騎士王が兜に王位を譲る話   作:VISP

32 / 47
今回もまた難産だった…(白目


第19話 Stay night編その13 VSギルガメッシュ

 九日目 昼

 

 

 

 

 本日はお買い物である。

 それも、士郎と桜、二人っきりの、だ。

 即ち、デートと言い換えても良い。

 

 「あ、先輩、これどうでしょう?」

 「ん?キノコが半額…今日は鍋にするか。」

 

 大分所帯染みてはいるが、デートである。

 

 (大丈夫なのでしょうか…。)

 

 心配で霊体化しながら着いてきたセイバーは思う。

 こいつら、熟年夫婦だっけ?と。

 上手く行くかどうかではなく、上手く行きすぎて新鮮味が無いのだ。

 

 (こう、もう少し初々しさを演出すべきでしょうか?否、それは下世話です。ここはのんびりじっくり、平和で穏やかな時間を過ごしてもらいましょう。)

 

 にしても雰囲気自体はカップルのそれである。

 つまり、ダダ甘いのだ。

 

 (コーヒーが欲しいですね、泥の様に濃くて熱いのが。)

 

 セイバーは思う。

 幾らアサシン対策でもこれはキツイ、と。

 

 「桜、荷物はオレが持つよ。昨日は無理させたし。」

 「え?…えぅう!だ、大丈夫ですから!先輩も優しくしてくれましたし!」

 

 この二人、周囲の奥様方が「あらあらうふふ」と穏やかな視線を向けてきているのを気付いているのだろうか?

 対して、独身であろう者達は皆一様に顔を俯かせて、「モゲロモゲロモゲロ…」、「死ね死ね死ね死ね死ね…」、「ギギギギギギ妬ましい恨めしい…」とか呪いを呟いていて、非常に不気味だ。

 

 (うむむ、私の時も凛やアーチャー達はこんな感じだったのでしょうか?他人と懇ろになった経験が無いので図りかねますね。)

 

 ハニトラは結構やったものだが、あーいう退廃的な雰囲気は兎も角、こうした極普通のカップルと言うのは身近にいなかったので参考すら無かった。

 だって、ブリテンだと即結婚とかが多かったし、産めよ増やせよ地に満ちよが国是だったし。

 

 (まぁ此処は我慢の為所です。是非とも二人には幸せになって頂かなければ。)

 

 「今日のお昼位食べてくか。桜は何処が良い?」

 「え?そうですねぇ…偶には本格パスタとかどうでしょう?家だとそこまでは無理ですし。」

 

 (おぉ、普通にデートです。頑張ってください桜。)

 

 割とほっこりしながら、セイバーは背後霊として二人を見つめ続けた。

 

 

 

 

 それが、己にできないが故の代償行為だとは、最初から気づいていた。

 

 

 

 

 九日目 夕方

 

 

 

 

 「やれやれ、凛にも困ったものだ。」

 

 そろそろ人通りもまばらになる刻限、アーチャーは足早に商店街を通り過ぎる。

 

 「食材無いから買ってきて。」

 

 態々家中をひっくり返し、秘伝の課題を引っ張り出し、それと睨めっこしてあーでもないこーでもないと徹夜で揉めた末のこのセリフである。

 正直、サーヴァントを何だと思っているのかと問いたい気分だが、サーヴァントらしからぬ様子を見せ続けたのはこちらなので文句も言えない。

 

 (彼の宝石剣を作る等、生半では出来まいよ。)

 

 宝石剣の設計図自体は存在する。

 但し、あちこち穴あけ状態で、だ。

 その欠けた部分を埋めるのが宿題であり、遠坂の第二魔法への近道なのだ。

 とは言え、それを放棄して聖杯戦争に現を抜かす辺り、歴代の当主でもどうしようもなかったらしいが。

 

 (まぁ「保険」は置いておいた。凛ならば有効活用してくれる事だろう。)

 

