次話から漸く最終決戦ですが、多分3話に分割しないと描写しきれないです。
例えある程度削っても、見せ場部分だけで凄い事になりそう(汗
まぁエロや恋愛描写よりは簡単だけどね!
気付いた時、最初に見たのは血の様に真っ赤な夕焼けだった。
雲もなく、ただただ地上の全てを遍く赤く染めるソレは、まるで拭えぬ血の様だ。
視線を下に向ければ、空と同じくらい朱に染まった荒野が広がっている。
否、これは荒野ではない。
剣、数えるのも馬鹿らしくなる程の膨大な数の剣が突き立っている。
そのどれもが名剣魔剣の類であり、何れも膨大な神秘を秘めた代物であると分かった。
血や泥に汚れ、錆びつきながらも無数に突き立つ様、それはまるで墓標の様であり、真実墓標なのだろう。
唯一人立つ、この荒野の主にとっては。
「然り。これは我が心象。即ち内面であり、心の奥底だ。」
いつの間に其処にいたのか、赤い外套を纏った弓兵が立っていた。
「どうした?まるで死人に再会した様な面をして。まぁサーヴァントは元より死人であるがな。」
いや、あんた死んだろ。
オレの目の前で、あの影に喰われて。
「うむ、最もだ。だからまぁ、これは泡沫の夢の様なものだ。」
その言葉と同時、視界に大量のノイズが走った。
否、これは映像だ。
余りに大量の映像が高速で流れていくために、ノイズの様に感じられるのだ。
「おっと、いかんな。必要分だけ渡すから、追加が欲しければそちらで調整してくれ。」
どういう意味だ、それ?
「分からなくても良い。詳しくは凛とイリヤに聞くと良い。」
そうして意識が遠のいていく。
赤い墓標だけの荒野が白く薄まっていく。
「これはお前への投資だ、衛宮士郎。彼女を救おうとするお前への、先達としてのな。」
最後までアーチャーの言葉の意味は分からなかった。
だが、彼が自分に何か重大な支援をしてくれたのだけは解った。
………………………………………………………………………
十日目朝 衛宮邸 自室
ふっと、士郎は自室で目を覚ました。
身体の調子を確認すると、魔力も体力も既に回復していた。
だがしかし、此処数日で慣れた筈の左腕の空白感が無い。
視線を向ければ、赤い包帯の様なものでグルグル巻きにされた左腕が存在した。
その布を解析する事で、士郎は即座にその腕が何なのかを悟った。
アーチャーの、セイバーを庇って死んだ、士郎に投影と戦い方の何たるかを教えてくれた男の左腕だ。
きっと先程の夢は、これを自分が繋げたからだろう。
投影の先達たる彼の腕ならば、きっと自分とも相性が良い筈だ。
だからこそ施術したであろう凛とイリヤ達も普通の義手ではなく、アーチャーの腕を選んだのだろう。
これなら片腕よりも不自由なく行動できる。
そして、今は自分の事よりも遥かに重要な事があった。
(桜が、いなくなった。)
毎朝起こしてくれる友人の妹で、料理を教えた後輩の女の子。
引っ込み思案なのに、妙な所で頑固で、意外と大食いで。
そしてとても綺麗な、自分に惚れてくれた、自分の女の一人。
そんな間桐桜が、今はいない。
(連れ帰る。)
元よりそれは確定事項だ。
あの夜、泣きながら抱いてほしいと縋って来た桜を抱いたあの夜から、衛宮士郎は無理矢理にでも桜を幸せにすると決めている。
それは勿論、もう一人の自分の女も含まれている。
「士郎、気が付きましたか!」
スッと襖を開けてアルトリアが現れた。
手にはお湯の入った洗面器とタオルがある事から、身体を拭きに来たのだろう。
「腕の調子はどうですか?」
「あぁ、多少慣らしは必要だろうけど、快調だよ。変な感覚や体調不良とかは無い。」
「良かった…凛とイリヤスフィールの腕前に感謝ですね。」
ほっと豊かな胸に手を当てるアルトリアに、士郎は少しだけ見惚れたが、今はそれよりも優先すべき事がある。
「アルトリア。」
「はい。」
ぴしりとアルトリアが即座に姿勢を正す。
その様は研ぎ澄まされた刃であり、担い手の意思次第で如何なる物体も切断し得るだろう。
「オレが気を失っている間にあった事、そして前回の聖杯戦争で起きた事。包み隠さず説明してくれ。」
