騎士王が兜に王位を譲る話   作:VISP

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かーなーり難産。
やはり恋愛描写は難しい。
バトルは得意なんだけど、恋愛とエロは本当に苦手。


第11話 Stay night編その5

四日目

 

 

 

 

 またあの夢を見ている。

 ここ数日、否、聖杯戦争が始まってからずっとこの夢を見ている。

 屍で埋め尽くされた荒野、そこに佇む折れた剣を握った、黒く斑に染まった少女。

 あれが自身のサーヴァントであるセイバーであるのはもう確信している。

 凛にサーヴァントとマスターの繋がりから生前の記憶を夢として追体験する事もある、と既に聞いていたからだ。

 だが、今日は少し違うらしい。

 

 (なんだこりゃ?)

 

 これもセイバーの記憶なのだろうか。

 とは言え今回はかなり趣が異なり、ノイズと共に色々な光景が断片的に通り過ぎていく。

 一つ目は敵兵に凄惨な拷問をかける光景。

 二つ目は反乱者を残虐に処刑する光景。

 三つ目は敵国を飢餓地獄に陥れる光景。

 四つ目は多くの騎士達を率いる光景。

 次々に、多くの光景が通り過ぎていく。

 だが、その全てに共通点があった。

 

 この身の全ては国のため、民のため。

 

 彼女の王になってからの全ては国と民の利益のためだけに消費され、彼女個人の幸福には僅かにも使用される事はなかった。

 愛する家族も、信頼する家臣も、彼女を満たす事は無く、国と民のためと言う免罪符を己の内にだけ掲げて良心の疼きを押し殺し、効率のみを優先した治世を敷いた。

 無論、感情を排した、効率のみの治世は人間に耐えられるものではない。

 どんなに成果を挙げた所で、自ずと限界は見えてくる。

 また場面が変わる。

今度は煌びやかな建物内の光景だった。

 

 『王よ!最早貴方の悪行には付いていけない!』

 『■■■■■卿、陛下に無礼であろう!』

 『いいや、■■■■■■卿!今日こそは言わせて頂く!』

 

 玉座に座るセイバーとその脇に控える黒髪の騎士に対し、弓を背負った騎士が激昂しながら吐き捨てた。

 

 『王は人の心が分からない!貴方の様な天秤に、私は騎士としてついていく事はできない!』

 

 そう告げられた時、セイバーは無表情のまま、玉座の肘掛を壊れんばかりに握りしめていた。

 

 それから、櫛の歯が欠ける様に次々と騎士達が去っていった。

 王に臣従できない、或は己個人の欲望や行動の帰結として彼女の下を去っていった。

 そして、彼女はそんな騎士達を国や民の害にならぬようにと躊躇いなく切り捨て、見捨て、利用していった。

 誰も彼もが彼女を暴君や暗君、悪魔の化身である竜だと言って距離を置いた。

 もう、彼女の心はとっくにズタボロだった。

 王としての責務さえ無ければ、ただの女の子でいれた彼女を救う者はいない。

 彼女の目指す理想は国と民を救ったが、彼女を救わなかったのだ。

 

 それが何処か、あの地獄の中で出会った切嗣に似ていて。

 オレは、彼女が救われるべきだと思った。

 

 

 

 

 ……………………………………………………………

 

 

 

 衛宮邸 道場

 

 「セイバー、少し聞きたい事があるんだ。」

 「急だな。まぁ良い、申せ。」

 

 夕方、帰宅した士郎がセイバーに問いかけてきた。

 セイバーはそれを隠し事が気取られたかと判断したものの、素直に話を聞く事にした。

 

 「セイバーの生前についてだ。」

 「あぁ、成程。悪かったな、夢見が悪かったろう。」

 

 サーヴァントとマスターはラインを通じてお互いの記憶を夢として見る場合がある。

 その内容は千差万別だが、共通しているのは互いにとって重要な出来事を夢として見る事だ。

 だが、セイバーの王として、英雄としての人生の多くは血と陰謀に塗れており、常人では間違いなく精神に害を受けてしまうだろう。

 