 彼女はここぞと言う時に大ポカをかますが、やる時はやる女なのだ。

 例え魔術刻印か遺伝子にうっかりの因子を持とうが、ヤル時はヤル女なのだ。

 

 「いかん。これ以上の想像はトーサカに殺されかねんな。」

 

 ブルルと悪寒に身体を震わせる。

 あのエミヤの天敵と言える英霊に何度煮え湯を飲まされたか、数えるのも馬鹿らしい。

 と言うか、金が無いから宝具を投影してね☆とか歳を考えて頂きたい。

 

 「いかんいかん。心頭滅却心頭滅却…。」

 

 何時でも何処でも現れるのが第二魔法の使い手の怖い所である。

 もしこの場に彼女がいたら、また生前の様にギュインギュイン言ってる拳で沈められるに違いない。

 だがしかし、彼が心頭滅却する暇は与えられなかった。

 

 「待ちなさい!そこな赤い不審なアーチャー!」

 「何?君は…!」

 

 この日、彼は今次聖杯戦争で最大の驚きと出会った。

 

 

 

 

 ……………………………………………………………

 

 

 

 

 九日目 日没前

 

 

 士郎と桜は二人で仲良くキッチンで夕飯の調理を開始していた。

 アルトリアはと言うと、そんな二人を居間から微笑ましそうに、穏やかな目で眺めていた。

 桜となら、士郎は穏やかに暮らせていけるだろうと、そう確信できたからだ。

 アルトリアは結局は英霊、即ち死者なのだ。

 今この瞬間にこうして穏やかに暮らしているのは泡沫に過ぎず、時が来ればまた世界の奴隷として世界の敵と戦い続ける日々に戻るだけ。

 それを分かっているから、決して後に引く様な真似はしない。

 正に立つ鳥跡を濁さずと言える。

 だが、そんな穏やかながらも何処か影のある平和は、唐突に破られた。

 アルトリアの直感が最大級の警報を鳴らしたのだ。

 瞬時に武装し、障子を開けるのすらもどかしく、霊体化で透り抜けながら、庭に躍り出た。

 

 (士郎、桜を連れて凛と合流を!此処は私が時間を稼ぎます!)

 (っ、待てアルトリア!)

 

 制止の声を無視して、意識を完全に戦闘に切り替え、武装したセイバーが外へと姿を晒した。

 途端、宝具が無造作に、しかし視界一面に山となって降り注いだ。

 

 (避ければ二人に当たる!)

 

 そう判断した時点で、セイバーは自らをかなぐり捨てた。

 後方の二人に直撃するであろう宝具のみ迎撃し、その他の自身に命中する宝具を、鎧の頑丈さと鞘の加護に任せて全て受け止める。

 

 「が、あああああああああああああああああッ!!」

 

 一つ一つが対竜、対人外、更に能力低下の宝具の類であり、そのダメージは例え鞘で消えようとも一瞬では消えず、更には意識を漂白する程の激痛となって荒れ狂う。

 だが、彼女は退かない。

 何としても士郎と桜を無事に逃がすと、ただそれだけを願っているから。

 だがしかし、世界は彼女に優しくない。

 そして、彼女の敵はそんな彼女の判断や戦い方を、誰よりも熟知する者の一人だった。

 

 「ぐ、ぬ…。」

 

 降り注いだ全ての宝具を捌き終え、しかし激痛に耐えかねて動きを止めてしまう。

 無論、意識のみは正面の敵に向いていたが、流石に全方位への意識は疎かになってしまう。

 更に流血と負傷で視界を半ば以上潰されていては、次の伏撃への対処は遅れてしまう。

 それこそ、致命的なまでに。

 

 「ッ!?」

 

 足元と頭上を含めた全方位。

 その全てに嘗てセイバーが相対した、黄金色の波紋が広がる。

 その中から先端を覗かせる全てが宝具であり、セイバーにとって鞘が無ければ必殺の威力を誇るものばかりだ。

 

 「王の財宝…!」

 