「分かりました。長くなりますので、どうかそのままお聞きください。」
そうして話されるのはこの聖杯戦争の裏側にして元凶たる「この世全ての悪」の存在が初めて聖杯の中で観測された、第四次聖杯戦争の事。
掻い摘んで話されたそれは、以前教会で言峰に聞いた現役時代の切嗣の人物像そのままであった。
そして同時に、どうしてアルトリアが聖杯を破壊し、その余波で街を破壊したかを聞いた。
曰く、小聖杯は聖杯の力をこの次元に出力させるための器であり、それが存在すると大聖杯、即ちこの世全ての悪が現実世界に膨大な魔力を伴って干渉してくるのだと言う。
具体的な全人類を殺戮する対人類特化型サーヴァント・アベンジャーとして現界するか、汚染された魔力が爆発し、極東を中心に地脈の流れに沿って人類絶滅級の天変地異を起こしかねないのだそうだ。
それらの大災厄を防ぐために、小聖杯は当時確実に破壊しなければならなかったそうな。
だからこそ、宝具による大火力攻撃が必要だった。
それも、市街地でありながら余波に構う余裕がない程に。
「その結果が、オレか…。」
「はい。罰は貴方の気の済む様に。」
「馬鹿。オレが昨日あの金ぴかになんて言ったのか忘れたのか?」
「それは…。」
途端、アルトリアは顔を俯かせた。
その耳はリンゴの様に真っ赤で、凛とした普段の姿からは全く想像できない程にかわいらしい。
「その、何と言うか…本当に良いのですか?士郎の理想は…」
「くどい。オレはもう、親父の理想は継げない。それよりも大切なものが増えた。」
衛宮士郎が衛宮切嗣に誓った理想は、泥と鞘によって虚ろになってしまった士郎にとって、何よりも優先すべきものだった。
だがあの夜から5年、今の彼にはその虚ろを満たしてくれる者達がいる。
士郎とそっと傍に寄り添い続けた姉代わりの大河。
徐々に惹かれ合い、遂には結ばれる事となった嘗ての妹分の桜。
そして士郎と似通った理想と現実の果てに自ら討たれる事を良しとして、しかし心の片隅で個人としての幸福を求めていたアルトリア。
彼女達の存在が、今の士郎にとって、何よりも大事な者だった。
「オレは、もう、親父にはなれないんだ。」
あの時、あの炎の中から自分を救ってくれた時。
あの時の切嗣の表情は今でも忘れられない。
こっちが救われた筈なのに、向こうが救われた様な…否、切嗣もまた救いを求めていたのだろう。
自分達の戦争の結果、全く関係の無い人達が死ぬ事を厭った切嗣にとって、士郎という生き残りは何よりの救いだったのだ。
『ありがとう。生きていてくれてありがとう。』
その時の言葉は今も耳に残っている。
その笑顔に憧れたから、○○士郎は切嗣の理想を継ごうと決めた。
だがしかし、その理想が、その理想こそが破滅の引き金となるのなら。
理想を抱いて突き進む事が、周囲の人間にとっての不幸となるのなら。
自分がその果てに何も掴めないのなら。
それではもう、理想を追う意味等無い。
「良いのです、士郎。人はそれぞれ己の在り方があり、それ以上を目指す事は破滅に他なりません。」
理想の果て、願いの果てに破滅した女がその決意を肯定する。
彼女にとって故国の繁栄という理想は、結局の所彼女自身の幸福ではなかった。
きっと何処かで求めていた個人としての幸福のために、無意識の内に彼女は聖杯の寄る辺に従う事にしたのだろう。
「あぁ。だから、オレはアルトリアと一緒に桜を取り戻す。」
「はい。現在の状況ですが、極めて不利と言って良いでしょう。」
昨夜から現在まで、ライダーの情報によって大きく状況が変化していた。
元々、地母神であった彼女は高い魔術適正も持ち、その腕前たるやキャスターとしては最高峰のメディアにも引けは取らない。
故に、この聖杯戦争の儀式の本質にも隠れ潜みながら何とか気づく事が出来、調査した。
ライダー曰く、既に地下の大聖杯の中に潜むモノは後数日もあれば現界してしまうとの事だ。
それを制御し、願望器として使用するための外付け制御装置たる間桐の小聖杯として調整されたのが桜であった。
しかし、桜を通して聖杯を操作するつもりであった臓硯は言峰によって既に死亡した。
