騎士王が兜に王位を譲る話   作:VISP

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今回は説明会と比較的ほのぼのなので、スラスラいけました。



第12話 Stay night編その6

 五日目

 

 

 

 本日、珍しく士郎と凛は学校を休んだ。

 無論、聖杯戦争に関する事柄だ。

 士郎と凛は一路冬木教会に、そこに棲む外道麻婆愉悦神父に前回の第四次聖杯戦争について聞きたい事があるのだ。

 

 そして、士郎にとっての初日と同様、アーチャーとセイバーの二騎は教会の入り口で霊体化しながら待機していた。

 

 「時にセイバー。」

 「何だアーチャー。」

 

 しかし、突然教会に背を向ける形で実体化したアーチャーに対し、セイバーも応じる様に実体化した。

 両者とも、その姿は聖骸布と甲冑という時代錯誤なものだが、元々人気の少ないこの場所は目立つ事は無い。

 

 「先日の話は聞かせてもらった。」

 「ほぅ、英霊が盗み聞きか?」

 「すまない、重大な内容だったのでね。」

 

 内容は兎も角、両者ともその声音は至って平坦であり、しかし、其処には確かな重圧が存在した。

 

 「君は、もし聖杯が完全であれば、何か願いはあったかね?」

 「いいや、何もない。そも聖杯は、人の世にあるべきではない。」

 「そうかね?色々と便利だと思うが。」

 「便利過ぎるのだ、アレは。」

 

 セイバー、否、アーサー王は嘗て聖杯探索を純潔の騎士ガラハットを中心に、ガウェインとパーシヴァルの三騎士に命じた。

 その時、探索に赴いた三騎士の残り二人とガラハットの縁戚であるボールズにより、聖杯の詳細な情報を入手する事が出来た(当時、ガラハッドは重体で意識不明)。

 結果として、利用するには余りに危険である事が判明した。

 当時の世界における神秘の中心であるブリテンをして、それでもなお圧倒的な神秘を持った、神の子の血を受けた真正の聖杯。

 それは3振りの星の聖剣と同様に、この惑星のマナを収束、方向性を持たせる器の一つである。

 ここだけを聞けば問題は無いかもしれないが、前者の聖剣との最大の違いは、聖剣3振りを束ねた分よりもなお三桁は多い出力にこそある。

 また、用途が戦闘に限定される聖剣に対し、聖杯は願望器として多用な用途を持つ。

 それこそ、人類が思いつく様な大抵の願いを実現してしまう程に。

 

 「あんなものはな、ラインの黄金と同じで、持ち主や周囲に不幸しか撒き散らさん。」

 「君らしい意見だが、やはりラインの黄金と同様に、利用したがる輩は多かったのではないかね?」

 「故に異界に封じた。最早人類では手が出せぬ領域にな。」

 

 だから、全ての報告を受けたアルトリアはブリテンに住まう全ての水の精、数多く存在する湖の貴婦人達に、彼女らの住処であるアヴァロンに聖杯を持ち去ってくれるように願ったのだ。

 これは完全に極秘裏に行われ、証拠も全て念入りに抹消されており、真実を知る生者は既に貴婦人達しかいないだろう。

 また、純潔の騎士を作成した漁夫王の一派の存在を危険と判断し、謀略と暗殺で以て根絶やしにした。

 とは言え、その思想的系譜は現在もアインツベルンという形で残っていたのだから、完全に根絶できた訳ではなかったのだろう。

 

 「成程。現代の魔術師が聞いたら卒倒ものだな。」

 「生産性のない阿呆共の事など捨て置け。してアーチャー、そろそろ本題に入ったらどうだ?」

 「おっと、長話が過ぎてしまったな。」

 

 悪い悪い、と肩を竦めるアーチャーに、セイバーは極寒の眼差しを向ける。

 すると流石に不味いと思ったのか、アーチャーも表情を引き締めた。

 

