騎士王が兜に王位を譲る話   作:VISP

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第32話 Stay night編その26 エピローグ

 士郎が意識を取り戻した時、あの戦いから一ヵ月も経過していた。

 涙ながらにお帰りなさいと告げる桜に、ただいまと告げる事に幸福を感じつつ、直ぐに友人知人で病室が騒がしくなる。

 土地の管理者である凛からは、あの戦いの後始末の殆どは終わったと知らされた。

 影による犠牲者の多くは行方不明とされ、言峰神父の代役が教会より派遣される事となり、凛の下にも魔術協会からの調査名目の立ち入りの申し入れがあったが、妹とその婿を守るために適当な理由を付けて断ったらしい。

 特に桜は中身も揃った聖杯状態なので、それこそ根源を目指す外道たる魔術師にとっては極上の獲物だ。

 絶対に他の魔術師に見つかる訳にはいかないので、ライダーと共に街全体への結界の敷設と桜自身へと隠蔽魔術を入念にかけたらしい。

 なお、士郎自身に関しては、対外的には一応優勝者?たる遠坂の弟子兼間桐から出戻りした妹と共に入り婿扱いなのだそうな。

 他にも細かい諸々を凛は遠坂家当主として遺漏なくこなしていった。

 なお、荒事に関してはちゃっかり桜から魔力を貰って現界しているライダーがこなしている。

 既に結構な数の魔術師を捕えては絞り尽くしてから強制送還しているらしい。

 全ては二人の妹(分)への愛と気になる少年への僅かながらの恩返しだったのは、本人達だけの秘密だ。

 

 さて、士郎だが、リハビリは一週間程度で終わり、そのまま退院となった。

 と言うのも、彼が助け出された時、奇跡的にも無傷だったからだ。

 服はボロボロで血だらけだったにも関わらず、そんな事が起こった理由は一つだけだ。

 

 『遥か遠き理想郷』

 

 騎士王の持つ、持ち主に不死を齎す鞘。

 それが埋め込まれた士郎の身体は、セイバーと近い繋がりがある限り、持ち主に不死性を約束する。

 あの激戦の名残と言えば、精々が前髪の一部が完全に白髪になってしまった事だろう。

 

 「彼女はね、最後の最後に自分の一部を貴方に埋め込んだの。それはもう鞘の燃料になってほんの極僅かだけど、貴方に移植したアーチャーの腕を抑える程度には今も効果を発揮しているわ。」

 

 それはアルトリアからの最後の贈り物。

 愛した人と最後まで共に在れると言う、最高の幸福。

 だが、贈り物はもう一つあるのだと、士郎は覚えている。

 

 

 「だから、待ってます。貴方が迎えに来てくれる時を。」

 

 

 綺麗な微笑みと共に、泣いていた彼女を覚えている。

 桜も大切で、彼女と過ごす日々は幸福だ。

 何時かきっと彼女と結婚し、子供を設け、孫に囲まれて往生するのだろう。

 或は、自分達の秘密がバレて、逃げ隠れした果てで惨たらしい死を迎えるのだろうか。

 例え結末がどちらでも、それでも士郎は精一杯生きると決めていた。

 何故なら、桜と共に人並みの幸せを得る事こそが、愛した二人が自分に最も望んでいる事であり…

 

 「分かってる。何時か必ず迎えに行く。だから、それまで待っていてくれ。」

 

 同時に、今の自分が最も焦がれた事なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 騎士王が兜に王位を譲る話 Fate/stay night編 完

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 と、此処で綺麗に終われば切なくも甘い典型的なラブストーリーだったのだが、そこで待ったをかけた者がいた。

 

 

 「シロー……ただいまぁ……。」

 

 

 なんと、死んだと思っていた衛宮士郎の義理姉が戦争終結から半年後に生還してきたのだ。

 

 無論、その直後の混乱は筆舌にし難い。

 あかいあくまは吠え、くろいかげが蠢き、へびは凍り付き、とらはテンションアゲアゲ大喜びだったと言えばわかるだろうか?

