疾走だけはしないので許してください……。
で、では、本編をどうぞ。
悠斗のマンションにあるテレビでは、燃え盛る倉庫街の様子が映し出されていた。 昨夜、絃神島の
爆発によって引き起こされた火災は、折からの強風に煽られて燃え上がり、一晩経った今も収まる気配がない。
今回の魔道テロによって人工島管理公社が失った備蓄食料は、絃神市民一人当たりに換算して約六十日分。 損害額は、百億円から二百億円とも言われていた。
それから、テレビ前のソファに座る悠斗と凪沙が口を開く。
「タルタロス・ラプスの奴らに完全に乗せられたな」
「確かに。 ディセンバーさんたちは、私たちの行動パターンも眷獣まで解析してたしね」
だが、黄龍、麒麟、
「今回の件では、四神たちは凪沙に預ける」
「りょうかい。 朱君たちは凪沙に任せて」
「頼んだ。 後、
“タルタロスの薔薇”という単語が、今回のテロ事件の深くかかわっている事には間違えない。
そして、千賀の言葉を汲み取ると、既に“タルタロスの薔薇”を起動する準備が着々と進められているのだろう。
「うん。 悠君の情報の中にも該当するものは無いんだよね?」
「ああ、全くない。 今は手探り状態って感じだ。 てことだし、情報収集に向かうか」
「ん、りょうかい」
立ち上がった悠斗たちは窓を開け、悠斗が左手を突き出した。
「――降臨せよ、黄龍!」
悠斗たちの前に黄金の龍が召喚され、悠斗と凪沙は黄龍の背に飛び乗る。
上から探索するように地上を見ていたら、ある公園の真ん中に中世的な小柄な少年が姿を現す。 その少年とはロギと呼ばれ、昨夜、
「……案内するから降りて来いってことか」
「……悠君。 今は彼の指示に従おうよ」
「……了解。 でも、警戒は怠るなよ」
俺は黄龍を下降させ、少年が居る前に着地させる。 それから眷獣を異世界に還し、少年と向き合う。
少年の周囲は、ゆらゆらと揺れている陽炎だ。 温度差による屈折を利用して、自分の姿を消しているのだ。
「(……なるほど。 道理で気配が感知できないわけだ)」
そう思いながら、内心で溜息を吐く悠斗。
「俺たちをこれからどうしたいんだ?」
「うん。 君たちと、
ロギと呼ばれる少年が、抑揚の乏しい声で告げる。
だが、この場でロギを捕まえてタルタロス・ルプスの情報を聞き出せば、今の窮地から抜け出すことができるが、ここからは駅が隣接している。 もし、悠斗たちが不可解な動きを見せれば、狙撃者が駅にいると思われる住人を射殺する算段なのだろう。
「はあ、そんなことしなくても大人しく着いて行くよ」
「君たちは脅しじゃないって解るからね」
武装を解除する悠斗と凪沙。
「状況判断が早いね。
ロギは悠斗たちに背を向け、無防備に歩き出す。
「大したおもてなしはできないと思うから、期待しないで」
知ってるよ。と頷き、悠斗と凪沙は歩き出した。
♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦
その建物は、
悠斗は立ち止り上を見上げると、看板にはセンガ・ペットクリニックという名前があり、デフォルメされた肉球のマークが刻まれている。 ごんまりとした建物はパステルカラーで統一され、窓には色画用紙で作られた動物たちが幾つも張り付いている。 病院の入り口には、『休診』と書かれた立て札がかけられている。
確かに、動物病院なら見慣れない人間が出入りしても怪しまれる事はない。 また、それなりの薬品を入手する事も可能だ。
「なるほどなぁ。 動物病院か」
「カモフラージュには打って付けの場所だね」
ロギは入口のドアを開け、院内に入って行く。 どうやら、この動物病院に
「んで、俺らを隠れ家まで案内してもよかったのか? 俺たちがバラしたら、
「君たちは、南宮那月に報告をするかも知れないが、
なるほど。と、悠斗は頷いた。 確かに、ロギの言う通りに事が運ぶ確率が高い。
ともあれ、ロギは、建物の奥にある診療所へと悠斗たちを手招きする。 おそらく、この先に
診療所に入り悠斗たちを待ち受けていたのは、簡素な椅子に座った千賀だ。 千賀は、悠斗たちを見ると値踏みするように目を細める。
「古城と蓮夜も呼ばれてんのかよ……」
「オレの場合は、気まぐれだけどな。 風水術師を見る機会は稀だしな」
「オレは悠斗と同じ感じだ」
蓮夜の場合は気まぐれで、古城たちの場合は、悠斗と同じく連行。ということだ。