 「そうじゃなくて!」

 「良い夢だったのか?」

 「いや、違うけどさ!」

 

 それ故の謝罪だったのだが、士郎はそれを否定した。

 

 「セイバーの…政治に関しては仕方ない、とは思う。結果的に国は上向いたんだし、そこは良いと思う。」

 「当然だ。そのために私は行動した。」

 

 少を斬り捨て、大を救う。

 多かれ少なれ誰もがやっている取捨選択を彼女は国家規模で行い、ブリテンの繁栄を確立した。

 その功績は人類史において燦々と輝き、彼女を英霊足らしめている。

 だが、その斬り捨ては苛烈の一言であり、功績と同程度に彼女の悪名としても残っている。

 

 「セイバーはさ、自分が幸せになろうとは思わなかったのか?」

 「? 私が幸福になる必要があるのか?」

 

 言ってから、しまった、とセイバーは思った。

 何せ目の前の士郎の顔が不満たらたらだと言わんばかりに歪んだのだから。

 もう少し考えて発言すべきだった。

 この未熟者で甘いマスターなら、次になんと言うか簡単に予想がつくというのに。

 

 「セイバーだって人間だったんだ。なら、自分の幸せを追求してしかるべきだろ?」

 「幸福の追求は万人の権利だが、私は王だ。万人の幸福を優先すべき立場の者にそんな余裕はない。」

 

 そう、セイバーには、アルトリアには、当時のブリテンにはそんな余裕など無かった。

 或はあの黄金の英雄王の様な、根っからの暴君であれば違ったのかもしれないが、セイバーは生憎と国と民の幸福のため、結果的に暴君になったに過ぎない。

 国を傾けてまで個人の幸福を追求するつもりは無いし、それは万人の幸福に比すれば些細なものでしかない。

 

 「王様だからって不幸になる必要はないだろ。セイバーだって美人なんだし、誰か恋人でも作って、幸せになる権利だってある筈だ。」

 「恋人…痴情の縺れで破滅した者は私の国にも多いが…。」

 「いや、それはどっちかって言うと少数派だと思うぞ?」

 

 まぁ神話や伝承だと恋の行方は大体とんでもない方に墜落する場合が多いし、騎士という人種は人妻や身分が上の女性相手にも簡単に懸想したりするから修羅場や破滅率が高いのだがそれはさて置き。

 

 「兎に角!セイバーももう少し自分の幸せを追求するべきだ!」

 「士郎、私は英霊だ。今更何をした所であり方を変えられない。」

 

 ここで士郎は漸く思い至った。

 何故自分がこんなにもセイバーの幸せに拘るのか?

 それは、彼女が自分のあり得る結果であるからに他ならない。

 理想を追い、現実に摩耗し、それでもなお目指した果てに掴み取ったのが自分以外の誰かの幸福。

 それが自分の行動の結果なら別に良い。

 しかし、誰かが目の前で不幸なままである事は衛宮士郎にとっては、否、凡そ普通の善良な人間なら看過できない。

 あぁ成程、と士郎は納得する。

 戦場を駆けて、心が欠けて、大切な何かを賭けて、それでも届かなくて、命数の全てを使い果たして静かに死んだ切嗣の様に、彼女もまた、己の命数を使い果たしてそれでも届かなかったのだ。

 それと同じ様に、藤姉や桜もオレがこんな風に見えていたのだと、衛宮士郎は今更ながらに理解したのだ。

 

 「じゃぁ、一緒に探そう。オレも未熟者だから、セイバーがいてくれると心強い。」

 「士郎、お前は甘過ぎる。そんな事では何も成せない。」

 

