オチ自体は見えてるのに。
九日目 夜
既に日が落ちた衛宮邸で、轟音と共に火花が散り続けている。
あらゆる宝具の原典と贋作が、互いを砕かんと宙を舞う。
音速の倍で射出されるそれらはどちらかが、或は双方が砕けて破片となっていく。
その数、既に1000を超えていた。
「贋作者、何故札を切らん?」
唐突に、英雄王が口を開いた。
二人の宝具の撃ち合いは既に半刻が過ぎていた時だった。
「何、確かにこの状況は打破できるが、それしか出来んのだよ。君が切り札を切れば負けるのは私だからな。」
「愚問だな。我が乖離剣、出せば勝利は確定する。出来ぬとすれば我が胞友だけよ。」
それは英雄王にとって、当然の認識だった。
たった一人の例外を除いて、世の中全ては彼よりも格下の者だけで構成されている。
その様な認識だからこそ、彼が本気を出す事は滅多にない。
「それに、前の私は君の蔵を超えられなかった。作り手としては、今度こそと思うのだよ。」
「ふん。安い雑種よな、貴様も。」
黄金の波紋が再度展開される。
その数は先程よりも少なく50、だがしかしその全てがAランク以上の宝具となれば、質と言う面では今夜において最上級の攻撃だろう。
「であれば、これも超えてみせよ。その紛い物で出来るのならば。」
「成程。やはり君は王の中の王だな。」
そして、アーチャーもまた宝具を投影する。
数は同数の50、その宝具の内容もギルガメッシュのそれと全く同じだった。
だが、投影した宝具の質が精々6割、低ければ3割にまで落ち込むと言うのに、それらは全て7割近い再現度だった。
全く同じ宝具を同数投影し、原典を打ち破る。
それが作り手としての彼なりのプライドであり、策だった。
「往け、王の財宝!」
「投影、完了。全投影連続層写ッ!」
轟と、音を超え、大気を引き裂いて互いの宝具が正面から衝突した。
砕け、折れ、散り、罅割れ、数多の宝具が破損していく。
この時、エミヤも未体験の事態が起きた。
弾かれ、折れた切っ先の一つが速度をそのままに、ある方向へと向かっていく。
膝を突き、息も荒く回復に努めている衛宮士郎へと。
「ぁ…」
気づいたのはもうどうしようも無いタイミング。
先程まで限界を超え続けた投影により、既に体はボロボロだ。
鞘の加護とアルトリアからの供給により徐々に回復しているものの、魔力も未だ1割と回復し切っていない。
その状況で、彼に出来る事は辛うじて急所が外れる様に身を捩る事だった。
ザシュリと、鈍い音が響いた。
それを直に見ていたのは当人を除けば4人。
英雄王はつまらなそうにそれを視界から外し、錬鉄の英雄は此処に来て初めての焦りを見せ、騎士王だった女性は顔を絶望に染め、黒き聖杯と成りかけていた少女はポカンとその光景を眺めていた。
「士郎ォォォォォォォォォォッ!?」
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
日の落ちた衛宮邸に絶叫が響き渡った。
………………………………………………
アルトリアにとって、衛宮士郎は何もかも初めての存在だった。
魔術においてはへっぽこで、武術についてはそれなりで、しかしアーチャーと言う最適な師を得てからは英霊に匹敵する領域に届き始めている。
元はへっぽこだと言うのに理想は高く、根性は人一倍で、なのに自分の事は常に後回し。
その上、不死身の私を庇い、剰え左腕さえ捨ててしまった。
私が仕事ではなく、初めて個人で抱かれたたった一人の男。
彼の理想は父から継いだ綺麗なもので、しかしそれすらも捨て去ってしまう程、こんな汚い女に惚れてしまった哀れな男。
『ふざけるな!10年前の事よりも、そいつはオレの女だ!勝手に手ェ出してんじゃねぇぞ金ぴかァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!』
情熱的で、直向きで、全てを投げ出さんとする覚悟。
どれも、自分の生前には向けられなかった類だ。
この時代、否、人類史においても稀有な程の大馬鹿者。
だからこそ、幸せになってほしい。
だからこそ、穏やかに生きてほしい。
だからこそ、死なせなくない。
王と言う重責に耐えられなかった私の様な小娘よりも、彼には生きて天寿を全うしてほしかった。
だと言うのに、彼はアルトリアの目の前で、折れた切っ先にその胸に刺さった。
「士郎ォォォォォォォォォォッ!?」
……………………………………………………………
間桐桜にとって、衛宮士郎は初めて恋した相手だ。
ある日の放課後、飛べない棒高跳びを見続けて、決して裏切らない人なのだと悟った時から、彼女の恋は始まった。
最初は間桐の翁の命令で監視として。
次に自分の意思で士郎を理解したくて。
最後には、何時の間にか自分の命よりも大事な人になっていた。
なのに…なのにっ…なのに!