 「この聖杯戦争、どう決着をつけるべきだと思う?」

 「全サーヴァントを脱落させずに、大本の術式を解体する。まぁ無理だがな。」

 「だろうな。」

 

 セイバーの言葉に、アーチャーは疲れた様に嘆息した。

 既にキャスターが脱落してるので脱落阻止は不可能。

聖杯の解体も魔術師としての常識で考えればあり得ない。

 何せ現存するほぼ唯一の第三魔法に連なる奇跡だ。

 研究や解析、英霊召喚による多様な恩恵を考えれば、解体に反対する者はそれこそ履いて捨てる程に湧き出るだろう。

 そもそも、大人しく解体されてくれる程、あの聖杯は生優しいものではない。

 

 「となれば、何とか凛を説得するしかあるまい。」

 「任せた。」

 「任せられなくともやるさ。これでも英霊の端くれ、世界の滅びは阻止せねばならん。」

 「そうだな…。」

 

 倦怠感を滲ませるアーチャーの言葉に、セイバーもまた億劫そうに答えた。

 もしアーチャーが失敗し、令呪によって士郎とセイバーの前に立ち塞がった場合、間違いなく抑止力が本格的に稼働する。

 そうなれば、先ず間違いなくこの街は壊滅する。

 10年前の大火災から漸く立ち直ったこの街が再び死都となるのは、この街で生まれ育ったアーチャーとこの街を嘗て破壊してしまったセイバーにとって、到底見過ごせるものではなかった。

 

 「所で、衛宮士郎はどうだ?多少はものになったかね?」

 「魔術の向上は目覚ましい。やはり同系統の先達がいると言うのは違うな。」

 「反面、剣技は凡人の領域を出んがね。」

 「それとて、守勢であれば英霊相手でもそれなりだろう。」

 

 珍しく発言の方向性が逆になったが、共に内容自体に異論は無かった。

 今現在、二人の英霊と一人の天才魔術師を師としている衛宮士郎は目覚ましい勢いで成長していた。

 

 「あれならば、何れは一角の英雄となるやも知れぬ。」

 「その評価、本人に聞かせたらどうかね?」

 「褒めれば緩む。」

 

 そうきっぱりと言い切る騎士王はどう見たってスパルタ教師のそれだった。

 

 (哀れ衛宮士郎。)

 

 アーチャーは過去の自分に祈りつつ、あぁきっとオレの時もこんなんだったんだろうなー、と遠い過去を振り返った。

 

 

 

 

 「所で、今日の夕飯はどうするかね?」

 「確か挽肉が安かった筈だ。」

 「ではハンバーグで。」

 「それと生野菜とポテトサラダに玉ねぎスープだな。」

 「了解した。買い出しは任せてくれ。衛宮士郎を借りるぞ。」

 「構わん。無傷で返せ。」

 

 

 

 

 …………………………………………………………

 

 

 

 

 「さて、聞きたい事は以上かね?であれば疾く去りたまえ。これ以上脱落もしていない参加者が教会に留まるのは宜しくないからな。」

 「解ってるわよ似非神父。ほら、衛宮君も行くわよ。」

 

 無駄に威圧感と威厳たっぷりに告げる言峰神父に吐き捨てる様に踵を返そうとした凛だったが、士郎は動かなかった。

 

 「最後に一つだけ聞きたい。」

 「何かね?正直、ここまでで十分話したと思ったが?」

 「セイバーの事だ。」

 

 しかし、神父の言葉にも、今の士郎は動じなかった。

 憧れた切嗣の生前の所業。

 切嗣と綺礼との関係。

 前回の聖杯戦争の結末とその後の災禍。

 そして現在街で起こっている大量の行方不明事件。

 色々と考えさせられる事は多かったが、難しい事は凛に任せるとして、一つだけは自分で考えなければならない事があった。

 

 「セイバーは前回、どうやって負けたんだ?」

 「成程。それは確かにお前なら気になるだろうな。」

 

 納得した様に、綺礼は大仰に頷いてみせた。

 