 セイバーの苦言に、士郎はそうだな、と頷き返す。

 これは所詮現実を知らない小僧の戯言だ。

 だが、こうでもしないと彼女は不幸のままだ。

 誰にも助けられず、また不幸なままで死んでいく。

 それは嫌だ、認められない。

 何の足しにもならないかもしれないが、それでも此処に彼女に手を差し伸べた馬鹿が一人はいたと胸を張って言える。

 だから、衛宮士郎は彼女を幸せにしようと決意した。

 

 「でもなセイバー、お前はオレに付いてくる必要がある。何せサーヴァントだしな、オレがいないと困るんだろう?」

 「…士郎、何を考えている?全ては王たる私の行動の結果だ。それを貴様如きが意見する等100年早い。」

 

 その言葉に込められた怒気に本能的に背筋が泡立つが、士郎はそれを黙殺し、己の言葉を紡いでいく。

 何せ衛宮士郎はとっくの昔に怒って腸が煮えくり返っているのだから。

 

 「自分を犠牲にして助けられても、助けられた側は素直に喜べない。だったら、自分も他人も救うべきだ。」

 「そんな余裕はない。神ならぬこの身では、救える者には限りがある。」

 「知ってる。でも、努力する事は出来る筈だ。」

 

 最初から諦めているのと努力するのは全く違う。

 0と1が違う様に、無と有とでは全く違うのだ。

 

 「よし、それじゃもし聖杯を手に入れたら、オレはセイバーのために使おう。」

 

 しかし、それだけでは足りない。

 自分程度の努力ではどうにもならない。

 ならば、それこそ聖杯にでも願うしかないだろう。

 だが、

 

 「士郎、それだけはダメだ。アレは危険だ。」

 

 それは、セイバーにとって地雷だった。

 

 「どうしてだ?サーヴァントは聖杯が欲しいから召喚に応じるんだろ?」

 「どうせだ、話してしまおう。」

 

 衛宮邸の道場にどっかりと座ったセイバーが、ポツポツと話し始めた。

 

 「私にとって、聖杯戦争は二度目だ。」

 

 この戦争の土台そのものを揺るがす内容だったのに、セイバーの普段以上の真剣さに士郎は口を噤んだ。

 

 「前回、私は時計塔出身の魔術師をマスターとして現界し、聖杯戦争を戦った。」

 

 セイバーが一瞬だけ、遠くを見る様に目を瞑る。

 見ているのは過去の聖杯戦争の情景だろうか。

 恐らく自分の様な未熟者では到底勝ち抜けない程の激戦だったのだろう、と士郎は思う。

 

 「激戦の結果、最後に残ったのは剣・弓・槍の三騎。だと言うのに、聖杯は既に自身の担い手を選んでいた。それが衛宮切嗣だった。」

 「親父が…!?」

 

 その言葉が士郎にとってどれ程の重みがあったのだろうか、セイバーには予想できない。

 ただ、その只事ならぬ様子に、本当にあの兵士を尊敬している事だけは伝わった。

 

 「あの男は確かに聖杯を手にした。敵味方の屍を重ね、漸く聖杯を手にした。だが…」

 

 そこでセイバーは苦悩する様に、言葉少なに告げた。

 

 「奴は聖杯を手放した。そして聖杯は壊れた。」

 「何でだ?そこまで行ったら後は願いを叶えるだけだろ?」

 

 士郎の疑問は最もだった。

 他人を殺してでも欲した願望器を得て、後は願いを叶えるだけ。

 だと言うのに、それを直前になって手放した?

 

 「恐らく、何かあったのだ。聖杯を手放す程の何かが、この戦いの裏に。」

 「…セイバー、それ、遠坂には言わないのか?」

 

 士郎の疑問は最もだった。

 だが、それをセイバーは否定した。

 

 「彼女は遠坂、聖杯戦争を始めた御三家の一角だ。例え聖杯にトラブルがあったとしても、素直に認める訳がない。十中八九謀略か何かだと判断するぞ。」

 「いや、遠坂なら大丈夫だろ?」

 「少なくとも、先代の遠坂はそんな奴だったぞ。まぁあの娘は間違っても世界を滅ぼす事は出来ないだろうが。」

 