突然現れた黄金のサーヴァントに、士郎が殺されそうになった。
あんな強かったセイバーが手も足も出ず、士郎もまた戯れによって辛うじて生きている。
否、今にも殺されそうだった。
複雑な感情を抱いている姉のサーヴァントが助けに入ってくれたが、彼でもあの黄金のサーヴァントの相手は難しい。
そして、彼らの戦いの余波で、士郎の胸に剣の切っ先が突き刺さったのを見た時、桜の心は絶望に染まった。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
それが、最後のスイッチだった。
悪意に塗れた聖杯が、小聖杯となった少女の絶望を道標とし、彼女の魔術回路を蛇口にし、彼女の属性「虚数」による影と言う殻を纏って、汚れた聖杯の呪いが現出する。
それはまるで立体感の無い存在、文字通りの影が独り歩きを始めた者。
それは餓えて、乾いて、渇いていた。
魔力や生命、そして魂に。
今までは数度の機会を除いて、殆ど味も栄養もないものを大量に取る事で凌いでいたが、此処には極上のものが三つもある。
いただきます
美味しいものを食べる時、必ず食べ物には感謝しましょう。
そして黒い影はその触手を美味しそうなサーヴァント達へ向けて伸ばした。
……………………………………………………………
「なッ!?」
背後に近い位置からの奇襲に、しかしアーチャーの反応は早かった。
咄嗟に手に持った双剣を投擲し、前方に飛び出す事で触手の直撃を回避した。
だが、決して無傷ではない。
左肩を抉り喰われ、左腕を喪失し、同時に魔力をかなり吸い取られ、身体のあちこちを噛み千切られてしまった。
「ふんッ」
黄金の王は、伸ばされた触手を己が財の射出で以て打ち払い、撃滅する。
既に1度、この影を討伐せんと街で交戦している彼からすれば、この影は既知の存在、どうとでも料理できると歯牙にも掛けなかった。
だが、その余裕は即座に消えた。
「…っ」
セイバーは迫り来る触手を前に、何も出来なかった。
魔力の生成も、宝具の解放も出来ず、目の前のサーヴァントの天敵の攻撃を、ただ見るだけしか出来なかった。
濃厚な死と怨念、呪詛が込められたソレを前に、セイバーは決して目を反らさなかった。
だからこそ
「カッ……!」
英雄王が、己の盾になる様を、余さず見届ける事となった。
「何故…」
「己が妃を、守らずして…何が、王か。」
全身を鎧ごと触手に刺し貫かれながら、確かに英雄王はそう言ってのけた。
財を出す間もない瞬間、彼は己の身を盾にしてまで、アルトリアを守ったのだ。
だが、代償は大きく、足元からズブズブと影に飲まれていく。
如何に受肉したサーヴァントと言えど、あの天敵たる影には寧ろより美味な食事にしか感じられないのだろう。
「ふん、腹を下すなよ、雑種。」
最後に常の傲慢さをそのままに吐き捨てて、黄金の王はトプンと影に飲まれて消えた。
そして、影は喰い残しを今度こそ咀嚼せんと、ズダボロのサーヴァント二騎へと視線を向け…
「そこまでです、サクラ。」
乱入してきたもう一騎のサーヴァントに呼び止められた。
さくら、サクラ、桜…。
あぁ、それは自分の名前だった。
泥の蛇口となった少女は、忘却していたものを思い出していく。
それは組み慣れたパズルをする様で、あっと言う間に大事なものを思い出していく。
「あ、ライ、ダー?」
「はい、貴方のサーヴァントのライダーです。」
紫の長髪に眼帯、黒い衣装を着た彼女は確かに何時か学校でアーチャーが対峙した騎兵のサーヴァントだ。
だが、当時の彼女は20代の妖艶な女性の姿であったのに対し、今の彼女は十代前半、下手すれば一桁代の年齢に見える程のその体躯を幼くさせていた。
ライダーの眼帯である宝具、「自己封印・暗黒神殿」。
一つの世界を内包し、対象の力をその内から逃さないこれは通常、ライダーの石化の魔眼と刻一刻と強まる魔性を封じ込めている。
応用として、他者の精神を夢と言う形で引きずり込み、干渉する事も出来る。
他者への発動の際の条件は魔力を浴びせるだけであり、対魔力が低いと抵抗も出来ず、余程感知が良くない限りは気づく事すら出来ない。
燃費も良く、極めて使い勝手の良い上に応用性も高い優れた宝具であり、どちらかと言うとアサシン向きの宝具だ。
ライダーはこれを用いて、アサシンの様に自身の存在維持ギリギリまであらゆる力を封じ込めて街中に潜み、消耗を避け続けていたのだ。