また、言峰の契約したランサーは行方知れず、はぐれとなった臓硯のアサシンは桜(正確にはアンリマユと)再契約、泥の影が連れてきた桜と共に柳洞寺地下大空洞に籠っていると言う。
「現状の戦力で対応できるのか?」
「不確定要素が多すぎます。アサシンと神父だけならどうとでもなりますが、あの影が多数投入されればどうにもなりません。」
あの影の性質は吸収であり、サーヴァント食いの特性を考えれば、例えサーヴァントの宝具であろうと余程の出力でなければ消飛ばせないだろう。
また、魔力さえあれば殆ど無尽蔵に生産できる可能性もあり、明らかに戦力が足りない。
「遠坂は今?」
「ライダーと再契約し、家に道具を持ち込んで礼装の調整をしています。」
今現在、戦力の分散を避けるために凛とライダーは衛宮邸に道具や宝石、礼装を持ち込み、その調整に余念がない。
また、ライダーも凛の手伝いをしており、仮眠を取ってからというもの、随分と熱心に作業を続けていた。
「取り敢えず、オレ自身はこの腕の習熟を優先するよ。アーチャーのだから色々と慣れておかないと。」
「分かりました。流石に投影の方は門外漢ですが、身体を動かすなら得意です。でもその前に。」
ピッとアルトリアが人差し指を立てた。
「先ずは身支度を。そして食事にしましょう。」
「あ」
ぐ~、とハプニング続きで栄養を欲する士郎の腹から、補給の要請が響いた。
……………………………………………………………
「くっくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくうふふふふふふふふふふふふふふふふふふふひひひひひひひひひひひひひひひひひいひひひっひいっひひひひひひひひ……。」
所変わって遠坂邸。
その地下の工房では、この家の主が不気味な笑いを零していた。
そのウェーブのかかった艶やかな黒髪のツインテールは、今や感情により漏れ出た魔力により、生き物の様に波打っていた。
「えと、その、凛?お、落ち着いt「あんの野郎ォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!よくもやってくれたわねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!」
怪獣の咆哮の如き叫びが響き渡り、遠坂邸を地下の基礎から揺らし、ご近所へもちょっと漏れた。
明らかに未成年の、それも良い所のお嬢さんが出して良い声ではなかった。
「遠坂の!宿願を!何を勝手に解いちゃってくれてんのよあのド馬鹿!!」
怒り狂う凛の手には二つのものが握られていた。
一つは掌サイズの白いメモ紙、何事か伝言が書かれている。
恐らくはこの事態を引き起こしたであろう男のものだろう。
そしてもう一つ、これが大問題だった。
大振りなナイフや短剣程度の刀身を持った、刃無き刃物。
しかもその刀身部分は刻一刻とその色彩を変化させ、まるで巨大な宝石の原石を粗削りしたかの様なものだった。
これを見る者が見れば、己の正気を疑っただろう。
現に、これを発見した凛達もかなり驚いたのだ。
そりゃもう魂消る程に。
家訓?優雅たれ?何それ?ってなもんである。
この奇妙な刃物には、それだけの価値が、神秘が込められていた。
宝石剣キシュア・ゼルレッチ。
第二魔法である並行世界の運用を可能とし、並行世界から無限の魔力や並行世界の同一人物からスキルや経験を抽出する事もできる、宝石翁ことキシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグの秘奥にして切り札であった。
無論、これはアーチャーの投影した贋物であり、本物程の強度も最大出力も無いのだが。
しかし、それでも基礎的な構造や効果は本物と同じであり、大いに参考にする事が出来る。
即ち、凛は遠坂の宿願を達成したという事だった。
だがしかし、そんな大事で重要なもんを、己のサーヴァントが殆ど片手間で済ませてもらっていたとすればどう思うだろうか?