 「前回、彼女はランサーとして召喚された。全聖杯戦争でも最高峰の霊格とステータスに三種もの宝具を持ってな。」

 

 コツコツと靴音を鳴らしながら、綺礼は士郎の真横に立った。

 

 「しかしながら、彼女の天敵もまた、衛宮切嗣にセイバーとして召喚されていた。そして最後の戦いで鞘を無効化され、その果てに彼女は破れた。」

 

 そして綺礼は、士郎だけに届く声で囁く様に告げた。

 

 「衛宮士郎、今は令呪を持つお前だけが彼女を殺し得るのだ。」

 「ふざけるな!」

 

 だが、誘惑染みた囁きに、士郎は耳を貸さずに激昂した。

 

 「オレはセイバーを裏切らない!二度とそんな世迷言を言うな!」

 「これは失敬。心からの忠告だったのだがね。」

 

 激怒する士郎に対し、綺礼は態とらしく肩を竦めた。

 

 「では去りたまえ。次に会う時は君達が敗退したか、聖杯戦争が終わった時だ。」

 「礼は言わないわよクソ神父。」

 「構わんよ。こちらも長話をしてしまったからな。」

 

 そして凛と士郎は不吉な教会を後にした。

 その胸にそれぞれの思考を抱えながら。

 

 

 

 

 ……………………………………………………………

 

 

 

 

 「あ、シロウ!」

 

 商店街でアーチャーと男二人で買い出し中、士郎はうっかりバーサーカーのマスターであるイリヤスフィールに出くわした。

 

 「ん、イリヤスフィールか?」

 「ん、はないでしょ!ん、は!もっと嬉しがってよ!」

 「とは言ってもなぁ…。」

 

 一応聖杯戦争中であり、この二人はセイバーとバーサーカーのマスターである。

 切嗣を通して義姉弟でもあるが。

 なお、アーチャー(着替え済み)は空気を読んだのか、荷物を持ちながら一定の距離を保って観察していた。

 

 「そうだ!ねぇねぇシロウ、今日はこの街を案内してよ!」

 「え。でもオレ買い物が…。」

 「であれば、私の方で荷物は置いてくるとしよう。イリヤスフィール、くれぐれも手荒な真似をしないでくれ。未熟だが同盟相手だからな。」

 「んー、戦争するのは夜だし、いいよー。」

 「ならば良し。存分に楽しむといい。」

 「ちょー!?」

 

 この男はなんば言いよっとね!と士郎が錯乱してる間に、赤い弓兵は笑顔で荷物と共に去って行った。

 お前、初日のシリアスは何処に行った、と士郎は思ったが…

 

 「シロー!これってなーにー!?」

 

 楽しそうに屋台に近づく幼女(見た目のみ)に慌てて駆け寄った。

 

 「それはたこ焼きって言うんだ。タコの切り身を生地で包んで焼いて、ソースとマヨネーズ、鰹節なんかをつけて食べるんだ。」

 「美味しいの!?」

 「勿論。出来たてが一番美味い。」

 

 何だかんだでお人よしな士郎に、見た目無垢で愛らしい少女を警戒し続けろと言うのは土台無理な話だった。

 商店街の人々に生暖かく見守られたり、おまけを貰いながら、気づけば2時間も共に過ごしていた。

 

 「あー、楽しかった!ありがとう、シロウ。」

 「いや、こっちこそ毎日緊張で疲れてたから、良い息抜きになったよ。」

 

 商店街の大通りから少し外れた場所にある公園で、士郎とイリヤは先程買ったたい焼きとたこ焼きを仲良く食べていた。

 おやつとしてはやや多いが、食べ盛りの男子である士郎なら、まぁイリヤが食べきれなかった分を含めても大丈夫だろう。

 

 「なぁ、イリヤは爺さんとオレに会うために来たんだよな?」

 「うん。でも死んじゃってたけど。」

 「なら、一度拝んでいかないか?家にも仏壇はあるし、それが嫌だったらお墓にでも。」

 「…良いのかな?」

 