 奴が此処にいる筈がない。

 その筈なのに、セイバーは間違いなく、嘗て相対した最強の王がこの時代に存在する事を確信した。

 同時、全方位から宝具が着弾、轟音を響かせた。

 

 

 

 

 ……………………………………………………………

 

 

 

 

 「セイバー!」

 

 セイバーの言葉を無視し、士郎は桜だけ逃げる様に告げ、自分だけは庭に出た。

 その手には既に片手でも十全に震える陰陽の双剣、その白い片割れが握られている。

 投影とは言え宝具、サーヴァント相手にも当たれば十分ダメージを見込める代物だ。

だが庭に出た彼が見た光景は、そんな矮小な双剣一つではどうしようも無い程に絶望的だった。

 

磔刑だった。

 

中空に浮かぶ黄金の波紋、そこから伸びる鎖や縄、布に全身を絡め捕られ、空中に十字架に磔られた罪人の様に、セイバーは浮かんでいた。

その身体はボロボロだった。

全身を隈なく槍や剣、斧に矢と言った様々な武器に貫かれ、それでもなお動こうとして傷口を余計に広げている。

彼女に纏わりつく全ての器物が、一目で宝具であると投影に特化した士郎は即座に看破した。

こんなもの、あのバーサーカーだって受ければ殺し尽くされてしまう、それ程の数の暴力だった。

幸いと言うべきか、不幸と言うべきか、そんな有り様になってもなお、鞘の加護によってセイバーは生き続けていた。

唯一自由になっている首から上を動かして、必死にこちらに何かを伝えようとしているが声にする事が出来ていない。

そして、この場で最も圧倒的な存在感を放つ王に、士郎の視線は釘づけだった。

 黄昏時の光の下、輝く黄金の鎧を纏い、天を衝く様な逆立った金糸の髪、そして神性を示す真紅の瞳に人ならざる美しい容貌。

 まるで魂を含めた総身全てが黄金で構成されたかのような存在だった。

 サーヴァント、人類史に綺羅星の如く輝く英霊達の中で、しかし、その中においてもなおその男は別格に感じられた。

 金の男は塀の上に立ち、全てを睥睨する様に見下している。

 しかし、その男の視線から、唯一侮りの色が消える者が一つあった。

 サーヴァントセイバー、アルトリア・ペンドラゴン。

 刃を突き入れられ、全身を拘束されながら、なおも闘志を揺るがせずに黄金の男を注視する彼女を、男は心底愉しそうに眺めていた。

 

 「10年ぶりだなランサー、否さセイバーよ。我の顔を忘れた訳ではあるまい。そら、囀って魅せよ。」

 

 嗜虐の色を多分に含んだ言葉に、セイバーは痛みと脱力感に堪えながら辛うじて口を開く。

 が、声が出ない。

 当然だ。

 音を出すには肺に溜まった吐息を出す必要があり、しかし今の彼女は両の肺を刃に貫かれている。

まともな会話等、出来よう筈もない。

 

 「ん?あぁ、それでは流石に喋れんか。そら」

 「ご、か!?」

 

 無造作に、肺に突き立てられていた斧槍が引き抜かれた。

 同時に、意識しないままに強制的に肺から出てきた空気により、鮮血と共に声が漏れ出た。

 

 「何、故未だに限界している…英雄王ギルガメッシュ!貴様の聖杯戦争は、既に終わっている筈だ!」

 「ははは、やはりお前の声は素晴らしい。天上の女神共も敵うまいよ。だがまぁ我の妃となる女の質問だ。答えなければ信義に悖る。」

 

 ギルガメッシュ。

 世界最古の伝承として語り継がれる「ギルガメッシュ叙事詩」、その主人公。

 世界最古の都市国家ウルクの王にして、天上の力ある神々によって「人と神を結びつける者」として設計されたものの、人と神の決別を決定づけた四分の三もの神の血を引く世界最古の英雄。