「何が『もしもの時のためと思って投影しておいた。大切に使ってくれ。PS.おやつは戸棚の右側の奥にあるから、小腹が減ったら食べると良い。』よ!宝石剣とおやつを同列に扱うなよ!?あんた一体遠坂の宿願を何だと思ってるのこのすっとこどっこい!!」
「単なる無理難題では?」
冷静に入れられた突っ込みに、凛はギロリと目を向けたが、それでも意地で目を反らした。
だって、とっとと課題を達成出来ていれば、それこそ聖杯に固執する必要は無いんだし。
「兎に角、これであの影への対抗策は出来たわ。アーチャーの奴は何時か取っちめるとして、道案内頼んだわよ、ライダー。」
「お任せ下さい。必ずや桜を助けてみせましょう。」
ぐっと豊かな胸を張り、ライダーがそう答えた。
そういうライダーの姿は、衣装こそ黒地のセーターに紺のジーンズ、そしてフレームの太い伊達眼鏡と言う現代風の恰好だが、その肉体そのものは先日の少女の姿ではない。
妙齢の美女、凡そ女性美の極致として言っても良いような美貌を取り戻していた。
(本当は小さくて可愛らしい姿の方が良かったのですが、致し方ありませんね。)
「それでライダー、もう全力戦闘は大丈夫なの?」
「えぇ、はい。凛からの魔力供給に滞りはありません。これならば、魔眼を併用しての宝具の使用も出来るでしょう。」
ライダーとしてのメデューサは確かに強力なスキルと宝具を多数所持するが、その分燃費が悪い。
特に彼女の宝具は自己封印にして条件次第で暗殺も出来る眼帯、設置にやや手間のある捕食結界、そして愛馬とそれを強化する手綱と、どれも強力だが一癖も二癖もある上に、魔力の消費が激しいのだ。
しかも前のマスターである桜は蟲に魔力を搾取され、一時的な代替マスターは礼装と一般人からの搾取に魔力供給を依存していた。
ステータスも下がるし、自由に戦う事が出来なかった。
だがしかし、今は違う。
「腹立つけど、コレのおかげで私も万全よ。それこそ貴方への魔力供給しながら自分で戦える位にね。」
宝石剣による並行世界からの無限の魔力供給。
例え贋作で最大出力や強度が本物に劣ると言えど、それは未だ人類の成し得ていない魔法の領域。
一個人の優秀な魔術師の供給量よりも遥かに潤沢だ。
言うなれば家庭用の水道ではなく、海から直接ポンプで汲み上げる様なものだ。
「後はイリヤ達だけど…。」
「夜に間に合わせるそうですが、まぁ大丈夫でしょう。調整が終わったら一旦仮眠を取って、夜まで待ちましょう。」
……………………………………………………………………
冬木郊外 アインツベルン城
「準備、できた。」
「ありがとう、リズ。」
リズの言葉と共にイリヤスフィール、今代の小聖杯が礼を言う。
その姿はまるで最高位の司教が纏う様な純白の衣装に身を包み、厳かな雰囲気を纏っていた。
「良いのですか、お嬢様?」
「うん。だって、シロウが頑張ってるんだもん。」
イリヤにとって、士郎はたった一人残された家族だった。
父母を無くし、実家には自らを道具としか見ない者達ばかりで、士郎達の自分という一個人を見てくれる視線は有り難かった。
その上、士郎の優し気でもぶっきらぼうな態度と切嗣の事を誇る様は、己に流れる半分の血を否定し続ける実家よりも遥かにイリヤにとって暖かだった。
「私はお姉ちゃんだから、オトウトを助けなくちゃいけないの。」
死ぬのも怖い。
あの泥に汚されるのも怖い。
人でなくなっていくのも怖い。