その時、千賀の背後で薄いピンク色のカーテンが揺れ、そこから顔を出したのは、だぶだぶの分厚いコートを着た少女だった。 可愛らしい顔立ちだが、無表情で目つきが悪く、首には長いマフラーを巻いている。 年齢は十代半ばといった所だろうか。
彼女がトレイに乗せて運んできたのは、カップ入りのアイスクリームだった。 バニラ味とチョコレート味を其々悠斗たち渡し、余った最後の一つを自身が取る。
「食べて、いいよ」
「ありがとうございます」
「じゃあ、私も遠慮なく」
「ありがとう。 いただきます」
マフラーの少女に促され、女性陣はアイスを口にしたが、男性陣は顔を顰めるだけだ。
だが、出されたものに手をつけないのも失礼だろう。 そう思いながら、悠斗たちもアイスを口にした。
それから、最初にアイスを食べ終わった悠斗が、千賀に問う。
「千賀。 俺たちを此処に連れて来た理由が聞きたいんだが?」
「そうだな。 君たちに私たちが絃神島を破壊する理由を知れば、協力してくれるのでは、と期待して此処に呼んだんだ」
千賀が言うには、絃神島を破壊するのには、特別な理由があるらしい。
「ここ絃神島は、悲劇を齎す島。 咎神カインを復活させる為の祭壇だからだ」
千賀が言うには、絃神島の設計者――絃神千羅は、カインの復活を望んでいたが夢半ばで命を散らした。 だが、彼の思想を受け継いだ者たちが絃神島の中枢に残っている為、その者たちを暗殺していったという事だ。
「聖殲派などと言うお粗末なテロリストとは訳が違う。 何十年もの歳月をかけて咎神カイン復活の準備を整えた、本物の魔導の探究者たちだよ」
この時悠斗は、最後のピースが嵌まったように感じていた。
「(……千賀の言葉から察するに、浅葱以外にもう一人カインの巫女がいるってことか)」
おそらく絃神島の幹部たちは、眠りに就いているカインの復活を目論んでいるのだろう。 今まで、浅葱が自由に動けたのが証拠だ。
だが――、
「(……いや、浅葱を使えば、何か大規模なことが出来るから野放しにしていた……? モグワイは浅葱の監視役?)」
駄目だ、解らん。 そう思いながら思考を停止させる悠斗。
その時、口を開いたのは蓮夜だ。
「悪いが、オレはそういうの如何でもいいんだよ。 てことで、帰っていいか?」
確かに、悠斗には蓮夜の気持ちが解る。
今もそうだが、悠斗が一番に考えるのは、凪沙との生活だ。 おそらく蓮夜も、美月との生活を大切にする。の事柄だけしか考えていないのだろう。 なので、周りの事には興味を示さないのだ。
「……貴様ならそう言うと思っていたよ。 まあ、この件に関わらないでくれていたら、それで良い」
口約束だがな。と言って蓮夜と美月は動物病院から出て行った。 だがまあ、悠斗の予想では、蓮夜はこの事柄に最後まで関わると思っている。――悠斗と蓮夜は兎も角、凪沙と美月は友達なのだがら。
そんな時、古城が口を開く。
「で、あんたは何が言いんたいんだよ?……殺しに加担しろとか言わねぇよな」
ふふ、と千賀が失笑を洩らした。
「殺しか、違いない。 だが、私は先程言っただろ。 絃神島の正体は咎神カイン復活の祭壇だと。 もし、咎神カインが完全復活するとなれば、島の連中は何も知らずに消滅するんだぞ」
「……証拠もなしに、あんたの話を信じろっていうのかよ」
古城は荒々しく言い返すが、千賀は不思議そうに古城を見返した。
「お前たちは知ってる筈だ。 絃神千羅という男は、どんな極悪非道な手段も実行する、とね」
そう、それはロタリンギアの『聖人』の遺体を生贄に捧げていた事だ。
絃神島の設計時、不足した要石の強度を確保する為に、絃神千羅は禁忌をされていた供犠健在を解決策として、ロタリンギアの大聖堂より『聖人』の遺骸を簒奪した。
「そんな男が目的もなく、善意で人工島の“魔族特区”を設計したと思っているのか?」
――断じて否だ。と、強く主張する千賀。
「だからこそ、私たちタルタロス・ラプスは、この手で咎神カインの復活を阻止する」
確かに、タルタロス・ラプスは自らの手で“イロワーズの魔族特区”を滅ぼした。 だからこそ、公表はされずともタルタロス・ラプスが“魔族特区”を破壊したという実績は、自分たちの主張を裏付けてくれるだろうと。――これは、大義ある行為、タルタロス・ラプスは世界を救う、と。
「私の話はこれで終わりだが、返事を聞こうか」
千賀は、古城と悠斗に協力するのか?と問いかける。
