と凪沙は圧倒的な飛翔で後方に跳び、武器を消し雪菜と古城たちの前に着地。
既に雪菜が放つ閃光は光を失っている。雪菜を殺そうとする冥駕も、地鳴りのように金属の床が揺れ、立つこともままならないのだ。
「――紅蓮を纏いし不死鳥よ。汝の守護を解放し、今ここへ降臨せよ!」
凪沙が詠唱を唱えると、凪沙の守護が解け、傍らに紅蓮の不死鳥が召喚される。
「朱君!翼で古城君たちを覆ってっ!」
凪沙がそう言うと、朱雀は甲高く一鳴きし、朱い翼が古城たちを覆う。
「――
悠斗が周囲に氷結を撒き、それが結界のように朱雀を覆うようにして、仮結界のように召喚する。これならば、朱雀の守護+氷結の結界なので、真祖の眷獣の攻撃を受けながらも守護することが可能になる。
――そして古城たちは、崩れた金属の床の下に落下し、第零層の下の階まで落ちていく。
凪沙ちゃんの感情が高ぶってる場合は、朱雀や青龍呼びですが、普段は朱君や龍君呼びです。
それが複数となれば、もっと最悪です。悠斗たちはそんな奴ら複数を相手にしてました。
眷獣複数召喚(守護を除く)も考えていましたが、周囲の被害を考慮して召喚しませんでした(第四真祖の眷獣より被害大)。……まあ最終的に古城君が召喚してしまったんですが。
追記、古城は眷獣を召喚して雪菜を援護しようとしましたが、霊力が使えない雪菜に当たれぱ、雪菜は消滅してしまうので援護がままならない状況でした。