でもそれ以上に、何も出来ずに士郎を失ってしまうのが怖かった。
「だから行こう、リズ、セラ。」
「この身はお嬢様の従者。何処までも付いていきましょう。」
「おっけー。」
「…リズ?貴方ね、メイドらしい態度と言うものがあるでしょう?」
「私の辞書には無い。」
そこから始まる何時もの応酬に、イリヤは笑みを零した。
あぁ、こんな身近にも、私を思ってくれる人達がいてくれたんだと理解できたから。
こうして、それぞれの時間は過ぎていった。
…………………………………………………………………………
衛宮邸 居間 夕方
「全員揃ったわね。」
7人全員が揃った居間で、腕組みしながらも鼻息の荒い凛が告げた。
「私達の目的は二つ。一つは桜の救出。もう一つは大聖杯の無力化、又は破壊よ。」
その目に爛々とした闘志の輝きを灯しながら凛が告げ、その場の全員が頷いた。
「敵戦力はあの呪いの影と蟲を使役しているだろう間桐臓硯。他は未だ行方知れずのランサーとアサシン辺りね。一応教会に聖杯戦争停止について連絡したけど音沙汰無し。多分だけど、前回の生き残りである綺礼の奴もマスターの可能性があるわ。」
「前回と今回合わせて、言峰綺礼はマスターとして最高クラスの白兵戦闘能力を持ちます。サーヴァント無しの状況では決して立ち向かわないように。」
ごくり、と誰かが唾を飲んだ。
彼らは臓硯の死を知らないが、それでも異端討伐の最前線、神の意を代行する代行者達の中でも優秀とされた言峰綺礼がいる。
今は全盛期ではないにしても、それでも並の魔術師では歯が立たないだろう。
あの影に関しては最早言うまでもない。
「次に、敵は既に聖杯を掌握している可能性が…ううん、聖杯そのものが敵である可能性が高いわ。最悪の場合、既に脱落したサーヴァントを使役してくるかも。」
今現在脱落しているのはバーサーカー、キャスター、アーチャー2名の計4名。
こちらにいるのがセイバーとライダー。
敵側にいる可能性があるのはランサーとアサシン。
サーヴァントのみならず、向こうは聖杯の魔力によって影を使役できるため、物量では圧倒的に不利だ。
なお、並程度の英霊と比較した場合、バーサーカーは2.5体分、キャスターは2体分、赤のアーチャーは1体分、ギルガメッシュに至っては3体分に相当するため、既に聖杯降臨のための魔力の確保は終了している。
後は主要な霊地で小聖杯を用いて儀式を成すだけの所まで来ており、それも間桐の黒い聖杯たる桜がいるため、条件はこれ以上無い程に整っている。
「現状、大聖杯を根こそぎ破壊可能なのは衛宮君とセイバー、そして私。そして正式なアクセス権で停止出来るかも知れないのがイリヤスフィール。桜を救出した上で、その4人の内誰かを大空洞の最奥部まで無事な状態で送り届けられればこちらの勝ちよ。」
「しかし、それはあちらも理解しているでしょう。」
宝具を投影できる士郎、聖剣を持つアルトリア、宝石剣を得た凛ならば、確かに大聖杯も根こそぎ消飛ばせるだろう。
今代の小聖杯として生まれ、調整を受けたイリヤスフィールもまた、大聖杯の術式そのものに正式な形で接続し、停止する事が出来る。
だが、イリヤスフィールの場合、既に対策が取られている可能性もあるため、余り期待しない方が良いだろう。
これらに対し、この状況で相手が取れる手段は徹底的な防衛網を敷く事だろう。
だがしかし、その点に関しては綺礼が焼き払ったので、切嗣よろしく現代兵器でも使わねば早々詰まされる様な罠の類は無いだろう。