 まぁ、それは置いておこう、とセイバーが告げる。

 

 「問題なのは、誰よりも聖杯を欲した男が手放す程のバグが発生している可能性が高いという事だ。そんなものに何かを願ってみろ。先ず間違いなく碌な事にはならない。」

 「そっか、だから爺さんは…。」

 

 セイバーの言葉に納得したのか、士郎はうんうんと頷いた。

 自らが目指す男が破棄する様な代物など、それこそセイバーも願いたくはないだろう。

 

 「あれ?じゃぁなんでセイバーは召喚に応じたんだ?」

 「それは完全に相性か縁か偶然だな。私とて召喚に応じるつもりはなかったが…。」

 「が?」

 「目の前で殺されそうになっているのみていたら、な。」

 

 セイバーの視線、そこには明らかに呆れの色が込められていて、士郎は気まずさに視線を反らした。

 自分が未熟なのは百も承知だが、こうして言われるとやっぱり辛いものがある。

 

 「あぁ、前回の衛宮切嗣が気になるのなら、あの神父に聞け。奴もまた、前回の聖杯戦争の生き残りの一人だ。」

 「あいつ、黙ってやがって…。」

 「聞かれれば答えるだろうさ。そういう男だ、あれは。」

 

 こうして、士郎は翌日、冬木教会を訪れると決意した。

 しかし、盛大に話を反らされたと指摘されて気づくのは、毎夜のアーチャーの魔術講座の時だった。

 

 

 

 

 ……………………………………………………………

 

 

 

 

 「はぁ…はぁ…はぁ…!」

 

 呼吸が出来ない。

 足元が覚束ない。

 体温が高まる。

 全身から汗が流れ続ける。

 

 「ぅ…ぐ、うぇぇ…。」

 

 空っぽの胃から胃液だけの嘔吐を繰り返す。

 何とか均衡を保っていた精神にはどうしようもない亀裂が入り、今にも決壊しそうだ。

 刺した感覚を、咀嚼した感覚を、啜る感覚を、飲み込む感覚を覚えている。

 笑い合っていた若者を。

 仕事に疲れた中年を。

 散歩の終わった老人を。

 皆皆平等に刺して、咀嚼し、啜り、飲み込んで、魔力へと還元して杯にくべていく。

 もう止まらない、止められない。

 慎二をこの手で●した時から、既に精神防壁は事実上陥落していた。

 

 『カカ、さぁ食え食え。そのまま肥え太るが良い。』

 

 頭の中で声がする。

 キィキィキィと、蟲が囀る声。

 唆し、後押しし、応援する、自分が墜ちていく事を心底喜ぶ蟲達の声が。

 この声が私を突き動かす。

 断崖へ向けて足が動いていく。

 

 「いや、ぁ…わたし、は……。」

 

 ずるり、ずるり、ずるり。

 血を吸って重くなった衣服を引き摺る様にして歩く。

 

 「セ…パ、イ…。」

 

 苦しい苦しい嫌だ嫌だ助けて助けて。

 

 『しかしのぅ、桜よ。衛宮の倅は今己がサーヴァントに夢中じゃぞ?手に入れたくば、分かっておろうな?』

 

 思い出すのは黒い女。

 掠れた金と白い肌の、不吉な女。

 自分よりもたくさんたくさん●した癖に、何で何で先輩の隣にいるの?

 フザケルナ彼を見つけたのは縋ったのは私が先なのにずるいずるいずるいずるいずるいずるいズルイズルイズルイズルイズルズルズルズルズルズルズルズルズルズルズルズルズルズルズルズルズルズルズルズルズルズルズルズルズルズルズルズルズルズルズルズルズルズルズル     ずる い

 

 

 

 闇夜に包まれた路地裏が月光で照らされた時、そこには既に大量の血痕しか残っていなかった。

 

 

 

 

 

 終わりの時が近づいていた。

 


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