 世界最古の国の王であり、その財の持ち主と言う事は、即ちその後の人類史そのものの原典の所有者と言う事だ。

即ち、あらゆる宝具は元々彼のものであり、彼の蔵から散逸した物に他ならない。

 故に彼はあらゆる時代と場所に存在した宝具の「原典」を所有する、あらゆる存在の天敵となり得る。

 そんな全英霊の祖とも言える男は、堂々と語ってみせた。

 

 「10年前のあの日、我はあの泥を浴び、それすらも飲み干して受肉した。今此処にいる我は正真正銘現世に生きている。この10年、退屈しながらこの時を待っていた。」

 

 傲岸不遜に嗤いながら、英雄王はセイバーを、否、己の妃と定めた女を見据える。

 

 「さぁセイバー、我が妃よ。10年前の答えを聞こうか。何、何度でも言い違えるが良い。我は気が長い。何度でも許してやろう。」

 

 そして、ギルガメッシュの周辺に、複数の黄金の波紋が広がる。

 EXランクの宝具、王の財宝。

 あらゆる宝具の原典を「投げ捨てる」と言う埒外の方法で圧倒的攻撃力を実現する、正に彼だけに許された宝具だ。

 その数々の宝具を、衛宮士郎は一瞬で解析し、己が裡へと次々と投影していく。

 

 「は、何かと思えばまた世迷言か。英雄王よ、貴様もとことん趣味が悪いな。」

 

 直後、轟音と共に宝具が一つ着弾する。

 砕かれて鎧も消えたセイバーの二の腕に、偃月刀が突き刺さり、貫通する。

 普通なら絶叫して悶え転がり、或はそのままショック死すらしかねない程の一撃を、しかし、セイバーは黄金に輝く暴君を睨みつけながら微動だにしない。

 元々動けないにしても、しかし呻きすら上げない姿に、流石の英雄王も眉を顰めた。

 

 「縛りつけ、道具で脅さねば女も口説けぬ者が王とは…はッ!何時道化に鞍替えしたのだギルガメッシュ!」

 

 しかも、挑発さえしてみせた。

 だが、それは正直悪手だった。

 

 「ほぅ、言うではないか。本来ならその暴言、死を以て償わせてやるのだが…」

 

 不意に、英雄王の視線がセイバーから横へ、余りの威圧と衝撃的な光景に凍り付いていた士郎の方へと向けられた。

 

 「貴様!?」

 「我は寛大だが、同時に我の敷いた法は守る。故、お前ではなくそこな雑種の命で以て償いとしよう。」

 

 王の財宝がまた一つ展開する。

 そこから覗くのは宝具としては凡百の片手剣、セイバーに放ったものには及ばない低ランクの宝具。

 だが、低ランクとは言え宝具は宝具、掠りでもすれば一撃で人間を消飛ばす程の神秘を内包した一撃だ。

 

 「そこな雑種が死ねば、その次は目についた雑種を次々と裁くとしよう。少々面倒であるが…まぁ良い。多少の間引きにはなろう。」

 「や…」

 

 そして剣が放たれた。

 

 「止めてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」

 

 セイバーの悲鳴が黄昏時の衛宮邸に響き渡る。

 哀れ、此処に一人の死体が、否、死体すら残さず消飛ばされるだろう。

 マッハ2で放たれる宝具には、例え剣一本であろうともそれだけの威力を誇るのだ。

 

 だが、忘れないでほしい。

 此処にいるのは最新の英雄となり得る素養を秘めた、起源特化型魔術師、この物語の主人公である事を。

 理性を無くし、弱体化していたとは言え、彼のギリシャの大英雄を打ち取った者だと言う事を。

 

 「ッ、ぁぁあああああああッ!!」

 

 ガギィン、と火花を散らしながら、士郎は辛うじて莫耶でその一撃を反らし切った。

 目の良さ、訓練の積み重ね、そして大英雄との死闘が彼にそれを成し遂げさせた。

 