「……正義と悪は紙一重、だね」
凪沙は呆れたように溜息を吐き、それを見た千賀は目を細める。
「……何が言いたい、
「最近、私たちも同じ経験をしたんだよ。 その時
千賀は感嘆したように、
「ほう。 ならば、私たちと同じ思想の持ち主だったのだろうな」
「そうかも知れないけど、絃神島の人々を傷つける行為はなんか違うなって、私は思うよ」
「……それは偽善だ。 何かをやり遂げる為には、何かを犠牲にするのは必須。 それとも何だ、お前はこの件を片付けられるとも?」
「まあうん、悠君と力を合わせれば、何とかなっちゃう気もするんだけど……」
だが、不確定要素が多いから、凪沙は断言することはできなかった。
「でも何であなたたちは、それが正義だと決めつけてるの? 誰かに相談した? 何で周りの声を聞かないの?」
千賀は、凪沙の言葉を聞き、微かな苛立ちが滲み始めていた。
だが、凪沙の言葉は続く。
「私だったらこの件を公表して、周りの信用を得るのが最善だと思うけど」
「……公表か……やろうとしたさ。 何度もな!」
千賀が初めて声を荒げる。
「だが、その結果が今のこの状況だ! 世界は何も変わらなかった! そして、咎神復活の計画だけが着実に進んで行く!」
「だからタルタロス・ラプスを結成し、自分たちで復活を阻止する。 それは正義だから、犠牲はつきものってか?」
悠斗の問いに、千賀は声を荒げて反論する。
「咎神カイン復活阻止為には、多少の犠牲は止む負えない!」
「ああそう。 なら、あんたらに、俺たちが協力することはない。 古城も俺たちも、偽善者の集まりなんだわ」
悠斗と古城は、何かを犠牲にして何かを得るなど望んでいない。……まあ、悠斗の場合は
千賀が「……そうか」と呟くと、暴風に似た魔力の奔流が、悠斗たちに向かって吹き付けてくる。 ふと気付けば、診察室の床面に、複雑な魔法陣が浮かび上がっていた。
「風水術か――!」
「皆さん! 伏せて下さい!」
悠斗たちを庇って前に出たのは雪菜だった。 ギターケースから弾き抜いた“雪霞狼”を一閃し、その切っ先を床に突き付ける。
槍の穂先から迸った閃光が、千賀の魔法陣を切り裂き、膨大な魔力が出し抜けに消失し、先程までの魔力の暴風が消失し診療室に静寂が戻って来た。
しかし、千賀たちの姿はない。 彼らは、隠れ家を捨てたのだ。
「まあ、こういう準備をしてなければ、俺たちを呼び出す真似はしないだろうしなぁ」
当然ちゃ当然か。と呟く悠斗。
それよりも、もう一人のカインを復活させるなら、浅葱は邪魔な存在となる。 それに、千賀とディセンバーが分かれて行動しているのも気にかかる。
古城は浅葱の安否確認の為、スマートフォンに電話をかけるが、一向に繋がらない。
「……何かに巻き込まれてるのか?」
古城がそう呟く。
「……いや、解らん。 まあ、巻き込まれてるとしたら碌でもない事は確かだけどな」
「玄武の気配感知は?」
悠斗は神経を研ぎ済ませる。
「正確にではないが、此処から数キロ離れた所にある。 消滅してないって事は、浅葱はまだ生きてる。 てか、基樹のもあるな」
古城は安堵の息を吐き、
「そうか。 矢瀬と一緒に行動してるのか。 でも――」
「ああ、解ってる――凪沙」
凪沙は、りょうかい。と言って頷き、左手を掲げる。
「――おいで、朱雀」
凪沙が傍らに召喚したのは、悠斗から預けられた紅蓮の不死鳥だ。
「みんな、乗って! 浅葱ちゃんも所まで、急がないと!」
頷き、朱雀の背に飛び乗る悠斗たち。
そして、朱雀が飛翔した所でトラウマを思い出した古城は顔を青くしたが、それを見ても悠斗たちはスルーするのだった――。
蓮夜、美月ちゃんの出番は後半にある感じです。
ライバルキャラ出さなければよかったかなぁ。若干、扱いに困っております(-_-;)
まあ、如何にかするんですけどね。てか、キャラが被らないように注意しないとなぁ。いや、共通点はかなりあるけどね(汗)
以上、作者の言い訳?でした(^O^)
今後も頑張って更新しますね。
追記。
これから先は、悠斗君のアドバンテージがほぼ皆無になってくるんだよなぁ。まあ、眷獣(武器にもなる)たち、悠斗君の技はチートになるんですが(笑)
てか、この章は書くの難しい。頭がごっちゃになりますね(^_^;)
追々記。
悠斗君たちの眷獣召喚は、人目に触れない所で召喚しているので、周囲には露見してないっス。