「だから、誰が欠けても恨みっこ無し。最優先は桜と大聖杯よ。他は最悪時間を稼げれば良い。必ず桜を助け出して、アレを破壊するわよ。」
「でも、出来れば全員生きて帰ろう。」
決して大きくはないのに響く声で、士郎が静かに呟いた。
その目は既に戦士のそれだ。
愛する者を取り戻すという己の欲のために戦い、斬り捨てる事が出来る者の目だ。
「誰かが死ねば、桜はきっと笑えなくなる。だから、勝って帰ってこよう。」
「我が剣、我が身の全ては士郎のために。微力を尽くします。」
「この身は桜の幸福のために召喚に応じました。最後まで諦めません。」
「姉の私が桜の幸せを願うのは当然でしょ。序でに綺礼の奴をとっちめて蟲退治もしてやるわ。」
「私も、お姉ちゃんとしてシロウは助けたいし、サクラはギリの妹になるのよ?家族は助けたいわ。」
「我らはお嬢様の僕。幾らでもお使い下さいませ。」
「頑張る。」
各々が決意を表明し、闘志を燃やす。
此処にいるのは本来全員が敵同士の者達。
それでも今、彼らは真に譲れないもののために轡を並べ、決意を露わにしていた。
「今から4時間後の夜10時に出発するわ。各自、やり残した事があればすぐにとりかかって。では解散!」
「送迎は私どもが行いますのでご安心下さいますよう。」
凛が代表して告げると、各々が最後の行動を開始する。
イリヤ達は既に準備が終わっていたのか、ここ数日の習慣通りにのんびりとテレビを点けた。
凛はさっと身を翻し、割り当てられた洋室で宝石剣の最終チェックに向かった。
そして士郎とアルトリアはと言うと…どちらともなく目線を合わせると、こくんと頷き合い、手を繋ぎながらいそいそと二人で寝室へと向かっていった。
「良いの?」
「良いの。これが最後かもしれないんだから。」
「お二人とも、お茶が入りましたよ。」
イリヤ達は空気を読んでいた。
……………………………………………………………………
「ん、んん…ふぅ…!」
士郎の寝室に入り、襖を閉じた途端、士郎は猛烈な勢いでアルトリアの唇を奪い、深々と愛した。
「はぁ…士郎…っ」
「ごめん、もう我慢できないっ…!」
「んん…!」
くちゅくちゅと、唾液と吐息が複雑に混じり合う音が狭い寝室に響く。
その音が鼓膜を打つ度に、男女二人の情欲が大きくなっていく。
「あの、士郎。」
しかし、唐突に女の方が男の方の胸を押して、唇を離した。
「どうしたの?」
「その…今から、私の全部をお見せします。ですから、その…嫌わないで下さいね?」
「あのね…」
その動揺が秘められた金の瞳に、士郎は呆れた様な声を返した。
「オレはアルトリアの全部が好きなんだ。今更何をしたって嫌わないよ。」
「…分かりました。驚かないでくださいね。」
念を押す様に告げてから、アルトリアがシュルシュルと衣服を脱ぎ、その豊満な肢体を露わにしていく。
それを唾を飲み込み、興奮しながら見る士郎の視線を意識しながら、アルトリアは己の中の龍としての性を解き放つ覚悟を決める。
「行きます。」
轟、と一瞬だけ魔力が吹き荒れる。
途端、アルトリアの裸身に変化が生じる。
両の手足に背中と腰、そして頭。
指は伸び、爪は鋭く尖り、先端から肘・膝の関節周辺まで炎の様な赤の鱗に覆われていく。
そして頭部、前頭骨と頭頂骨の間から上斜め後方へと鹿の様な、しかしそれよりも鋭くも細く短い角が2本伸びていく。
だが最も変化が顕著なのは腰と背中だ。