 「ほぅ?生きが良い雑種だな。ではもう少し増やすとしよう。」

 

 次に展開されたのは2本、先程と同じ様な低ランクの宝具。

 だが、未だ隻腕になれていない士郎では、それすら裁くのは非常に難しくなってくる。

 そして放たれる宝具に、やはり士郎は迎撃を選択した。

 

 「おおおおおおおおっ!」

 

 一本を顔を反らす事で辛うじて回避し、後のもう一本を莫耶で強引に弾く。

 ぶちりぶちりと、強引な挙動に右腕の筋繊維が何本か断ち切れるが、鞘の加護により即座に再生してくれる。

 

 (まだ何とかなる!でも次は…)

 「よく動く。では次だ。」

 

 次は三本、明らかに隻腕ではどうにもならない。

 否、隻腕でも彼の円卓の騎士が最古参たるペディヴィエールの様な存在はいる。

 しかし、衛宮士郎にはそれ程の技量はまだないのだ。

 故にこそ、次こそは命は無い。

 

 (持って振ってたら捌けない!)

 

 思考は一瞬で、即座に思考が自己の裡へと埋没する。

 放たれた宝具、その軌道上に莫耶を投擲する。

 ほぼ同時、更に莫耶を投影して二本目を叩き落し、三本目を干将の投影を軌道上に射出する事で反らす。

 

 「うぅむ、意外と保つな。では次だ贋作者。」

 

 次は4本、しかし、そのどれもが先程よりも若干ながら高位の宝具であり、形状も剣ではなく、より重く威力のある槍や斧なのだ。

 

 (これはもう、剣じゃ防げない!)

 「投影開始ッ!」

 

 自己暗示の言葉と共に、即座に自己へと埋没する。

 先程から見ていたセイバーを串刺しにしている幾本もの宝具。

 それらを投影、魔力で以て射出する。

 射出された宝具は同速度で飛来する原典の宝具と衝突した。

 火花と甲高い音、そして破片となって砕けながらも、士郎の身を守り切った。

 

 「ほぅほぅ、贋作風情でよく保つ。では次だ。」

 

 数は5、だがそれら全てがセイバーを刺し貫くそれと同等かそれ以上。

 士郎は辛うじてアルトリアから供給される魔力で以て投影を続けているが、しかし、このままでは対処能力を超えるのは目に見えていた。

 

 「そら、凌げよ?」

 

 黄金の輝きと共に、5本のAランク宝具が放たれる。

 速度は先程と同じマッハ2、しかし威力で言えば倍以上。

 その絶命の具現を前に、士郎は…

 

 「投影、開始。」

 

 静かに、己が出来る事を成す。

 速さが足りない、力が足りない、技が足りない、技術が足りない。

 ならば、勝てる幻想を作り出す。

 片腕だろうが、この状況を凌ぎ切る宝具は、既に衛宮士郎の裡にあるのだから。

 

 「――是、熾天覆う七つの円環!」

 

 嘗て赤い弓兵が見せてくれた一品。

 投擲物に対し、絶対的な防御を誇る7枚の花弁の盾。

 未熟故に4枚しか再現できないが、それでもこの状況においては破格の性能だった。

 

 「剣や槍のみならずか。では次で最後としよう。」

 

 英雄王の言葉に嘘は無い。

 何せこの世の全ては己よりも格下であると彼は断じている。

 故に彼に誤魔化しは存在しない。

 50に近い黄金の波紋が、これで終わらせると何よりも雄弁に語っていた。

 

 「ではな雑種。そこそこ粘ったがそれまでだったな。」

 「逃げなさいッ!逃げて、士郎ぉぉぉ!!」

 

 英雄王の嘲笑と騎士王の悲鳴が庭に響き渡る。

 確実にアイアスを破壊するそれらを前に、しかし衛宮士郎は退かなかった。

 眼前には己を羽虫の如く殺さんとする敵と、捕らわれた愛する人がいて、背後には父親から受け継いだ思い出の我が家がある。

 絶望的な戦力差?人類最古の英雄王?あらゆる宝具の原典?