もし桜が幸せになるのなら何れ自害しただろうが、それを見届ける前に異常な事態を察知した。
事前に赤のアーチャーを唆して介入させたのだが、それでもまだダメだったので、こうして久しぶりに姿を現したのだ。
「食事も大事でしょうが、先ずはシロウの手当てを先にしましょう。」
「ぁ、そうだ!先輩、先輩を助けなきゃ…!」
「大丈夫。焦ってはダメです。私も魔術の心得はありますので。」
見事だった黒髪を半ば以上、白く染め、全身を黒い影の様な衣服に覆われながらも、それでも桜が口に出したのは愛した男の身の安否だった。
「こう、これで良いの?」
「そう、そうです。上手いですねサクラ。」
「良かった、本当に…先輩…。」
ボロボロの二騎がそれぞれ油断なく動ける様に態勢を整える中、ライダー主従は虫の息だった士郎の治療をあっと言う間に完了させた。
とは言え、元々鞘の加護で死にはしないので、実は心配いらなかったのだが、それは当人含む全員が未だ知らない事なので仕方は無かった。
問題なのは、今まで正気を保っていた桜の気が緩んでしまった事だ。
「ぁ…うッ! くぅ、いぎぃ!?」
突然頭を抑えながら叫び始めた桜に、ライダーは全速での退避を選んだ。
途端、彼女の足元から伸びた影が再度サーヴァント達を捕食せんと蠢いた。
だが、機動力に長けるライダーは既にリーチから離脱しているので除外。
故に残った二体に触手が集中する。
だが、未だ全身を刺し貫かれた状態から脱出しかけているセイバーにそれを避ける術は無く、
「すまぬ、アーチャー。」
「何、後は頼むよ。」
死に体のアーチャーがまたも盾になる事で、彼女は生き延びた。
アーチャーの状態では戦闘状態に持っていくまで凛の手でも1週間はかかるだろう。
対し、鞘を持つセイバーならば丸一日もあれば完全回復する程度。
アーチャーはより確実な方へと、自身の命を捨ててまで賭けたのだ。
「ダメダメダメダメダメダメ…!」
ズブズブと影に沈んでいく赤い弓兵を見送りながら、桜は必死に自身が出してしまった影の支配権を聖杯から奪還せんと試みる。
幸い、彼女は未だ正気を保っている。
しかし、今目の前で世話になったアーチャーを捕食してしまった事で、彼女の正気はかなり揺らいでいた。
「サクラ、その影は本来貴方のものです!気を張って支配権を奪取して下さい!」
ライダーの応援に、しかし、桜は必死になるが答えられない。
元々間桐の聖杯として調整されていた桜だ。
臓硯にとっても予想以上の出来具合により、彼女の体は聖杯側からの干渉も強く受けてしまう。
「っ…くぁ…。」
そして、最悪のタイミングで士郎が目を覚ましてしまった。
「ぁ…」
「…桜?これって…。」
回りを見渡せば、未だ重傷のセイバーに、影に飲まれていく先程自分を助けてくれたアーチャー。
そして多少容姿が変わったライダーに、黒く呪いに染まりかけている自分を慕ってくれる少女。
それを不思議そうに、しかし何処か警戒を滲ませた士郎の瞳に…
「ぁ、あぁぁああぁぁぁぁ…ッ!!」
桜の最後の箍が外れた。
例え慎二を唆されて殺した時よりも、大勢の街の人々を捕食した時よりも、今この瞬間、愛する人に向けられた警戒の瞳こそ、桜にとっては毒だった。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!先輩、私もう、一緒にいられない…!」
自分の最も汚い所を、最も見せたくない人に見せてしまった。
こんな綺麗な人の目を、自分は汚してしまったのだと。
自分はもう唯の人食いの怪物で、彼はそんなモノから人々を守るヒーローで。
そんな人の前で人食いという最早言い逃れ出来ない程の罪を負ってしまったのだと、桜は自分を責め立てた。
しかも、今まさに自分の影が捕食しているのが、目の前の少年の成れの果てだと消化し始めた事で理解してしまった。
自分が彼を守護者なんて碌でもない者にさせてしまったのだと、桜は最悪のタイミングで気づいてしまった。
「待て、桜!!」
「ごめんなさい先輩。お願いですから…」
私を殺して。
それだけを言い残して、桜は影にトプンと消えた。
こうして、衛宮邸の一番長い夜は終わった。
各々に大きな波紋を広げる形で。
ライダー「これでもう、デカ女なんて言わせないッ!」
なお、宝具まで使っても150cmは切れなかったので姉達より大きい模様。
いやー漸く「少女」の複線回収できたよw