 窶れて萎びたメイド二人からの「先ずは休息と補給を…。」との力無い言葉が無ければ、そのまま衛宮邸は崩壊していたかもしれない。

 取り敢えず、風呂入って垢を流して、山盛りのご飯をこの日ばかりはと旺盛な食欲で平らげ、限界を迎えて気絶する様に眠った三人を敷いた布団において、翌日に遅く起きてきて、昼食を兼ねた朝食の場で何があったかを話したのだ。

 

 「もうあの時、世界の外側への孔は空いていたわ。私達はそれを塞ぐために残って、大聖杯の中に潜っていたの。」

 

 例え物理的に崩壊しようとも、既にそこは物理法則に喧嘩を売る魔術的法則が支配する空間だった。

 そして、中にあった汚染物質が排除されても、地脈に接続したシステムそのものは未だ残っていた。

 その機能を完全に停止し、空いてしまった孔を塞ぐには、システムに正規の手段でアクセス可能な彼女達の存在が不可欠だった。

 そこから、既に精神としての形を成していない冬の聖女へと干渉し、何とか孔を塞ぎ、完全に機能を停止させ、二度と再利用されないために念入りに自壊させたのだ。

 その全ての作業工程を終えるには、例え常人よりも遥かに高い処理能力を併せ持つ優秀な小聖杯たるイリヤスフィールをしても面倒な作業だった。

 だが、既に存在している魔力までは消せはしない。

 アンリ・マユが受肉のために殆どを消費したとは言え、それでも結構な量がまだ残っていたのだ。

 それを彼女達は「お、ラッキー♪」と言う感じに利用し、あっさりと健康な肉体を作成する事に成功したのだ。

 故にこそ、短命である筈の彼女達は未だに生き永らえている。

 

 「と言う感じよ。」

 「私、頭痛くなってきた…。」

 

 凛が頭を抱えて落ち込む。

 天才な彼女だからこそこの程度で済んでいるが、そこらの魔術師ならば発狂ものの内容だった。

 何せ万能の願望器を二度と使い物にならない様に壊した挙句、英霊が元となった魔力を健康な肉体を得るためだけに使う等、魔術師からすればもう色々とフザケンナ!と激怒されても仕方ないだろう。

 

 「で、凛は凛で宝石剣はどうしたの?一応大師父からの課題は解けたんでしょ?」

 「あー…まぁね…。」

 

 が、凛は少々処ではなく、気まずげに視線を反らす。

 その様子にその場の面々は「あ、コイツやりやがったな」と確信した。

 

 「へぇ…一体何をしちゃったのかしら、凛?」

 「えーと…そのー…」

 「姉さん、もう言っちゃってください。早めに分かれば私達も協力できますから。」

 

 その言葉に、俯いていた凛の肩が震え出す。

 あ、これアカン奴や。

 そう悟った士郎は咄嗟に桜を抱えて離脱する。

 沈黙を保っていたメイド二人も、イリヤを抱えて離脱していた。

 怪力持ちのライダーに至っては、その筋力を生かしてテーブルごと食事を非難させていた。

 

 「壊れたのよ!あの投影の宝石剣!使ってた時はまだまだ大丈夫だったのにぃーーー!!」

 

 遠坂の叫びと共にツインテールが魔力を帯びて蠢き、怒気と衝撃波が吹き荒れる。

 有り余る魔力はちゃんと制御してくださいと言いたいが、今言えば火にガソリンをくべるだけなので、取り敢えず言わせたい事を言わせてしまおう。

 

 「おまけに中に手紙があって『凛、課題は自分で解くものだが、ヒントは与えたのだ。今後は自分で頑張ってくれ。PS 君の健闘を祈る。』とかフザケンナあの色男!次に会ったらあのスカした面ぶち抜いてやるゥ―――!!」

 

 ライダーとメイド二人が粛々と食事を摂る傍ら、士郎がサンドバックにされ、桜が宥め、イリヤが燃料を追加する形で、そのどんちゃん騒ぎは暫く続く事となった。

 

 

 

 

 ……………………………

 

 

 

 

 (でも、本当は帰ってこれなかった筈なのよね。)

 