 馬鹿々々しい。

 敵が格上など、衛宮士郎の人生ではいつもの事に過ぎない。

 

 「投影、開始。」

 

 ただ、自分に出来る事をするだけだ。

 過剰な投影に悲鳴を上げる魔術回路を捻じ伏せて、衛宮士郎はただ自己の裡へと埋没する。

 轟と、放たれた宝具の山に、しかし動じない。

 一撃一撃に罅割れ、盾の花弁が減っていく。

 それを目にしながら、既にその時、士郎の右手には剣が握られていた。

 

 「―是、勝利すべき黄金の剣ッ!!」

 

 解放された真名により、贋物とは言え黄金の剣がそれに応える。

 飛来する原典の群れは、確かに神秘としては高いだろう。

 だが、ギルガメッシュは持ち手であって担い手ではない。

 故にそれらの武具を十全に使いこなす事も、真名を解放する事も出来ない。

 だからこそ、黄金の剣の前に、飛来した全ての原典は光に飲まれて消し去られた。

 

 「はぁ…はぁ…はぁ…はぁ…ッ!」

 「贋物の分際で我の宝を砕くか。宜しい、名乗りを許す。」

 「…衛宮、士郎。セイバーの、マスターだ。」

 

 本来なら即座に極刑に値する罪を、しかし、英雄王は彼にしては考えられない程の寛大さを見せた。

 それが何時もの気まぐれなのか、将又別の目的があるのかは分からないが、ほんの少し士郎の寿命が延びた事は確かだった。

 

 「その姓には聞き覚えがあるな。前の参加者だったか。あぁ、綺礼の奴が執着していた男だ。」

 

 そう言えば、と言う具合に告げられる言葉にすら重圧が漂う。

 人と英霊、その中でも別格なこの男にとって、この会話は何を意味するのか?

 

 「しかし、10年前に巻き込まれておきながら、よくぞセイバーのマスターに成ろうと思ったものだな?」

 「単なる成り行きだ。セイバーは本当ならオレ如きが呼べる存在じゃない。」

 

 その千里眼で以て見下し続ける王に対し、しかし士郎は目を反らさずに、はっきりと口を開く。

 普通は無理のその行動は、王からすれば10年前の征服王の家臣を思い出させた。

 

 「であれば、10年前の真実も知るまい。」

 「…ッ!止めろギルガメッシュ!!」

 「セイバーよ、ちと静かにしていろ。」

 「……っ!」

 

 だからこそ、ほんの少しだけ興が乗った。

 ギルガメッシュの言葉への反応に拘束が強められ、まともに話す事も出来ず、それでもセイバーはもがき続ける事しか出来ない。

 絶対に聞かれてはいけない。

 薄々と気づいていた、衛宮士郎と言う少年が生まれた時の事。

 

 「あの前回最後の夜。我と騎士王は互いに幾度なく打ち合いを続け、当時の市民館とやらの辺りに墜落した。その時、前回のセイバーにより騎士王の鞘は無力化され、我が止めを刺した。だがな…。」

 

 そこまで言って二ィ…と、黄金の王は本当に愉し気に告げた。

 

 「騎士王は消える寸前、その手の槍を聖杯目掛けて投げた。それは聖杯を破壊したが、聖杯を貫いた槍はそのまま雑種共の住まう街をも盛大に破壊した。少なくとも1000は死んだか?」

 

 その告げられた内容に、衛宮士郎は停止した。

 理解したくない、分かりたくない、聞きたくない。

 だが、真実は追加されていく。

 

「だが、そこまでの犠牲を払いながら、聖杯の中身であるあの泥は消えていなかった。後は貴様も知る様に、この地に地獄が溢れた。それが10年前の真実だ。」

 

 英雄王の言葉は、衛宮士郎という人間の、根幹を徹底的に揺さぶった。

 あの泥だけでなく、アルトリアの行いによって犠牲が増えた?