 その誘いに、しかし、イリヤは迷った。

 父を、弟を殺す。

 そう意気込んできたと言うのに、結局イリヤは絆されてしまっていた。

 それでも、確かに燻る殺意と怒りはあり、それを持て余してもいた。

 

 「良いんだよ。こんな可愛い娘がいたとか、爺さん言ってくれなかったし。少しは驚かせてやればいいんだ。」

 「ふふ、何それ!シロウったら悪い子!」

 

 士郎の言葉に、イリヤは年相応の笑みを浮かべた。

 夜に会った時の無垢な殺意ではなく、本当に年相応の楽しそうな笑みを。

 

 「良いよ。決着がついたら、一緒にキリツグにお祈りしましょ。それまでシロウは生かしておいてあげる。」

 「そりゃ良いけど、うちのセイバーだって強いからな。もしかしなくても勝っちゃうかもしれないぞ。」

 「むー!一番強いのは私のバーサーカーなんだからね!シロウも今の内に命乞いの準備するの!」

 「はいはい。」

 

 会話自体は物騒でも、傍から見ればその様子はどう見ても歳の離れた兄に妹がじゃれつく姿であり、実に微笑ましかった。

 

 「なぁ、イリヤ。」

 「どうしたの?」

 

 もうすぐ夕暮れ。

 そんな時間帯になっても、この暖かな時間が名残惜しかった士郎は気になっていた事を問いかけた。

 

 「イリヤが知ってる爺さんは、良い父親だったか?」

 「うん。キリツグは優しくって暖かくって、でもちょっと意地悪で…」

 

 本当に、大好きだったわ。

 そう言って微笑む少女の姿は、本当に眩しかった。

 

 「じゃぁ、そんな親父が投げ捨てる程の聖杯の欠陥って、何なんだ?」

 

 士郎はこの問いを、ある種確信を持って問いかけた。

 彼女なら、小聖杯を準備するアインツベルンなら、その欠陥について知っていると。

 昼間、神父に聞いた話。

 聖杯を手にする執念、それなら間桐とアインツベルンの両家が一番だろう、と。

 だからこそ思ったのだ、例え欠陥品でもこの両家なら聖杯を欲するのではないか、と。

 

 「へぇ…意外と鋭いのね、士郎。」

 「頼む、答えてくれ。」

 

 真剣な士郎の声に、しかし、姫君は答えなかった。

 

 「その問いは聖杯戦争のマスターとしてのものだから、私は答えられない。」

 「イリヤ…!」

 「もし聞きたいなら、私のお城に来て。切嗣とお母様がいたお城に。」

 

 笑みは変えぬまま、イリヤは士郎からごく自然に距離を取った。

 魔術師ならば如何様に殺せる、そんな間合いを保持した。

 日常から戦場へ、既に場は後者へと切り替わっていた。

 

 「じゃぁねシロウ。また会いましょう。アーチャーもありがとう。」

 

 そう言って、イリヤは夕闇の中に消えていった。

 

 「やれやれ、見抜かれていたか。」

 

 その言葉と共に、アーチャーが実体化した。

 恐らく、二人っきりの時間を邪魔せず、尚且つ警戒までしていてくれたのだろう。

 

 「では帰るぞ。今夜はライダーだけでなく、行方不明者の捜索もせねばならん。」

 「あぁ、分かってる。イリヤとはその後だ。」

 

 そして、英雄の卵と成れの果てもまた、日常から戦場へと進んでいく。

 彼らなりの信念を胸に、二人の思考は完全に切り替わっていた。

 

 

 

 

 「で、今日の夕飯の予定は?」

 「花丸ハンバーグだ。お前も我々の動きを見ておけ。色々と便利だぞ。」

 「解ってる。必ず追いついてみせるさ。」

 「ふ、付いてこれるかな?」

 

 

 

 

 

 


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