 イリヤスフィールは思う。

 本当なら、こんな大団円になる筈がないのだと。

 自分は小聖杯、使い捨ての願望器。

 即ち、大聖杯を閉じると言う願望を叶えるには、自分が人として終わる必要があったのだ。

 更に言えば、あの孔もまた一度空いてしまえば、こちらから閉じるのは至極難しいものだった。

 にも関わらず、自分はこうして此処にいる。

 それは、向こう側から閉じられたが故に他ならない。

 

 (あの時の事は、リズもセラも知らない。)

 

 否、言えない事だった。

 

 「ダメだよ、こっちに来ちゃ。」

 

 あの時、自分とそう歳の変わらない女の子の声がしたのだ。

 孔の向こう、そこに手をかけながらこちらを見つめる存在に気付いた時、イリヤは全身が泡立った。

 それは不自然なまでに黒一色の人影だった。

 例外として、白目にあたる部分だけが白かったからこそ相手の視線が分かるが、それを視認した時に確信した。

 アレはこの世界に在ってはいけないモノ。

 世界の外側だからこそ存在を許されるモノだ。

 そんな、ただ在るだけで世界を壊しかねない存在が、彼女を見つめていた。

 

 「此処は私が閉じておくから、早くお帰り。」

 

 優しく声を掛けながらも、一切の反論は許さぬとばかりに、孔は向こう側から閉じられた。

 その行動は慈悲に溢れるものだったが、しかし、その存在はただ異常だった。

 抑止の守護者どころではない。

 世界の外側には、途方も知れない脅威が確かに存在するのだと、イリヤスフィールは実体験として理解した。

 

 (こればっかりは誰に言っても無駄よねぇ…。)

 

 はぁぁ…と、重い溜息を吐きながら、二度と根源へは触れまいと決意した。

 

 

 

 

 …………………………………………

 

 

 

 

 7年後 衛宮邸

 

 

 「いやーごめんね二人とも。」

 

 そう言ってこの屋敷を訪ねてきたのは遠坂凛だ。

 女性として一部を除いて成長し、(外見は)出来る女な雰囲気を感じさせる淑女となった彼女は、今は里帰りついでに妹夫婦の下を訪れていた。

 

 「なに、良いって事さ。うちには遠坂相手に閉じる門は無いからな。」

 「士郎さん、あんまり甘やかしちゃダメですよ。私生活は割とズボラなんですから。」

 

 それを歓迎する士郎も桜も、共に立派な大人になっていた。

 士郎はアーチャー同様に背が伸び、体つきも以前より遥かに筋肉質となり、ある種理想的な細マッチョと言える姿となった。

 桜は桜で、その名に負けずに美しくなっていた。

 嘗てあった影は薄れ、より大人びた肢体と結婚した事による幸せそうな雰囲気は男なら誰もが(その更に成長した胸に)視線を引き付けられてしまう。

 そして、二人の左手の薬指には、お揃いの指輪が填められていた。

 

 「丁度、イリヤ姉さんも帰ってくる予定ですから、揃ったら皆でお夕飯にしましょう。」

 「お、良いな。偶には外食でもするか?」

 「あー桜の洋食も、士郎の和食も良いわねぇ…。」

 

 ついつい海外暮らしが長いと、外食や簡単なもので済ませてしまう事が多い。

 今夜の夕食を期待しつつも、凛は早めに用件を繰り出す事にした。

 

 

 「そうそう。二人とも、今度イリヤも交えてちょっと実験するんだけど、手伝ってくれないかしら?」

 

 

 この行動が、後に遠坂凛の人生史上最大レベルのうっかりに発展してしまう事を、未だ誰も知らなかった。

 

 

 

 




長らくお付き合いして頂き、ありがとうございました。
一度はエターになる事を覚悟していましたが、こうして再開し、完結にまで至る事が出来たのは、一重に読者の皆様からの応援のお蔭です。
本当に、ありがとうございました。




さて、拙作「マシュの姉が逝く」を既読の方なら、影の人物が何方かもう分かりますよね?w
そして、最後のうっかりは同様に向こう側へと通じていますw




でも、もう少しだけ続きます。

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