 何故、何故、何故?

 簡単な事だ。

 その方が犠牲が少ないからだ。

 国が、人類が滅びるよりも、一地方都市が消飛ぶ方が何倍も被害が少ないから。

 一を斬り捨て、十を拾う。

 その在り方は正に衛宮切嗣、誰よりも衛宮士郎が目指した在り方に他ならない。

 だと言うのに…

 

 「ほほぉ、思考が停止するだけで壊れんとは、中々に強情な雑種よな。」

 

 その在り方に、衛宮士郎は…

 

 「だが許そう。その無様さに免じて見逃してやろう。では行くか、騎士王よ。」

 

 本当に初めて、嫌悪の感情を抱いた。

 

 「…ざけるな…。」

 

 言葉と共に心に活を入れる。

 折れかけた膝に力を込めて立ち上がり、背筋を伸ばす。

 そして、こちらから視線をどかしてアルトリアに好色の視線を向ける金ぴかを睨みつける。

 

 「ふざけるな!10年前の事よりも、そいつはオレの女だ!勝手に手ェ出してんじゃねぇぞ金ぴかァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!」

 

 その罵声は、人間でありながら精神が破綻し、ロボットと化していた筈の衛宮士郎の、初めての人間としての叫びだった。

 

 「……っ」

 

 その言葉に、セイバーはあんぐりと口を開け、次いで顔を真っ赤にしながら目を反らした。

 言うべき相手とタイミングをほぼ完全に間違っていたが、それでも心に来るものがあった。

 

 「く…!」

 

 それに対し、英雄王は一瞬本気で目を丸くした後、

 

 「はっはははははははははははははははははははははははははははははははッ!!」

 

心底愉快だと言う様に爆笑した。

 

 「良くぞ吼えた!砕けると踏んでいたが…やはり現世には悦楽が溢れているな!確かに過去よりも己の女の方が重要だな!くくくくくくくくく…!」

 

 心底愉快だと言う様に、英雄王は腹を抱えて大笑いした。

 だがしかし、周囲に発生した黄金の波紋が、この後の展開を示していた。

 

 「だがしかし、王たる我を愚弄した罪は重い。故に今度こそ速やかに死ぬが良い。」

 

 放たれた宝具、その数は三桁にも上ろうと言う圧倒的物量。

 防ぐとか捌くとか、そんな問題じゃない。

 誰だって雨粒を叩き落さない、落とせない様に、この宝具の雨を潜り抜けるのは無理な相談だ。

 それでも衛宮士郎は前を見る。

 その眼前に迫りくる黄金の宝具を前に、一歩も退かずに。

 このままではどうしようもなく殺される。

 それが解っていても、既に限界近い身体はいう事を聞いてくれない。

 

 「―――投影、開始。」

 

 だからこそ、衛宮士郎は一回休み。

 故に出てきたのは、赤き外套を身に纏った錬鉄の英雄。

 

 「停止解凍、全投影連続層写ッ!!」

 

 英霊エミヤである。

 彼の放った宝具は、数だけならギルガメッシュ以上。

 原典ではなく、作っただけ増える贋作の作り手だからこその物量に、射出された全ての宝具が無力化された。

 

 「やぁ英雄王。此度は嘗てのリベンジとさせて頂こう。」

 「ふん、何処ぞで踏んだ雑種か?生憎と一々覚えておらんよ。」

 「とは言え王としては挑戦は受ける、と。流石己の法には厳格なだけはある。」

 

 そこまで告げて、更に無数の宝具が両者の周囲へと展開されていく。

 片や黄金の光と共に蔵から宝具の原典を射出する英雄王。

 片や青い魔力反応と共に多くの宝具を投影する錬鉄。

 

 衛宮邸の一番長い夜は、まだまだ序の口でしかない。

 

 

 

 

 

 




ライダーさんについては次回と言う事で!ではお休み!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。