手足と同色の鱗に包まれた、西洋龍の様な蝙蝠に似た構造の翼が広がっていき、同様に尾骶骨の先端部からはしなやか且つ力強さを感じさせる、背鰭のある尾が生えていく。
全ての変化が終わった時、其処にいたのは裸身の美女ではなかった。
半人半竜、人と竜の合いの子が生まれたままの姿であった。
「これが私の本当の姿です。マーリンによって生まれた直後に竜の因子を埋め込まれた私は、その後龍種としての能力を全開にすると、この様な姿になるのです。」
アルトリアの声は震えていた。
「この様な醜い姿を、貴方の前に晒したくはありませんでした。しかし、貴方に嘘をついたまま、最後の戦いに赴きたくないのも本当なのです。」
西洋文化圏、特に基督教において、竜とは楽園でアダムとイブを誘惑した蛇であり、翼を持つ人間の敵対者、即ち悪魔の化身なのだ。
そんな文化圏で育った者にとって、竜の因子を持つアルトリアは悪魔の子と蔑まれてもおかしくはない。
「嫌悪するなら嫌悪してください。でもどうか、私が貴方に抱いた感情は本物だと言う事だけは信じてください。」
だが、それは基督教において、と言う注釈がつく。
「取り敢えず、アルトリア。」
「はい…。」
「こっちに来てくれ。」
「はい?」
布団の上に座して、ぽんぽんと自分の膝を叩く士郎に、アルトリアは疑問符を浮かべながら素直に近づいた。
「此処に座って。」
「えぇと、それでは失礼します。」
そして、戸惑う様に士郎に背を向ける形で膝に座ったアルトリアを、士郎はその翼ごと抱き締めた。
「し、し、し、士郎!?」
「この馬鹿。何つまんない事で悩んでるんだ。」
「つ、つまんない!?」
ガビーン!とショックを受けるアルトリアを余所に、士郎は一方的に告げた。
「アルトリアは強くて努力家で頭も良くて意地っ張りだけど、可愛くて素敵なオレの女なんだ。今更実は竜でしたーなんて事言われても手放さない。嫌って言っても絶対だからな。」
「し、士郎?この姿を醜いとは思わないのですか?」
わたわたと慌てた様に腕と尾を振り回しながら、アルトリアは尋ねた。
「アルトリア…」
「はい」
「日本の、男の子で、ドラゴンが嫌いな奴はいない。」
「はい?」
そもそも文化圏が全く違うのだ。
東・東南アジア圏における龍とは西洋でのワーム(蛇の様な長い身体を持つ竜)に似ているが、その実態は曲がりくねり、時に荒れ狂う川や水の化身であり、神格化された自然、精霊の一種なのだ。
人に害する事は確かに多々あるものの、間違っても基督教の様な純粋な悪の存在ではない。
寧ろ、多くの人々に畏怖と強さの代名詞として幻想の時代から現在にまで確固たる信仰を持つ存在だ。
「と言う訳で、アルトリアの心配は杞憂だ。オレは今のアルトリアも良い。すごく良い。ちょっと低めの体温とか、すべすべで肌触りの良い鱗とか、もう素晴らしい。」
「そ、そんな…褒め過ぎですよ…。」
頬を鱗と同色に染めながら、アルトリアは尾の先端をぶんぶんと振るう。
野性が強くなっているのか、感情表現が普段よりも激しい様だ。
「証拠に、このままアルトリアを抱く。嫌って言っても聞かないからな。」
「ぁ…はい。私の全部を貴方のものにしてください…。」
こうして、聖杯戦争最後の夜は刻々と過ぎていった。
「もー。二人とも遮音結界くらい自分でやってよねー。」
「つまり、覗いても」
「却下です。リズ、貴方には再教育が必要な様ですね…?」
なお、いちゃこらした後、1時間だけ眠って身支度を整えてから出陣した模様。
次回、最終決戦開始。